異世界音楽成り上がり ーその世界の人は『一切の例外なく全員』、音楽を聴くだけで俺のことを好きになったー   作:大野原幸雄

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失ったものにようこそ

 

 数日の馬車の旅を終え、俺達は王宮に戻る。

 

 王宮に戻ると、王は交流会に参加した全ての学者達を円卓に集め、すぐに情報の共有をはじめた。

 

 今回の交流会でわかったのは、森が滅びゆく原因。

 つまり大樹ユグドラシルの大門の先にいる精霊が、エルフに言葉を授けなくなった……というものだ。

 

 しかし、それを解決する決定的な手立ては見つからず……

 具体的な解決策は、今後歴史研究の専門家や、古代遺跡などに詳しい冒険者達を集めて考えていく結論に至った。

 

 今後の方針が決定したところで、交流会の参加メンバーは解散となったが……

 帰り際に王が、俺に近づいてきて小声でこう言った。

 

「ミナト、今日の夜は空いているか?」

「夜ですか?大丈夫ですよ」

「疲れているところすまないが、王宮に来てくれないか?」

「……?いいですけど……」

「君達の演奏を聞いて……私も覚悟が決まったよ」

 

 覚悟……?

 その真意はわからなかったが、王は満足げに俺に微笑むと……王宮の役人と共に去って行った。

 

 その後。

 チャドは他の研究班に呼ばれ、そそくさとどこかに行ってしまった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 俺達は、リリーが馬車で迎えに来てくれることになっており……

 それまで大聖堂で待つことになる。

 

 大聖堂の前まで来ると、ひときわ豪華な装飾の馬車が泊まっていた。

 そこの前にいたのは、ティナの執事ジャンだった。

 

 ジャンは俺をみてニヤリと笑い、頭を下げながら俺に言う。

 

「お久しぶりですミナト様。ティナ様を『ばんど』に誘っていただき、改めて感謝申し上げます」

「は……はい。体はもう平気なんですか?……その、塔から落ちた時のケガは」

「獣人の身体は人間様よりずっと丈夫なのです。それよりミナト様、今度はちゃんと客人として邸宅にお越しください……今度こそ美味しい料理を用意しておりますので」

 

 そう言って執事ジャンはペロリと唇を舐める。

 

(いや……怖えぇって)

 

 誘拐&幽閉した張本人の舌なめずりは、とにかく……怖い。

 するとジャンの後ろからティナが俺に言う。

 

「ミナト……また近いうちにお城に行くわ!早く次の演奏の練習がしたいの!」

「うん。課題曲を考えておくよ」

「えへへ」

 

 そう言ってティナは嬉しそうに馬車に乗り込んだ。

 そんなティナを見送ると、アリスさんが俺とレナに言う。

 

「お二人は大聖堂の中でお待ちください。リリーが迎えに来たら知らせに参ります」

「そっか……じゃあ中で待とうか。レナ」

「はい!そうですね」

 

 俺とレナは、大聖堂の入り口に近い椅子に腰かける。

 ふうっと一息つき、俺が大聖堂の天井を見上げると、レナが隣に座りながら俺の視線の先を見て言う。

 

「また見てるんですか?」

「え?あぁ、うん」

 

 この世界にきたばかりのころ、どこかで見覚えがあると思ってたこの大聖堂。

 そんな既視感はすでに新しい記憶で上塗りされ、気のせいじゃないかと思い始めてた。

 

(こうやって新しい記憶が積み重なるうちに、エルフも古代の言葉を忘れてしまったのだろうか)

 

 そんなことを考えながらアルフヘイムの森に想いを馳せていると……

 

「おかえりー!」

 

 というめちゃくちゃデカい声が響き渡る。

 

「あ……」

 

 振り返ると、オレンジのポニーテールを揺らすリリーと、アリスさんがそこにいた。

 俺達を驚かそうとしたようだが、思ったよりも声が響くので自分で驚いているらしい。

 

 アリスさんがそんな彼女を見ながら、ふふっと笑った。

 

 リリーが恥ずかしそうに俺達に近づいてくる。

 

「あ……あははは……こんな声が響くのねここって。びっくりしちゃった」

「天井が高い建物は、音がよく響くんだよ」

 

 リリーは顔を絡めながらレナの横に腰かける。

 そしてキョロキョロを辺りを見渡して、俺達に尋ねてきた。

 

「あれ?チャドとティナは?」

「チャドはまだ他の研究班手伝ってるみたい。ティナは屋敷の執事が迎えにきたよ」

「ふーん……そっか。……それでどうだったのよ。アルフヘイムの森は」

 

 するとレナが彼女に答える。

 

「凄い綺麗な場所でしたよ!エルフの皆さんも言葉数は少なかったけど、悪い人じゃなさそうでしたし」

「へー!アルフヘイムは木材の宝庫って言われてるし、私も一度行ってみたいわ……演奏とか調査もうまくいったの?」

 

 演奏はうまく言ったけど……

 調査は色々な疑問が残ったまま。

 

 俺とレナが顔を見合わせると、気を使ってアリスさんが口をひらく。

 

「解決策は見つからなかったみたいです。どの研究班も努力したのですが……」

「あら、そうなんだ」

 

 俺がアリスさんの言葉に続ける。

 

「大きな神木があってさ、その根元に古代の紋様が描かれた大きな扉があったんだ。扉の先にいる精霊がエルフに何も語らなくなったのが色々な原因らしいんだけど……」

「だけど?」

「扉に書かれた紋様の意味は、エルフ達にもわからないらしいんだ。……チャド達の班が解読しようとしてたけど、エルフ達はあまり文献を残さない人達みたいでさ」

「その手がかりも見つからなかったと……」

「うん……そもそも終焉の冬霜(とうそう)以前の歴史がほとんど残ってなくて、調べようもないんだってさ」

 

 それを聞いいたリリーは、鼻で「ふーん」と漏らす。

 

「後世に何も残さないなんて、技術者である私からしたら信じられないわね。……まぁ、珍しくもない話だけど」

「……そうなの?」

「うん。……例えば、私達がいるこの大聖堂だって謎だらけみたいよ?」

「どういうこと……?」

「この大聖堂を作ったのってフロリアの有名な建築家なのよ。だけどその設計図どころか、建築の記録自体がほとんど残されてないらしいわ」

 

 それを聞いた俺とレナとアリスさんは、それぞれを互いに見合う。

 どうやらレナとアリスさんも知らないことみたいだ。

 

 レナがリリーに聞く。

 

「知りませんでした。この大聖堂にそんな話があるの」

「まぁ、何度も改修されてるし……建築家とか技術者じゃないと興味ない話だしね。でも、その建築家のことをよく知る人に言わせると、この大聖堂はかなり異質な設計らしいわ」

「異質……?」

「えぇ……その建築家が作ったどの建築物にも似てないのよ。この異様に高い天井とか……使われている石材も当時あまり使われてなかったものだったりとかさ」

「……異様に……高い天井……」

 

 その時……

 

 俺の頭の中に、ある風景がフラッシュバックした。

 

(……この大聖堂)

 

 それは、俺がこの大聖堂に見覚えがあった理由を全て解説する記憶。

 元の世界で、まだ爺ちゃんが生きていた頃、2人で一緒に行った旅行の記憶だった。

 

「……思い出した」

「……え?」

「エチミアジン大聖堂……」

 

 ずっと見覚えがあった理由。

 それは、俺がいた世界で最も古いと言われる大聖堂……エチミアジン大聖堂とよく似ているからだった。

 

 俺は決して建築や大聖堂に詳しくはない、宗教に関してもさっぱりだ。

 しかし、エチミアジン大聖堂だけは俺や爺ちゃんにとって……いや、音楽家にとっては特別な場所でもあった。

 

「……」

 

 それと同時に、俺の頭には多くの疑問符が浮かんだ。

 なぜなら明確に思い出したことで、目の前にある異世界の大聖堂の存在があまりにおかしかったからだ。

 

 この建築が、この世界に存在するはずがない。

 

 そう結論づけたと同時に、俺の頭には一つの答えが浮かんでいた。

 

(確認しなくてはならない……この答えを知っている人に)

 

「ファブリス王……」

 

 そして俺は夜、王との約束の時間。

 再び王宮に来ることになった。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 一度帰宅し、風呂に入って考えをまとめた。

 王に聞かなくてはいけない真実。

 

 陽が落ちて暗くなった大聖堂で待っていると……

 王は護衛もつけず、たった一人で俺を迎えてくれた。

 

「すまないな……お忍びだ」

「……俺も一人です。アリスさんもいません」

 

 王の姿はいつもの甲冑ではなく、いかにも普段着と言った装いだった。

 片手には何やら液体の入った瓶と、二つのカップを持っている。

 

 酒の臭いがするので、どうやら少し酔っぱらっているようだった。

 

「……ぅぷ。飲まなくては……やってられなくてな。……こっちだよ」

 

 少し様子のおかしい王に案内されたのは……

 以前も二人で来た例の黒い石像のある地下の巨大な部屋だった。

 

 この世界の神シエル……だったか。

 たしか王は以前、この石像を『神を模した石像』ではなく『この石像こそが我らの神』と形容した。

 

 しかし、酔っぱらった王の姿は、神の前とは思えないほどフラフラ。

 

 ファブリス王は神シエルの黒像の前でドカッとあぐらを書く。

 俺がとなりであぐらを書くと……王が酒臭い声で言う。

 

「ミナト、酒は?……いや、飲め」

「……えぇ」

 

 あきらかに普段と様子が違う王。

 

 俺はそれに気づいていたが、聞きたいこともあったので……

 何も言わず酒の注がれたカップを受け取った。

 

「ミナト……呼び出してすまなかったな。交流会の演奏……本当に素晴らしかったよ」

「ありがとうございます」

 

 王は小さく何度も「……ぅぷ」と、声を漏らす。

 

「君に話さなきゃいけないことがあってな……」

「俺も……王にどうしても聞きたいことがあってきました」

「……」

 

 王は俺の言葉が意外でもないようだった。

 そして、なぜか睨むように黒像を一度見て、俺にこう言った。

 

「いいよ、君から話してくれ……ぅ……」

 

 俺は慣れない酒で唇を濡らし……あの大聖堂の謎を聞く。

 

「王宮にある大聖堂……あれって、建築の資料がないらしいですね?」

「大聖堂……?あぁ、設計図はもともと王宮に保管されていたはずだし、持ち出しもできないハズなんだが……なぜか見当たらないらしいな」

 

 変に長引かせるのも良くないと思い、俺は単刀直入に王に本題を話始めた。

 

「あの大聖堂の建築は……俺の世界にあるエチミアジン大聖堂という建築物と非常によく似ています。俺の世界にある教会の中で、最古と呼ばれているものです」

「……ほぅ」

 

 王はクッと酒を煽る。

 

「君が建築にも造詣が深いのは驚きだな……。異世界の建築物がこっちの建築物によく似ているのも面白い話だ」

「……いえ、俺は詳しいわけではありません。しかし、あの建築がこの世界では”あり得ない”ことは……わかるんです」

「あり得ない?」

 

 そう、あり得ない。

 それはエチミアジン大聖堂が、どんな理由であの造形の建築になったか。

 

 それを爺ちゃんから教わっていたからだった。

 

「俺の世界には世界中に信徒のいる大きな宗教があります。その宗教は建築や芸術を効果的に使って、信仰を強固にしました」

「……ほう」

「エチミアジン大聖堂も、二つの”ある効果”を効率的に使うため、あの造形になったという歴史があります……」

「二つの効果?」

「……一つは、神です」

 

 俺の世界で最も信仰者の多い”あの”宗教は、神が天にいると考えていた。

 そのため神に祈る場所である大聖堂は、より天井が高く設計されていると言われている。

 

 しかし……この世界の神は……

 俺達のいるこの地下の薄暗い部屋でたたずむ黒い石像だ。

 

「確かに……私たちの世界では神は大地に宿ると言われている。だからこそ、この黒像は地下であるこの部屋に置かれている」

 

 王の言葉に、俺も返す。

 

「はい、つまり王宮の大聖堂の天井が高い理由は、おそらく神ではありません」

「……?」

「しかし、エチミアジン大聖堂の天井が高い理由は、それだけではないんです」

「……というと?」

 

 そう。

 エチミアジン大聖堂をはじめ、元の世界の大聖堂のどれもが天井が高い理由。

 それは神とは違う、もう一つ実用的な効果があるからだった。

 

「それは……音です」

 

 天井が高い建物は、当然空間も大きくなる。

 

 複雑に跳ね返りを起こす広い空間は、空気の振動である音をより大きく反響させる。

 場合によっては、元の音よりも反響された音の方が大きく聞こえることもある。

 

 これはマイクの無かった時代、神父が自分の声を大きく反響させるのに大いに役立った。

 

 これを王に説明すると、当然のようにこの質問が返ってくる。

 

「それはおかしい……仮に誰かの声を響かせて沢山の人に聞かせることが目的であれば……私たちの世界では魔法陣を使う」

「はい……つまり、声を響かせることを目的にした建築でもないのでしょう」

「ハッキリ言って欲しいな。ミナトはどう思っているんだい?……大聖堂が音を響かせる建築になった理由を」

 

 王がたまらず聞いてくる。

 

「俺は……きっと声以外で、特殊な音響効果を必要としたからだと思うんです」

「声以外のおんきょう効果?」

「結論から言えば……」

 

 その結論は……

 初めてこの世界に来たとき否定されたものだった。

 この世界にそれは存在しないと。

 

 ただ思い返してみると、その痕跡は至る所で見ることが出来た。

 

 加工技術。柱時計。エルフの弓。

 そしてなにより、この国の人たちの感性。

 

 まるで”その存在だけ”乱雑に抜き取ったような違和感。

 仮にこの結論がただしければ、色々なことが腑に落ちる。

 

 大聖堂の天井は、神を称えるための効果をより強く演出するためのモノ。

 俺の世界では賛美歌をより効果的に演出し、反響を利用したパイプオルガンの荘厳なエフェクターとして機能する。

 

 神が地下にいて、マイク代わりの魔法陣があるこの世界の大聖堂が……

 なぜ俺のいた世界の大聖堂と酷似しているのか。

 

 

 

「この世界には、かつて音楽が存在していた」

 

 

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