異世界音楽成り上がり ーその世界の人は『一切の例外なく全員』、音楽を聴くだけで俺のことを好きになったー   作:大野原幸雄

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真実へようこそ

 

「この世界には……

 

 これを言った瞬間。

 王の表情は、俺のどの予想とも違っていた。

 

……かつて音楽が存在していた」

 

 驚くわけでもなく……焦っているわけでもなく……

 全てを知っているような、それでいて何も知らないような不思議な表情。

 

 俺はさらに続ける。

 

「この世界に音楽があったと考えると、いくつか腑に落ちることがあります」

「……」

「一番は……ここにいる人達の感性です」

 

 首都フロリアの人たちは、元いた世界の人々より感性が非常に豊かだ。

 元の世界の人々は感動する音楽を聞いても、暴動になったり、理性を失くして泣き叫んだりしない。

 

 つまり『音楽の良さ』を理解でき、それを強く享受できる感性を持ちながら……

 この世界での音楽は一切発展せず、数千年経過しているのは明らかにおかしい。

 

「まるで世界から音楽に関する物や知識だけ、ごっそり抜き取ったような違和感。……ファブリス王……俺が聞きたかったのはそれです」

「……」

「仮に音楽がこの世界に存在していたとして……なぜ音楽に関連するものが無くなり、人々はその記憶さえ失ったのでしょうか」

 

 明らかに何かを知っている、王の表情。

 しばらく手に持ったカップで揺れる酒を眺めて……王は口を開いた。

 

「その答えを説明するには……まず、私が今日君を呼んだ理由を話さなければならないな」

 

 王は座り直し酒に口をつけ……

 こう続けた。

 

「勘違いしないで欲しいが……私は君のその仮説に対し明確な答えを持っているわけじゃない」

「……?」

「私はあくまで別の考えのもと、君と同じ仮説にたどり着いたに過ぎない」

 

 王はゆっくり語り始めた。

 

「君の音楽を初めて聴い時、私は確信した。……君の演奏した音楽は、この世界にもかつて存在し、そして奪われたのだとな」

「奪われた……?」

 

 この表現を使うからには、当然その理由もあるはずだ。

 俺は黙って王の話を聞く。

 

「順を追って説明させてくれ……」

 

 そう言うと……

 王はゆっくりと腕を伸ばし、目の前にある神シエルの黒像を指さした。

 

「ミナト……目の前にあるアレはなんだと思う?」

 

 神を”アレ”と表現する王に少し戸惑いつつも、俺は改めてその指の先にある黒像を見る。

 たしかに、初めてあの黒像を見た時、何かとてつもない威圧感のようなものを感じたのを覚えてる。

 

「この世界の神……ですよね?」

「……違う」

 

 そう言うと、王は憎しみにも似た表情で黒像をにらみ、それをこらえるように言葉をつづけた。

 

「あれは神なんかじゃない……。この国に掛けられた、決して解けることのない”呪い”だ」

「……呪い?」

「あぁ……」

 

 そう言うと、王は酒を注いで一気に飲み干すと……

 またすぐにカップに酒を継いだ。

 

「王家に伝わる伝承では、この黒像は全ての願いを叶える力があると言われている」

「全ての……願い?」

「そうだ。国民は一切知らないがな。……だから王家はこれを悪用する者が現れないように、ここで神として崇めてきた」

 

 全くベクトルの違う話題に驚きはしたものの……

 なぜだか俺はこの話があらゆる問題の答えになっていると確信できた。

 

 そして初めてこの部屋へ来た時の、王が言ってたあの言葉……

 

『何かを成すのは、神ではなく結局は人間だからな』

 

 その意味も含めて、納得できる答えがあると。

 

「この黒像が叶える願いには最限がない。富や栄光……自然現象……おそらく人の生死すら、この黒像に願えば叶うのだろう」

「……」

「しかし、願いを叶えてもらうためには二つのものが必要になる」

「必要なもの……?」

「それは”願った人の命”と”願いと同価値の対価”だ」

 

(願いと同価値の……対価)

 

「ミナトは俺の父上の話は知ってるか?先代王ゼオンのこと」

「えぇ、確か……終焉の冬霜(とうそう)の終わり際、急病で亡くなったと……」

 

 ティナに誘拐される直前、チャドから聞いた言葉を思い出す。

 

『”終焉の冬霜(とうそう)”が終わる直前に亡くなっちまったんだ。……この国史上、一番偉大な王と言われた人だよ』

『”終焉の冬霜”って終わる間際が一番酷い時期だったから、国民の絶望も凄かったらしい』

 

「とても偉大な王だったと……終焉の冬霜の終わる間近、心臓発作で亡くなったと聞きました」

 

 そう言うと、王は少し寂しそうに視線を下げた。

 

「国民にはそう伝えていたが……本当は違う。……父はこの部屋で死んでいたんだ」

「それって……」

「あぁ……父は10年前、ここで黒像に何かを願ったのさ。自らの命と『願いと同価値の代償』を捧げてな。……何を願ったのかは、ミナトでも想像できるだろう?」

 

 そんなの、決まっている。

 

「……終焉の冬霜ですね?」

 

 そう……

 

 つまり、先代王は世界中で100年続いた終焉の冬霜という厄災を、この黒像によって解決したということだ。

 自らの命を捧げ世界を救った英雄譚は、後世に語り継がれるべき功績と言っていいだろう。

 

 しかし、当然気になるのはその代償。

 王自身の命と、願いと同価値の対価。

 

 世界規模の厄災を解決するための代償として、自らの命と一緒に一体何を捧げたのか。

 

 そしてそれこそが、俺が持っていたこの世界の違和感の正体だった。

 

「まさか、その時支払った……厄災の解決と同価値の対価って……」

「あぁ……それがきっと音楽なのだろう」

 

 俺にとって、その事実はあまりにも無慈悲に感じられた。

 ほんの10年前まで存在した、人々の笑顔を支えた膨大な音楽。

 

 この世界にも、俺の世界と同じような音楽の歴史があったとして……

 楽器、知識、技術、教訓……音楽に関する全てがこの世界から失われた。

 

 そういうこと。

 

「あれほどの厄災の対価になるほどだ。……我々の世界にとって音楽がどれほどの価値のあるものだったのか想像に難くない」

「……」

「だからこそ、ミナトの音楽は我々の心に、本当に……本当に強く刺さったのだろう」

 

 ファブリス王も当然、音楽の記憶を失っている。

 俺達のこの結論は、あくまで仮説にすぎないのも理解している。

 

 しかし……

 俺はこの仮説が真実である確証を持っていた。

 

 それは俺の音楽を聴いた人たちが、俺の音楽を表現した言葉。

 

『ミナトさんの音楽を初めて聴いた時……この世界から失われた希望が、まるで目の前に顕現したのかとおもいました』

『ミナト様の音は、まるで失っていたとても大切なものが私の中に戻ってきたような……とても暖かい感動だった……』

『初めてミナト様の演奏を聴いた時……深い喪失感を全て埋め尽くすような温かさを感じた』

 

 レナ、ティナ、アリスさん……

 俺のギターを聴いた人は皆、表現は違えど音楽を『失ってしまった大切なもの』と比喩していた。

 

『何か大切なものを無くした後のような、不快感とも不安感とも言えない……漠然とした悲しい気持ちです』

『この国には同じような人がたくさんいて、人によっては終焉の冬霜の後遺症だとか言うという人もいるくらいです』

 

 おそらくそれは比喩でもなんでもなくって。

 本当に多くの人にとって、かつて音楽は大切なものだったんだ。

 ……そして、失われた。

 

 だからこそ皆が俺の音楽に惹かれ、熱狂した。

 そう考えると、人々が音楽に寄せる期待の理由に納得がいく。

 

 その途方もない真実を語った後、王はさらに続けた。

 

「父は、この黒石が嫌いだった……」

「……ゼオン王が……ですか?」

「あぁ。記憶が無くなっちまってるから憶測でしかないが……おそらくこの国は、先代の王達によって何度もこの石で願いを叶えて発展したんだ」

「……」

「それには、当然多くの代償が支払われてきたのだろう。それを考えると、先人達の偉業すら血塗られた歴史に思えて誇りにすることもできない。父は王家に伝わるこの石の真実を私に伝え……『これに頼らない王になれ、私がそうしたように』と言った」

 

 しかし……先代王は頼ってしまった。

 終焉の冬霜という世界中を巻き込んだ未曽有の厄災を目の前にして。

 

「それほど終焉の冬霜の末期は、各国悲惨な状況にあった。……父は死ぬ間際、本当に悔しかったと思う」

 

 ファブリス王がこの石を睨む理由はこれか。

 

「この石を破壊したりしようとは思わなかったんですか?」

「思ったさ。しかし伝承では『この黒石を破壊せし時、願いによって消し去ったあらゆる過去が全て訪れる』とも言われてる」

「願いによって消し去った過去……」

 

(つまりは、願いによって支払われた代償のことか)

 

「願いによって消し去ったものなんて、厄災とかロクでもないものがほとんどだ。仮にそれによって音楽が戻ってきたとしても、考えられるリスクの規模はおそらく相当なもの……しかも記憶を失っているせいで想像すらできん」

「……」

「この石は、つまり願った物の欲望をそのまま自分の盾にしているのさ。だからこそ、これは我々の”呪い”なのだ」

 

 世界の真実。

 その全てを聞いて、俺は王に聞く。

 

「どうして、俺なんかにこの話をしたんですか?」

「……」

「この真実を……国民すら知らないんですよね?それなのに、どうして……」

「そんなの、決まってるだろう」

 

 そう言うと王は酒を飲みほした。

 

「我々王家は何百年という歴史の中で、きっと何度も黒石の前で自らの欲望に敗北してきたんだ。多くの代償とその記憶さえ失ってな」

「……」

「しかし、君がこの世界に音楽をもたらしたことで……我々は歴史上はじめて黒石に奪われたものを奪い返したんだ……これは、その礼なんだよ」

 

 そして王は立ち上がって、今度は自分の話を語る。

 それは彼の覚悟そのものだった。

 

「私は……この真実を全ての国民に伝えようと思うんだ」

「え……」

「エルフとの交流会で君の演奏を聴いて、私自身決心が固まった」

「黒像の事も……音楽のこともですか?しかしそんなことをしたら……」

「真実を隠し続けた王家への信頼も、多少揺らぐことになるかもしれんな……。しかし、いつかの時代の王が必ずやらなければならないことだ」

「……」

「もう行こう。全て語って、すっきりしたよ……ずっとこの部屋にはいたくない」

 

 王は、とてもすっきりした顔で立ち上がる。

 そしてフラフラと最後の酒をつぎ、一気に飲み干して、部屋の出口に向かった。

 

 俺はそんな王から、黒像に視線を移す。

 黒像は、なんとも無機質な色で俺と王を見ているようだった。

 

 俺は黒像を見ながら、王を呼び止めて言った。

 

「ファブリス王……待ってください」

「……?なんだ?まだなにか話があるのか?」

「はい……もう一つ、仮説があるんです」

 

 この世界に音楽が存在した。

 そうなれば、もう失ったものを数えている場合じゃない。

 

 存在しないものは想定の範囲外。

 一つ真実が明らかになれば、その先にある別の道への扉が開かれることもある。

 

 そして今回の場合。

 開くべき扉はたった一つ。

 

 すなわち……

 アルフヘイムの森にある、大樹ユグドラシルの大門。

 

「エルフについての話です。ユグドラシルの大門にあったあの紋様、俺の世界にある"あるもの"に似ているんです」

「あるもの……?」

「はい。今の話を聞いて確信しました……音楽がこの世界にあったのだとすれば、あの紋様の正体も」

 

 四重の線で描かれた円。

 そしてその線上に乱雑に置かれた葉。

 

『月の下、4つの森に3つの刻』

 

 エルフ達があの意味を理解できなかったのは……

 音楽に関連する知識として、その記憶を消されてしまったのではないだろうか。

 

『古代エルフが書いた文字ですが……現代を生きるエルフには読めません』

 

 この世界に音楽が存在するのだとしたら……

 俺にはもう……あの紋様は、アレにしか見えない。

 

「あの紋様の正体は……おそらく楽譜です」

 

 

 

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