Mercenary Imperial Japan 〜幕府〜 作:丸亀導師
家光百年の計
現実の世界にはありません。確かに台湾に対する領有を画策したものは家光の時代に存在しましたが、家光本人がそれを否定しています。
徳川学校
現実にはありません。今で言う士官学校のようなものだと考えてください。
復国令
現実にはありません。大阪陣での敗残した者たちの中で徳川に近く改易をくらった者たち。または譜代の中で、家督を継げず家臣へと落ちる者たち等に、蝦夷地を与え国を起こさせる。
大学寮
律令制の中での管領育成機関。中身は別物。昔の制度を新たに作り直し、公家、武家、農、商に関わらず優秀とされた者たちを集め、国をより大きくしようとした。ここを出たものは、その代限り士族を名乗れる。
大船建造の令
史実での大船建造の禁の劣化版。幕府の許可なく大型の軍船、商船の建造を行ってはならないという制度。
武器を持たない国内用の内航船は、この令に触れない。
島原の計
島原でポルトガル商人達が武器の横流し、を行って現地の反乱勢力に加担していたもの。しかしながら、数が揃うまもなく直ぐに見つかり国外追放された。
出島
所謂長崎で有名な出島であるが、この世界では防疫拠点であっても貿易拠点ではない。即ち、国内の港へと入港する際必ず入らなければならい。もし、入らない場合は接収される。
第一次遠征軍
オランダへと送った傭兵、としての正規軍。半同盟のような状態であるが、現地の将軍の命令に従いつつも独自の裁量権を認められた部隊。皆教育が行き届いており、基本的な読み書き算術が出来る。
もやし
言わずとしれた野菜。日本には平安時代の書物「本草和名」に「モヤシ」として記載される。
また、南北朝時代には楠木正成によって籠城戦の際に使用されたようである。
明清交替
歴史上に起こった事実であり、この世界でも予定通りに起こった。
救荒作物
代表的な例として薩摩芋がよくあげられる。蕎麦や薩摩芋は、栄養価が低い土壌でも育つので、荒れ地や田が出来ない場所では良く栽培された。なお、薩摩芋はこの時代日本にはまだ広く普及していない。また、薩摩芋は寒さに弱い為に北海道の作付には適さない。やはり、蕎麦または小麦が望ましい。
甜菜
現在の国産の砂糖は基本こいつから取られている。ビーツなどと呼ばれることが多いが、シュガービートから採られている日本名は砂糖大根。
石狩藩
これは歴史上存在しない藩です。北海道を統治する場合、藩の数は東北と同等の量が必要なほど広いため偽造しました。
長平公主
実在した明の最後の直系の血をひく人物。彼女の生涯はあまり知られておらず、その姿はたいへん美しかったようである。
第12回遣欧使節団
信長から数えて、12回目の使節団である。もっとも、こんなの現実には存在しません。
40年戦争
この世界での日明vs清朝鮮の戦争のことを表す。大規模な戦闘が散発的に行われるが、双方共に自然災害等で休憩しながら戦争を行った結果グダグダと長続きした。結局決着は付かなかった。
クニ
小規模な村社会の上位種のようなもの。ある程度のコミュニティであるものの、その人数は決して多いわけではない。代表もフワッとしたものであり、村等が分裂したりして簡単に崩壊することがある。初期の国家体系とでも言える。日本で言うところの弥生時代である。
松平長七郎
史実でも架空の人物。一応、駿河徳川の嫡子という設定。こちらでは実在の人物であり家光の温情のもとに、スペインの真似をして、海外植民地を作ろうと派遣された。
手旗櫓、小屋
実際に大阪へと各地の米相場が手旗信号で送られており、その時間は数十分であったという。
ロシア・ツァーリ ロシア帝国の前進組織。この時点で既に一部商人がアラスカへと到達しているが、まだ完全な統治には至っておらず。結果、日本にユーラシア東端及びアラスカを取られる。
大日本沿海輿地全図
1650年代の技術をかき集めたもので作られた。以後30年おきにその時々の技術で測量を行なわれ、次第に精度が向上していく。
崇哀王
架空の人物である。初代明王朝国王
明暦の冷争
所謂、冷戦のようなもの。互いに殺し合うよりは、牽制し合ったほうが良いのでは?という判断があったとか。
東方白書
オランダから見た日清戦争のことが書かれている書物、どちらがより強いか、弱点などが記されている。
鄭氏の乱
当時の明の役人の鄭氏によって、日本軍に対して行われた紛争。
日本軍として、清との戦争のいい準備運動になると思われ、実際にこの後、このときの戦訓を生かして清との戦闘が行われた。
京葉姿学
京都の文化、喋り方等を全国の標準として普及しようとした。もっとも、新しい物の名等の表し用の無いもの等はそのままの名で呼ぼれたりと、もはや京言葉の姿かたちもなくなっていく。この世界の日本語。
国内馬車道
家綱の戦略の一つで、長い間の戦によって物流が弱くなることを懸念して、計画実行された。後にこれを元に、バスや電車等の道が整備されていく
光国の軍制
徳川光国による、日本国の〘備〙と言われた戦闘隊形への一つの答えである。元来各大名によってバラバラだったそれは、槍を完全に廃止し銃と一体化した銃剣を生み出した。
顕微鏡
現実の世界で日本に伝わったのは1750年頃のようだ。
地動説
地動説が日本に入ったのは1606年頃、なんとイエズス会が日本に持ち込んだ。
日本国内で存在した物理学者集団という設定。物理学というよりも数学や科学、化学もこの中には入っており、幾つかの集団で分かれていた。
比街の乱
フィリピンはルソン島に存在していた日本人街の商人たちによる、スペインのフィリピン総督府に対する大規模な反乱。このとき、総督府内の多くの役人がスペインへと逃げ帰り、凡そ半数が現地人と日本人に置き換わった。
三藩の乱
現実の世界にも存在しているが、この世界の場合は清によって焚き付けられた労働者階級。特に貧しかった、農民達が中心となって、行われた。まともな武器も戦術も持ち合わせておらず、周囲の街や村から煙たがられた者達は、まともな抵抗もなく敗北した。
武士
この世界での1673年以降の定義。
軍事に特化した者=軍士
警察行動いわゆる町奉行などの治安維持関連=警士
国庫の会計、文官のようなもの達=公士
幕府直轄の学寮の研究者並びに学者たち=学士
道路の保全並びに測量、地図作成=測士
平壌の約定
戦争によって溢れた双方の民間人の捕虜を交換する事を記されたもの。
あまりに多いため、互いに捕縛しておく場所もなく。かと言って、放置すれば疫病の原因にもなるため致し方なく制定された。
紅島沖海戦
日本 フリゲート5 ジャンクフリゲート2
清 ジャンク4
の規模で起こった海戦。名称の通り、朝鮮半島に存在する紅島近海で勃発した小規模な海戦。
黄海海戦
日本 艦艇数60隻
清 72隻
で行われた、黄海で行われた大規模な海戦。
東からの衝撃
これまで西洋に日本という国が存在することは解っていたが、その版図はオランダによりひた隠しにされており、それが始めてフランスの手によって世界に流布された。
強大な東アジアの国家の存在に、西洋は警戒を強めていく。
北京条約 日清の
長きに続いた日清戦争の終結を宣言すると共に、双方の版図の限界線を記されたもの。
また、このとき日本は消費された戦費の1.5倍を清国へと賠償請求を行い、それの支払いには20年を費やした。
樺太人民政府
樺太に存在した(存在しない)自治政府。幕府と清双方の影響を受け、ロシアによって破壊されるまで長きにあいだ、議会によって運営された政府。
日仏同盟
スペイン継承戦争の終結まで続いた、中立同盟。これによって、東南アジアに植民地を保持していた国々は、戦争の力を緩めるほかなくなった。
なお、このとき日本へと送られた
カロリーヌ・オーギュスト・ド・ブルボンは、こちらの歴史では存在しない。
神道下日本正教
どうしてもキリスト教から降りたくないカロリーヌ嬢が行った苦肉の策。基本的な部分は神道であり、他の神を否定することなく聖書の内容を絶対的な唯一神から、数多くいる神の中で偉大なる存在としての神とすることで対応した。
地震、富士山の噴火。言わずとしれた宝永噴火と、宝永地震である。
軍士、警士、学士の階級。
要するに現実の世界での基本的な階級区分。
なお、学士においては学者→助教→講師→准教→教授となっている。博士はまだない。
蝦夷光
寒さに強く、少ない水で作ることができる米の品種。なお、虫に弱いため、蝗などが本当に少ない北海道でしか適さない。
エチュベ
フランスの一般的な蒸し野菜料理。野菜の水分を使用して作られるそれは非常にヘルシーである。
船付勘定方
この世界の日本の商船並びに外洋船舶に専任して乗船する船賃並びに船員、係留費用等の諸々を行うもの。この役職は銭勘定では船長よりも高い位を持って、船員の働きに対する差配を行った。
なまこ壁
平瓦を漆喰などと共に外壁として用いる建設方法。時代劇などに見る網目状の壁の造りがこれにあたり、防火防寒に優れていた。
この世界の建物は2階建てのものが主流であり、長屋ですら木造2階建て、外層に大火用の漆喰を塗られている。
江戸城天守解体
城内の不要な建造物の解体と、時節による天守閣の形骸化をと家信は嘆いており、それによって行われた。より政庁としての機能を持たせやすくすることによって国内の情報整理を簡潔に行えるよう、各部署を城内の各所へと配置した。
2季戦争
日本とロシアとの間に行われた5月上旬〜11月上旬まで行われた戦争。
ヤクーツク条約
日本とロシアの国境線の確定をこれによって行われた。仲介として、清が間に入りこれにより日清の間も若干修復された。
日土友好条約
日本とオスマントルコとの間に締結された非軍事的な条約。スペイン継承戦争の集結により団結するであろう、欧州を危険視した結果その対立者としてのオスマントルコとの間に行われた。
京都から江戸東京への遷都
幕府にとって朝廷が京にあるのは非常に煩わしく、また天皇からしてみてもっとも繁栄する場所こそ都に相応しく、京の寂れもありこれを気に遷都した。住居はこちらで言う国会議事堂辺りに建てられ、江戸城よりもより強固ななまこ壁を使用した伝統的な寝殿造りとなった。
日仏通商条約
互いの国の商人に対して多額の税を吹っ掛けるような事を無くし
互いの国を対等なものと定めるもの。
燃水
所謂石油、ただし学名よりも石のように黒い油という石油という名前のほうが多く広まっていく。
日英茶道
長らく緊張状態が続いている日本と英国の間にあった、一つのお茶という共通点から始まった小規模な貿易関係。
イースタン・パラサイト
ターヘル・アナトミアのような解体解剖学書ではなく、人体の何処へどんな寄生虫が寄生するのか、というものを纏めた書物。
内容は西洋でも称賛されるが、最後の謎多き風邪の仮説の部分に肉眼では判別不可能な、顕微鏡でのみ見つけることのできる小さな寄生生物が、様々な病の元になっているという仮説が大いに笑いものとなった。
大日本海洋教室
それまで漁業でしかなかった、魚類の研究を中心に様々な魚類の習性。それからくる、漁獲の仕方。一度の出産数などの研究を行った組織。
日本神学会
日本国内に広く存在する様々な神々、失われた神話や伝承を一つの書物へと纏める者たち。
ユリウス・フランソワ・デュプレクス
元海運業者の男、フランス法服貴族の対日本外交官兼フランス大使。
物心ついた頃から日本を相手に貿易についていた事もあり、アジア各所に対して広い知識を持っていた。日本に着任したのは1720年このとき35歳妻子持ち。