Mercenary Imperial Japan 〜幕府〜 作:丸亀導師
1711年
ジリジリと陽射しが肌をやき私の白い顔を紅く焼き付ける。ムシムシとした湿気は、祖国とはまるでエチュベ《①》のように私の身体を内側から、煮ていってしまうようだった。食事も肉は鳥ばかり、豚肉や牛の肉はもうどれほど口にしていないだろうか、魚の肉を食べることに慣れては来たが。
この国に来て早くも5年、私は18になり長女もそろそろ人の区別がつく頃になった頃だろう。仕切りにこちらの言葉で母上様と呼ばれることに、私もやっと慣れてきた。一緒についてきた侍女達もこちらの暮らしになれたようで、正直に嬉しい。
私の生まれ育った国フランス。私の家だけかもしれないが、母とあまり話をした記憶がなく、共に朝の食事をした記憶すらない。どこかに行くことも、遊ぶことも無かった。だが、この国では母親が子供と共に居ることこそ良きことなのだろう。
実際にして、子供たちの遊ぶ姿というものは見ていて悪いものではないし、何より気晴らしになる。
小さい頃乳母から良く聞かされていた、『貴族の恋模様』もこの国では無いに等しい。まず、将軍の妃である私に声をかけるものなど無いに等しい。それどころか、私はここに来て自由に外に出掛けることも出来ていない。『かごの中の鳥』という表現がしっくり来るだろう。
あぁ、外に出てこの国を旅して回りたい。きっと、私が見たことも聞いたこともないものが、多く存在しているはずなのに。
私がこの国に来たのは、追い詰められた祖国をなんとか体をなすように、体外政策の一環としての政略結婚だった。
父は国父、ルイ14世の息子の一人として王族としてこれを計画し、貴族として王族として私をこの国に送り出した。
私は、国と国を結ぶための道具。
それは古今東西例外のない、女という政治の道具だったというだけだ。
私の教育を行っていた先生曰く、この国は東の大国。神すら恐れることを知らない人々の気性は荒く、獰猛でなお且つ死を恐れない、悪魔のような国。
隣国と100万という、桁違いの国家どうしの軍隊の衝突を経験しそれでもなお、国家が疲弊しない国。
それが、私達の国でのこの国の印象。もっとも、この多くが創れたものだというのを私は、教育によって知っている。
ただ獰猛なだけでは、あのような白い磁器を作ることはできないし。
同盟国にあるにも関わらず、故郷の国民は彼等を嫌う。宗教の妥協が受け入れられずに。にも関わらず、この国は私達の国に軍を派遣しその見返りとして、金銭を貰う。何方のほうが寛容であろうか。
私が初めてこの国に来たとき、長き船旅の中で彼等は定期的に生野菜?の類である、というのが解る得体のしれないヒョロヒョロとした、ものを食べさせられた。
船員一人一人に分けられていたようで、乳母や先生たちの言う危険で汚らしい船旅とはまるで違った。
基本的に彼等は身なりを清潔に保つために、毎日身体を洗っていた。私が乗船しているからか、はたまたそれこそがこの国の根幹なのか?それとも、宗教の違いというものなのだろうか?と、そのときの私は思っていた。結論を言えば、この国の置かれた気候に起因した。
更に船内の物資が無くなると、基本的には航路上の都市へと寄港して取引を行うのだが、このときに『船付勘定方』《②》と呼ばれる者が差配するのだが、これがまたすごい速さで計算をするものだから大概2日で港を出る。それでも、航海でかかった日数は一月。
英国からの妨害にあいながらも彼等は私を、無事に送り届けた。
この国に到着して、最初に目に入ったものは街並みだった。海運栄える港湾都市、特徴的な黒ます白地の壁の独特な重厚感のある建物たち。なまこ壁《③》とかいうそれは石造りのそれとはまた違った美しさが見えた。
建物は高層のものが殆どなく、一階はなまこ壁を使用して二階部分は漆喰を中心に建てられていた。中には木枠に硝子を凝らしたものまであり、文明の高さが見られた。
それでも本土への上陸に一週間、出島にて待機を言い渡された。病気を持ってきていないか、隔離して身体検査を徹底するためだそうだった。
そうした中、私は上陸した。その時の彼らは私に対して大いに歓迎の軍によるパレードを街中が執り行っていた。後で知ったことなのだけど、実際はパレードだけで街のそれは単に便乗して祭りを開いていただけであったそうだ。
寒暖差はフランス以上、夏はジメジメとし冬はカサカサとしてとてもではないが最初の年は、体を壊した。それでも、次第に慣れていくと私の夫である家信様は、私と寝屋を共にした。
彼は、私のことを最初奇妙なものだとおっしゃってその目で色々とその、色々と観察された。その後、私が身籠るとそれを日記というか観察誌のようなものに事細かに書き記し、その時の私の身体の採寸すら行う。非常に厄介な趣味を持っていた。
それどころか、私が子供を産んだあと子供に非常に興味を持って、子供が娘であるにも関わらず溺愛している。
私には男の子を産むことが求められていたのに、私にはなんのことも言わずに男の子を産めない私のことを、まだ愛してくれている。
この国には側室という制度がある。フランスには勿論無い。自由恋愛の禁止された貴族間では、不倫が横行していたからどちらがより健全であるだろうかは、私が述べられることではない。
側室へも私と同様に接しているのだから、女たらしとでも言えるのかもしれない。だけれども、女よりも銃の方が彼は興味が惹かれるらしく、いつもいつも火薬を比率を変えつつ調合したりして、自分の作ったマスケットで的を撃っている。
子どもたちがこんな人に育たないよう神に祈るばかりだ。
神といえば、この国には私のようなクリスチャンは殆どいない。この国は私達の神とは対立?ているから、というのは聞いたことがある。この国の規範に則って私は神に祈ることを許された。他の者たちもどうか、と頼んでみれば私のものに改宗するならばというところで、私のもとにこの国のクリスチャン達が集められた。
彼等多神教の中に私達の神を組み込むという荒業、そんなことをして神はお許しになるだろうか?民のためならば致し方無いと、思ってくれるだろうか?
子どもたちはそんな事知りもせず、私達の神を知らない。どうか、子どもたちの未来に幸あらんことを。
①エチュベ フランスの一般的な蒸し野菜料理。野菜の水分を使用して作られるそれは非常にヘルシーである。
②船付勘定方 この世界の日本の商船並びに外洋船舶に専任して乗船する船賃並びに船員、係留費用等の諸々を行うもの。この役職は銭勘定では船長よりも高い位を持って、船員の働きに対する差配を行った。
③なまこ壁 平瓦を漆喰などと共に外壁として用いる建設方法。時代劇などに見る網目状の壁の造りがこれにあたり、防火防寒に優れていた。
この世界の建物は2階建てのものが主流であり、長屋ですら木造2階建て、外層に大火用の漆喰を塗られている。
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