Mercenary Imperial Japan 〜幕府〜 作:丸亀導師
1716年
日仏通商条約が締結される《①》
日本、フランス両国に大使館が設置される。
キリスト教カトリック、日本へと再度上陸を果たす。
キリシタンとカトリック対立し殺し合いに発展、カロリーヌの名のもとに神道下日本正教へと、キリシタンは改宗される。カトリック再度日本国内での布教を禁じられる。
日本アラスカ探検隊、アラスカで燃える黒い水を採取。日本書紀から同様のものの発見をもとに、その物に燃水《②》と呼称が与えられる。
1717年 清がチベットへと侵攻を開始する。それを受け明は軍の動員を開始し、防御を固める。
其れ等を重く見た家信は、軍の派遣を決定するも広くなった国土に合わせた軍の編成に難色を示す。
このとき、日本本土並びに各地へ赴いている軍士の内半数は農民出であり、即ち戦国からの武家階級の尽くは没落する傾向にあった。
京都御所にて霜月の反乱が起きる。桜町天皇これに対し激怒し、徳川幕府に対して、反乱の鎮圧を命令するとともに幕府という部門の体制に対して朝廷の意向の反映を強烈に指示する。
これに対して家信、即座に国内の反乱する武士への処断を決行する。
これによって、天皇≫将軍の構図が色濃くこの国に定着するとともに、幕府の権威、権力が朝廷からもたらせられたものだということを、日本国ひいては諸外国が認識される事となる。
1718年
オランダ王国が日本国へ大使館を設置し出島に存在していた、オランダ商館の廃館がなされる。
日本オランダと通商条約を締結。
出島、防疫拠点として再度建造物の改修が行われる。
貿易拠点としての出島はあまりにも手狭であり、国内の需要を満たしていると言うことでもなかった。これにより、日本各地に小規模な防疫所が設置され各地に国際港が開かれる。
スペイン王国との関係が悪化を始める。キリスト教カトリックの国外追放からくるこれは、西欧と極東という文化の違いを世界的に知らしめるものであり、フランスはこれに対して板挟みとなる。
英国との間に日英茶道《③》が提案される。
1719年
日本国内での寄生虫学が、各国へと紹介される。これはオランダ語に約され、イースタン・パラサイト(東の劣った寄生虫学)《④》と呼ばれる本として出版される。
このとき、西洋での医学会にて鼻で笑われる。
大日本海洋教室《⑤》が開設される。魚類を研究対象としていた学士達による、魚類の家畜化の研究が始まる。
植松一茂という一人の学士による、物質分類説が提唱される。
1720年
フランスとの協議により日本国の新大陸での獲得可能範囲が制定される。
禁書令の大規模な緩和が始まる。
日本神学会《⑥》が開設される、日本神話、土着神話の変遷がこの組織によって開始される。
① 日仏通商条約
互いの国の商人に対して多額の税を吹っ掛けるような事を無くし
互いの国を対等なものと定めるもの。
② 燃水
所謂石油、ただし学名よりも石のように黒い油という石油という名前のほうが多く広まっていく。
③日英茶道
長らく緊張状態が続いている日本と英国の間にあった、一つのお茶という共通点から始まった小規模な貿易関係。
④イースタン・パラサイト
ターヘル・アナトミアのような解体解剖学書ではなく、人体の何処へどんな寄生虫が寄生するのか、というものを纏めた書物。
内容は西洋でも称賛されるが、最後の謎多き風邪の仮説の部分に肉眼では判別不可能な、顕微鏡でのみ見つけることのできる小さな寄生生物が、様々な病の元になっているという仮説が大いに笑いものとなった。
⑤大日本海洋教室
それまで漁業でしかなかった、魚類の研究を中心に様々な魚類の習性。それからくる、漁獲の仕方。一度の出産数などの研究を行った組織。
⑥日本神学会
日本国内に広く存在する様々な神々、失われた神話や伝承を一つの書物へと纏める者たち。