Mercenary Imperial Japan  〜幕府〜   作:丸亀導師

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家綱の治世1

1657年 家綱、徳川の財政に関して考えを巡らす。そもそもの話、この日清戦争への戦費は非常に高いもので、短期で終わらぬのもその原因であるという所に、家綱は考えた。戦を負けに終わらさず、時期を稼ぐ方法はないものかと。

そして、それは清も同様であることから双方の利は一致した。

4月に共に合意の元に行われたそれは、明暦の冷争《①》といわれる。所謂停戦協定のようなものだ。

 

一方でこの停戦交渉に参加できない国があった。それは、戦争当事国の李氏朝鮮であり明であった。実質的にこの二国はどちらかが一方的に攻められ、バックにある清と日本との戦争に置いていかれている。当事国であるにも関わらずだ。

 

この休戦交渉は、明にも朝鮮にも寝耳に水であり、勿論これに対する反発は大いに存在した。よってこれらの事から必然的に、日本に対する反抗勢力が出来上がり、そしてそれは鄭氏であった。

 

無論のこと、朝鮮の清への反抗勢力も存在していたが影響力の低さからか、清の征西に嫌がらせのように国土の開発を手伝わせる事を行っている。足を引っ張っていると言っていい。

 

また、この年オランダの使節の者たちはこの戦争の事をこう綴っている。

『東の果ての大国の覇権を争うその姿は、滑稽のように見えるがその記された長い歴史の中では、当然の行いである。

 もし、我々がこのことに頭を入れればきっと国が滅びるまで尽くさねばならないのだ。故に我々は静観しなければならない。』

 

東方白書《➁》

 

清と日本の戦いは当時の欧州でも無視できないものとなっていた。

 

 

 

1658年 鄭氏と光国の間の亀裂は深まり、このとき完全に日本と明国鄭氏の間で戦闘が勃発する。

このときの戦いは、所謂〘鄭氏の乱《③》〙と言われる一連の数年間に及ぶ戦いの幕開けとなる。

 

このとき日本側に付いたのは南京中央政府に付いていた大凡の者たちで、鄭氏側に付いたのは福建や広州の役人たちばかりであった。

 

このとき、朝鮮では朝鮮人の日本人化が行われ始める。まず、日本国内だけでも数多ある方言の撤廃から始まる、京葉姿学《④》要するに京言葉の全国への普及を行ったわけである。

 

また、防諜の観点から公文書への仮名文字の導入を行うとともに、数文字である0〜9に至るアラビア数字を取り入れるとともに、それに漢数字を組み入れより計算のしやすいものへと変える試みがなされ始めた。

 

 

1659年 鄭氏と日本の戦いにおいて鄭氏は広州から戦力の大半を、撤退させ福建に立て籠もるようになっていた。

ジワジワと、真綿で首を絞めるかのごとく国外からの食料の調達もままならない状況に、次第に人心も離れていったようである。

 

この年、朝鮮半島で天皇への服属を誓う忠誠の儀が行われた。神道の祭事の長であり、日本国の所謂皇帝の立場である天皇の力を国外へと持ち出し、あまつさえそれを徳川は利用した。

 

 

一方でオランダは、これに対しある種のアクションを取ろうとした。今までは将軍こそが、日本国の王であるという認識をしていたにも関わらず、実はこちらこそが王であるという寝耳に水の出来事に慌てふためいた。

 

つまりは今までは徳川へとしたためた手紙や公式文書が、日本国の王へと届いておらず一臣下へとしたためた手紙になってしまった。ということで、オランダが天皇が存在する日本よりも下の立場となってしまうのだ。

 

このとき、オランダは一つの判断を誤り、本国への通達が一年ほど遅れ、そしてそれが帰ってくるまでの一年間で日本という国がより盤石となり、手のつけようがない国家へとなってしまう。

 

 

1660年 鄭氏の敗走と共に台湾南部へと彼等は逃げ込んだ。これは日本にとっては、鴨が葱を背負ってくるようなものであった。それは、丁度鄭氏が潜んでいる場所はオランダの統治領であり、それを理由に日本は、オランダ領への武力侵攻を開始する。

 

さて、このときオランダの商人たちは鄭氏と蜜月出会ったようであるが、それを知ってか知らずか日本は彼等商人たちを斬殺しつつ前へと進んでいく。

これによって、一時期オランダ領事との関係が悪化するが本国から遥か東の彼方の出来事で、武力の少ないオランダがこれに対して何かできるわけではなかった。

 

この年、国内で初めて大規模な幹線道路の整備が行われ始めた。大凡百年を用いて、全国の平地で馬車道が作られる。国内馬車道《⑤》が建設され始めた。

これは、村や田畑からのより効率の良い運搬によって軍事により貢献出来るようにと、家綱たっての力作であったと言われている。




① 明暦の冷争
所謂、冷戦のようなもの。互いに殺し合うよりは、牽制し合ったほうが良いのでは?という判断があったとか。

➁ 東方白書
オランダから見た日清戦争のことが書かれている書物、どちらがより強いか、弱点などが記されている。

③鄭氏の乱
当時の明の役人の鄭氏によって、日本軍に対して行われた紛争。
日本軍として、清との戦争のいい準備運動になると思われ、実際にこの後、このときの戦訓を生かして清との戦闘が行われた。

④京葉姿学
京都の文化、喋り方等を全国の標準として普及しようとした。もっとも、新しい物の名等の表し用の無いもの等はそのままの名で呼ぼれたりと、もはや京言葉の姿かたちもなくなっていく。この世界の日本語。

⑤国内馬車道
家綱の戦略の一つで、長い間の戦によって物流が弱くなることを懸念して、計画実行された。後にこれを元に、バスや電車等の道が整備されていく。





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