渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する 作:三白めめ
「奴良リクオとかいったか。どんな女がタイプだ?」
黒い外套を纏った和装の男──花開院竜二は、リクオに対しそう問いを投げた。
東堂じゃんという契克の呟きをよそに、竜二は質問を補足する。
「女の好みを聞いているのだ。タッパとケツがデカい女というように答えたらいい。……別に男でも気にはせんぞ」
「──何を言うとんねや?」
ゆらの表情には戸惑いのみが浮かぶ。東堂式コミュニケーションを初めて目の当たりにしたとすれば、この反応は当然のことだ。それに、眼前にいるのは兄。つまり、自分の身内が学友に問いかけているのだ。気まずいにもほどがある。
「えっと……、え?タイプって……」
「ああ、別にうちの妹と答えてくれても構わない。俺はシスコンというわけではないからな。思ったことをそのまま言ってくれ」
まだ怪訝そうな表情を止めないゆらに、竜二は理由を聞かれているのだと気づいて説明を始めた。
「理由か?俺はその男が妖怪だと思っているが、お前は人間だと主張しているからな。確かめるために聞いた。男子中学生だろう?そのくらいの相手を信用できるか確かめるなら、性癖の一つでも訊いた方が手っ取り早い。現代社会にどれだけ馴染んでいるかの尺度にもなる」
十中八九嘘だろう。だが、この竜二という男が本当に東堂式コミュニケーションの使い手という可能性もある。……その場合、答えによっては人間であってもつまらないと殴られる場合が発生するが。
「あ……明るくて優しい子……かなぁ……?」
「そうか。大して面白くないな」
「自分から聞いといてなんやねんその言い草……」
戸惑いながらの答えに、速攻でつまらないとレスポンスを返した。即座に殴り掛からないことに怪訝そうな顔をする契克と、不満を露わにするゆら。そして、この掛け合いによって竜二は目的を術中に嵌めることができた。
「では、二つ目の質問だ。──お前は妖怪か?」
「……四分の一だけ。夜は妖怪になる……っ!?」
やはりというべきか、リクオは
「まさか本当に性癖で信用できるか判断すると?そんなわけないだろう。どう答えようと知ったことではない。この話題が一番意識の空白を生み出せるパターンというだけだ」
「言霊……!」
「呪言使いには遥かに及ばないが、意識の空白を使った暗示だ。初歩的な話術だぞ」
お前は直情的すぎる。ゆらにそう告げた竜二は、奴良の言葉を聞いてどうするか逡巡しているゆらへと式神──餓狼を嗾けた。
「お前は当主候補だ。それが妖の前で無防備に立つなど言語道断。そもそもだ。烏崎契克を名乗る陰陽師に術式を何度も晒すだと?相手が本物か実力のある狂人かはともかく、愚策極まりないぜ」
面倒なことに、以前のお前からとてつもなく成長している。そう言って竜二は顔を顰める。
「俺が派遣されたこと自体が特殊なんだ。この街を担当していた"窓"の報告からすると、当主案件だろうが」
窓──呪いが見える、陰陽師の補助を行う人間。彼らの報告から、未承認の帳の発生が何度か確認されていた。その結界の精度は、それ自体が高等な技術によって組まれているということも。仮にその術師が本物だとすれば、この時期に表に出るのは厄介極まりない。ただでさえ狐に加えて飛騨の一件があるというのに。そうぼやきつつ、竜二はゆらを戦闘不能に追い込んだ。
「妖怪は絶対"悪"。それを忘れて真っ先に失われるのはお前の命だ。学べよ、ゆら」
餓狼改め言言。水の式神と言葉を操ってゆらを完封した竜二は、彼女と共にいる二人へと目を向けた。
「魔魅流、お前は妖の方をやれ。ゆら相手ならともかく、あの陰陽師はお前では分が悪い」
狙うは、烏崎契克を名乗る陰陽師。忌名か呪詛師の偽名か──本物か。羽衣狐の復活を念頭に置くと、時期として本物の可能性が高い。なら、小手調べではなく必殺を期すべきだ。
「"餓狼"、喰らえ」
水を操るという術式の開示はゆらと戦った時点で済ませている。向上した呪力を速度に変換しつつ向かった式神は、金属の刃に貫かれた。本来水に転じて躱すはずの式神は、金属音を響かせてその動きを停止する。
「はったりに見せかけた二の矢。二択を迫ることで対策を立てさせないその組み立て方は研鑽が窺えるね」
「……見破られてから言われても、褒められている気はしないのだが」
向かわせたのは、水気ではなく金気で形作った餓狼。水の式神と判断して木気で防御した場合、相克して防御ごと噛み砕く必殺の二撃目。これこそが、術式の開示を済ませた後の第二の刃だった。しかし、妖怪ならともかく相手は手練れの陰陽師だ。この程度には引っかからないだろう。
「では、次はこちらから行こうか」
懐から煙草を一本取り出し、契克は火を着ける。巻いている紙を火行符にしているからか、ライターやマッチを取り出さずともその特有の匂いが立ち昇り始めた。
煙草……推測できるのは、火か煙だ。そして、偽りといえども一度式神を見せた以上、その性質を見破られていてもおかしくはない。
この状況で使うのであれば、術式はおそらく──
「煙……自身の隠形か、吸い込むことで発揮される類か」
「初見でそこまで辿り着けるとは。咄嗟に口元を隠すのも判断力の賜物かな」
煙草から立ち昇る煙は徐々にその範囲を増やしていき、廃ビルに空いた穴から出ていくこともない。
「さて、互いの条件を対等にするためにも私の術──遷煙呪法の説明をしておこう」
はっきりと顔を見ることができないほどの煙の中で、声変りが遠い少女の声が耳に届く。
「とうに察しているとは思うけど、この術の要は煙、正確には煙に含まれる効能の増幅だ。かつては身体強化や傷の治癒に使っていたが、今生においては新たな使い方を見出してね。喜びのあまりこうして他人に語っているわけだ」
「餓狼、喰ら……っ!」
悠長に語っているのを隙とみて、式神に再び攻撃を指示した直後。息が詰まる。というよりは呼吸ができなくなったという方が正しいだろうか。喉を押さえ、必死に息を取り入れようとしているのが煙越しのゆらにも認識できた。
「煙草の煙を使えば、一酸化炭素を充満させることも可能となる。言葉も陰陽術の一種ならば、陰陽師の口を閉ざすのは常道だろう?」
レジィではないが、術師も現代文明の利器を積極的に取り入れていくべきだと思うよ。悠長にそう話す契克は、彼の次の手を待っているのだろうか。レジィとは誰だと考える余裕もない竜二は、自らの呪力操作に集中する。
「ふぅ。全く、死の淵で術式を精密に動かすなど、ゆらにやらせるべき修行なんだがな」
そして──酸欠で藻掻いていたのとは一転、竜二はしっかりと地面を踏みしめており、その目は敵意を持って相手を見据えていた。
「さっきも開示していたけど、水を操作する術式だろう? 血液を使い、自らの心臓を強制的に動かしたのか。発想と、躊躇なくそれを行える胆力。なるほど、呪術師だ」
術式解釈の拡大。体液を暴れさせると言っていたから発想自体はあったのだろうが、自分の身体での精密操作を実行に移したのは、本人のセンスと術式への深い理解があってこそだろう。
火のついたままの煙草を口に咥え、契克は空いた両手で拍手をする。
「では、攻め方を変えよう」
タバコの火を消す。煙を漂わせていた先ほどと違い、次は自らが煙を吸い込んだ。おそらく、これが先ほど言っていた身体強化。つまりは。
「純粋な、暴力だ」
これまでの隠形を利用したのではなく、純粋な脚力によって見失わせる。普段の竜二なら、結界に誘い込むといった策を弄するだろう。しかし、言言を生命維持に充てている現在はそれも難しい。
「いいだろう。乗ってやる」
よって、逆転の発想。血流を維持している言言を、そのまま身体制御に回す。心臓を動かすのでさえ精神力を多大に割くのだから、加速した近接戦闘の制御など数秒前までの竜二なら不可能なことだった。
「そうだな。名付けるとすれば──"流言"」
それは、花開院竜二の人生史上初の、急成長!
血流の加速で活性化した脳が、高速で流れていく情報を正確に処理していく。目では追えるが体が反応できない速度で繰り出された拳を、全身の血液を動かすことで無理矢理に右へと動かして躱す。
勢いをそのまま足の振り上げへと利用して契克の左側頭部へと回し蹴りを放つと、それを軸にそのままの勢いで回転して天井や壁を駆ける。蹴りは左腕に防がれたが、距離を空けることができた。
更に深く精神を集中させ、言言の精度を上げる。脳に血が巡り、集中力と思考、情報処理能力がより鋭くなっていく。
「加茂の赤血操術のように、血液の循環速度を上げたか。しかし、式神を適切に操作しながらの高速戦闘は其方の得手ではないだろう。持って三十秒といったところか」
「そう長くやるつもりはないさ」
高揚と共に、自然と口の端がつり上がる。地面が砕かれた音と共に到達した飛び蹴りを体を少し捻ることで躱し、高速で右の拳を繰り出す。宙返りの要領で体をずらされたことで当たらずに終わったが、軸足は払えた。倒れ込む少女の頭部に拳を振り下ろし──
「煙かっ」
煙幕が張られ、距離を取らざるを得なくなった。だが、この速度での戦闘中に繊細な設定が行えるとは思えない。なら──
「狙いは足場!」
手法は不明だが、足を止めることを重点に置くはずだ。ならば、こちらは動き続けるのが正解だろう。
壁を駆けのぼり、天井を経由して三次元的な軌道を描く。数瞬前まで竜二のいた場所には、黒い粘ついた液体が溜まっていた。
「煙草と言っていたか。となるとタールだな」
「正解!」
踏み砕いた瓦礫を足元や壁のタール溜まりへ蹴り飛ばし、暫定的な足場を作る。
言言で自分の身体を操作し、進む軌道を考えつつかなりの速さで迫ってくる敵の対処を行う。血流総体としての速度は高速に保ちつつ、失血死を防ぐために傷を負った部位の動きのみ分割して停滞させるという無茶をこなしつつだ。一手でも失敗すれば自壊へと繋がるそれは加速し覚醒した思考でもその処理能力を酷使するものだった。
それでも、竜二が感じていたのは苦痛ではなく──
「まったく、妖どもが殺し合いを好むのも納得できる。これが、戦いか!」
最高の解放感。自らの枠を破壊したこの瞬間にも、次の一手のために今まで学んだ知識が走馬灯のように脳を巡り、より深く理解されていく。
拳や足を交わし、瓦礫の粉塵で目晦ましを行い距離を取る、その繰り返し。それはいつかどちらかが失敗することで終わるもので。覆しようもない実力差からして、下手を打つのはどちらかなど最初から決まっていた。竜二は自らの動きを誤り、タールへと足を踏み入れる。
当然、彼女はその隙を見逃さない。
「──入れ替わりか!あの動きをよくやってのけた」
しかし契克が肋骨の数本も蹴り砕いたと思った直後、竜二の体が水に変化した。距離を取ったどこかのタイミングだろう。それを悟らせないのもまた見事。
「人型を操る手法は、先ほど大量に経験したからな。そして一撃当たれば、今の俺ならどうとでもできる」
式神、言言。以前までなら体液を暴れさせることがその能力であった。だが陰陽を深く理解した現在の竜二ならば、その逆。体液の完全な停止すら可能となっていた。体液全てが動かないから、身体や、望めば脳もまた動かない。至って科学的な理屈での必勝パターン。つまり。
「──詰みだ」
「──否。これで、三十秒が経った」
直後、竜二の動きが止まる。ついに肉体が限界を迎えたというそれだけの話だが──
「……おかしい。ちょうど三十秒だと?……まさか、あの時言霊をっ!」
言言で自分の身体を操作することに意識を費やしていたこともあって、言霊への対策に気を配ることができていなかった。
「くっ。ゆらを笑えんな……」
言葉もまた陰陽術と言うのなら、それは陰陽師同士の対決としては相応しい決着といえるだろう。
命を取らないのは、あくまで殺し合いではないからか。大きくため息を吐いて、竜二は持ち込んだ治癒符を全て使う。万全とはいかないが、通常の妖なら祓うのに支障はない程度にまで持ち直した。
「本当に面倒な状況だ」
最悪の場合を想定して聞かなければならない。
「烏崎契克。お前は妖怪に与する気はあるか?」
味方か敵かは別だ。少なくとも、人間に対し積極的敵対を表明している宿儺や羽衣狐より優先度は落ちる。よって、確かめるべきはそれらと合流されないかどうか。
「術師は呪霊──妖怪を祓うものだろう?そこを違える気はないよ」
その答えを聞いた時点で、竜二にできることはいざという時の備えのみになった。
「魔魅流、代われ」
ここからはオレがやると、竜二は告げる。術師同士の呪い合いとは違う、事前調査と先人たちの智恵によって完成された"花開院"としての手法はここからだった。
お兄ちゃんがお兄ちゃんになっていく……
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