渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する   作:三白めめ

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この作品は、基本的に魔改造陰陽師サイドの話です。


『廻る呪いへ』

「さて、仲間──級友か」

 

 烏崎契克との戦いで負った傷は治しており、精神の消耗を除けば万全の状態の竜二は、奴良リクオの前へと立つ。リクオの消耗はさほどない。同時に、戦っていた魔魅流も。

 純粋な相性差。魔魅流は畏を使ったリクオを捉えられないが、落花の情が相手では、認識を消そうと刀に触れた瞬間に迎撃される。結果として、互いに距離を取っての硬直状態となっていた。

 よって、状況を覆すとすれば、それは同時に致命的な一手。

 

「ゆら、そいつはもうクラスメイトじゃないぞ」

 

 そして放った一言は、リクオの動きを止めるのには十分な効果があった。

 さて、妖怪や人に関わらず、ヤクザというものは社会に深く食い込んでいるものである。そして、真っ当な社会はそういったものを許容しない。であれば当然、そういった対策も既に完成しているというわけで──

 

「妖怪と発覚した時点で、その妖の転校手続きを済ませた。昨今は餌場を学校に定める妖怪が生徒を装うというのも珍しい手口ではなくてな。必然、そういった社会的手段も方法は確立しているのだ」

 

 人ならざる者が社会の領分を侵そうとするのなら、首輪を着ける手法など作業と言っても過言ではなかった。事前準備と調査の時間があるならなおさらだ。

 

「今回の場合、児童福祉法を応用した。児童の健全な育成に関するなにやらというものでな。ありがたかったよ。お前の家を調べたら、不自然な支出が多く出た。加えて、目撃情報があった店で続出する食い逃げ」

 

 一つ溜息を吐き、竜二は語る。とはいえリクオには知り得ないことだが、支出の方について明確な証拠がない。食い逃げに関しては、発生した日にリクオが来店していたという状況証拠だけだ。現在の論理の組み立ては、四分の一が妖という事実と、戦闘中の発言で見て取れる人格からの推察が中心となっている。

 

「町を守る、だったか。ならば安心しろ。この町のあらゆる店で、既にお前は出禁扱いだ。今頃万引きや食い逃げの犯人として恨みを集めているんじゃないか?」

 

 畏を集めるいいシノギとやらになっているじゃないか。金額にして三十二万円ほどだ。そう嘲笑する竜二の態度は、誰が見ても挑発だと気づくだろう。

 しかし、仕掛けられない。ぬらりくらりと在ることはできず、リクオの心は怒りと戸惑いで満ちていた。

 妖怪としてのリクオは、人間である昼のリクオの生活を壊した眼前の人物に対しての怒りを。

 そして、人間の、育った環境から良心が発達しきっていなかった奴良リクオは、その具体的な被害金額に。

 それはつまり、畏を使うことができないほどに相手のペースに吞まれているということを意味していた。

 

「奴良リクオ。お前に妖怪であるという疑惑が掛かった時点で、経歴や足取りは調べた」

 

 だから、これは人間:奴良リクオが答えるべきことで。

 

「嘘偽りなく答えろ。7月18日、お前は呪詛師1名及び集英建設に所属する非術師10名を殺傷した疑いがある」

 

 人にあだなす奴を許さないと。そう言ったリクオ自身の矛盾に決着をつけるときだ。

 

「……なるほどね。では、少し手伝おうか」

 

 契克によって帳が更に展開される。ただし、周囲を闇に閉ざす通常のそれとは違い、光で照らすという性質を持っているが。

 

「そう長くは持たないけど、それで十分だろう?」

 

 体育館で犬神と戦った時のように、昼間でも周囲が闇に閉ざされていれば、リクオは妖となれる。逆に周囲が明るければ、たとえ夜だとしても人間の姿にならざるを得ないということだ。

 

「……続けるぞ。言っておくが、これは裁判じゃない。黙秘すれば滅する。虚偽の否認も同じだ」

「あいつらは邪魅を騙って地上げをしていた」

 

 事の顛末は、建設会社とグルだった神主が、邪魅と称して式神を向かわせて嫌がらせや命の危機で住民の立ち退きを促していたというものだ。

 それを論拠に正当な行いだったと主張する。

 

「なら、神主を殺すだけに留めるべきだったな。神社の全焼、柱の下敷きになっての骨折。いずれも非術師の被った害だ」

 

 しかし、争点は非術師の殺傷について。

 少し、リクオは目を閉じて考える。敵の前でそんなことをするのは不用心だが、おそらくこれは意見を聞くことだけを目的にしているのだろう。そう見当をつけての行動だった。

 実際、契克が帳を降ろしているということが、中立な立場として参戦しているという証明となる。

 そうして考えて、自分の本音を自覚した。それは案外簡単なもので、少しの笑みすら浮かんでしまう。

 

「──私情だよ」

 

 取り繕わない本心を語り出した。

 

「立派な妖怪の主になりたかったのも、立派な人間になりたかったのも、ボクが生きてていいと思いたかったからなんだ」

「だから、あいつらを無事に逃がしたら、ボクはきっと胸を張って生きられなくなる。いつかふとした時に、どこかの誰かが理不尽な不幸に襲われてるんだと思ってしまう」

 

 救った相手が人を殺したらどうするのか。正確には、平気で人を殺すような相手を救うのか。人間である奴良リクオにとっての答えがそれだった。

 

 奴良リクオはそもそもとして、いい妖怪もいるというスタンスを取っていた。それはつまり、善と悪を自らの内で区別しているということで。そして、妖怪と人間との間で生きるということは、価値基準も同じだということを意味している。同時に、リクオにとって法は順守するものではない。ぬらりひょんの孫として、祖父の食い逃げや様々な悪行に幼い頃から親しんできた。それは妖の、強者の理論こそを絶対の基準とする者であり──

 

「ボクは、自分のために、不平等に人を救うんだ」

 

 すなわち、"悪い妖怪"を殺す決断ができる奴良リクオは、"悪い人間"とみなした相手を害することに何の躊躇もない人間でもあった。

 

「──なるほど。……立派にイカレている。半妖だったか。非術師に手を出していなければ、陰陽師として大成できたやもしれなかったな」

 

 どんな女が好みだと聞いた時と違い、真摯にその答えを受け止める。それは、竜二にとっては妖怪の戯言ではなく、一人の人間の解答だと見做したからかもしれない。

 

 式神を取り出す竜二。今のリクオであれば、式神──言言の攻撃に当たるだけでもその命が尽きるだろう。リクオは最後まで生き足掻こうと退魔刀──祢々切丸を構え、両者の間に緊張が走る。自分の動機を自覚し、荒れていた感情が凪いだのか、祢々切丸の切っ先には、わずかにリクオ自身の呪力が流れていた。

 

 数秒の後、竜二は顔を顰める。どうやら式神による連絡のようだ。

 

「──は?冗談も……冗談じゃない!?正式な通達!?この時期に内憂を抱えるなど、正気か?……断れない、か……。上層部め、腐りきっているとは思っていたが、ここまでとはな……」

 

 舌打ちを隠さず、竜二は怒りを込めた踏み付けで床を叩き割る。リクオに向いたその目は、嫌悪感を滲ませていた。

 

「確認だ。お前には二つの選択肢がある。一つ目は、このままオレに祓われること。個人的にはこちらをお勧めする。誇りを守ってそのまま死ね」

 

 そう言いつつも式神を収めることから、一つ目の行動をとるのは竜二が言うところの上層部の思惑に反するのだろう。

 

「二つ目だが……」

 

 そう言うと竜二は苦々しい顔となる。深くため息を吐き、数秒立ってようやくその言葉を口にした。

 

「お前、陰陽師になれ」

 

 奇しくも、先ほど竜二自身が評価した通り。十分にイカレていて、素養も抜群な人材へのスカウトが行われたのだった。

 

「……誘いを受けたのは二回目だよ」

 

 烏崎契克、蘆屋に連なる花開院の本家の人間。その二人に勧誘されるほどにはリクオという人間の精神性は術師に向いていて──

 

「これは陰陽師に伝わる言葉だが、術師に悔いの無い死はないそうだ」

 

 そう前置きをして、竜二は告げた。

 

「選べ。ここで妖として誇りを抱いて死ぬか、いつか人として後悔を抱えて死ぬのかを」

 

 どのみち死ぬじゃないか。そう呟いて、リクオは言葉を返す。

 

「誰かを守れずに、人であることを呪いたくない。だから、ボクは──」

 

 平安から始まった呪いは、こうして主役の一人を舞台に上げる準備を整える。

 

「術師になる」

 

 また一人、廻る呪いの戦場へと踏み込んだ。




やけに都合のいいタイミングで連絡が来ましたね。

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