渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する 作:三白めめ
第二の封印──相克寺。手が足りないからと観光から呼び戻されて、俺はそこの防衛に当たっていた。
「鹿金寺の時は、当主候補三人で挑んだんだっけ」
呪具製作者と、式神を作れる使い手。加えて領域展開を行える術師の三人がかりだったようで、拡張性の点では色々とやれそうな術式が揃っていたらしい。
呪具を作れるなら前線に出ずに後方支援を担当しておけばいいのではと思うかもしれないが、まあアレだろう。五条悟のハンガーラックを作りたくなった組屋鞣造のように、羽衣狐のファーコートでも作りたくなったんじゃないか?
それで負けたという末路まで組屋鞣造リスペクトだと思いたくはないが。そんなこともあり、最後の封印まで守る者がいなくなったから人を集めてどうにかするらしい。
で、福寿流の"結合結界"なる数十人規模で行う結界が張られているので、部外者が変に加えると派閥だとか色々で面倒になりそうだからそこらの屋根の上で眺めていたのだが……
「いや、確かに統制の利く呪霊に呪具持たせれば強いだろうとは思ったけど……」
"結界を破ること"に特化した呪具を量産して、妖に持たせる。そんなことを敵が行っていた。なんなら、陣頭で指揮を執っている男は陰陽師の服を着ている。周囲の反応からして、彼が秋房という呪具製作者だろう。呪詛師として術師の拠点に襲撃するってところまで組屋リスペクトしなくていいんじゃないか……?
「ゆらちゃん、どうする?」
俺の現在の雇い主はゆらちゃんだ。現状、戦線が崩れているとはいえ指揮をとれる人間は残っている。もちろん、全て殺して解決しろと言われれば従うが……
「黒幕、探して!」
ゆらちゃんからのオーダーは、裏切ったと目される陰陽師──花開院秋房を正気に戻す方法を探すことだ。
そして、それなら──
「彼、憑かれてるね」
無為転変で魂を知覚できるようになり、そういったことを簡単にこなせるようになった俺にとって容易い事だった。妖怪が体内に侵入している。十中八九それのせいだろう。
「なら──っ!」
咄嗟に避けたのは、事前情報があったからだろうか。俺とゆらちゃんの間に雷撃が奔る。
「茨木童子っ!」
顔の半分を卒塔婆で覆った、京妖怪幹部の一角。茨木童子がこちらへと仕掛けてきた。
場所は、茨木童子と烏崎契克の戦場から離れた先。陣頭指揮を執る秋房に対し、同胞たる陰陽師が迎え撃つ。
「さて、陰陽師らしく呪い合おう、と言う必要はないな」
花開院竜二は、そう言って拳を構えた。とはいえ、いきなり仕掛けるわけではない。言葉を交わす。遠くから眺める妖たちの視線は不愉快だが、今はそれを意識の外へと追いやる。こちらへ攻撃してこない限りは、無視でも対処としては問題ない。
なにせ、そちらの方角から漂う煙や走る雷撃に触れれば即座に命が失われる。それらから逃げることに意識が割かれるだろう。おそらく、こちらへの手出しはされない。
「心が折れたのか?"越えられない才の持ち主が現れて"道を誤ったか?」
心の闇が増し、冷静な判断能力を失いつつある秋房にも、竜二の全身に流れる呪力が増大したことが分かる。
「……違う。私は常に正しい。私より努力した者などいない!誰もが認めた存在なのだ、私は!」
平常心を保った状態とはかけ離れている秋房は、当主になるのは自分だと、努力が認められなかったことへの呪いを叫ぶ。普段なら反応しない挑発だろうと、今の彼は答えてしまう。
「哀しすぎるぜ……。お前は"玉折に堕ちる"危うさを持っていた。だが、どこかで踏みとどまれると信じていたんだが──」
それを聞き、淡々と歩を進める竜二。目から流れる水滴は、涙だろうか。放ちかけていた言葉を一度区切る。そこに込められたのは。
「今のお前なら、式神を出さなくても倒せそうだ。お前、老いてからは『当主になれなかったのは子の出来が悪かったからだ』とか言い出しそうだよな」
挑発だ。もしゆらが見ていれば、冷静さを奪うためでも言い過ぎではないかと困惑するくらいには煽ったことで、秋房の呪力量が増大した。負の感情──怒りによるそれは、制御されることなく竜二に叩きつけられる。
「だまれ!だまれだまれだまれだまれだまれぇ!だまれ!!」
当然、自制心が壊れた秋房は感情のままに槍を振るう。当たれば致命傷は免れないだろうその一閃を、竜二はそれよりも速く背後に回ることで躱す。
「言っただろう。今のお前なら、式神を出さなくても勝てるってな」
振り向きざまに放たれた横薙ぎは、跳躍からの一蹴で反撃を喰らう。感情に任せた大振りは全て迎撃され、秋房の焦燥は最大限に達した。
「なぜだ!私には才がある!私がやらねばならぬのだ!私が……私が正しい!それがなぜ!」
「──お前が目の前のことすら見えていないからだ」
自らの"最強"と自負する妖刀──騎億。それが、式神を
「式神──"狂言"」
そして、それを狙っていた竜二が機会を逃すはずがなく。猛毒と化した自身の式神を、秋房へと叩きつける。
「そうだ。ひとつ言っていなかったんだが。拡張術式"流言"。言言を使って、自分の身体を操作する技だ。これを最近使えるようになってな。……言っただろう、式神を
全身の筋肉を無理矢理動かした痛みに顔を顰めながら、竜二はその槍を手放せと説く。解毒をしなければ一分以内に死ぬという説明付きだ。術式の開示とならないよう気を使って話したのは、明らかに平静を失っていた様子から操られているせいでここまで悪化したのだと察していたからだろう。
「ふぅむ。羽衣狐様……こやつの身体……もうもちませんぞ」
倒れ伏す秋房の首筋から、頭部に巨大な目玉を備えた妖が出現する。鏖地蔵と呼ばれたそれは、人体の稼働を無視して秋房を立たせ、槍を強く握らせる。
秋房が操られていることが明確になったが、それで事態が好転するわけでもない。既に体内に入り込んでいることで、人体の内側で作用する言言で引き剥がすのは難しくなる。更に挙げるなら"流言"と併用しなければ槍を避けることが困難だ。
打つ手がない。あるいはとゆらの方を見るが、守勢に回っている周囲の陰陽師を守ることで手が埋まっている。肝心な時に頼れそうな烏崎契克は、顔の半分を卒塔婆で覆った妖──茨木童子と戦っており、余波の影響を鑑みてもこちらに呼ぶわけにはいかないだろう。
「盃盟操術・武僧」
──露出したその頭部を、正確に撃ち抜く弾丸が無ければ、の話だが。それを為したのは、度の入っていない伊達眼鏡を掛けた少年だ。左手にだけ黒の手袋を着けており、その手に握るオートマチックの銃から落ちた薬莢の音で、そちらへと注目が集まる。
「やっと来たか。その様子だと、術式も万全に使えるようだな」
竜二の声に呼応するように、彼は真っ直ぐに駆ける。当然、ただ一人で疾走を続ける男を狙って呪具を持った妖が何体も襲ってくるが──
「どいてっ!」
左手に持っていた銃はすでになく、どこからか取り出した三節混でそれらを叩き伏せた。その用途を終えた後に投げ捨てられた三節混は解けるように消え、日本刀の柄のみが左の手元へ出現する。
「シン・陰流 抜刀」
引き出すように両手で柄を握る。片手よりも両手で刀を振る方が速度が出るという話がある。そして、シン・陰流最速の技である抜刀がそこに組み合わされば──
「盃盟操術・氷凝、黒羽」
否、ここにきて更なる加速。風によって更に速度を上げ、凍結した鞘で居合の摩擦そのものを軽減させる。回避どころか反応すら不可能なその一閃は、秋房を操る暇を与えず老妖の首を落とした。
「間に合ってよかった……!」
妖怪として
妖と人間としての在り方を両立させなければならないその術式を使いこなした彼──奴良リクオは、今は人間の陰陽師として
「ぜぇ……ぜぇ……!おのれ……死を……一度死んだではないか!」
滅されなかったのは、そこらの妖に自身の一部を仕込んでいたからだろう。その体を突き破るように鏖地蔵が現れる。その体は酷く衰弱しており、戦闘に耐え得るものではないと誰もが悟った。
それは、同時に機を逃すまいと構える陰陽師と、背後に佇む羽衣狐がぶつかり合う可能性を示している。戦端が開かれるその寸前。
煙幕が辺りを覆う。煙が晴れた頃には陰陽師たちは既にその場から退いており、相克寺に残る陰陽師は死者のみとなっていた。
魔除けや百鬼避けの効果が含まれているのか、残穢を辿って追うことも叶わない。
──そして、明け渡された相克寺の封印が解かれ、封じられていた妖が目覚めを迎える。四つの腕を持つ鬼。妖や陰陽師の入り混じる京都において、最大の力を持つ一角たる土蜘蛛がここに参戦した。鬼童丸から現代の京の情報を聞き、土蜘蛛は告げる。
「てめぇらとつるんだ覚えはねぇ。契克に宿儺。こいつらとはワシがやる。てめぇらは手ぇだすなよ」
土蜘蛛が、動く。
奴良くんもインフレ環境対応です。