渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する 作:三白めめ
第一の封印、弐條城。
防衛戦力:一人。
──その前日。
花開院本家に半妖が入り込むということは、前代未聞のことだった。まだ蘆屋と名乗っていた頃も、晴明やその息子である吉平を招いたことが無い。少なくとも俺はそう記憶している。ちなみに、俺も呼ばれたことが無い。職場ではよく話していたんだけど。まあ、仕事の付き合いをプライベートに持ち込みたくない感じだったんだろう。嫌われていたってわけじゃないと思いたい。
さて、そんなことを成し遂げた奴良くんではあるが。
「盃盟操術だっけ。術式」
刻まれた術式の持ち主と信頼関係を築くことを縛りにしている以上、奴良組の妖怪を滅すると明確な不利益になる。逆に祓わなければ、術師の奴良くんは人を守るという理想の下、花開院に協力するだろう。メリットとデメリットを提示した交渉。ヤクザの若頭というだけあって、そういった社会性を身につけ始めているのか?自分たちは必要悪だとか言い出したら困るけど、まあ大丈夫だろう。
「あー……陰陽師として登録されている以上、こいつが連れているのは式神だ。なにかやらかした場合、責任は全て術者にある」
頭痛を堪えるように額に手を当てる竜二。現状で合法的に協力を取り付ける手段はこれしかないが、まあ、花開院本家がいいと言えば問題ないのだろう。
そんな紹介も終わり、京都府知事や市長、京都府警といった非術師のお偉いさんがいる場へと向かう。現状の説明をしているらしく、花開院家の信用は地に落ちたとかなんとか言っている。お猿さんかな?平安の
「最初に言うとくと、最後の封印、弐條城は落ちます」
ゆらちゃんの使う"破軍"によって呼び出された、十三代目花開院秀元はそう言った。
「そこにおる祢々切丸の持ち主──ぬらりひょんの孫と、破軍を使うゆらちゃん。この二人が、守勢に回った羽衣狐を倒すのに重要や」
十三代目が語る内容は、羽衣狐が弐條城で出産しようとしているので、その隙を突いて攻勢に出るというものだった。──産まれるのは晴明だろうなぁ。
「まあ、ただで渡すのもなんかシャクやん?というわけで、第一の封印は代理を呼びましょ」
明け渡していいから、戦力を削いでおく。とはいえ、周囲の陰陽師の反応は芳しくない。そりゃ、当主があらかた殺されるか重傷を負っているんだから当然だろう。ということで、出番は外様の術師。というか俺だ。
「よろしくな。えっと、今は──」
「烏崎契克。そう名乗っている」
予想通りのざわつき。どれだけ俺の名を騙った呪詛師が多かったんだ……。名乗るだけアドとかそういう話だったのか?
「単身で突っ込んで、三割くらい壊滅させたら帰る。慣らしたもんやと聞いとるけど」
……ああ、戦国時代に流行った戦法だ。殴り込み後、即座に領域展開。術式が焼き切れたら他の術師と協力して逃走する。取得難易度の低い、必殺じゃない必中領域ブームが誕生したのもこのせいだ。……室町から江戸にかけて強者の再出現が起きたのはこれのせいだったかもしれない。
「それでいこうか。間違いなく土蜘蛛の乱入はあるだろうけど」
「で、その隙に奴良クンとゆらちゃんが、伏目稲荷の再封印を行う」
改めて聞くと、かなり無茶なことを言っていると思う。単騎での足止めが成功することを前提にしているあたり、立派にイカレてる。
ほら、周りの一般陰陽師は不安しかないように十三代目を見つめているし。そんなことを言っていると、襖が勢いよく開いた。
「──申し上げます!奴良組が来た方角から、別の術師の残穢が発生。痕跡からして、飛騨と同じ術者──宿儺です!」
「向かった方角は?」
動揺が広がる中、真っ先に反応を返したのは竜二だった。俺はほら、テンション上がってた。
「おそらく、弐條城かと」
マジ?土蜘蛛と宿儺とで三つ巴になりそうだ。十三代目の秀元は、ちょうどよかったとか呟いてる。
「……ゆらちゃんの方に行かれると面倒やし、足止めよろしく!なんなら倒してくれてもええよ!」
笑顔の固まった十三代目が、にこやかに言ってきた。俺としては疑似仙台結界みたいなものだから楽しそうだが、傍から見れば死んで来いと言っているのと同義だ。受肉じゃなく式神としての召喚だと、術者の知識インストールはされないのか?倫理観終わってるじゃん。周りもちょっと引いてるし……
「ひとつ、取引をしたい」
相手が相手だ。万全の準備を整えておきたい。
「ああ、花開院の方に何かしてもらいたいわけじゃないんだ。京都府警あたりがいいかな」
そして、順平の嫌いそうな雰囲気の非術師男子高校生四人が殺されたのを見た。花開院家とは、弐條城から140メートルの地上範囲に誰が踏み入ろうと、その死の責任を負わなくていいという縛りを結んでいる。あれを止めに入るのは流石にリスクが大きい。
呪力を練った直後、この場の妖は二種類のものに分けられた。一つは、千年前から生きる、もしくはそれに等しい場数を踏んでいるグループ。それが発動する前に殺さねばという直感に従い、全力を以て息の根を止めにかかる。土蜘蛛からの"手を出すな"というのは縛りではなく宣言だ。生命の危機に配慮をする暇はない。
二つ目は、それをしらない妖怪。目の前の童女を生き胆としか見ておらず、今までの陰陽師がそうだったように、足掻きを見たうえで殺せばいいと高を括る連中だ。
──そして、生存は平等にその実力のみによって左右される。
「領域展開」
理論自体は宿儺のそれを参照。当然、キャンパスを用いず空に絵を描くような神業を要求されるが、縛りと難易度のイメージは既にモデルが存在している。
領域が敷かれた直後、百鬼夜行が導火線のように爆ぜていく。返り血、流血、血潮。そういったある程度以上の質量を持った血液を"血煙"と見做し、体内から体外へと拡散させる。術式は、領域内のすべてを対象として作用して無差別かつ自動的に発動。
「加茂の赤血操術ほど万能じゃないんだ」
晴明の疑似無下限を突破するために考えた技が、偶然必殺になっているというだけだし、百歛のように圧縮して放つこともできない。ただ、鏖殺には向いた技だ。
そうして作り上げた百と十数体分の妖の質量でできた煙が、土蜘蛛に迫る──直前。
「領域展開」
互いに閉じない領域がせめぎ合う。この戦いに入り込み、俺の領域と拮抗することができるとなれば誰かは推測できる。
術者は、閉じていない領域へ入ってきた人物だった。
「土蜘蛛」
「ああ、オレの戦いだ。手ぇだすなよ」
羽衣狐や鬼童丸は、土蜘蛛を置いて弐條城へと歩を進める。この場において利害が一致したのか。
その流れに逆らうように、 骨の巨体が、乱入者へと向かう。
「くしぇものぉぉお!」
ただの陰陽師や妖であれば、それ──がしゃどくろの腕の一振りで血煙と化すだろう。単純な考え故に、持てる力を抑えることなく叩きつける。千年前から変わらない、呪いに相応しい在り方だ。
「餓者髑髏か」
対する"彼"は目の前の妖の名を呼ぶ。それ自体に意味はない。強いて言うのであれば、個として認識するくらいの気まぐれを起こしたのだと示すためか。
自身を眺める彼へ、がしゃどくろは手を伸ばす。虫を潰すように、そこにいたから殺すくらいの気持ちだったのだろう。
「渇きを癒すために俺から奪うと。なるほど、妖の習性を咎める気はない」
対するは唯我独尊。骸骨の手で影が差したことを不快に思ったのか、それは顔を顰める。そして、不快さを覚えたそれを放置するわけもなく。
「が、弁えろ。奪うのは常に俺だ」
鋭く澄んだ音の後、がしゃどくろの骨が縦に斬られる。中指から別れるように両断された腕は、眼下の男を避けるように落下した。そして、遷煙呪法による呪力を纏った血煙が骨の残骸を飲み込み、塵へ還るまで破壊を尽くされる。
「宿儺か!」
「揃ったな……!」
平安以前の最強と、災禍たる土蜘蛛。そして特級術師の俺。それらが、激突する。
領域によって術式が焼き切れたので、そのための対策でもあった無為転変を使う。右手を鋭利な刃へと変え、極めて短い時間と言う縛りで強度を維持し、中距離──宿儺と土蜘蛛の両者へと攻撃を行った。
対する宿儺は、炎の矢を形成する。烏崎契克が平安に残したメモに書いてあった通りだ。この宿儺は、『解』と『捌』の二種類の斬撃を繰り出す術式と、炎を作り出す術式がある。
逆説、今の宿儺にはその術式しかない。それがなぜかといえば、「一応備忘録代わりのメモだけど、間違った情報を載せて『こいつ知ったかぶりしてるニワカだろwww』とか言われたらやだなぁ」という思考が働いたからだ。
そして、彼らへと全力の踏み込みを行う土蜘蛛。淀みない呪力の操作によって為された、巨体が繰り出す音を置き去りにした突進は、しかし俺が左手で投げたとある呪具によってその速度を大きく落とした。
「特級呪具──天逆鉾。平安の時にパチってきた本物だ。効果は保証するよ」
現代知識──坂本龍馬が抜いた天逆鉾が高千穂峰に刺さっているというそれによって手に入れ、相応の大きさの欠片を加工した特級呪具。宿儺が妖怪ではなく受肉した術師であることによって、術師殺しにのみ使うという縛りの条件を満たしたのだ。
投げた逆鉾は、繋がれた鎖によって即座に引き戻される。蛇のように不規則な軌道を描くそれは、もちろん特級呪具たる万里ノ鎖だ。術式による煙で端を観測させないことによって、鎖を際限なく伸ばし続けていた。
「惜しむらくは、私がフィジカルギフテッドじゃないということかな」
甚爾君とまではいかないが、このスタイルは十分に強い。天逆鉾を取ってきたときは、晴明から素でバカと言われたが。シンプルな罵倒だった。
鎖へと『捌』が浴びせられるが、仮にも特級呪具。それに強度も念のためにと高めておいたのだ。当面は問題はない。
「『捌』」
「無為転変──多重魂」
京都刑務所にて収監されていた死刑囚数十人分の駒を、無為転変によって融合させる。そして──
「撥体!」
発生した拒絶反応を利用し、爆発的に高まった魂の質量を放つ。視界一杯を埋め尽くすほどの改造人間を高速で撃ち出した。
「『解』」
「いいぜぇ……!もっと魅せてみろ!」
術式と、呪力による身体強化の力押し。どちらにせよその一撃を打開するのに十分だということに相違なく。
「まずは……宿儺ァ!」
──さて、ドルゥブ・ラクダワラという男を知っているだろうか。呪術廻戦の死滅回游編にて、激戦区である仙台コロニーにおける三竦みの四つ巴の一角を構成していたのだが、彼は現代の異能こと乙骨に、ダイジェストで殺された。つまるところ、平安以前と平安期では大きな違いがあるということで……
「──あれ?……なんで」
現代の陰陽師ならともかく、平安における最上位層が戦えば。それも接近戦が主体となった平安以前の術師に、術式解除の武器を携えて戦ったのならば、相性差というものもあって、多少の余力を残しつつ倒すことすら可能だった。
……"宿儺"がこんな簡単に倒れる?
そのすぐ後、弐條城が強い畏を放つ。改築されたというか、昔の姿に戻ったみたいだ。
「足りねぇな」
それを区切りとして手を止めた土蜘蛛がそう呟く。
「
お前もそうだろう。そう言って土蜘蛛は彼方へと跳躍した。方向からして奴良くんのところだろうか。
生き胆を集めようと出てきた妖を殺す。先ほどの宿儺や土蜘蛛、千年前に晴明と戦っていた時の高揚感はまるでない。
「バトルジャンキーの気なんてないはずなんだけど」
そこは、週刊少年ジャンプの愛読者の魂だからだろうか。男の子として戦いが好きな気持ちは千年前から変わらないのだろう。
「……あれ?もしかして、晴明に会いたい?」
身体は女とはいえ、間違いなく恋とかではないが。千年ぶりの同窓会というか職場の集まりというか。そういうのを楽しみにしていたことに気付いた。石流風にいうのならデザートだ。まあ、メインディッシュの呪術廻戦はなかったが。
「間違いなく恋愛沙汰にはならないけど」
今なら戦闘で上がったテンションで、晴明の性癖も許せそうな気がする。
とりあえずとゆらちゃんに連絡を入れて、そのまま京都観光に出ることにした。見かけた妖怪は殺しておこう。茨木童子や鬼童丸あたりと戦うのもいいかもしれない。
「あれは、実のところ相当に弱体化している」
呪力や戦闘センスではなく、気持ちの問題だと。鵺は産まれる前、地獄にて考えを巡らせる。
「自覚していないのか、自分を誤魔化しているのか。お前の目指していた"呪術の廻る戦"は未だに起こっていない。そして、それはこの時点で既に起きていると想定していたのだろう」
現状、誰も読み切れていない契克の内心へと、晴明は最も迫っていた。
「結局のところ、妥協と刹那の快楽に縋っているだけだ」
故に、自身の復活まで彼を敵に回さない方法は簡単だった。"何もしない"。明確な目的を設定させてしまうと、思い付きと好奇心で動く性格をしている契克は全力でそれを打倒しようとする。第一目標の"呪術が廻る戦いの場"──"呪術廻戦"と仮称するそれが始まることが無いからこそ、目先の娯楽に飛びつかなければ、今までが無駄になったと考えてしまうからだ。
だからこそ、晴明は彼を味方に引き入れることもなく、敵として御門院から刺客を差し向けることもしない。
「心の底から笑える世界になるといい、か。お前も、心の底から笑えてはいないだろう」
千年前において、烏崎契克の望みは"千年後に到達すれば叶っていた"ものだった。しかし、今は違う。自身と同じように、目的を達するためには"世界を変えなければならない"。だとすれば、再び此岸へ産まれ直したときに、彼へ話すことはこうだろう。
「これからの世界の話をしよう」
どうしてラスボスが一番主人公への理解度と好感度が高いんですか……?