渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する 作:三白めめ
そういえば、原作って伏目稲荷だったり弐條城だったり、本来の京都の地名とずれてるんですよね。
──二條城における戦いから五分後。第八の再封印が為された伏目稲荷跡地にて。
その場は既に無数の鳥居の残骸や瓦礫で荒れていた。奴良組の妖の大半は地面のシミと化したか、戦闘不能となっているかに分けられる。比較的軽傷で立っているのは、リクオに付いてきた遠野の妖怪の中で最も強いイタクと、治療を担当するため後方にいた鴆くらいだろう。
そして、この場で戦っている
リクオは左手に持つ拳銃の引き金を引き、その直後に放り捨てる。呪力を纏った弾丸が土蜘蛛の脚へと当たり、当たれば致死となる突進の角度を少しだけ逸らした。
「鏡花水月──!」
そして、"ぬらりひょん"という妖にとっては、その少しだけで回避には十分となった。畏を使い、認識をずらして背後に回りこむ。祢々切丸は、元が護身用の短刀ということもあって射程が短い。そして、土蜘蛛と戦うにおいて、それは一手間違えれば致命傷につながる欠点だ。
勢いのままに回転してこちらへと突進しようとする土蜘蛛へ、虚空から引き出した太刀を振り抜く。狙うは足。殺気で対応されないよう、祢々切丸を使うのは確実に
斬る必要はなく、刃が食い込めばそれでいい。
──盃盟操術・武僧。奴良組に所属する妖怪である黒田坊を鬼纏ったことで使用可能になった術式だ。効果は、元となった彼と同じように武器や暗器を無から取り出すこと。ただ、リクオの場合は手袋付近の空間を介して、手に持つという動作が必要となる。
十字槍で狙うのは、土蜘蛛の関節部。基本的な構造が人型から大きく逸脱していないなら、膝の関節といった動くための部位を攻めるのが効果的だろう。
「……速いっ」
ただし、正確に当てられたらという前提が含まれるが。どこでもいいから刃が刺さればいいと振った太刀とは違い、一点を刺すのは難易度が大きく上昇する。それも、火傷が無視できなくなってきた左腕でだ。
「
人間の姿でならともかく、妖怪の状態で呪力を使うのはリスクが伴う。相応の術者によるサポートがあって初めて、呪力を併用した戦闘ができる。いくらリクオが才能ある術師といえど、それは身体面とは別の話だ。左腕が使い物にならなくなる前に、決着を付けなければならないだろう。
二度目の鏡花水月はまだ通用している。関節を貫いた槍を足場に、超至近距離である胴体へと跳躍した。右手の祢々切丸を構え、その体を斬り割こうとした直前。土蜘蛛の身体が回る。それによる風圧だけで、空中にいたリクオは木の葉のように吹き飛んだ。その先には土蜘蛛の腕。祢々切丸で受けると、当たり所が悪ければ刀身が折れてしまう。それを避けるため、左腕の無理を押して術式を更に使った。
取り出したハンマーで拳を防ぐ。壊れることを前提に呪力で強化したからか、激突時の衝撃が全身を強く揺さぶった程度で済んだ。
「(左腕は……まだ動く)」
「そんだけじゃねーだろ」
状況を打開する方法があるということは、土蜘蛛も察していた。ならば、望むのは小技の応酬ではなく
「ちまちまやってんなよ。右手のそれが本命だろぉ?」
さあ斬ってこいと、腕を広げて迎え撃つ姿勢をとる。そして──
土蜘蛛の片腕。四本あるうちの一本が
「体は重いし二発撃てたらええとこやし……こんなん極ノ番なんて言い張れるか!」
それを為したのは、今まで傍観していた花開院ゆら。何かの術式を全力で使ったようで、肩で息を切らして立っていた。
「てめーは、四百年前の
自身の腕を食い千切った候補にまずは見知った顔を挙げ、呪力の高まりから即座に違うと否定する。そして目に付いた呪力──現代の陰陽師に、面白いのがいたと興味を示した。
「使ってんのは相伝か。が、道満のヤツがそんな技使った覚えはねぇ。……いいぜ、愉しくなってきた」
ただでさえ先ほどの戦いで調子が上がっていた土蜘蛛に、更に興が乗る。いつの間にか立ち上がり、彼の放つ威圧感が増していた。
「ゆらちゃん……なんで喧嘩売ったん?ボク、どうにかして逃げよ言うたんやけど……」
「今の姿が妖怪なんは気ぃ食わんけど、それでも奴良くんは陰陽師としては後輩や!見捨てたら寝覚め悪いやろ!」
あと、すごすごと逃げ帰るのはムカつく。腕の一本は貰ってかんと気が済まん。そう言い切ったゆらは、一度大きく息を吐く。それは決して諦めではなく、自らのすべきことを終わらせたからだ。なにせ──
「来いっつったのはお前だろ」
片腕を失ったことと、興味を引く対象が現れたこと。その二つの大きな隙を、ぬらりひょんの血筋が見逃すわけがなく。
「鴆!力を貸してくれ!」
「まかしとけ若頭っ!」
「まだ……満足してやれねぇなぁ!」
そのうえでまだどっしりと立ち、戦闘を継続できるのが土蜘蛛という妖だった。呪力で毒を抑えつけ、その反動でまた片腕が失われる。袈裟に斬られた傷は意に介さず、
「あっちの女陰陽師も興味あるが、目の前の馳走を余所にゃあできんよなぁ!──
畏が膨れ上がる。糸を吐く術式は無粋。小細工なしの、純粋な殴り合いを挑む土蜘蛛。
「お前が欲しい。オレの刃になれ、イタク」
対するリクオは、新たに遠野の鎌鼬──イタクの畏を鬼纏った。
そうして繰り出す一閃に、リクオは誘いに乗って全力を出した。左の拳を握りしめ、盃盟操術を使う。選択するのは氷凝。吹雪と例えるには鋭すぎる風が祢々切丸の周囲に吹き荒ぶ。人と妖の両方の性質、その到達点というには未だ拙く、左腕は今にも炭となる寸前だ。生来の回復力で辛うじて持たせてはいるが、既にその腕の感覚はない。
「いくぜ、土蜘蛛!」
そして、傷口が凍り付く回復不能にして最速の刃は──
「──六か七分目だな」
畏を一点に集めた掌底で防がれた。当然、土蜘蛛の手のひらは切れる。が、それまでだ。腕を刃が通ることは能わず。リクオはボロボロになった左腕に拳を叩きつけられ、石畳の剥がれた地面を転がる。
「どういう……ことだ……」
間違いなく渾身の一撃。それが、通じない……?
「最初に闘ったのがてめーらなら満足したんだがなぁ……。伊達藩だかで聞いた、"ふるこぅす"?だったか。それでいうところの"おおどぶる"が上等過ぎたんでな。次も相応じゃねぇと足りねぇんだよ」
鬼らしく、女を奪っていくのもいいな。そう言って土蜘蛛は倒れている氷麗を掴み上げる。サイズからすれば、摘まみ上げると形容した方が適切ではあったが。
「相剋寺にいる。またやろうぜ」
立ち去る土蜘蛛には、傷が残っていなかった。膨大な畏による身体の修復。簡単にはできないそれを、切断された腕がそのまま残っているとはいえ元に戻すことができたことからも、彼が持つ強さを周囲は悟ってしまう。
「まて……土蜘蛛っ!土蜘蛛ぉぉぉおおおお!」
日が差し込む。同時に妖としての畏は使えなくなり、人の姿へと戻る。今のリクオでは、土蜘蛛を倒すどころか、その場に留める手段もない。
「領域……」
──本当に?
怒りによって急激に膨れ上がった呪力が周囲一帯を包む。朝日に照らされた地面は再び暗くなり、夏には舞いようの無い桜の花が周囲に散り始めた。
「展、開……っ!」
そして、領域が閉じる。遺された土蜘蛛とリクオ以外の全員からは、彼らが真っ黒な球体に入ったように見えるだろう。
「──本当に、魅せてくれるぜ!」
だからこそ、手加減はしない。そう考えた土蜘蛛は、即座にリクオへと拳を振り下ろす。その拳はリクオをすり抜け、大地に巨大なクレーターを作り上げた。
「領域内なら、昼でもボクの──ぬらりひょんの術式を使うことができる」
そして、必中とはすなわち使用した術式が必ず効果を及ぼすということ。つまり──
「領域が解除されるまで、ボクに攻撃は通用しない」
必殺の効果はない。ただの必中にして、無敵の領域。傷を見せず、百鬼を率いる主として堂々と立つためのそれこそが奴良リクオの領域展開だった。
妖怪と人間で呪力と畏の性質が切り替わるからか、リクオは反転術式を習得する難易度が比較的低い。そして、急成長のためのキッカケと必要性は今まさに訪れている。
よって、反転術式を会得したリクオが術式によってこれから取り出す無数の武器は、微弱ながらも全てが退魔の剣としての性質を帯びていた。
「上ォ等ッ!」
しかし、たかがそれだけで退く土蜘蛛ではない。今のリクオは満身創痍だ。領域が解除されるまで待てば、確実に倒しきれるだろう。
「それじゃぁ、"鵺"に届かねぇ」
触れられない"無敵"を殺しきる。その考えから逃げてしまえば、そこらの雑魚と変わらない、程度の浅い在り方に堕ちてしまう。
「
「みんな、力を貸して……っ!明鏡止水──桜!」
互いに思惑は一致していた。領域を維持している間に相手を倒すため、全力を眼前の敵へと放つ。土蜘蛛は、全力の張り手を。リクオは、使用可能な全ての術式を一点に集中させた砲撃を。その二つがぶつかり合い、不完全な領域を破壊しつつ拮抗が崩れ──
そして、結界が解ける。
そこにいたのは膝をついた土蜘蛛と、刀を支えとしながらも、辛うじて立っていたリクオだった。
「ボクの……ボクたちの……勝ち、だ……!」
領域展開中は魔虚羅ソードもどきを無制限に出しつつ、常時必中の鏡花水月で相手の攻撃は当たらない。純愛砲みたいな感じで絆ビームを撃てる奴良リクオです。