渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する 作:三白めめ
「烏崎契克。……取引や。花開院家当主として秘匿死刑を差し止める。代わりに、羽衣狐の討伐に協力しろ」
「へえ?たかが現代最強を張れるくらいで、私に命令すると?」
契克からすれば、無謀。当然だ。彼にとって、晴明が復活することはデメリットではない。それに、ゆらは知る由もないが、呪術廻戦ではないこの世界を守る理由も契克には特にないのだ。
「従わない場合、この場であんたを祓う」
「できるのかい?」
正直、わからない。経歴とその力の一端は知っているし、その上で勝てるとは言い切れない。けれど。
「託されたんや。やらんわけないやろ」
間違いなく、烏崎契克という人間は乗ってくる。数ヶ月、修行という名目で様々な修羅場に連れ出され、命の危機を超えてきたゆらは直感していた。契克は他人の技術に関心を抱いている。少なくとも天上天下唯我独尊というような性格はしていない。秘匿死刑の差し止めはあくまで口実。
「けれど、それは命を懸ければ私に届くと確信している時にのみ使う言葉だろう」
未だ余裕を崩さない契克に、一度言ってやろうと思っていた。だからちょうどいい機会だろう。
「なら、やろか。──清十字団の内輪もめ」
「……ははっ。一体どこでそういう悪知恵を身に付けたのさ」
要は、今からするのは秘匿死刑の執行ではなく、ただの喧嘩だと。ちゃんと勝敗を決めて、自分が勝ったとしても死刑執行じゃないから殺す必要はないと言い張る口実。つまりは、自分が勝つ前提の備えだ。
「喧嘩で殺し合うこともないだろう。一撃入れたらそっちの勝ちでいいよ」
「一撃で死んだら知らんけど、ってことやな」
どこまでも殺伐としていながら、清十字団という同じサークルに所属している仲間として笑い合う。それは陰陽師、呪いを扱う呪術師としては最もらしいあり方やもしれなかった。
「では、開始の合図にこう言おう。──思う存分、呪い合おうじゃないか」
その言葉と同時に、契克は左手の呪符から鎖を取り出す。それと同じくして太ももに着けたホルダーから一本の短刀を抜いた。
「貪狼、禄存!」
対してゆらが選択したのは速攻。おそらく取り出される呪具は特級の効果を持つと判断し、速度に優れた四足の獣の式神を呼び出した。
「対術師では通常兵器が有効だと前に話したけどね。実のところ私がそれらを使うことはそんなにない」
拳銃くらいは使うけど、私の場合は接近戦の方が強いからね。そう言って契克は短刀に鎖を取り付ける。
「──術師を殺すなら、このスタイルと決めているんだ」
取り出した鎖は、短刀が無い方の先端付近が煙で覆われており、その全長が把握できない。
契克は鎖の途中を掴み、勢いをつけて手放すことで、自らの周りに鎖を滞空させる。
「特級呪具──天逆鉾。平安の時にパチってきた本物だ。効果は保証するよ」
「アホ!死んでも治らんアホなんか!」
出現した当初に想定していたよりも長い鎖は自在な挙動を描き、先に取り付けられた天逆鉾は、ゆらの放った式神にかすり傷を付けた。次の瞬間。
「消えた──?」
特級呪具、天逆鉾。その効果、発動中の術式強制解除。
「チッ!」
ありうると想定していたとはいえ、少し傷を負っただけで二体の式神が消されるとは。当然、式神を放った時点でゆらもその場から動いている。まずは、鎖でのリーチ切れを狙って遠距離へ。壁面を駆け上がり、屋根の上に乗って鎖が伸びきった瞬間に距離を詰めようと考えるゆら。しかし──
「どこまで──いや、ちゃう。おそらくあの鎖も特級。だとすると……"万里ノ鎖"……!」
ゆらもまた花開院。特級呪具の特徴から、一致するものを導き出すのは容易だった。となれば、無限に伸びる鎖に対して距離を置くのは悪手。ゆらは式神で攻撃しなければならないが、あちらは強化した膂力で鎖を操作するだけでいい。消耗戦を挑むのなら、呪力が先に尽きるのはゆらの方だ。それに──
「逃げ続けて勝っても楽しゅうない。ええよ、呪い合ったろうやないか」
一発殴らせろ。落ち着いていながらも極めてシンプルなその感情は、この場においてゆら自身の呪力を少し水増しした。その感情を自覚した瞬間を、瞬間的な呪力の必要な踏み込みに合わせる。前へと加速し、鎖が引き戻されるより先に、最短距離で彼に向かう。
「間違ってはいないね。鎖より内側に辿り着ければ、勝機は生まれるかもしれない。だから、まずは自分を超えてみようか」
先ほどまでゆらを追っていた鎖を引き戻し、自身の周囲へ円を描くような軌道へと変更した。
半径2.21メートル。契克自身は両足を地につけて、動くことはない。
「──趣味が悪ないか?」
シン・陰流・簡易領域。歴史上では蘆屋が創ったとされる技術を、子孫である花開院に超えてみろと言っているのだ。
「対策済みだろ?」
「そりゃ、まあ」
投げつけるのは、無数の起爆札。呪力に反応して爆発するそれらだが、蛇のように向かい迎撃してくる天逆鉾によってそのすべてが無効化された。
そう。簡易領域によって、2.21メートルの範囲に入ってきたモノをフルオートで迎撃する。蛇のように柔軟な動きをする鎖であれば、日本刀のように一度抜刀したという弱点も存在しない。故に、効果対象内に入ったものを一切の区別なく迎撃する。それが例え、
爆音と黒煙。もちろん、煙を術式として使う契克に黒煙での目晦ましは意味がないが……。
「無限に伸びる言うても、鎖は鎖や。乱れたやろ」
自爆覚悟で更に前へと進み、風によって軌跡が逸れた万里ノ鎖を通り過ぎ、ゆらは契克へと肉薄する。服は破れ、露出した肌からは破片による傷がいくつも見られた。
「手榴弾って。それでも陰陽師かい?」
通常兵器をお勧めしながらどの口が。そう思いつつ、ゆらは言葉を返す。
「殺すと思って行動したなら、全部呪いやろ」
ゆらの手には、5枚の形代。そして周囲には花開院の歴代当主こと破軍が控えていた。
「式神融合──十八飛星策天紫微斗」
それらをすべて使った、式神の六体融合。先ほどしょうけらに対してゆらが出したそれは、かつて道満もまた呼び出していた最強の式神だ。
「しかし、それはあくまで退魔に特化した武器だ。呪霊なら一撃で吹き飛ぶだろうけど、受肉体にはただの剣と変わらないさ」
当然、玉折事変で道満とも戦った契克には、その点も把握されている。それに、一度契克の目の前で出している以上、すぐさま攻略されるだろう。だが、さしたる問題ではない。なにせゆらの目的は最初から、契克を殴ることだ。
「人式一体!」
融合させた式神を自らの身に纏う。服が変化しないのは、動きやすさを追求したからか、今の姿から変える必要はないと判断したからか。しかし、ゆらが纏う雰囲気は大きく変化していた。御門院や安倍姓に名を連ねる者達と同等の重圧を放つ、最強の姿。
「極ノ番。
「(──固定砲台に徹して300秒。零距離で戦わなあかんなら、もっと短くなる)」
『奥の手』を考慮するなら、おそらく30秒。それを超えた時点で、ゆらの呪力が尽きる。
「そうだ、それでいい。もっと魅せてくれ!」
「ええよ。目にもの見せたるわ」
そう言って、ゆらは左腕の血管側に、右の拳を押し当てる。
「──布瑠部」
その言葉を聞いた途端、契克の動きが止まった。それは、竜二の推測した悪癖。
「奴はおそらく、初見の術式を妨害しない。新しい可能性に目が無いと言うか、余裕の表れと考えるべきか」
ともかく、大技であれば間違いなく迎撃しようとするだろう。
「ブラフでもいい。──そうだな。古い祝詞だと、"布瑠部由良由良"とでも言えば引っかかるだろう」
「ブラフか!」
何も起きていないことから、今のはハッタリと気づく。ただ、対魔虚羅の攻略手段として全力の一撃を放つ準備で、一手遅れた。その隙にゆらはクロスレンジに到達。先ほどまで至る所に負っていた傷は、常時自動的に行われる反転術式によって治癒が完了している。傷によって動きが阻害されない今、このまま一気に攻め込む。
──さて、これは契克自身も知らないことなのだが。この世界にも女神は存在する。それは転生がどうのといった意味ではなく、人格があるわけでもない。
なにせそれは、微笑む相手を選ばないのだから。
既に全ての式神と融合しているが故に、呪力の乱れなく一瞬で武曲の薙刀を展開したゆらの一撃は、契克の防御とぶつかった瞬間に、
「なんや……これっ!」
「
疑問の言葉とは裏腹に、ゆらは高揚感に包まれていた。振り抜いた薙刀を呪力に戻したことで、何も持たない右腕は下がり切っている。その掌を返し、五指を熊手のように開く。柄を持っていたことで跳ね上げていた左手も同じように。
「──貪狼」
口を閉じるようにその腕を縦に交差させれば、それに沿うようにビル一つを飲み込むほどの獣の──狼の顎が現出する。当然、自動的な反転術式はゆらの攻撃にも全て付与されていた。
修行のために通常のゆらの術式速度に合わせた動きが身についていた契克では、これの迎撃は不可能。回避を選択したことで一歩退いた。避けきれずに千切れた髪と牙の間に、再び黒い閃光が発生する。2.5乗の威力となったその顎は、その通過した範囲を塵一つなく消し飛ばしていた。
そして、地を蹴ったその刹那、滞空する0.2秒間。それこそがゆらが初めから見出していた勝機だった。
「(成功回数無しのぶっつけ本番。けどなんでやろうな。今はただひたすらに、この躍動が心地良い!)」
「──領域展開!」
「(──成功したっ!なら、この一瞬に総てを賭けろ!)」
次の瞬間には、契克も領域を敷く。どちらが洗練されているかとなれば、契克の方に軍配が上がるだろう。だからこその、この0.2秒。黒閃によって引き出した120%のポテンシャルを、領域によって更に押し上げる。誰も知り得ない偶然によって背中を押された、唯一の勝ち筋だった。
烏崎契克がその名になる以前。平安への転生を神の奇跡と例えるのならば、花開院ゆらがこの瞬間に辿り着けたこともまた、女神が微笑んだ結果と言えるだろう。
偶然によって齎された運命は対等。互いに再度の術式を使う時間はない。ゆらの纏っていた式神が剥がれた。呪力の限界が近い。全身の守りを失うことを妥協し、腕部の残滓のみを留め続けることを選択。
同時に、契克はこの勝負で無為転変を使わないことを決めた。出し惜しみではない。ただ、それを使ったらテンションが下がる、というよりもゆらの全力を上回ることを優先したのだ。この一撃を防ぎきれば、確実に自分も黒閃が出せる。その確信があってこその、クロスカウンター狙い。
「「黒閃!」」
互いへの一撃。確信はあった。この瞬間において、黒い火花は二人に微笑んでいる。ならば、この場において問われるのは力の優劣ではない。勝敗を決するとしたら、それは単純な──
「……冗談だろう」
ボクシングにおけるカウンターブロウとしてのクロスカウンター。ゆらの拳だけが、契克へと届いていた。なにせ、ゆらの方が腕が長かったから。
黒い火花の残滓を纏い、契克は数メートルほど吹き飛ばされる。両足で着地こそしたが、勝敗は明確だろう。同じように拳に黒い火花を散らせ、拳を振り抜いたまま地面に倒れ込むゆら。それは、確かに契克を殴ったということで──
「死んではいないとは言え、負けた側がこれを言うのも違う気はするけど、あえて言おうか」
生死が関わらない以上、明確に強さを比較することはできない。だが、結果だけを語るのであれば。
「──誇れ。お前は強い」
安倍晴明に続き、二度目の。そして、この時代においては初めての敗北だった。
ここでゆらちゃんが勝たないと、現状に飽きた契克が復活した晴明の誘いに乗って、『世界的問題児二人。ただし最強』ルートに行っていました。
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