渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する 作:三白めめ
令和、平安、戦国、平成。都合四つの時代を知ったうえでの結論として。趣とは速度だったのだと、烏崎契克は考える。播磨国──兵庫県から関東への移動など、千年前ならばどれほどの時間がかかっていただろうか。新幹線の座席に座り、歴史の教科書をパラパラと捲りながら外の景色の流れに感嘆の息を吐く。
生きていた時代は遥かに異なるとはいえ、誰しもが命の脅かされる心配のない長距離の旅ができることにはやはり驚愕を禁じ得ない。かつての京ならば、貴族に同行している従者や武士の数名が妖や野盗に殺されることなど当たり前だったと言えば、その違いは明らかになるだろうか。
そうのんびりと考えを巡らせていると、いつしか目的の駅へと着いた。後は電車を乗り継いでいけば、転校する学校のある都市──浮世絵町へと辿り着く。
妖怪の主とやらに興味があって引っ越してきた通り、この町には確かに妖が多い。とはいえ、八から九割方は羽虫の如きという形容詞が付くのだが。
それにしても、ビルが立ち並ぶ都会の光景というのは実家のような安心感を覚える。すでに死んで戻れない前世とはいえ、ある種の原風景として心に残っているわけだ。それに、死滅回游を始めとして当世での豪遊を楽しみにしていたのだから、こうしてここにいるのは素晴らしいと言っていいだろう。
「ただ、呪術高専が影も形も見当たらないのだけれども」
東京にも京都にも、呪術高等専門学校が存在しないのだ。天元様もいない。"闇の質屋"なる呪詛師のネットワークのようなものを当たって賞金首だとかのリストを見てみたが、五条悟だとかの名前は全く見当たらない。一縷の希望を託したが、伏黒、もしくは禪院甚爾という人物もいない。どういうことだ……。
そしてこの時代、妖怪がヤクザの真似事をしているのだ。楽しそうだね。妖の分際で。
なんとなく既視感があるというか、おそらく何かしらの原作なのだろうが、思い出せない。そして、それはこの世界がコラボだかクロスオーバーだかの世界線でない限り──
「呪術廻戦じゃない……ってコト!?」
まさか、今までの仕込みの八割が無駄になると思わなかった……。俺は特級術師にはなれないということか。この残酷な現実に足から力が抜け、駅のベンチに座り込む。道理で宿儺が平安にいないわけだ。
ただ、職業の縁というものはあるようで。偶然にも、陰陽師に出くわしたのだ。外見年齢から察するに中学生くらい。
宮仕えの時に身に着けた対暗殺者用へのノウハウを活かして観察してみると、財布の中に式神が数体、さらに服の各所に護符を仕込んでいた。このことからも推察できる通り同業者だろう。見たところ、身体的な年齢も近い。
「ねえ、そこのキミ。少しいいかい?」
「あ、はい。なんでしょか?」
言霊への対策は無し。けれど警戒自体はしていることから俺が陰陽師だということは気づいていると見て間違いないだろう。対人、もしくは策を弄する妖と戦う経験を積んでいないのだろうか。──もしくは、使役する式神でのゴリ押しで勝てるから、その必要もないのか。
術比べをしてみたいという好奇心を抑えて、何の小細工もせずに話しかける。目線が下の方に向けられているのがムカつく。今の身体は小学生に近い背丈ゆえにしょうがないのは分かるが、見下されることが癪に障るのは、平安で陰陽師のトップ層に名を連ねていたプライドからだろうか。
「いやぁ、見たところ同業者っぽいからさ。妖怪の主だっけ?それ狙いかなって」
「……だったら、どうするんです?」
警戒を強めた。が、まあ問題はないだろう。やはり実力をその目で見てみたいが、この場で事を構えるつもりはない。
「せっかくだからお近づきになろうかと。ついでに手を組めたら楽だろうと思ってね」
それなりに強い術師ではあるだろうし、興味が湧いた。なんなら領域展開ができるくらいにまで面倒を見てもいいかもしれないと思うほどだ。こういうところは平安の時に弟子を取っていた経験からだろうか。才能のある人間が燻るのを見るのは趣味じゃない。
「と言っても、信用できるくらいの情報を出さないと難しいか。私は烏崎契克。明日からこの町の中学校に通うこととなった、しがない陰陽師だよ」
俺がそう名乗ると、眼前の彼女は少し顔をしかめた。確かに横着三割とネームバリュー七割を狙って名前は平安の頃と同じやつを名乗ってるけど、そこまで疑われるか……?いや、オカルトに詳しければそれなりに有名だろうし、名前が安倍晴明の人と会ったような感覚だろうか。
「中学っ……そらそうや。なんか、おじいちゃんと話してるみたいやったわ。私は花開院ゆら言います。中学も多分同じとこやと思う」
……違った。花開院って、蘆屋の子孫だ。なるほど、これ、ファーストコンタクト大失敗か?いや、案外何とかなるだろう。賀茂のりとしがのりとしだった感じのアレだ。もしかしたら、色々と複雑な家庭事情だと思われたのかもしれない。
「まぁ、よろしく頼むよ。ゆらちゃん」
……名前にちゃん付けって、距離感大丈夫かな?現代のことが分からなくなってきた。……今の俺は幼女だし大丈夫だろう。
眼前の彼女が"烏崎契克"と名乗った時、花開院ゆらは初めてその姿が実像を持ったように感じた。
「(なんでここまで気づけんかったんや)」
原理は単純な隠形。ただし、そこらにいる人間とだけ認識させるような。完全に隠れるのではなく、取るに足らない誰かと思わせて相手の口を軽くする純粋な技術だった。
ゆらも烏崎契克という名は何度も耳にしてきた。千年前の陰陽師であり、蘇るすべを用意した
「本物なんか……?」
目の前の少女には、そういったある種の気迫が存在しなかった。そうであるからそう名乗り、敵とみなしていないからただそこにいる。ゆらは未だ経験していないが、神と呼称される領域の妖に近い雰囲気すら幼い彼女から放たれていた。
「駅の付近で長々と話しては迷惑だろうし、場所を変えないかい?」
お互いこの町に来たばかりで、土地勘もないけど。そう笑いながら言う彼女と少し歩いて分かった限り、"できれば偽物であってほしい"という思いが大きくなった。
まずこの浮世絵町についてだが、妖怪の主がいるというだけあって、妖が多い。そして、烏崎契克を名乗った彼女は、見つけたそれらを殴って祓っていた。全て一撃。町中で戦端を開くことなく殺していく姿に確かな格を感じさせる。
「宣戦布告だよ。
大江山や滝夜叉のような強者の徒党と違って、組織による弱者の保護が目的らしいし。
そう言いながら裏通りの妖怪を滅していた彼女は、世間話のようにゆらへ話しかけてきた。
「そういえば、ゆらちゃんって修行に来たんだっけ」
口の裂けた女の腹を拳でブチ抜きながら話されては少し肝が冷えるが、相手は妖怪だしと気にしないことにしてゆらは答える。
「ええ、はい。妖怪の主を滅して、花開院の当主を継ぐんです」
「そっか。じゃあいくつかのアドバイスだ。まず、人語を喋る妖は、基本的には会話に応じず殺すこと。相手は言霊とか時間稼ぎとかが目的だろうからね」
確かに、喉を潰すことによって言霊のような不意打ちや抵抗をさせていない。見て学ぶということにおいて、ゆらはこのとき多くの知見を得ていた。
「二つ目。見たところ、ゆらちゃんは式神使いだね。なら、接近戦の対策はしてるかい?手数の面からしても、格闘の心得はあったほうがいい。もちろん、対術師を想定して、通常兵器でも構わないけど」
これは受け売りだけど。そう契克は続ける。
「術師相手であれば、狙撃銃のような近代兵器は積極的に取り入れていくべきだと思うよ」
そうして、陰陽師二人の"挨拶回り"は、ゆらが引っ越しの荷ほどきをしていないと気づくまで続いた。
続きました。