渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する 作:三白めめ
暇だ。テレビもない。車の騒音がないのはいいことだが、ネットやラジオすらないのは本当に暇だった。
それにしても、ぬらりひょんの孫か。呪術廻戦じゃなかったことはショックだが、同じジャンプには変わりない。
「アニメ終了が16巻あたりだっけ。惰性をとっくに過ぎてるね」
「それにしても、無駄に長生きしちまったぜ」
平安から準備していたのがほとんど無駄になった。……ゆらちゃんがヒロインということは、俺が一撃入れられたのも納得できる。京都というホームグラウンドで、戦うべき相手は花開院とも因縁のある羽衣狐だ。負けイベントに勝った程度の乱数は起きるだろう。そもそもの黒閃が乱数の存在だったし、早く気付くべきだったかもしれない。
「にしても、描写からしてジャンプじゃないだろ」
俺の呪力を吸って急激に膨れた孕み腹を見る。エイリアンみたいに体を突き破って産まれたら嫌だとは思うが、それならそれでしょうがないだろう。……やることがないと、本格的にネガティブな考えしか浮かんでこないな。
「この世界がジャンプだったら大失敗したな。修行パートなんて伝統的に評判が悪いじゃないか」
十年前から相変わらず、修行回は人気とアンケートの下がり方が激しいのだ。まあ、突如として始まる学園編とトーナメントバトルよりはマシなんだろうが。さて、それならとっとと脱出するとしよう。仮にこれがぬらりひょんの孫の世界なら、妊婦の腹を蹴ったり殴ったりといったことはしないだろう。倫理的にアウトというか、ヤングな方のジャンプでもあるかどうかというレベルになる。じゃあ大丈夫だな。描写はあっていせいぜいR-15くらいだろう。
流石に天海が専門というだけあって時間は掛かったが、結界を解除して壁を蹴破る。物理的にボテっとした腹で足の可動域が狭くなっていて、呪力も五割ほどが子宮内の妖に吸われていた。
なにも考え無しに力押しを選んだわけじゃない。今の俺は、晴明の母親を人質に取っているようなものだ。もちろん晴明も防御は張っているだろうが、それは俺を守ることと紙一重になる。
さて、この葵螺旋城は名前の通り螺旋となって上へ上へと建築されている。上るにはそれぞれの離宮を通らなければならないが、降りるなら話は別だ。一気に飛び降りればいい。葵城跡地は水が張っていたから、落下しても問題なかったはずだ。そうして視界の端に捉える星が上に落ちるのを見ながら地上に着くと、冬になっていた。
「なんで……?」
まあ、晴明があの離宮の時間を遅くしていたとかだろう。神に等しくなって、術式を拡張する解釈が多少無茶でもこなせるようになっている。というか、重力操作能力が強すぎるのだ。
濡れた服を乾かすために、煙草の自販機を破壊して一カートンほど頂戴する。この時代には既にタスポだかなんだかが必要になっていたんだと懐かしい気分になりつつ、そのうちの一本に火を着け、煙を服に纏わせて乾燥させた。
「ちょっと!なにやってるのよ!」
それなりに大きな声に振り向くと、けばけばしい化粧をした知らないおばさんがこちらを指差している。ワカメみたいな髪に、いかにも語尾にザマスと言ってそうなメガネだ。
「あー、場所移すよ」
ここ、屋外喫煙アウトだっけ。どうも晴明と会ってから、平安の時の感覚が戻ってきている気がする。今の俺は現代人だ。気を付けないと。
「そうじゃないわよ! アンタ妊婦でしょ! それもそんな歳で! いやねぇ、これだから若い子は。そういうゴミに私の税金が払われてるわけでしょぉ?」
「あー、もう行っていいかな?」
話が長い。眼前にいる人間の実力くらい弁えろ。そういえば、社会にはネットに晒されるくらいに民度の悪い人間もいるんだった。
「ただでさえ喫煙者なのに、妊娠までしてるなんて、お荷物よ!お・に・も・つ! 未成年喫煙と、私に受動喫煙させた罪で死刑になりなさい! ほら! 早く!」
「聞いて……?」
「とっとと消えなさいよ!この世からっ!」
二ページで死ぬモブのような造形をしているのに、邪魔だ。仙骨から伸びた狐の尻尾が目の前の女の心臓を貫き、その体を引き寄せる。
「こっちは千年前と五百年前もヘビースモーカーやってるんだ。余計なお世話だよ」
……やっちゃったぜ。まあ、主要キャラじゃないしいいか。
「──そういえば、もうひとつくらい後悔があったんだ」
ギリギリで魂が残っているうちに無為転変を使って名前も知らない女の骨や内臓を改造し、戦国時代に使い慣れたのと同じサイズの日本刀を形作る。
「チェンソーマンの第二部、読みそびれた」
もう持ち主は使うことのない財布を見ると、このおばさんは田中というらしい。数万の臨時収入も得て、当面の武器として暫定田中剣の他にチェーンソーも買えそうだ。とりあえず、主要キャラ以外の妖は殺して回っても問題ないな。さっさと実質的な呪力制限を解除したいし、心臓を奪って出産したい。……出産したいって言ってるのヤバいな。
「いこう。田中剣」
田中剣だとなんか足りないな。けど、何が足りないのかわからない。悩ましいところだ。とりあえず、ホームセンターまでの道すがら、目に付いた妖を狩っていこう。もしかしたら、犠牲者の財布とかが落ちているかもしれない。
「どこや、ここ……」
晴明を追って着いた城でひと暴れした後、強制的に転移されたどこかで。夏も終わりに近づいた頃とは思えない涼しさの風が吹いた。どこかの国道沿いの橋であり、川が下に流れている。近くに何かしらのスタジアムがあることから場所の特定は割と簡単かもしれない。
「気温、京都とか東京ちゃうよな。もっと北?」
近くの柱の上の時計を見ると、陽が落ちるのがやけに早かった。ゆらは最近理科で習った知識を思い出す。北海道に近づくほど、日没は早くなるというものだ。
「となると、ここは東北あたりか。どないしよ。金とか持ってへんのやけど」
少し歩いて、周辺の地図が描いてある看板を見つけた。大きなスタジアムには地名もついてあるだろうと見当をつけて、現在地の近くにあるあのスタジアムの名前を調べると……
「ユアテックスタジアム、仙台!?」
死滅回游の結界へのランダム転送。それによって転移させられたゆらは、無一文かつ連絡手段無しで仙台にいた。中学生でバイトができない上に、わざわざ調べない限りは東北の術師なんて京都の陰陽師が知る由もない。
「仙台から東京って、いくらかかるんや。せめて、こっちの陰陽師にアプローチする手段……」
その時、ゆらに一つのアイデアが浮かぶ。一度やった方法で、現在の状況からでもやれる手段だ。
「いや……けど、これは……。他に方法はないんやけど……」
数秒の逡巡の後、ゆらは浮世絵町以来のそれを実行することを決意した。即ち、他の陰陽師が気づくまでひたすらに妖を滅する。シマが荒らされれば妖怪はケジメだか落とし前だかのためにより多くの数を派遣するから、実質入れ食い状態だ。晴明を除いた歴代当主と戦っていた名残か、今のゆらには戦うことを前提とした思考が定着してしまっていた。
「アレを師弟関係言うんは嫌なんやけど、なぁんか似てきた感じするわ」
もしかしたら、ある程度以上の術師は、変に策を弄するより真正面から突き進んだ方がいいのかもしれない。道満の記憶でも、大妖怪を相手にするとき以外は大抵が真正面での殴り込みだった。
「んじゃ、やろか」
この近くには刑場跡地があったはずだと思い至った。近くが住宅地だから微妙かもしれないが、鵺──晴明の復活で全国の妖が活性化している可能性もある。行ってみて損はないだろう。
「……寝る場所、どうしよ」
連戦に次ぐ連戦、それも大物が相手だったのだ。ここから徹夜で戦うのはごめんだった。そういえば、天逆鉾を持ちっぱなしだ。今度返さなきゃ。そう思いながら、ゆらは逆鉾を懐に仕舞った。
ゆらちゃんは仙台コロニーにて参戦です。石流はいないけどBASARAの名残はあるかもしれない。
珱姫(男口調で妊娠済み喫煙者かつ不可視の狐尻尾TS娘)、これ以上弄ぶな案件では?まあ、感想欄でメロンパンとか言われていたので、死体の尊厳くらいいいよね。本作一番の被害者はぬらりひょん。
そういえば、十年前ネタを擦っていますがハーメルンも十周年ですね。おめでとうございます。