渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する   作:三白めめ

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ゆらちゃんが無双する話。


『慈悲深きこと即ち残酷なり』

 死滅回游開始からおおよそ十九時間後に、回游全体としての大きな進展が発生した。

 各々に憑いている、ゲームマスターの窓口たるコガネが口を開く。注目を集めるようにリンゴンリンゴンと音を立てた後に全泳者(プレイヤー)に向けて行われたアナウンスは、総則の追加だった。

 

「泳者による総則の追加が行われました! 〈総則〉9:泳者は他泳者の情報──"名前""得点""ルール追加回数""滞留結界(コロニー)"を参照できる」

 

 それと共に、コガネがモニターとしての役目も果たすようになる。参加者の一覧を表示するようになり、ほぼすべての参加者がそちらに気を取られた。回游結界内に入った理由に、知り合いと連絡が取れなくなったという人間も一定数存在していることも大きいだろう。因縁ある者を探す過去の術師、強者と戦いたいがために自らより過去の高名な術師を探す者、そしてリクオのように知り合いの名前を真っ先に探す者もいる。

 だからこそ──

 

「仕掛けてくんならここやな!」

 

 現在三十五点を保有する彼女──ゆらは、参照より先に周囲の警戒を優先。自身に一直線に向かってきた黒い霧を躱す。十数メートルにもわたるそれは、しかし多少掠っただけではゆらの体に傷を付けることはなかった。

 

「けど、今の──畏か?」

 

 一度飛び退き、冷静に周囲を観察して分かったことは、あれは人の多い場所を狙って移動しているかもしれないということ。来た方向は人の多い大通り付近からだったことからもその推測の正しさは担保されている。感じた性質としておそらく妖怪。 そして、一瞬だけ霧の中に入った時に無数の人間の声で聞こえたその言葉から、何かの──おそらく血なまぐさい出来事から発生したものだと推測できた。

 

「Aujourd'hui, la cruauté est la pitié, et la pitié est la cruauté.』

 

 中学生のゆらはまだ習っていないことだが、これはとある日に使われた合言葉のようなものである。「今日は残酷なことこそ慈悲にして、慈悲深きこと即ち残酷なり」"サンバルテルミの虐殺"──1572年のパリにて行われた一万から三万ほどの犠牲者が出た虐殺であり、フランスからイタリアのローマまで下って無数の死者を出した特級指定だ。

 本来であればその怨念が仙台、いや、そもそも日本に到達することはない筈のもの。それはしかし、過去に一度日本へと到達している。海外に派遣された使節団が連れてくるという形で。

 天正遣欧少年使節団。秀吉が鎖国を選ぶ一端となったその出来事は、かつて御門院心結心結(ゆいゆい)や天海、それに芥見の三人で対処に当たったものだった。

 

「……マズいマズいマズい!」

 

 血の匂いからして、死んでいるのは一人や二人じゃないと推測するゆら。移動する領域は、以前に遭遇していた。先ほどの霧はそれに近いと推測できる。おそらくは不完全な領域。必中効果は付与されていない、純粋な別空間としての役割を果たしているのだろう。

 内部の確認は不可能。正体が分からないのなら、現状ですべきはリスクの考慮だった。

 

「(考えろ……現状で最も避けるべきは、非術師の方へこの妖怪が向かうことや。そんで、最良は協力できる複数人で事に当たる……回游参加者を確認して、仙台コロニー内にいる花開院分家の術師を探す……?)」

 

 少しの思考の後、ゆらが出した結論は──

 

「ここで殺れれば終わる!」

 

 単独で殺しきることだった。現状のゆらは不完全な領域という点から勘で導き出したが、この妖怪の厄介な点は、殺した相手を取り込むという一点にある。極端な話、誰かが結界内に入って殺されるより早く、その場にいる亡霊を殺せばカタが着くのだ。

 迷いなく霧の中に入ると、その先には大量の死体が並ぶ広場だった。馬に乗り、槍を携えた兵士たちを始め、武装した市民らが口々に同じ言葉を述べながら虐殺を行っている。死体の中には最近流行りのバンドの意匠が入ったTシャツを着ている者もいることから、この妖怪が現代に復活してからある程度以上の被害を振り撒いたことが察せられた。

 

『Aujourd'hui, la cruauté est la pitié, et la pitié est la cruauté.』

「何言っとるかわからへんねん! 日本語で話せや!」

 

 無数の銃弾が大声を出したゆらに対して放たれるが、畏によって多少は強化されているとはいえ元は普通の弾丸だ。術師としてのスペックに加えて回数券(ヤク)をキメた現在の動体視力や身体能力なら、銃弾を見ながらの回避と手に持った逆鉾による斬り落としは容易い。

 そして、反撃に移る際に要求されるのは速度。相手は個体ごとに判別するなら一般的な悪霊とさほど変わらない。軍と同じで、脅威なのは人を殺せる十分な火力が、集団で振るわれるという点のみだ。よって人が怨念によって変化したそれに有効なのは、同じように人を殺す殺戮速度となる。選択する手札は、対術師としての拳銃ではなく、術式による広域攻撃だった。

 

「式神融合──禄存・巨門・武曲・廉貞」

 

 自身との融合ではなく、式神だけでの四体融合。廉貞によって広場一帯に満遍なく展開された水溜まりから、まるで魚が跳ねるように槍の如き鋭さとなった無数の巨大な鹿の角が突き出してくる。竜二から驚くほどの才能があると称されたゆらの呪力量は視界一杯を槍と称するべき角で埋め尽くし、15世紀にヴラド三世が行ったそれの半分ほどの数ではあるが、市民と兵士の亡霊一万人を串刺しにして滅した。一本一本の呪力消費は少ないが、極めて広範囲にわたって展開したことで多少の疲労はある。とはいえ、今のゆらなら十秒ほど術式を使わなければ回復する程度ではあるが。

 そして、回数券の薬効が続いているうちに全力で走りつつ、天逆鉾を市民や兵士に振るっていく。性質上殺せば死ぬことは先ほどの串刺しでも確認済みだが、頭を撃てば死ぬかどうかの確証は取れていない。それなら短刀で致命傷を負わせる方が確実に滅することができる。ゆらはそう判断し、ゾンビゲームも斯くやとひたすらに刺し殺しては斬り殺しを繰り返していく。

 

domain expansion(領域展開)."Massacre de la Saint──』

 

 そしてこの妖怪──サンバルテルミの怨念は、ゆらをなんとしてでも殺すべき対象として見做したのだろう。無数の亡霊の共通した最期の光景そのものが、ゆらが滅した一万人を除いてもなお残る五千人ほどで一つの領域を展開しようとした時。バチバチという帯電と空気を斬り割く音と共に、残る妖が次々と殺されていった。ゆらに雷を使える式神はなく、魔魅流が京都から最も遠い結界である仙台に来るには、回游結界の発生前から動かないと間に合う時間じゃないだろう。よって、これを為しているのは別の術師か呪具使い。

 

「新手──分家のだれか、いうには早すぎるペースやな。投射呪法でも持っとる高得点の保有者か過去の術師か……?」

 

 そうして、三本の日本刀を爪のように片手ずつ、合計六刀を持ったその人間は、雷光を宙に描くようにこちらへ向けて駆けながら鏖殺を続けてくる。そして、ゆらの目の前に彼が現れた時、それが最も想定していなかった人物だったことに強い衝撃を受けた。

 

「待ちぃや。呪力を持たんはずやろ……なんでこっちにおるん……」

 

 降霊の術式を目覚めさせたとある男が、歴史に名を残した人物を自身の肉体として降ろせば楽に強くなれるんじゃないかと思い、その目論見を正しく成功させたことによって蘇った怪物。

 天与の肉体は、情報として紐づいた人格までもを正しく降ろして術者の人格を呪力もろとも消滅させる。肉体が魂を凌駕したことによって平安から蘇った、呪力を持たない怪物。生前の一切のしがらみを捨てた、剥き出しの肉体がそこに存在した。

 

「源頼光!」

 

 伊達政宗の遺産たる六刀の呪具を手に、再び生を受けた、天与の暴君・頼光。誰も想定していないイレギュラーがここに飛び入った。




天与の暴君が使う游雲が無いので、六爪流で代用しました。
またゆらちゃんがメロンパンのノリと勢いの後始末してる……

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