渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する   作:三白めめ

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剥き出しの肉体、その躍動の話。


『"最優"と"暴君"』

 ビルの屋上を繋ぐように、水平に雷電が奔る。

 正しくは、帯電した刀を持った男──源頼光が高速でビルを跳んでいるというべきか。振り下ろし、薙ぎ払い、切り上げ……刀同士がぶつかる音が連続して続き、まるで一枚の金属板が軋むような響きを奏でていた。

 

「速すぎやろ!」

 

 その音の奏者となっているもう一人──ゆらは、手に持った天逆鉾で片手に三本ずつ握られた日本刀の連撃を捌く。契克が残していた回数券(クーポン)で反応ができているが、効果が切れた時点で形勢は相手に傾くことは明らかだった。刀による斬撃自体は防げているが、纏っている雷に一手使って対処しなければならないのもそれに拍車をかけている。天逆鉾によって無効化はできるが、電光を消しつつ刀身を受ける軌道を取らせてはくれない。

 

「(二本目を吸う隙は……無さそうやな)」

 

 頼光は脅威ではあるが、同時に呪力が存在しないという弱点を抱えている。それならば、極ノ番を使うことで中距離戦闘に持ち込むことが理想だ。が、頼光はそのための時間を確保させないよう立ち回っていた。平安の時ならともかく、今回はあの六本の呪具によって手数も万全になっている。手甲剣のような取り回しの良さに、手首の動きも組み合わせた軌道によってリーチと小回りが利く状態が加わっていた。

 

「あんなん、普通重くて持ちきれんやろ」

 

 通常と同じ大きさと重量を持つ日本刀を、指の間に挟んで振り回す。本来なら専用の籠手を使って運用するべきそれを素手で為すのは、筋力を含めて強化されているが故の、まさしく暴君の所業。

 そして、何合も繰り返された打ち合いは、ゆらが予想していなかった挙動によって中断された。

 

「──撃ち落し!?」

 

 傍から見れば悪手。六爪を一斉に振り下ろし、ビルの下へとゆらが叩きつけられる。壁面を削っての落下はそれなりのダメージだが、速度を落として着地の準備を整えるには格好の時間だった。

 当然、落下の最中にゆらは極ノ番の発動を終える。そして、速度差で当てられない拳銃の代わりに取り出した二本目の回数券(クーポン)を吸う。

 

「極ノ番。七殺葬送(MAXIMUMゆらモード)

 

 その瞬間、ゆらの顔のすぐ横を高速で何かが通り過ぎた。そして、一瞬途切れる左手の感覚。それが飛んできた方向に視線をやれば、血しぶきと共に天逆鉾を持った左手が宙を舞っていた。そして、徒手となっている頼光。

 

「指と腕の動きで全部投擲したんか!」

 

 自動で発動する反転術式によって、すぐさま左手が治癒する。同時に禄存を使って壁面から鋭い角を無数に出現させたが、左手から強奪した天逆鉾によって全てが折られた。

 投擲の勢いで天地逆転したような状態から、自由落下しつつ腹筋や身体の動きなどで体勢を整える。足の踏ん張りがきかない空中にいるということを感じさせない身のこなしで一連の動きを行った彼は、落とす側と落とされた側という距離という速度の差を嘲笑うかのように、ゆらと同じタイミングで着地した。

 

「……最悪から二番目、ってとこやね」

 

 ゆらの──正確には紫微斗法術の強みは手数だ。一体が対応されようと、他の式神との融合によってほとんど別物となる拡張性を持つ。しかし、それはどこまでいっても式神であるという枠を超えることができない。もちろん、それが適用されるほどの状況は極めて稀だが、ゆらにとってはこれで二度目となる。

 幸いなのは、以前と違って万里ノ鎖がないことだろうか。ただし、今度は一撃決着ではなく命の取り合いだが。

 

「当たったら死ぬな」

 

 ゆらの極ノ番は、全ての式神と自身を融合させるものだ。よって、天逆鉾による術式解除が行われるのと同時に無防備になる。そして、術式の強制解除能力を持つそれがよりにもよって頼光の手に渡ったことで、中距離からの攻撃はほぼ無効となった。間違いなく反応される。

 距離を詰めた頼光に対し、ゆらは廉貞による射撃を行う。回避と逆鉾による迎撃によって有効打には至らないが、水溜まり──自身の呪力が一定以上存在する場所を作ることが目的だ。

 即座にそれらから金属の角を出現させる。武曲と禄存を組み合わせるのは先ほどの特級指定に対して行ったのと同じだが、今回は鋭さと数を重視したものだ。並の術師に向けるにも過剰なそれは、しかし呪力を一切持たない眼前の彼に重傷を与えるには遠かった。

 

「ホントに厄介やな、その体質」

 

 呪力がないことで気配や動きがまるで読めず、必然的に目視にのみ頼った戦闘になる。

 ビルやその周辺に植えられている樹を足場に、頼光は立体的な軌道でゆらに迫ってきた。とはいえ、回数券(クーポン)で中学生という成長ハンデを打ち消している今なら捉えきれないわけではない。貪狼や武曲と比べて威力は劣るが、発生の早い禄存の角を使って迎撃する。足や手で触れた際の呪力のマーキング先から突き出すそれに弾き飛ばされるようにして、頼光はビルへ後退した。

 

「残念、寄らせへんよ」

 

 天逆鉾の脅威を知って接近を許すわけがなく。八重垣のように無数に展開した角が接近を阻む。ゆら自身に逆鉾が命中することは避けられたが、過剰なほどの防御を張らなければそれごと貫かれるというのは神経を使う。そして、攻撃されてから防御を解くまでの一瞬で頼光は自身の姿を隠した。目を逸らさなかったゆらが見失うほどに戦い方が巧い。

 

「やっぱり身ぃ隠すよな……」

 

 スペックがほぼ同等の現状で、彼は呪力ゼロというアドバンテージを活かす戦い方──奇襲を選んだ。

 

「なら、隠れ場所を潰そか。──貪狼!」

 

 腕の交差によって出現した視界いっぱいの狼の顎が周囲を更地にする。誰もいないビルは跡形もなく崩れ、ゆらの周囲に遮蔽物は存在しなくなった。

 

「(遮蔽物なし、奇襲はできない)」

 

 その直後、微細な呪力の何かが向かってくる。隠し持っていた呪具か何かと警戒するが──

 

「人やと!?」

 

 投げつけられたそれは人間だった。おそらく、その辺りにいた非術師。だが、その程度でゆらは動揺しない。そして、本命は目晦ましや精神的動揺ではなく、それにつられたものだった。

 

「霧──さっきの妖怪か!」

 

 数人を残して壊滅した、"サンバルテルミの怨念"。それが減った人数を補充しようと追いかけてきたのだ。もはや残滓に近いそれだが、この瞬間には"視界を塞ぐ"という致命的な結果を齎した。

 咄嗟に角を周囲に出すが、数瞬、反応が遅れて──

 

「(あ、無理やな、これ)」

 

 喉笛に刃が突き立てられる。そして発動中の術式の強制解除により、纏っていた極ノ番及び自動で発動する反転術式は停止。それ以上の傷を広げないようゆらは突き刺さった逆鉾を掴むが、ドーピングで強化しているとはいえ天与の暴君とは筋力に差があり、止めることは叶わず。そのまま斜めに下ろされた刃が胸を通り、血を噴出させた。その勢いのまま足へ何度も天逆鉾が振り下ろされ、確実に動きを取れなくする。

 そして、反転術式使いを殺す常道として、脳の破壊を実行した。刃渡りを考慮して、逆鉾ではなく地面に突き刺さっている六本の内の日本刀の一つを引き抜き、虚ろな目で倒れ込むゆらの頭部を一突き。血の海を作りながら動かなくなる様子を確認した。

 

 

「──少し、勘が戻ったかな」

 

 息を吐き、ついでと言わんばかりにチャフとして利用した"サンバルテルミの怨念"を完全に消滅させると、魂の情報の照合が完了したことを示すように、殺戮者の瞳に明確な理性が戻る。呪力が存在しないことから泳者(プレイヤー)として登録されることはないが、結界による束縛も受けない。降霊の際に目的とされた、獲得点数の高い"術師を殺す"という命令を元に、何物にも縛られない怪物はこの場を後にした。

 

 

 ──さて、泳者にはある利点が存在する。それは総則として定められており、おそらく現在ポイントを獲得している誰もがその恩恵にあずかっているはずだ。

 点数を獲得したという事実そのもの。それこそが、泳者が得ることができる最大の情報である。

 

 

 源頼光:非泳者。獲得ポイント:なし。

 花開院ゆら:仙台コロニー泳者。獲得ポイント:35




勝負はこれからだろ。

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