渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する   作:三白めめ

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上層部の派閥とか過去の話とか。


呪いを片側に押し付けることができるんです

 下へ、下へ、下へ。飛び込んだ狐を追いかけて、また戻ってこられるかなんてちっとも考えもせずに。

 飴玉とクッキーでできた人形──クリスマスによく見る感じのアレを見て、夢を見ていると認識する。乙女チックというか、今の体は確かに女ではあるがと笑みが零れ、美味しそうだと思い始めた。

 ひたひたと歩くのにきちきちとした目的は無くて、鮮やかな飴を選んで摘まめば、きらきらの光が足元を埋める。さるのぬいぐるみは無視して歩く。後ろの鴉はずっと鳴いていて、かりかり羽を動かしていた。

 お菓子の人形は輪になって、かごめかごめときんきん響く。駆けた狐がぺろりと飲み込み、口いっぱいに頬張っている。それを見ているとなんだか、

 おなかがすきました。

 


 

 日時不詳、桜島コロニーにて。晴明が契克に対し羽衣狐を孕ませたことにより、一つの爆弾が投下されていた。

 静かに呪具の鎧が動く。バックパックやガントレットからは蒸気機関の煙が噴き出し、高温のそれは陽炎のように姿をぼやけさせている。

その頭部には、中世で使われていたようなペストマスクを被っており、その人相は判別できない。

 その彼もしくは彼女の後に続くのは、同じく鴉の仮面を着けた者たち。

 天海が率いていた者たちを源流とする保守派、御門院派閥。当時から続く"善良な陰陽師"である花開院。そして上層部創設時から続く最後の派閥こそがこの集団だった。

 呪術研究の最先端にして、"烏崎契克の遺稿"といった忌庫収納物の管理・運用を担う研究者たち。第二次世界大戦中はドイツのアーネンエルベと共同研究を行っていたという噂もある彼らは、その仮面と統一された装備から"鴉羽"と呼称されていた。

 派閥の始まりである"遺稿"の書き手であった契克が煙の術式を使うことから、文明の利器を用いることや出自を問わないこともあって、花開院と同じかそれ以上に一般家庭出身の術師の受け皿の役割を担っている。もちろん派閥の上層は研究者としての気質が強くなっているが、ほぼオーパーツともいえる”遺稿”による利権を獲得してきた鴉羽に金銭面での問題や争いは存在していない。

 まあ、"遺稿"は現代知識を利用していい感じに受肉後の基盤を整えるための覚書であり、がんばって思い出した世界史のうろ覚えだったりするのだが。それによって交流のある他国の革命や新大陸の発見などのある程度が分かっていれば、その投資で利益を得ることは容易かった。

 当然ながら契克も暗号で書いていたが、千年あれば解読できるような天才というのは現れるもので。幸いにも遺稿などの契克の遺産の管理と研究をしていた者たちだったが故に、現世利益より呪術を探究する方へ興味が振り切れていた。

 その流れを汲む鴉羽は"遺稿"に記された装備──現在身に纏っているそれの一着を烏崎契克に渡し、彼らはその後ろから行動の情報収集を試みる。現代知識を踏まえて書いた、いわば現代における最強装備セットだからこそ、この時代において揃えることは難しいことではなかった。

 

「反応確認」

「確認」「呪胎症例」「羽衣狐の例からも、心臓が餌だろう」

「術師の判別が行われている」「感覚器?」「認識手段を確認」

 

 両手には特に呪具を持っておらず、ただ歩いているだけで四本の尻尾が自動で動き、近づいてきた術師のみを殺して心臓を奪っていく。

 ふらふらとした足取りが元に戻り、契克は即座に自身の術式を使用する。特定のパターンに応じる──というより足取りが変わる瞬間に二本目の尻尾が動いたことから、羽衣狐のように転生するごとに尻尾が対応しているとみるべきだろう。

 

「遷煙呪法──丹引」

 

 煙を伝って連鎖的に効果が発動する術式効果は、ペストマスク内部にある薬草の煙の効果を劇的な物とした。

 回数券によって強化されたその煙を内部の機械が察知し、蒸気機関はより回転数を増す。上昇した五感の能力や運動機能を補助するように機関の鎧は稼働率を高め、過負荷は遷煙呪法による冷却などによって調整される。そうしている間にも鴉羽以外の術師は殺されていき、コンクリートの床は赤い血に染まっていった。

 

 徒党を組んだ術師たちは、術師を殺しまわっている危険な相手を殺しておこうと周囲に布陣を敷く。データの収集に重点を置いている鴉羽たちは動かず、契克のみで対応にあたる必要があった。

 相手の使用する術式は、釘を媒介とする呪い。丑三つ時の藁人形として呪いの代名詞にされるそれは、実際に使用者が一定数存在する。顔立ちからして兄弟かなにかだろう。四人が一斉に放った釘が装甲の隙間を縫って契克へと突き刺さる。

 

 ──さて、2020年代の令和日本サブカルチャー界隈において最も知られていて効果のある呪い避けとは何だろうか。人形?──紙では効果が薄い。強い呪いに対しては焼き切れる防波堤でしかないだろう。では、人間? 呪いを移す強度としては適切だが、しかし人間を何人も持ち歩くのは困難である。

 ──ならば、持ち歩けるようにすればいい。その答えは2017年1月の時点で既に示されていた。"遺稿"に記されていた手法の一つであり、烏崎契克の帰還と彼による無為転変によって工程の大幅な短縮が為されたそれは、今や全ての鴉羽たちに複数装備されている。概略にはこう書かれていた。

 

『呪いを片側に押し付けることができるんです』

 

 薬莢ほどの大きさの"ソレ"が腕部から排出される。死刑囚や呪詛師を素材とした"呪い避け"は、ある程度以上の呪いに対しても効果を発揮することが再確認された。

 一本目の尻尾が動き、ガントレットから弾丸のような何かが発射される。撃ち出されたそれは空中で変形し、大きく口を開けた異形となって攻撃してきた兄弟たちに襲い掛かった。無為転変による撥体。それを躱すことが出来なかったのは、鎧の内側で呪力を纏った煙が充満していて呪力の流れを読むことができなくなっているからだ。

 それでも、流石に泳者として生き残っているだけはあるだろう。最低限の傷で済ませた彼らに対して、続いて腕部から排出された蒸気機関の煙が襲い掛かる。元が高温の蒸気であるために防御は不可能。同時に呪力に由来しない火傷も副次的に発生するそれに対応することはできず、()()()()()()()()()()()()()もできないままに襲い掛かってきた泳者たちはその命を点数に変える。

 そして、これで百点が確定した契克は、薄れた自我の中で総則の追加を要求した。

 

「おなかすいた。別の所に行きたい」

 

 結界間の移動。術師を無差別に殺して喰らう怪物が、結界から解き放たれる。

 


 

 夢を見た。平安の頃、玉折事変のしばらく後のことだ。

 

「いいのかい? その……だいぶ酷いことになっているけど」

 

 蘆屋道満にかけられた、内裏の破壊及び藤原顕光と共謀しての朝廷転覆を図った容疑。もちろん、内裏を壊したのは母を殺された当時の晴明で、藤原顕光は道満が晴明を止めようと独自に協力していた相手というだけだ。ただ、玉折事変は仕掛けた晴明の陣営が比較的傷が浅く──正確には晴明の息子の吉平が道満の陣営へ多く損害を与えていたことから、その後の動向は晴明に有利に動いていた。

 そして、晴明の掲げる"非術師の抹殺"を術師による特権社会としか認識していない権力重視のバカや、道満を追い落とそうとする術師や妖怪によって、ここぞとばかりに道満に大量の冤罪が掛けられる。陰陽寮での発言力が落ちていた道満にはそれを覆すことができず、俺も余命を考えると受肉のための準備で道満を助ける余裕がなくなっていた。晴明も何かしらの企みがあって世俗からは少し離れているようで、実質的に晴明派閥を率いる吉平は敵対する蘆屋に手を貸すことが体裁としてできない。

 それによって起きたのが、道満が京から追放される事態だ。明朝、ただ一人で京を出ていく彼と話しに、俺はそこにいた。蘆屋の一族は、最後に結託されないようこの日は屋敷から出ないように厳命されており、大罪人として扱われている以上近づく人間はいない。よって、ここにいるのは俺だけだ。

 

「ワシは良い。あの戦いで言ったじゃろう、託してきたとな。……守ってきた者に裏切られたのは悲しいが、それもまた人だ」

 

 罪人として京を追われることから、あまり話す時間もない。別れまでの間に、話さなければならないことを全て話そうと彼は言った。

 

「友や恋人を見つけるといい。結ばれた女がいるのは知っておるが、お主はその先の未来を見据え過ぎじゃ。今の幸せをもっと楽しめ。それが去ろうとする老人から言える、最後の言葉だ」

 

 そうして、道満は弟子も連れずに去っていく。ぼそりと呟いた言葉は、ちゃんと最後まで聞こえていた。

 

「お主と……癪じゃが晴明ともともに語らっていたあの日々は、実に楽しいものじゃったなぁ」

 

 視界の端に、"彼"を捉える。最後に顔を見に来たのだろうか。遠くて顔は見えないが、拳を強く握りしめている。……今思えば、これが二度目の悲劇だったのかもしれない。陰陽の調和のとれた世界を目指し、非術師の愚かさに絶望した。そして共に語らっていた者が去ったことで、弱者であることが悪と断ずるようになったのだろう。

 

「今の幸せを楽しむ、か……」

 

 それができていたのは、俺や晴明がお前といた時だったよ。

 

 そうして俺が陰陽寮に顔を出していた時、『大逆人:芦屋道満』を京から追放した英雄として、外から帰ってきた晴明が無数の拍手や笑顔と共に迎えられているのを見た。




 ペストマスクと大きめのコートに蒸気機関の、自我ふわふわTSロリです。男の子ってこういうの好きなんでしょう?

Q.なんで晴明は闇が光の上に立つこと(妖怪を頂点とする世界)から強者が管理する世界を創ろうと二度目の方針転換をしたの?
A.自身が認めた気の置けない相手が迫害されて、結局弱い奴は愚かという結論に至った。直接戦って決着をつけたならともかく、雑魚が強者に呪いを押し付けるのは違うよなぁ! 晴明の理想は、番外編ルートとか過去編の、こたつで駄弁る日常系陰陽コメディー。
 母親が殺されて、責務から解放して楽しく過ごせるようにさせたかった相手は迫害されて会えなくなったのが、この作品の晴明です。なお、それを讃えられている模様。
ゆらが玉折事変までしか記憶を見ていないのも、その後は迫害とかでロクでもなかったからです。

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