渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する   作:三白めめ

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巨大ボスと戦う話。遺言について考えるものとする。


『服着ろや』/またね

 結界間の移動が可能となった総則の追加により、泳者の移動が開始された。残存者のいない桜島コロニーへの移動や、現状最も人の多い東京第一及び第二コロニーが人気になっていることが窺える。

 次々と滞在コロニーの欄が変わっていく中、ゆらはあることに気付く。

 

「京都コロニー、ほとんどおらんな……」

 

 蜘蛛の子を散らすように、京都コロニーにいる泳者が次々と別の結界へ移動し始めたのだ。そして、数少ないそのコロニー内で生存している術師の名に、目立つものが一人いた。

 

「烏崎、契克」

 

 またやらかしたか、なにかしらの要因で暴走したか。ともかく、ゆらとしては京都になにかあるのはマズいという判断の下そちらに向かうことを決めた。もちろん、契克を止められるのは知る限り自分だけというのもあるが。リクオはできるか定かでないことに加え、鵺を倒す最有力候補である以上無事でいてほしい。

 

 以前に戦った"方違え"の術式を応用したのだろう転移を経て、京都コロニーへと転移する。

 

「ご丁寧に、転移先はランダムか!」

 

 そして、上空への転送から落下が開始された。眼下には煙に包まれた街並み。落下の勢いでビルの壁面を斜め下に駆け、ある程度勢いが乗ったところで横へと方向転換する。そうして壁面や地面を使って街を走っていると、煙の向こうから巨大な四本の尾を視界に捉えた。

 

「狐……はぁ、そういうことか?」

 

 考えられる限り最悪の想定をしておく。尾に近づくたびに煙が濃くなっていき、見るからにラリっている人間が目につくようになった。

 本来であれば、一帯に充満している煙は感覚喪失や幻覚など様々な効果をもたらすものだ。それこそ、より強い煙に慣れていなければ動くことすらままならないだろう。

 ──つまり、ゆらは大丈夫だということだ。

 

 そして、ゆらは煙の根源へと辿り着く。ビルひとつほどの大きさを持つ頭部を持った狐が、四本の尻尾の先から煙を吐き出し続けていた。

 

「なんやあれ……」

 

 畏と呪力が不規則に混ざり合った感覚が、相手の次の動きを読めなくしている。呪力ゼロ故に動きが読めなかった頼光に続き、また予備動作の察知無しで戦う羽目になるだろう。

 

「なんや、私の戦う相手が毎回楽に勝たせてくれへんのやけど!」

 

 煙が揺らぐ。尻尾の一本が横薙ぎにゆらへと迫る。走っていた壁を蹴って空中へと身を投げ出せば、さきほどまでゆらが駆けていたビルがだるま落としに失敗したかのように倒壊した。

 尻尾へ乗り、武曲の薙刀をそこへ突き刺す。そのまま引きずるように根元へと向かって進めば、魚を下ろす要領で傷を与えることができた。天逆鉾を最後に刺しても特に変わらなかったことから、この大きさは式神などではなく元の体が変化したものだろうと当たりをつける。

 幽かな光に影が差す。直感に従って尻尾から飛び降りるゆらは、大きく口を開けて飲み込もうとしていた狐の顔と目が合った。

 

「飛ぶんは後を考えるとまだやりとうないし、試してみるか」

 

 万里ノ鎖ほどではないが、ある程度の長さと強度を確保した鎖を天逆鉾に取り付ける。ゆらの左右から尾が一本ずつ迫ってきている中で逆鉾を投擲し、目に刺さるのを確認したとともに鎖を引いた。

 宙を滑るような動きは致命的な傷を回避し、それでも躱しきれない攻撃は重心を変えて腕で受ける。拳の皮が擦り切れる程度の被害は、反転術式ですぐさま治せるので問題ない。鎖が破壊される前に逆鉾を引き抜いて起点を尾の一本へ変更。ワイヤーアクションのように止まることなく立体的な軌道で狐の周囲を飛び回って傷を与えていった。振り子の如く加速していく中で、振るう薙刀の切り裂く速度も増していく。度々地面に擦れて火花を散らしながら巨躯を少しずつ刻んでいき、四足の間を潜り抜けて腱を斬り動きを止めたりと解体と呼ぶに相応しい工程をいくつも重ねていった。

 多少の傷は負いながらも状況はゆらの有利から覆ることが無く、ついには狐の首を落とすに至る。

 

「……案外、なんとかなるもんやな」

 

 ──そこで、ゆらの誤算が二つほど存在した。はじめに、最悪を想定したゆらはそれが正しいかを検証することができていない。もう一つは、この世界ではどうしようもないこととして、ゆらが進撃の巨人を読んでいないということだ。

 

「──おいしそう」

 

 

 つまり、羽衣狐の完全顕現だと思い込んでいたゆらは、まだ出産すら為されていなかったということを想定の外においていた。そして、脊髄から出てくる烏崎契克に対して無警戒だったということを意味してもいる。

 

「これで、生きとんのか……っ!」

 

 肉に埋まっていた手や足は既にそこから抜けており、鎖を逆に契克が引っ張ることでゆらが引き寄せられた。ゆらの唇が奪われる。傍から見れば見目のいい少女同士の口づけは、一方が喀血するような声を出していることから実態を察せられるだろう。一瞬ゆらの目が裏返り、口の端から血が伝った。

 ()(唾液)の糸が唇の間にかかり、ゆらの心臓が捕食される一連の出来事は終わる。

 

「心臓返せ。あと服着ろや……!」

 

 血を吐きながら、ゆらは口の中で弄んでいた肉片を飲み込む。本当は適当に吐き捨てようと思っていたのだが、これからの呪力の消費を考えると、補給はしておいた方がいいと仕方なく食べたのだ。

 

「人んタン()食べたのは初めてやな」

 

 自分だけ心臓を奪われるのがなんか癪に障ったので、相手の舌を噛み切った。自分と契克の血をカクテルした味しかしなかったが。

 

 

 そして、ゆらの心臓を飲み込んだことで、契克の下腹部にいる存在──羽衣狐が発する畏が強大なものとなった。

 

「動いてる……っ」

 

 契克の腹は臨月のように膨れ、急速に女性的な成長をしたためか、髪が腰ほどにまで伸びる。ゆらが認識する限り、この場にいるのはゆらと契克しかいない以上裸でも問題はないが、なんとなく複雑な気分を抱いていた。

 

 


 

 

 死ぬ前の一言二言、いわゆる最期の言葉はなにを言ったんだっけ。前世も含めれば三回はいう機会があったはずだ。まあ、前世の最期はよく覚えてないから即死だったかもしれないけど。

 きっと、前世はアレだろう。漫画や小説を買ったりできる程度には安定した家庭で育ってきただろうから、「お母さん……」とかかもしれない。三十代ではなかったはずだから、母親も存命だろう。親不孝を悔やんだのかもしれないし、俺が死んでも元気に生きてくれみたいな感じのアレの可能性もある。ベタだけど。

 平安は、家族や妻の方が先に死んだから残す言葉も特になかったことを覚えている。地獄の存在は知っていたけど、呪物になる以上そっちには行かないから「地獄で会おうぜ……」は違う。「猫になって……」は寄生獣のあの犬を思い出すから論外。

 思い出した。「おやすみなさい」だ。マジで安らかに死んだんだな。

 戦国の時は、何を言ったんだっけ。親しかったのが心結心結や天海と寿命では死ななくなった組だから、俺個人が遺す言葉だったはずだ。「生きて……」じゃないことは確かだ。あいつらは勝手に生きるだろう。死ぬときにワンポイントアドバイスするような感じじゃなかったし、気さくなジョークを交わすわけでもなかった。

 「またね」じゃん。次の受肉が平成で、原作に関わる俺と裏方だろう天海たちではあまり関わらないだろうと思ってそういうことを言っていたはずだ。……もしかして、受肉の器を心結心結とかが作ってたのってそのせいか? 友情が俺の想定より重かった感じ?

 そっかぁ……。確かにまた会えたけどさ。その一言で五百年くらいかけるか。……心結心結や天海の中で、「全部壊して」くらいの呪いになってたりしないよな。

 ──まさかね。




こいつクッソ重い友情関係しか結ばないな。

心臓と舌の交換。

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