渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する 作:三白めめ
12月24日。本来であれば冬休みに突入しているはずのその日は、大規模地震と地下有毒ガスの噴出による休校の埋め合わせで授業日になっていた。もちろん裏の事情を知っているリクオはその異変が死滅回游によるものだと知っている。
ゆらと契克の宣戦布告もあり、関東をシマとする奴良組三代目としてその日は大規模抗争のための備えをしていた。
冬至から二日しか経っていないこの日の日没はそれなりに早く、百鬼夜行が行われると目されている時間まであと一時間といった頃。
なにかの異臭を感じる。晴明と戦った京都で嗅いだことのあるようなそれは──
「煙……!?」
真っ先に疑ったのは、煙を使う術師──烏崎契克だが、彼女のそれとは違って呪力が感じられなかった。むしろ、普通の火事のような……
「リクオ様! 家に火が!」
雪女──つららが走って伝えに来たことは、ある程度予想はしていたことだ。何人もの男が家に火を着けており、捉えられると同時に自爆した。爆弾を持っていなかった人間も、その爆発に巻き込まれて死亡したという。
「やりやがった……っ!」
竜二の言っていた、鳴りを潜めていたヤクザ。呪いの世界へ手を伸ばした彼らが、百鬼夜行に乗じてシマを取りに来たのだ。
続いて、強い衝撃が家全体に奔る。トラックだのと騒がしいことから、それが突っ込んできたと把握できた。その直後、呪力が込められた爆発が何度も起きる。場所は異なっているが、家が崩れていく音が常に聞こえてきた。
「こいつら、なんで陰陽術をっ! ギャー!」
「このバケモン、畏じゃなくて呪力がっ!」
奴良組にいた妖怪の断末魔が聞こえる方向へ駆ける。その時、リクオは祖父──ぬらりひょんとすれ違った。
「じいちゃん!?」
京都で負った怪我に由来する昏睡からは目覚めたが、それでも本調子じゃないはずだ。
「リクオ、話は納豆の奴から聞いた。お前は百鬼夜行の対処に行け」
「けど、傷が……」
リクオとしてはありがたいが、負傷をおして戦うことの安否を気にしないほど冷酷ではなかった。
「珱姫を弄びやがった奴らを叩っ切れねぇのは悔しいが、家やシマぁ好き勝手荒されんのを見逃せるかってんだ」
だから行けと、総大将は告げる。それならば、リクオの答えは一つだった。
「頼んだ!」
「おう、行け!」
そして家から出たリクオは、一発の銃弾が飛んでくることを認識する。火事の熱に気を取られていたのか、反応が僅かに遅れた。
「リクオ様!」
氷麗は氷を盾にしてそれを止めるが、直後に反対側から弾丸。それも呪力を纏ったものが飛んでくる。
花開院から、祢々切丸が直るまでの代用品として渡されていた小刀でそれを防いだリクオは、つららと共に裏路地まで身を隠した。射線を切るという目的は成功したのかここまで狙撃されることはないが、一息つくようなことはできなかった。
「来たな! 人と妖の子め! この時を25年待っガガベッ」
黒いバイクのライダースーツに怪しい覆面を来た男が飛び掛かってくる。呪力を纏っていないことから非術師であるとはわかったが、恰好からしてヤクザ関連ではない。それに。
「あいつ、ボクのこと知ってた……人と妖の子って……」
術師ならともかく、非術師に素性が知られている。それは死滅回游から起きていた日常と非日常の境界が崩れていることをより強く実感させた。
日没まではあと少し。裏路地に引きこもっているわけにもいかず、合流場所に指定しておいた奴良組傘下の店へ向かうリクオ達だが、非術師の追手は増えるばかりだ。ナイフや警棒を持ったチンピラ、ガスマスクを着けた改造銃の持ち主など多くの相手に襲われる。リクオが傷を負うことはないが、足止めも含めて精神的な疲労は積み重なっていくばかりだ。
そして──
「追い詰めたぞ、奴良リクオ。この國のためにお前を処刑する」
「〈件〉の予言だ。悪く思うな」
「追いついたー」「まだ死んでねぇの」
無数の人や道を塞ぐように通りがかる車によって進む先を妨害され、工事中のビルへ誘導された。
ある程度の人数が結託しているようで、様々な人間がリクオを取り囲む。そのうちの一人、バットを持ったガタイのいい男がそれを頭部めがけて振るった。
しゃがんで避けるリクオだが、バットの当たった鉄骨が歪んでいることから殺意の高さを察する。
「〈件〉の予言って何ですか!?」
全員がその予言とやらを共通認識として動いている以上、それが原因だと推測できるが……
「しらばっくれるんじゃねーよ。人間のカッコしやがってよ……とっとと正体あらわせよ、妖怪」
どうにも害意が強すぎて話が通じない。会話をする必要が無かったガゴゼや窮鼠、強者としての余裕があった牛鬼など話が通じる相手やしなくてもよかった相手が多く、こうした話が通じない人間を相手にするのは初めてだった。
再びの銃声。この一週間でヤクザを相手に戦う経験も積んでいたリクオはそれに反応して躱すことができた。
「惜しい!」
「どこがだ。次は俺だ、見てろー」
顕微鏡のレボルバーのようなスコープを着けていた男の銃が凍る。氷麗が畏を使ったのだ。
「あんたたち……それ以上やったらもう手加減はしない!」
ただ、それはリクオにとってもまずい事だった。たとえ相手がどれほど屑だろうと、非術師に式神が攻撃を加えるのは呪術規定に引っかかる。術師をやるにあたって、自分の従えている妖を式神として扱うという灰色すれすれのことをしている以上、糾弾材料を増やすのは不都合だった。
それに、銃を凍らせるような現象を目の当たりにして携帯やビデオカメラを向ける人間が更に増える。
「おぉ……ほっ」
「と……撮れ!」
「あの娘……やっぱ妖怪の女の子なんだ……」
ざわめきが大きくなり、どうするかと考えるリクオは、人混みの一人がカメラ以外の──手作りの銃のようなものを取り出す姿を視界に捉えた。
「氷麗!」
銃口から針が射出され、それに繋がっている銅線が突き刺さった氷麗と銃を結ぶ。銃型スタンガンであるテーザー銃は、なにか仕掛けがあるのか微弱に呪力を帯びていた。
「ヒャッハー! 見ろよオレの象をも殺す改造テーザー銃! 妖怪女退治したぜー! 眉唾とは思ったが、妖怪に聞くパーツってのも嘘じゃないみたいだなぁ!」
呪力を帯びた攻撃に倒れる氷麗。そして、今の言葉を聞いた以上、リクオが実力行使に出ない理由も失われた。
懐から取り出した黒い手袋を、左手につける。特殊な動作から周囲は妖怪に変身するのかと騒がしくなるがそれは無視。
「呪詛師との違法取引の参考人として同行願う。全員共犯と見做すけど、文句あります?」
「は? 何言ってんだ。頭おかしくなったんじゃねーの?」
「妖怪がまともなワケないって!」
一応、怒りを抑えて正式な手続きを取る。断られることは分かっていたが、その確認が欲しかったのだ。
「黙ってりゃいい気になりやがって……」
瞬く間にその場にいる全員の両手を折り、ビデオカメラや携帯を破壊する。
呪具を呪詛師と取引したという旨の発言があり、事情聴取を拒否した。警察ならいったん戻って正式な手続きを踏むところだが、陰陽師は話が別だ。その場合、殺さなきゃよし。竜二がやっていたこの手法を取るあたり、彼と同行して影響されたと言えるかもしれない。
「もう一回聞く。〈件〉の予言ってなんだ」
苦痛に呻く男は、痛みと恐怖で怯えて涙を流しながら話す。
「ネットで広まってたんだ……今この國に変なことばかり起きるのはある男のせいだって……。この國を救うには、妖と人の子である奴良組三代目"奴良リクオ"を殺せってさ……」
それで納得がいく。リクオの家は、小学生の頃"妖怪屋敷"と噂されていた。名前とそんな怪しい素性なら、火を着けるような者もでるだろう。躊躇っていたとしても、積極的にやる人間が近くにいるならなおさら。──例え、それがヤクザの仕込みだろうと判別することは不可能に違いない。
詳しく聞こうとするリクオだが、その試みは中断される。肉の──人の潰れる音とともに、二メートルは優に超える女が上から降りてきたのだ。
「せっかく変身が見られると思ったのに、ちっともダメね。中学生一人本気にさせられないなんて」
そう話す間にも、触手のようにしなる腕が男たちの頭部を吹き飛ばして食い千切る。
「初めまして、奴良リクオ君……。私の名前は悪食の野風。あなたと同じ妖怪よ」
多くの人の悲鳴を背景に、顔に着いた血を舐め取りながらその妖怪は名を名乗った。
「や……やめろォ!」
早く変身しろと促す彼女に、リクオは黒い手袋の近くの空間から太刀を引き出す。妖怪になる必要はない。日の落ちていない今でも戦えるように、リクオは術師になる事を望んだのだから。
シン陰流・抜刀に氷麗やイタクの術式を加えた最高速の居合は、野風の半身を切断する。
「このまま祓う……っ!?」
もう一撃を放とうとしているリクオは、何かが高速で飛んでくる音に気付いた。直後、爆発。
気絶したつららを抱えて回避したリクオは、それが竜二の言っていたロケットランチャーによるものだと気づいた。非術師を巻き込むことを厭わない攻撃は、明確に敵だということを示している。
「
声が聞こえた方向を見れば、まさしくそれを担いだ黒スーツの男。リクオには外国語としか判別できないが、彼が話しているのは中国語だ。彼は撃ち切った射出装置を放り捨てると、手の甲を合わせるように指を絡めた。両手の小指から人差し指までの第二関節を曲げ、まるで節足動物の脚のような形を作る。最後に親指の爪を合わせたその手は、蜘蛛を思わせる形だった。
「
建設中のビルの外壁を取り繕うかのように、白い蜘蛛の糸が鉄骨を覆って繭を作り出す。とっさに野風の方を見れば、その姿はすでにない。
「なんだコイツ!」
「やっぱりこれ、あの妖怪が……」
そして、人を相手にしていたからか注視していない頭上から悲鳴が聞こえる。そちらを見れば、鉄骨を糸と見立てているのだろうか、ビルのフロア二階分ほどの大きさを持つ蜘蛛が男たちを捕食していた。
「いい加減にしろよ……お前ら!」
銃で脚を撃ち、バランスを崩して落ちてきたところを斧とメイスで潰す。式神としての耐久力が優れているのか、先ほど人を食ったことで耐久力が上昇したのか、糸を吐いて武器を使えなくすることによる戦闘時間の遅延を図ってきた。頭を何度も破壊した後に、氷凝と名付けた氷麗の術式で凍結させる。蟲を使う術式は、子を産み出すことで戦闘続行を図る場合が多い。竜二が度々口にしていて、実際にそれを経験した身としてはそういった警戒に呪力を割くことが無駄ではないと理解していた。
式神が消滅すると、糸が粘り気を失う。どこに行ったのかと周囲を見回しているリクオは、駅前から多くの悲鳴が聞こえてきた。
「まさか……まさかまさか──」
目覚めた氷麗に生き残りを任せ、リクオはそちらへ向かう。蜘蛛を呼び出した呪詛師も気になるが、今はより差し迫った危機を何とかする方が重要だ。
駅前に着けば、そこには腕や足を野風に喰われた被害者が大勢いた。頭部を失った死体がいくつも転がっていることからも、彼女が何をしていたのかは察せられるだろう。
「あら、やっと来たみたい。少しだけだけど、食べたおかげで体も戻ったわ」
言葉通り、野風の体は斬られたはずの半身が戻っている。それでも"少し"しか食べていないと言っていることからも、生かしておけばどうなるかは自明だった。
「ほら、早く妖怪になりなさいな」
「お前一体……何考えてんだ……」
術式を使い、一気にカタを着けようとするリクオだが、五分間という術式の時間制限が来てしまう。手元の武器だけでは、殺しきれるか分からない。
「……なら、望み通りにしてやるよ」
そして、リクオは帳を下ろす。
「闇より出でて闇より黒くその穢れを禊ぎ祓え」
周囲を夜のようにすることで、夜闇でしかなれない妖怪の姿に変化する。マズい事態だということは理解していた。それでも、無辜の人々を見捨てて保身を図るような仁義に反することはしないと決めたのだ。
「それよ、その姿! その肉が
巨大な女としての皮を剥がし、無数の口の付いた怪物としてリクオに襲い掛かる野風。十二指腸という内臓がイメージするように、悪臭を放つその歯が届くことはなく、その体は一刀で切り伏せられた。
「テメ―が喰っていいのはオレの刃だけだ」
妖怪としての姿を現したリクオに、氷麗が近づく。
「三代目、ご……ごぶじで……」
追っていた男は車に乗って逃走したことを報告すると、雪女としての畏を隠さない彼女は傍に寄る。
「うぅ……バ、化物! 化物ぉ……!」
嗚咽や恐怖と共に、リクオが指さされる。野風の血が大量にかかったことによるパニックからの行動だったかもしれない。だが、怪物を殺す力を持った怪物がそこにいるという事実には変わらなかった。
「うわっ本当だ……」
「え? でも今助けて……」
「妖怪がもう一人いるぞ!?」
恐慌状態は伝染する。親子が手を引き、恋人を置いて、這いつくばって。多種多様だがしかして一様に、誰しもがリクオから逃げていた。
「そういうことかよ……オレの大事なもの一つ……見事にブッつぶしやがった」
日常が破壊されたことを理解したリクオは、これが敵の狙いだったと噛みしめる。
──そして、悲鳴が止む。息の根が止まったのではなく、単純な存在としての重圧によって停止したのだ。
「気ぃ早いねん。日は落ちとるけど、宣言までは待ってほしかったわ」
上空を旋回する大蛇から降りた少女は、かなりの高度からの降下にも拘わらずほぼ無音で着地した。
この東京にいる誰もが、彼女のことを知っていた。この死滅回游にて結界を日本全土に広げた争いを望む権化にして、東京百鬼夜行を宣言した片割れ。
「ふふっ。久しぶりやね、奴良くん」
現代最強にして、最悪の呪詛師の一人。花開院ゆらだった。
リクオ:初手実家襲撃。かわいそう。
奴良組:本家で極道呪詛師と交戦中。家にトラックとRPG-7ぶち込まれた。
百物語組:悪食の野風、散る。
中国裏社会:奴良組を狙う。
ゆら:黒幕っぽい演技ってこれでええんやろか。こういうの、絶対契克の方が向いてるやろ……