渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する 作:三白めめ
「ふふっ。久しぶりやね、奴良くん」
「ゆら……ちゃん……」
存在そのものが放つ重圧の後、リクオが口を開いたことで周囲の緊張が解ける。それはホッとするというわけではなく、この惨劇の元凶と目される存在が目の前にいることの恐怖を思い出したというだけだが。
そうして逃げ出す人々とは逆に、ゆらとリクオのいる方向へ向かってくる男がいた。着物姿の彼は、一目で噺家であると直感するだろう。
「一晩だ。一晩で君達の存在は消え失せるよ」
一晩で奴良組全ての畏を、百物語組が奪うから。そう告げると、巨大な鳥が「奴良リクオを殺せ」と呪言を放った。
それを聞き、ゆらは一つ頷く。
「なら、こっちも始めよか」
一言そう呟くとともに、東京全体を暗い影が覆う。日が落ちてなお発生した暗がりに空を見上げると、そこには魚の鱗が並んでいた。
「特級集積怨霊・死滅回游魚。契克が言うには、百の物語を終わらせる……でうすなんたららしいわ」
上空の"魚"から、強大な畏が発生する。──領域展開。有象無象の区別なく、東京全域に展開されたそれが効果を発揮する直前、金色の光が天を包む。
「──雅次兄ちゃん、間に合わせたみたいやね」
天海の施した螺旋の封印──式神の軌道を領域とする旧来のそれを参考に、花開院雅次は東京全てを対象とした領域を開発していた。勝つことではなく、領域効果を緩和することに重点を置いたそれは、せめぎ合いの敗北にもかかわらず一定のフィルターとなっていた。
そして、死滅回游魚の領域展開により、領域内の妖怪及び人間に情報が流し込まれる。常に呪力や畏が奪われ、他者を殺すことによって所持するそれらを得ることができる。
幸いにも雅次の領域で緩和することによって簒奪される量は当初の半分ほどに減っているが、それでも非術師にとっては致命的だ。
「あぁ、面の皮が……まあいいでしょう」
山ン本の面の皮──珠三郎の奥の手である領域が使えなくなったことに苦々しい笑いを浮かべつつ、圓朝は話を続ける。
「さっ、早速ゲームを始めましょう」
奴良リクオを殺せと呪言が飛ぶ中、彼は簡単にゲームの内容を説明した。口、耳、腕、面の皮、骨、鼻、脳。そう呼ばれる七人の幹部を夜明までに見つけ出して潰せば、奴良組の勝利だと。
「これから東京中に、あたしらが作った……百物語の妖怪を全部放ちます」
まあ、主演を奪われたのは癪ですが。そうゆらの方を見る圓朝。百鬼夜行の宣戦布告によって花開院の陰陽師が東京に集まったのは、百物語組にとっても想定外の出来事となっていた。
「な……何を言ってるんだ……?」
ただ、突然ゲームと言い出されたリクオは怒りより困惑の方が強い。そこに口を挟んだのは、耳に鈴をつけた男──柳田だった。
「もっと優しく説明すると、今度こそお前らは終わりってこと哉」
見下した笑みでクスクスと笑う彼らは、最後に少し付け足す。
「単純な追いかけっこですよ。ルールは特になし。何をやっても構いませんよ。強いていうなら舞台は東京……この領域でお互い外には行けませんが。残りは十四時間です」
「あの魚を何とかできるリミットもそこらへんやね。頑張りや」
どれくらいの猶予が遺されているかはゆらも答える。
「ちょうど、畏を賭けあう場もできました。お互いに頑張りましょう!」
その話が終わるのを待っていたとばかりに、リクオは刀を振るう。咄嗟に後ろに下がった圓朝がそれを回避し、やはり人を襲ったと野次馬が騒ぎ出した。
「わかってると思いますが……人間は自らが助かるため、君を殺そうと本気で来ますよ」
悠々と話す圓朝は、噺家の本分とばかりに口を止めない。
「君は今から一千万の都民に襲われる。人間てなあおそろしい生き物だ。身にかかる不幸を何かのせいにしたがる」
そうして扇子をゆらに向けた彼は、それをくるりとリクオの方へ回す。
「今は昔よりも噂が広まるのが早いから更にたちが悪い。信じて救われるならウソだってデマだってかまやしない。君が信じて守ろうとしている人間なんて……そんなもんだよ」
そうだろうと、光の無いその視線をゆらの方へと遣る。
「だから、玉折に堕ちるんでしょう」
かつて嘘によって追いやられた道満の子孫へそうして語り、彼は扇子を広げた。
「おっと、はじめまして。あたしの名は圓朝。百物語を語り継ぐ……噺家でございます」
「──そうか。俺はお兄ちゃんだ」
その扇子が、水によって弾き飛ばされる。畏の産物だからか、それは地面に着く前に消えた。今まで奴良リクオという"大衆の敵"に向けられていた視線が、文脈を断ち切る言葉でそちらへ向く。
「よう、ゆら。兄の居ぬ間になんとやらといったところか?」
「兄ちゃん……」
竜二は一度リクオの方に目を遣る。今のリクオには不自然なほどに注目が集まっていない。それこそ数秒前までの敵意に満ちたそれが、一斉に竜二に集まったかのように。
「──助かる」
祖父や竜二といった、妖怪や人間に関係なく助けられてリクオは駆け出している。そして、それを見届けた竜二はようやくゆらと言葉を交わす。
「お前が無事でよかった。たっぷりおしおきしてやらないといけないようだからなぁ……!」
「今やらんでええの?」
立場上訊くゆらだが、そうしないことは分かっていた。
「あとどれくらい保つ」
「……一ヶ月くらい」
花開院竜二という陰陽師は確実にゆらの現状を把握して、対処の優先順位を下げると確信していたからだ。
「はぁ……お前があの無茶をしたことで、花開院全体をほぼ論争なしで動かすことができた。まあ、最大戦力のお前を失ったがな」
「皮肉交じりにしか喋れへんのか!」
ひとまず、ゆらは先ほど聞いた内容を伝える。竜二からの補足は、極道や中国などの裏社会の連中が動いたということだ。結界にいて見えなかったゆらは知らないが、元寇において襲来した術師を鏖殺した安倍雄呂血の式神が姿を現したことに、大陸の連中は随分と怯えていた。それこそ、ちょうどいいタイミングだからと東京への襲撃を強行する程度には。
「そして、まず間違いなく百物語組は──」
竜二がそれを言い終わる前に、ビルを巨大な腕が貫通した。
「畏を奪っているお前らを狙いに来る。っと言うまでもなかったな」
現れたのは、裸に法被、ズボンをはいた巨漢だった。
「おっし! お前、花開院ゆらだろ? オレは"檄鉄の雷電"──七人の幹部の一人だ」
「ゆら、お前はあの魚削っとけ。俺はこれを祓う」
適材適所。馬鹿でかい相手は、バカみたいな火力に任せる。そう言って竜二は雷電の方へ歩みを進める。
「信頼されとるんかなぁ?」
対してゆらはその目的通り、死滅回游魚の討伐のために契克と合流しに動いた。
「さて、始めるか」
「お前、陰陽師だろ? いいのかよ、奴良リクオを殺しに行かなくて」
そう話す雷電は、瓦礫を蹴って場を整える。遠くに逃げていた人々に当たりそうになるが、それには全く頓着していない。
「人を害する妖怪を滅するのが優先だ」
「そうかい。──じゃ、やるか」
それを言い終わるかというところで、水でできた狼が牙を剥く。対して腕でその牙を受け止めた雷電は、全く微動だにせずにそれを眺めていた。
「へえ、柔い牙だな……フンヌッ」
力を籠めると、その狼──餓狼の顎ごと牙が弾ける。
「なるほど、それなりの力はあるようだな」
「おうよ! オレは最強に頑丈だ。なにせ、オレは全部骨でできてるんだからなぁ!」
術式の開示。正直聞かなくていいが、初見殺しを警戒するに越したことはないと竜二は判断する。
「いいか……? この世で一番かてぇのは何か……? ダイヤじゃあねぇんだ。オレだよ! 一番硬いのはこのオレだ! なぜなら!」
そこで雷電は言葉に詰まる。竜二も攻撃の手を止めて続きを促すが、何か考えている様子は変わらない。
「えーと……密……密度だよ。鏡斎が……説明してくれてて……な? 金剛石が炭素の……密度がすげぇから……えー……。とにかく! 一本の腕に骨を集めたのがこの!」
腕が蛇腹剣のように分割され、その届く距離が伸びる。畏の発現がそれだと推測し、術式は骨の圧縮と当たりをつけた。
「"龍の腕"だ!」
当たればすべて爆ぜる。そう言って放たれた貫手は、ビルを貫通してコンクリートをひっくり返した。
「純粋な力か。面倒だな」
竜二は単純な回避に重点を置く。体術を鍛える必要性から、式神使いがやるものじゃないだろうと訓練をしていた回避術が役に立ったようだ。
「攻撃が通らぬか」
「ちょこまかと避けやがるな……逃げてるだけかよ!」
水による変わり身や目晦ましによって、竜二はただひたすらに逃げ続けていた。時々攻撃する式神で傷がつくことはなく、傍から見れば一方的な戦い。
「眼球も通らないな。軟骨はともかく知覚器官ならばと思ったが」
「無駄だ! オレは最硬にして最強なんだからな!」
──つまり、勝ち目は既に見出されているということだ。
「オレが伸ばせるのは腕だけじゃねえぜ。足も伸ばせば"双龍の牙"ってな!」
巨大な足と腕で逃げ道を塞ぐ。これで逃げ道はなくなった。アイアンメイデンのように、無数の鋭い棘が発生するその掌と足が竜二に迫る。
「言言は水を操る式神だ。毒を使う狂言、体内の血液を操作する流言、純水を作り出す金生水という応用も存在する」
開示終了。それは、狂言にあるような"毒の強化"もできるということで──
「走れ、狂言」
術式開示により、この瞬間に骨が完全に溶け切ったのだ。それによって骨は崩れ、竜二に触れる前にその"双龍の牙"は欠け落ちた。
「な……なんで、オレの腕が……脚が……!」
「コーラってあるだろ。あれの酸で歯が溶けるのは有名な話だ。助かったよ。密度だのなんだのと話してくれて。おかげでこれが有効と確信できた」
攻撃していたのは、酸性の水を骨に触れさせるため。術式開示をこのタイミングで行ったのは、それを悟らせないためだった。術式開示のメリットとデメリットを把握したそれは、経験に裏打ちされた戦い方となっている。
「忘れてるようだがなぁ……四肢は四本あるから四肢なんだよォ! おるRUルあaアあぁぁぁ!」
雷電は、比較的狂言に触れていないもう一方の手足を使って同じ攻撃を放つ。今度は同じ手が通じない。
「ああ。そして、妖怪の話を大人しく聞いていたのにも理由はある」
雷電の真下から、水が噴き出す。それは先ほどまでの式神のそれとは違い、触れた骨の表面が即座に溶けていた。
「金生水の陣。これを敷くにはある程度の時間が必要でな。術式の開示で時間を取ってくれたようでなによりだ。……もう聞こえていないか」
触れたものを溶かす純水は、硬さに関係なくただ万象を溶解させる。それは、最強の頑丈さを謳っていた雷電もまた等しかった。
「最硬だったか。終わってみれば、コンクリートと変わらないな」
そして、人の悪意は拡大する。
「あの青髪の子、見たことある……奴良リクオと一緒にいた……」
「鳥居夏実って、あの?」
「死滅回游で真っ先にルール追加してた名前だ」
澁谷、108ビル。円形の構造が特徴的なそこでは、小規模な地獄絵図が繰り広げられていた。
「殺し合いに積極的だったんでしょ? なら今も……」
「バカ! 奴良リクオを殺してくれるかもしれないんだよ!」
偏見と殺意。鳥居夏実が知らないはずのその感覚が、嫌な既視感として発生する。
「(こいつらウザくない? 呪力はあっても損はないし、殺っちゃおうよ)」
「ダメだって……。巻もいるし」
外は妖怪と極道によって地獄絵図になっている中、鳥居夏実は自分の中のもう一人──滝夜叉姫に話しかけられていた。
奴良リクオ:澁谷へ向かう。
ゆら:短命の呪いとか関係なく寿命がヤバい。まあどのみち晴明戦がアレなので誤差。
お兄ちゃん:お兄ちゃん。強い。
安倍雄呂血:源平の戦い真っ最中に当主の座を譲られた女。鎌倉幕府のあれこれで溜まったストレスを元寇でぶつけたら大陸の術師があらかた死んだ。混沌とした状況はこの人のせい。
呪詛師:中国勢もヤクザも、奴良リクオを殺せば関東は獲れるという認識。
圓朝:企画した畏の奪い合いがなんかいろんな勢力に便乗されてる。まあ、それはそれで盛り上がるのでヨシ!
鏡斎:澁谷担当。人と妖は手を取り合って共闘できることを示している。