渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する 作:三白めめ
現状の渋谷では、大まかに三種類の恐怖が存在していた。
外にいる妖怪に殺される恐怖と、刺青を腕や背に彫った極道が建物に入って襲ってくること。そして、死滅回游魚の領域によって立てこもっていても呪力──命が減っていくというものだ。
安全と思われる場所にいてもいつか限界に陥り、外に出て化け物を倒すか、中にいる人間で殺し合うかしかない。よくあるホラー映画のようなシチュエーションが、この渋谷では発生してた。
「(あの魚、もとは人なだけあって悪意が凄いねぇ。点数じゃなくて呪力を直接徴収するから互助も難しいし)」
鳥居の頭に自分と同じ声が響く。滝夜叉姫と名乗る彼女は、夏から冬にかけて起きた現象──彼女は死滅回游と呼ぶそれで、鳥居の体を使って暴れていた。鳥居もその記憶はある。といっても俯瞰してみているような形でしかなかったが。
奴良リクオとの戦いで呪霊体を剥がされた後、他者に反転術式を施せるわけではない彼女は彼が起きるまで看病したりしていて、いつの間にか結界が解除されていた。
その後は監視ということで花開院の陰陽師が来たのだが、現在は妖の餌になってしまっている。そして緊急時だからと事あるごとに話しかけ、代わろうかと誘うのだ。この108ビルへヤクザや妖怪から逃げるときも、他人事のように状況を分析していた。
「(まあ、あの魚以外なら大体倒せそうだし。快適に生き残るだけなら楽だよ?)」
その言葉通り、彼女に身体を委ねればこの状況も随分と好転するだろう。
ただ、怖かった。化物を殺せる怪物として他人に認識されることが。
鳥居夏実という少女は日常を過ごす一般人で、
「(戸惑ってる時間もないし、早く決めた方がいーよ)」
脳内の彼女がそう言った少し後に、不規則な足音と若々しい声が聞こえてきた。声変り特有の低さから、高校や大学初年度あたりだろうか。
「みんな! ここならまだ生きている人がいそうだ!」
その言葉に、助けが来たのだと周囲が色めき立つ。招かれなければ妖怪は入ってこれないのである種防壁が破られた可能性はあるが、それを知らない彼女たちからすれば救いの手だった。
「(術師三。全員素人かぁ。……血の臭いくらい隠せよ)」
巻とどうするか顔を見合わせていた鳥居だが、滝夜叉姫の言葉に状況は好転したわけではないと悟る。
「巻、今のは敵」
「え!?」
その後に金属が硬い──それこそ骨にぶつかった音と少女の悲鳴。そして少し遅れて青年の悲鳴が聞こえた。
阿鼻叫喚は、妖怪が建物内に入ってきたのだと知らせている。
「(どうするのさ。そろそろ後が無くなってきたみたいだけどぉ?)」
「落ち着いて、できるだけ上行こ!」
リーダーシップに優れる巻が、他の居合わせた子を連れて上の方へと避難する。シャッターを下ろせばある程度の時間は稼げるだろう。
「それにしても、マジで人に手ぇ出すかよ!」
呪力の奪い合いについては共通認識として知らされていたから、巻にも推測はついていた。さっき入ってきた青年たちは、人を殺すことで呪力を確保しようとしたのだろう。
可能性は考えられたが本当にやるやつがいるかと、巻は愚痴を零しながら上層階へと駆けていく。
そして、シャッターが閉まる。といってもそのままではすぐに破られるだろう。だから、巻はその場に残った。お前もいけとは言われたが、鳥居自身も残ることを選択する。
「へへ……渋谷になんか遊びにくんじゃなかったな―、鳥居ィ」
巻は十徳ナイフを構えた。……おそらく、何体かは倒せるだろう。対峙している中には異形に変貌させられた人間が何体もいて、質より量を重視したのか死にかけも一定数存在している。
「巻……ごめんね」
だからこそ、巻にそれをさせるわけにはいかない。この選択をすることで、暗闇に一歩踏み出すことになるのだろう。普通から半歩離れた場所に立って、完全には日常に戻れない。そのことを決意して──
──鳥居は左目を歪めた笑みを浮かべた。
「滝夜叉姫、あいつらを倒して巻を守って」
「りょーかい! 久々に自由な体だ」
黒髪が青へ染まっていく。左側が歪んだ笑みと同じように、左側から青が広がる。手元には、雑貨屋から盗んできたカッターナイフ。咄嗟に手に取った刃物だが、呪力の負荷に耐えきれず折れたら新しい刃を引き出せばいいというのは便利かもしれない。
幸いにも他の人の避難は終わっていて、残っているのは巻と敵だけだ。チキチキとカッターナイフの刃を出す音が聞こえた次の瞬間には、シャッターやその前に立つ鳥居たちを襲おうと半円状に囲んでいた妖や人間はその胴体を横に両断されていた。
身体の主導権を入れ替えた鳥居は意識が残っている状態だ。あそこに転がっている死体には人間が混じっていると滝夜叉姫から聞いていて、実際に腕時計を異形の腕に巻いていることなどから推測が正しいと判断できた。
「(私が)」
例え自身に何の力がなくとも、鳥居は巻を残して一人だけ逃げるようなことはしなかっただろう。彼女にはそういった責任感と良識があり、だからこそ人を殺したという事実は重くのしかかっていた。
「あれは治せないし、介錯でしょ」
歩いて、カッターを振って、両断された死体を踏みつけて進む。数時間前のショッピング中のように、周囲の服やアクセサリーを眺めながらの進行は、まるでその周囲だけは日常と変わらないような錯覚を覚えた。
「店員いないし、ノーカンだよねー」
強化ガラスを切断し、展示されているネックレスを奪う。誰も止める人がおらず、いたとしても呪力の刃を飛ばす彼女に近づこうとは思わない。
呪力に耐えきれなくなった刃が壊れ、キチキチとカッターの刃を伸ばして再度放出を行う。先ほどまでの必死の逃走とは逆に、上から下へ。死骸の波は返すように、人から妖のものへと逆転していた。
──これはさきの奴良リクオにも当てはまるが、多少なりとも苦戦していれば見方が変わっただろう。判官びいきや御伽噺の騎士のような構図は、正義と悪という分かりやすい例えを成立させるのにちょうどよかった。
しかし、彼や彼女は死滅回游にて間違いなく強者の位置に存在する。よって、百物語組など各組織の幹部クラスならともかく、そうでない敵に対しては傷を負うことすらない。
「ばけもの……」
「やっぱり、殺人鬼……」
そして、こうしてひそひそと話される恐怖は、滝夜叉姫にとって鬱陶しい存在に他ならなかった。
「文句あんなら殴りに来いよ。
当たっても当たらなくてもどちらでもいい。そう思いながら、声のした方へ一閃。無意識に──いや、鳥居が強く意識に干渉することで腕は少し上へ逸れたことで、幸いにも怪我はないようだ。
「……お前、誰だよ」
そして、ビル内にいる妖怪や異形となった人間を皆殺しにした後。鳥居に対して声をかけてきた人間がいた。
「友達を疑うなんてひどいなぁ……鳥居夏実だよぉ」
「
足は震えている。力の差は当然理解していて、それでもさっきまで持っていた十徳ナイフを持っていないことに疑問を覚えた。
「それで? 夏実を返せとか言うつもりかな?」
それにしては、ナイフの一つも構えていないことは疑問に覚えるが。泣き落としなんかで感情に訴えるつもりだろうか。そう考える滝夜叉姫に、巻は抱き着いた。
「──ごめんな、全部背負わせて」
敵意はない。相手は素人で、構え方からも術師や戦闘者でないことは明らかだった。
「……それで、こんなことさせてる私が悪いって結論?」
「いや、お前がいなきゃどうしようもなかったし、それは感謝してる……」
滝夜叉姫は、今抱き着いている少女くらいならすぐにでも殺せた。ただ、復讐が心に強く焼き付いている彼女にとっては敵意の無い彼女の心情が、少し気になったのだ。
「私には、夏実の背負ったもんを引き受けるなんてできないけどさ。帰る場所にはなってやれる。誰からも化物と言われようと、私は絶対に夏実と
それは、奴良リクオや烏崎契克、花開院ゆらといったそうあるしかない者たちとの決定的な違いだった。日常にいるべき存在だったことで、そこに引き戻してくれる友達がいる。
「なあ、あんたの名前を教えてくれない?」
「それは……なんで……?」
「──助けてくれた相手の名前は、知っておきたいからな」
そう微笑む巻に──
「……呆れた。今はその恩人が数時間後に死んでてもおかしくない状況なんだけどねー」
「夏実は死なせやしないって。絶対、私も守ってやる」
私が、じゃないのは身の程をわきまえているというか、それでも守るというあたり豪胆というべきか。
「……
「ん?」
「
そうして名乗った彼女は、更に言葉を紡ぐ。
「へ? 私それ初めて聞いた……」
鳥居の口から、鳥居の口調で言葉が発せられた。驚いた口調ではあるが、表情は変わっていない。
「話す必要もなさそうだったからねー。っと、状況が状況だから体はまだ返せないけど、普通に話せるようにはしたよ」
適当なベンチに座り、カッターナイフの刃を代える。その隣に巻も座り、隠れている人間を除けば周囲に誰もいない中、二人、いや、三人はつかの間の休息を楽しんだ。
日常に戻ることのできる彼女らは、奴良リクオや花開院ゆらの戦う舞台にともに立つことはないだろう。
「いいね……美しい友情だ。なら、お互いの肉を味わっても見たくなるだろう」
「──そこまでだ」
しかし、それをよしとするからこそ、奴良リクオは扉の前に立つ鏡斎へと切りかかったのだ。そうした日常へ彼女たちを戻すために。
「てめぇの地獄はここで終わりだ。覚悟しな」
「この絵は、お前の屍で完成する。ここからが始まりだ」
澁谷にて、人を歪める術の使い手と主役を張る男が対峙した。
次回、リクオ対無為転変。
日常に戻る気が無い勢を40話くらい書いてきたせいで、マトモな人間が分からなくなってきた。