渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する 作:三白めめ
感想欄で、主人公の渾名がメロンパンになってて笑う。私もそう思うよ。
「縛りと術式の強化について、面白い例があるんだ」
妖怪研究サークルこと清十字団で、"紫の鏡"の話が出たことで、ちょうどいいからゆらちゃんに話しておこうと思った。特に縛りについてはゆらちゃんも無意識にやっていたから、そのあたりの知識を深めるのは悪くないだろう。清継くんが電話をかけているのを横目に話し始める。
「二十歳になると死ぬというのは、あちら側からすれば、二十歳になった人間しか対象に取れないという縛りになるわけだ」
「対象を絞るより、時間や通常時の呪力を制限する方が便利ではあるんよな」
そういった点では、逢魔ヶ時というのは理にかなっている縛りだ。夕方の特定の時間しか活動しないという、時間を限定する条件。
「半妖とか、四分の一が妖怪だったりする陰陽師が強いのも同じ理屈だね。一日の半分や四分の一しか妖に成れないという縛りを結ぶことで、自分の呪力を強化しているわけだ」
一種の天与呪縛かもしれないね。そう話していると、スピーカーモードにしていたらしい携帯から、妖怪に襲われているという悲鳴が聞こえた。
「急いで……探すんや!」
「ん。ちょっと待ってて」
小瓶に入れていた白砂を取り出し、周囲に撒く。それらは地面に着く前に燕となり、校舎の中へと入っていった。道満がよくやっていた簡易式だ。
「……校内に反応なし。男子トイレって言ってたよね」
「せやけど、反応がないって……」
いや、まさかこんなにちょうどいいタイミングになるとは思わなかった。
「さっきの話の続きだけどね」
男子トイレに足を運びながら、続きを語り始める。
「重い縛りを結ぶことで、不完全な領域くらいなら作ることも可能なんだよ。まあ、応用性だとかリスクだとかの関係でそこまでやるのは稀だけど」
「悠長に話していて大丈夫なのかい……?」
清継くんが不安そうにしているが、大丈夫だろう。場所は把握しているし。
「ここから戦闘になると思うから、巻き込むとアレだし帰った方がいいよ。鏡の破片とか危ないだろうし」
「……心配する気持ちは私も一緒や。だからこそ、一般人を危険な場所に連れてくいう判断は下せへん」
ゆらちゃんも同じように判断したようで、ついてきた一行に退くよう説得してくれている。
「さて、領域内に隠れているのなら、それはどこだと思う?」
三階の男子トイレにて。着いたが、そこに家長さんや妖の姿はない。
「鏡の妖怪やし、鏡の中やろ。となると探すべきは……」
男子トイレの姿見に視線を向ける。不完全な領域、その発生源を探れば……
「見つけた!」
「では、次のステップ。どう対処する?」
特定の条件を付けた帳のように、不可視と出入りの阻止を混ぜているのだろう。呪力のゴリ押しや領域をぶつけるといった解決方法が考えられるけれど、ゆらちゃんはどうするか。
「領域は使えん。ここまできて気づけへんってことは、縛りの代わりに認識されるのを防いどるってことやろ。おそらく……」
考えを巡らせたゆらちゃんは、懐から手のひらサイズの箱を取り出す。
「開!」
結界術によって閉ざされていたそれに入っていたのは、同じくそれに入るくらいの低級の妖怪。
「蠅頭か。そこで思い出すのはいいね」
人間に対して無害になるよう品種改良した妖怪。こういう特殊な領域対策に道満が頑張っていたのを覚えている。
「行け……!」
蠅頭は鏡に向かっていくと、その体がするりとその中に入り込んだ。当然、その体に巻き付けられた紐ごと。
「お見事!」
紐付けるというように、異界や領域に対して紐を使うというのは一般的な行動だ。そして、一般的だからこそ効果がある。そして、一時的に領域とこちら側を繋げたとなれば、中の様子も見ることができるということだ。
紫色をした鏡が家長さんの前に立っている。あちらも俺たちが鏡の中を見ることができていると気づいたのだろう。急いで姿見を割ろうとするが、その前に鏡の中──あの妖怪の領域へと入り込んだ。
「なっ……なんで陰陽師が……。人間にはオデが見ぃれないのにぃいい」
「家長さんを離しや。離さんくても、滅して取り返すけど」
落ち武者の式神──武曲を呼び出し、一撃で鏡の半分ほどを叩き割る。ゆらちゃん、知り合いに手を出されると攻撃性が強くなる感じかな?相手の動揺から、この領域に必中効果はないと気づいたのだろうか。思考として纏まっていなくても、直感として気づいてそうなあたり、天性の才能だ。
さて、思ったよりも相手が弱い。八十八橋の呪霊に近く、縛りで強化した術式での隠蔽が主で、本体の性能は低いのかな。ただ、結界術がメインになっていて、術式が結界内部で展開されている。この状況なら、あるいは……。
「マズイマズイマズイマズイ!……っ!」
「畏れの増加……!土壇場で目覚めたか!」
ゆらちゃんは急いで武曲に二撃目を命じるが、膨れ上がった畏で防御されて滅するには至らない。
「領ォ域展かァァァイ!」
術式で構築した鏡の中。なるほど、確かに領域展開に到達するにはちょうどいい。
妖──雲外鏡が、周囲の鏡から増殖していく。自身を増やす領域。本体がいるか、好きな分身を本体にできるのか。この状況から必中の攻撃が大量に飛んでくるとなると、相応に苦労するだろう。
まあ、私は問題ないが。
「シン・陰流『簡易領域』」
そして、当然ゆらちゃん──蘆屋の子孫たる花開院が領域対策を習得していないわけもなく。鏡と同化させてくる攻撃を、近づいた鏡すべてを叩き割ることによって対処した。
「式神使いやからって、体術修めてへんわけないやろ。それに、一体一体が強いわけやない。命の危機に、生き残ることを優先した解釈になったいうわけか。小賢しい」
術式の性能を看破したか。戦術眼は磨かれているようで喜ばしい限りだ。
「ついでに助言しておこうか。おそらく縛りの内容は『必殺』。鏡の中に入れた人間を必ず殺さなければいけないというものだろう。一度入れてしまえばノーリスクだからね。誰だって考えることさ」
つまり、この場から逃げ切れたとしても、領域──鏡の中に入れた俺たちを殺せなかったと見做され、術式は大幅に弱体化する。危機への反応からして命までは賭けていないだろうが、術式の再使用までは大幅なインターバルが発生するだろう。
「オデはぁ……っ、死なないぃぃいいいいい!」
鏡の反射を使った目晦まし。どこまでも生きぎたないというか。ちゃっかり家長さんを抱えたまま逃走するあたり、標的を取り逃がすのはそれほどマズいのだろうか。
「……っ逃がすか!」
数秒の硬直から回復したゆらちゃんが追おうとするが。
「いや、終わったよ」
『必殺』『13歳に対象を限定』という、大きな縛り二つを破ったんだ。消滅するくらいにまで畏れは減るだろう。あれから考えられる末路としては、再起不能が一番いいと言えるレベルだ。
「さて、縛りを活かした敵と戦ったことだし、ゆらちゃんの術式についても話そうか」
流石に放課後の男子トイレの中で駄弁るのはマズいと、廊下まで出てきた。清継くんには連絡を入れ、妖怪は消滅したと伝える。
「領域使うん相手にして疲れたんやけど……」
確証を得られた以上、今話した方がいいだろう。というか、俺が話したい。
「当然だけど、人型というのは、人を模しているからその形になるわけだ」
「毎回急に話し出すんよなぁ……」
どうせ、この後にちゃんと興味を示すだろう。今日はタイムセールもなかったし、ゆっくりと話す時間がある。
「けど、ゆらちゃんの式神は違う。人型の形代から、貪狼や禄存のような獣を出している。これがどういう意味か分かるかい?」
「……いや、まさか、形代の意味がない言うとんのか?」
流石は自分の術式。理解が早くて助かるね。
「つまり、君の本来の術式は、精神から直接式神を出力するものだと考えられる。紙を核にするのは、縛りとして機能していると考えられるね」
実質伏黒恵。あとは当主を継いだ翌日には花開院家が壊滅していれば完全に伏黒だ。破軍が相伝術式みたいな扱いになってるし、もしかしたら花開院の本家に入れなかった誰かが『全部壊して』ありえるかもしれない。
「拡張性という点で見ても、ゆらちゃんの術式は非常に興味深いものだからね。このまま研鑽を重ねるのを期待しているよ」
「……なあ。あんたは──」
なにかゆらちゃんが考え込んでいるけど、術式の理解が深まったようならなによりだ。
「何が見たいんや……?」
その夜、岐阜県山中──山中跡地。キンッという音と共に、山が割れた。山に住む妖や登山客、山を構成する砂といった一切の区別なく行われた切断の術式。それを為した妖は、一瞥することなく西──京都の方角へと足を向ける。
「狐が目覚めたか。そうなれば、陰陽師も動かざるを得ない。実に素晴らしい餌場だ」
傲岸にして不遜。その風格は千年を生きる妖たちと、いや、その上澄みと比べてもなんら遜色はない。
畏が形を成すのが妖であるならば、過去の人物が畏によって再び形を得ることもあるのではないか。
例えば、神話に語られる呪詛師。彼はかつて殺されたはずの者であり、しかし平安の世にて烏崎契克が探していたことによって、生存論がまことしやかに語られた。
関東は岐阜、飛騨の国において毒持つ神龍を殺した英雄であり、日本書紀に語られる最強の略奪者。畏れによって二度目の生を受け、自らの呪術によって受肉を果たした彼こそが──
「待っていろ。皆殺しだ」
──特級■■、両面宿儺。
平安の宿儺ではないので安心です