渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する 作:三白めめ
地獄で、かつての記憶を思い出すときがある。母が討たれ、私が闇の主になると決意する以前。半妖の天与呪縛を持つ陰陽師、
「人間とか呪霊……妖怪だっけ。それを含めて、私たちは強者としか関わっていないから、弱者の考えが分からないんだよね。ほら、上が保身で待機命令ばっかり出すから」
五条袈裟を着た彼は、そう話し始めた。陰陽寮で業務を片付け、一段落したことで暇になったのだろう。今着ている服も仏門に属しているわけではなく、せっかくだから着てみたかったというだけらしい。二日前にはきちんと陰陽寮の衣服を着ていたことから、また数日で飽きるはずだ。
そんな彼は、いつも妖のことを呪霊と呼ぶ。天与呪縛や呪力といった概念は確かに彼──烏崎契克が創出したものではあるが、そこまで呪いに拘る理由だけは私を含めて誰にもわかっていなかった。
しかし、弱者の考え、か。この男の言うことには、確かな経験を伺わせた。まるで、自分以外の強者の考えをいくつも見てきたかのような。
「よくあることさ。被害者の弱さも、加害者の弱さも。強者からすれば食傷するだけだ」
それには同意する。実際に、いくら私たちが陰陽の調和を保ったところで、私欲だけでそれを乱すものを、人や妖の区別なく数多く見てきた。権力者の腐敗、妖の無謀な下克上。そういったことは数えるときりがない。
「基本的に、妖は人よりも強い。だから、陰陽寮は弱者の縋る先となっている。"私たちは、日の落ちた暗がりの明かりとしてあるべき"らしいよ。道満がそう言ってた」
「……弱者救済か。やはり、あのジジィの言うことは理解できない考えだな。弱者どころか、私にはあれらが猿にしか見えないのだ」
言葉にするとしっくりくる。自分たちとは違う、非術師の猿。そう零すと、契克は心底愉快そうに笑った。
「あははっ!猿か。だとしたらそうだな。その猿をどうにかする方法がいくつかあるのを知っているかい?」
生き生きと語るその姿は、まるで陰陽寮の登用試験のために勉強していた学生のようで。彼は無邪気さすら感じられる態度で、一つ指を立てた。
「つまるところ、非術師によって呪霊……
終わらない繰り返しだ。極端なことを言えば、陰陽寮の者だけが陽を担い、母を始めとした京の妖のみが陰を担うのが理想なのだが。しかし、猿どもによってその調和が乱されている。こちらの反応を窺った後、契克は立てている指を三本に増やした。
「私が知る限り、それを解決する三種類の方法が存在している。一つ目が、非術師を皆殺しにすること。私たちが全力を出せばなんとかできるかも知れないけど、それを為した後の社会生活を送らなければならないという点で没かな」
まあ、そうだろう。
「二つ目が、呪力からの脱却。皆が呪霊……妖怪を認識できなくなれば、それらは存在できなくなる」
とはいえ、その方法の目処や方法までは知らないけど。そう無責任に言うあたり、やはり烏崎契克という男は思い付きで行動することが多いのかもしれなかった。元はといえば、美しい陰陽の調和を保つ方法を聞いているのであって、妖の消滅を目的としているわけではない。
「そして最後。呪力の最適化だ。全人類を術師にすることで、陰陽の入り混じった混沌を作り出す。必然的にぶつかり合う呪いは先鋭化され、いくつもの新しい可能性が生まれるはずさ」
言っていることは、前者二つよりも魅力的だった。新たな混沌といくつもの可能性。なにより、互いに高め合わなければならない環境に身を置くことで皆が陰陽の均整がとれた世に相応しい術者になれば、あるいは永遠の秩序も容易に為し得るのではないか。
「……それは確かに最も理にかなっている。だが、その方法を実行する手段がないぞ」
「それはちゃんと考えているよ。魂に触れ、その形状を操作する術式が存在する」
私の知らない術式……。この男の情報網がどうなっているかと疑問に思う。私とは違う天才。最強ではないが、間違いなく陽の世界を牽引するに相応しい人間だ。
「その程度を私が怠るわけないだろう。質問が軽くなってきているよ」
こんな煽りさえしなければ、の話だが。彼曰く、術師なんてイカレてないとできない仕事だという点を考慮すると、わざとやもしれない……いや、奴は割と素で言っているな。幾度か共に大妖を滅したりすると分かるのだが、この男は手柄の独占などの現世利益をあまり求めていない。簡易領域も蘆屋貞綱に伝えて広めさせたりと、なにができるかという好奇心が一番で、名声は二の次だと思っている。とはいえ、本人が知らずとも名声は付いてくるのだが。
「無為転変といってね。それによって、非術師に術式を目覚めさせることや、呪物が受肉するための器の強度を上げることができるんだ」
「随分と計画的だな。その第三案に名はあるのか?」
それこそ、まるで初めから計画していたような。先の展望が見えているからこその物言いだった。
「そうだな……『死滅回游』と言うべきだろうね」
死滅回游。新たな可能性、か。それならば。
「千年の先で、猿のいない人と妖の理想世界が完成する道筋。新たな世界に適応できぬ猿どもを殺す回遊か」
最強になれると期待して契克が私に知識を授けたように、並び立てるこの陰陽師へ私の夢を期待するのは悪くないのかもしれない。
「君が心の底から笑える世界になるといいね」
人でも妖でもないこの身を、
そして、それなりに幸福だった日々も終わる。"最強"は闇の主と名を変え、"最優"はそれへ対抗する後世のために生涯をささげた。そして、"最巧"にして"最新"は、
斯くして、特級呪霊の大妖怪、鵺。特級指定術師である烏崎契克、その対処を任された同じく特級の陰陽師たる芦屋道満。三人の特級が出揃った。各々が大義を抱き、それに共感する者が後ろへ続く。しかし、気は張り詰めつつも先陣を切るのは三勢力の首魁。当然だ。なにせ人数や人員の質、思想の優劣など飾り同然。この三人の対決によって大勢が決するのだから。
後に『玉折事変』として語られる、陰陽呪術の頂上決戦。これはかつて見た夢想の話であり、大いなる勘違いの答え合わせが始まる前の、0の物語だ。そして、千年後に呪いは廻ると思い込んで行動した男の話でもある。ならば、『一途』な願いの先にある、夢の末路は──
「契克、お前の唱える死滅回游の目的は理解できる。だが、弱き者に力を与えたところで、醜さが際立つだけだ。よって私は──闇の主たる鵺は、猿共の鏖殺をここに掲げる。愚かな者は、愚かな行動に走るのだ。故に、私が全てを調整せねばならない」
「違う。千年後の荒野にあるべきは、呪術の廻る戦いの場だ。君の理想を叶えるわけにはいかない。──一度
「陰陽師の使命は、戦えぬ者を守ること。そのためにワシは力をつけ、より多くを守るために京へと来たのじゃ。おぬしらの企み、陰陽師として決して放置できるものではない!貞綱のやつに後は託した。この蘆屋道満、命を懸けて自らの本分を全うする!」
──叶うことない『逆夢』だ。
古い記憶を辿り終えた。あの時は三者が共に甚大な傷を負って引き分けたが、千年後の今、間も無く私は此岸の表舞台に姿を見せる。契克の語っていた、千年後の荒野。そこで再び美しき世界──眩しい闇を創るのだ。それが強者の為すべき正しさであり、私こそが"最強"なのだから。
結果、