渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する   作:三白めめ

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上手くならなかった模様。


懐玉
神絵師の腕を食べれば絵が上手くなるんですか!?


 ゆらちゃんが、ムチという妖怪の攻撃を落花の情で捌き切って倒した日の夜。

 浮世絵町の一番街で火事があったらしいと顔を出してみれば、予想通りに妖怪が暴れまわっていた。ひとまず帳を降ろし、被害の拡大を防ぐ。妖は出入り不可、人間は進入禁止で脱出は可能といった区分にすることで、真っ当な被害の拡大防止をした。見かけた妖を祓いつつ、ゆらちゃんに電話をかける。

 

「ゆらちゃん、一番街に大量の妖怪が湧いてる。私だけだと少し手が足りなくてね」

 

 予想では七月下旬──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ゆらちゃんの経験値という意味も存在するが、手が足りないのも事実。基本的には一掃できる雑魚の集まりだが、ただ一体だけ、別格がいる。

 

「なんであのレベルのが混ざってるんだ……?」

 

 顔に狐文字の書かれた布を巻き付け、薙刀を持って空を飛んでいる彼女──夜雀は、どう見ても調伏された高位の式神だ。手を抜いているというか、それなりの畏を使いつつガラスを割るくらいしかしていないが。

 

「あれは、足止めしないとマズいかな」

 

 呪術師──陰陽師の成長曲線が一定ではないことを考慮したとしても、現在のゆらちゃんでは手に負えない相手だ。いずれはアレを倒せるくらいになってほしいが、今それを要求するのは無理難題にもほどがある。

 地を蹴り、助走をつけてビルを駆け上る。今の速度なら、十分に追いつくことのできる範囲だ。

 追われていることに気付いたようで、夜雀は羽を飛ばす。残穢から、相手は陰陽師だと分かっているだろう。その上で選んだ攻撃ならば受けるのは危険だ。呪力を放出し、下に落ちるガラスの破片ごと力技で消し飛ばした。生まれた空白地点を一気に詰め、全力で蹴り飛ばす。呪力の乗った蹴りは相応の威力があったが、どこかのビルの屋上に叩きつけられる直前に体勢を立て直された。

 

「術式は、闇影呪法」

「術式の開示か。続けるといい」

 

 倒壊していない二つのビルに囲まれた屋上に、お互い足を着けた。今の蹴りであちらの片腕は持っていったはずだけど、もう治っている。再生が早いな。

 

「触れた相手の目に呪力の羽が突き刺さり、それによって相手の視界を奪う。羽は刺さった時点で物質化して、誰の眼にも見えるようになる」

 

 呪力が増大した。それにしても、術式か。やはり式神ということを隠そうとしていない。それは、バレていると察知できるくらいに強いということでもある。

 

「速い……!」

 

 飛び立ち、羽を無数に飛ばしてきた。速度や精度は格段に向上しており、回避したことで突き刺さった羽は、鉄筋コンクリートのビルを何棟も貫通している。

 ここまでのスペックの向上は術式の開示だけじゃない。仲間を欺くための畏や呪力のセーブを止めたということだ。

 

「遷煙呪法!」

 

 吸うのは、対特級相当のための薬草タバコ。害ある効果を除去し、身体能力の強化効率を何倍にも高めて取り込んだ。俗っぽい言い方をすればドーピング。

 空を飛ぶ夜雀に対し、ビルの側面を駆けて跳躍することで三次元戦闘という同じ条件に立つ。

 ゆらちゃんが到着したのか、呪力を纏った水流の柱が周囲の妖怪に向けて突き刺さっていく。その合間を縫うように互いが加速を続け、徐々に距離が縮まっている手ごたえを感じる。

 

「呪力が尽きない。本体からの供給か」

 

 薙刀を使うまでもなく、飛翔の速度で周囲のガラスが割れる。そのレベルの高速機動と精度を維持できるほどの呪力出力で、これほどの時間戦えるわけがない。式神の術者がよほど強力な──それこそ術師としての上澄みレベルでなければ、式神自体が維持されていないだろう。そして、追いついたと確信した直後。

 

 ──目の前が黒に包まれた。羽は全て呪力で叩き落しているはず。ならば。

 

「術式?いや、ブラフか!」

 

 大量の羽で周囲を埋め尽くしたのか。術式と違って一瞬で視覚効果は失われるが、その一瞬がこの高速戦闘では重要となる。

 術式を開示したが故に通用するブラフ。巧いな。高位の妖怪や陰陽師と戦い慣れている。このまま戦い続けても、どちらが先にミスをするかの勝負になるだろう。そして、夜明け以降にまで戦いがもつれ込むのを避けたいあちらと、ゆらちゃんが巻き込まれることを考慮して長時間の広範囲戦闘を避けたいこちら。思惑が一致しているのであれば、おそらく短期決戦になるだろう。そしてその場合、決め手となるのは──

 

「人が多いが、使うべきか……」

 

 必中必殺にまで昇華した、俺の領域を。

 

「ああ、それは困るなぁ」

 

 ビルの窓一枚隔てた向こうで、とある術師が呟く声が聞こえた。彼の声は、正確にはビルのガラスからこちらに伝わってきている。鏡を使用した術式。顔は見えないが、今俺が戦っている式神の主となれば、相当な実力者だろう。

 

「ボクと取引をしよう。死滅回游最後の鍵について」

 

 現状、彼──安倍有行とその式神たる夜雀のみが知り得る情報は、俺にとって素晴らしく心の躍るものだった。曰く、よく行く寄席の噺家から聞いた話らしい。

 

「鏡斎というんだけどね──」

 

 


 

「昔の……ああ、私から見て昔の話だけども」

 

 その日の朝。借りているアパートの一室のリビングで、俺は焼肉をしていた。朝から肉は重くないかと思うだろうが、昼は学校に行かなければならないし、夜には試したいことがあるのでこのタイミングしかないのだ。

 それにしてもこの状況。与太話を本気にしたバカと言われても不思議じゃないな。どういうことかというと──

 

「絵師の腕を食べると絵が上手くなるという話がある。まあ、始まりはTwitter……おっと、この時代にはまだなかったか。そこが発祥という時点で真偽の判別はつくだろう」

 

 現代ジョークを語ることのできる相手がいないというのは、些かに寂しいものだ。共通の話題が集団をつくるのであれば、その点で俺はどこまでも唯我にして絶対とでも言えるのだろうか。

 

「そしてこれは私の専門分野の話になる。呪物を取り込むと、その()()()()()()()()()()()()

 

 とはいえ、呪物なんて毒のようなものだし、耐性がなければ人格が乗っ取られるだけなんだが。

 

「まあ、そこはさっき言った通り専門分野。人格を保ったまま二つ目の術式を得るくらいは訳ないんだ」

 

 自分と、プラスもう一個。それがキャパシティ的に私の限界だけど。それが最初の話と何が関係あるか。簡単な話だ。

 

「絵師の腕を食うという話でキャッキャしていたと思ったら、本当に腕を食う必要性が生まれるとは奇縁と感じたんだよ」

 

 食事中に長々と話すなと思うかもしれない。とはいえ、俺は一人で飯を食べているのだから、独り言を言うくらいは許容されるだろう。

 

「いただきますと言うほどに敬意を払ってはいないから、こうして腕を食べる理由を話している。聞こえてはいないだろうけどね」

 

 妖怪に手を合わせるのも何か違うだろうと淡々と食べ始めると、焼肉らしく、塩が効いた味だった。もしこれで絵が上手くなっていたら、意外と儲けものかもしれない。将来、神絵師として崇め奉られるかも。ゲロ雑巾みたいな味じゃなくてよかった。

 

 肉を完食したあたりで術式は定着したようだ。これを他人で試すのは、流石に人倫に反するというか間違いなく呪詛師認定される。まだ最悪でもグレーゾーンにいたい以上、自分で試すのが一番だろう。

 肉を切り分けていたのとは別のナイフを取り出し、呪力を込める。切れ味を強化したそれは、俺の右腕を容易く切り落とした。

 

「成功すればいいな」

 

 失敗したら、反転術式で治そう。そう思いつつ、新しく手に入れた術式を使用する。俺の出自もあって、やり方は手に取るようにわかった。治った腕を、次は刃物のように鋭くしたり、座ったままで皿を流し台におけるほどに長くしてみたりもした。なるほど、これは確かに、試行錯誤を楽しむ気持ちもわかる。

 

「それにしても、俺という魂を保って転生した私にこの術式か。皮肉と言うべきか、運命と言うべきか」

 

 "烏崎契克"という魂として長く過ごしているからか、自分を二人にする分身は生理的に嫌悪感がある。受肉したことで(カタチ)が決まったからか、長時間の変形も不可能。ただ、それでもやれることは十分以上に存在していた。

 遷煙呪法だけでは晴明に勝てなかったのなら、新たな強みが必要だ。しかし、研鑽でどうにかなるような領域はお互い既に超えている。なら、新しい力を得るのが第一だ。

 魂を保ち、転生と受肉によって自分を保ち続けているこの身は、有為転変とは真逆。ならばやはり、例え事前知識がなかったとしても、俺はこう名付けただろう。

 

「無為転変」




夏休み編突入からインフレ環境が加速します。
ところで、鬼纏を使うとその証が背中に刻まれる男がいましたよね……?

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