渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する   作:三白めめ

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そもそも師事していないし、こいつが一番イカレているものとする。


教え子のイカレ方を見てみよう

「バイクに乗ろう!」

 

 生徒会選挙で犬神が出た日の放課後、体育館では姿を見なかった彼女──烏崎契克が(いつものように)唐突にそう言いだしたとき、ゆらはまた妖怪退治の流れだろうと見当をつける。

 

「清継くんが"首切りライダー"という噂を仕入れてきてね」

 

 交通事故で頭と首が分かれたバイク乗りが、同じようにバイクに乗っている人間の首を切ろうとしてくるという怪談だ。どうにも、不良グループが遭遇し、リーダー他何人かの首が落とされたらしい。同行していた他のメンバーはそれを見て運転を誤り事故を起こし、今は入院中のようだ。

 

「わざわざ行こう言うて提案したんなら、本物ってことやろ?」

 

 十割方予想通りだった流れのために、とっとと結論まで話を飛ばす。そもそもゆらも契克も裏側──陰陽呪術について熟知している側の人間だ。一般的な中学生らしく、嘘か誠かキャッキャと話すような日常とは縁が遠い。

 

「まあ、いわゆる修行というやつさ」

「でも、私らって中学生やろ。無免許?」

 

 式神に乗ったり、契克の場合であれば走るのが妥当だろうが、わざわざバイクに乗ると言っているのだから、そうするのだろう。なぜそうしたいかは、ゆらには見当がつかないが。案外乗ってみたかったからというだけの理由かもしれない。

 

「そのための人払いさ。結界を使って、都内の道路を拠点とする妖を一ヶ所に集める。四国から大勢の妖がこちらに向かってきているようだし、派手なドライブといこう」

 

 絶対バイクに乗りたいだけやろ……。そう呟いたゆらの言葉は聞き流されていた。

 

 

 

 20時55分、首都高速。人払いや道路工事の看板などの偽装を用いてゆらと契克の貸し切りになっているその場所で、二人は契克の持ち込んだバイクにもたれかかって話していた。

 

「……なあ。なんか妖怪以外の気配もするんやけど」

 

 そう。本来ならゆらと契克、そして妖怪しかこの場にいないはずだ。しかし、感じるのは何人分もの呪力。明らかに外様の介入が発生しているのだ。

 そう言うゆらに、契克は懐から取り出した携帯の画面を見せた。飛ばしの携帯とはいえ、二つ折りのそれには懐かしさを覚える。表示されたサイトは裏の掲示板。

 

「花開院家次期当主、花開院ゆらの……懸賞……金……?」

「そう。今日の21時から3時間、ゆらちゃんの首に賞金300万円が懸かる。頑張って生き延びてね」

 

 現在時刻は20時58分。周囲の気配に警戒していたとはいえ、まさか自分の命が狙われていると思っていなかったゆらは、反射的にカエルの財布から何枚かの式神を取り出した。

 

「……あと二分やんか!」

 

 貪狼を呼び出し、その背に乗った。鹿──禄存を周辺の警戒にあて、残りは指の間に挟む。契克はバイクに跨り、そのマフラーから排気音を響かせている。

 

「ホンットにふざけんなや!絶対後で滅したる!」

 

 ──そして、21時ジャスト。まずはライフル弾がゆらの頭部に向けて発射された。呪力を帯びているそれを、ゆらは頭部に展開していた護符で受ける。弾が止まった直後に手元に置き、残穢を辿りつつ移動を開始。

 向かってきた火車──燃え盛る無人の自動車を貪狼が噛み砕き、ゆら自身はその向こう側へと跳躍した。電灯の上で式神を構えている男にラミネート加工されたカードを投げると、その掌に突き刺さる。呪力で強化した投擲。そしてそのカード──形代から落ち武者の式神である武曲が召喚された。至近距離で人型の式神に詰められれば、その不利は覆せない。その場から吹き飛ばされ、道路の下へと落ちていく。

 

「妖怪が1に呪詛師が1……いや2やね」

 

 先のライフル弾の下手人は、火車の炎でスコープの反射を晒した。そんな相手を見逃しておくはずがなく、象の式神である巨門で狙撃位置ごと踏み潰される末路を辿る。

 今のゆらに、相手の生死を気にしている暇はない。別に死んでいたとしても呪詛師だ。そのくらいなら既に経験している。

 

「あっちは気楽そうやな」

 

 ゆらをこの状況に連れてきた犯人の方を見やると、楽しそうに大型バイクを乗り回している。ともすれば風圧で吹き飛ばされそうな体だが、呪力で身体能力を強化しているのだろう。足を車体にぶつけて傾きを変え、ドリフトや空中での方向転換などアクロバティックな走行をやってのけている。すれ違いざまに妖怪を轢いて滅しているあたり、仕事内容は真面目にこなしているのがなんともモヤモヤとした気持ちになるが。

 

 21時30分。考え事ができる程度には、妖や呪詛師の襲撃を捌くのに慣れてきた頃。契克とゆらが車線で対面した。

 

「ゆらちゃん!」

 

 眼前の彼女はバイクのハンドルから片手を離し、ゆらの方へと手を伸ばしている。……飛び移れということだろうか。ゆらとしてはあの運転を見た後に相乗りしたくはないが、確かに式神を一体フリーにできるというのは大きい。数秒の逡巡の後、ゆらは貪狼から宙へと身を投げた。

 

「よしきた!」「無為転変」

 

 手を掴まれると同時、なにかがガチリと噛みあう感覚を覚えた。あるべき形に最適化されたような……。そんな違和感を覚えた直後、契克のその幼児体形に見合わない膂力でバイクの後ろへとエスコートされる。完全に腰を下ろしたのを確認した後に急加速。ウィリー走行で速度を上げ、ガードレールを飛び越えて落ちることで、殲滅し終わった現在の車線から下へと進路を変更した。

 

「廉貞!式神改造──人式一体!」

 

 その落下中。ゆらは金魚の式神──廉貞を左腕と一体化させ、大砲のように構える。鋼鉄の馬と式神によって行われる流鏑馬(やぶさめ)は、バイクの着地前には目に見える範囲の的たる妖たちを正確に滅していった。

 

「(速っ……!バイクに呪物でも仕込んどるんか!?)」

 

 運転は、先ほどゆらが見ていたものと変わりない。意志の疎通を故意にしないまま、衝動のままに速度を上げているとしか思えないドライブが続いている。宙に浮く感覚や大きく体勢を崩す車体で相手の術式などの状況を把握し、式神に指示を出して、廉貞による水の砲撃を繰り返す。

 いっぱいいっぱいで他に考える余裕のないゆらは気づいていないが、この状態でまともに呪術戦をできていること自体が十分に異常だ。一度止めるよう要請するでもなく、現状で最善を尽くす。花開院ゆらは、当然のように術師らしくイカれていた。

 

 そして、ライダースーツに身を包んだ首の無い目標──"首切りライダー"を見つけた。

 

「まだ来うへんのか……。何か、条件……っ!」

 

 彼我の距離が2メートルほどになった途端、ぞわりとした感覚が背筋に奔る。簡易領域を使うゆらは、それに覚えがあった。

 

「領域!範囲を狭めたことで、自身に追従するようになっとるんか」

 

 結界術を得手とする分家の雅次(まさつぐ)によって、領域内での簡易領域は何度か体験する機会が与えられている。だからこそ──

 

「なんで、生きとるんや?」

 

 首切りライダーの話は、生還した目撃者によって伝えられた話だ。必中の領域に入り込んだのなら、生きて帰ることなど不可能。陰陽師であるゆらはともかく、非術師はとうに死んでいるはず。

 

「ゆらちゃん、どうするんだい?」

「ちょっと待ってや」

 

 この状況で考えられる手段は二つ。一つ目は、簡易領域を使いながら領域内へ突っ込む。ただ、法定速度をはるかに超えた時速200kmで加速するバイクの上に両足で立ち続けるのは、体勢が崩れて術が乱れる可能性がある。

 だとすると、更に賭けとなる二つ目。その検証のために、呪符を一枚投げる。領域のギリギリを狙ったそれは、領域の中に入り込んだのち、道路に落ちたと同時に引き裂かれた。

 

「──なら、領域のギリギリで私ごと後輪上げて!」

「いいよ」

 

 縛りが、バイクや車で走っている──つまり、足やタイヤなどが地面についている可能性だ。無事だった連中は、事故の拍子にタイヤが道路から離れたのだろう。車体が横倒しになったことで、運良く縛りの対象外になった。

 それならば辻褄が合う。

 

「ほな、やろか」

 

 膝を曲げ、バイクの後部に足を乗せる。クラウチングスタートを思わせる体勢から、後輪が上がると同時に呪力を乗せて空中へ踏み出す。

 いくら戦い慣れているとはいえ、高速で空中に投げ出される経験は少ない。流れていく景色を横目に、ゆらは空中で体勢を整える。領域に入ってもまだ無事という時点で、推測した縛りはおそらく正解。地に着いてはいけないというそれを考えると、式神を出すのは悪手だ。空中で大きく身動きできないこちらと違い、相手の妖怪はバイクによって蛇行できる。よって廉貞での射撃は不利。

 導き出された結論は──

 

「直接殴る!」

 

 前へ前へと重心を向ける。砲弾のように向かってくるゆらを察知したのか、"首無しライダー"は、やはりと言うべきか、バイクを不規則にカーブさせて狙いを逸らそうとした。このまま地面に落ちればゆらは死ぬ。

 

「紫微斗法術、拡張術式!」

 

 人式一体ではない、式神同士の融合。巨門と禄存を合わせ、巨大な角を持った象を呼び出す。当然、元となった二体より性能は落ちる上に、現状では身体が地に着いた瞬間に首を落とされるが、今必要なのはその巨大さ。角を踏み台に、更に前方へ加速。呪力を乗せて振りかぶった拳によって、妖の胴体をブチ破ってバイクごと破壊した。爆発炎上したそれは、乗っていた妖ごと燃やし尽くす。

 

「(なんか妙や。手ごたえが、今までの妖怪とちゃう。そもそもあれ、妖やったんか……?)」

 

 領域が解除されたことで近づけるようになった契克のバイクが、殴り抜いた勢いで減速したゆらを回収する。

 

「お見事」

「まだ終わっとらんのやろ?」

 

 その隙を狙って、道路から出現した式神がゆらたちに襲い掛かる。武曲を呼び出してそれを払いのけると、即座に廉貞を出して再び射撃戦へ移行した。

 

 そこからのことはゆらの記憶にない。携帯のアラーム音で意識が浮上し、表示されているデジタル時計を見れば24時ちょうどを示していたことから、この理不尽のような殲滅戦が終わりを告げたと気づいたくらいだ。

 中学生のゆらにとっては、精神的な休息を必要としていた。

 

「浮世絵町の方でも大規模な妖気があるね。連戦だけど大丈夫かい?」

「当たり前やろ。花開院を、私をナメんなや」

 

 無免許運転に身を任せるのは不安しかないが、なんだかんだで浮世絵町からここまでの道中に加え、この3時間は事故なく……事故()なく運転していたのだ。連戦が終わったら一発殴ろう。そう決意し、自身より小さな背中にポスリと身体を預けてゆらは沈むように眠りに就いた。

 


 

 掌でゆらちゃんに触れると、術式を発動してここまでに負った傷を元に戻した。悪意以外で使うのであっても、やはりこの術式は便利だ。

 ゆらちゃんの実戦経験のために妖怪の多かった体育館から離れて帳を降ろしていた日の夜。ゆらちゃんが生徒の保護に奔走していて犬神と戦っていないと分かったので、この術式なら欠損も直せるから無茶もできるだろうと修羅場を開催してみたが、まさか欠損どころか重傷無しで切り抜けるのは想定外だった。元から高いポテンシャルがあったのに加え、自慢じゃないが場数を踏ませたのが大きかったのだろう。呪術師の成長曲線は一定じゃないとはいうが、今はいわば成長期。どこまでいけるかと非常に興味深い。

 

「ちゃんとイカレてるようだね。前の鼠の時は、追い詰められ方が足りなかったのかな」

 

 願わくば、俺が期待している以上の可能性を見せてくれ。ゆらちゃんの術式──紫微斗法術は、平安の時に領域と極ノ番を見ている。それはつまり、領域の変化やそもそもの対応が可能かは別として、千年を生きる強者たちも当然知っているということだ。なにせ、当時の使い手は蘆屋道満。そのレベルに並ぶために必要なのは、発想力だ。レジィがレシートを使っていたように、現代だからこその発展性が必要だろう。

 今の俺の手元には死滅回游もできる力、無為転変がある。まあ、コロニーを分ける結界もないから、実際にやろうと思ってできるわけではないが。ただ、味方の魂の調整(レベルアップ)くらいならできる。経験を即座に定着させるなら、別に魂に負荷はない。睡眠の間に行われる脳の情報整理が精度向上されるようなものだ。

 茨木童子や鬼童丸といった防御不能技がデフォルトの連中と渡り合うためにも、強さの定着は手伝える。あとは、ゆらちゃん本人のアイデア次第だ。こればっかりはどうしようもない。インスピレーションを得られる機会を増やすくらいだろうか。

 

「それにしても、ゆらちゃんに加えて、天与呪縛を得た()()()()()か。本当に退屈しないね」

 

 そうだろう?()()()()()くん。

 

 妖気の増した浮世絵町はすぐそこだった。

 


 

 同時刻、高速道路を一望できる場所にて、着物の男が佇んでいた。

 

「首無しライダー、これにて(しま)(かな)

 

 左耳に鈴の飾りを着けている彼──柳田は、同じ組織に所属する『腕』の作品である"首無しライダー"、その顛末を確認しに来たのだ。

 

「領域、ね。確かに、着想を得たというのも本当みたいだ」

 

 片腕を失った代わりに、あのままなら一生涯得られなかった"死そのものの感覚"を掴めた。そう言っていた彼の新作は、確かに素晴らしい出来栄えだ。まだ自分たち──百物語組が表に出ることはできないが、いずれ()(もと)の復活のために大きく動く。

 

「地獄絵図、どうなるの哉」

 

 来る12月24日の百鬼夜行、鏡斎の担当は渋谷。()()()()()()()()()その畏は、どれほどのものを作り上げるのか。




野盗狩りみたいなノリで死地に連れ出していく。

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