渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する 作:三白めめ
バイクを走らせて浮世絵町に向かう間、段々と感じる妖気が少なくなっているとゆらちゃんは言っていた。実際に辿り着いてみると、仮面を着けた狸の妖が、敵味方無差別に刀を振るっていた。刀は斬る度に
「蠱術や。多分、妖を斬れば斬るほど強くなっていく。ようできた刀やね。多分特級クラス」
「そっか。どう対処するつもりだい?」
まあ、それはともかく。敵の場合、やり方はいくらでもある。平安時代に現代知識を使って手に入れたアレを使えば、間違いなく殺しきれるが……
「あの刀で斬られる前に、妖を先に滅し尽くす」
そう言ってゆらちゃんは式神の形代を四枚取り出した。参戦し、方針も決めた以上はそちらに従おう。そもそも、アレは晴明とかの術師殺しに使いたい代物だ。縛りですらない小さな拘りやプライドと言われればその通りだが、こういった精神的な支柱は意外と大事になる。
「貪狼、禄存、巨門、武曲。行け!」
式神を放つと共に、ゆらちゃん自身もバイクから降りて駆け出す。近接戦闘タイプの所作が板についてきたようだ。
「じゃあ、私は演出でも頑張ろうか」
バイクで妖怪の集団へと突っ込み、呪力を込めた拳を車体に叩きつける。爆発寸前に蹴り飛ばし、一帯を爆炎が包んだ。バイク自体は中古の市販品だから、使い捨てるのも惜しくない。
瓦落瓦落とは違って爆発の煙を使って残骸に呪力を纏わせているが、起きる事象は似たようなもの──範囲全体への攻撃となる。
「そして、無為転変」
一度触れるだけで、妖怪はいとも簡単に形を変える。自分の腕の変形や他人の治療は何度も試したが、悪意を持って他の生物を変形させるのは初めてだ。最初は上手くいかずにバアンッと爆ぜさせてしまっていたが、何回か試せば、グニィという感じに小さくしたり変形させたりすることができた。
妖が金属片に貫かれたりして燃え尽きた後、別の方向から大量の水が流れてくる。水源は、ゆらちゃんの式神の象──巨門。水を出しているのは、廉貞と融合したからか。
ゆらちゃん本人は、前線で戦っている。式神使いは近接戦闘が苦手と思われているようで、ゆらちゃんからすれば入れ食いのような状態だ。
「数が減った?」
勢いが弱まったと感じて辺りを見ると、妖怪の動きが二分されていた。一方は、ゆらちゃんや俺の姿を見て離れており、もう一方は俺たちを殺そうと襲ってきている。
「ああ、牛鬼か」
術式や手傷を負わせたことから、本人と断定されたんだろう。晴明と並ぶ最強格と戦いたいやつは少ないのか。千年前の野心全振り蛮族共とは違って大人しいな。ということは、逃げている方は浮世絵町を拠点とする妖だ。奴良組と言っていたか。トップが半妖なら、名字から素性が割れる可能性を考えて組の名前は変えた方がいいと思うけど……。もうだめだよ。奴良くんが半妖だって隠せてないって。
そう思っていたら、噂をすればとばかりに牛鬼がこっちに来た。
「単刀直入に聞く。今回こちらと敵対する気はあるか」
「返答としては"どちらでもいい"かな。組織の違いを区別して祓うほど仲良くなっているつもりはないけど、逃げるなら追って殺しはしない。この乱戦で逃げられるかどうかは別として」
当然と言えば当然だけど、戦場でしか会わないから最小限のコミュニケーションになっている。組の名前を出さないのは、前述の理由があるからかな?
「お前の事情はともかく、こちらのシマに手を出した落とし前、いずれつけさせてもらうぞ」
まあ、舐められたままなのは体面に関わるだろう。いや、最近はどうなっているんだ?妖怪が変に組織化していて、
平安なら、大半の徒党は京を陥落させるために組んでいたから皆殺しで済んだ。戦国は、乱世だったのでどのみち鏖殺すれば解決した。
……現代、よくわからないな。"何事も暴力で解決するのが一番だ"と何かの本で読んだが、あながち間違いではなかったらしい。
「それにしてもその体……いや、私が口を出すことではないな」
「そうやって中途半端なのが一番困ると思わないかい?」
もったいぶるような言い方は本当にやめてほしい。現実に伏線なんて要らないし、疑問はすぐに解決させてほしいのだ。そう思って続きを促すが……。
「──どういうことだ?覚えていないなど……」
複雑な思いを抱えていると、ゆらちゃんの方も静かになってきた。そちらに目線をやると、火を噴く鶏や鈎針の髪をした妖を祓ったようだ。ゆらちゃん、会った当初は近接戦闘も最低限できる程度の式神使いだったのに、いつの間にか式神と一緒に突っ込んでいくタイプの戦い方をしている。本人の気質が直情型だし、そっちの方が向いているのもあるけど。
そんなこんなで、大勢は決してきた。どうやら四国の出らしい妖怪はあらかた祓われたり死んだりして、奴良組の妖怪は奴良くんの近くにいる。あそこの集団に突っ込んで領域展開したら面白そうだが、彼はもしかしたら現代の異能に成れるかもしれない。その芽を潰すことはしたくないので、大人しく観戦するだけにしておこう。
ビルの屋上の縁に腰かけ、眼下を眺める。空は白んできて、奴良くんは限界が近いみたいだ。そう言えば、あの刀で刺された傷があったっけ。それでも戦っているあたり、立派にイカレていると言うべきか……。
ゆらちゃんの方は、あの呪具の奪取に挑戦していた。あわよくば片腕ごともぎ取るといったところか。式神を囮に、刀身より内側の距離での戦闘を挑んでいる。
無為転変で作ったポケットサイズの"駒"を使って援護射撃でもしようかと考えたが、絵面が最悪にもほどがある。どれくらいの期間保存できるかの確認のために二~三個ほど残して、残りは目に付いた四国の何体かに向けて放つ。真人がやっていたような飛び道具としての運用も確かに効果があるようだ。
「お… …がい。ころして」
という声が、傍から見ていた妖怪にも精神的な被害を与えるようで、勝手にこの状況を怖れていた。妖怪は精神に依存するという点で、この技は想定よりずっと効果的なようだ。
さて、そんなことを確認しつつゆらちゃんの方に目線を戻すと、流石に陰陽師だと気づかれたのか、大将だろう妖怪が一般人を狙い始めた。野次馬根性というのか、そいつらは退こうとしないからゆらちゃんは庇わざるを得ない。引くことを覚えろKS。
「なんと言うか、晴明の言うことも分かるんだよね」
やはり人間は愚か。懐古厨というわけではないが、"殺れるなら殺っとけ。無理なら逃げろ"の平安や戦国と違って、戦えないのにその場に残るやつが多い。避難訓練初心者か?
さて、ゆらちゃんに代わって、側近からリクオ様と呼ばれている、さっきから奴良組と名乗る連中のトップ。何者なのか全くわからないが、夜が明けてきて畏れが弱まっているみたいだ。
まあ誰だか知らないが、持っている術式は特級と言っても過言ではない。幸い、今は呪力を使ってもギリギリ自壊しない時間だろう。
「へ?そっち……?」
てっきり、他の妖怪の畏をコピーして何かしらすると思っていたが。奴良くんが使ったのは妖怪としての畏。相手の認識をズラすのは強いのだろうが、それだけではまだ上位勢には勝てない。簡易領域か領域展開で中和しないと、領域内必中にはどうしようもないのだ。で、貞綱くんが簡易領域にちゃんと門外不出の縛りを加えているから今の奴良くんは習得できない。領域展開は……ワンチャンあるか?
今度改めて陰陽師をやってみないか誘おうと決意しつつ、彼の畏──鏡花水月が上手く働いたのを見る。その後はなんか、四国の親玉だとかぬらりひょんとやらだかが和平交渉をやっているのを横目にゆらちゃんを迎えに行く。特級相当呪具の刀は、夜雀が回収していった。あの縛り、無事に回収を終えるためにあったのか。
「おつかれ、ゆらちゃん」
「はぁ……えらい疲れたわ」
300万程度に釣られた呪詛師と、浮世絵町に向かっている妖怪たちに加えて想定よりは強かった首無しライダーの一斉討伐。その後は少し休んだ後に浮世絵町でひたすらに襲ってくる妖怪を捌き切る。特級呪具を持った妖怪相手に一般人を庇いながら戦うとなると、だいぶ消耗しているだろう。
「実のところ、邪魔じゃなかったかい?あの人間たち」
正直、あれらが大人しく逃げていれば、ゆらちゃんにはあの狸の妖怪を倒すこともできていた。なんというか、藤原の貴族共の傲慢さがそのまま一般人ナイズされた感じの人間しかいないような気がしてくる。烏鷺の言っている藤原とは方向性こそ違うが、やっぱり藤原はロクでもないな!
「それはそういうもんやろ?」
だから、ゆらちゃんがこう返してくるのも想定内というか、道満の子孫だしそう言うだろうねという感じだった。弱者救済を掲げて、こう、いい感じに答えるんだろうと。
「救った人に罵られることもしょっちゅうや。もっと早う来たら誰々も助かったとか、あんな悪人を救う価値なんてなかったとか」
それでも。ゆらちゃんが──花開院ゆらがそう言った時、道満は人間賛歌のようなことを言っていたよなと目を見開いた。
「けどな。弱くて醜くて、救いとうないな思っても。その時は確かに私らを必要としたんや」
例え話になるけど。そう続ける。彼女の先祖は、弱さを尊いものだと言っていた。だから、救いたくないと思ったと言ったゆらちゃんは間違いなく花開院ゆらという個人で。
「暗闇を照らした先が眩しい虚無で、光が掻き消されたとしても。縋りつく手を振り払うんはちゃうやろ」
晴明の言っていた理想を思い出す。光の要らない眩しい闇。……道満は、晴明の正体について書き残さなかったはずだ。なら、ゆらちゃんはこの答えに自力で辿り着いたということか。
「人が醜いんはいつかみんな知ることや。陰陽師でなくても、接客業や弁護士でも同じやと思う。けど、救いたくないからって見捨てたら、きっとどこかで思い出すはめになる。それに、ただでさえ呪詛師相手に殺人までやらかしとるのに、見捨てるって選択肢まで私の人生に入れたくないんよ」
『殺す』と『見捨てる』が選択肢に含まれる人生って、傍から見れば碌でもないから。つまり、自分のためだと。夜の明けた空の朝日が逆光になってか、そう言ったゆらちゃんが妙に眩しく見えた。
「せや、忘れとったけど……。一発……殴ら、せ、ろ……」
体力も限界だったのか、倒れるように体ごと殴ってくる。眠りかけだというのに、きっちり重心を移動させて拳を打ち込んできたのは意地と言うべきか。
今日は学校を休むことになるだろうなと思いながら、俺より背の高いゆらちゃんを背負って、朝焼けに包まれた街を歩きだした。
そして、決着が着いてから数週間後。俺とゆらちゃん、そして奴良くんは、新しい陰陽師と邂逅する。
「奴良リクオとかいったか。どんな女がタイプだ?」
彼──花開院竜二という陰陽師はまず最初に、女の好みを聞いてきた。
次回、呪い合い。
ゆらちゃんも中学校にマトモに通えるくらいの常識はあると信じている。話を進めていくたびに、成功体験とステゴロのアドレナリンでどんどんゆらちゃんがイカレていく……卑屈さはどこに行ったんだろう……?