いろはちゃんは先輩とゲームがしたい 作:幸イテ(旧名:kouta)
なんとなしに寄ってみたのがきっかけだった。休日の時間つぶしで寄ったショッピングモールでウィンドウショッピングをした後、たまたまゲームショップ目に入ったのだ。
いつもなら絶対入らない、というか興味すら持たないそれ。そんな私が足を止めてしまったのは、あのひねくれた先輩がオタクであり、ゲーマーを自称していたから。
それまで男子ともよく遊んでいた私であったが、実のところゲームはやった事がなかった。なぜならゲームは家の中で遊ぶものである。一個人への深入りを避けていた私が誰かの家に遊びに行く事はなかった。やった事あるのはせいぜいゲームセンターのクレーンゲームくらいのものだ。
好きな人がやっているから、と言う理由で足を止めるなんてどんだけ乙女なんだ、とセルフ突っ込みしつつ、それでも押さえられない興味が勝って足を踏み入れたわけであるが……はっきり言って訳が分からない。
ソフトパッケージを見ても何が何だかさっぱりなわけで、とりあえずデモ映像を眺めるわけだが、ゲームと言うよりかは映画に見える。いったいこれはどう操作するのだろうか? というかこれはそもそもゲームなのか?
とりあえず自分ができそうな感じではないなぁ。
私の知識はせいぜいマリオとか位だ。しかも知っているだけでプレイ経験はなし。そのマリオですら綺麗になっていて、親戚の子がやっていたのを見たときはこんなんじゃなかったぞとびっくりする。
そもそもゲーム機自体も種類が沢山あるようで、情報量の多さに途方に暮れる。この数多くあるゲームの中で先輩のやっているようなゲームってどれなんだろう? 一緒にできそうなものがあったらなんて思っていたのだが、これでは探しきれない。
「そもそも知識がなさ過ぎて……思い付きで行動するもんじゃないですね」
落胆しつつ店を後にしようとしたところで、とあるデモが目にとまった。
「あ、これ……」
新作の宣伝がメインの大型の店頭デモとは別に、旧作コーナーで小型のモニターで宣伝されていたそれ。まず目を引かれたのは圧倒的なカラフルさ、何よりも色につられてしまった。そこに7割の可愛いと3割のちょい悪を足した感じで、どこかハイカラなキャラクターが水鉄砲のようなものを撃ってわちゃわちゃしてる。
「……なんか楽しそう、かも?」
水鉄砲からまき散らされたものは只の水ではなく色付きのようで、みるみるうちに周りを一色に染め上げていく。塗ったり塗り替えされたり、それは子供の頃にやった泥んこ遊びの様で、無遠慮に周りを汚して、自分すらも泥まみれになって夢中で遊んだ記憶が蘇った。
「こういうゲームって先輩やるのかな? えっとタイトルは……」
いろはちゃんは先輩とゲームがしたい
思い立ったら即実行、早速私は翌日行動を起こした。放課後いつものように奉仕部に突入、ではない。理由はいわずもがな、奉仕部にはあの二人がいる。完全無欠と称されるクール系、雪ノ下雪乃、コミュニケーションお化けで可愛い天然、由比ヶ浜結衣、自分が霞むほどの美少女たちだ。だからといって嫌いと言うわけではない。私が遊びに行っても快く迎えてくれるし、生徒会長の仕事で行き詰った時は助けてくれる。
二人とも心が温かく、女の人の中で私が尊敬する数少ない人達だ。だが先輩をめぐっての恋のライバルでもある。先輩に大して明らかに好き好きオーラ出しているのは結衣先輩であるが、先輩と分かり合っている空気を醸し出す雪乃先輩も侮れない。
二人と先輩との絆は固く、強固だ。私はそれを躍起になって追っている最中なのである。皆でゲームも考えはしたが、自然にくっついたのならともかく、いくら尊敬する先輩達であっても恋敵に塩を送るような事は流石の私もできないわけで。
卑怯と言うなかれ、最初から出遅れている私には二人のような余裕はないのだ。
よって狙いは先輩が一人でいる時、つまりはお昼休みである。先輩は孤独を好む性質なので、余程の事がない限りは屋上でいつも一人で食べている。それは今日と言う日だって変わらない。
いつものようにニヒルな笑みを浮かべて先輩は、彼が愛飲している極甘のコーヒーを飲んでいた。予想通り過ぎて頬が緩む。私は手鏡で身だしなみを軽くチェックした後、満を持して先輩に話しかけた。
「せーんぱい、またボッチ飯ですか?」
「ん? 一色か。会って早々ディスるのはやめてくれませんかね。ボッチ飯サイコーだろ」
「否定はしませんよ? 常時営業モードは疲れますからね」
ディスりからのまさかの持ち上げに反応が止まった先輩の隙を見て、私は先輩の横に陣取る。先輩の話す事はいつも否定される事前提のいわゆる自虐ネタのため、肯定されると想定外で身動き取れなくなるのだ。これぞ私が編み出した対先輩攻略法だ。
「あ、それと私が来たからって別の場所に行こうとするのはなしですよ?」
もちろん釘もさしておく。この先輩はここまで来ても逃げようとするから油断はならないのだ。多分対外を気にして気を使ってくれているのだろうが、そうした心遣いは私には無用である。
「何か、あったのか?」
うん、そう思うのは無理もない。いつもなら私は奉仕部で話を持ち掛ける。先輩に仕事を依頼するときだって堂々と二人の前で宣言する。私がここまでして先輩に会いに来たってところに引っかかっているのだろう。
「いえ、先輩が勘繰るような事はないので安心してください。今回はちょっとした私用です。先輩ってゲームやりますよね?」
「ああ、家で籠ってやれる最高のツールだからな。ゲームはマストだ」
「それじゃあスプラトゥーンって知ってますか?」
私からゲームの話題が出るのがよほど意外だったのか、きょとんとしてしまった先輩はなかなかにレアだ。まあ今まで作ってきた私のイメージからして、合わないのは分かってますけどもそこまで変ですかね?
「いや、たまたまゲームショップで見かけて、面白そうだなぁーって」
「確かに女性プレイヤーも多いって聞くが、合う合わないははっきりするだろうな」
「そうなんです?」
「ああいう見た目でも対戦ゲームだからな。負けるのがストレスになる人はお勧めできない。といっても触ってみないと分からないよなその辺」
よしまず第一段階は成功、ゲーマーを自称するだけあって、先輩はこのゲームを知っているようであった。後は持っていれば言う事なしなんだが。私がどう話を誘導しようか考えていると、先輩は私の予想の遥か上の反応を示した。
「なんなら家でやってみるか?」
「え?」
「え?」
二人の間で空気が凍る。
今先輩はなんと申されたのか……家、家といったか? あの先輩が? 嘘でしょ?
「いや、あれ小町が好きでな。家にあるんだよ。買うには流石に高くつくから一度試した方が良いかと思ったんだが……」
嘘じゃなかったぁぁぁぁぁぁ!!!!
まじかまじかまじか!? あわよくばとは思ってたけど、まさか先輩の方から振ってくるなんて。
「あの、先輩?」
「どうした?」
「自分が何を言っているか分かってます?」
「何をってそれは……」
それまで涼しい顔をしていた先輩の顔色が一気に悪くなる。あ、これ言った本人も無自覚だったんだ。
「す、すまん。これはそうじゃなくて、いや、そうでもあるんだけどそうじゃないんだ! と、とにかく変な事言った。忘れてくれると「行きますよ!」ってまじ!?」
「行くに決まってるじゃないですか!! 男に二言はないですよね!? 訂正なんて今更させませんよ!! 何なら今日にでも!!」
「お、おうって今日かよ!? 一応部活あるんだが」
「じゃあ学校ない日にしましょう! そっちの方が時間たっぷりありますし」
「あれ? これって俺墓穴掘った? 週末はあれだ、予定が」
「アニメは録画できるじゃないですか!」
「何故知っている!?」
「お米ちゃんから先輩の休日の行動は把握済みですよ!!」
「小町ぃー」
せっかく巡ってきたチャンス、これを逃すなんてとんでもない。一気に畳みかけた甲斐もあって、私は今日すぐとはいかなかったが、週末に先輩の家に行く権利を得たのであった。
「こんな事になるとは今日は厄日か……どうして俺はあんな事を……」
「うっし!」
精魂尽き果てた様子の先輩の裏で私はガッツポーズをする。そんなテンション高い私を見て先輩は怪訝そうな表情を浮かべた。
「しっかし何でお前はそんなに嬉しそうなんだよ。ゲーマーの俺が言うのもなんだけど所詮ゲームだぞ?」
そんなの先輩が誘ってくれたからに決まってるじゃないですか。無自覚であったっぽいが、無自覚とはあの時の先輩は素であったという事。つまり外面はどうであれ、先輩にとって私は別に家にあげても構わない存在となっているのだ。
先輩は強引に誘わないとなかなか誘いに応じてくれないので、彼の前では常にハイテンションを演じていた。正直なところ、迷惑かけっぱなしの自分がどう思われてるかなんて不安しかないわけで。
それがふたを開けてみればどうだ。あの先輩から実は信頼されていたなんて、嬉しさで飛び上がってしまいそうだ。でもそれを直接言うのは流石に恥ずかしいので、私は別の理由で誤魔化す事にした。
「先輩にとっては日常の一つかもしれませんが私としては違います。私実はゲームって初めてなんですよ」
「まじか。今まで全くやった事ないってか?」
「ええ、そうです」
「完全に初めてって今のご時世それはそれで珍しいな。男子と遊んだ時とか誘われ……あー、そういう事か」
「……先輩ってこういう時便利ですよね。ご想像のとおりかと」
流石に私の可愛い子ちゃんの仮面を真っ先に見抜いただけはある。説明しなくていいのは助かる。要するに男子の下心まみれの中でゲームなんて楽しめるわけないだろ、と。
「そんな過去の私の事情を察した聡明な先輩であれば、私の未知への期待分かってもらえるかと思いますが」
「さっきも言ったように楽しめるかどうかは分からんぞ? もう言ってしまった手前、お前が家に来るのは諦めたが、期待はしすぎんなよ。ダメだった時の反動大きいからな」
『諦める』とか失礼な事言ってるけど今の私はびくともしませんよ。何せ初めに誘ったのは先輩なんですからね! それはどう足掻こうが変えられない事実です。
「もちろんそれは分かってますよ。もしもやってつまらなかったら代わりに先輩の芸で楽しませてくださいね」
「おい、いきなり無茶ぶりするな」
まあ、私としてはもう正直クソゲーでも構わないんですけどね。先輩の家に行くきっかけをくれた、それだけで私にとっては神ゲー確定なんですから。
そんなこんなでやってきました日曜日! 先輩の家に行くにあたって私は一つの問題に直面していた。知人の家に行く服装ってなんだろう? しかもやるのはゲームだ。今までなかったイベントに私は頭を悩ませる事となった。
オシャレ過ぎてもあれだし、だからといって部屋着ってわけにもいかないだろう。悩みに悩んだ挙句私が選んだチョイスはニットのセーターとジーンズという超無難どころであった。スカートにするか悩んだのであるが、今回は下手に色気出すよりも、ゲームを楽しむのを優先する事にした。
電車を降りた後、うきうきしながら先輩の家への道を歩く。なんだかんだで優しい先輩は駅まで迎えに来ようとしてくれていたが、私はそれを丁重にお断りした。単純に気を遣わせたくないっていうのもあったが、一番はこの会う前の時間を満喫したいという私の我儘だ。描いてもらった地図を頼りに目指すのは思いのほか楽しく、鼻歌すら歌ってしまう。
「ここが先輩の家……」
そうしてたどり着いたのは一色家と大差ない極々普通の一軒家、すぐさま私は表札にちゃんと比企谷の文字を確認。ここで違う家に突入し誤爆したらすべてが台無しである。チェックはしてしかるべきである。
確認作業を無事終えたら、玄関の前で一呼吸。そして私は満を持して呼び鈴を押した。しばらくすると中から誰かが近づいてくる音が聞こえてくる。ドアが開くとそこには目的の人物が気怠そうに立っていた。
「おう、よく来たな」
「おはようございます先輩、今日はよろしくお願いしますね!」
「朝からテンション高いな。流石の陽キャラっぷり」
「なんたって未知への遭遇ですからね!」
実際の理由はそれだけじゃないけども。
「まあ……分からなくもない。面白い作品見つけたときのテンションってすげーよな」
そう、これだ。先輩の家に行くというだけでも一大イベントなのに、なんだこのガードの緩さは。先輩は自他ともに認めるひねくれものである。やっぱ気が変わったとか、最悪に至っては居留守使われるくらいの覚悟はしていたのに、意外や意外、えっらいスムーズだ。うまく行き過ぎて怖くなるくらい。共通の趣味効果恐るべし。
「とりあえず上がってくれ」
「お邪魔しまーす」
そこからは定番のやり取りなんだろう。居間に通され、飲み物やお菓子などが用意される。「だろう」といったのは、前にも言った通り私自身こういう経験がなかったからである。知識としては知っていても実際に施されるのは初めての経験であった。
あの我が道を行くといった先輩でも、こういうところは普通なんだなぁと思うと妙におかしく笑ってしまった。ちなみに本日の先輩の服装に関してであるが、お米ちゃんから聞いていた話だと家ではラフな格好らしく、今日もそんな感じかなと思っていたのだが、意外にもきちんとしており、友人仕様であった事にちょっとした喜びを覚えたり。
後気になるとすれば……
「先輩、家では眼鏡してるんですか?」
「ああ、ゲームやるとついつい長くなっちゃうからな。一応ブルーライトカットの眼鏡してんだわ」
「なるほど」
特に感想言えなかったのは似合いすぎていたからだ。眼鏡をした先輩はフツーに知的イケメンである。そのせいか普段のダメオーラがあんまり感じられない。これは、うん……やばいですね。いろいろと。
「どうした? ぼーっとして」
「な、なんでもないです! そ、それよりもゲームやりましょゲーム!」
「はいはい、ちょっと待ってろ。今持ってくるから」
慣れない事続きに顔が熱くなるのを感じながらお茶をすすっていると、先輩が両手に機械とコントローラーを持ってやってくる。
「これがゲーム機本体なんですか? 思ったより小さいですね?」
「携帯機にもなるからなこれ」
「まじですか?」
「ほれ、テレビに繋ぐまでの間画面でも見てろ」
「おー」
手渡されたゲーム機本体には、ゲームショップで見た綺麗な光景がそのまま広がっていた。スマートフォンで小さい画面見慣れているのにかかわらず、ゲーム機というだけで妙な関心をしてしまう。
「これでよしっと、一色、本体返してくれ」
「はい」
先輩が私から受け取ったゲーム機をテレビに繋がれたドッグに刺すと、先ほどまで見ていた画像が大画面に映し出される。
「おおー!」
「……なんつーか、お前、本当にゲーム知らないんだな。反応がいちいち面白すぎるわ」
感動する私を尻目に先輩は軽快に操作し、お目当てのゲームを起動する。程なくして私がデモで見ていたカラフルな世界が広がった。先輩がスタートボタンを押すと、いきなりニュース番組のようなものが始まって、ゲーム内で二人のキャラクターのやり取りが始まる。
「あ、イカちゃんだ!」
「片方はタコだけどな」
「そうなんです?」
「髪、でいいのか分からんが、そこにでっかい吸盤あるだろ? そっちがタコ。後目の隈でも判断できるぞ」
「イカの方は繋がってるんですね」
「それで合ってる」
先輩が率先して説明しているのはなんか新鮮で、仕事ではないこうした雑談をしているのがただただ楽しい。イカちゃんとタコちゃんのニュースが終わるといよいよスタートだ。いきなり都市のど真ん中に放り出された先輩イカちゃんがぺちぺち歩く。可愛い。
「ところで先輩のキャラ、何で女の子なんですか?」
「可愛いから」
「私がいるのに他の女の子を可愛いと言うなんてなってないですね! そんな子より私を可愛いと言ってくださいよ!」
「ゲーム内のキャラに嫉妬とか、お前ヤンデレかよ」
「かなーしーみのー」
「おい、やめろ馬鹿! っていうか何でそれ知ってる?」
「先輩アニメ好きっていうので予習を」
「チョイスがおかしい!」
わいのわいの言い合いながらも先輩の手は動いており、メインのタワー、ではなくその脇のマンホールへと向かって行く。
「あれ? 先輩。真ん中に行くんじゃないんですか?」
「ん? 動画でも見たのか?」
「ええ、一応は。後攻略サイトも少し。それでも正直分からない事多いですけど。2チームに分かれて戦って、陣地を塗り合って勝てばいいってのは知ってます。でも動画だと必ずしもそうじゃないみたいで」
「ガチマッチか」
「それですそれ」
「あれはルールが別物で、さらには4種類もあるからな。あれはあれで楽しいがまずはこれだ」
そう言ってマンホールを抜けるとだたっ広い空間に出る。ここは動画では見ていなかったな。
「地下に行ったのに空見えるんですね」
「至極まっとうなツッコミがかえって新鮮だわ。ほれ」
「わわわ、いきなり投げないでくださいよ」
いきなりコントローラーを投げ渡されてびっくりした私は慌ててキャッチする。
「いきなり対戦は流石に無茶だから、ソロ専用ステージでちょっと練習だ」
「んー?」
今一ピンと来ていない私に先輩は説明を補足する。
「マリオみたいな感じとでも言えばいいか? あんな感じでステージを攻略する一人用モードがあるんだよ。流石にマリオくらいは知ってるよな?」
「もちろんマリオは知ってますよ!」
見る専だからなんとなくだけども! まあとにかくやってみよう。やれば分かる。
「ではでは早速。イロハイカちゃんレッツラゴーです」
操作方法は事前に攻略サイトを見たので知っている。なるべく長く遊べるようにするため、予習はマジで頑張ったのだ。とりあえずこの左スティックで移動してみよう。すると目の前のイカちゃんが私の操作に連動して歩き始める。
……地面を向きながら。
「……先輩?」
「まあ、こうなるよな。一色、ちょっと失礼な」
断りを入れた先輩は何を思ったのか、コントローラーを持つ私の手に触れる。
「え? ちょ、ええー?」
「ここをこう、な」
テンパる私に対して先輩は冷静そのもの。先輩は私の手とその中にあるコントローラーの向きを上に変える。
「な、何してんですかいきなり人の手を触って。ゲームを教える優しい恋人気取りですか! 普段あれだけ避ける癖に今日はなんなんですか! いいですよ、もっと来てください! もういっそ後ろから抱えるように抱きしめながら教えてください。ごめんなさい!!」
って、うわー私めちゃくちゃ凄い事言ってる!? 先輩の怒涛の攻めにいつものお断り芸が誤作動しまくってる。最後のごめんなさいしか付け足せてないし、後はただ願望垂れ流しているだけじゃないですか!
「くく、久々に聞いたなそれ」
そしてこの余裕が腹立つ。先輩、もしかしなくとも最後のごめんなさいしか聞いてないでしょ? もう少し聞く努力をするべきかと思います! 聞かれても困るけど!!
「画面見てみろ一色」
「うーーー」
それまで先輩に恨みがましい視線を向けていた私だったが、しぶしぶゲーム画面に視線を戻すと、さっきまで地面を眺めていたイロハイカちゃんが正面を見ていた。
「……お? 今度はちゃんと前を見てますね?」
「ジャイロセンサーって言ってな。ゲームコントローラーの傾きで視点が動くんだ」
「まじですか!? はえー」
試しにもっと上に傾けてみるとイカちゃんは空を見上げる。横にターンしてみるとイカちゃんもそれに連動する。
「……すっごいですねこれ」
「初めてやるとびっくりするよなこれ。試しにZRボタン、右上奥にあるボタン押してみろ」
ZR、確か攻撃ボタンだったっけ? 右奥って言っても正面のXボタンじゃなくて、人差し指にかかる奴ですよね?
「んーっと、これですか? お、先輩イカちゃんが何か撃ってますよ!」
水鉄砲でまき散らしたインクが地面を染め上げていく。コントローラーを上下左右に動かすとちゃんと撃つ方向も変わるため、訳もなく動かしまくる。するとカスカスっと乾いた音が鳴り、インクが出なくなった。
「インク切れだな。じゃあ自分が染めた床の上に行ってZL、さっきと反対の方のボタンだな。それを押してみろ」
「今度は潜っちゃいました」
「するとインクが補充される。後塗られた床の中は押しっぱなしでそのまま動けるからな」
言われるまま試すとイカちゃんがインクの中をすいすいと泳いでいく。
「おおー、歩くよりも早い」
「インク回復、高速移動、動かないでいると潜伏にもなる優れものだ」
今度は満タンになったインクで一直線に塗り、塗られたインクの中を往復する。
「ほうほう、これはこれは……」
ただ動かしているだけなんだけど、そもそも何も始まってないんだけど……なんか楽しい! 私、今猛烈にゲームしてます!!
「基本はこんなもんか。じゃあそろそろステージ1に行ってみようか」
「了解です!」
そうして私こと、イロハイカちゃんは颯爽とステージを3つほど駆け抜けたのであった。いや、本当ですよ? ちょっと死んじゃったりしたけれどゲームオーバーにはなってないから問題ないです!
「まずまずじゃないか。完全に初めてっていうからもっと苦戦するかと思ったが」
「やればできる子ですから!」
「いや、ほんと良く照準つけられるな。変にゲームに浸かってないからこそなのかね。でもこれだったらやれなくもないか」
「……って事は」
「一色、いよいよ本番だぞ」
そう、スプラトゥーンは一人プレイがメインではない。インターネット対戦こそが真骨頂なのである。
私の中で緊張が走る。自分が下手で負けるのはまあいい。だがこのゲーム、4VS4のチーム戦なのだ。仲間の足を引っ張るのは嫌だなぁと思ってしまうわけで。
「そう気負うな。今からやるのはナワバリバトル、負けて何か失うってわけでもない。対戦でもお気楽な奴だよ。ルールもシンプル、終わった時に塗り勝っていればいい。なんなら負けたときに仲間のせいにしても良いぞ。どうせここから聞こえやしないし」
「ただの責任転嫁じゃないですかぁ」
「責任転嫁こそこのゲームの醍醐味よ」
この先輩、何て悪い顔をするのか。
「小町なんていっつも放送禁止ワード連呼してるぞ」
まじかー、お米ちゃんストレスたまってるのかなぁ?
「とにかくだ。気兼ねせずやってみろ」
「わ、分かりました」
今度こそタワーのロビーに入り、先輩に言われるがままナワバリバトルに参戦する。それから待つ事10数秒、マッチ完了の合図だ。とうとうその時が訪れた。
「よし、一色いろは。やってやりますよ!!」
人生初のゲーム、初のオンラインプレイ、初陣だ!!
「とりあえず塗って道作って、って出たぁ―――!?」
「なんか小さいのがよちよち歩いてきた、これってボム!?」
「せ、先輩、なんかビームが!? ぶっといビームがぁぁ!! 上からもなんか降ってきてるしぃぃぃぃ!!」
デケデケデケデケデケデケデケ…… デデン!!
30% ⇦ こっち 60%
LOSE!!
「…………」
「うん、フルボッコだったな」
なんだこれ、さっきの一人プレイとぜんっぜん違う。CPUの雑魚敵と違って殺意が……殺意がすっごい! あまりもの違いに唖然としていると先輩は苦笑しつつ私に告げた。
「相手運も悪かったが、まあこれが対人戦だ」
「これが先輩の言っていた合わないかもってやつですね」
「ああ、面白いゲームなのは確かなんだが、もう発売されて結構経っているからガチの初心者が少ないんだよ。今でも新規自体は入ってきてるらしいけどな。それでどうする? 違うのもあるぞ? マリオカートとか」
「いいえ、こんなんじゃへこたれませんよ! 続けます!!」
まだまだ一回負けただけだ。ここでやめてしまうなんてあまりにももったいない。闘志あふれる私を見て先輩はにんまりと笑う。
「どんなものか知ってもらうためにあえて何もアドバイスしなかったが、この状況でやると言えるのであれば一色、お前ゲーマーの才能ありだな。その熱意にこたえて俺も本気でアドバイスしよう」
「お願いします!」
「いいか、スプラトゥーンはプレイスキルもあるが、知識だって重要だ。戦略が物を言う。その証拠に将棋棋士の人が最高ランクになったりしているからな。セオリーを愚直に守っていれば初心者でもチャンスは来る。それを待て」
「分かりました!」
「序盤は前線を仲間に任しても良い。後方でひたすら塗れ。些細な塗り残しで負ける事だってあるからな。ナワバリバトルなら塗りもしっかりとした仕事だ」
「一通り塗り終わったらいよいよ戦いに行くぞ。初心者にとって一番の鬼門は索敵だ。でも無理に探そうとするな。とりあえず敵の色が見えたら絶対そこにいると思えばいい」
「敵とまともに撃ち合おうとするな。5分の勝負はむしろリスキーだと思え。やばいと思ったらすぐ逃げろ。死ぬよりはましだ」
先輩のアドバイスは徹底した安全路線である。初心者の私は動かすので一杯一杯で、守っているつもりでも撃墜されてしまう。それでも徐々にうまくなっている感じはあり、負けはすれどもリザルトの塗りポイント(いわゆる貢献度の指標の一つ)は徐々に増えていった。
そしてナワバリバトルを開始してから5戦目の時だった。へこたれずにやってきた私にとうとうチャンスが巡ってきた。残りは30秒、先輩曰くナワバリバトルはラスト30秒こそが重要。敵の色が見えた事から私は警戒モードに入り、敵のインクがあるところにクイックボムを投げ入れたわけだが、いつもと違う手ごたえに違和感を覚えた矢先、突然そこから敵が飛び出してきたのだ。
「一色今だ!」
「おりゃーー!!」
敵も同時に攻撃してきてお互い真正面からの撃ち合いだ。そしてもう死んじゃうってなった時、相手の方が先に昇天していなくなった。先にボムでダメージが入っていた分、競り勝てたらしい。
「せ、先輩……これって」
「おう、初キルおめでどう」
「やった! やりました!」
とうとう一人仕留めたぞ! と喜んだのは束の間、
「一色まだ敵が来る」
「うえ!? だったらとりゃーーー!!」
テンパった私が咄嗟にやったのは、3戦目あたりでやっとゲージが溜まるようになって覚えたスペシャル技。スーパー着地という接近戦用の必殺技だ。見事空中に高く飛びあがって相手の射撃を回避した私のイカちゃんが、今度は急降下して地面に拳を叩きつける。そこから生じた衝撃が敵へと襲い掛かり、漁夫の利を得ようとした愚か者を制裁した。
「やった!」
「よっしナイス判断だ。少し遅れ気味だったが相手が短射程だったのが幸いしたな。あれじゃあ気づいていても迎撃が届かない」
「ピンチになったらとりあえず使っておけって聞いていたのが良かったです」
「後10秒、気を抜くなよ」
「分かりました!」
そうして待ちに待った試合終了の合図。私はドキドキしながら結果を待つ。ぱっと見は勝っているように見えるが、さっきも勝ったと思ったら、膨張色で大きく見えていただけで普通に負けていたので、結果を見るまでは油断ならない。
デケデケデケデケデケデケデケ…… デデン!!
52% ⇦ こっち 45%
WIN!! 祝初勝利!!
「よっしゃー! やりましたよ先輩!!」
「ナイスプレイ、これ勝ったのはお前のおかげだぞ」
「マジですか!?」
「おー、マジマジ。最後に2キルはすげー大きいからな。この僅差からして試合を決めたのはまぎれもなくお前だ」
「私MVPですか!?」
「そう思っとけ」
「ふふーん、こんな短時間で活躍できちゃうなんて私って天才?」
「そうして次の試合では惨敗する一色であった」
「せっかく浸ってるのに変なナレーション入れないでくださいよ!」
ま、運が良かっただけなのは自分でも分かってますけどね。それでも勝ちは勝ちです!
「それでどうだ? ゲームやってみた感想は」
「そーですねー。控えめに言って……めっちゃ楽しいです!!」
「そいつは良かった」
私の反応を見て先輩は穏やかに微笑む。 ……これはいけないですね。
今の先輩は眼鏡効果もあって、ただのイケメンである。しかもいつもはブレーキ役になってくれるはずのひねくれがあまり感じられない。そんな先輩に優しい声をかけられると、どうにもむずがゆくなってしまう。嫌いじゃないけど恥ずかしくて耐えられない。
どうにかしてこの場の空気を換えるため、私は先輩にコントローラーを渡した。
「せっかくですから先輩のプレイも見せてくださいよ!」
「ん、俺のか? まあいいけど」
今度は私が観客になるターンだ。さてさて先輩のお手並みを拝見。
ちなみに先ほどの私はスプラシューターと言う武器を使っていた。いわゆる初期武器と言うもので、一番オードソックスな武器だそうだ。だがこのゲームにはいろんな装備がある。先輩が選ぶのは何だろうと興味深く待っていると、先輩は私が使っていたのよりも細くて長い物を選んだ。
「スプラチャージャー、ですか?」
「チャージャーはいわゆる狙撃系だな。長距離からの狙撃がくせになる武器だ。俺のメイン武器じゃないが、面白そうなもの見せられそうなのはこっちかなと」
「面白そうなもの?」
「まあ見てろ」
かなり珍しい先輩の自信満々の様子に首をかしげていたが、その疑問はすぐに氷解した。流石は自称ゲーマー、めっちゃうまい。
「え゛、そっから当たるんですか? 先輩のひきょーものー!」
「一方的に相手を蹂躙できる優越感に浸れる良い武器だろ?」
「先輩の武器から出てるラインって狙い目、照準なんですよね? なんでずらしてから合わせるんですか?」
「良いところに気づいた一色君」
(この話し方ウザい)
「照準器は狙いつけやすくするものだが、相手にも狙ってるのがばれるんだよ。だからちょっとずらしておいて油断させておく。そして撃つ直前に合わせるわけだ。こんな感じで」
「うわ、また撃ち抜いた……」
(敵がいない。とりあえず塗っておくか……あ、まぐれ当たり)
「嘘!? 当たってる? 先輩潜伏していた敵の位置分かるんですか!?」
でも相手は日本中、っていうか世界中だ。上手い人は先輩以外にもごまんといるわけで、先輩の超絶プレイと同じくらい、先輩の情けない死に様も目の当たりにした。
「お、ミサイルか。一度回避して、ってハンコも来てるぅぅぅぅ!?」
「あ、先輩イカちゃんがぺちゃんこだ」
「死角に待機しているロンブラに手も足も出ねぇ」
「うわー、ガン待ちされてますね。先輩大人気ですよ。粘着されてます。薄い本が厚くなりそうな展開」
「だからどこで仕入れたんだ、そういう知識!」
「あいつニュータイプ、絶対ニュータイプ」
「少しでも顔出したらそっこーで撃ち抜かれますね。野生のゴルゴ恐るべし」
先輩の面白プレイを堪能し、しばらくしたらまた交代して、私も負けずにハチャメチャバトルを繰り広げる。二人で騒ぎながらやっていると、時間が経つのはあっという間であった。流石に疲労を感じて一度休憩する事にした私は瞬きを繰り返す。
「うー、目がちかちかする―」
「ぶっ通しだったからな」
「でもすっごく楽しかったです。ゲームって面白いんですね」
「だろ?」
打算とか抜きで遊ぶというのは私にとって新鮮で、誇張なく最高に楽しい時間であった。でもこのままお流れと言うわけにもいかない。先輩の家に遊びに行くと決まった時、私は一つ大きな覚悟をしていた。
このゲームはオンラインがメインのゲームだ。私は先輩と交互にやっていたが、やろうと思えば一緒にチームとか組めるわけで、この楽しいゲームを二人で楽しめるのである。私としては是非ともそこまで漕ぎつけたい。
それにはれっきとした理由がある。私と先輩は学年が違うのだ。私は2年生、先輩は3年生。先輩は来年には卒業してしまう。また今年だって受験があるのだから、今はともかく今後はなかなか会えなくなってくるであろう。
そう、私と先輩の接点がなくなっていってしまうのだ。私はロマンチストじゃない。徹底した現実主義者だ。物理的に距離が離れるというのが、どれほど疎遠になってしまうのか知っている。仲が良かったからまたいずれ出会うなんてドラマの世界だけだ。
先輩が入った大学に追いかける事も考えた。でも空白の一年の間先輩がフリーでいる保証なんてどこにもない。高校生より大人の大学生の世界、先輩の魅力に気づいてしまう人は絶対いるはずだ。それにもしも受験で失敗して落ちてしまったときはどうするのだ? もう一年? そんなの冗談じゃない。
私は思う。雪乃先輩も結衣先輩も危機感が足りなさすぎると。今、平和である今だからこそ、意地になってでも確固たる繋がりを取りに行かなきゃならないのだ。
あの日たまたまゲームショップに入ったのも、なんとかして来年には去ってしまう先輩との接点を保つ何かが欲しかったから。
そこで見つけたゲームが運良くオンライン対応であった。
一番問題だった先輩にどうにかしてゲームをやらしてもらうのは、先輩の方から解決してくれた。
そしてそのゲームが先輩に会うためのただのツールではなく、本当に面白かった。
流れは間違いなく来ている。ここはチャンスだ。私に与えられた最大で、そして多分最後であろう唯一の機会。あり得ないくらい緊張していた。直接の告白じゃないにもかかわらず、かつて葉山先輩に告白した時と比べ物にならないくらい心臓がバクバクしている。それこそ逃げたくなってしまうくらい。
ふと脳裏に奉仕部の二人がよぎった。その瞬間、私の覚悟が決まった。
雪乃先輩、結衣先輩、ごめんなさい。私は先に進みます!
「ねえ、先輩?」
「どうした?」
「もし、もしもですよ? もし、私がこのゲーム買ったとしたら、一緒にやってくれますか?」
私の提案を受けて、先輩は思案するようにあごに手を当てた。とりあえず即刻拒否は免れた。頼むから断らないでくださいよ。これが断られたら私はもうアウトなんです。
そんな私の願いが通じたのか、先輩は思いのほかすんなりと応じてくれた。
「まあ、構わないぞ」
「本当ですか!?」
「受験勉強で忙しくなるだろうが、ずっと勉強漬ってわけでもないしな。外出するのが好きじゃない俺にとっちゃ、どっか行こうと誘われるより全然いいわ」
実に先輩らしい答えに笑ってしまうが、とにかくこれで私の目的は達した。一緒にゲームして遊ぶ、そんな些細な事だが、大きな一歩だ。これで私はまだ先輩を好きでいられる。私は安堵のため息を漏らす。だが先輩の話には続きがあった。
「それに」
「それに?」
私が続きを施すと、先輩は何か言いにくそうにして言葉を濁したが、私にじっと見られて観念したのか、ゆっくりと話し始めた。
「いや、余計なおせっかいだとは思うんだが、ちょっとお前の事が心配だったんだ。面倒事を押し付けた手前、俺が責任取るって言ったには言ったが、卒業しちゃうと手助けできなくなってしまうからな。それにお前案外責任感強いからな。些細な問題なら多分連絡取ろうとしないだろ? こうして気軽に話せる場があれば多少は「好きです!」……は?」
「あ……」
「お、お前……今?」
誤爆った。
完全に誤爆った。
後悔したってもう遅い。先輩には完全に聞かれてしまった。こうなってしまってはどうしようもない。私はもう抑えきれなくなった感情を爆発させる。
「あーーーもう何なんですか!? 今日の先輩おかしすぎですよ!! いつものようにひねくれもせず、ただただ優しい言葉かけてくれるなんて狙ってるんですか!? 私を胸キュン死させる気ですか!? そんなに優しくされたら勢い余っちゃうに決まってるじゃないですか!! どーしてくれるんですこれ!! こんなところで言うつもりはなかったのに言っちゃいましたよ!! 責任取ってください!!!」
もう優しくされて、心配されて、褒められて好感度がカンストだ。むしろ限界突破してるまである。もうごめんなさいなんて言ってあげない。先輩はごめんなさいっていうと、どれだけ好意を伝えてもすぐに断りだと取っちゃうから。ひたすら中央突破のみだ。
「責任って……」
「責任取って私の恋人になってくれればいいんです!!」
「んな!? 恋人って好きな人となるもんだろ!!」
「だから好きなんですって!! 「それってはや…」比企谷先輩がっ!! さっき言ったでしょ!! というか家に遊びに来た時点で察してくださいよ朴念仁!!」
「うえぇぇぇ!!!?」
ここまで来ても自覚なかった先輩の鈍感っぷりが頭にくる。でもこれでもう勘違いしようがないだろザマーミロ!
「さあ、どうなんですか!? もうこうなったら先輩から答え聞くまで帰りませんよ!! 先輩が悪いんですからね!? こんなに乙女心をもてあそんで!!」
さあ、さあ、と私は先輩に詰め寄る。ここまで来てしまったら後に引けるか!
「えっと、その……俺もお前の事は嫌いじゃないわけで、その……好ましく思っている、と思う」
「思ってると思うってなんですか。はっきりしてください!」
「うっせ、いきなり告白された身にもなれ!! おかげさまでこっちもパニックだよ!!」
「シンプルに考えればいいんです! 好きか嫌いかの二択で!!」
「あー、もう好きだよ! これでいいか」
無理矢理聞き出したわけだけども、嬉しいは嬉しいわけで頬が熱くなるのを感じる。そしてそれは先輩も一緒だった。言葉に魂が宿る、そんな事を聞いた事がある。
「そうだよ、好き……なんだよな。これってそういう事でいいんだよな?」
言葉として発した事で先輩の中で何か変化があったらしい。今の先輩は多分私以上に真っ赤だ。私は無償の優しさなんて信じない。先輩がここまで優しくしてくれたのは私を好ましく思っていたのだと信じたい。
「だから、だからだな一色」
実に思わせぶりな先輩の態度に私は息を呑む。そしてー
「こんな俺で良ければ宜しく頼むわ」
「あ……」
受けてもらえた。
先輩に告白を受けてもらえた!!
その事実をしっかりと自覚した途端、視界が歪むのが分かった。
「おい、何で泣くんですかね。告白返したら泣かれるってメンタルブレイク寸前なんですが」
「いえ、これは違うんです。嬉しくて」
「泣くほど嬉しいってお前どんだけ俺の事好きなんだよ」
「ええ、もちろん大好きですよ」
「んなっ!?」
「一度は諦めようとしていた恋ですから。それでも諦めきれなくて頑張ったんです。すっごく必死だったんですから」
「一色……」
そう必死の必死、ここまで悩んだのは初めてなくらい必死。
「んっふふふふふふ」
「一色……?」
だ・か・ら・こ・そ!
「それー!!」
「ちょ、おま」
先輩の制止を振り切って私は思いっきり先輩に抱き着く。
「散々悩ませた分しっかり甘やかしてください! 何せ今の私は先輩の恋人ですからね!」
「ま、待て一色「いろはって呼んでください」、いきなりハードルたけえなおい」
「はい、リピートアフターミ―。いろは、ですよ先輩。呼んでくれたら離れてあげます」
「ぐぬぬぬ、い、いろは。離れてくれないか」
「ぐふふふ、馬鹿め、それが私をさらに喜ばせると分からんのか」
「計ったな貴様、おい、きつく抱き着くなって! 頬擦りしないで!? なんか色々とやばいから!」
頑張って良かった。諦めないで良かった。きっかけなんて些細な事。なんとなしに思った事が偶然うまく行って、最初の目標すら通り越してここまで至った。
こんなのただ運が良かっただけ、そうなのかもしれない。ゲームショップに行ったのが私ではなくあの二人の先輩達だったら、結果は違っていたのかもしれない。それでもかまわない。実際に行動したのは私だ。その結果にたどり着いたのも私だ。これからは私自身の力でこれがただの運じゃないって証明してやる。
まあ未来のことはさておきだ。今の私はしなければならない事がある。ショッピングに出かけたお米ちゃんが帰ってくるまでもう少し。
それまでたんまりとイチャイチャする事にしましょうか。
ね、先輩?
「やっぱりこうなったか……」
皆さんどーもこんちには。比企谷妹こと、小町です。つい先ほど買い物から帰ってきたわけですが。結果は案の定でした。お兄ちゃん、なんだか難攻不落のように思われていましたが、実のところサイッコーにチョロインなんですよね。
やったらめんどくさい性格のお兄ちゃんと私が仲良くやっていけている、それこそが最大のヒントだったわけですが、案外気づく人っていませんでしたね。ぶっちゃけ思春期まっしぐらである華の中学生が、めんどくさい兄となんて普通仲良くできるわけないじゃないですか。
つまり何が言いたいかと言うと、あのひねくれた姿も一つの擬態であって、プライベートだと普通に優しい小町の自慢のイケメンお兄ちゃんなわけです。家の中であればお兄ちゃんのひねくれは一切発動せず、やろうと思えばとろとろになるまで甘やかしてくれちゃったり。色んな意味で持たなくなるから小町はやらないけど……
だからお兄ちゃんを攻略するのは実はすごく簡単だったりする。家デートをするだけで良いのだ。素のお兄ちゃんはマジでやばいし、警戒心が強いお兄ちゃんが素を見せるって事は、お兄ちゃんだってまんざらでもないって事。つまり家に来る時点で勝利確定という、超絶イージーモードだったわけです。
「しっかしいろは先輩とは……」
小町としてはあのお二方かなぁと予想していたわけですが。
「やっぱりいろは先輩は凄いなぁ」
いろは先輩との軽快なやりとりが面白くて、つい生意気な態度を取ってしまう小町だけど、あの意志の強さは実のところ尊敬している。イージーモードと言っても最初の一歩あってこそだ。怖かっただろうに勇気を出して行動できるいろは先輩は流石と言うほかない。こうして見事に壁をぶち破ったのだからあっぱれだ。
これだったらお兄ちゃん任せても平気かな? きっといろは先輩であればお兄ちゃんが困った事になっても助けてくれるだろう。だが、
「早々にお兄ちゃんは渡さないぞと」
楽しくいちゃくちゃしくさって。このままだと行くところまで行くんじゃないか。そうはさせませんとも。お兄ちゃんが欲しくば小町を超えていけ!
「たっだいまぁー」
こうして小町は妹の立場を行使すべく、二人の間へ割り込んだのであった。