いろはちゃんは先輩とゲームがしたい   作:幸イテ(旧名:kouta)

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前回は本当にあるゲームでしたが、今回は「今後あるかもしれない架空のゲームソフト」です! いろはちゃんが頑張ってヴィクトリーを目指します。


その2 ダイエットはリアリティが大事

 何となく予感はあった。人間はすべからくして幸せだと気が緩むものだ。例えば暴力的なカロリーと引き換えに得られる甘ーい甘ーい魔性のスウィーツ、らっせーの人がいるガツンと濃厚で駄目だと思いつつも汁まですすってしまうラーメンなど。

 これでも人受けしようと『カワイイ』を目指して努力してきた女の子、自分一人ならば自制などたやすいが、これが人と一緒だとそうでもないようで。

 意中の先輩と晴れて恋人同時になれた私。勝率の低い中でのまさかの勝利で喜びも一塩だ。その後非情な現実を見せられるという事もなく、というかそもそも悪い面は付き合う前から知っていたので、想定内というかむしろ期待値が低かった分加点要素しかないわけで、人から見ればどう見えるかは分からないけど、自分としてはそれこそ夢のような生活を送っていました。

 他人という壁が取れた先輩と一緒にいるのは凄く楽しくて、幸せを共有したい思いを止められず、ついつい羽目を外しすぎてしまった。お互い自然と笑顔になれる食事なんてのはその最たる例である。先輩が美味しそうにしていると私も幸せな気持ちになって、ついつい釣られて食べてしまう。

 

 つまり何が良いたいかと言うと……

 

 一色いろは、太りました(泣)

 

 

 

 

 

 

「4……4kg増……」

 思わず頭を抱えてしゃがみ込む。幸せ過ぎて気を抜きすぎた!! 体重計がおかしいだけかもしれない。一抹の希望を持って恐る恐る指をお腹の方へ持って行く。

「摘まめた。摘まめてしまった……」

 今度は両手でお腹に手を当てて揺さぶってみる。今までにないプルプル感があった。完っ全に脂肪だこれ。

「……やばい」

 その後は無言にならざるを得なかった。絶望とはこの事だ。別に先輩は私が太ったからと愛想尽かすような事は絶対ないだろう。だが私は誰がためでなく、先輩にこそ可愛い私を見てほしいわけで。

 

 ダイエットしなきゃ! そう心に決めたわけだけど、太らない努力はしていたが、痩せる努力はやった事ないわけで。実のところノウハウが一切ない。ダイエットするのに最も一般的と言われているのが、食事量減らす事と運動だろうがはたして……

「食事量はなんとかなるとして問題は運動かー」

 ランニングとか? だが今の私は生徒会長でなかなか忙しく、ランニングできるとしたら夜の時間になってしまう。しかし女の子が夜道を一人ランニングするのはいかがなものか? いくら切羽詰まっていても危機管理はしっかりしないとね。 

 となると昼に時間がある休日となるわけだが、休日はオンラインゲームではなく、先輩と顔を合わせて遊べる貴重な時間だ。それに先輩の方も受験勉強の合間の時間を、私のために取ってくれているわけで、その時間をなくしたくはない。

 

 うん、詰んだ!

 

 我儘? ええ、我儘ですが何か!? 乙女はいつだって欲張りなんです!!

 

 私は頭を悩ませる。ここで諦めてしまったらズルズルいってしまう。先輩と食べるご飯はすっごく美味しいのだ。普段は食事量を減らすにしても、先輩と一緒のラーメンの誘惑に勝てる気がしない。

 好きな人と、ラーメン屋という危険な世界(カロリー的な意味)で、思いっきり食べる幸福、一度知ってしまったからにはあれに抗う事なんかできないだろう。

 そこでふと思い至った。そう、先輩だ。先輩だって私と同じものを食べているのだ。いくらカロリー消費量に男女の差があるとはいえあの量、先輩だって太っていてもおかしくないのだ。しかしながら先輩は体型を維持しているように見える。それはすなわち……

「何か秘密があるに違いない!!」

 だがその秘密を知る代償は高い。何故なら先輩から方法を聞くという事は、体重の事を暴露しなければならないからだ。

 

 しかし! 

 

 しかしだ!! 

 

 背に腹は代えられない!! 私はあのラーメンを我慢して痩せるより、あのラーメンを食べても太らない体が欲しいのだ!! 私が我慢してる中で先輩だけラーメンすすっているなんて許せない!!!

 

 先輩、覚悟してくださいよ! あんな美味しいものを教えた貴方が悪いんです! 太ったという女の子にとっては一番言いたくない事実を教えるんです! 責任取って私のダイエットに協力してください!! 後無事に痩せられたらラーメンごちしてください!!!

 

「やってやります! やってやりますよぉぉぉ!!」

「いろは、何夜に叫んでんの! 近所迷惑でしょ!!」

 一人体重計の前で覚悟に燃えていると、お母さんに怒られました。

「ごめんなさい」

 

 

 

 そんなこんなで翌日、私は恥を承知で先輩に相談を持ち掛けたわけです。その時の先輩と言ったら。別に先輩の命令じゃなくて、私も自分の意志で食べていたんですけどね。私自身が悪いのに、先輩は責任を感じてしまったらしく「すまん」ってガチ謝りされてしまいました。

 少し馬鹿にされるくらいは覚悟していたのですが、この人、本当に根はくそ真面目なんですよねぇ。何であんなに誤解されやすいんでしょ? まあ十中八九目つきが悪いせいなんでしょうけどね。最近はその眼こそ癖になっちゃってる私ですが。後ちゃんと笑えば可愛いんですよ?

 先輩があまりにもへこむものだから、こっちの羞恥心なんてすぐに忘れてしまって、先輩のフォローに尽力する羽目になった私、結局私が核心を聞けるようになったのは先輩のメンタルケアを10分ほど行った後の事でした。

 

 

「リングフィットアドベンチャー?」

 先輩の答えは意外というか、やっぱりというかゲームであった。なんでもトレーニングそのものをメインとしたゲームがあるらしく、それの効果が割とガチだとか。もうゲームと言っても何でもありですね。

「家でもしっかり運動できる優れものだぞ。ゲーム感覚だから飽きも来にくい。なんなら漫画やゲームの主人公の気分を満喫できる」

「どういう事です?」

「ゲームは普通コントローラー使うだろ? でもこのゲームはリングコンってのを使ってな。そのリングをプッシュしたり、引いてみたり、掲げてみたり、とにかく全部運動なんだ。移動はガチのランニング、敵もいるんだが敵と戦う時は筋トレ、選択肢の決定とかすら筋トレだ」

「決定が筋トレってむしろ現実よりきつくなってません?」

「わざわざコントローラーに持ち変えるのも大変だしな。ワンプッシュだしそこは許してやってくれ。とにかくだ。何でもかんでも運動としてさせられるわけだが、そこに世界を混沌とさせている、いわゆる悪の親玉を倒すような王道のストーリーがプラスされる。もちろんそれを倒すのはプレイヤー自身だ。これはどういう事かというと、つまりは漫画やゲームの主人公が感じているであろう事が、プレイヤーにリアルに反映される感じになるんだよ。主に疲労という面で」

「それは……大変そうですね」

 先輩と付き合う前まではゲームと無縁な生活を送っていた私であったが、最近では先輩と一緒にオンラインのゲームを結構やっていたりする。元から向いていたのか自分でも意外に思うほど楽しくて、イカちゃんがいつの間にかA帯になってました。そして上がれば上がるほど口が悪くなる。放送禁止用語を連発しているらしいお米ちゃんの気持ちが分かってしまった……

 先輩と恋人になれたのはゲームのおかげでもあるので、ゲームには特別な思いもあったり。きっかけをくれたイカちゃんには本当に感謝だ。最近ではスプラトゥーン2だけでなく、モンハンにも手を出しちゃったりもしてる。

 狩りは先輩と二人で行ったり、それ以外にも先輩曰く心の清涼剤、大天使、戸塚先輩(何でここのポジション私じゃないんですかね?)、一人称は我、自称剣豪将軍と痛すぎるキャラである材木座先輩(一応年上なので先輩つけます)、の4人でやったりすることも。

 大体は材木座先輩が大見得切って死にかけて、周りが突っ込みつつフォローするってのがパターンなのですが、ガチの強敵だと大天使であるはずの戸塚先輩がガツガツ殴りに行って、材木座先輩がサポートに回ってたりするのが面白い。

 人間観察が趣味な先輩曰く、ゲームって結構人の内面まで見れたりするぞとの事。しかしながらあれだけ殺意マシマシの戸塚先輩見ても、天使と言い切る先輩は正直納得いかない。フィルター掛かりすぎじゃないですか?

 とにかくだ。今の私は結構なゲーマーだ。だからゲームプレイが実際に反映されるやばさってのは分かる。ゲーム内のキャラクターの動きを運動量に換算するとそれは凄い事だろう。だが懸念も出てくるわけで……

「敵がいるって言ってましたけど攻撃されたらどうなるんです? 痛いのは嫌ですよ」

 モンハンで出てくるようなでっかいモンスターにがっつり殴られたり、噛まれたり、燃やされたりすれば普通の人は即死なんですが。ダメージがもろにプレイヤーに来るなんて事はないだろうが、そこんところどういう感じなのだろうか?

「全部腹筋で受ける」

「は?」

「敵は皆紳士的でな。腹しか狙ってこないんだよ」

 腹パンのどこが紳士的なのか。顔を殴られるよりましではあるけども。

「んでプレイヤーは腹筋に力を入れてガードするわけだ」

 正直今一ピンとこないが、そういう世界なんだろう。我が腹筋の敗北は世界の終わりなのだ、そう信じる事にした。突っ込みきれない事はスルーする、または郷に入っては郷に従えだ。剣豪将軍のおかげで最近この事を学びました。

「ところでいろは」

「なんです?」

 いけない、急な名前呼びでどうしてもにやけてしまう。もう名前呼びを強制してから大分経ってはいるのですが、こればっかりは慣れませんね。何せ毎回絶妙に違うのだ。最初の恥ずかしそうにしながらの呼ばれるのはたまらなかったし、今の慣れた状態の自然さもイイ! そう、名前呼びは常に進化し続けているのです!!

 悦に浸る私を他所に先輩は話を続ける。

「最近俺の家で少年漫画とかラノベも見ているわけだが、こう思った事はないか? しょっぱなから必殺技使えばいいんじゃないの? と」

「あー、それは思った事ありますが、あれはいわゆる先輩の言う漫画のお約束みたいなものですよね? 突っ込んじゃいけない領域っていうか……」

「俺もそう思っていた。漫画的な理由に過ぎないと。でもこのゲームをやって思い知らされたんだ。必殺技はやっぱりここぞという時以外では使えるものじゃないとな」

「つまりどういう事です?」

「まあこれはやってみてからのお楽しみってやつだな」

 正直この時の私は漫画やゲームの主人公になれるっていう部分は話半分で聞いていた。しかし私はそれが本当であるという事を、この後嫌というほど味わう羽目となるのであった。

 

 

 早速最早慣れたゲームショップに行った私はお目当ての商品を求めて探し回る。リングフィットアドベンチャーはガチ気味の運動が大うけし、結構な人気商品らしい。だからすぐに見つかると言われたが、先輩の言う通り、メインの棚にそれは鎮座していた。ただそれは普通のリングフィットアドベンチャーではなかったが……

「リングフィットアドベンチャー……2?」

 良く分からないが続編って事は何かが変わっているのだろう。スプラトゥーンも2だったし、1よりは2の方が何かしらパワーアップしているはずだ。どうなってるかは後で確認すればいいやと、私は大して気にもせずそれを手に取ってレジへと向かって行った。

 

 

「はてさて、何がどうなっているのやら?」

 家に帰った後、私は早速内容について調べてみる。リングフィットアドベンチャー2は基本的に1と同じような内容で、どっちかというとアッパーバージョンの1.5みたいな存在らしい。ただ追加されている内容が割ととんでもない。

 先輩曰く、このゲームは主人公そのものになれるほどの没入感があるらしい。そうした感想が沢山あった事は、制作会社の任〇堂の方でも知っていたらしく、だったらより没入感を高める方向に舵を切ったとの事。その結果、生まれたのがゲームに登場するキャラクターを全部作れて、配役を決めれちゃうっていうシステムだ。

 それの元となったのは同じ任○堂のミートピアというゲームだ。このゲーム、基本的にRPGであるのだが、主人公、味方、敵、しまいには村人など、あらゆるキャラの顔を作ることができ、彼らの寸劇を楽しめるゲームとなっている。

 そしてこのミートピア、思った以上にキャラクリエイトが本格的で、漫画やアニメのキャラクターのみならず、リアルな人の顔すらも再現できるほどの自由度を誇る。

 これがどういう事かというと、例えば自分の知り合いだけで固めるとか、空想と織り交ぜて漫画のキャラと旅する自分とか、あえて自分は出さずに好きな作品のキャラをクロスオーバーさせてみるとか、現実の俳優さんと女優さんでドラマっぽくしてみるとか、やりたい放題にできるのである。

 と言うもののシナリオのあらすじそのものは決まっており、キャラも大まかな性格だけ決められるだけで、シナリオそのものは作れるわけではないのだが、それでもお前こんな行動しないだろ! とかあー、こんな事やりそう、とかで楽しめちゃったりするらしい。

 

 

例:海老名さんのプレイ

 

「ああ、隼人君がとべっちに嫉妬してる! まさかヒキタニ君をめぐっての三角関係になるなんて!! やっぱりハヤハチ!!! え、大和君!? 大和君が隼人君に近寄って……ああああ!!? そ、そんな……時代は隼人受だった? ノートノート、これは滾る!!!!」

 

 

「葉山先輩? あ、ごめんなさい。いきなり電話かけて。何となく大変な目に合っているような気がしたんですけど大丈夫そうですね? すみません何か変な電話で。ええ、こっちはうまくやっています。ではでは」

 なんか変な電波を受信しちゃって思わず生存を確かめてしまいました。話を戻そう。

 今回のリングフィットアドベンチャー2だが、これは筋トレ部分は割とそのままで、そこにこのミートピアのシステムぶっこ抜いて入れちゃえばいいじゃんっていう、悪魔的発想で作られたゲームとなっている。最初のキャラクリエイトは面倒くさくなったが、その分しっかり作った場合の没入感は前作の比じゃないとの事。

 

 以上、スマホの検索から調べた知識でした!!

 

 なかなか面白い事するなぁ、と素直に感心する。自分そのものをゲームに参加させるってあまりやりたくない気もするけど、没入感を得るためにはそうした方が絶対良い。勇者いろはが世界を救うのだ。

 ただまあ世界を救うってだけでは正直モチベーションが上がらない。女の子はあまり世界平和に興味はないのだ。それこそやる気を出すためには、あえて物語の私を過酷な状況へと陥らせる必要があるだろう。今の私にとって一番最悪な事と言えば……

 

 何か良い設定を考えつつ私は開封の儀を行う。早速そこには第一の洗礼が待ち構えていた、外箱の内側に文字が隠れていたのだ。

 

『汝、死ぬがよい』

 

 いや、どういうセンスしてるんだ? やる前からいきなり死ねとか言われましたが。覚悟せよみたいな感じなのかな? ちなみに前作である一作目には『筋肉は一生の相棒』と書かれていたらしい。イメチェンしすぎじゃなかろうか?

 

 次に私は今後お世話になるであろうリングに触れてみる。これがびっくり、見た目に反してえっらく固いのだ。成人した男の人が思いっきり押しても、まるでびくともしない耐久力があるのだとか。

「……これは確かに効きそうかも」

 だが冒険を開始する前にやらなければいけない事がある。ゲームを起動した私は早速黙々とキャラクタークリエイトに勤しんだ。必要なキャラをひたすらに作り続け、適材適所に配置していく。全部作り上げるにはかなりの時間を要したが、私にとっての最悪の世界の構築のため、妥協は一切しなかった。

 そうして全てを作り終えて始まったオープニング、まず初めに現れたるは勇者いろは、彼女と仲睦ましく談笑するのはこの国の御姫様である比企谷八幡姫、略して八姫に……いやちょっとこれイラっとするな? 理由は分からないけど。

 とりあえず先輩姫でいいや。しかしドレス姿の先輩姫が笑えてしょうがない。頑張って似せた甲斐があったというものだ。

 だが幸せの光景もつかの間、辺りに暗雲が立ち込め、黒い影が先輩姫をさらっていく。

「……つまりはこういう事だよね」

 そう、姫様を救う勇者は王道中の王道! 私は世界の平和のためじゃなく、さらわれた先輩を助けに行くために旅立つのだ! 

「勇者いろは、いっきますよぉぉぉぉぉ!!」

 リングを手に持ちお城を抜け出した私は颯爽と草原を駆け抜ける。

「なるほど、自分の足の動きに連動しているわけですか」

 敵と遭遇すると現れる選択肢、バンザイプッシュ、スクワッド、ニートゥチェスト、椅子のポーズの4種、そのどれもがトレーニング技だが、これが攻撃技らしい。

「とりあえず順にやってみるかな? ふんぬ」

 一度の攻撃では倒しきれず、今度は敵の攻撃となり、腹めがけて突っ込んできた。

「これが先輩の言っていた腹筋ガードかぁ」

 敵は2回目の攻撃(筋トレ)で倒れ、見事勝利した私は経験値とお金を得た後、再度先へ進むために走る事となった。これが一連の流れらしい。

「……よく出来てるねこれ」

 率直な感想であった。あらゆることは筋トレの世界観はカオスでしかないが、自分で実際プレイしているせいか没入感があり、最終的に納得できてしまう。ラノベ的な考えをするとなると、「異世界転生したんだけどひたすら筋トレさせられている件」というタイトルにでもなるのかな?

「確かにこれなら楽しくダイエットできそう。よーし先輩とのラーメンのため、がんばっちゃうぞぉー」

 ルンルン気分で進めていく私であったが、程なくして筋トレの恐ろしさを思い知る事になったのであった。

 

 

 最初は楽勝と進めてたが、日々を追うごとに重くなる体、これが効いている証と思い、もっと続けていって疲労がさらに蓄積する。

 筋トレの恐ろしさ、それは疲労が翌日になっても抜けない事にある。後々になって分かったのであるが、疲労が抜けないのには理由があって、筋トレとは極端に言うと筋肉を破壊する行為らしい。

 もちろん人間の体には自然治癒能力があるため、壊れたら直そうとするのだが、その時に筋肉が肥大化し強化されるわけだ。しかしながら筋肉の回復には少なからず時間を要するわけで、その結果一日寝たくらいでは疲れが取れないという自体を発生させるのである。

 普通だと体調がおかしいと判断しちゃうかもしれないが、筋トレ後だとむしろ翌日まで引きずる疲労感は正しいのだ。肝心なのはこの疲労感が抜けきるまでしっかり休む事で、筋肉の再生が終わってからまた筋トレを始めるのが最も効率が良いとされている。

 だがトレーニング初心者はなんとなく毎日やる方が良いと思い込んでいるわけで、それを愚直に続けているとどうなるのか? その結果を私自らご覧に入れよう。 

 

 

 

 リングフィットアドベンチャー2をやりはじめて早一週間、

「あなたの力はこんなものなのかしら?」

「うぐぐぐ!!」

 度重なる戦闘(筋肉トレーニング)で疲労困憊の私を見下すかのように鋭利な視線が私を貫く。腕はリングをプッシュしすぎてもはや力はいらない。足はわざわざスクワッド系の技を外したにもかかわらず、ステージギミックの方で強要してくる始末、すでにプルプル震えだしている。お腹? 一番気になってる部分だからすでに腹筋がっつり虐めた後ですはい。つまりはこれ以上やったら死ぬ。

 勇者いろはの中の人はまじで満身創痍です。にもかかわらず声の主は追い打ちをこれでもかとかけてくる。

「あなたがこんな体たらくでは世界は魔王のものになって然るべきね。勇者という肩書はただの飾りなのかしら? 全くこんな雑魚にすら苦戦するなんて、今までどんなぐうたら生活を送ってきていたのかしら?」

「おのれぇぇぇぇ」

 やったら煽ってくるこいつですが敵と思うでしょ? 残念、敵じゃありません。なんと私の相棒です。

 

 くそがっ!!

 

 前作で言うリング君ですね。リング君はリングフィットアドベンチャーの案内兼進行役で、戦いでも困難な時にひたすら応援してくれる良い奴と評判ですが、私の相棒はひたすら私を罵る事に特化していたりします。しかも的確に痛いところを抉ってくるという。

「まあいいわ。あなたはもうそこで惨めに地にひれ伏していなさい」

 そしてこいつ、

「私が、その……魔王から比企谷君を助けるから」

 隙あらば私の先輩姫を狙ってくるのだ。彼女は初めてすぐの時には真面目に進行役をやってくれるのであるが、私が疲れで動きが鈍ってくると水を得た魚のように活き活きとしだし、やたらめったら罵倒してきて、当然の権利のように先輩を寝取ろうとしてくる悪魔である。

 だがこれぞ私が用意したモチベーションを維持する仕掛けだ。モデルは言わずもがな、雪乃先輩である。先輩と付き合う前、一番先輩とくっつく可能性があったのは彼女だと私は思っており、先輩をめぐるライバルとしては最も脅威であった。

 そしてその脅威は今も現在進行形で続いている。私達は隠しているのも良くないと思って、付き合っているのを奉仕部の二人に告げたのだが、どういうわけか告げた後の方が私は危機感を感じていたりする。普通そこはゲームセットでしょ? 何で先輩とより積極的に関わろうとしているんです?

 そんなわけでこのやったら寝取ろうとする雪乃リングちゃんは、誇張されているわけでもなく割と現実に近かったりする。それがなおさら私の危機感を煽るわけだ。

 そしてリングちゃんは一人だけじゃない。私はもう一人相棒のリングちゃんを作った。もちろんそれは結衣先輩だ。私は一日交替で相棒を変えているのであるが、結衣先輩も結衣先輩で危険極まりない。

「大丈夫だよ! 行けるよ!」

 雪乃リングちゃんと違って、優しくて応援してくれる結衣リングちゃんであるが、やっぱりきつい場面になると本性を表す。

「うんうん、辛いよね。諦めちゃおっか。先は長いんだから、無理せず明日から頑張れば良いよ。 ……その間に私がヒッキーを」

 優しい笑みでギブアップを薦めてきて、その裏で先輩を寝取ろうとしてくるのだ。もう真っ黒である。また最後のセリフが聞こえてしまうのが結衣先輩らしいといっちゃらしい。私の耳が良すぎるだけかもしれないが。

 しかしながら結衣先輩、元から空気読むのが上手い人だったが、これを完全に自分のためだけに使うとえげつない。何か知らない間に先輩と結衣先輩がハニトーを二人で食べに行く話になっていたりするのだ。先輩はアホの子って茶化すけどそんな事は決してない。

 学校の成績では測れない何かが結衣先輩にはあるのだ。彼女の巧みな話術にどれだけヒヤッとさせられたか。真の敵は身内にこそいる。

 こうして私は先輩を取られるという危機感を原動力にトレーニングを続けているわけだ。モチベーション維持としてはこれほど刺激になるものはない。

 しかしだ。心とは裏腹に体は動かない。今までなにくそぉと気合で踏ん張っていたのだが、日を追うごとに苦しくなってくる。今日にいたっては朝からぼんやりしてて、始める前から疲労感があった。

 先輩からも無茶は禁物と口を酸っぱくして言われていたし、自分でもいい加減休みを挟むべきだとは思うには思うのだが、のっぴきならぬ事情が私にはあった。

 今回のリングフィットアドベンチャー2、前作と違って画面の端に小さな枠があるのだが、そこにはいつだって先輩姫の姿がある。そう、このゲーム、モチベーション維持する仕掛けなのか、さらわれたお姫様の様子がプレイ中ずっと見れるのだ。健気に助けを待つ先輩姫にはちょっと来るものがあるが、この機能の真の恐ろしさはここからだ。

「比企谷君、おねーちゃんとあっそぼー」

「……」

「つれないなぁー。でもそのまま無視なんてさせないぞぉ」

「ちょ!? いきなり抱き着かないでください」

「うりうり、本当は好きなんでしょ? こういうの」

「そ、そんな事あるわけ……」

「顔を赤くしちゃってほんと可愛いなぁー」

 

 絶対〇す!!!!!

 

 これが私がやめたくてもやめられない理由だ。魔王はるのん、そのモデルは言わずもがな雪乃先輩のお姉さん、雪ノ下陽乃さんである。最初こそつやつやムキムキの魔王はるのんを爆笑していたのだが、そんな楽しい気持ちも一瞬で冷えた。

 なんとこの魔王、先輩を魔王城に捕らえているのをいい事に、ランダムイベントで先輩姫の元へと現れ、あの手この手を使って先輩を懐柔しようとしてくるのだ。もちろん先輩は抵抗するわけだが、長い事一緒にいれば情も湧く。少しずつではあるが態度も軟化していくわけで……そうした先輩の感情の揺れを示したのが抵抗ゲージである。

 この抵抗ゲージが実に絶妙で、単純に一定時間で減っていくわけじゃなく、魔王と先輩のやり取りの成否で著しく上下する。大失敗すればざまぁ! であるが、一方で大成功もあるわけで、この魔王来室イベントが起きたときはハラハラしっぱなしだ。

 やり取りの内容も普段は冷徹そのものなのに先輩にだけ心を許す魔王とか、本当に本人達が演じてんじゃないかと思うくらいにリアルだ。急がないと私の先輩が魔王に身も心も染められてしまう。もしもゲージがゼロになったらどうなってしまうのか……

 今回はプレイヤーによって皆シチュエーションが違うため、結末は人それぞれとなり、どうなってしまうかを知る事はできない。例えば負けてしまった場合とか、単にやりなおしになるのではなく、本当に魔王に取られてしまう事だって十分にあり得るのだ。というかそうなるに違いない!! 

 確信を持って言える。これを作ったスタッフはそこまでやる。箱の内側に死ぬがよいなんて書くくらいなんだから!!

 

 まあぶっちゃけ、最初のキャラクリエイトと設定作る段階で、平和な世界を作ればいいだけの話なんだけどね。こういうやばいほど追い込まれる設定も作れますよってだけで。難易度設定はあくまでプレイヤーの裁量に任されているのだ。

 

 全く誰でしょうかね? こんな危険極まりない設定作った人は?

 

 そうです! 私です!!

 

 しかし作ったからには後には引けん!! というか魔王イベント、なんでスリープ時にも勝手に起きるんでしょうね? 家に帰ってみて起動したらなんか抵抗ゲージめっさ下がってて焦ったんですが。魔王は私が学校に行ってようがおかまいなしで、先輩との距離をつめていく。だからこそ私は自分の体が限界近いと知りつつも、修羅の道を進むしかなかったわけである。

 

 

 そうしてさらに一週間が経った。

「やっばい、これやっばい……吐きそう」

「あら、情けないわね。もう諦めるの? だったら……」

 完っ然なオーバーワークである。軽い発熱にけだるさと全身筋肉痛のフルコースだ。嬉しそうに私を罵倒しまくるリング雪乃ちゃんはこの際無視する。ここまでくると流石に休まなきゃと思うのだが、

 

「比企谷君、ほら、あーん」

「嫌ですよ……あー、もう何で泣きそうになってるんですか。分かりましたから」

「えへへ、やっぱ優しいよねぇ。美味しい?」

「癪だけど美味しいです」

 

 これである(怒)!!

 魔王はるのんは強者故の孤独感をアピールし、面倒くさがり屋の奥にある先輩の世話焼きの部分を引き出す事に成功していた。陥落には至っていないが先輩姫も心から嫌がっていないようで、抵抗ゲージも半分切るかくらいまで来てしまっている。

 私は一刻も早く先輩を助け出さなくてはならない。そう覚悟を決めた時であった。

「ところでさ? あなた、見ているよね?」

 さっきとは打って変わって底冷えするかのような冷徹な声、その視線は画面の外にいる私に向けられていた。

「え? え?」

「知っているわよ? 私が比企谷君をさらって以来、この部屋に来ると視線を感じていたから」

「ちょっ、うそでしょ?」

 単なるゲームイベントのはずだ。あたかも私の存在を知っているかのように振る舞っているが、プレイヤーを驚かすための仕掛けに過ぎないはずなのだ。しかし感じる恐怖は本物で、私は間違いなく今目の前にいる魔王に気圧されている。

「大した力もないようだし、ずっと黙っていたけれど、いい加減煩わしいかなぁ」

 魔王は面倒くさそうに頭をかく。だがその瞳には隠しきれない殺意があった。

「ちょっと反則かもだけど、もう決着つけちゃおっか。完膚なきまで、ツブシテア・ゲ・ル」

 あまりにもの恐怖で私は声にならない悲鳴を上げ、思わず床にへたり込んでしまう。

「潰してあげるって、まさか……魔王、それだけ駄目だ!!」

「大丈夫、命までは取らないから」

 魔王は制止する先輩を振り切り、部屋から退出していった。何とか立ち上がって魔王の真意を測りかねていると、のどかであった街道に暗雲が立ち込めた。

「ま、まさか……本当に来るっていうの!?」

 空はたちまち漆黒に包まれ、平和そのものであった景色は跡形もなく闇へと染まった。そして突如閃光が走る。その中から現れたのは魔王はるのんその人であった。

「こんにちは、勇者いろはちゃん」

 まさかの魔王から勇者への強襲。王道を守らないありえないラスボスに私は絶句する。

「あ……あ……」

「魔王はお城でじっと勇者を待つ。そう思っていたみたいだけど私は違うわ。私を脅かすかもしれない芽は早めに摘んでおく事にしているの。油断は大敵だからね」

 最悪だった。普通であればやってやらぁってなったであろうが、今の私は万全とは言い難く、すでに満身創痍だ。

 世のゲームには負けイベントと呼ばれる、ストーリーの都合上、強制的に負けて話が進むなんて事があるそうだが、雰囲気で分かる。これは負けイベントだと思ってたらそのままゲームオーバーになる奴だ。濃厚な敗戦ムードに心が折れそうになる。

 だが私は幸いだったらしい。

「心配しないで。あなたがいなくなっても比企谷君は私が世話をしてあげるから。それこそあなたの事なんか忘れちゃうくらい幸せにしてあげる」

 魔王はるのんの言葉が私に火をつけた。

「私は……私は!! この場であなたを倒す!! そして先輩を取り戻す!!」

 怒りは力だ。気力がみなぎり、脳から分泌される異常なまでのアドレナリンは疲労を忘れさせる。私はしっかりと相手を見据えて、リングを力強く持ち上げる。そして声高らかに宣言した。

「先輩を幸せにするのは私だぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 いきなりのラスボスとの勝負に私は果敢に攻撃(筋トレ)を仕掛ける。

「よし、ちゃんとダメージは通る!」

 一方魔王は『まっくのうち!』ばりの完璧な角度のリバーブローで私の腹を抉る。

「腹筋ガードの時間なっが!!?」

「ふんぬ(乙女非ざる野太い声)!!」

「しかも2段攻撃!?」

 流石は魔王、開始早々から私の腹筋を壊しにかかる。

「でも負けません!」

 回復アイテムのスムージーは万が一に備えて大量に作ってあるのだ。毎ターン回復さえしていれば、一撃でやられない限りは勇者いろはが力尽きる事はあり得ない。

 そしてメタ読みをすれば、このゲームで一撃死は絶対やってこないはずだ。何故なら戦えるのはプレイヤー1人で、仲間は存在しない。仲間に思えるリングちゃんはあくまでサポート、プレイヤーが負けたらその時点で終了だ。それ故、一撃死だとゲームとして成り立たないのだ。

 またこのゲーム、毎ターン回復で攻撃に手が回らないという事もない。筋トレで行う回復技は行動した扱いになるが、一方で回復アイテムは制限がなく使い放題で、使用の際にトレーニングを強要される事もない。さらにはその後にちゃんと攻撃もできる優れものだ。

 つまりこの戦い、私が魔王を削り切るか、私のリアル体力が尽きるかの勝負なのだ。諦めさえしなければこの勝負、勝てる!!

「ちょっと劣勢ね。ベ〇マ使おっと」

「ちょ!! ボスが回復魔法使うのは反則じゃないですか!?」

「常識にとらわれない! それが魔王はるのん!」

「はた迷惑なんですよあなたはぁぁぁぁぁ!!!」

 戦いは熾烈を極め、リアルタイムで30分にもなろうとしていた。ここまでくると流石に脳内麻薬も尽きかけている。この奇跡の時間が終わってしまったら私は動けなくなってしまうだろう。そろそろ勝負を決めないとまずい。

 私は魔王のライフを見る。残りは3割と言ったところか。もう回復魔法を使ってくる気配もないし、このままいけば後2回攻撃すれば撃破というところだ。そして私が残した技は緑の技、筋力ではなく体幹を使うバランス系の技だ。バランス技そのものは難しくはあるが、消耗自体は少ないため、限界近い状況だと重宝する。

 英雄2のポーズと立木のポーズ、この2連撃で魔王を倒す!

「くっくっく、流石はいろはちゃんね。勇者というだけあるわ。己の限界すら超え、私をここまで追い詰めるなんて」

「もう年貢の納め時ですよ。覚悟してください!」

「あっははははは、最高よあなた! 八幡の次に気に入ったわ」

 あ、こやつちゃっかり名前呼びしよったな!? いろはちゃんは聞き逃さないぞ。

「先輩を八幡と呼んでいいのは先輩の家族と恋人の私だけです!」

 魔王と会話しつつも私はまず英雄2のポーズをノーミスで決める。魔王のHPもあと僅かだ。後、後一撃ですべてが終わる!

「さあ、こい! 魔王はるのん!! これを受けきったら私の勝ちだ!!」

「素晴らしいわいろはちゃん、素晴らしすぎて……」

 

 コワシタクナッチャウ

 

「っ!!?」

 この世のものとは思えない声に背筋が凍った。なんだ? なんなんだこれは? 魔王は一体何をする気なんだ? 来る。魔王の最大の一撃が。予感がした私はリングをきつく握りしめる。 

「あなたの事大好きだから……」

 来るなら来い!

 

「真ノ絶望ヲアタエテアゲル!!」

 

 魔王が手を振りかざすと黒き風が嵐となって襲い掛かってきた。といってもこのゲーム、結局狙いは腹である。私は咄嗟に腹筋ガードの構えを取ったが、

「えっ……ノーダメージ?」

 まさかの不発!? いや、嵐は確かに私の体を巻き込んだはず。困惑を他所にターンは再度私に回ってくる。よ、よし、良く分からないが耐えきったんだ。勝負は私の勝ちだ!! とっておきの立木のポーズで決める!!

「これで……トドメです!!」

 最後の気力を振り絞って私は攻撃を選択し、取っておいた立木のポーズを……

「あれ?」

 立木のポーズを……

「何、何なのこれ、こんなの……こんなのって」

 技が、技が……

 

 

 

 バンザイスクワッド

 

 バンザイスクワッド 

 

 バンザイスクワッド 

 

 バンザイスクワッド

 

 アイテム使うにもバンザイスクワッド

 

 どう足掻いてもバンザイスクワッド

 

 

 

 

 全部バンザイスクワッドになってるーーーーー!!!!!?

 

 

 ※ リングフィット3大辛い技の一つです。

 

 

 唖然とする私に魔王は嗜虐的に微笑む。

「さあ、いろはちゃん。魔王にトドメを刺すチャンスだよ? 後たったの一セット、頑張れるよね?」

 こいつ、まさか狙っていたのか? この瞬間を? 最初から!?

「フフフ、その表情、本当に察しが良いのねぇ。そうよ。私はこの瞬間を意図的に作った」

「何で、何でこんな事を!!」

「言ったでしょ? あなたをコワシタイって。そう、勇者は魔王の攻撃に倒れるんじゃないの。そんなの普通過ぎて詰まらないわ。私が見たかったのは後一歩なのに、自分の不甲斐なさで愛しの先輩を助けられなかったあなたの姿よ。敗北は私ではなくあなた自身の手で決定的になるの。最高でしょ?」

「あ、悪魔め」

 些か悪趣味が過ぎませんかね。私ドン引きですよ。

「そりゃ魔王ですから。さあいろはちゃん、せいぜい頑張ってみなさい? ここでバンザイスクワッドを完遂して見せたら愛しの先輩は帰ってくるわ」 

「あなたの言うとおりになんてなるものですか! 私はやってみせます! 後一回くらいなんとでも……なんとでも……」

 そうだ。後一回なのだ。一セット、20回ほどスクワッドするだけで勝てる。後ちょっとじゃない。そう心に言い聞かせ、一度大きく深呼吸してから、私はとうとうバンザイスクワッドを選択した。

 

 だがすでに私のゾーン状態は終わっていた。全身が鉛のように重く、全く体が動かない。

 私は身を持って知っている。最高の状態を抜けた後、それこそが最大のピンチなのだと。ゲームの知識なのが我ながらあれであるが、それでも集中が切れた瞬間こそが一番危ないタイミングなのだ。肝心なのはそうなる前にトドメを刺しきる事。

 だからこそ私は一撃分の力を残しているはずだった。しかし目の前の悪魔は私にとっての最高で、かつ最後ともなる、『ここしかないタイミング』を根こそぎ奪って行った。単に違う技に変えられただけだが、心のダメージは計り知れない。極限の集中状態は諸刃の剣だ。多大なる力を生み出すが、雑念が一つでも入ればすぐに終わってしまう。

 私は技を変えられた時に「噓でしょ?」と思ってしまった。「ありえない」と思ってしまった。その時点で私の集中は途切れてしまった。

 絶体絶命だ。それでもやるしかないのだ。あの野郎はすでに勝利を確信しているのか、ゼクシィと旅行雑誌を鼻歌を歌いながら見ている。もうゴールインする気満々である。

 

 

 さあ、いろは! あの舐めた真似をする鬼畜魔王に鉄槌を下すんだ!

 

 魔王を倒して先輩を救い、イチャイチャするんだ!!

 

 動け私の足、動け、動け、動け! 動け!! 動いてよぉぉぉぉ!!!

 

 

 私の想いが届いたのか、足がようやく曲がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがそこが私の限界だった。

 

 

 

 その後私の膝が持ちあがる事は2度となく、ぐったりと地にひれ伏したのであった。

 

「フフフ、お疲れ様。あなたはよく頑張ったわ。でも負けは負け。あなたの先輩は私のものよ。結婚式には呼んであげるから楽しみしていてね」

 頭の上からかかるどこか満足気な声、睨みつけてやろうにも顔を上げる事すらできない。足音が遠ざかっているのを聞き、私は制止をかける。

「待って! 先輩を……先輩を返して!!」

「嫌よ。チャンスはちゃんとあげたじゃない? それをあなたは活かせなかった。幸運の女神は2度も機会をくれないわ。彼女には後ろ髪はないんだから。それじゃあまたね」

「待って!!」

 しかし魔王は既に死に体の私には目もくれず消えさり、静寂のみがその場に残った。今すぐ追わなきゃならないのに体が全く動かない。完膚なきまでに叩き潰され、私は大切な人を救えない自分の弱さに慟哭をあげた。

 

 

「先輩……先輩……先輩!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁん」

 

 

 

 無情にも流れるスタッフロール、その背景には魔王と先輩姫の結婚式の映像が流れている。モニターを切る体力すら失われた私はただただその最悪なシナリオを眺めるしかできない。そしてとうとう神父の前で夫婦の誓いを立てる場面となった。

「八幡姫、あなたは魔王はるのんを夫とし、永遠の愛を誓いますか?」

「…………」

「八幡姫?」

「はい、誓います」

(さようならいろは、俺の愛した人。どうか生きて幸せに……)

 そして魔王はるのんと八幡姫は……

 

 

 

 BAD END

 

 

 

「……………………………」

 私は呆然自失の状態のままゲーム画面を見ていた。すでに悪夢の結婚式のシーンは終わり、タイトル画面に戻っている。たがそれでもあのシーンは私へのダメージがでかすぎた。真っ白に燃え尽きたボクサーのように私はそこにへたり込むしかできない。

「ちょっといろは、うるさいわよ! ゲームが楽しいのは分かるけど、もっと周りに気を使いなさ……いろは?」

 現実に帰ってきて安心したのだろうか? お母さんの声がどこか遠くに聞こえる。心身共に限界を超えた私は意識を手放した。

「いろは!? ちょっと大丈夫なの!? いろは!!?」

 

 

 それから私は気が抜けた反動が一気に来て、学校を休まざるを得ないくらい筋肉痛に悩まされる事となり、両親と先輩にこってり絞られる事となった。でも譲れない女の戦いだったんです。

「「「シャラップ!!」」」

「ごめんなさい」

 ベッドの中で唸る私の横で、先輩と両親が頭を下げ合う。先輩はゲームを薦めた責任について、両親は暴走しまくってオーバーワークし過ぎた娘について。我ながら情けない状況ではありますが、怪我の功名とでもいいますか、先輩と両親は初顔合わせのわけで、この時点で彼氏を両親に紹介する難易度の高いイベントは済まされたわけであります。

 

 ふへへへ、全ては計画どお……

 

「ふぎゃーーーーー!! お母さん何するの!!?」

「何か邪念を感じたわ。全く筋肉痛で学校休むなんて前代未聞ね。変な事で心配かけるんじゃないわよ。特に今回の件はあなたの先輩の面子にもかかわってるんだから。あんなに必死に謝って可哀想だったじゃない」

「それは……その、申し訳なく思っております」

「本当に反省してる?」

「してます! 海の底よりも深く反省してます!!」

「本当口だけは回るんだから」

 お母さんが頭を抱えているが、間違いなく私の性格はお母さん寄りだと思うの。言えば怒るから黙ってるけど。呆れてものも言えないという状況だったお母さんだったが、ふと優しい顔になる。

「いろは」

「何?」

「良い男見つけたわね」

 そう言ってにやりと笑うお母さん。

 いきなりで呆気にとられた私であったが、やっとの事でお母さんが先輩を認めてくれたのだと理解できると、心の奥が温かくなる。抱えきれない嬉しさを胸に私は満面の笑みでお母さんに答えた。

「うん!」

 

 

 どうだ! 魔王はるのん。ゲームの世界では負けちゃったけど現実では私の大勝利だ! 悔しかったらゲームの外まで追いかけてきてみろ!!

 

 

 

 

「完然復活!」

 じゃあないけど歩けるレベルまで回復しましたよ。3日間かかりましたけど。幸い土日を挟めたので、実質休んだのは月曜日だけだ。ひたすら爆睡し、多少の筋肉痛は残っていれど気分は爽快! 私はルンルン気分で通学路を歩く。

 早く先輩に会いたいが、登校中に会えるだろうか? お昼休みは昼ご飯を一緒に取っているので確定だが、これだけ気持ちがいい朝である。できれば朝に会って思いっきりハグしたい。後ちゃんと謝りたい。相当心配かけていたので。

 校門を抜けた私は運試しのつもりで駐輪場を覗く。先輩は自転車通学、いるとしたらここだ。すると私の願いが通じたのか、見慣れた猫背とぴょんとはねたアホ毛がちょうど駐輪しているのが見えた。

 今日の私はついている! しかしそこにいたのは先輩だけじゃなかった。

「嘘……」

 見間違えるはずもない。雪乃先輩のお姉さん、雪ノ下陽乃さんだ。だが今の私にとってむしろ彼女は、

「魔王……はるのん!!!!」

 何故ここに!? ありえない。放課後ならともかく何故に朝一に先輩にからんでいるのだ? それこそ先輩を狙っているかのように。もしかしてあの時心で勝利宣言しちゃったから? 先輩で言う死亡フラグをたててしまったとでもいうんですか?

 脳裏にフラッシュバックする二人の結婚式の光景、居ても立っても居られなくなった私は全速力でかけ、二人の間に割って入った。

「おのれ魔王はるのん!! 先輩は渡さないですよ!!!」

「へっ?」

「え゛っ? いろは……おまっ!?」

 

「あ……」

 

 我に返ってももう遅い。私、やらかしちゃいました。ゲームの世界の設定をそのまま現実に持ってきちゃったよ。現実の陽乃さんの方がより恐ろしいってのにさ。そもそもの話、私が彼女を魔王にしたのはリアルの彼女を知っているからだ。現実の魔王はいわゆるオリジナル、夢の世界の魔王よりも強いと決まってる。

 ただ現実の陽乃さんとは別に敵対していないわけで、いわゆる中立の立場である。なんでわざわざ敵対行動をした私!!

 ワンチャン聞こえてなかったって事ないかなぁと陽乃さんの顔を見る。人それを現実逃避と言う。陽乃さんは最初呆気にとられた様子で固まっていたが、それも極わずかな時間で再起動し、にっこぉーと笑った。あ、駄目だこれ。悪寒が止まらない。

「いろはちゃん? ちょーっとお話しようか」

「ご、ごめんなさーい!!!」

 私は脱兎のごとく逃げ出したとさ。

 

 すぐにつかまったけどね、てへ。

 皆、ゲームはあくまでゲーム、現実ではないから気をつけようね!

 これから私は地獄に行ってくるぜ!!

 

「陽乃さんが魔王って先輩が言っていました!!」

「!!」

「ほう?」

 

 ただし先輩も道連れです!!

 

 口をパクパクさせる先輩に、私は最高にカワイイ私の笑顔で返した。

 地獄も二人なら怖くないってね!!

 

 こうして私は強制的に先輩を仲間に加え、真・魔王はるのんとの戦い(負けイベント)に望むのであった。

 

 

 

[newpage]

 

 

 

「買っちゃった!」

 どうも皆さんこんにちは。魔王はるのん事、雪ノ下陽乃です! 今私の目の前にあるのは新品のゲーム機、とソフト数本。ゲームとは無縁の人生を送っていた私がこうして買ってしまったのには訳がある。

 それは今朝の事、ちょっと日常が退屈していたから、退屈しない比企谷君をからかいに行ったんだけど、いろはちゃんが突如乱入してきた。雪乃ちゃんを差し置いて比企谷君の彼女になったらしいから、乱入までは想定していたけれど、まさかいきなりの魔王呼びされるとは。意外過ぎて怒るよりも笑っちゃった。

 ただそこで簡単に許しちゃうほどお姉さんは優しくはない。どのような経緯で魔王と思うように至ったのか、徹底的に絞り上げてやった。

 そしたら面白い話が出るわ出るわ。期待はしていたけれど想像以上に面白くて、終始笑い続けていたと思う。ただ私には一つ疑問があった。

「ちょっと質問あるんだけど」

「何でしょう? もう何でも聞いてください。恥はすべて出し切りました……」

「私が魔王っぽいのは何となく分かるんだけどさ? でも比企谷君を取られたくないっていう理由であるのならば、魔王はどっちかというと雪乃ちゃんの方が適任じゃない? どうして私だったの?」

「あー、そこ聞いちゃいます? 黙秘権を」

「もちろん却下」

「ですよねー」

 本当は言いたくなかったんだけどなぁといろはちゃんは前髪を弄る。まだ渋るいろはちゃんに笑顔でプレッシャーをかけると、ようやく彼女は話し始めた。

「……確かに雪乃先輩は私の最大の恋のライバルですが、私の推測が正しければ先輩と一番相性が良いのは陽乃さんなんです」

「え?」

「雪乃先輩や結衣先輩なら例え先輩と恋人同士になっても、チャンスさえあれば後から奪ってやろうと思えます。でも陽乃さんの場合一切勝ち目がなくなる。だからこそ陽乃さん、あなたは私にとっての魔王なんです」

 頭をガツンと殴られたような衝撃だった。私は良く周りから完ぺき超人として見られる。私自身そのように振る舞ってきたし、相応の努力もしている。だから魔王という、畏怖の象徴になってしまうのもそれはそれで理解できた。

 だがいろはちゃんの答えは同じ魔王でも違う。いろはちゃんは私のステータスじゃなくて、私の内面を見て魔王と言ったのだ。そしてただ畏怖するのではなく、強いと理解した上でちゃんと敵として見てくれる。同じ土俵で扱ってくれる。

 

 そっか、この子も比企谷君と一緒なんだ。

 

 私を私として見てくれる子なんだ。

 

「よし、決めた! 私もゲームやる!!」

「へっ?」

「いろはちゃんと比企谷君と一緒にゲームやるって言ってんの!!」

「はぁぁぁぁ!!? いや、そこは素直に引いてくださいよ!! そういう場面でしょここは!!!」

「魔王たる者が言う事聞くと思ってるの?」

「自称するようになった!?」

「恨むのなら自分自身を恨みなさい!」 

 私の心のスキマを埋めてくれる発言をするのが悪い。

「私は今確信したの! 私の人生にはいろはちゃんと比企谷君が必要だって!! 二人の人生貰うわ!! 魔王らしく強引にね!!」

「勘弁してください! 先輩どうにかなりませんか!? この人本気ですよ!? 目がマジです!!」

「うん、無理だ。好かれる発言をするお前が悪い」

「先輩がそれを言います!?」 

「二人とも覚悟するように!!」

 

 とまあ私が買っちゃったのはこんな理由である。

「よし、初期設定完了っと」

 ゲーム機の準備を終えて私は携帯を弄り、無理矢理聞き出した二人にラインを送る。すると程なくして返事が返ってきた。一緒にゲームやるためのフレンドコードである。

「ふふ、何だかんだで付き合ってくれるんだから、人が良いよねぇ二人とも」

 今後のこと思うと嫌が応にも期待が高まる。

「さてさて、楽しませてもらうとしますか」

 そうして私は新しい世界へと飛び込んでいった。

 

 




 最後何だか良い話になっているのはどうしてだ? これが分からない。というわけでいろはちゃんの第2弾いかがだったでしょうか? 今回の話はたまたま物書き仲間同士で話し合っていた際、リングフィットアドベンチャーの話題になって、これって続編とか出るのかなぁ? って話し合ったのがきっかけでした。
 リングフィットアドベンチャーと言えば、自分が主人公そのものであるかのような没入感がウリです。多分トレーニング方法は変えようがないから、強化するのはこの没入感だよなぁって考えていたら、ちょうどミートピアが話題になっていた時期で、これじゃね? みたいな感じで思い至ってしまったわけであります。そこでこれをネタとして書くんだったら、いろはちゃんゲームシリーズがちょうど良くて、じゃあ書いてみるかとなった次第であります。
 ちなみに一番書きたかったのは全部バンザイスクワッドに変えられるシーンですw
 これプレイした事ある人なら分かると思いますが、まじで詰みかねない展開で絶望しかありません。筋肉疲労は早々に回復しませんので、もしもやってみようという場合はいろはちゃんのように無理せず、適切な運動量を心がけましょう!
 ではでは今回もお読みいただきありがとうございました!!
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