すれ違いバッドエンド   作:主(ぬし)

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「俺は幸せだ」

隻腕の駆け出し冒険者は、そう言って、笑顔で死んだ。

誰もが簡単に口にする。「そんなつもりはなかった」と。

その思い違いの積み重ねが、どんな悲劇に繋がるのかも知らずに。


前編

 15年前、魔王率いる魔族を打倒し、人間の栄華の時代を切り開いた英雄たちがいた。勇者たちは、年若い4人の少年と4人の少女だった。数え切れないほどの苦難を乗り越え、心身に激しい傷を負いながら、8人はついに魔王の息の根を止めた。歓喜に湧く民衆が待つキュリオス王国の首都に帰還した彼らは、晴雨のように陽の光を浴びて舞う色とりどりの花びらのなかを誇り高く凱旋した。

 

 そして今、その血を色濃く引く若者が4人いた。勇者たちの子どもである。彼彼女らは、周囲から大きな期待を受けていた。より強く、より高く。父や母を超えることを求められ、その期待に十ニ分応えてきた。才色兼備にして知勇溢れる勇敢な戦士の卵たち。

 3人(・・)とも、幼い頃から親譲りの才能を華々しく示し、極めて優秀だった。

 

 

 

たった一人を除いて。

 

 

 

 一人の少年が虚ろな目に暗い決心の炎を燃やしていた。

 その少年、フェニックス・クライメイトはなんの才能(・・・・・)もなかった(・・・・)。大地を抉る魔王の攻撃を防ぎきった母親譲りの高い魔力と魔法の才能もなければ、岩のような魔王の肉鎧を袈裟斬りにした父親譲りの天与の筋力も剣の才能もなかった。全てにおいて、平凡だった。

 魔王をもっとも追い詰めた男と女の間に生まれた一人息子。誰よりも強くなり、次世代たちを力強く牽引する英雄と期待されていた人類の希望の星。───何の才能も、なかった。

 

 

幼馴染の少年パスファーが剣を鞘に収めながら、地べたに倒れ伏すフェニックスを見下ろし、眉間に皺を寄せて言う。

 

「おい、フェニックス、それがお前の限界なのか?」

 

幼馴染の少年オデッセイが魔法の残滓が光る杖を胸元に仕舞いながら、壁に背を預けてフラつくフェニックスに苦笑する。

 

「ねえ、フェニックス、もっと修行したほうがいいんじゃない?」

 

 

 物心ついた頃、ともに親の武功を超えることを誓った幼馴染みたちは、彼を置き去りにしてどんどん先に進んでいった。一人は第二の剣聖と謳われ、一人は魔法の申し子と賛美され、そしてもう一人の少女は剣と魔法のどちらも天井知らずの才能を花開かせた。刻一刻と、どう足掻こうと追いつけないほどの差が開いていく。特に少女の発展は目覚ましく、その名声は他国にまで響くほどだった。しかし、フェニックスにはなにも芽生えなかった。もうすぐ15歳になる。両親が魔王を討伐した年齢に達する。だというのに、彼の目の前にはなんの煌めきも生じることはなかった。

 

 

 

「お前なら大丈夫さ」

「そうよ。大丈夫よ」

 

 

 

 それでも、父と母は期待した。重圧に苦しむフェニックスに対して、無根拠のまま、ただ期待だけを押し付けた。

 両親ともまだ若かった。少年少女の年齢で魔王を討ち果たした彼らは、まだ30と少しいう若さだった。壮絶な戦いを経た彼らは、人間的に決して未熟ではなかった。むしろ人間の良心というものを具現するような立派な男女だった。自身らの本領に於いては比類なく優秀だった。

 だが、絶望的に多忙だった。人類を救った英雄は、残った人々の安寧と世界の秩序を守るために常に引っ張りだこで、息子としっかり向き合う時間などなかった。彼らは、ただ無闇に、“自分たちの息子だから”と放置して(しんじて)いただけだった。世界にとって人格者であっても、人の親としては甚だ不完全な未熟者だった。彼らにそれを戒める人間は、いなかった。世界を救った勇者に対して恐れ多い忠言を出来る者などいなかった。

 

 

 

「フェニックスなら強くなるさ。なぜなら俺たちの息子なんだから」

「あなたなら強くなるわ。だって私たちの子どもなんだもの」

 

 

 

 フェニックスはずっとそれを聞かされて育ってきた。今は何も芽吹く様子がなくとも、いつか眠れる才能が開花することを一方的に期待されて歩んできた。自分に才能のないことなど、自分自身がとっくに気付いているのに。彼は果てのない自己嫌悪の業苦にもだえ苦しみ、身をよじり切る苦悩に苛まれ続けていた。なのに、周囲は気付いてくれなかった。周囲が見ているのはフェニックスではなく、フェニックスの血筋だった。

 

 フェニックスが物心がついて少しすると、彼は自分の実力が周囲の望むそれに決して届かないことを理解した。幼い頃は、同じ2代目勇者たちとチャンバラ合戦をして、「次はオレたちの時代だ」と無垢に笑い合っていた。それも個々の才能がハッキリと発露しだすと当たり前のように自然消滅した。

 周りの者たちは勝手にフェニックスに期待をして近づき、擦り寄り、おべっかを使い、いつまでも芽が出ない彼に勝手に失望して唾棄しながら去っていった。それの繰り返しだった。彼にとって“期待“とは“呪詛“以外の何物でもなかった。彼の心は日に日に“期待”という残酷な呪いで蝕まれていった。

 

 それでも、フェニックスは努力を続けた。彼にはそれ以外に選択肢がなかった。同じ勇者の二代目たちから遠く引き離されていくのを自覚しながら、彼はひたむきに努力した。彼には目的(・・)があった。

 

 

 この年、フェニックスは15歳になった。この世界では男女の婚姻が可能になる年齢だ。そしてまた、ある挑戦権(・・・)を手にする年齢でもあった。

 

 

 

 

 

 さて。ここに一人の美しい少女が希望に目を輝かせていた。

 パーサヴィア・キュリオス。フェニックスと同じ、勇者の娘の一人にして、このキュリオス王国の姫でもあった。15歳になれば、国王(ちちおや)が見守る御前試合への参加資格が得られる。栄光ある闘技場(コロッセオ)で見事に優勝すれば、王に一つだけ願いを叶えてもらえる。王国の伝統だった。彼女はそこで優勝し、昔から思いを寄せていたフェニックスに求婚することを許してもらうつもりだった。

 パーサヴィアは美しく、才能に輝き、心根もまっすぐだった。王族の頂点でありながら勇者の一員でもあった両親に厳しくも優しく育てられ、周囲からも大切に愛情を注がれ、有り余る天与の素質でそれに応えてきた。生きがいと希望に満ちた宝石のような人生を送ってきた。そして、幼い頃からの幼馴染だったフェニックスのことを好いていた。彼のことを想うと、うら若さに艶光る頬は桜色に染まった。

 しかし、彼女の生まれは高貴であり、フェニックスは平民の子である。慣例として、他の身分の者と結婚するには王の許しが必要だった。勇者の息子と言えどそれは変わらない。彼を手に入れるには御前試合で勝利する。方法はそれしかなかった。

 

 

『オレたち、ずっといっしょだぜ!パーサ!』

『うん!フェニとパーサはずっといっしょ!』

 

 

 少年とは、まだ物心がつくかつかないかという頃に結婚の誓いを結んでいた。少年は忘れてしまったかもしれない。実力に差が出来てしまい、周囲の目もあって、学園の廊下ですれ違ってもついよそよそしい態度をとることになってしまっている。実力差はもとより身分差があるということもあり、周囲の人間は彼と親しくすることを良しとしなかった。そのせいでここ数年は疎遠になってしまったが、少女の恋心は薄れていなかった。他の勇者の二代目たち───パスファーとオデッセイから恋慕を向けられていることも早熟な女心で理解していたが、少女の想いは変わらなかった。周囲の嘲笑に聞く耳も持たず常にストイックに修練を積むフェニックスの背中に熱っぽい目線を注ぎ、じっと見惚れていた。「無駄なことを」と嘲笑されようと、聞く耳を持たずに一心不乱に剣を振り続けるフェニックスの頑健な上腕の筋肉に目を奪われていた。その腕に掻き抱かれる自分を想像するたびに胸が高鳴った。

 

「フェニックスが───御前試合に出る?」

 

 だからこそ、人づてに聞いたその知らせに、パーサヴィアは飛び上がって喜んだ。パーサヴィア(わたし)を手に入れるために違いない。彼女はそう直感した。想いは同じだったのだ。フェニックスは幼い頃の約束を忘れていなかった。諦めていなかった。彼もまた、パーサヴィアと結ばれることを望んでいたのだ。そのために血反吐を吐くほどの研鑽を積んでいたのだ。周囲から蔑まれようと、卑下されようと、パーサヴィアのために健気に努力してくれていたのだ。パーサヴィアの大きな瞳はさらに大きく見開かれ、陽光に負けじと煌めいた。

 

(負けられない!)

 

 それを悟った少女は、さらに修行に明け暮れた。公明正大な性格の彼女は、わざと負けるというような器用な真似は出来なかった。彼女の誇りがそんなことを許さなかった。フェニックスの気持ちに応えたいと思った。彼女は自身の思いを悟らせまいと、敢えて今までよりさらにキツく、つっけんどんな態度でフェニックスに接した。

 周囲の反応も同じだった。ただ一人開花のできなかった勇者の息子が、恋する少女のために凡才という評価を覆し、衆目の面前で“次の勇者”として覚醒する。なんとも甘酸っぱい伝記物語のようであり、誰にとっても願ってもないことだった。

 フェニックスとパーサヴィアの両親も舞い上がって喜んだ。歴戦の戦友同士が本当の家族となるのだ。お互いの息子と娘が、幼い頃はとても仲が良かったことを覚えているだけに、最近はフェニックスの低迷によって二人が疎遠となっていることをやるせなく思っているだけに、両親たちは食事を共にするたびにその話題に興じた。“才能に乏しい少年が恋する幼馴染みのために懸命に努力して、己の内に眠っていた真の力に目覚める”というのはとてもわかりやすく、将来に渡って人々の心を躍らせる物語に違いなかった。

 両親に連れられてフェニックスの両親との食事に同席したパーサヴィアは、囃し立てられるたびに耳たぶまで真っ赤にして赤面しつつも、否定したり嫌がったりはしなかった。その青々しい恥じらいを見て、両親たちはフェニックスとパーサヴィアのことを祝福しようと心に決めた。そこに(・・・)フェ()ニックスは(・・・・・)同席していないのに(・・・・・・・・・)

 

 フェニックスは以前と変わらず、一切の誘いを拒んだ。食事と睡眠すら削って、一切の時間をすべて己を鍛えることに費やしていた。彼の両親はそんな彼にあえて心を鬼にして厳しく接することにした。努力を認めず、慰めず、今まで以上に「まだ未熟だ」とけしかけることにした。他ならない自分たちの子どもなのだから、逆境に直面するほど輝きを増すに違いないと盲信し(しんじ)ていた。「もう十分だ」と優しい言葉をかけたくなる気持ちを抑え、厳しく、冷たく接し続けた。土壇場で才能の花が開くことを押し付けて(しんじて)いた。

 フェニックスは雨も日も風の日もただ黙々と剣を振るい続けた。それは、幼くつたない少年が、周囲の期待に応えようとがむしゃらに努力しているからだと、誰も彼もが思い込んでいた。

 

 それはある意味では正しく、ある意味では絶望的なまでに間違っていた。

 

 「天才だ」「優勝候補だ」と学園で褒めそやされるパーサヴィアの自信に煌めく横顔を、フェニックスはじっと見つめていた。その視線が、年頃の少年が恋慕対象の異性に向ける憧憬のそれとはまったく異なることなど、誰も気が付かなかった。

 

 

 

 

誰も彼を見ていなかった。

 

誰も彼自身を見ていなかった。

 

誰も彼のことを慰めず、誰も彼のことを認めなかった。

 

誰もフェニックスと面と向かって話をせず、その真意を問いただそうとはしなかった。

 

彼と真摯に向き合うことはなく、見たい面だけを見たいように見ていた。

 

誰も彼もが、自分たちが意気揚々と破滅に向かって歩んでいることなど、これっぽっちも想像していなかった。

 

 

 

 

 そして、御前試合の日はあっという間に訪れた。

 その日。その時間。王都のコロシアムにて。数万人の歓声に彩られるはずだった記念すべき決勝戦は、数万人が血の気を失う沈黙に取って変わられていた。




『禁断師弟でブレイクスルー』という小説と漫画を読んで思いつきました。インスピレーションを与えてくださった作者のアニッキーブラッザーさんに感謝です。
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