巡り廻った先の世界で   作:稗田之蛙

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HOME(後編)

『きょうは ステキな日だ』

 鳥の囀り。小動物達の足音。黄色い花の芳香がツンと鼻をくすぐった。

『はなが さいている。ことりたちも さえずっている』

 目の前に立ちふさがっているのは、あの忌々しい骨野郎。

 ヤツの手の内は何度も何度も戦って完璧に覚えたはずなのに、アイツを一回殺すまでにこっちは幾度となく殺される。

『こんな日には おまえみたいなヤツは……』

 もうこいつと戦うのはイヤだ。

 どうせ全部がリセットされるんだから無意味だ。

『じごくで もえて しまえば いい』

 私が、こいつが、また痛い思いをするだけじゃないか。

 

「……んっ……うぅ……はぁ……!」

 ベッドの上でCharaは汗だくになって跳ね起きた。荒くなった呼吸を整えつつ、額から垂れてきた冷や汗を拭い取る。

 周囲を見回してみれば、なんてことはない子供部屋。もちろんあの忌々しい骨野郎がいるわけがない。

「……最悪」

 吐き捨てるように呟いて、再びベッドに倒れ込んだ。

 

「大丈夫、Chara? なんだか目にくまが出来ているようだけど……」

 Torielは心配そうにCharaの様子を窺う。

 実際問題、Charaはホームに住み始めてから連日連夜悪夢に魘されていた。

 悪夢の対戦相手はあのSANSに限らず、Undyneだとか、他のモンスターだとか、とにかくChara(Frisk)を幾度となく殺してきた強敵達だ。

 夢の中では毎回殺されて、目が覚めた後は決まって酷い寝不足に襲われる。そんな日々が続けば精神も参ってくる。

「ずっと土の中で寝てたんだ。寝床が変わったら寝付けなくなっても仕方がないよ」

 小粋なジョークを言ってみせたつもりのCharaだったが、下手な冗談にTorielが泣き出しそうな顔をしたので取り繕うのになおさら参った。

 

「SANS相手に何百回も戦ったって? Chara、気でも狂ってんの? バカなの?

「弱ってる友人に対して酷い言い草だなこのクソ花

 Asrielに正直に不眠の悩み打ち明けてみたが、その原因を話すと正気を疑われた。

 過去に色々悪ふざけをした事もあってか、AsrielもSANSの強さについては熟知している。軽くトラウマになったほどだ。

 SANSの実力については此処で仔細を記すまでもない。それは相手にとってまぎれもない『悪夢』だ。

 そんな相手と幾度となく戦いを繰り返すなんてAsrielからしても常軌を逸している。

 Charaも下手すれば数百回以上殺された経験があるし、しかもそれが無為な戦いだと感じてきてパートナーの意思に付き合わされるのは嫌気がさしていた。

「SANSにやり返したら気が晴れるんじゃない?」

「……力を得る為だったらヤる気も起きたんだけどな」

「あー……」

 何とも言えない表情を浮かべながら、Asrielは言葉を濁した。異常なほどこの世界の周回を繰り返したCharaにとって、もはやSANSと戦う意義など見いだせないのだ。

 しばしの沈黙の末、Asrielは何か考えついたようにおそるおそるCharaに提案する。

「……じゃあさ、逆に仲良くなってみるっていうのはどう?」

「興味がわかないね。アイツとはFriskを通して散々仲良くなったさ」

 Asrielは慌てたようにぶんぶんと顔を横に振る。

「違う。Frisk? っていうヤツじゃなくて、キミが直接SANSと仲良くなるんだよ!」

「はぁ?」

 Charaは思わず素っ頓狂な声が出た。「コイツは一体何を言っているんだ」とばかりに珍しく表情が崩れている。

「なんの為に? 仮に仲良くなっても、リセットされるって思ったらやるだけ無駄だろ」

「だって、このままだとキミの精神が持たないじゃんか! ボクとしても、Charaが壊れていく姿はあんまり見たくないし……彼と直接友好的に接すれば、そのトラウマも拭えるかもしれないよ」

 そこまで言われてしまうと、流石に反論できない。

 確かに、これ以上あの骨野郎の相手をするのは限界かもしれない。悪夢は毎晩のように襲ってくるし、睡眠時間も削られ続けている。

 それにSANSに対するトラウマは、Charaの精神的な問題だ。パートナーが手出し出来る領分じゃない。

 たったそれだけの理由でも、今のCharaにとっては前向きになれた。

 ーーそれに、悪夢に出てくるのはSANSだけじゃない……。

「……分かったよ。やってみるよ」

 Charaが素直に同意を示した事に、Asrielは冗談ぶって相手を脅しつけるような悪役笑顔を披露した。

 

「だめよ。Snowdinの方へ向かうなんて」

 Asrielの安っぽい悪役顔とは打って変わって、Torielは鬼の形相でCharaを睨みつけている。

 二人とも親子だというのに、脅しつける顔でこうも威圧感が違うか。

「……いや、皆に久しぶりに会いたくなって……」

「貴方、自分はCharaじゃないって散々言ってたわよね?」

 Charaはヒキガエルが踏みつけられた時のように呻いた。完全に図星を突かれている。

「……Chara。地下の世界は貴方が自由に出歩けていた頃とは違うのよ」

 Torielの言葉には重みがあった。彼女の言葉通り、地下世界のモンスターは人間に寛容ではない。

 人間はモンスターにとってAsgore王に捧げるべき対象だ。もちろん、親子として暮らした事のあるCharaがAsgoreに直接対面出来ればその限りではないかもしれない。

 だがこのホームからAsgoreの居る場所へ行くのに、どのモンスターとも出会わずに辿り着くというのは現実的ではない。

 Charaの事を知らないモンスター達が、きっと何体も襲いかかってくるだろう。

「じゃあせめて人伝にパ……じゃなくて、Asgoreに私が蘇った事を伝えるっていうのはどうだろう? そうしたら事情を知ってるヤツを道案内につけてくれて、それで襲われる事もなくなるんじゃあないか?」

「まぁ、それは考えつかなかった冴えた名案! Charaったらやっぱり頭の良い子ね♪」

 Charaの筋道の通った提案を聞いてTorielの表情は般若の面から慈母の微笑みに様変わり、それを見たCharaも「ホッ」と一息をつきかけた。

「絶対に、だめよ」

 つきかけた息のやり場を失って、Charaは思わず引き付けを起こしそうになった。

 

 考えてみればTorielの心配も道理だ。死んだ人間が蘇った時点でそもそも与太話なのである。

 TorielがChara本人であると確証したのも『Charaでないと知り得ない話』という事をいくらか話し合ったから判明したのであって、Charaが『Chara本人である』という保証など赤の他人からしたら分かるはずもないのだ。

 むしろ生前の近しい人物であってさえも「Torielが迷い込んだ子供を保護する為に、入れ知恵や容姿を整わせてCharaになりすまさせようとしている」なんて勘ぐってくる事もありえない話でない。

「でも、私は外に出て他のモンスターと会いたいんだよ」

 食器を洗う彼女にCharaは上目遣いで頼み込む。

「遺跡の方に色々な子がいるじゃない」

「私はその子達以外とも仲良くなりたいんだ」

 床を忙しなく掃除しているTorielに対して、Charaもその横で雑巾がけをしながら追いかけた。

 Charaはこの事に対して半ばヤケになっていた。いつリセットされるかどうかも分からない世界においては、もはや自分の精神状態の改善こそが唯一のやるべき事だという信じて疑う事はない。

「Chara」

 Torielの足がピタリと止まり、床を這うCharaの方へ向き直った。その表情はいつもよりもずっとずっと真剣だ。

「Asgore王の手元に、あと一つ人間の魂(ソウル)があれば地上への道は開けるのよ」

「知ってる」

 Torielは少し驚いたように眉を動かしたが、そのまま独り言のように呟いた。

「……その目的の為にAsgoreが貴方を、Chara本人だってわかった上で殺さないって保証が何処にあるの……?」

 そうなれば、今度こそ私は彼の事を心の底から許せなくなる。涙ながらにそう漏らすTorielを見て、Charaは胸の中がズキリと傷む。

 こんな反応をするTorielなど今まで見た事がない。それもそうだ。Chara自身が舞い戻ってきた事自体がイレギュラーなのだから。

 

(……だけど、私は……)

 

 一連のやり取りを経て遺跡の出口を破壊する事をケツイするToriel。

 だが周回を経て彼女の行動を知っていたCharaは、扉の前で立ち塞がる彼女と真っ向から対面した。

「どうしたのChara? 今から危ない作業をするから、上に戻ってて欲しいのだけれど」

「危ない事は慣れてるから平気だ」

「お願い。いい子だから、言うことを聞いて」

「私はいい子じゃないから聞けない」

「Chara……」

 Torielは困ったように微笑んで、Charaの瞳を見つめる。

「他の迷い子ならいざしらず、貴方は地上に帰りたいっていうわけでもないでしょう……?」

「まぁ、そうだな」

 その辺りについて、Charaは否定するつもりもない。人間世界を消し去るのが飽いたとて、人間達と過ごしたいわけではない。

 もしもそれを嘯いたとしても、母親同然に過ごした事のあるTorielのその薄っぺらい嘘を容易く見抜くだろう。

 その言葉を聞いて、Torielは俯いて大きなため息をついた。➖➖ついてから、両手の平に火炎の球を生み出す。

「なら、せめて貴方が他のモンスターにやられない強さを持っている事を今ここで示して」

 Torielはそう言って、Charaに向けて勢いよく炎の玉を投げつけてきた。

 Charaは咄嗟に体を反らしてそれを避ける。背後にあった壁に直撃したそれは、まるで壁そのものが爆発したかのように轟音を立てて大穴を開ける。

(……これは、ハードモード並か?)

 Torielにとって、Charaという存在はFrisk以上にここを通す道理がない。万が一にも夫が我が子同然だった子供殺すなんてストーリーは見たくない。

 ➖➖絶対にここは通さない。貴方は私が守ってみせる。Asgoreにこの子を殺させない。

 火球の威力の違いは、そのケツイの現れだろう。手加減の度合いもFriskの時より数段は少ない。

 ……いや、UndyneやSNSとの死闘をくぐり抜けてきたCharaにとってもはや彼女の実力など何ら問題ではない。

 その魔法が初見であろうが完璧に避けきってみせるという自信がある。Charaにとってそれよりも問題なのは……。

 

 

 ➖ーFriskのように攻撃しないままで、Torielは本当に諦めてくれるのか……?

 

 

「Chara、回避するのはとてもお上手だけど。なぜ貴方は攻撃してこないの?」

 何度攻撃を繰り返しても反撃してこないCharaに対して、Torielは不審に思ったような顔で問いかけてくる。

「……Torielをき、傷つけたくない」

 思わず声が上ずった。それがCharaの本心かその場しのぎの嘘デタラメなのか、Torielには判別しかねる。

「Chara」

 口下手な子供へTorielは少し呆れたような、少し嬉しそうな顔を浮かべながら。諭すように言葉を続ける。

「だったらなおさら貴方はAsgoreの元へ行かない方がいいわ。私にそんな態度を取るのなら、父親のような存在だったAsgoreと対面した時に自分の身を守れるの?」

「……」

 Charaは押し黙り、何も言わずにTorielの顔を見据えた。

 その様子に、Torielは困ったように眉を下げて苦笑する。

「Chara、貴方が何を考えているのか分からないけど、上に戻りましょう? それで、誰も傷つかずに、誰も死なずに済むんだから」

 

「……違うんだ」

「え?」

「私は、Asgoreとの殺し合いの夢を見るのが……イヤだ……」

 Charaは顔を隠すように俯いた。その表情はTorielからも窺えない。

「……Chara?」

 困惑するTorielに対して、Charaは必死に言葉を紡ぐ。

「暗闇の中に一人でいて……『夢』を見たんだ……アイツの技を完璧に覚える為に、何度も何度も殺し合って……殺されたり、痛い思いしたりした事を……」

「……Chara」

 目の隈を作った原因の一端を理解して、Torielは優しくCharaの体を抱きしめる。

「そんな事は、起こり得ないわ。ここを塞いでしまえば貴方がAsgoreに出会う事なんてない。貴方が殺されたり、あの人を殺したりする悪夢が現実になる事もない」

 ケツイを改にするToriel。しかしその腕の中でCharaはバッと顔をあげると、目に涙をためて言い放った。

 

「……私が眠れない理由は殺されたり殺したりする悪夢が原因じゃない……この機会を逃してしまえば、Asgoreにとって私がそれだけの存在でないと二度と証明出来ない事だッ!!」

 

 あのCharaが目に涙をためてそう慟哭するのを目の前に、Torielは驚愕の表情を浮かべずにはいられなかった。

「Torielは、それでもAsgoreが私を殺すだろうから外へ出るなって言うのかい!? 一緒に暮らしていた時に感じたAsgoreからの好意は、私の妄想だったていうのかよ!!」

「Chara……違うわ、あの人は本当にAsrielや貴方の事を……」

 Torielが動揺しながらも弁明しようとすると、Charaは一筋の涙をこぼしながらぐずぐずになった声色でTorielに訴えかけた。

「じゃあ……ここを、通してよ……Torielの攻撃を避け続けたのを見ただろう……私は強いから、通してよ……」

「Chara……」

 Torielの堅いケツイは、もはや彼の表情と同じくグズグズに溶けかかっていた。

 

 ……Charaが遺跡の出口を歩いている途中、のっそりと黄色い花が生えて目の前に立ち塞がる。

「名演技だったよ。Chara」

「……何の話だ?」

「とぼけちゃってぇ。ボクは視点が低いから全部見えちゃってたよ」

 Asrielは葉っぱを器用に両手のように使い、指で両の目を掻き毟るような仕草をする。

「こうすれば目も赤くなって、涙もいくらか溜まるでしょ」

「…………」

 Asrielの洞察に、Charaは黙り込んだ。Asrielはそれを肯定と受け取って気を良くしたのか、鬱陶しそうにするCharaに対して絡み続けた。

「やっぱりCharaはCharaだよ。他人を騙して利用する事もいとわないその精神。幾度と繰り返してもう飽いたって素振りをしているけど、その本質はボクの知っているキミと何ら変わってない」

「別に、そんなんじゃない」

「いいや、そうさ。君がどれだけの嘘を重ねて、偽ってきたかなんて……君の事なら全て分かる」

 そう言って、Asrielは心底喜んだように下品な笑いを浮かべる。

「君はね、自分すら騙してるんだよ。パートナーとやらに主導権を握られていたから不愉快そうに振る舞っていたけど、その実は他者を虐げる事を楽しんでいる」

「はいはい、そう思いたいなら思うといいさ。私はお前みたいな性悪じゃあないよ」

 売り言葉に買い言葉。Charaはそのやり取りを適当に聞き流そうとつとめ、出口の先へ先へと進もうとする。

「じゃあ、なんで」

 その背に向けて、とても物悲しそうな作り声で話しかけるAsriel。

 

「……なんで、幸せそうなFrisk達をそっとしてあげなかったんだい?」

 

 突如としてAsrielが居た地点の土がえぐれるように弾け飛んだ。CharaがAsrielに対して殴りかかったらしい。

 Asrielは寸前で地面に潜り込んで回避し、また離れた地点から顔を出してCharaを煽る。

「ははっ! やっぱり図星だ。でもその様子だと、わざわざ演技なんてしなくてもあのオバサンくらい一撃で倒せたんじゃないの? アーッハッハッハ……」

 そう言い残すと、Asrielは地面に潜り込んだまま姿を消してしまった。この場に戻ってくる気配もない。

 Charaは手指の根本から血がにじむのをかばいながら、やり場のない怒りにギリギリと歯ぎしりをする。

 そうして、そのまま遺跡から脱出するのであった。

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