キャラはホテルで身支度を整えていた。
パーカーがついた……生前の知り合いから『キャラだ』と認識されない、なおかつホットランドで熱中症にならない薄着の衣服。
「アンダインみたいに干からびるなんてバカやるわけにはいかないしな………」
そのままの格好でウォーターヘルに続く道の途中、パピルスと対峙する。
吹雪でお互いのシルエットがうすらとしか見えない視界の中、現れたニンゲンの影をみてパピルスは神妙な語り口調を始めた。
「ニンゲンよ。複雑な感情について語ってもよいか?」
Charaはその問いに対し、「いいとも」と答える。
「それは、自分と同じようにオシャレが大好きな者を見つけた時の喜び。とっても難しいパズルを協力して解いた時の達成感……イケてて頭もいいヤツに、イケてると思われたいという願い……」
そこで一旦区切ってから、パズルのエリアの時のようにジュウニヒトエに着た防寒具をバッと広げて言い放つ。
「それこそ、きさまが今抱いている感情だなッ!!」
*ちがうとおもう。
「オレさまにはそんな感情さっぱりわからんがッ!! 何しろ、オレさまは偉大なるパピルス様だからッ!! 友達がたくさんいるヤツの気持ちなんて、フツーに知ってるし!」
その言葉を聞いた直後、やれやれと呆れていた様子のキャラのシルエットが少し強張った。
「……そうだな。私はそんなヤツの気持ちはよく知らない」
「そうか、孤独なニンゲンよ。貴様は哀れだ……」
パピルスはやけに悲しげに言うと両手を大きく広げる。
「だが案ずるな! オレさまが貴様を一人ぼっちにはしない! この偉大なるパピルス様が、きさまの……」
そこまで言いかけたところで、パピルスはためらうように視線をそらす。
「だめだ……やはりこんな事は許されん……オレさまは、貴様とは友達にはなれないのだッ!」
つよくてゆうめいじんのにんきもの、ロイヤルガードになる夢を叶える為に。ニンゲンを捕まえねばならぬ。
パピルスはケツイをあらたに、キャラのいる方へ振り返る。だけれど吹雪が晴れた事によって目に止まったニンゲンの表情に、そのケツイが少し揺れる。強張っていた。
「ニンゲン。複雑な顔をしているようだな。あぁ、分かるぞ。オレさまと戦いたくないというお前のその気持ちが」
そう言ってパピルスは両腕を大きく広げ、ゆっくりとキャラに近づく。小柄な子供を捕らえる為に。
「だが安心するがいい。これはあくまで捕らえる為だ。殺す為ではなぁいッ!!」
しかし、そんなパピルスの歩みは途中で止まる。なぜならキャラがパピルスに『抱きついてきた』からだ。
それはパピルスにとって予想外の行動だった。捕まえるはずのニンゲンが逆に自分を捕まえにくるなんて。思わず動揺したパピルスは「キャア!」という、なんともいえぬ珍妙な叫び声をあげた。
「ニンゲン! オレさまたちにそういうスキンシップはまだ早いと思うぞ!!」
温厚天然なパピルスが珍しく身内以外を叱りつけている。しかしキャラは抱擁を解くつもりはまったくなかった
「……ごめん薄着すぎたからあったまらせて……」
キャラの歯が細かい動作でカチカチと打ち震えている。演技ではなく、本気で寒そうだった。
……ジュウニヒトエの防寒着をほどいて、キャラはパピルスの正面に包まる形で二人羽織。
「ニンゲン……オシャレやイメージチェンジも大事だけど、おそとの気温考えないと風邪ひいちゃうでしょッッ!!!」
あのパピルスにド正論で叱られる。その事実にキャラは若干バツが悪そうにしながらも、防寒着の中から顔だけをひょっこり出して受け答えた。
「いや、こんなに寒いなんて私も思わなくて……」
パピルス相手ならば和解するにそんなに時間はかからないだろうと踏んでいたが、それ以前の吹雪くシーンが予想以上に寒かった。速攻で終わらせるつもりだったはずが、さすがに楽観的すぎたとしか言えない。『殺害』という手段なら、寒いどうこう以前に決着をつけられるのかもしれないが……。
(とはいえ、寒いという理由だけでこの周回で殺すのは……)
キャラが寒そうな顔で考え込んでいるのもあり、パピルスは妙案とばかりにニンゲンへ告げた。
「ニンゲン。ウチの牢ならここよりはあったかい。今すぐオレさまに捕まるのだ!!」
「牢ったってガレージでしょ。そんなとこ寒くてじっとなんかしていられないよ」
仲良く二人羽織をしながら、ウダウダと言い合うニンゲンとスケルトン。当人達はわりと大真面目なだけにシュールな光景である。
「ムムム……だったら……」
サンズは家に帰ってきたパピルスに気づくと「おかえり」と声をかける。パピルスはいつも通り「ただいま!」と元気よく返すが、その声は少し震えていた。それを気にする風でもなく、なにげなく話題を振るサンズ。
「ニンゲンを捕まえにいったんだろ? どうだった?」
「と、とうぜんオレさまのスペシャルこうげきによって捕ったさ! 今はきっちりかっちり牢屋に押し込んでるよッッ!! ニャハハハハ……」
パピルスはサンズと二人っきりの時は「オレさま」ではなく「ボク」という一人称を使う事が多い。
その事からサンズは何があったのか色々と察して、その上で気づいてないフリを続ける。
「そうか。とりあえず捨て猫拾ってきたなら何かあったかいものでも飲ませてやるといい」
サンズはパピルスの衣服の膨らみを見ないフリをして、そんな事を忠告してから自室へ閉じこもった。
「……」
サンズが自室へいくのを確認してからパピルスは、早足で階段を駆け上がっていく。部屋に入ったパピルスはジュウニヒトエに着込んだ衣服の前面を開いた。
キャラが、まるでリラックスして溶けた猫のようにぬるりと這い出てきた。暖房の効いたおうちのあったかさを堪能しているようだ。捨て猫キャラはベッドの上に「よいしょっと」と呟きながら腰掛けて足をプラつかせる。
「……そんな風におくつろぎに出来るのはアンダインが来るまでだからねッッ!!」
パピルスは困ったような表情でまたキャラを叱りつけた。手元にはあたたかい市販品のハーブティー。キャラは「アズがコイツに飽きるのに時間が掛かった理由が少し理解できた気がする」と思いつつ、これを機会に胸中の懸念を彼に打ち明けることにした。
「ねぇパピルス。私がサンズやアンダインと仲良くなるにはどうすればいいと思う?」
「なんだと? まさか、ニンゲンは兄ちゃんやアンダインともお近づきになりたいというのかッッ!!」
パピルスの驚きの声に対して、キャラは素直に頷く。
「…………なんてすばらしい考えだッッ! その気持ちを素直に打ち明ければ兄ちゃんもきっとよろこぶぞ! アンダインだってきっと考えを変えてくれるはずだ!」
キャラはパピルスを伴って「友達になりたい」と打ち明けた時のアンダインの反応を思い浮かべて、乾いた笑いを浮かべる。
「うん、でもそれでいいか正直不安なんだ」
アンダインについては、フリスクの振る舞いを模範するという手が一番だろうか。一応(オワライチョウと一悶着あったものの)ここに至るまでどのモンスターも殺していない。
ただ問題は元々アンダインが敵対的なモンスターなだけに、イレギュラーが発生したら挽回する手段を考えなければならない。
(アンダインにも何十回か殺されて苦手意識があるから、そこも隠し通さないといけないよな……)
それはサンズにも言えた事だ。しかもサンズはキャラの内面をいくらかを察していそうだから、キャラに心を許してくれるかどうかはもはや不安しかない。
少なくともフリスクの時とは違った対応を食らう事は覚悟しておかなければならないだろう。
数百回Gルートを巡り回ったというのを理由にサンズにダストシュートされるのは御免被る。
頭の中であぁでないこうでないと考えていると、パピルスが目を細めて語りかけた。
「……ニンゲンよ。なぜそんな風に難しそうな顔をしているのだ?」
「いや、だって、あの二人相手に『友達になって欲しい』と素直に告げても……」
「ニンゲン……」
パピルスは困惑したように顔色をすると、諭すような口調でキャラに話を続けた。
「オレさまは複雑な事はよくわからない。だがオレさまが考えるに……あれこれ難しく考えものではないと思うのだ」
「えっ?」
「友達というのは、本来そういうものではないか?」
相手の言葉に、キャラは思わずその顔を見つめ返す。その疑問に応えるようにして、パピルスは多少胸を張りながらも言葉を選ぶようにして、ゆっくりと語り始める。
「本当にあの二人と仲良くなりたいなら、まずはその想いをまっすぐに伝えるべきだ。そうすれば二人ともきっとわかってくれるはずなのだ! オレさまが言うのだから間違いないッ!」
「…………」
目を丸くするキャラに対して、パピルスは自信満々に言い切った。
成る程、確かにその通りだ。無知の知。不知の自覚。
知りすぎる者は時に愚者だ。「自身のトラウマを拭いたいから」「虐殺に嫌気がさして、逆の事をしたくなった」と自分本位な動機が相手にとって何になる。あの二人にはイメージトレーニングや台本の推敲を重ねてから「友達になって欲しい」と迫っても『打算ありき』と看破されてしまう可能性の方が高いだろう。
ならば最初から自分の考えを打ち明けて、その上で二人がどう思うかを伺う方が賢い選択かもしれない。
パピルスのようなヤツにそこまで言わせておきながら、ウダウダと悩んでいるのは格好がつかない。
「パピルス。ありがとう。おかげで勇気が出たよ」
そう言っておとなしく捕まっているフリをして、パピルスを家から送り出した。アンダインに「ニンゲンを捕まえた!」「そのニンゲンがアンダインと友達になりたいと言ってる!」などと報告に向っているのだろう。
キャラはまず隣の部屋の扉をノックし、ドア越しに声を掛ける。
「サンズ。いる?」
「いないぜ」
開幕早々ツッコミたい気持ちを抑え、シリアスな会話を続ける。
「えっと、アンダインの元に連れて行かれる前に話したい事があるんだけど、今いい……?」
「悪いな。今はちょっと手が離せないんだ」
サンズの部屋へ耳をすましてみると、大きな物音が響いている。硬いモノ同士が竜巻の中でぶつかる音と共に、イヌが唸るような声。
……まぁ、確かに手が離せないというか、忙しいのは確かだろう。
「だけれど扉越しに話すのなら構わないぜ? なんだ」
「……」
キャラは一瞬黙り込んだ後、胸の内にある漠然とした感情を少しずつ紐解いて語り始めた。
「昨日も言ったけど、私はモンスターの皆と……サンズとも仲良くなりたい」
「おいおい、このままここにおとなしくしてるとお前さんは他のモンスターに殺されるハメになるんだぜ?」
状況的にあまりにも平和ボケした発言に聞こえたのか、少々真面目な口調で切り返された。しかし、キャラは怯むことなく続ける。
「正直にいえば、私は誰にも殺されない自信がある」
「……ほう?」
キャラの言葉に関心を示すようにサンズは低い声で唸る。
「パピルスはもちろん、アンダインにもアズゴア王にも……そしてアンタにもだ」
キャラはいくらか自嘲気味に笑ってみせる。話を少し盛ったが、自分が殺されない事は正直この話の要点ではない。
重要なのはそれによって何がなせるかだ。少しの間を空けた後、キャラは慎重に言葉を紡ぐ。
「私はそれくらい強いのさ。しかし、事は穏便に済ませたい。私だってモンスター達と平和的にやっていきたいし、仲良くなりた……」
「いや、待て」
サンズはそこまで聞いてキャラの話に口を挟む。それから数秒ほど考えたような沈黙の後に静かに言葉を発した。
「それはお前さんの本心と違うな」
「……なんだって?」
キャラは嘘偽りなく自分の胸中でもっともふさわしい表現で相手に伝えたつもりだったが、聞き手のサンズに否定される。
そんなキャラ自身が心外だといわんばかりの対応で聞き返すと、サンズは深くため息をついたのちに会話を続ける。――その声色は今までとくらべて、どこか冷たい。
「お前は、初対面の時は『モンスターなんて殺しても構わない』という性根が透けてみえる危うさだった。そのせいかモンスターと仲良くなりたいと思い至った動機がまるで『分からない』という素振りだ。まぁ、分からないってのは本当だったんだろうが……今日に至っては、まるで善人にでも生まれ変わったような――いや『もともと自分は善人でした』とでも言いたげな振る舞いをする。それが真実なら、お前は実に賞賛すべき人間として改心をしてくれたってコトだ。
……なーんて、そんなわけがないだろう。昨日まで命を軽々しく考えていた傲慢ヤローが、今日では平穏を願う我々のよき友人だって? ウケ狙いでやってるとしたら最低最悪の笑えないジョークだぜ」
そこで一旦言葉を切ると、事実を突きつけるような質問の仕方を投げてくる。
「おまえが胸に抱いているものは、そんなキレイゴトじゃあないんだろう?」
……今まで犯してきた罪の数々が、キャラの背筋に冷たく伝う。
今更になって劫罰という名の払い切れない毒蜘蛛が皮膚の中を這い回る感覚を感じる。
地獄の底で燃やされるような、肌がピリピリと灼けつくような瘙痒感。
それが全身を駆け巡った後、心臓がバクバクと脈打って杭を打たれたような鈍痛が襲う。
(……痛い。苦しい。辛い。怖い。嫌だ)
扉の向こうの相手と言葉を交わすたびに、胸の奥から湧き上がるような負の感情が膨れ上がっていく。
無意識のうちに胸を押さえつけ、呼吸が乱れ、手足が震える。
「…………違う……」
それでも、反論しようと口を開く。Gルートを介さない自分が、そんなに醜い存在ではないと心の何処かで信じている。
「じゃあなんで『モンスターと仲良くなりたい』のか、言ってみろ」
「それは、モンスターと啀み合ったりするのが嫌だったからで……」
「成る程、それはとても妥当な理由だ。だったら遺跡の奥でひっそり暮らしている方がよかったんじゃないか?」
「…………自分がアズゴア王から毛嫌いされてないって、証明したくて……」
キャラはもっともらしい口実を積み重ねて、滑稽な事実から目を背ける。
積み重ねていくモノはキャラの精神の重圧となって、その本質から足を踏み外させ人を盲目にさせる。
「……モンスターを殺したら、アンタやアンダインに……嫌われそうだから……」
そこまでいってから、お互い押し黙ってしまう。
そうして訪れたたった数十秒の静寂。世界が滅び去った虚無の空間でたった一人永い時間を過ごしてきたはずなのに、その静寂にキャラは耐えきれなくなって心の奥底に溜まっていた汚泥を吐瀉した。
「……私は、モンスターを誰一人殺さず、モンスターの皆と仲良くなりたい。それをやり遂げた奴がいるのに、自分がそれを成し遂げる事ができないなんて、自分が殺すだけが能の、劣っている奴だなんて、認めたくない……」
今回のように、フリスクと同じ条件に放り込まれたならばなおさらだ。
キャラは本音を吐き出すように、自分の気持ちを語る。フリスクに抱いた劣等感と真正面から向き合うべく。
扉越しに聞こえる声は震えており、そのうめき声はサンズ側には泣いているようにも苦しんでいるようにも聞こえる。
「……ありがとよ。今度こそ正直に話してくれて」
サンズの部屋から聞こえる物音はとうに止んでいた。元々大げさに掻き立てた物音だったのか。本当に忙しかったのか。今となってはキャラには分からない。
だが、少なくとも扉の向こうのスケルトンは自分を突き放すような冷たい口調ではなかった。
「悪いがオイラはお前さんのいう『やり遂げた奴』っていうのがいまいち思い当たらないんだ」
「…………」
「けど『他者を傷つけないという信念』が動機がそういう感情からであれ、純粋な動機であれ……正直な話、他人からしたらどうだっていいんだ。その動機がどんなものだろうと、重要なのはそれを途中で投げ出さないという強いケツイだ」
キャラにとって耳が痛い。そのケツイの本領は扉の向こうの人物と本気で殺し合った時に発揮されたのだから。
「で、そこでオイラからの提案だ」
「……提案?」
「そうだ。もしもアズゴア王のいる王宮までモンスターの誰も殺さず行けたのならば……お前さんの望む通り友達っていうヤツになってやってもいい。どうだ? 信念を抱く一つの動機になるだろう。抵抗しなきゃ自分が殺されるかもしれないっていう状況においてもそういう事を成し遂げられるニンゲンだったら……一人だろうが二人だろうがオイラは大歓迎だぜ?」
サンズがそう言葉にすると目の前の扉が開かれ、キャラに対して気さくなウインクが向けられる。
「っつーわけだ。アンダインが来る前に、さっさとここから出て行けよ。パピルスの事だ。ニンゲン捕まえたって報告するのためらって、まだスノーフルにいるかもしれないぜ」
そういってサンズは暗に逃走を促す。キャラはそれに素直に従い、急いで扉から外に出て行こうとするが、ふと思い出したかのように立ち止まる。
「……パピルスとお友達になったらまたここに来ていい?」
そう問いかけると、サンズは二階からそのまま玄関を見下ろしながらこう答えた。
「言ったろ? 抵抗しなきゃ自分が殺されるかもしれないって状況でそういう事が成し遂げられるなら、大歓迎だって」
サンズがそう言うと、キャラは口を固く結んで家から出ていった。
*自分が劣っていないという証明の為にも『決して誰も殺さない』というケツイを抱いた。