パピルスは、自分が見た光景を信じられなかった。家に留守番しているように約束したニンゲンが、ウォーターフェルへの道に現れたからだ。
「ニンゲン、オレさまがスパゲッティを用意してなかったからおなかがすいて抜け出してきたのか……!」
「えっと、うん……まあそんな感じかな……」
先の反省で幾分か厚着の姿にしてきたキャラ。パピルスは会う度に相手が着替えている事に「やはりオシャレさんだ……」と誤解しつつも、キリッと表情を切り替えて現れたニンゲンを叱りつける。
「でもダメ! ここをニンゲンの通る道にしてやることはできないのだッ!!」
パピルスが指差した先には、ウォーターフェルの入り口がある。雪景色のスノーフルとは違い、水面(みなも)の世界が広がっている地帯だ。
そこに向かうのはパピルスには到底許容できない。何故ならアンダインがいる。本人が向かうと話し合う前に殺されてしまう。
「ニンゲン、オレさまはアンダインに話をしにいく。お前が友達になりたいという気持ち、アイツならきっと分かってくれるはずなのだ。……だからおとなしくお留守番しててねッッ!」
そう言って、パピルスは逃げ出した猫を捕まえるようにニンゲンを抱きかかえようとするが、キャラは手を突っ張ってそれに抵抗する。
「待って。パピルスの協力は嬉しいけど、そういう事は私自身が向かった方がいいと思うんだ」
パピルスはその言葉に一瞬呆けた顔をするが、すぐに首を横に振った。確かにキャラの言い分は理解出来る。だがパピルスからしたらこの小柄な子供がアンダインに酷い目に遭わされるビジョンが思い浮かんでしまうのだ。
パピルスが目を細めて押し黙ったまま見つめてくる事から、キャラの方も自分に対する想像を察した。
面倒だがここで諦めては今までと何も変わらない。フリスクへの対抗意識もあって、ここは何としても彼を殺さず押し通す事に躍起になっていた。
「……トリエルといい、優しすぎるのも難儀だな」
キャラはぼそりと呟くと、抱きかかえようとしてくる相手をぎゅっとハグし返してから一旦離れた。
「私は、そんなに信用出来ないか? アンダインと直接会ったら友達になれないと思っているのか」
「むう」
このニンゲンは悪いヤツではない。だから信じたい。しかし悪いヤツでないからこそ酷い目に遭ってほしくない……。
お人好しのパピルスはそう考えて何も言えずに黙ってしまう。しかし思案している内に、妙案を思いついたとばかりの明るい表情。
「いい事を思いついたぞニンゲン。ここを進むにふさわしいヤツかどうか、このパピルス様が直々に試してやろう!」
どうしてこうなった。キャラは頭を抱えたくなった。
途中までは至って真面目な展開だったはずだ。自分だってそう務めたつもりだ。
なんならパピルスと戦って力を示して、納得した上で通してもらうというシナリオだって考えていた。
「ニンゲン! 似合っているぞ!」
「…………ありがとう」
何故にスノーフルのショップでデートをするハメになったのだろうか。
その理由はパピルスの提案で『友人同士がお互いに似合う服を見繕う』というシチュエーションでテストをする事になったからだ。
曰く、アンダインとちゃんと仲良くできるかどうかの大事な試験。薄着過ぎてパピルスの衣装にくるまった事も強く関係しているようだ。まぁ、フリスクもデート自体はやっていたが……。
「ふふん、ニンゲン。きさまのファッションセンスはしょうじきステキだが……オレさまのコーディネートはもっとステキだ!!」
「ぞんじております……」
自信満々な様子でそう言うパピルス。キャラは顔を赤くして俯いている。なにせ当人達は小っ恥ずかしい格好――世間的にいえばファンシーで可愛らしいオシャレ――をしている。
フリルがあしらわれたスカートに、レースがふんだんに使われたブラウス。いかにも女モノだ。
更に言えばパピルスも同じ服装である。二人共サイズが違うだけで同じデザインの服を着ている。つまりペアルック。
「いいか。仲のいい友人同士は、こうやって同じ服を着るのだ」
そういって誇らしげなポーズでキメるパピルス。しかしこの格好は男性的(少年的)印象のパピルスに少々似つかわしくない。
「あの、パピルス。こういうのはやっぱり、私達には似合わないんじゃないかな? あと出来れば私は顔が隠れた衣装が……」
「ニェッ!? きさまはオレさまが選んだものが似合わないっていうのか! それは、ザンネンだ……」
「ごめん、でもパピルスの体格なら……ほら」
少女趣味的なスカートの代わりに、キャラが選んだのはゴシックな黒いズボン。それに白いレースを合わせる事でカジュアルながらも落ち着いた雰囲気になる。これならメンズ衣装で押し通せなくもない。
「こっちの方が似合うよ」
「おおッ! 確かにそうだッ! ニンゲン、おまえは見る目がほんとうにあるなッ!!」
キャラは愛想笑いの表情を浮かべる、そんな事はお構いなしとばかりに上機嫌なパピルスはくるりとその場で回っていた。
どうやら気に入ってくれたようで一安心。
キャラは自分の衣服は戻してこようかと試着室へ向かおうとしたが、パピルスは止めるようにその腕を取った。
「ニンゲン、せっかくだからこのままアンダインに会いにいくぞッ!」
「……は?」
困惑するキャラを余所に、パピルスは店員を呼びつけて会計を済ませてしまう。
「いや、この格好はかなり無理があるだろう」
「ニェッヘッヘ、だいじょうぶだ。オレさまが選んだコーディネートなら、アンダインもきっとメロメロになるに違いない!」
そう言ってさりげなく手を繋いでくるパピルス。そしてキャラの方はもう逆らう事を諦めて、されるがままの状態で引っ張られるしかなかった。
「そんな風にセッティングしてくれるなんて、パピルスはアンダインの事がよっぽど好きなんだな」
「ああ、もちろんだッ! アンダインはとても強いし、カッコイイし、驚くくらい乱暴者だっ! それに皆を守ってくれる、すごくいいヤツなんだぞッ!」
パピルスは嬉しそうに語る。しかしその一方でキャラは少し暗い表情を見せた。
(アンダインのそういう気概は私もイヤというほど知っているが……)
モンスターを虐殺し廻るGルートにおいて強大なケツイで立ちはだかる強敵。
サンズとは違ったベクトルの強さを持ち、悪鬼羅刹を食い止めようとする彼女は正真正銘ヒーローと称してもいい。
その勇気と決意は、未だ悪夢と成り代わってキャラの精神を蝕んでくるような代物だ。
……もしもう一度彼女と相対すれば、自分は何を選ぶのだろうか。
力によって殺さずに屈服させるか、フリスクを模範していい子ぶるか、あるいは……。
パピルスと手を繋ぎながら雪道を進む。手を振り解かないのはパピルスが楽しんでいる様子をありありと見せつけてくるからであり、それがまた複雑な気分にさせる。
……とはいえ、これもまたパピルスのご機嫌取りなのだと思えばいい。
そんな事を考えながらパピルスと共に道を歩く中、キャラはスノーフルの町を眺める。
雪が積もり、寒々しい景色が広がる。家の中ではモンスター達が暖炉の前で温まっている姿が見える。
市民が殺されたり避難したりしているGルートと比べてずいぶんと平和なものだとキャラは思いながら、パピルスに視線を向ける。さっき買ったばかりの衣服を大事そうに抱きかかえた彼は、その視線に気づいて「ニンゲン、皆とも仲良くなりたいのか!」と目を輝かせる。
「あ? あぁ、うん」
「ニンゲンは良いヤツだな!」
キャラの生返事に対してパピルスは屈託のない笑顔。その純粋な言葉を受けて、キャラは困ったような表情で微笑む。
「アンダインもきっと、お前を認めてくれるだろう。でも気をつけろ。ヤツはとても強い」
その言葉から要はテストは合格したという事を察したキャラは、「そう」とだけ短く答えてウォータフェルの方を向く。
パピルスは、にぱっと明るく笑ってキャラの横に立ってポーズを決める。
「ニンゲン。オレさま達は、友達だな!」
キャラは無言でそれを見た後、ますますぎこちない笑みを浮かべる。しかし否定するでもなく、素直に肯定する事もない態度にパピルスはますます笑みを深めた。
パピルスにとってキャラは不思議なニンゲンだった。人間でありながらモンスターである自分達と友達になりたいと言う。好戦的なアンダインとも和解する覚悟もあるらしい。
そして、このニンゲンはモンスターとの共存を望んでいる。
パピルスにはそれがとても嬉しかった。彼の夢はロイヤルガードになって皆の人気者になる事だが、皆が仲良く友達になれる事も夢に見ている。
だが自分の夢を理解してくれて、更に協力までしてくれるなんて!
そんな風に目を輝かせて喜んでいるパピルスを目の前に、キャラはなんとも言えない表情で立ち尽くす。
異様に買いかぶられているような気がして、胸の中が少し濁るような感触がした。
「……」
パピルスの言う『友達』という言葉を反芻しながら、キャラは複雑な気持ちのままスノーフルの町をスケルトンと一緒に過ごす。
何気ない会話をしたり、自分がどれだけ強いか自慢し合ったり……そうして、しばらく歩いている内にウォーターフェルの入り口に辿り着く。
「着いたぞニンゲン! ここがスノーフルとウォーターフェルを繋ぐ道だ」
パピルスが指差す先には、トンネルがあった。ここから先に行けば、アンダインが待ち構えているウォーターフェルだ。
「ありがとうパピルス」
そう言って礼を言うと、パピルスは満足げに胸を張る。
「ニンゲン。やはりオレは先に行ってアンダインに話をつけておく。だからきさまはゆっくり進むといい!」
「うん」
そう言ってパピルスと別れた後、フリフリと手を振って見送るキャラ。
パピルスの姿が見えなくなったところで、小さくため息をつく。
「はぁ……」
パピルスには悪いが、彼とのデートは少し疲れた。今度は主導権を相手に渡さず、自分がエスコートした方がいいだろう。
(……リセットされずに関係が続いたら、今度はフリスクの模範でなく私なりのやり方で正直に接するか)
新しい衣服に身を包んだキャラはそう考えながらトンネルを歩く。そうしてウォーターフェルに入ってすぐ、見張り小屋で肘をついているサンズやアンダインを探しているモンスターの子供と出くわした。
二人はキャラの人影を見るなり「よう」と気さくに挨拶を向けてきたが、キャラの姿形を認識して目を丸くして固まってしまう。
そんな二人の反応を見て、キャラは首を傾げる。
「どうかしたか? やはり、マスクで顔を隠しているのは不審か?」
「あー……」
キャラに問われ、サンズは言葉を濁らせた。どうしようかと悩んで、ちらと横目でモンスターの子供を見やる。モンスターの子はキャラをじっと見つめていたが、やがて口を開く。
「キャラったら、アンダインに会いに行くからおめかししたんだな!?」
「……」
モンスターの子供からしてみれば、キャラが色気のない防寒着の重武装からフリフリなファンシー衣装にわざわざ着替えてきたのだからそうとしか映らない。
「でも、そーゆーのはキャラに似合わないような気がするぜ。だってそれ女の子の衣しょ……」
モンスターの子の言葉を聞いたキャラは黙って、にこにこと笑っているモンスターの子供の頭を鷲掴みにする。
「んぐっ……な、なんで怒るの……!?」
「別に」
そう言いながら、グリグリと乱暴に頭を掴む手に力を込める。その容赦のなさに、モンスターの子供は思わず悲鳴を上げていた。
「やぶ蛇だな」
サンズが呆れたように呟く。
トラブル回避の為に元の衣装に戻してくる事を勧めた方がよいか、それとも今の格好のまま通してよいか。モンスターの子の頭が揉みほぐされるサマを眺めながらサンズは悩んでいた。