魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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ハルケギニア来訪編
Mission 01 <異界への訪問>


 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール――」

ここはハルケギニアの一角に位置する、トリステイン魔法学院。

「五つの力を司るペンタゴン――」

桃色の髪を揺らす一人の少女が己の使い魔を召喚すべく杖を掲げ、呪文を唱えていた。

周囲の生徒達はクスクスと笑いを漏らしながら彼女を面白おかしそうに眺めている。

 

「何を召喚するのか見ものだな」

「ゼロのルイズなんかに、魔法ができるわけないよ」

「何回で成功するか賭けようぜ?」

「勝負になんねーよ。成功する訳ないんだから」

儀式を行っている当人に対して聞こえよがしに悪口や嘲笑が浴びせられる中、ルイズの呪文の詠唱が止まっていた。

その顔は真剣であると同時に悔しさと焦りの色がはっきり浮かんでいる。

 

無理もない――ルイズは貴族でありながら、メイジの象徴である魔法を成功させたことなど一度としてないのだから。

そのために生徒達からは常に馬鹿にされ、『ゼロ』のルイズなどという不名誉なあだ名まで付けられる始末である

だが今回のこの儀式だけは絶対に失敗が許されない。もしもこの儀式ができなければ、自分は留年してしまう。

(何よ……わたしだって!)

ルイズ以外の生徒達は各々、自分が召喚した様々な動物や幻獣達を傍に置いている。

中でも赤い髪と青い髪の少女――キュルケとタバサが召喚したのは火竜山脈に住まうとされるサラマンダー、そして幼生ではあるが立派な風竜なのだ。

自分だって、彼女達に負けない自分だけの使い魔を手に入れてみせる!

 

深呼吸をしたルイズは意識を集中させると中断されていた呪文を再開していた。

「――私は心より求め、訴えるわ! 我が導きに応え――我の運命に従いし、使い魔を……召喚しなさい!」

杖を振り下ろした瞬間、思わずルイズは目を瞑った。

また爆発が起きてしまったらどうしよう……。いつも心に抱えている不安と恐怖が一気に湧き出してしまったのだ。

だがいつまで経ってもいつものような爆音も爆風も何も起きる気配がない。

それどころか周りがどよめく音がはっきりと耳に届いてくる。

「あ……」

恐る恐る目を開いたその先にははっきりと光り輝く楕円形の鏡のようなものが浮かんでいる。

他の生徒達が儀式を行う中で散々、目にしていたもの――すなわち使い魔を召喚するゲートだった。

それは紛れもなく、ルイズ自身の魔法によって作り出されたものだ。

 

「やった……! やったわ! 召喚のゲートよ! あたしの魔法でできたゲートだわ!」

呆然と立ち尽くしていたルイズはやがて歓声と共に舞い上がっていた。

「ゼ、ゼロのルイズが成功した!?」

「嘘でしょ……あのゼロのルイズが?」

「まぐれだよ、まぐれ」

「そうそう。こんなもの誰だって出来て当たり前じゃないか」

「出てくるのはロクなものじゃないさ。どうせ犬とか猫とかありきたりな……」

「……猫で悪かったわね! あなたなんてたかが鳩でしょうが!」

周囲では生徒達が目の前で起きた結果に対して次々と驚愕し、野次を飛ばし、はたまた喧嘩をしたりと様々な反応を見せる。

だがルイズは喜びのあまりそんな声など気にならないほどに湧き立っていた。

生まれて初めて魔法が成功した――確かな現実が目の前にある以上、今まで散々言われてきた悪口など意味を成さない。

もう自分は『ゼロ』のルイズではないことが証明されたのだから。

「ふぅん。やればできるのね」

キュルケは感心したように嘆息し、タバサは相変わらず興味がなさそうに隣で本を読み続けていた。

(おめでとう。ミス・ヴァリエール)

この儀式の教官である禿げ頭の教師、コルベールはゲートを前に嬉々としてはしゃぐルイズを温かい目で見守っていた。

彼女はいくら魔法が失敗していようとそれで諦めるなんて事はなかったのだ。

そんな彼女の努力は必ず実る――そう信じていたのだから。

(さて……後は使い魔が出てくるだけだな)

もちろん、使い魔召喚の儀式はまだ半分も終わっていない。

召喚のゲートの先にいるであろう動物や幻獣達がここを潜り、それらに使い魔契約のルーンを刻んでこそ儀式は完了するのだ。

ルイズは期待と喜びに満ち溢れた顔でゲートを眺め、自分の使い魔の登場を今か今かと待ち望んでいた。

 

 

夜明け前――微かに空が白み始める中、海辺の一角から伸びる桟橋に男が一人佇んでいる。

腕を組んだまま瞑目する彼は目の前に広がる大海原が奏でる静かな波の音の調べに聞き入っていた。

しばらくぶりに立ち寄るフォルトゥナはもう目と鼻の先だ。とはいえ、大陸から離れ孤立した島にあるその土地は頻繁に、そして気軽に人々が往来するような場所ではない。

故に定期便の船は二日に一度しか出ておらず、彼は昨日の昼からこの港町で足止めを食っている。

今日の朝一番の船に乗り遅れないためにもこうして待ち続けているのだ。

 

「なあ、いい加減にしろよ。いつまで待たせるんだ?」

「まだ出て来ねーのかよ」

「ゼロのルイズなんかの使い魔になろうとする動物なんていないって」

「退屈だよ……まったく」

耳元で聞こえてくる複数の声に男は薄く目を開きだす。

「う~む……何も出て来んなあ。向こう側は確かに繋がっているはずだが……」

ふと真横を振り向いてみれば、目の前には光る鏡のようなものが浮かんでいるのだ。

三十分ほど前、妙な魔力の気配を突如感じたのだがずっと海の音を鑑賞していたので見向きもせずに無視し続けていた。

その間、彼の耳には鏡の中から聞こえるらしい雑音も聞く破目になっていた。

「どうなってんの……? 何で、何も出て来ないのよ……」

少女の困惑と不安に満ちた声が聞こえてくる。

どうやらこの光る鏡は今いる場所とは別の場所を繋ぐ魔法のゲートであることを彼は看破していた。

魔界の悪魔達が作り出した代物でないことは感じられる魔力の性質から分かる。どうやらこの先にいるのは人間であることも察せられる。

魔に魅入られた人間が悪魔を召喚する儀式でも執り行ったのかは知らないが、別に自分が向こうへ行かなければならない理由もない。

故に相手にする気もなかったので再び顔を背けて大海原へと向き直った。船が来る時間になったら即座に破壊して始末するだけである。

 

(ん……?)

背中に担ぐ大剣とは別に腰に携える愛刀に手を添えた途端、僅かな違和感を感じ取った。

ほんの一瞬だが、彼がよく知る気配がそのゲートから漏れ出たのである。

それは人間とは異なる存在、すなわち彼自身と同じもの――

「ちょっと、聞こえてるんでしょう!?」

同時に先程から聞こえてくる同じ少女の声が叫びだしていた。

「犬でも猫でも何でも良いわよ! 早くこっちに来てちょうだい!!」

焦りと苛立ちをはっきりと露わにして少女は必死に叫び続けている。

「あたしには、あなたが……使い魔が必要なんだからーーーっ!」

(……奴らがいるな)

時空と次元を越え、何処とも知らぬ場所を繋ぐこのゲートの魔力に混じるその異質な波動――

それは彼の故郷たる魔界のものに違いなかった。

 

――キィンッ!

 

腰の愛刀を振り抜くと同時に彼はゲートへと飛び込む。

直後、薄まりながら消滅する光の鏡は横一文字に断ち割られていた。

 

 

一瞬、残像のようなものが見えたと思ったその時、それは起きた。

召喚のゲートは眩い閃光を放ち――大爆発を巻き起こしたのだ。

その尋常でない爆発に、多くの生徒達が自分の使い魔もろとも吹き飛ばされた。

吹き飛ばされなかったのは教師コルベール、タバサとキュルケ、そして使い魔を召喚しようとしたルイズだけである。

 

「この馬鹿! だから言ったんだよ!」

「ゼロのルイズなんかにサモン・サーヴァントができるわけないって!」

「わーっ! 僕の使い魔が!」

「いい加減に諦めろ! とっとと留年しちまえ!」

そんな野次が飛んできて、ルイズは唇を噛み締める。

(何で? 何で……こうなんのよ……)

結局、自分が初めて成功させたはずの魔法はいつもと同じ結果だった。

召喚のゲートは確かに目の前に存在していた。だが、召喚されるはずの使い魔は自分の前に現れることはなかった。

自分が唱えた魔法にすら自身を否定されたようなあまりにも屈辱的な結末だ。周りの同級生達に馬鹿にされるより遥かに悔しく、ショックだった。

自分は魔法を何一つ成功させることのできないゼロのルイズでしかない――非情な現実を前にルイズは目に涙を浮かべて泣きかけた。

 

「Now you're cry?(泣いているのか?)」

突然、巨大な土煙が立ち昇るはずだけの目の前から声がかかった。

ルイズはハッとして、面を上げる。

「お、おい……あれって……」

「ま、まさか成功した!?」

「……あ、でもよく見たら人間じゃん」

「ぷぷっ……ゼロのルイズのやつ、使い魔の代わりにあんなのを用意するなんて」

「でもさ、あれってひょっとして……」

嘲笑していた生徒達にも動揺が生じた。

土煙が晴れ始めると、そこには一人の見慣れない男が立っていたからだ。

オールバックにした銀髪、左目にはめたモノクル、そして濃い紫を基調に赤と黒の刺繍で彩られたコートなど、その姿は明らかに平民と呼べるものではない。

「本当に貴族なのか? 杖はどこにあるんだよ」

背中には鍔の中央に骸骨の意匠が施された大剣が背負われている。まるで金属から直接削りだされて装飾されたような重厚さがあった。

そして、腰には見たことのない造型と意匠が施された僅かな反りを有する細身の剣が携えられている。鞘に収まっているだけでも130サントはある長さだ。

 

一方のルイズも困惑していた。

召喚に失敗したと思ったら、成功していた――ところが現れたのは明らかに貴族と呼ぶべき出で立ちをした男だった。

歳は三十前後に見えなくもないが……どうなのだろうか。

だがその端整な顔立ちは若いながらも貴族らしい威厳に満ちており、とても洗練されているのが窺える。

 

「何故、泣いている」

若さに似合わない渋みと共に艶やかな声は、まるで一流の舞台俳優のようであった。

冷徹な口調で男に指摘されてまだ涙を流していることに気がついたルイズはぐしぐしと目を拭う。

「な、何でもないわ。……そ、それより、あなたは誰?」

「私は――」

 

「うわっ! な、何だ!?」

男が名乗ろうとした途端、突然この場にいる生徒達の使い魔が次々に暴れだしていた。

生徒達は何とか落ち着かせようとして試みるが、余計にパニックを起こすだけである。

使い魔達は何かに恐怖していたのか、その恐怖が限界に達して爆発したようだ。

 

「きゅるっ! きゅるっ!!」

「ちょっと! どうしたの!?」

「きゅいーーっ! きゅいーーっ!! きゅいーーっ!!!」

「落ち着いて」

キュルケとタバサの二人も、暴れだす己の使い魔を宥めようとしていた。

「こらこら、みんな静かにしなさい!」

今までこのような事態が起こったことなど無かったので、教官のコルベールも突然の事態にいささか混乱している。

 

「Silence.(鎮まれ)」

冷徹で威厳に満ちた一声が響く。たったそれだけでピタリと、使い魔達の動きが止まった。

その視線はルイズが召喚した貴族らしき男へと注がれている。

だが混乱は収まっても緊張は解かれることがなく、硬直していた。

 

「私はスパーダ。君は何者だ。何故、私がここにいる。君が呼び出したようだが」

「ちょ、ちょっと……そんなに一度にたくさん聞かないでよ。わたしは、ルイズ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブランド・ラ・ヴァリエール。ここはハルケギニア、トリステイン王国、トリステイン魔法学院よ。それくらいは知っているでしょう?」

スパーダと名乗った男は顎に手を当てて考え込み、首を横に振る。

「あなたはメイジの使い魔召喚の儀で呼ばれたのですよ」

突然、横から割り込んできたのは教官のコルベールだった。

ヴァリエールがやっと成功させて現れたのは、見た事もない出で立ちの貴族らしき男。

これで勝手に彼女が話を進めて彼を使い魔にしてしまったとあっては、問題になりかねない。

人間を使い魔にするなど前例がないが、ちゃんと召喚できたのは事実。だが、それがまさかこのような相手とはさすがに予想できなかった。

「こんな所で話も何ですから、一度学院まで戻りましょう。そこで色々話をします。さあ! これにて解散にします! 君達も早く戻りなさい!」

コルベールが告げると生徒達は次々と宙へ浮かびだし、学院へと戻っていく。

ルイズら三人も、空は飛ばずに自分の足で歩いていく。

スパーダは昼ではあるが空に薄っすらと浮かぶ、大きな二つの月を見上げて微かに顔を顰めていた。

 

 

 

 

スパーダが連れてこられたのは魔法学院の中心、本塔最上階の学院長室だった。

そこには立派な髭を蓄えた一見、威厳に満ちたように見える老人が待っていた。

「ふむ、ミス・ヴァリエールに召喚されたのが彼、とな……」

大机を挟んで老人はじっと目の前に立つスパーダの顔を観察する。

スパーダの横でルイズは緊張しながら固まっていた。

これから自分はどうなるのか、彼は一体何者なのか。様々な不安が湧き上がり、渦巻いていく。

「ワシは本学院の学院長をしておるオスマンと申す。皆からはオールド・オスマンと呼ばれておる。君の名前を聞かせてもらおう」

「スパーダだ。フォルトゥナで領主の任に就いている」

もっとも、その話は1000年以上も昔の話だ。

領主としての期間はそれほど長くはなく、十数年ほどで別の相手にその権利を渡していた。

まさか自分が〝悪魔〟などと正直に言う訳にもいくまい。今は〝異国のフォルトゥナ出身の貴族〟そう装った方がこれから色々と話もしやすい。

 

「フォルトゥナ? 聞いた事もない国ですね……」

「私もハルケギニアも、トリステインなどというものは知らんがな。お互い様だ」

首を傾げるコルベールに平然とスパーダは答える。

「何故、私がこのミス・ヴァリエールに呼び出された? 帰る道中でいきなり連れてこられたので正直、困っている所だ」

無論、スパーダは別に急ぎの用事があった訳でもないので平然とした態度は変わらない。

そもそもフォルトゥナへ立ち寄ろうとしたのは世界各地を放浪する中、ふと「しばらくぶりに寄ってみるか」という気紛れに過ぎない。

だが言葉だけでも自分が決して暇ではない、という意思表示をしてみれば相手を動揺させて交渉の主導権を握ることもできる。

 

冷徹で毅然としつつも割と友好的に接してくるスパーダに安堵を感じつつ、オスマンとコルベールは説明を行う。

彼らからの話を聞く中でスパーダは頭の中で自分の身に起きた状況や諸々の情報を整理していく。

 

――このハルケギニアは魔法社会。魔法を使えるものはメイジと呼ばれ、貴族として封建社会を築いている。

 

――逆に魔法が使えないのが平民。彼らは主に貴族に奉仕して生活し、ハルケギニアに住む大部分の人間はこちらである。

 

――ここはトリステイン王国と言う小国の中にある魔法学院。ここで貴族の子女を預かって、魔法の勉強をしている。

 

――スパーダを呼び出したのはトリステイン王国の大貴族、ヴァリエール公爵家の三女・ルイズ。

 

――彼女は二年に進級するために使い魔召喚の儀を行い、それでスパーダを呼び出してしまった。契約をして使い魔を持たなければ留年してしまうらしい。

 

――しかし、通常は動物や幻獣などが呼び出されるこの儀式で人間が召喚されるのは前代未聞。

 

――それだけでも異例の事態だがスパーダはれっきとした異国の貴族らしいので、易々と契約をする訳にはいかない。

 

「遠路遥々、勝手にお主を召喚してしまったのは悪いと思っているのじゃが……どうじゃろうか? 契約を受けて貰えんかの?」

「こちらもあなたが元の場所に帰れるように可能な限り手を尽くしましょう。ですから、それまでの間だけでもこのミス・ヴァリエールの使い魔になってあげてはくれませんか?」

申し訳なさそうにするオスマンとコルベールにスパーダはまるで感情の読めない冷たい視線を向けていた。

スパーダ自身が悪感情を抱いている訳ではないことは二人も態度から察することはできたものの、それでも内心まではさすがに分からない。

 

「フォルトゥナには代理人を残しているからいつ戻れても問題ないが……」

当然、そんな話はデタラメである。だが、スパーダの話を聞いた三人の表情は僅かに強張っていた。

「そもそも使い魔とは一体何のことだ? 何をすれば良い?」

ちらりとスパーダはルイズへと視線をやった。

少し冷徹な視線にビクリと体を震わせたルイズは恐る恐る口を開く。

「あ、べ、別に難しい事じゃないのよ。必要な秘薬を見つけてきたり、あたしを護衛してくれたりすればいいの。……後は、雑用かしら?」

「つまり、彼女を手助けするためのパートナーというわけか」

「まあ、そんなもんじゃな」

納得したように頷くスパーダにオスマンとコルベールは交渉が上手くいきそうな雰囲気に安堵を感じ始めていた。

(奴らの気配が消えたな……)

彼らと話し合う中でスパーダは同時に別のことも考えていた。

召喚のゲートを通る際に僅かに感じた悪魔の気配は既にない。

だがこのハルケギニアという異世界にも悪魔達が干渉しているであろうということは理解できる。

人間界にいた時もそうだが、魔界からの干渉を受けている世界には特有の気配と魔力の波動が感じられるのである。

このハルケギニアでも同様であり、即ちここにも悪魔達が出現するであろうことを意味していた。

 

「……いいだろう。その申し出を受けよう」

「えっ? 本当に?」

スパーダの言葉にルイズの表情に喜びの色が浮かび上がる。

異世界ハルケギニアを調査する上で拠点があるのはスパーダにとっても都合が良い。

スパーダは年単位でこのハルケギニアの調査をするつもりだ。別に彼女のパートナーとして共にいても不都合はない。

これで呼び出したのがスパーダではなく他の悪魔などであれば間違いなく牙を剥く事だろう。力なき者に従え、など多くの悪魔にとっては侮辱にすぎない。

数百年前にはそのような命知らずな行為に手を染めていた魔導士すらいたが、最終的には最悪の結果を招くことになったこともあるほどだ。

そこまで細かいことを気にするほどスパーダは神経質でもないが。

 

「だが、はっきりさせておくことがある」

真っ直ぐにルイズを見つめながらスパーダは切り出し始める。

「君は使い魔とやらを手に入れて何をしたいのだ?」

「え?」

突然の質問にルイズは目を丸くした。

「私がゲートを潜る時に君は言ったな? 自分には使い魔が必要だ、と。何故、使い魔とやらが必要なのだ?」

「そ、それは……」

唐突にそんなことを問われて困惑するルイズは思わずスパーダから目を背けてしまう。

「単に進級するための認定が必要なだけか? それとも他の生徒達のように主従が欲しかったのか?」

さらに問い詰めてくるスパーダにルイズは何も答えられない。

そもそも自分でもどうして使い魔が必要なのか深く考えてなどいなかったのだ。

使い魔を召喚するというのはメイジを育てる魔法学院におけるカリキュラムの一つに過ぎないのだから。

 

「少なくとも、私はパートナーとして君の手助けをさせてもらうつもりだ。隷属をする気はない」

「隷属とは……ちょっと口が過ぎるのではありませんか? 使い魔とは決して奴隷などではないのですよ」

「そうなるかは彼女次第だ。私以外の者を呼び出した時、お前達はどうしていた?」

スパーダにそう問われ、コルベールは呻く。この問いはルイズにも、オスマンにも向けられたものだ。

もしもあの時の召喚で、動物ならまだしも例えば普通の平民でも喚び出していれば恐らくルイズは「もう一度召喚させろ」と叫んでいたかもしれない。

もちろん、使い魔召喚の儀は神聖なもの。やり直しはできない。すぐに「契約をしろ」とコルベールは促していたに違いない。

そして、状況を理解できていない平民に一方的な契約を済ませ、彼女から一方的な主従関係を示され、ほとんど奴隷のような扱いでその平民は彼女の元で生きなければならないだろう。

そこには信頼など、何もありはしない。

 

「自分に都合の良い駒が手に入るなどと勘違いはしない方が良いぞ」

スパーダの厳しい言葉を聞いて、ルイズは少し落ち込んだ。

使い魔になるべきはずの相手から、初対面にいきなりこんな厳しい言葉をかけられるなんて。

ルイズはトリステイン屈指の名門貴族、ラ・ヴァリエール家の娘。どこの馬の骨とも知れぬ異国の貴族であるスパーダにそのようなことを言われて本来なら不満を感じないはずがない。

だが、ルイズは反論できなかった。彼の発する静かな威厳がそれを封じ込めてしまっている。

 

思えば彼の言うとおり、自分は使い魔召喚の儀を甘く見ていたかもしれない。

使い魔さえ召喚できれば後は勝手に何かをしてくれる、自分の言う事に何でも従う、意に反する意見は許さない、実に都合の良い駒として扱っていたかもしれない。

事実、何でも良いから使い魔が現れたら初めて手に入った自分だけの下僕として色々なことを命じてみようと考えていたのだから。

では、これから使い魔……パートナーとはどのようにして接していけば良いか。

ただ一つ言えるのは、彼が言ったように決して一方的な奴隷として扱ってはいけないことだ。

 

「まあまあ……その辺りのことはこれからミス・ヴァリエールと接しながら親睦を深めることじゃな。それも君次第じゃて」

「それもそうだな。失礼した」

宥めてくるオスマンの言葉にスパーダは静かに頷く。

「では、契約とやらを済ませよう。どうすればいい」

スパーダが促してきて、ハッとルイズは顔をあげた。そして、「屈んでちょうだい」と彼に言う。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」

片膝をついた彼に、ルイズはコントラクト・サーヴァントの口付けを行おうとその前に立つ。

(うう~……初めてのキスがこんな……)

男にキスをするという行為が初めてであったので、ルイズは僅かに顔を赤く染まらせる。

ファースト・キスの相手がまさか使い魔、しかも人間とは……まあ、相手は異国のとはいえ貴族だし、顔立ちも全然悪くないのであるが……やっぱり恥ずかしいし、何より女としての抵抗がある。

できれば自分の心で決めた相手とファーストキスをしたいし、だからといって見知らぬこの男とキスをするのには受け入れ難い。

しかし、ここでキスを拒めば留年決定……。

 

「どうしたね? ミス・ヴァリエール」

「ミスタ・スパーダも待ってくれているんだから、早く済ませたまえ」

葛藤に思い悩み、どうすれば良いのかと必死に考えているとついにオスマンとコルベールから勧告がかかった。

スパーダは屈んだまま沈黙を続け、表情一つ変えずにじっと待ち続けている。

(ああ、どうすれば良いの? このままキスを……キス……キス……?)

ふと、ここでルイズはあることを思い出した。

実家であるラ・ヴァリエールにいた頃、公爵である父が城に仕事から戻ってきた際にはその頬に口付けをしたことを。

去年の夏期休業の時だって、久しぶりに会った父に接吻してくれと本人が言ってきたのだ。

そうだ。直接、唇を重ねる必要はないではないか。

(ええい! 一かバチか……!)

その方法で契約ができなければ、もはや覚悟を決めねばなるまい。

最後のあがきとしてルイズはスパーダの左側に移動すると、仕事帰りの父にやった時と同じようにその頬へそっと接吻した。

 

「ん?」

ずいぶんと葛藤していたルイズがようやく契約のキスを行った途端、左手に熱さを感じてスパーダは怪訝そうにする。

手袋を外してみると、そこには奇妙な魔法文字――ルーンと呼ばれるものが刻まれている。

(ガン、ダー、ルヴ……)

「変わったルーンですね。ちょっと写させてもらっていいですか?」

コルベールが興味津々な様子で、スパーダの左手に刻まれたルーンをスケッチしだす。

「さて、これで契約は済んだわけじゃ。おめでとう、ミス・ヴァリエール」

「ありがとうございます」

にこやかに笑うオスマンから祝福をもらい、ルイズはぺこりと頭を下げて謝辞を返した。

 

 

 

 

こうして晴れて自分の使い魔……パートナーを手に入れて進級したルイズは心底嬉しそうにしていた。

本当は珍しい幻獣か動物が欲しかったのだが、それでもパートナーが手に入るというのは嬉しい事だ。

それに見た所、スパーダは腕の立つ剣士か何かのようだ。護衛役を勤めるにはちょうど良いだろう。

「ずいぶんとご満悦ね。ルイズ」

「何しに来たのよ、キュルケ」

ルイズは不機嫌そうに顔を顰める。

廊下を歩いていて目の前に現れたのは、燃えるような赤い髪に健康そうな褐色の肌をした女性。

その足元には赤い大きなトカゲ、サラマンダーの姿がある。

「別に。あなたが喚び出したっていう使い魔を見に来ただけよ」

と、言いながらルイズの背後に立つスパーダへと視線をやる。

「それにしても、人間を喚び出すだなんてさすがじゃない。ゼロのルイズ」

明らかにルイズを馬鹿にした言葉だ。ルイズは少々、悔しそうにしている。

「あたしはあなたと違ってちゃ~んと、幻獣を呼び出せたわ。火竜山脈のサラマンダーよ。ほら……って、どうしたの。ちゃんと挨拶なさい」

足元にいるフレイムはキュルケの後ろに隠れ、前に出ようとしない。

「ずいぶんと臆病なのね、あんたの使い魔は」

ここぞとばかりに、ルイズはキュルケに反撃する。

キュルケは少々悔しそうな顔をしていたがすぐに余裕を取り戻し、髪をかき上げる。

「……まあいいわ。それにしても、よくみたらすごい色男じゃない。貴方のお名前をお教えいただけるかしら?」

腕を組んで傍観していたスパーダはちらりとキュルケの方を見る。

「スパーダだ」

「私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。二つ名は〝微熱〟よ。よろしくねミスタ・スパーダ」

(……あいつに似ているな)

キュルケを見ていてスパーダがふと、思い出したのは自らの同胞だった。

赤い髪という点で共通しているが、肌の色はおろか感じられる魔力の性質も全く違う。

それにしてもこの女性も自分を〝微熱〟と言っていたり、ルイズの事を〝ゼロ〟などと呼んでいた。

キュルケから感じられる魔力の性質で彼女のは意味が分かるが、何故ルイズは〝ゼロ〟なのだろうか。

「ちょっと、キュルケ! あたしの使い魔……パートナーに色目を使わないでよ!」

「あら失礼ね。ただの挨拶だというのに。ほら、タバサ。あなたもいらっしゃいよ」

柱の影から現れたのは、青い髪に大きな節くれだった杖を手にし、眼鏡をかけた少女。

(何だ?)

スパーダはタバサという少女が妙に自分を警戒しているのを感じとっていた。

彼女は少しだけスパーダを見ていたが、すぐに持っていた本へと視線を移す。

 

キュルケは肩を竦めて苦笑したが、

「ところで、もうすぐ次の授業が始まるわ。急がないと間に合わなくなるわよ?」

「あっ! そうだった。スパーダ、次の授業が終わるまでどこかで適当に時間を潰してて。また後で話しましょう」

そう言い置き、ルイズ達は歩き出す。ルイズとキュルケはぎゃあぎゃあと言い合いを続け、タバサはじっとスパーダに警戒の眼差しを送り続けていた。

この場に残されたのはスパーダと、キュルケの使い魔であるサラマンダーのフレイムのみ。

(……こ、来ないでくれ。悪魔――)

スパーダが視線をやると、先ほどから怯えた様子のフレイムがそのような事を言ってくる。

もちろん、直接人語を口にしている訳ではないがスパーダには幻獣の鳴き声から何を言いたいのかが分かっていた。

しばらくじっと凝視していると、フレイムは一目散に逃げ出してしまう。

「なるほど、な」

小さく鼻を鳴らしたスパーダは、これからしばらく世話になる学院の中を散策し始める。

その間、生徒達や学院に奉仕する平民達がちらちらと物珍しそうにスパーダを見つめてくるが無視した。

 

 

しばらくして、スパーダは授業を終えたルイズと合流した。

どこか人目につきにくい静かな場所で話をするため、訪れたのは学院本塔内にある図書館だった。

夕刻である今は閑散としたこの場所でなら話し合いには打って付けだ。

「ねぇ、あなたはそのフォルトゥナっていう所で領主をしていたのよね?」

椅子に座り、二振りの愛剣をテーブルに立てかけるスパーダと向かい合いながらそう問うた。

「そうだ。君達のような魔法使いなどいないがな」

「あなた、一体どんな所から来たのよ……」

「遠く離れた土地、という事だけだ。文化も互いに異なるのだろう」

ルイズにはスパーダが貴族なのに周りにはメイジが一人もいない、というのがあまり想像できなかった。

強いて言うなら平民でも金さえあれば貴族になれるという隣国のゲルマニアのような風習なのだろうかと考える。

「ふーん。でも、そんな剣を持ち歩いて一体何してたの?」

「ちょっとした一人旅だ。フォルトゥナの外は割と物騒なのでな」

何しろ悪魔が絡んでなくても、人間達は小競り合いをしているのだ。

島国のフォルトゥナは基本的に平穏な土地だったことをスパーダはよく憶えている。

久しぶりに訪れようとしたのも、静かな場所で少し気を休める意味合いも含まれていたのだ。

 

「ふーん。ところで、使い魔にはね、主人の目となり耳となる能力があるって言われてるの」

「感覚の共有か」

「ええ、でも駄目みたい。あなたが見てるものは私には見えないもの」

「それは私も同じだがな」

素っ気ない態度をとるスパーダにルイズは眉をひそめる。

(何なのよ……不愛想ね……)

相手が平民上がりの貴族でありメイジではないということもあってルイズにしてみれば本来ならあまり良い印象はない。

とはいえ、相手が自分の倍くらいは歳上であることは理解しているので一応は礼儀にもとって対応することにする。

 

「で……これからのことなんだけど……」

「そのことだがな。私は今日一日、この図書館にいさせてもらおう」

「ええ?」

突然の言葉にルイズは面食らう。

「このハルケギニアでしばらく世話になるからな。無学のままでいる訳にもいくまい」

周りにある数々の巨大な本棚をスパーダは見回す。

「ん~……でも、何から勉強するっていうの?」

「差し当たり、この学院の規則とハルケギニアの一般常識から学ばせてもらおうか」

幸い、ここは図書館である。参考書や手引書には事欠くことはないはずだ。

 

「規則くらいならあたしが今教えてあげるわ。大して難しいことでもないし」

それからルイズはスパーダに伝えるべきことを次々に話していった。

これからパートナーとして共に過ごす以上、確かに彼が言うように何も知らないままでいられるのも困るのは事実。

だからこそ、パートナーとして、ハルケギニア人として自分が今、この目の前にいる異国の人間に対して教えてあげなければならない。

 

「いい? あなたは一応、外国人ということになるんだから、外国人としても守らなきゃならないルールはあるのよ」

大の大人が子供から教えを乞うというのは本来なら真逆であり、それは屈辱な光景かもしれない。

だがスパーダはそんなしがらみなど気にせずに黙々とルイズからの講義を通して、この異世界ハルケギニアについての知識を身に着けていった。

 

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  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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