魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 69 <帰還報告-Debriefing>

夕焼けの空の中に、光る鏡のようなものが忽然と姿を現した。

楕円形の光は見る間に大きく広がっていき、やがてその中から大きな影が飛び出してくる。

風竜のシルフィードは翼を広げて、ゆっくりと同じ場所を旋回していた。

「あれを見て! スパーダ!」

その背に乗るルイズは歓声を上げながら下を指差す。

腕を組んだままのスパーダはちらりと目だけを動かしていた。

「ラ・ロシェールだわ! 上手くいったのね!」

ほんの十数秒前まで眼下に広がっていたのは、雲と大海原のはずであった。

今、そこにあるのは紛れもない雄大な山脈。しかもその一角には同じくらいに巨大な樹がはっきりと見える。

山の港町ラ・ロシェールの桟橋、イグドラシルの樹だ。

 

「まさか、本当にここまで一気に飛べるなんてね……大したもんじゃない」

キュルケは軽く口笛を鳴らして感嘆とした。

「こんなの序の口さ。今の娘っ子の精神力なら、ハルケギニアの端から端まで一気に飛べるだろうさ」

「へぇー、そんなに?」

デルフの言葉にキュルケは尚も感心して目を丸くしていた。

タバサもまた、何の変哲もないはずの地上の大地をじっと眺めている。

「連合艦隊……」

ふと、傾きかけている日が見える西の彼方を振り向いた。

先刻まで自分達がいたはずのアルビオン大陸が夕日をバックにして、小さなシルエットを映していた。

 

現在のアルビオン大陸の位置からすれば、ハルケギニアの大陸に到達するのは最低でも一時間弱はかかるはずだった。

だが、シルフィードはその距離と時間も無視して一瞬のうちにこのラ・ロシェールまで辿り着いた。

 

転移(テレポート)〟――ルイズが用いた新たな虚無の魔法が、直接ここまでの道を作ったのである。

 

彼女が持つ始祖の祈祷書に浮かんだ呪文は、全く別の場所に移動できるゲートを作るというものだった。

使い魔召喚のサモン・サーヴァントのゲートによく似たそれは、発動者が願った場所に道を繋げてくれる。

最初、ルイズは一気に魔法学院まで飛んでしまおうと息巻いたが、キュルケに止められた。

一度、練習をしてからにした方が良いとデルフに言われ、スパーダやタバサも同意した。

 

そういう訳で、差し当たって練習の移動先に選んだのがこのラ・ロシェールであった。

結果は見事に大成功。虚無の魔法は、一行を一秒で再びハルケギニアの地まで導いたのである。

「喜ぶのはまだ早いぞ。試しただけでは何にもならん」

「う、うん」

はしゃいでいたルイズだったが、スパーダの冷徹な言葉に気を鎮めだす。

練習は済んだ以上、次こそが本番。ルイズ達が帰る目的地までの道を新たに作らねばならない。

ルイズは深呼吸をすると、杖を頭上に掲げだす。

(ゲートよ……トリステイン魔法学院のすぐ近くに開いて!)

吹き付ける強風も無視して、行きたい場所を強く念じ、イメージする。

距離の長さに応じて、唱える呪文の長さも相応になる。

先程はそんなに詠唱は長くはなく、今回も距離的には少しだけ広がるくらいのため、唱えるべきルーンのフレーズが一つ追加される程度だった。

 

「――テレポート!!」

杖を振り下ろすと、シルフィードの真正面に新たな光る鏡が――転移のゲートが姿を現す。

見ているだけで吸い込まれてしまいそうな、不思議な感じがする光だった。

「さ! タバサ! 早く行って!」

「突入」

「きゅいっ」

主人の命令にシルフィードは翼を大きく羽ばたかせながら、徐々にゲートから遠ざかっていく。

およそ十メイルほどの距離を取ったところで、一気に加速すると正面のゲート目掛けて突進していった。

 

 

ゲートに入り込み、一気にくぐり抜けた先もまた空の上だった。

「動くな!!」

だが地上の様子を確認する間もなく、突然怒号が響き渡る。

「何者だ!? 貴様ら!」

転移のゲートは抜け出るとすぐに消滅したが、シルフィードは五頭の火竜とそれに騎乗する甲冑を纏った騎士達によって取り囲まれてしまう。

「竜騎士隊とはずいぶんなお出迎えねぇ」

「な、何で竜騎士隊がこんな所に……」

竜騎士隊の哨戒網のど真ん中に出てしまったのだろうか?

戸惑うルイズとは対照的にキュルケは肩を竦めて苦笑する。

だが、その仕草や反応さえも彼らを刺激したのか全員が素早く腰の軍杖に手をかけていた。

「黙れ!」

「さては、またアルビオンの手先だな!」

かなり気が立っている様子の竜騎士達に、キュルケは溜め息を零す。

そういえば、以前もアルビオンから戻ってきた時にもこんなことがあったのを思い出す。

あの時はトリスタニアの王宮に直接降下して、魔法衛士隊に取り囲まれたのだ。

せっかく命辛々の思いと苦労をして戻ってきたというのに、とんだご挨拶というものである。

見れば、魔法学院はもう目と鼻の先。本塔が正面に見えているというのに。

 

「アルビオンですって!?」

ルイズは逆に騎士達が発した言葉に目の色を変えた。

「ねえ教えて! 魔法学院はどうなったの!? みんなは無事なの!?」

「黙れと言っておるだろうが! 賊め!!」

食いついてきたルイズを騎士達は一蹴し、一斉に杖を向けてくる。

次に妙な真似をすれば間違いなく、魔法を放ってくるだろう。

ルイズはアンリエッタからの許可証を取り出そうとも思ったが、それはできそうもない。

 

――グルルゥ……。

 

「ど、どうした?」

彼らが騎乗する竜達は敵意を剥き出しにする主人とは対照的に弱々しく喉を鳴らしていた。

獰猛な火竜は本来ならば既に戦闘態勢に入ってブレスを吐きだそうとするのに、その素振りすら見せない。

明らかに何かに怯えている。その瞳は、シルフィードの背に腰を下ろすスパーダに向けられていた。

(やはり一波乱あったらしいな)

だがスパーダは竜騎士達の敵意も、竜達の困惑さえ一瞥もせずに学院の中庭を眺めていた。

見れば庭には遠目ながら、何人もの武装した騎士達が動き回っているのが見えるのだ。

 

「ルイズお嬢様ぁーっ!」

すると、そこへ学院の方から一羽のフクロウが叫びながら飛び上がって来る。

「やっとお戻りになられたのですね。お待ちしておりました」

「何、このフクロウ?」

人語を話すフクロウにキュルケは首を傾げる。

「トゥルーカス!」

ルイズにとっては顔見知りの相手。ラ・ヴァリエール家の忠実なる使い魔だった。

「一体何があったの? トゥルーカス」

「は、はあ……実は、学院がアルビオンからの賊に襲われまして……」

「……!?」

トゥルーカスからの報告に、ルイズは絶句した。

魔法学院で何か異変が起きている。それはもう一行には分かり切っていたことだ。

だが、それが本当に事実であると知るとさらに驚きが重なり、狼狽の声すら出なかった。

「あ、ああー……竜騎士の皆様方。こちらの方々は怪しい者ではございません。アンリエッタ女王陛下の大事な客人でございます。通してあげてくださいな」

「そういう訳だ。行け、タバサ」

トゥルーカスに続いてスパーダが促すと、シルフィードは再び翼を広げて進みだす。

いきり立っていた竜騎士達は呆然と学院に向かって滑空していく一行を見送っていた。

 

「何かすごいことになってるわね……」

「魔法衛士隊……それに銃士隊まで……」

ようやく地上に降り立った一行は正門をくぐると、目を丸くして唖然としだす。

中庭には大勢の騎士達はおろか、幻獣グリフォンを従える近衛達までもが慌ただしく動き回っているのだ。

生徒や教師達の姿は少なくとも、ここからではどこにも見えない。

「ずいぶんと派手にやったようだな」

スパーダは庭の一角の地面をじっと見つめていた。

一部分の地面は広い範囲で草が焼け焦げているばかりか、その下の土までもが露わになっている。

強力な炎の魔法が使われたことは明らかだった。

 

「ルイズ!」

本塔のエントランスから姿を現した一人の女子生徒は安堵と歓喜の混じった笑顔をたたえて一行を出迎えていた。

「姫様!?」

「あら」

ルイズ達がその人物をトリステインの女王アンリエッタだと気付くのに数秒とかからなかった。

アンリエッタは驚き目を見張るルイズの元に小走りで駆け寄ってくる。

そのすぐ後ろには大剣を背負う金髪の女騎士が寄り添い、付いてきていた。

「やっと戻ってきたか。待ちくたびれたぞ」

銃士隊の隊長アニエスもまた嬉しげに薄い笑みを浮かべてスパーダを見やる。

「それはすまなかったな。ティータイムまでにでも戻れば良かったか」

軽く視線を交わしたスパーダは、ルイズに抱き着くアンリエッタを見下ろしていた。

 

「あぁ……! ルイズ……! ルイズ! 無事に帰ってきてくれたのね……!」

「どうして姫様が学院に? それにそのお姿は……」

困惑したままのルイズは感極まっているアンリエッタの姿に注目する。

そこにいるのは一国を担う若き女王の姿ではなく、どこから見ても一介の学生にしか見えない。

「性懲りもなくお忍びか」

呆れたとも、嘆息したともとれない小さな吐息をスパーダは漏らした。

「はい……皆様が、帰って来るのが待ち遠しくなったので……」

少し気恥ずかしそうに頬を染めながらアンリエッタは答える。

彼女が身分を隠してお忍びをするなど、今に始まったことではない。

時には自ら身体を張って街中で間諜を実行するほどの大胆さと行動力は、ルイズやスパーダはよく知っていた。

「この分だと、お前も巻き込まれたようだな」

「姫様……!?」

「私なら大丈夫。この学院の方達のおかげですわ」

スパーダの指摘にアンリエッタはにっこりと満面の笑みを浮かべた。

その負の感情が一切感じられない笑顔を見て、ルイズは自然と安堵の吐息をこぼす。

 

「女王陛下」

「エレオノール姉様!」

新たに姿を見せたエレオノールは学院長オスマンを伴って歩み寄って来る。

「予定よりちと早かったようじゃのう。まあ、君達が無事で何よりじゃわい」

帰還者達の顔を見回すオスマンは、髭を撫でながら満足げに頷いていた。

本来の帰還予定日より一日早かったのだから、アンリエッタにしても上々の結果だった。

「……ルイズ。帰ってきたのなら、まずは女王陛下にちゃんと報告をしなさい。わざわざ、この学院にいらしてくれたのですからね」

はっきりと帰還を喜ぶ他の面々と違ってエレオノールの態度は表面上は素っ気なく感じられなくもない。

だが、僅かに綻ばせる苦笑いの中には、やはり妹の無事と帰還に安堵し喜ぶ感情が薄っすらと浮かんでいるのが分かる。

少なくとも、ルイズ自身にはそう感じることができた。

 

「そうだな。お互いに話すことは山ほどある」

どんな事情にしろアンリエッタがこの魔法学院を訪れていたのは、スパーダにしても実に好都合だった。

本来であれば帰還したら伝書鳥で連絡を送って謁見の手続きをし、王宮に赴いて結果を報告する手筈になっていたので手間が省けたというものである。

「なあスパーダ君。ウチの秘書の姿が見えぬようだが……?」

一行は本塔の中へ入っていく中、オスマンは怪訝そうに尋ねてきた。

本来ならばスパーダと一緒にいるはずである、もう一人の帰還者の姿はどこにもいないのだから、気にするのは当然だろう。

「その内帰る、だそうだ」

「あ、それとですね……ティファニアに手を出したら『ぶっ殺す』だそうですわ」

スパーダは手短に答え、キュルケはからかうような感じで――やや誇張が混じってはいたが――アルビオンに残った学院長秘書からの伝言を口にした。

「なんじゃい……つまらんのう」

子供のように拗ねた様子で、オスマンは残念そうにぼやいていた。

 

 

学院長室にやってきたルイズ達は、早速任務の報告をアンリエッタに行おうとした。

だが、それは他ならぬ彼女自身によって止められた。先にこの魔法学院での一件についてアンリエッタの側から話すことになったのだ。

どちらから先に話そうが時間に変わりないだろうが、ルイズ達としては具体的に何がここで起こったのかは知りたいことではあった。

オスマンがいつも使う執務机で席についたアンリエッタは、目の前に立つ帰還者達に事の次第を話していく。

「ワルドが学院に……!?」

アンリエッタが語る魔法学院で起きた事件の内容に、ルイズは愕然と声を上げる。

話している最中にいきなり大声を出したためか脇で控えるエレオノールが憮然とするが、あえて黙り込んでいた。

「地獄から舞い戻ってきたなんて……あいつもしぶといじゃない?」

キュルケは苦笑を浮かべて大きく肩を竦めてみせた。

スパーダとタバサだけは興味もなさげに無表情のままだった。

「ええ……アンドバリの指輪の力は、本当に恐ろしいものでしたわ」

「学院のみんなは大丈夫だったのですか?」

アンドバリの指輪の効果の恐ろしさを知っているルイズとしてはスパーダが事前に対策をオスマンやギーシュらに話していたとしても、正しく対処してくれるのか心配ではあったのだ。

「なぁに、モデウス君とコルベール君が片付けてくれたからのう。コルベール君の炎はあ奴らには効果覿面じゃて」

オスマンはにこやかなしたり顔を浮かべてそう語る。

中庭で見かけたあの焼け跡が、コルベールの魔法によるものだったであろうことは明白だ。

 

「へぇ……あのコルベール先生がねぇ」

キュルケは感心したように小さく頷いた。

「それに……頼もしい騎士達が大勢いてくれましたから」

深刻そうに語っていたはずのアンリエッタの顔が明るくなり、彼女自身が目の当たりにしたものを次々に語っていく。

この魔法学院の危機を救ったのは、やはりスパーダが後を託した者達だったのだ。

コルベールやモデウスだけではない。今、この場にいるエレオノールもオスマンも、そしてギーシュ達も……多くの者達の活躍があったからこそ、アルビオンからの刺客を退けることができたのだ。

嬉々と語るアンリエッタから話を聞かされたルイズとキュルケは、目を丸くしたまま聞き入っている。

「ギーシュ達が……」

「ふぅん。やるじゃないの」

「ミスタ・グラモンとその友人方の戦いぶりには本当に驚かされましたわ。銃士隊にもひけを取らない勇ましさでした」

アンリエッタの隣に控えるアニエスもまた、興味深そうに主君を救った者達の武勇伝を静聴している。

ルイズ達の後ろで立っているスパーダは腕を組んだまま顔色一つ変えずに黙りこくっていた。

 

そのスパーダにアンリエッタは視線を移して笑みを絶やさないまま、さらに話を続けていく。

「これもスパーダ殿のおかげですわね。聞けば、あなたが彼らに剣を教えてくださったのだとか」

「基本だけな。奴らは今どうしている?」

「医務室で休んでおるよ。まったく……危うく一人天国(ヴァルハラ)に旅立つかと思って、本当に冷や冷やしたもんじゃわい」

オスマンの言葉にルイズとキュルケはハッとして微かに狼狽する。

ハルケギニアでは死者の魂は、天国(ヴァルハラ)に旅立ちそこで神の祝福を受けて一つになると信じられている。

一種の迷信ではあるが、天国というフレーズは死のメタファーとしても用いられており、不吉な意味合いも込められているのだ。

つまり、ギーシュ達の中の誰かが命を落としかけたのを、オスマンらは見届けているということになる。

「あの恥知らずなトーヘンボクで、糞生意気なサディストの面を被ったヒゲ面の若造のせいで、こっちは寿命が縮んだと思ったわ」

学院長とは思えないほど口汚い、年甲斐もなくぶつぶつと呟かれる罵詈雑言の数々に、ルイズ達は呆気に取られた。

これほどまでのことを口にさせるほど、蘇ったワルドや刺客達は相当にやらかしたらしい。

 

思わず失笑したアンリエッタだったがアニエスが小さく咳払いをしたため、話を再開する。

「……心配ありませんわ、ルイズ。この学院の者達は、誰一人として命を落としてはおりません」

ルイズ達の不安をアンリエッタの笑顔が一気に吹き飛ばしていた。

もし、本当に犠牲者が出ていようものなら、ここまで楽観としてはいられないだろう。

「ルイズ。姉君のカトレア殿もご無事ですわ」

その言葉を耳にしてルイズは満面の笑みを浮かべて顔を輝かせた。

今、学院の主だった生徒や教師達は寮の自室で待機するのをオスマン直々に命じられている。

負傷者は医務室に運ばれて休んでいるが、コルベールがスパーダから伝授された錬金術でバイタルスターを作っている最中でもうすぐ全員分が完成するらしい。

エレオノールの従者であるモデウスも――残念なことに持っているレッドオーブでは足りず――コルベールの小屋で、作業を手伝っている最中だった。

「ティファニアはどうした? ワルドは彼女の顔を知っているはずだ」

「少し危なかったですが……何とか切り抜けましたわ」

スパーダは軽く頷くのみだったが、大過なく済んだことに安堵する。

それからアンリエッタはさらに、不埒な賊が片付いた後のことも重ねて話していった。

 

元々、数時間前まではここに枢機卿のマザリーニが訪れていたという。

敵の卑劣な策謀によってトリステイン王家の国璽を持って来させられたのだが、到着した時にはとっくに事件は解決していた。

それでも敵が襲撃をしてきた事実に変わりはなく、現場検証や警戒も兼ねて呼び寄せられたのが竜騎士隊やアニエスら近衛隊だった。

アンリエッタもすぐに王宮に戻ることを薦められたが、夕刻までは留まることを告げてマザリーニは先に帰したのだ。

スパーダ達が戻って来るのを信じてのことだったが、その望みが叶ったことは実に僥倖であった。

何も事件が起きなければそれこそ最良の結果だったのだが……。

 

とにかく、魔法学院で起きたレコン・キスタの新たな謀略は失敗に終わったのである。

「では、こちらも帰還報告(デブリーフィング)を済ませるとしよう」

次はルイズ達の番だった。スパーダの切り出しに頷いて一歩前に進み出たルイズは、アンリエッタにアルビオンでの任務の結果について報告を行っていく。

まず初めに、レコン・キスタの盟主オリバー・クロムウェルがこの世から永遠に消え去った結果から単刀直入に告げていた。

「まあ……では、これでようやくアルビオンの脅威は去りますわね」

「あなたという人は……こんな短い時間で、本当にアルビオンを叩き潰すしてしまうなんて……」

エレオノールは唖然としつつも嘆息していた。

古来、ハルケギニアの諸国は今のトリステイン・ゲルマニアのように連合を組んでは空を越えて遠征し、アルビオンを攻めようとしたが悉く敗退した。

何千、何万という大軍を率いようと失敗に終わったというのに、僅か100人にも満たない少数によって滅ぼされたとあっては古の王達の面目も立たないだろう。

このスパーダという男は、これまで誰も成し得なかったことを難なく成し遂げたのだ。

「こちらの仕事は果たせなかったのは残念だがな」

スパーダは自嘲気味に憮然とした。

アルビオン大陸まで渡ってレコン・キスタの本拠地に潜入した本来の目的は、スパーダの個人的な理由だった。

ラグドリアン湖の水の精霊の秘宝であるアンドバリの指輪を取り戻すのが最大の目的であったが、それは結局果たせなかったのだから。

レコン・キスタの盟主を討ち取るというもう一つの使命は、そのついでに過ぎない。

 

「ですが姫様。アルビオンにあのジェスターという悪魔が現れたのです」

「何ですって?」

「あの道化師が……?」

ルイズの更なる報告にアンリエッタの顔色が変わった。

アニエスもエレオノールも、忌まわしい邪悪な道化師の姿を思い浮かべて顔を顰めだす。

「はい。ですが、向こうの目的は一切掴むことはできませんでした」

「一体、あの道化師は何者なのです? 何が目的だというの……?」

「少なくともガリアとは無関係だ」

スパーダは今回の一件に、今は沈黙を守っているガリア王国も絡んでいることを告げていた。

中立を表明していたガリアではあったものの、敵地にスパイを一人送り込んでいたのだ。

おまけに、艦隊を既にアルビオン大陸まで向かわせて敵の本拠地を叩いている。

 

「ほほう。ガリアがのぅ……」

オスマンは目を細めて低く唸る。

「ガリアも秘密裏に動いていたのですね……」

アンリエッタは怪訝な顔で目を丸くしていた。

ガリア王国から艦隊が出陣したなどという報せはこの一週間、全く耳に入ってきていない。

ハルケギニアからアルビオンまでのルートは限られているのだから、トリステイン・ゲルマニアの連合艦隊が封鎖をしている空路を堂々と進めば何かしらの騒動は起きるはずだ。

しかし、何の報告もないということは、ガリア艦隊は少なくとも連合艦隊とは遭遇していないことになる。

不思議ではあるが今頃、ロンディニウムはガリア軍に占領されていることだろう。近い内にガリア王国からは何かしらの声明が発せられるはずだ。

 

(まあ、これはこれで良しにしても良いわね)

アンリエッタにしてみればガリアの参戦など全く予想外であったが、好都合ではあった。

そもそも秘密裏にオリバー・クロムウェルを暗殺するのは良いものの、その後のことが問題だったのだ。

統制を失ったアルビオンから実際に降伏宣言が発布されるのがいつになるのか分からない以上、その間にトリステイン国内の強硬派達を抑え込むのが悩みの種だった。

今回の件は非公式な以上、何も知らない将軍達に表立って話すこともできないし、話した所で易々と信じてもらえないだろう。

だが横槍を入れられはしたものの、ガリアが公式に声明を出してくれるというのなら、こちらの手間が省けるというものだ。

形だけでも強硬派の意見は受け入れても数日の内に戦争が終結するのだから、出陣の準備など始めると同時に中止になる。

きっと将軍達には納得がいかないだろうが、正当な理由なのだからそれ以上は何も言えないだろう。

ひとまず目先の戦いが終わったのは疑いようのない事実なのだ。

 

「だが、次の戦いにも備えておくことだ。このハルケギニアに完全な平和はもたらされていないからな」

スパーダの宣言にアンリエッタはハッとして彼の冷然とした顔を見つめた。

ルイズら他の者も同様に張り詰めた面持ちを浮かべだす。

(そうよね……恐ろしい悪魔はまだいるものね)

アルビオンを裏から操っていた恐ろしい悪魔は滅び去った。だが、ジェスターという新たな悪魔の存在がアンリエッタの心に更なる緊張をもたらす。

今後、悪魔達の暗躍でまた新たなレコン・キスタのような勢力が誕生しないとも限らない。

更なる脅威がいつ生まれても大丈夫なように、ハルケギニアは備えなければならないのだ。

「……分かりましたわ。王宮に戻り次第、マザリーニとも話し合うことにしましょう。――ルイズ。スパーダ殿。それに皆様も……此度は心から感謝を申し上げますわ」

一同の顔を見回したアンリエッタは、再びスパーダを真っ直ぐに見つめると頭を垂れた。

「一日も早くハルケギニアに平和をもたらせるように、これからもよろしくお願いします」

「もちろんですわ! 姫様!」

スパーダは何も答えなかったものの、アンリエッタと同じように強く頷きを返す。

今後も魔界からの脅威を退ける、同じ志を持つ者同士として微力を尽くすことの意思表示だった。

 

「ウェールズの船も後でこの学院に来ることになっている」

密会を終えて一同が退室する中、スパーダは歩を進めながらアンリエッタに語りかけていた。

「え?」

何の前触れなく切り出された言葉にアンリエッタは思わず立ち止まってしまう。

スパーダは足を止めずに肩越しに振り返り、続けて言った。

「会っておきたいなら、今の内だ」

それだけを告げて階段を降りていく。

ルイズはちらりと呆然と立ち尽くすアンリエッタの方を振り返りながら、スパーダに続いていった。

 

 

「あ、お帰りなさい! スパーダさん!」

中庭に出てきたスパーダとルイズは一人のメイドと出くわしていた。

スパーダの顔を目にするシエスタはとても嬉しそうに出迎える。

「ねえ、ちい姉様は?」

「ミス・フォンティーヌはお部屋でお休みになっておられます。わたしもこれから、お世話をしに行く所で……」

見れば手にするトレーの上にはコップと水さしが乗っているのが分かる。

エレオノールやオスマン曰く、カトレアも自らの土魔法で人質にされていた生徒達の危機を救ったという。

その話を聞いてルイズもスパーダも意外そうに嘆息していた。

まともな荒事なんて経験したことがないはずのカトレアが、まさかそんなことをするなんて思いもしなかったのだ。

 

「じゃ、あたしは医務室の連中でも見てくるわね~」

キュルケはひらひらと手を振ると、水の塔の方へ向かっていった。

珍しくタバサはそちらの方には行かず、女子寮へ向かうスパーダ達にピッタリと付いてくる。

「わたしの血」

「後で話そう」

率直かつ簡潔にタバサは話題を切り出すと、スパーダは頷きつつも足を止めようとはしなかった。

「早く来てよ、スパーダ!」

「あまり騒ぐなよ」

少しはしゃいだ様子のルイズは小走り気味に、スパーダ達を差し置いて先に進もうとしていた。

敬愛するカトレアと一緒に学院生活を送れるなんて、ルイズには夢のようなものだったのだ。

一週間近くも留守にしていたのだから、もうそれまで我慢していた気持ちを抑えることはできない。

アルビオンでの冒険の数々を土産話にしよう、とルイズは心を弾ませていた。

 

階段を駆け上がり、カトレアの部屋がある階までやってきたルイズはそこで一度深呼吸をして気を落ち着かせだす。

カトレアは今休んでいる最中なのだということは忘れてはならないのだ。

スパーダ達が追い付いてきた時にはルイズはカトレアの部屋のすぐ前まで来ていた。

「どうぞ」

小さくノックをすると、中から柔らかな声がかかる。

「ちいねえ――」

嬉々としながら扉を開けたルイズは部屋の中の光景を目の当たりにして絶句してしまう。

「まあ、ルイズ。それにスパーダさんも……」

数々の動物達が周りに集まるベッドの上に腰を下ろすカトレアは、ルイズ達の姿に小さく驚きつつも嬉しそうに顔を輝かせていた。

(――へ?)

だがルイズはカトレアと一緒にいる別の存在を見過ごすことができなかった。

カトレアの膝の上で彼女に優しく撫でられているのは、一瞬キツネか何かかと思った。しかし、それは動物ではなかった。

ベッドの上には金色の髪の少女が寝そべっており、カトレアの膝の上を枕にしている。

その少女はつい一週間前に編入生として学院に入学したハーフエルフだった。

 

「……あ、あ、あ、あ、あ、あんた……! 何をやってん――」

ズンズンと部屋の中に押し入り、ベッドの前まで進んできたルイズは思わず部屋中に轟く絶叫を発しかけた。

だが、その声は突如口を塞がれてしまい、外に吐き出されることはなかった。

「Silence.(騒ぐな)」

音もなく背後に転移してきたスパーダがその手で押さえ込んだのだ。

「しーっ……駄目よ、ルイズ……。今、ちょうど寝付いた所なんだから」

カトレアは指先を唇の前に立てて小声で囁きかけていた。

スパーダに押さえ込まれながら、ムグムグと暴れるルイズ。

見ればティファニアは寝息を立てて眠りに就いているのが分かる。

「この子、いっぱい疲れちゃってるの。だから、ちょっと休ませてあげないとね」

カトレアは優しい眼差しで静かに眠っている少女の寝顔を見つめていた。

 

「ううう……でも、何でちい姉さまと……」

ようやく解放されたルイズは納得できないとばかりに渋い顔で、心地よさそうに眠っているティファニアを睨んでいた。

自分の部屋で寝ていれば良いのに、何故よりによってカトレアの部屋で、しかもこんな姿で休んでいるのか意味が分からない。

「あらあら。ルイズったら、もしかして焼きもちを妬いちゃったのかしら?」

「ち、違うもん! そうじゃないわ!」

図星を突かれてルイズは喚き声を遠慮なく上げてしまう。

幼い頃は自分もああしてカトレアによく甘えていた。

自分がいるべきはずの場所に別の誰かがいるなんて思いもしなかったため、居場所を取られてしまったように感じてしまうのは仕方がない。

そもそも、どうしてティファニアがカトレアと一緒にいるのかがルイズには理解が追い付かない。

 

「良いじゃねえか。男が一緒に寝るよりはマシだろうよ」

「そうだな。相手がルイズからティファニアに変わっただけだ。問題あるまい」

「うるさい! うるさい!! うるさーいっ!! 冗談でも許さないわよ!!」

男どもの発言にルイズは完全に逆上して癇癪を起こして噛みつきだす。

アミュレットの鎖を引き千切らんかの勢いでがしりと掴み取り、眼前まで近づけて怒声を撒き散らしていた。

動物達は驚いて困惑しており――悪魔であるスパーダの存在にも怯えながら――震え上がっている。

「駄目ですってば……! ミス・ヴァリエール……!」

シエスタも狼狽しつつ抑えようと必死に宥めるが、ルイズの怒りは治まらない。

当のカトレアは不謹慎な発言をされたにもかかわらず、ただクスクスと笑うだけだった。

 

しかし、これだけ大騒ぎなのにティファニアは微動だにせずスヤスヤと心地良さそうに眠り続けている。

付いてきていたタバサは早々と杖を振り、サイレントの魔法をティファニアの周りにだけかけていたのだった。

 

「ふふふ。じゃあ、今日はルイズも一緒に寝ましょう? それで良いでしょ? あなたが無事に帰ってきてくれたお祝いに……ね」

カトレアが微笑みかけると、ようやくルイズは怒りを鎮めていく。それでもまだ不満そうに仏頂面を浮かべてはいたが。

そして、カトレアはその後ろに立っているスパーダの顔を見上げた。

 

――ルイズを守ってくれて、ありがとう。

 

――スパーダさんも、お帰りなさい。

 

その微笑みと瞳にはそんな想いが込められているのをスパーダは受け止めていた。

 

ルイズは椅子を持ってきて腰掛けると、カトレアと向かい合い、気を落ち着かせようと一息をついた。

「ちい姉さまのおかげで学院のみんなは助かったって聞いたの。だから……その……」

「私だけじゃないわ。ティファニアさんも、シエスタさんだってしっかりがんばってくれたんですもの」

「あんたが?」

控えているシエスタの方をルイズは振り返った。

話を振られた本人は困惑したように立ち尽くしている。

「ええ。私もティファニアさんも、シエスタさんに助けてもらったのよ」

「いえいえ……わたしより、ティファニアさんの魔法の方がずっと凄かったです」

「面白そうな話だな。ぜひ聞かせてもらおうか」

スパーダは嘆息すると、ルイズと同じように椅子を引っ張ってきて腰を下ろす。

 

「はい。みんなを助けてくれたこの子達のことをお話しますわ」

にっこりと笑顔を浮かべながら、カトレアは静かに語り始めた。

 

ギーシュ達の活躍はもちろん、カトレア達を守ろうと敵に立ちはだかったシエスタの奮闘、そして戦いを終わりに導いたティファニアの魔法と失われかけたギーシュの命を救った奇跡。

 

ルイズはもちろん、珍しくスパーダも興味深そうにカトレアの話に聞き入っていた。

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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