魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 70 <師と弟子と-master and apprentice>

 

アンリエッタら王宮からの一団は、日が落ちると共に引き上げていった。

魔法学院自体の被害は、アルヴィーズの食堂とダンスホールの一部が軽く傷つくのみで済んでいる。

とはいえ後日の修繕までは食堂は使えないため、しばらくは各自の自室まで運ばれることになるだろう。

一波乱はあったが、とにかく魔法学院は平穏を取り戻したのである。

そんな魔法学院の男子風呂にスパーダは初めて足を踏み入れていた。

「しかし、モデウスは凄い体してるよねぇ」

先客のマリコルヌ、レイナール、ギムリは壁際のベンチに並んで腰かけ蒸気を浴びていた。

腰に浴布を巻いたギーシュと共に浴場に姿を現したスパーダとモデウスを目にすると、三人とも感嘆の唸りを漏らす。

「やっぱり剣を振り回してるとあんなになるのかなあ」

「それはそうだよ」

「俺ももう少し、鍛えてみようかなぁ……」

ギムリは学院内の男子の中でも五本の指に入ると言われるほど年齢相応に逞しい体つきをしている。

だが、スパーダとモデウスの肉体はそんなもの比較にならないくらいに鍛え抜かれているのが明らかだ。

モデウスの方は細身ながら肩幅も広く、元々インナーの上からでもはっきりと筋肉が浮き出ていたほどに筋骨隆々としている。

スパーダは普段コートなどの服を着ているので分かり辛いが、こうして見るとはっきり逞しい体格をしているのがよく分かる。

それでもモデウスのように極端に筋肉質でもなく、適度に鍛えられつつもスッキリとした均整の取れた肉体をしていた。

「僕も鍛えたら、あれくらいになるかなぁ」

「君はまずは痩せることだよ」

「まあ、前に比べたら少し瘦せたかもな?」

二人にからかわれるマリコルヌは、渋い顔で自分の体を見下ろしてみる。

半年前に比べれば幾分かはスッキリしたようにも見えるが、屈強な肉体を持つスパーダ達とは比べ物にならない程にだらしなかった。

 

――グラモンのバカ息子……! 何で勝手にモデウスに学院の風呂を使わせているの……!

 

――良いじゃないですか姉様。モデウスさんだって疲れてるでしょうし。

 

――男同士で入るくらい、問題あるめぇよ。あいつだって功労者なんだから、ご褒美代わりにちょうど良いじゃねえか。

 

――っ……むぅ……。

 

脳裏のざわめきを片隅にどかすスパーダはギーシュらと共に浴槽に浸かっていた。

「どうしたんだね? スパーダ君」

ギーシュはスパーダが微かに顔を顰めていることに気付く。

「きつい香りだな」

「そりゃあ、ここの湯には香水が混じっているからね。う~ん……実に優雅な香りだ……モンモランシーの作る香水には負けるけどね」

「釜茹での方がまだマシだ」

実際、スパーダはその処刑法がモチーフとなった風呂にも入ったことがあった。

かつて日本を訪れた際には、よく自然の温泉に浸かっていたものである。

そこで自然の香りを楽しんだものだが、ここの湯舟は湯加減はともかく悪魔である彼の嗅覚には含まれた香水の匂いが余計だった。

対してモデウスは気にした風でもなく黙って湯に身を沈めて瞑目している。

 

元々、二人はこの浴場に入る予定などなかったはずだった。いつも学院の広場にある水場で汗を拭くだけで済ませていたのである。

ここを訪れることになったのは、カトレアの勧めが発端だった。

カトレアの部屋で談義を交わしていた中で彼女は「長旅で疲れているだろうから、お風呂で疲れを落としていって欲しい」と告げたのである。

別にスパーダ自身は特段疲れてはいなかったし、そもそも学院の風呂が生徒と教師ら学院の関係者でなければ使えないので今まで使わなかっただけである。

 

ルイズ自身は「別に良いんじゃない?」と異論もなく利用を認めたのである。一応、スパーダは異国の貴族という扱いなので何も問題はないそうだ。

というより、スパーダがずっと平民用のサウナすら使わずにいたという話まで聞かされたため、「少しはちゃんと汗を流してよ」と言ってきたのだ。

教師達は生徒達が入る時間帯から少し後に使うことが多いという。

 

――みんなが寝静まった頃くらいなら誰もいないから、静かに寛げますよ。

 

カトレアはそうも告げたのだがスパーダは時間に拘らないので、とりあえずは生徒達が使う今の時間帯に入ることにしたのである。

スパーダの返答に何故かカトレアは少し残念そうに嘆息しており、そこまで残念がることの意味が今一分からなかったが。

途中で鉢合わせしたギーシュがモデウスも誘ったため、三人は今一緒にいるのだった。

 

「しかし、みんな無事で何よりだったよ。何しろあのワルド子爵が何人もいたんだからね」

ギーシュは浴場の至る所で寛ぐ他の男子達を見渡してホッと息をつく。

「お前が一番死にかけたそうだな」

「なはは……不覚だったな。でも、ミス・ティファニアのおかげで助かった。彼女には僕もモンモランシーも、本当に心から感謝をしたいな。彼女の起こした奇跡が、僕をこの現世に留めてくれたんだ」

満面の笑顔で語るギーシュは己の胸板を擦っていた。

ほんの少し前までギーシュを含む大勢の男子達は医務室のベッドの上にいたのである。

マリコルヌは腕の骨を折り、レイナールは肩を貫かれ、ギムリは脇腹を深く斬られたりとスクウェアメイジのワルドに挑んだ全員が重傷を負ってしまった。

だが、コルベールが用意したバイタルスターのおかげで傷は嘘のように消え去ったのである。

誰もが、あの戦いがまるで夢のようであったと感じたそうだ。

モンモランシーはずっとギーシュの傍らにいて介抱してくれていたが、泣き疲れて眠ってしまったという。

「見せたかったなぁ。スパーダ君直伝の奥義があいつを蹴散らした様を!」

「それはそれは。まあ上出来だな」

最後の最後で気を抜いて致命傷を負わされたことを除けば、ギーシュの奮戦はスパーダも素直に認める所だった。

モンモランシーを助けるために先陣を切って踏み込んだ話は、カトレアを通して聞き及んでいる。

その心意気はスパーダも素直に称賛したいほどだった。

 

「それでスパーダ君。アルビオンの方ではどうだったんだい?」

話題を変えて尋ねてきたギーシュだったが、スパーダはちらりとずっと沈黙しているモデウスの方を見やった。

「バアルと会ってきた。お前が言った通りだったな」

その一声のみでモデウスはピクリと反応しだし、スパーダの方を見返す。

「兄に?」

「モデウス君には兄君がいるのかい」

ギーシュは興味津々な様子で食いついてきた。

「まあね……」

「待てよ。っていうことは、その兄君も――」

「そうだな。お前の兄弟子ということになる」

モデウスが悪魔である以上、その兄弟も同じ存在であることはギーシュも容易に想像できる。

加えて魔剣士スパーダの更なる弟子であることは、相当な実力者であろうと思い浮かべていた。

 

「兄はどうでしたか? 私が最後に直接会ったのは、200年前にもなるので……」

「200年って……」

すんなりと出てくるまともじゃないフレーズにギーシュは呆気に取られていた。

数百年はおろか一千年以上は生きる悪魔ともなれば、人間とは時間の感覚も違うのだということを思い知らされる。

「奴は昔と変わらん。何一つな」

言いながら、スパーダは湯を掬った手で顔を軽く覆った。モデウスは小さく溜め息を吐く。

「しかし、兄弟揃ってスパーダ君の弟子か……モデウス君の兄君ってことは強いんだろうなぁ。やっぱり、同門でも力強い兄君を目標にしたりしているのかい?」

ギーシュの問いかけにモデウスは何も答えなかった。

「あ、あれ?」

その表情がやけに沈痛であることを察して戸惑った。

もしかしたら、気に障ることでも聞いてしまったのだろうか? そんな不安も生じてしまう。

「奴よりも自分の方が私に認められたのがそんなに負い目か」

スパーダの言葉にギーシュは余計に困惑した。

兄ではなく、弟のモデウスの方がスパーダの後継者となったというのは意外な話である。

普通に考えれば先に生まれた兄の方が弟よりも優れているものである。事実、ギーシュには三人の兄がいるがみんな軍家のグラモン家に相応しい立派なメイジなのだ。

「一体どうしたというんだい? スパーダ君の後継者として認められたんだから、それは光栄じゃないかね」

魔剣士スパーダに認められるほどの剣術の腕前はギーシュも散々目にしてきている。

人間の自分ではまず届きそうもない圧倒的な実力だというのに、当の一番弟子本人はそれを誇らしく思っていないというのが理解できなかった。

 

「モデウス。私が何故、バアルではなくお前を選んだか分かるか?」

その問いかけにモデウスは僅かに視線だけをスパーダに向けだす。

「お前は確かにバアルより剣技の才に優れている。だが、お前達の間に実力の差など大してない。別に剣の腕前の良し悪しで選んだ訳ではない」

「へぇ~、それじゃあ一体何を見てモデウス君を選んだんだい?」

興味深そうにギーシュが食いついてくると、スパーダはそれに応えるように続けていった。

「最初に私に弟子入りをした時だ。あの頃のモデウスはバアルにも劣る力しか持ってはいなかった。だが、今はそのバアルをも凌ぐ力を身に着けるに至っている。ギーシュ、何故だか分かるか?」

「う、う~ん……それだけモデウス君は、兄君に追いつこうとがんばって修行したってことじゃないかね? 実力はほぼ互角なんだろう?」

「半分は当たっているが、違うな」

ギーシュは目を丸くしてちらりとモデウスの方を見やる。

彼は無表情のままにスパーダの言葉に耳を傾けていた。

 

「バアルの剣には〝力〟と〝破壊〟しかない。己の力を高め、敵を滅ぼすことまでしか考えていないようでは、何も生み出さん。それは手段までで止まっているだけだ」

「じゃあ、モデウス君の剣には一体何があったんだね?」

「今のお前と同じ志を、モデウスは持っていた。バアルにはそれがない」

「へ? ぼ、僕?」

自分を引き合いに出されてギーシュは余計に戸惑った。

「お前は今日、モンモランシー達を救うために剣を振るったな。結果はどうあれ、お前は他者のために力を尽くした」

「いやあ……そんな……」

「モデウスも同じだ。兄のバアルと肩を並べ、力になりたい――その一心のみが最初のきっかけだった」

「ふむふむ……」

スパーダは二人の弟子の顔をそれぞれ一瞥し、嘆息する。

「お前達は誰かに尽くしたいという強い望みがあった。その志が己の才を目覚めさせ、バアルのように力だけに固執する愚を犯すことも防いだ訳だ」

「ただ強くなろうというだけじゃあ、駄目ってことなんだね?」

「そうだな。力とは志を果たすための道具に過ぎん。何の目標も無しにただ力だけを求めて振るいたいだけの奴は、結局何も成すことはできないからな」

魔帝ムンドゥスや覇王アルゴサクスといった大悪魔達が良い例だった。魔界の絶対なる支配者になりたいという最大の志にして征服欲と支配欲が原動力となり、他を圧倒する力を備えるに至ったのである。

どうあれ、一応は力を振るうための相応な目標というものをしっかり持っていたのだ。

 

「まあ、奴にも奴なりに目標はありはしたがな」

「何だいそれは?」

「私と剣を交えることだ」

「え?」

ギーシュは気の抜けた顔で愕然とする。

「奴が望むのは自らを満たす強者との戦い……それだけだ。私の他に剣で並ぶ者は他にいなかったからな。私を超えることを目標にしていた」

「スパーダ君を……ねぇ」

最強の剣技を操る魔剣士スパーダを超えようなんて、ギーシュには大それた野望としか思えなかった。

この男と真正面から本気でやり合って、果たして勝てる相手がいるのだろうか?

人間だったらまず無理な話である。

「だがそこまでだ。私を超えようとするのは一向に構わんが、その先が何もないのでは同じことだ。だから奴は選ばなかった」

「うーん……複雑な話だなぁ……」

腕を組んでギーシュは唸った。

兄弟はほぼ互角の実力で、剣技の優劣も恐らく個性や癖といった誤差の範囲でしかないのにスパーダは最終的には気構えで後継者を選んだ。

しかし、選ばれた当の本人は素直に受け入れている訳ではない……。

どうにもギーシュには理解しがたいものだった。

 

「モデウスにとっての誤算は、自分自身が兄を超える実力を身に着けたことだ。そこまでは望んでいなかったからな」

スパーダが視線を送ったモデウスは渋い顔で目を伏せていた。

「本当は自分よりもバアルの方を選んで欲しかったと、そう思っているのだろう」

「はい……」

率直な返答にスパーダは目を僅かに細める。

「……はっきり言って、お前は優しすぎる。その優しさと迷いがお前達を止めてしまった。――1800年近くずっと、な」

このハルケギニアで二人の弟子と再び邂逅した時、最後に別れた時から何も変わっていないことがスパーダには感じることができた。

元々、この双子の兄弟は互いの力を素直に認め合える度量を持った珍しいタイプの悪魔でもあった。

悪魔の兄弟といっても大抵は仲が悪く、むしろ片割れと自分の力が他者に比較されるために互いの存在そのものを忌み嫌うのがほとんどだ。

アグニやルドラのように仲が良いタイプは、実に珍しいのである。

モデウスは元より力強かった兄を尊敬し、バアルもまた成長し自分をも超える力を持った弟に対抗心や嫉妬も抱かずに受け入れた。

ここまで互いを想い合うことのできる兄弟の悪魔は本当に珍しい。

凡庸で下劣な悪魔であれば、相手を蹴落としてでも自分の方が上だと認めさせようというのに、二人の魂と心はそんな卑しさとは程遠い。

だからこそ、スパーダは二人に剣技を教え込んでいたのだ。

 

「とはいえ……私も面倒を見きれてやれなかったのは大いに反省すべきか」

最後に別れたのはスパーダが魔界と決別する時だった。それ以降から今まで、この二人の兄弟については時空神像の記憶や風の噂でしか耳にすることはなかった。

モデウスが魔界の悪魔達を畏怖させる剣豪として名を馳せていたのは、数十年足らずの僅かな期間だった。

バアルもまた相当の強者として一千年以上も名は馳せてはいたものの、スパーダにはそれが何を意味しているのか手に取るように分かっている。

生き甲斐を失ったモデウスのため、自分自身が再び弟の生き甲斐になるためにも、スパーダに匹敵する実力を追い求め、もがき続けているのだと。

だからと言って、スパーダ自身が魔界に戻って干渉することもできず、ずっと放置し続けていたのだ。

「奴を尊重するのは結構だが、お前の場合はさすがにいき過ぎだな。奴はお前のことは認めている。それに応えなければ、奴はずっと今のままもがき続けるだけだぞ」

「……」

「それではいつまで経っても、我らの誓いは果たせん」

「私は……」

実の所、モデウス自身も頭では分かっているのだ。

自分の今の剣が、誰のためにも――それこそ自分のためにすら振るわれていないことを。

今までは振りかかる火の粉を払う程度の、最低限のことでしか剣を手にしていなかった。

この異世界でスパーダの降臨を確信してから、自らの内に燻ぶる欲求が抑えられなくなり衝動的に剣を抜くこともあったし、今回だってただ師匠に命じられたから半ば事務的に剣を振るったに過ぎない。

師匠のスパーダが言うように、その剣には何の志や信念も宿ってはいない。

 

自分がこの剣で本当は何をしたいかは、スパーダですら分かってくれている。

だが今の自分がそれをした時、兄はまた自身の力の至らなさに悔いるのかもしれないと思うと、やはり迷いが生じてしまう。

「奴の力になりたいその志に、力の優劣など関係あるまい。その時が訪れたなら、遠慮なくお前自身の心に沿えば良い」

まるでモデウスの心を見透かしたかのようにスパーダは言った。

「それでも迷いを抱えていたなら、お前は必ず後悔するぞ」

言い置いたスパーダは腰を上げ、浴槽から上がるとマリコルヌ達が座っているベンチへと向かい、そこに深く腰掛けていた。

 

残されたモデウスとギーシュは沈黙していたが、ギーシュは少し悩んだ末にモデウスへ語り掛ける。

「まあ……モデウス君もせっかくスパーダ君に認められたんだし、遠慮なんてする必要ないと思うけどね。君は本当に良い男だと思うよ」

ずっと黙って話を聞いていたギーシュはこのモデウスという兄弟子が如何に兄思いであることがよく分かった。

自分がモデウスの立場だったらきっと舞い上がって他の弟子のことなど気にせずにいたかもしれないが、モデウスはとても慎ましく思いやりに溢れた悪魔なのだ。

そんな悪魔ですら大いに悩むことがあるというのはとても驚かされる。

「兄君が来ているんなら、一度会ってみたらどうかな? 100年以上も会ってないんだろう?」

「……考えてみるよ」

今の自分よりも遥かに熱い志を秘めた弟弟子の言葉にモデウスは微かな苦笑をたたえていた。

 

 

風呂上がりに、スパーダはヴェストリ広場に置かれたベンチに腰掛けていた。

吹きつける夜風は程良い心地良さで、火照った体を冷ましてくれている。コートも脱いでいるおかげで尚更に涼むことができた。いつものように水場で軽く汗を拭くのだけでは決して味わえないものである。

その隣にはタバサが杖を抱えたまま座っていた。彼女もまた、風呂上がりをしたばかりなのである。

何の言葉も交わさないまま静かに時は過ぎていく。それを最初に破ったのはスパーダの方からだった。

「お前のその体には、少なくとも二つの命が流れている」

背もたれに身体を大きく預け、天を仰ぎながら切り出し始める。

「二つの命?」

タバサは怪訝そうにスパーダを一瞥した。

ここに彼女がいる理由はただ一つ。自分の血を彼が調べていたという、その結果を聞くためだ。

「そうだ。お前自身と同じ性質をした別の命が混ざっているようだ」

およそ一ヵ月、スパーダは適当に空いた時間の中、タバサから回収していた僅かな血を錬金術を駆使して徹底的に調べていた。

その結果は、スパーダ自身ですら驚嘆する不可解なものだったのである。

普通の人間だったら決してあり得ない要素が、このタバサ――シャルロットという人間の体には溢れているのだ。

 

「お前にはもしかしたら、双子がいたのかもしれんな」

「双子……」

タバサは僅かに目を細めた。

双子――ガリア王家にとってそれは禁忌(タブー)とも言うべき存在だった。

いつだったか、本で読んだことがある。ガリア王国では何千年もの昔に王位を巡って争い、その果てに共倒れとなった双子の王族の悲劇の話が残されているのだ。

今の王家の紋章である二つの交差した杖は、この双子の存在を意味し、その魂を弔うためのものらしい。

以来、双子という存在は王家はおろかガリア全体で争いの火種になるとして忌避されるようになった。

もし双子が生まれればその片割れを葬るか、最初からいなかったものとして追放しなければならない――そんな風習まで出来上がっている。

もっとも、それは一人っ子であるタバサには関係のない話のはずである。

 

「わたしにそんなの、いない」

「そうかもしれんな」

タバサの否定にあっさりとスパーダは頷いてみせた。

「双子とは、元々一つの存在が二つに分かれたものだ。故に片割れの魂も血も、ほんの僅かでも薄く混ざらざるを得ないが……」

ちらりとスパーダは困惑気味のタバサの顔を見つめだす。

「お前の場合はその別の命が遥かに濃く混ざっているようだな。もし双子が本当に存在しているなら、ここまではあり得ない」

「……どういうこと?」

「あり得るとするなら、生まれる前に片割れが流産で亡くなったことくらいだが……片割れが流れた時とも少し違うようだ」

スパーダの見立てでは、タバサの片割れはこの世に生まれ落ちることすらなかったと受け止めている。

死産だった場合はその時点で肉体も魂も完全に分離した状態なので、双子が無事に生まれた後とほぼ変わらない。

流産となればまだ完全には分離していない状態のため、片割れの方に生命や魂が多く残るのだが、それでも半分が限度だ。

しかし、タバサの血に含まれていた別の生命の存在は、タバサ自身の生命とほぼ同等という普通ではあり得ない不可解なものだったのだ。

 

「あるいは、誰かが人為的な細工を産まれる前に施した可能性もある」

錬金術でホムンクルス(人工生命)を生成する際、誤って双子のような形で別々の生命が作られてしまうこともある。

そんな時にはどちらかの生命の胚を、片割れに吸収・融合させて一つの生命体にするという技法もあるのだ。

タバサの血には、それが行われたであろう生命体に近い特異点が多く見られるのである。

無論、その細工と同じかどうかまでは痕跡が残っていないので分からない。このハルケギニアでそのような技術があるかまではスパーダも知り得てはいない。

「……細工?」

「あくまで私の勝手な見立てだ。深く気に病むことはない。少なくとも、お前に宿る別の命がお前自身を脅かすことはないだろう。今の所はな」

そこまで語ったスパーダは深く息を吐くと、そのまま目を瞑り始めた。

それからは何も口にすることはなく、静かに寛ぐのみだった。

 

立ち上がったタバサは女子寮に向かって歩き出すが、その顔は浮かばれない。

自分の身に秘められていた、特異な秘密。

自分には双子などいない。いたかもしれないが、同時にこの世に存在すらしなかった。

複雑に絡み合う断片的な推測が、タバサを余計に困惑・混乱させてしまう。

 

――哀れな人形ども……。

 

覇王アルゴサクスの刺客達は自分に対して確かにそう言った。

あれは明らかにタバサ一個人に対して向けられたものではない。

(本当に、わたしには双子がいた?)

漠然とした不安がタバサの心に生じ始めていた。

もしスパーダの語った通りだとするなら、誰がそんなことをしたというのか?

産まれる前の子に手を付けることができる存在は、極限られている。

だが何故、そんなことになったのか? どうしてそんなことをする必要があったのか?

そして、誰がそれを行ったのか考えようとして、タバサは思考を中断し、首を横に振った。

自分の家族が産まれる前の我が子に手を施したなどと想像したくもない。

第一、産まれる前の子が双子だと、分かるはずもないのに。

 

「母様に、聞いてみよう……」

あともう少しで、ホーリースターを作れるほどのレッドオーブが溜まる。

それを使って母の心を取り戻せれば、夢にまで見た愛する家族と数年ぶりに再会を果たすことができる。

その時が来たら、色々な話をしたいとタバサは心から願っていた。

 

だが、この話をした時に一体、どうなるのだろう?

自分を産んでくれた母は、何と答えてくれるのだろうか?

 

想像することすら恐ろしい未来と結末に、タバサの不安は大きくなるばかりだった。

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  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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