魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 74 <ラグドリアンに眠る者-Parastic Evil> 前編

 

リュティスを発つ頃には日が落ちていた。

タバサは正式に北花壇騎士の任務として、「ラグドリアン湖で起きている異変の解決」という命令を受けたのだ。

命令を授けたのはジョゼフ本人ではなく、いつものように直属の上司にあたる相手からである。

「……」

シルフィードの上でタバサは顔を険しくさせていた。

不快と嫌悪の感情が一様に表れたそれは、いつもの無表情からは考えられないほど大きな変化である。

ここまでの道中、ずっと変わらないその表情にルイズとキュルケは呆然とするほどだ。

「奴のことは今は忘れるんだな」

「できれば、そうしたい……」

囁いてきたスパーダにタバサは何百匹もの苦虫を噛み潰しながら頷く。

憎きジョゼフと相対したことの不快感を早く忘れたいタバサにとっては、与えられた任務を果たすことだけがこの感情の捌け口だった。

正直な話、二度と顔も見たくなくなってしまったのだが、そうもいかないのが実に腹立たしくてしょうがない。

現地で何が待っているにせよ、今のこの鬱屈した気分のままでいるよりは遥かにマシである。

 

夜空には大きな月が二つ浮かび上がっている。

昼間は陽光が、夜は月光がラグドリアン湖の水面で照り返し、輝きを放っているはずだった。

「うっ……」

「何なの、これは……」

ラグドリアン湖の上空にさしかかり、ルイズとキュルケは愕然とした。

目を疑う光景だった。

ハルケギニア随一の名勝と謳われたラグドリアン湖。その水面の至る所が、どす黒く変色しているのだ。

滑空しながら高度を下げていくと、どこも数キロメイル四方の規模で広がっているのが分かる。

まるでインクやペンキをぶちまけたように、清浄だったはずの水が穢されているのは明らかだった。

おまけに同じように不気味な色をした濃霧のようなものが漂っている。

 

「瘴気だ。これ以上は下がるな」

「きゅいぃ……」

スパーダの指示にシルフィードは翼を羽ばたかせ、下げていた高度をそのままに維持していた。

湖面よりおよそ10メイルほどの高さから、ルイズは下を覗き込んでいる。

「魔界の侵食を受けているな。恐らく、毒を操る者の仕業だろう」

「じゃあ、水の精霊は?」

不安そうにルイズは顔を上げた。

ジョゼフは精霊が死んでいるかもしれない、などと嘯いていた。

以前もこの湖に悪魔達が姿を見せており、精霊を襲っていたが、それが更にエスカレートしたのかもしれない。

と、なればこの湖の至る所には悪魔達が巣食っているに違いなかった。

「奴はまだ生きてはいる」

「分かるの?」

「微かだが気配はある。そのまま十時の方へ飛ばせ」

片膝を立てたまま座るスパーダはタバサに指示を出す。

眼下に広がる瘴気の海の上を、シルフィードは静かに羽ばたいていた。

その遥か先の湖面は月明かりを反射してキラキラと輝いている。どうやら、あの辺りはまだ侵されてはいないらしい。

 

「きゅ、きゅいっ!?」

「どうしたの?」

突然、シルフィードが狼狽しだしたのでタバサは僅かに目を細めていた。

見ればスパーダはスパイラルの包みを背負いながらも既に腰を上げて、懐に手を突っ込んでいる。

「下から何か来るのね……! きゅ、きゅ、きゅいぃ……!?」

その怯えようは尋常ではない。普段から竜の本能としてスパーダを恐れてしまうのとは別物だった。

自らに危害を加えようとする魔の眷族の殺気を敏感に感じ取ったのである。

 

ルイズとキュルケは下に広がる瘴気の霧と湖面を見下ろしてみるが、特に怪しい影すら見当たらない。

「何にもいないじゃない」

「いいや、いるぜ。俺らを狙ってやがる」

いつの間にかデルフはガンダールヴの魔人を発現させ、剣を手にしている。

目を丸くするルイズだが、隣のキュルケはそっと杖を手に身構えていた。

「きゅい、きゅい……! こっち来ないでなのね……!」

翼を広げ、さらにスピードを上げて飛翔するシルフィード。

何かを振り切ろうとするかのように必死に加速を続けるが……。

 

「きゅいーーーーーっ!?」

瘴気の霧の中から、〝何か〟が飛び出てきた。

その姿はルイズ達の目には見えない。だが、シルフィードは横を向いて絶叫を轟かせていた。

「ひあああああっ!!」

「……っと!」

いきなり急旋回しだしたので、ルイズはシルフィードの背中から投げ出されそうになった。

キュルケとタバサは踏み止まったが、スパーダが支えてくれなければ振り落とされていたかもしれない。

「何、今の声!?」

スパーダにしがみつくルイズの耳にはシャーッ、という奇怪な雄叫びが届いていた。

シルフィードが方向転換した辺りの瘴気が激しく噴き上がったのが分かるが、悪魔の姿は見えない。

 

――ドォンッ!

 

「っ……!」

大砲の轟音のような重厚な銃声が響いた。ルイズは思わず耳を塞ぐ。

スパーダの手には、今日買ったばかりのショットガン・レヴェナントが握られていた。

ルイズが見ていた瘴気の霧のちょうど真上の虚空に無数の火花が散った。

「ジャベリン!」

「あそこね!」

タバサとキュルケの目にもはっきりと映った。

スパーダが撃った地点の風景が微妙に歪んでいるのを。

二人は杖から魔法を放つと、何もないはずの虚空で火球が炸裂し、氷の槍が突き刺さっていた。

 

「あ……!」

今度はルイズにも分かった。

無数の目のような光が四つ、虚空の中に浮かび上がっている。

瞬く間に、〝それ〟はルイズ達の前に姿を現した。

鋭い歯を無数に生やす大きく口の裂けた巨大な魚が飛び上がっていたが、すぐに瘴気の中へと潜り込んでしまう。

 

巨魚の影は徐々にその姿を風景の中へ溶け込ませていくが、タバサの氷の槍は刺さったままで動いている。

「逃がさないわよ!」

それを目印にしてキュルケとタバサは次々に魔法を叩きこんでいた。

スパーダもレヴェナントの射撃を止めることなく、散弾を斉射し続けていた。

やがて霧の表面にプカリと巨魚の巨体が力無く横たわったまま浮き上がってくる。

かと思えば、その体は崩れ落ち、瘴気の中に沈んでいった。

「何なの、あれ……」

「タテオベス。魔界の肉食魚だな」

「魚なのに空を飛んでたじゃないの」

「魔界の魚ならそんなことできて当たり前ってことでしょ?」

あっけらかんとキュルケは肩を竦めてみせる。

 

実際、タテオベスは水中でなくとも濃度が高い魔界の瘴気の中であれば地上でも自在に泳ぐことができるのだ。

自らの周りの光を歪めてその身を隠し、獲物に気付かれないまま虚を突いて喰らおうとする。

シルフィードより一回りも大きかったあの巨体なら頭からかぶりついて噛み砕いてしまっただろう。

「よく分かったわね。あたしらには全然見えなかったのに」

感心してキュルケはシルフィードの背を軽く叩いた。

「きゅい、きゅい! 悪魔の殺気がプンプンしたのね! 精霊達が教えてくれたのね!」

「なら、今も精霊の声が聞こえるか?」

誇らしげにするシルフィードにスパーダは冷たく声をかけた。

 

――キシャアアアァッ!!

 

――ドォンッ! ドォンッ!!

 

雄叫びと共に立て続けに銃声が轟いた。

驚くルイズ達の目の前には、突如姿を現したタテオベスが大きな口を開けて牙を剥き出しにしていたのだ。

喰らいつこうとするその口の中にスパーダはレヴェナントを二連射する。

上下に並ぶ銃口から放たれた、その大口径に相応しい一粒の弾丸(スラッグ)は、タテオベスの口腔内から背中までを難なく突き破った。

「ガン飛ばしてんじゃねえ!!」

デルフの怒号と共にガンダールヴの魔人は、振りかぶった大剣を一気にその巨体の口先に叩きつける。

剣圧はそのままタテオベスの体の尾鰭にまで伝搬し、真っ二つに切り裂いていた。

 

「また来る」

タバサが杖を構え、振り向き様にウィンディ・アイシクルを放った。

姿を現したのはそれまでより小さな体をした――それでも大の大人ほどはある――タテオベスだった。

喉を貫かれたタテオベスは苦しみもがいて飛びかかる勢いを失い、瘴気の中に落ちていく。

「――エア・ハンマー」

低い声で呪文を唱え、次々に瘴気の中から飛び上がってくるタテオベス達に突風の一撃を放っていく。

ジョゼフの一件で溜まってしまった不快感と鬱憤をぶつけるかのごとく、悪魔達を吹き飛ばしていった。

 

スパーダは親指で側面の装飾と一体化した小さな安全装置を外し、さらに銃尾の一部を押し込む。

ロックが外れた銃身が前にスライドして排莢を行い、スパーダが引き金を引くと後ろにスライドして元の位置へと戻った。

添付されていた仕様書はリュティスで一通り目を通していたが、片手一本だけで再装填の動作が行えるのは実に楽である。

「きゃっ!」

新たに飛び出てきた小さなタテオベスにルイズは悲鳴を漏らす。

シルフィードの左右を迎撃するタバサとキュルケの死角、スパーダの後ろからだ。

だが、スパーダは振り向きもせず脇越しにレヴェナントの銃口を背後に向けて発砲する。散弾を喰らったタテオベスはあっさりと吹き飛んでいった。

 

――シャアァッ!!

 

今度はスパーダの目前に別のタテオベスが飛びかかり、牙を剥いてくる。

だが既にスパーダはもう片手に持ち替えて前に突きつけていた。

レヴェナントはバレルが短くストックも存在しない分、大口径なのもあってその射撃の反動は強烈だ。

レシーバーには反動を軽減する機構が備わっており、上下に重なった二つの銃身の上にはさらに分厚い銃身が被せられていて、これも反動を減らす役目を果たしている。

だが、スパーダはその反動をあえて利用した。

 

初撃の反動で跳ね上がるのをあえて抑えず、逆に肩越しに前へ放り投げていた。

そのレヴェナントをもう片手で即座に掴み、正面の敵を撃つのである。

 

――ドォンッ!

 

至近距離からの射撃をまともに受けたタテオベスは、吹き飛ぶどころかその身が砕け散っていた。

初撃は散弾だったが、二発目は単発のスラッグ弾である。

二連式の銃身は別々に弾をそれぞれ装填しておけるのが最大の特徴だ。

ハンドガンと違い、ショットガンの弾を魔力で生成するのにはコツがいる。

元々マキャヴェリに教わったことだが、散弾にしろスラッグにしろ、まずバレル内に合わせた薄く小さな結界を作り、その中に実際に飛ばす魔力の塊を封じ込めるのだ。

 

やがてタテオベスの襲撃は止み、湖上は静寂を取り戻していた。

「ひゅーっ……中々良い物を見せてくれたじゃない?」

キュルケは感心したようにレヴェナントを顔の横に構えたままのスパーダを見つめた。

「お前さん、魔剣士って割には本当に銃も使いこなすよなぁ。大したもんだぜ」

デルフの言う通り、ルイズもスパーダの曲芸じみた射撃には目を奪われてしまった。

今までもスパーダの銃技は見てきたが、今回のも見ていると呆気に取られてしまう。あんな振り回しながら前後に撃つなど、見たことも聞いたこともないのだから。

「いいや、今のは失敗した」

「え?」

ルイズ達には何が失敗なのか全く分からなかった。

 

スパーダにしてみればレヴェナントをキャッチするタイミングが少しズレたのでほんの僅かではあるが、二発目を撃つのが遅れたのだ。

それでなくともあまりスムーズな射撃とは言えなかった。

(マキャヴェリなら完璧にできるだろうな)

剣の扱いなら呼吸をするかのように造作もないことだが、銃技に関しては実の所、極めている訳ではない。

故にあまり奇をてらったり、外連味に溢れたような高度な銃技は操れない。

この手の技は、魔界随一の銃技の名手であるマキャヴェリならば難なくこなせるだろう。

スパーダにとって、銃技はあくまで剣技の補助に過ぎない。

魔剣士に過ぎないスパーダは、本来なら畑違いの技術を巧みにこなすことはできないのである。

マキャヴェリには遠く及ばないが、もう数十年は修練を積まなければ一流とは言えないだろう。

 

「あれは?」

再びシルフィードが飛翔を再開した直後、遥か先の水平線で異変が起きた。

キュルケが指差す先では、巨大な水柱が立ち昇っているのがはっきり見える。

その前には雲のように濃く分厚い瘴気が広がっていた。

 

 

ラグドリアン湖の主である水の精霊は、水面の上にその身を浮かばせていた。

ぶよぶよと波立つ水の塊の姿をした精霊の体から、毒々しい濁った液体が塊となって零れ落ちていく。

 

「ずいぶんと縮んでしまったな……。――当たり前か……その身を切り離し続けていればそうもなるわ」

目の前に広がる瘴気の中から響く女の嘲笑。

毒々しい濃霧の中に大蛇のような大きな影が揺らめいていた。

「くくくく……口惜しかろう。貴様の巣が穢されるのを見ているしかない無念さは……」

精霊は何も答えない。

自らの住処であるこの湖を荒らし、穢す敵に対して言葉など何も必要なかった。

「いい加減に観念するがいい。この湖を我らが物とするには、貴様は邪魔だ。だから――」

瘴気の中から伸び出る無数の太く長い触手。

上に伸び出た大蛇の体には、青黒い皮膚を持つ女の顔と肉体が胸像のように浮き出ていた。

「死ねぃ!!」

悪魔の口が唇以上に、耳元まで裂けて大きく開かれる。

大量に吐き出される瘴気の噴射が水の精霊に殺到する。

 

精霊の体が淡い光を纏う。

と同時に巨大な水柱が噴き上がり、瘴気を阻んだ。

水流は瞬く間に大きく広がり壁を成し、悪魔を取り囲んでいく。

悪魔を圧し潰さんとばかりの津波の壁は頭上から一瞬にして飲み込んでしまった。

「何なのだ? 今のは――」

嘲笑と共に津波が四方八方に吹き飛ばされる。

悪魔の周りには、まるで水晶のように透き通った薄い膜が球状に覆っていた。

 

(我の力は、彼奴には及ばぬ……)

精霊自身は悪魔との力の差が最初から分かっていた。

相手も自分と同じく水の力を自在に操る者。さらには清い水ばかりか空気も土をも穢す猛毒をも撒き散らしている。

その毒に精霊自身の体が侵されれば、自らの生命すら侵され脅かされてしまうのである。

悪魔の毒を精霊自身が清めることはできない。既にこの湖の至る場所がこの悪魔によって侵されてしまっている。

湖に生きる魚達も危険を感じて自らの巣を離れ、清い水が残される場所まで逃げて来るほどだ。

だがこのままこの悪魔が根付く限り、湖は近い内に穢され尽くし、生命は存在できなくなるだろう。

無論、精霊自身も。

それでも、精霊は自らが滅びるその瞬間まで抵抗をやめるつもりはなかった。

 

――バキンッ!!

 

甲高い衝撃音が轟音と共に響き渡る。

悪魔は自らを覆う膜を掻き消し、訝しげに後ろを振り向く。

直後、さらなる轟音が幾重にも鳴り響いた。

 

 

水の精霊の増水によって水没していた家屋のいくつかは、数ヵ月の間に水位が元に戻ってきたのもあって、少しずつその頭だけが浮かぶように出てきていた。

スパーダ達は尖塔がいくつも突き出る中に囲まれた広い屋根の上に降り立っている。どうやらこの建物は寺院らしい。

「おらおらぁ! 行け行けぇ! サーシャ!!」

大興奮するデルフはタガが外れたかのように歓声を上げ続けていた。

それに応えるように、ルイズの頭上に浮かぶガンダールヴの魔人は抱えているスパイラルの引き金を引く。

その銃声はレヴェナント以上で、間近に稲妻が落ちたような鋭い轟音にルイズとキュルケは耳を塞いでしまうほどだった。

「きゅい、きゅい! すんごい音なのねー!」

座っているシルフィードも思わず耳を押さえるが、タバサはスパーダと一緒に微動だにしない。

 

(あんなに離れてるのに、よく当たるわね……)

タバサの遠見の魔法によってルイズ達は1リーグも彼方の景色を目の当たりにしていた。

スパイラルが放つ大口径の銃弾は大気を突き切り、水の精霊を襲うスキュラのような悪魔に難なく命中し、その肉体を貫いている。

新しく買ったスパイラルは威力もさることながら、あれだけ離れているのにまるで大砲でも撃ったかのように効果を発揮している。

「あ! また命中!」

メイジの魔法ではまず不可能な超遠距離射撃にキュルケも驚きつつもはしゃぐほどだった。

 

「お、隠れやがったな」

スパイラルの射撃を受け続けていた悪魔はその巨体を水の中へと潜らせていた。

さすがのスパイラルの銃弾も水の底までは届かない。

「来るぞ」

「う、うん」

レヴェナントを構えるスパーダに続き、ルイズもここに降りてからずっと持っていた銃――ケブーリーを胸の前で構えだす。

リュティスの店の中には拳銃サイズから色々な物があったが、スパーダが購入したのは少し大きめで、矢が収められている筒状の部品が中央に設けられている。

グリップと一体化したストックや、バレルの下にも小さなフォアグリップが装備されており、片手でも両手でも扱えるようになっていた。

「大丈夫か? 娘っ子」

ルイズは先ほどから緊張して落ち着かずそわそわしていた。

「ちゃんとできなかったらあんたのせいだからね!」

このケブーリーという銃をルイズ自身は別に使うつもりはなかったはずだった。

自分には虚無の魔法がある。失敗魔法の応用である〝炸裂(バースト)〟だって使えるのだから、それで戦おうとしていた。

だがスパーダは買ったばかりのケブーリーの銃を渡してきたのだ。

 

――たまには違う技を使ってみるのも一興だろう。マジックアイテムだと思えば良い。

 

どうやら後学もかねてとのことらしい。

確かにメイジの戦いは何も自らの魔法だけではない。

銃ではあるが、悪魔の武器である以上はマジックアイテムと言えなくもない。

これまでも破壊の箱ことパンドラを使ったりしてきたので、新たなマジックアイテムであるケブーリーをルイズは使う決心をしたのである。

 

「なぁに、お前さんは俺とサーシャで守ってやらあ。思いっきりやんな!」

デルフが自信ありげに叫ぶとガンダールヴの魔人はスパイラルを構えだす。

魔人はケブーリーを一度手にしており、それだけで使い方がデルフにも理解できたそうである。

それをルイズはほんの数分前に口頭で教わったばかりだった。一発だけだが試し撃ちもしてみた。

(み、見てなさいよ。絶対に使いこなしてみせるんだから!)

精一杯の虚勢を胸にルイズはごくりと息を飲みこむ。

 

「構えろ」

「っ!?」

スパーダが短く命じた途端、目の前の水面が何の前触れもなく一気に噴き上がった。

激しい水飛沫が一行を襲い、その身に降りかかり濡らしていく。

「鬱陶しいぞ……! 貴様ら……!!」

苛立った呻きと共に巨大な悪魔は尖塔に蛇の体から分かれる四つの巨大な触手を巻きつけていた。

悪魔は蛇の体に浮き出る女の体の左右には無数の広く尖った大きな鰭を生やしている。

さながら砂漠に住むと言われるコブラのようだった。

 

ジョガトグゥルム――それがこの悪魔の名前である。

遠見の魔法でその姿を垣間見た時、スパーダが教えてくれた。

スキュラによく似た姿の通り水棲の上級悪魔で、〝怪水魔〟の通り名を持つ。

古くは海を渡る船を襲って沈めたり、毒と瘴気を振り撒いて一帯を侵し、自らのテリトリーに変えていたという。

そして、魔帝ムンドゥスと対立する覇王アルゴサクスに属する腹心の一体でもあると。

「やれ! 娘っ子!」

「うわああああああぁぁぁっっ!!」

絶叫と共に引き金を引くルイズ。

ドシュッ、とどこか籠ったような不思議な射出音と共に銃口からはダーツのような太い針が射出される。

スパーダもレヴェナントを、魔人はスパイラルを、キュルケとタバサは各々の魔法を続けて放った。

 

「がぁっ……!」

一斉に撃ち出された攻撃は蛇の巨体にある女の身体に次々と命中し、血が噴き出す。

本体であり急所はそこであることを事前にスパーダに伝えられていたし、見るからにそうだろうとルイズ達にも分かっていた。

「おのれぇ!!」

怒涛の一点集中攻撃を喰らってもジョガトグゥルムは参らない。

二つの触手を横と上に伸ばし、それを薙ぎ払うと同時に叩き下ろしてきた。

「ぬぅ……!?」

スパーダが再度放ったレヴェナントのスラッグ弾が命中すると、ジョガトグゥルムの動きが極端に鈍くなった。

触手はピタリと途中で止められ、震える蛇の体には銀色の雷光が激しく纏わりつく。

 

デビルハーツの一つであるエレクトロハートによって雷の力を付与された弾丸は、水棲の悪魔であるジョガトグゥルムには絶大な効果をもたらしていた。

痺れて悶えるジョガトグゥルムにルイズは一心不乱にケブーリーからニードル弾を撃ち出し、女の胴体に突き刺さっていった。

「調子づくな……! ……キィヤアアアアアッ!!」

金切り声のような絶叫と共にジョガトグゥルムの周りに突如薄い膜の球体が膨れ上がった。

 

「うるっさいわね……!」

耳障りな叫びにルイズは片耳を塞ぐ。

「またあれね」

「結界。攻撃中止」

水の精霊の攻撃をも防いだジョガトグゥルムの結界は、一行の攻撃を寄せ付けなかった。

結界の中でジョガトグゥルムは憎々しげに一行を睨みつけている。

「雪風め……ひ弱な人間の分際で、魔帝の逆賊を招くとは……!」

特にその怒りはタバサへと向けられていた。

明確な敵意を向けられるタバサは顔を顰める。

「あなた達は、何を知っているの?」

「覇王様の人形ごときが、知る必要はない……!」

ジョガトグゥルムがそう一蹴すると、裂けた口の隙間から毒々しい霧が漏れ出してくる。

そればかりか四本の触手の先端が花弁のように開き、中には鋭い牙を持つ口が覗けていた。

 

「っ……」

ルイズはそのおぞましい姿に思わず怖気が走ってしまう。

スパーダによるとジョガトグゥルムの瘴気はそれ自体が膨大な質量を持つらしく、まともに食らえば毒に侵される前に圧し潰されてしまうらしい。

本人には何ともないが、結界が消えればあの瘴気を真っ先に撒き散らしてくるはずだ。

「シルフィードに乗れ」

レヴェナントを突きつけたままスパーダは促してくる。

「逃がすと思ったか!?」

「今だ! 娘っ子! 全部ぶっ飛ばせ!」

「このっ!」

デルフの叫びと共にルイズはケブーリーの銃身側面の小さなボタンを押す。

途端にジョガトグゥルムの蛇の体のあちこちで点滅する小さな赤い光点が一斉に爆発した。

「があっ!?」

ケブーリーのニードル弾はおよそ十発近くも撃ち込まれ、刺さったままだった。

それ自体は毛が刺したほどにも感じないのだが、結界の内側にいる本人は爆発をまともに食らって大きく怯んでしまう。

ルイズ達はその間にシルフィードに乗り込むが、スパーダだけはその場に立ち尽くす。

 

「おのれえええぇぇっ!!」

怒り狂った絶叫と共に結界を消したジョガトグゥルムの触手達は、屋根の上に残るスパーダ目掛けて四方から牙を剥いて迫ってくる。

だがスパーダの姿は残像を残して掻き消えていた。

触手は虚しく空を切るのみだった。

「このお化けスキュラ! あんたなんかにスパーダがやられるもんですか!」

ジョガトグゥルムから距離を取りつつ旋回するシルフィードの上で、ルイズは啖呵を切っていた。

隣には転移してきたスパーダが姿を現し、レヴェナントを構える。

ルイズもケブーリーを両手で構え、スパーダに合わせて敵の背にニードル弾を放っていった。

 

 

ドクドクと無数の血管が脈打つ禍々しい岩窟は、魔帝ムンドゥスが支配する領域だ。

魔帝の腹心達は主が控える玉座の間より少し手前の広間にて集まっている。

 

四体の悪魔達は仮初めの姿を解き、各々が真の悪魔としての異形を晒していた。

 

肉壁で蠢く大きな金色の眼球の瞳孔が大きく広がり、その中に別の風景が映り込んでいた。

飛竜の上に立つ魔剣士スパーダ……かつての同胞にして逆賊は銃を手にして発砲を続けている。

「マキャヴェリの奴め……余計なものをスパーダに与えおって」

突き出た岩の上に止まる巨鳥が呻く。

「落とし前でもつけるとするか?」

「だが奴の居場所が分からんのではな……」

煮えたぎる溶岩を撒き散らす巨蜘蛛・ファントムは巨鳥・グリフォンの返しに憮然とする。

実の所、マキャヴェリを始末するべきか否かは魔帝ムンドゥスですら決断はついていない。

何しろマキャヴェリの協力のおかげで、魔帝の勢力は新たな戦力を整えることができたのだから。

その高度な技術力は正直な話、失うには惜しすぎる。

人間に特別肩入れをしているのでもない、微妙な立場がスパーダのように粛清の対象にはならなかったのである。

「良いではないか。スパーダのおかげで、我らがわざわざ出向いて奴らを屠る手間が省ける」

無数の尾を揺らす漆黒の猛獣はニヤリと口元を裂けさせて笑った。

 

「だがそろそろ、頃合いかもしれぬな。共倒れなど期待するだけ無意味であろう」

スパーダを泳がせて覇王アルゴサクスの勢力の戦力を削り取る目論みは概ね上手くいっている。

既に三体の腹心がいなくなり、残る腹心は四体。自分達と互角だった。

だが、アルゴサクスの腹心達にスパーダを始末させることなど不可能であることは明白だった。

魔剣士スパーダの実力は、何よりも彼ら自身がよく理解しているのだから。

「奴を仕留めるのは……」

「魔帝の新たなる右腕か」

三体の腹心達は腕を組んで立ち尽くしたまま沈黙を続ける黒金の騎士を見やる。

魔帝が新たに作った精鋭を率いる黒騎士の筆頭。

彼らが纏うその鎧こそ、マキャヴェリが生み出したものだった。

スパーダに対抗するため、魔帝が直々に依頼をした特注品。

足取りが掴めないマキャヴェリを数百年がかりで探し当て、心血を注いで完成させた新たな戦力はアルゴサクスの精鋭達を単騎で屠ることも可能だろう。

だが、この黒騎士は派閥争いではなく、憎きスパーダへの復讐に用いる腹積もりだった。

その時が訪れるまでは入念に己の力を鍛えさせ、ひたすらに高め続けているのである。

 

「奴の弟子どもはどうする?」

「我が主の黒騎士団の素材としては申し分ないのだがな……」

「うむ。精霊界の妖魔の残りカスなど比較にならん」

その弟子の一人はスパーダがねぐらにしている場所に留まっているのは知っていた。

結果的にスパーダに組するのであれば、スパーダが従える他の上級悪魔達もろともいずれは葬る必要がある。

どこにも属する気がない以上、危険な存在であることには違いなかった。

 

「他に我らの新たな同志に加わりそうな者はおらぬのか?」

「駄目だな。氷蛙魔(バエルとダゴン)は数だけが取り柄で大した力はない。ゴリアテやマルファスは我が強すぎる。エキドナなど論外だ」

ファントムに一蹴されてグリフォンは低く呻いた。

「近頃、炎獄で力を蓄えつつある新参者がいるそうだが……」

「奴も駄目だ。ムンドゥス様が直々に見限った」

闇の猛獣・シャドウの提言に今度はグリフォンが首を横に振る。

 

――人間ごときに後れを取るような奴など、魔界には必要ない。

 

実力的には申し分ない炎獄の新興勢力を見限った魔帝ムンドゥスはそう吐き捨てている。

覇王アルゴサクスの元に腹心達が集まるのと同じように、ムンドゥスの側でも実力ある上級悪魔を戦力として加える計画は以前よりあった。

だが、どいつもこいつも同志に加えるには難のある者達ばかりだ。

この一千年の間に新たな腹心として加わったのは、影獣一族の中で一際高い力を身に着け、その筆頭となったシャドウのみだった。

 

「ところで、スパーダの奴は人間どもに入れ知恵をしているらしいな」

「また目障りなことになりはせんだろうな」

「人間どもが悪あがきをしたおかげで、我らはスパーダに足元をすくわれたからな。その時と同じことがあってはならん」

シャドウ自身はかつてのスパーダが反逆した時期の生き証人ではない。

だが、残る二体はその時のことをよく知っている。

 

この1800年近くもの間、人間界でもスパーダは世界を渡り歩きながら、影で人間達を援助していた。

そのためか、人間達はかつての時代より自分達悪魔に抵抗する力を身に着けつつある。

「あの精霊界の人間どもは、スパーダの奴を煙たがってはいるがな……」

「それでも奴を憎悪するほどでもない」

人間界の人間達とは異なる力を古くから身に着けている者達は、意外と厄介な存在ではあった。

精霊の力に頼ることしか能のない連中と違い、自分達悪魔に抵抗することができるのは正直言って鬱陶しいだけである。

そんな連中に、スパーダが入れ知恵をしたとあっては、面倒なことになりかねない。

 

『ならば、奴らにスパーダを強く憎ませてやれば良い』

突如響いた別の声に三体は後を振り向く。

薄暗い空間の中、赤い三つの光が灯っている。

知らぬ間に自分達の主が足を運んでいたことに、腹心達は各々が目を伏せて黙礼する。

『エスターシュのような小人(しょうじん)など、あの世界にはいくらでもいる』

30年も前、魔帝の実験のために騒乱を起こしたのと同じように、争いの火種となり得るような人間はごまんといることを彼らは知っていた。

何も、エスターシュのように野心を燻ぶらせるような者でなくとも構わない。

『せいぜい奴らにスパーダの足を引っ張ってもらうとしよう』

嫉妬、恨み、憎悪、恐怖――スパーダに対して負の感情と悪意を抱く陰険で姑息な人間は彼の周りに大勢いる。

それを煽ってやれば、人間界では英雄呼ばわりされるスパーダもあの世界では恐怖の存在でしかなくなるのだ。

砂漠のエルフと同じく、暗い負の感情を燻ぶらせるような者達こそ、悪魔達の駒に最適なのである。





※このエピソードで使用している『ケブーリー』はdmcデビルメイクライに登場した物とは外見と性能はほぼ別物です。
爆発する矢を撃つという所だけ同じで、見た目はバイオハザード3(PS)に登場したマインスロアーをクラシックな外見にしたようなイメージとなっています。
起爆の種類が複数あるという設定です。

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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