魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 74 <ラグドリアンに眠る者-Parastic Evil> 後編

 

無数の巨大な触手が猛烈な勢いでうねりながら伸び、シルフィードに追い縋ってくる。

「きゅい、きゅい、きゅい、きゅいーっ!」

シルフィードは翼を思いきり羽ばたかせて死に物狂いで振り切ろうとした。

触手は顎を開き、鋭い牙を剥き出しにしている。追いつかれればあっという間に噛み砕かれてしまうだろう。

「いつになったら出てくんのよ!」

レヴェナントの射撃を続けるスパーダにしがみつきながらルイズは叫ぶ。

「さあね!」

キュルケはタバサと共に魔法を放ちながら牽制を続けていた。

レヴェナントの散弾、タバサのウィンド・ブレイク、キュルケのファイヤーボール、さらにはガンダールヴの魔人が振るう剣が触手を寄せ付けない。

 

ジョガトグゥルムの本体は水中深くへと潜ってしまい、スパーダ達には手出しができない。

この触手は本体とは独立した存在であり、本体が健在な限りいくらでも再生を続けてしまう。

現にガンダールヴの魔人は何度もその太い触手を剣で断ち割っているのだが、すぐに新しく生えてきてしまうのだ。

こんなものをいくら相手にしていてもキリがない。

 

「きゅいっ!?」

突如、目の前の水面が大きく噴き上がった。

巨大な水柱は瞬く間に左右へと広がり、急停止したシルフィードを包み込んでいく。

20メイルもの高さに噴き上がったまま収まることなく、逃げ場を封じる壁と成したのだ。

「死ねえぇいっ!!」

激流の壁の中から、高く蛇体を伸ばしたジョガトグゥルムの本体が飛び出てくる。

その口からは大量の瘴気の煙が猛烈な勢いで吐き出されていた。

水流の檻の中を覆い尽くすように広がる瘴気は、頭上からシルフィードを飲み込もうとする。

後ろは触手に阻まれ、退路を断たれている。逃げることは不可能だ。

 

「きゅいーーーーっ!!」

「おおっと! させるかよ!」

デルフが啖呵を切ると共に、ガンダールヴの魔人は左手に握る大剣を頭上にかざした。

すると、シルフィードの周りを青白い光を帯びた球状の薄い膜が包み込んでいた。

湖上に立ち込めていたものよりもさらに毒々しい(こき)に満ちた瘴気は、ガンダールヴの魔力で作られた障壁に阻まれていた。

「うおっ……こりゃすげえ力だ……! 圧し潰されちまいそうだぜ……!」

ルイズ達三人の少女は顔を強張らせて周りを見渡す。

ガンダールヴの結界のすぐ外側は、濃霧のような瘴気のおかげで全く何も見えない。

高密度の瘴気の真っ只中にこのままい続ければ、いつか圧し潰されてしまう。

かと言って結界を解くことなどできないし、身動きすら取れない。

 

「ど、どうすんのよ?」

「お前の出番だ。ルイズ」

戸惑うルイズにスパーダは冷静なままに促しだす。

「覚えたてのアレをやっちまいな!」

デルフにも指摘されてルイズはハッとした。

ケブーリーを膝の上に置くと始祖の祈祷書を取り出し、大急ぎでパラパラと捲っていく。

目当てのページを見つけると杖を構え、呪文を唱え始める。

そう。つい先日新たに身に着けた虚無の魔法だ。

 

「――テレポート!」

最初に唱えた時より遥かに短い詠唱で、ルイズは杖を振り下ろす。

シルフィードの眼前には光り輝くゲートが現れた。この瘴気の中から無傷で脱出できる、唯一の逃げ道だ。行先も決まっている。

「行って」

「きゅ、きゅいっ!」

タバサの指示にシルフィードは慌てふためきながらも一気にゲートに飛び込んでいった。

 

「……何っ!?」

瘴気の中から気配が消滅したことにジョガトグゥルムは困惑する。

結界は紙のように砕いて圧し潰したのに、その中にいたはずの者達は影も形もない。

 

――ドォンッ!! ドォンッ!!

 

二発の轟音が湖上に轟いた。

ジョガトグゥルムの蛇体に二つの異なる強烈な衝撃が襲い掛かる。

さらに渦に包まれた炎の帯までもが飛んできて、ジョガトグゥルムの体を焼いたのだ。

見上げれば、そこにはたった今まで瘴気の中にいたはずの竜が翼を広げていた。

「き……貴様ら……」

シルフィードから身を乗り出し杖を重ねるタバサとキュルケ、スパーダと共に立ち上がりケブーリーの銃口を向けるルイズの姿がそこにあった。

ガンダールヴの魔人もルイズの背後でスパイラルを構えていた。

 

憎々し気にジョガトグゥルムは呻く。怒りと屈辱に顔を歪めて自分を見下ろす敵を睨みつけていた。

「ええい……人間ごときが小細工を……邪魔立てしおって……!」

「貴様が邪魔だ。美景をそこねる」

これ以上、瘴気を撒き散らされては湖が穢されるだけだ。

スパーダは冷然と言い放ち、肩に担いでいたレヴェナントを突き付けた。

その銃口には赤いオーラが雷光を弾けさせながら纏わりついていく。

 

――ドォンッ!! 

 

再び轟音が轟く。

先程は散弾だったが、今度は大口径そのままのスラッグ弾が発射される。

普通のショットガンでは数十メイルも標的との距離が開けば、散弾だろうとスラッグ弾だろうと大きく威力が減衰してしまう。

だが、デビルハーツが組み込まれているこのレヴェナントは違う。

フレームを兼ねた外部バレルの内側には、内部バレルを包むように三つの加工されたデビルハーツが組み込まれている。

発射された弾丸はそれらデビルハーツの影響を受け、より強化されて射出されるのだ。

 

まず、オフェンスハートが純粋に発射弾の圧力を増強する。

次にクイックハートが発射弾をより速く加速させる。

最後にエリアルハートが弾丸に鋭い回転運動を加え、さらに空気抵抗を相殺する推進力までも付与させる。

威力・弾速・安定性――これらが強化されて発射された弾丸は、発砲時の強大な破壊力をほぼ落とすことなく、離れた敵にも効果的なダメージを与えることができるのだ。

 

さらに、今度は溜めた魔力を弾丸に注ぎ込んだため、命中すれば相当なダメージが期待できるはずだった。

「――フンッ!!」

だが、ジョガトグゥルムの周りに再び球状の結界が広がった。

弾丸は結界に阻まれてしまい、相手に届かない。

ジョガトグゥルムは勝ち誇ったように笑っていた。

 

「無駄だ……! これ以上、我を傷つけることは――」

言い終わらない内にジョガトグゥルムの胸元が爆ぜた。

爆風に包まれ、瞬く間に姿が見えなくなる。

「おお、派手にいったじゃねえか」

「どんなものよ!」

ルイズは自信満々に胸を張った。

先程の斉射と一緒にルイズもケブーリーから何発もニードル弾を撃っていた。

実の所、初めて使う武器をすんなり使いこなせる訳もない。

ニードル弾には爆破の種類の他、標的をある程度追尾してくれる効果も付与させることができるようになっている。

なので、適当に撃ってもニードル弾は自ら軌道を変えてジョガトグゥルムに向かってくれるのだ。

 

ジョガトグゥルムに撃ち込まれた無数のニードル弾は、小さな音を小刻みに鳴らしながら黄色い光を点滅させていた。

怒りと屈辱で頭に血が昇り、自らの体に埋め込まれていた小さな針の存在に気付かなかったのだ。

それ自体は銃弾と違って蚊が刺したほどにも感じないのだから。

「お……おの……れ……」

時限式で起爆したニードル弾の爆破に、ジョガトグゥルムは蛇体をぐったりとさせて弱り切っていた。

結界を張り巡らす力も無く、瞬く間に消え去っていく。

 

満身創痍の敵に、ガンダールヴの魔人はスパイラルを構える。

「ほらよ! もう一発喰らいな!」

スパーダのレヴェナントと共に、重厚な轟音を響かせた。

レヴェナントよりさらに大口径の弾丸は、ジョガトグゥルムの顔面を貫き――爆ぜた。

通常装填されているのは79口径(20ミリ)の装甲貫通弾だが、別の弾丸に切り替えて撃つこともできる――添付されていた仕様書にはそう記されていた。

その一つが、たった今放った爆裂徹甲弾だった。

弾丸の破壊力と貫通力もさることながら、爆発までもまともに受けたジョガトグゥルムは顔面が消失している。

 

レヴェナントのスラッグ弾も腹に直撃し、見るも無残な有り様となっていた。

魔力をより多く充填されて強化されたその威力はまさに致命的(リーサル)な一撃を与えたのである。

蛇体は崩れ落ち、自らが撒き散らした瘴気の中へと沈んでいく。

「やった! やったわ!」

ケブーリーを抱えて、ルイズははしゃぎながらその場で跳ねていた。

隣ではスパーダが手にするレヴェナントをまじまじと眺めている。

「Good job.(いい出来だな)」

満足げに呟き、新たな愛銃を懐へと収めた。

 

 

旧オルレアン公の屋敷に近い水辺はまだ瘴気に侵されてはいなかった。

岸辺に降り立った一行の前には、透き通った液体の塊が水面の上に浮かんでいる。

「高潔なる魔の眷族と単なる者達よ。再びこの地を脅かす者達を屠り、感謝する」

水の精霊はよく響く澄んだ声を発していた。

「お前さん、ずいぶん縮んじまったなぁ……」

デルフが溜め息をつくほど、水の精霊の体は以前出会った時より遥かに小さくなっていた。

前はスパーダも見上げるほどだったというのに、今はそのスパーダより一回り程度の大きさになってしまっている。

魔界の毒と瘴気に晒されては自らの体の一部を切り離し続ければ、小さくなってしまうのも当然だ。

「これしきであれば、いずれ我の水は元に戻る。……だが、お前達が奴を屠ってくれなければ我もいずれ滅ぼされていたであろう」

精霊は心からスパーダ達に感謝していた。

自分の生命を脅かしたのは悪魔なのに、それを救ったのもまた悪魔というのは実に皮肉というべきだろうか。

 

「ところで、お前達は何故ここにいる」

話題を切り替え、精霊はスパーダ達に問いただしてくる。

早速、スパーダはこの地を訪れた本題に入ることにした。

「アンドバリの指輪が見つかった。ある男がクロムウェルから取り返して今、それを預かっている」

精霊の体が僅かに光を発して明滅しだす。

驚いているのか、喜んでいるのか、とにかく落ち着かない様子のようだ。

「お前と直接会って返したいそうだが、ここには連れて来られん。だから、お前を連れてくるように頼まれた」

実の所、ジョゼフが直接指輪を渡してくれれば済んでいたのだ。

ひょっとしたら、あの男はあえて放置して水の精霊が悪魔に滅ぼされるのを期待していたのかもしれない。

持ち主がいなくなれば、もうあの指輪は誰の物でもなくなるのだから。

「我が、この地を離れると?」

「どの道、しばらくここにはいられんだろう。湖を元に戻すのは後回しだな」

ラグドリアン湖は至る場所が魔界の毒と瘴気で穢されてしまった。

それらを浄化することは不可能ではないが湖の規模から手間がかかるし、精霊の力だけではできないだろう。

その手段を身に着けさせるには、結局はこの地から一時離れなければならないのだ。

悪魔達を寄せ付けないように結界を作る準備もいる。

 

精霊の体は緩やかに明滅しながら、膨らんだり縮んだりするのを繰り返していた。どうやら迷っているらしい。

一分ほど沈黙を続けていた精霊だったが、ようやく言葉を発しだした。

「分かった。お前達と共に行くとしよう」

ルイズ達は感嘆と唸っていた。

ラグドリアン湖の主が棲み処から離れるなんて、滅多にあることではない。

いや、普通は離れられないからこそ、湖のかさを増やして自分のテリトリーを広げていたのだ。

 

「だが、しばし待たれよ。この地を離れる前にやらねばならぬことがある」

そう言うなり、精霊は水の中へと潜っていってしまった。

数分、数十分……ついには一時間経っても水の精霊は一向に現れない。

タバサは座り込んでいるシルフィードの背に乗ったまま、退屈そうに本に目を通していた。

「何やってんのよ、一体……」

ルイズはつま先を上下に動かしたまま苛ついていた。

「水の底で新しい悪魔に襲われてるんじゃないでしょうね?」

「それはないな。こちらに近づいてきている。用は済んだらしい」

首を竦めるキュルケを余所に、スパーダは懐から球状のガラス瓶を取り出していた。

魔除けの聖水が満たされていたものだが、今は空になっている。

 

「あ……」

やがて水面の一角が光りだし、小さな水柱が盛り上がりだす。

岸辺に近づいてきた水柱だが、その中には異様な影が浮かんでいた。

陸に上がり、細長い柱状の水塊となった精霊は自らが包んでいるものをゆっくりと外に出して地面に置く。

「何これ?」

ルイズもキュルケも、そしてタバサですら目の前に置かれたものに目を丸くした。

精霊が持ってきたのは、キュルケほどの大きさをした石の塊……そう、石像だった。

ただの石像ではない。人の形をした極めて精巧にできた石膏像といった感じだ。

 

(何で、こんなのが……)

まじまじとルイズは石膏像を見つめていた。

傷も汚れも一切見られず、よく磨き上げられている。

生まれたままの姿を曝け出す女性の姿をした彫像は、思わず見惚れてしまうくらいに美しいと思えるほどだった。

すらりとした長身をした彼女は、顔の前に何かを抱きかかえてそれに頬を寄せて眠っているようだった。

と、彫像の顔を覗いていたルイズはあることに気付いてハッとする。

 

「……エルフ?」

「みたいね……これって……」

キュルケも頷いて怪訝そうにしていた。

肩まで伸ばした髪から覗けるその長く尖った耳。

紛れもなく、それはハルケギニアで恐れられるはずのエルフの証そのものだった。

 

「我に秘宝・アンドバリの指輪を託し、永き時を共に過ごした友だ」

精霊はスパーダがかざす瓶の中に体の一部を入れている最中だった。

「きゅい、きゅいー! 精霊の力で固まってるのね!」

シルフィードまでもが驚いて声を張り上げてしまう。

「その話は後でじっくり聞かせてもらおう。ひとまずこれで包め」

スパーダはスパイラルの包みを差し出すと、タバサがそれを受け取った。

黙々と杖を振り、包みを浮かべると彫像に器用に被せていった。

 

――サ、サーシャ……。

 

デルフは声も発さないままに唖然としていた。

その当惑の呟きはルイズとスパーダにしか聞こえない。

(そういえば、あのエルフ……)

この彫像の顔に、ルイズは見覚えがあった。

デルフがスパーダの手で新たに身に着けた能力……ガンダールヴの魔人。

サーシャと呼んでいるエルフは、かつて魔剣であったデルフリンガーを作った人物で初代ガンダールヴだったという。

その魔人と彫像は全く同じ顔をしていたのだ。

「もう行くぞ」

魔人と瓜二つの彫像が入った包みをスパーダは難なく持ち上げて肩に担いでいた。

 

 

ちょうどスパーダ達がいるガリア領の反対側――トリステイン領の湖畔に彼は佇んでいた。

金髪の神官は純白の風竜の傍らで静かに瞑目を続けている。

「ふーん。そんな所にいたんだ……」

ジュリオ・チェザーレのまぶたの裏には全く別の光景が浮かんでいる。

彼が連れてきた一羽のフクロウは、この広大な湖を挟んだ遥か先の湖畔にいる。

そのフクロウの視界と聴覚は、ジュリオにも届いていた。

ラグドリアン湖の精霊を連れ、風竜に乗り込んだ一行はちょうど空に舞い上がった所だ。

 

「6000年もの間……あんな水の底に隠れていたとはね……」

おかしそうに失笑するジュリオだが、その脳裏には声が響く。

 

――さあて、どうする? ジュリオちゃん。おたくらが崇めている偉大な始祖サマ、今からでも取り返しに行くかい?

 

おどけた声にジュリオは静かに目を開けると、苦笑しだした。

「……いいや。しばらくは彼に任せることにするよ。あの封印を解くには、僕達じゃ骨が折れそうだからね」

 

――あ、そう。じゃあ、ひとまずご主人様に報告しに帰るとするかい?

 

「大収穫だからね。聖下もきっと喜んでくださるよ」

颯爽とジュリオはアズーロに乗り込み、ラグドリアン湖を後にした。

 

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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