魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Secret Mission <魔剣士の休日>

 

王都トリスタニアの街は、その日もいつもと変わらぬのどかな時間が流れていた。

昼過ぎのブルドンネ街の大通りでは露店や屋台が軒を連ねており、客の呼び込みや値段交渉の声が絶えず続けられている。

食料や日用品はもちろんのこと、宝石商といった面々まで様々な種類の店が出ている。

そんな活気に溢れた表通りとは裏腹に、日の当たらぬ裏路地は相変わらず掃き溜めのように汚く、治安も行き届いていない。

「ひっ……」

裏通りに巣食う一人のチンピラに突きつけられた、妖しい光を放つ細身の刀身。

3メイルも幅がないほどに狭い路地には、五人のチンピラ達が無様に倒れ伏して重なり合い、呻き声を上げていた。

チンピラがへなへなと力なく尻餅をつくと、スパーダはその横を無言のまま通り過ぎながら閻魔刀を納刀し去っていく。

 

 

この日の午後、スパーダはたった一人でトリスタニアの町を訪れていた。

デルフリンガーをレンタルした武器屋の店主との約束を果たすためである。

ルイズはもちろん、今日は授業があるので同行はしていない。

午後の授業の合間までにギーシュの剣術の特訓に付き合っていたので、それが終わってから学院の馬を借りてトリスタニアまで来たのである。

 

スパーダは路地を歩きながら懐から取り出した、握り拳大の皮袋を手の上で弄ぶ。

動かしたり、手の上で弾ませてやると中でジャラジャラと音がする。

今朝、フーケ討伐の狂言によって得ることとなった18000エキューの報酬が学院へと届けられていた。

本来は30000であったはずの報酬が減りはしたものの、あまりの大金に公爵家のルイズでも羨ましそうにしていた。

多くの生徒達も貴族の子女とはいえ書生の身であるし、実家が様々な事情で領地の経営や屋敷の維持だけで苦しいのがほとんどであるらしく、スパーダが手に入れた金は喉から手が出るほどに魅力的だったようだ。

当然、スパーダはこれらの資金は恵んでやる気はないし、奢る気もない。

だがルイズにはデルフをレンタルした時に50エキューの金を出してくれたため、それだけはきっちりと返済していた。

スパーダはこの大金を学院の宝物庫で保管してもらうように頼み、とりあえず500エキューだけを持参している。

ただ、今はそれに加えてさらに100エキューほどの資金が手元にあった。

先日訪れた秘薬屋で買い取ってもらったスパーダ自前のマジックアイテムがそれなりの値段で売れたのである。

 

「やや! これはこれは旦那様!」

先日も訪れた武器屋へ入ると店主が先日と同じようにカウンターでパイプを咥えていたが、スパーダが入ってくるなり態度を一変させだす。

背負っていたデルフリンガーを手にすると、カウンターの上に横たえる。

店主はあの憎たらしいデルフリンガーが今まで見たのと全く違う姿となっていることに驚き、目を丸くしている。

「あのぅ……これは一体?」

先日まで錆びていて、貧相な剣であったはずが、今ここにあるのは新品同然に磨き上げられたものとなっているのだ。

わざわざスパーダが磨いてくれたのだろうか?

 

「残念だが、こいつは嘘つきだったな。魔法など吸収もしてくれなかった」

「はは……やはりそうでしたか。まったく、インテリジェンスソードのくせに大ボラなんか吹きやがって……。やい、デル公! あんなホラを吹きやがって! お客様を騙すたあ、どういうわけだ!」

怒鳴りつけるも、目の前にある剣は何も言葉を発さない。

いつもなら憎まれ口を叩くはずの厄介者が何も言わないことに、店主は怪訝そうにする。

「何とか言ったらどうだ!?」

「そいつはもう何も話さんぞ。絶対に喋らないようにさせたからな」

「え? そ、そうなんですかい……? おい、デルフ。何とか言えよ」

無駄だと言ったのに、店主は沈黙を続ける剣に語りかけるも、やはり喋らない。

「そいつはこれから、普通の剣として売ることだな」

何故か残念そうに溜め息をつく店主に対し、スパーダは大量のエキュー金貨をカウンターに置いていた。

「……へ? だ、旦那様これは?」

突然、自分の前に置かれた大金に店主は唖然とする。

「最新の銃を二丁もらう。それと、そこの篭手も一つもらうぞ」

スパーダが指したのは、カウンター横に置いてあった左手の前腕部と指先を覆う銀色の篭手だった。値段は40エキューである。

「……へへっ! こいつぁどうも! 毎度ありぃ!」

大金を前にしてすっかり元気を取り戻した店主は先日スパーダに見せてきたゲルマニア製最新式の短銃を二丁持ってきていた。

スパーダは銃を受け取り、篭手を手にするとひとまずそれらを懐に押し込む。

用が済んだとばかりに店を後にしようとすると、店主は躊躇いがちに話しかけてくる。

「あの……ところでこいつ、本当にもう喋らないんですかい?」

店主は物言わぬデルフリンガーのことがまだ気になっていたようだ。

「厄介払いになったようで良いだろう」

新品の姿となったデルフリンガーを見つめながら、店主は大きく溜め息をついていた。

いつも憎まれ口ばかり叩き、喧嘩をしていたとはいえやはりデルフには愛着があったようだ。

……もっとも、あの剣はもはや〝デルフリンガー〟ですらない。ただの新品の大振りな剣だ。

 

ふと、スパーダが店を出て行こうとした時、店内に一人の客が入ってきた。

短く切った金髪の下、澄み切った青い瞳が印象的な女だった。

だが、その顔つきは女とは思えぬほどに凛々しさと厳しさに満ちており、男を寄せつけぬような苛烈さが溢れている。

所々が板金で保護された鎖帷子に身を包み、その腰に剣を携えた姿は紛れもなく戦士だ。

女はスパーダに目も暮れず真っ直ぐに歩き、店主のいるカウンターの前までやってくる。

「例の物は届いているか?」

「……ん? あ、ああ。お前さんかい。確かにあれは預かってるよ。ちょっと待ちな」

そう言うと、店主はカウンターの奥へと消えていく。

(何だ?)

しばらくして姿を現した店主はカウンターの上にゴトリと音を立て、その鉄の塊を置いていた。

それは紛れもなく銃と呼べる代物だった。先ほどスパーダが手に入れた短銃よりも二回りも大きいのだが、銃口と銃身は太く重厚さがある。

店主はさらにカウンターの上に六つの手乗りサイズの流線形のドングリのようなものを並べていた。

「こいつがそれの弾だ。大事にしてくれよ。取り寄せるのも骨が折れるんだ」

「ああ」

女はその弾丸……もはや小さな砲弾とも言うべきそれを皮袋の中に入れ、革帯で銃を肩に吊るすとカウンターに金の入った袋を置き、踵を返して店を後にしていく。

スパーダは興味深そうに腕を組みながらずっと女を見ていたが、当の本人はスパーダなど眼中にない様子であった。

(この世界にもあんな女がいるのか)

女戦士というのは人間界でも割と珍しい存在であったが、この異世界にもそのような存在があることに感嘆とする。

 

 

表通りのブルドンネ街とは別の裏通り、チクトンネ街は無数の酒場や賭博場などが存在する場所だった。

平民が多く通るブルドンネ街とは異なり、こちらは貴族の姿がちらほらと見かけられる。

ブルドンネ街が昼に賑わう街であるなら、こちらは夜に賑わう街なのだろう。昼過ぎの今、ほとんどの店がまだ開店前であり、少数の小さな酒場が細々と店を開いているのみである。

せっかく外出の許可が出ているので、スパーダはすぐには帰らずその寂れた裏通りの中を適当に歩き回っていた。

「とほほ……俺様、こんな変わり果てた姿になっちまって……」

左手には先ほど買った篭手を装備しているが、あのデルフリンガーの落ち込んだ声が聞こえてきた。

「剣に用はない」

デルフの本体はあの剣ではなく、剣に宿っている魂だということを知ったスパーダは自分が使いやすい剣以外の魂が宿る器としてこの篭手を選んでいた。

あの綺麗になった剣であるが、先日フーケの討伐から帰ってきた時に自分の気を惹くためか、〝本来の姿〟とやらに戻って必死に売り込んできたのだ。もちろん、そんなことをしても剣のデルフにはこれ以上の興味はない。

店を出た後、自分の魔力の一部として取り込んでいたデルフの魂を早速、この篭手に宿らせたのである。

デルフはかなり不満であるらしいが、得物の剣は既に二振りがあるので必要ない。ならば、能力を存分に発揮できるこの篭手が一番器としては相応しかった。

だが、これだけではまだまだ実戦に使うべきではない。

元々、デルフが一度に吸収できる魔力には限度があるようで、それを超えてしまえば器が壊れてしまう。

そのため、魔法学院に戻ったら時空神像を使って錬成を行わなければならない。

それに吸収するだけでは駄目だ。もっと別の能力も付加させなければ。

「出番がある時はちゃんと使ってやる。安心しろ」

「せめて剣として使ってくれよう。……ちくしょう。閻魔刀にリベリオンの野郎……俺だっててめえらに負けない伝説の剣だったってぇのに……」

さめざめと泣き出すデルフだが、スパーダは意に介さない。

「……こんな安物の篭手は居心地が悪いぜ。なあ、相棒の持ってるその閻魔刀にでも……ぐえっ!」

左手を壁に思い切り叩き付け、軽く陥没させるとデルフが呻き声を上げた。

人通りは少ないが、道行く人はスパーダに驚いたように視線を向ける。

余計な口を叩く篭手のデルフを魔力へと変え、自らの体内に内包して黙らせてやった。

 

 

 

 

日がだいぶ暮れてきた頃、スパーダはチクトンネ街を未だうろついていた。

開店間際の一件の大きな酒場兼宿場の前でスパーダは腕を組みながら、店前に立てられた看板をじっと見つめていた。

 

『新しいデザートが入りました。ぜひ、お召し上がりを。 魅惑の妖精亭』

 

その看板に描かれている絵に、スパーダは注目していた。

恐らく新しいデザートなのであろうそれは、紛れもなくスパーダが人間界で口にした〝アイスクリーム〟とよく似ていた。

せっかくなので、この世界のアイスクリームがどのような味なのかを少し確かめようと考えたのである。

「さあ、開店よ!」

店の中から聞こえてきた豪快で威勢の良い、だが何故かオカマのような口調をした男の声と共に店の羽扉が開きだし、いつの間にか集まっていたスパーダ同様に開店を待ちきれなかった客達がなだれ込んでいったのだ。

スパーダはずっと看板を眺めていたので、その客達の最後尾となって酒場へと足を踏み入れた。

(変わった店だ)

一見、ただの酒場なのかと思われたが、給仕をしている可憐な少女達は全員際どいビスチェを身につけて、料理やら酒やらを運んで仕事をしているという何とも変わった光景であった。

だが、客達(男が多い)はみんな少女達の接客に満足している様子だった。

変わっているのは際どい身なりだけで接客はしっかりとしている。

 

「いらっしゃいませぇ! あら、お初でございますね! しかも貴族の旦那様とは珍しい!」

スパーダの元にやってきたのは、胸毛が生えた胸元が開いた紫の革の胴着を身につけている、背の高いたくましい筋肉質な体格の男だった。

先ほどのオカマの声の主はこの男のようだ。

「わたくしは店長のスカロンでございます。今日はぜひとも、当店〝魅惑の妖精亭〟で楽しんでいってくださいませ!」

こんな異世界でもこのような滑稽な人間が存在するとは、さすがのスパーダも呆気に取られてしまう。

「……新しくできたデザートがあると聞いている」

「まあ! 旦那様、お目が高い! 当店お勧めのデザート、〝ストロベリーサンデー〟を所望でございますね! では、まずはお席へごあんなぁい!」

(アイスではないのか?)

スカロンに案内され、店の真ん中のテーブルにつくスパーダ。

店の隅に設けられた人形達が派手な音楽を演奏し続けており、店内の賑やかさに拍車をかけている。

しばらくするとスパーダの座るテーブルに、長いストレートの黒髪をした給仕の少女が盆を手に近づいてきた。

(……ん?)

「お待ちどお様ぁ!」

テーブルの上にグラスが置かれ、その上にはホイップやイチゴの果肉、シロップでトッピングされているという、何とも派手なアイスクリームだった。

一瞬、怪訝そうな顔をしていたスパーダはスプーンを手にして最初の一口を口に運ぶ。

 

 

美味い。

 

 

今まで人間界で色々な店のアイスクリームを食してきたが、これはその中でも上位に昇る美味さだ。

少々味は濃いものの、一口食べればまた一口、さらにもう一口と手が動いていく。

スパーダはじっくりとこの異世界のアイスクリーム……ストロベリーサンデーとやらを味わっていた。

「どお? 新しいデザートは気に入ってくれた?」

サンデーを持ってきた給仕の少女が、スパーダと向かいの席に座って興味深そうにこちらを見てきていた。

「悪くはない」

少女を見つめるスパーダは軽く嘆息して答える。

彼女から微かに感じられるその見覚えのある気配は、魔法学院でも感じたものだった。

「あなた、ゲルマニアの人? あそこって平民でもお金さえあれば貴族になれるらしいけど」

彼女はじっとスパーダの全身に視線をなめるように這わせだし、腰にある閻魔刀に注目していた。

スパーダの風体から平民出身の貴族だと認識したらしい。

「いや、もっと遠くからだ。……そうだな、東方から来たとでも言っておこう」

ハルケギニアよりも遥か東の土地、エルフが住まう砂漠よりも東方をロバ・アル・カリイエというらしい。

時々、そちらからここにも色々な物が商人の手によって流れ込んで来たりするそうだが、どのような土地なのかは分からないそうだ。

「東方? ふ~ん……あんな遠い所からわざわざここに? 東方の貴族ってこっちの貴族なんかよりも全然感じが良いんだね」

作り話を信じているかは分からないが、彼女はじろじろと見つめつつ唸りだす。

表面上は貴族とはいえ、そんなことなど気にしない気さくな態度で接客を続けている。

 

「あたし、ジェシカっていうの。あなたのお名前は?」

「スパーダだ。……仕事に戻らなくても良いのか」

「ああ、良いのよ。これもお仕事なんだから。それに、あたしスカロンの娘だもん」

スパーダはスプーンを手にする手を止め、店内で威勢よく働いているスカロンと彼女を見比べた。

確かにじっくり観察すると、この二人が血縁者であることが見て取れる。

集中してみると娘よりは弱いが、スカロンからも同じ気配を感じ取ることができた。

「でも、そんなことは良いの。あなたが食べてるそれ、あたしが作ったのよ。開店前からずっと店の外で待ってたみたいだけど、そのデザート好きなんだ」

「まあな。……どこで作り方を覚えた?」

「本当はあたしの従姉妹が教えてくれたんだけどね。その子、今はトリステインの魔法学院で働いてるのよ」

 

ジェシカが発したその言葉に、スパーダは目を細めて再び手を止める。

従姉妹が魔法学院で働いている。

彼女から微かに発せられる見知った悪魔の気配。それと同様の気配を持つ人間は、ただ一人。

「シエスタのことか」

「あれ? あの子のこと知ってるの。あなた、魔法学院の人?」

「そのようなものだ」

なるほど。シエスタの従姉妹であるならば、この悪魔の気配は納得ができる。

まだ覚醒はしていないようだが、確実にこの娘にもブラッドの悪魔の血が受け継がれているのだ。

それにしてもシエスタはやや控えめといった感じの田舎娘な印象に対し、従姉妹のジェシカは町娘という言葉が似合う快活さだ。

「あの子、元気にしてる? この間、モットっていう貴族の屋敷に奉仕しに行ったって噂を聞いてるんだけど。モット伯ってあまり良い噂を聞かないからさ……心配だったのよ。この間だって、賊に入り込まれて殺されたって聞くし」

「案ずるな。彼女は学院に戻してやった。私も世話になっている」

そういえばあの屋敷での一件から数日が経つ。あの日の翌日には悪魔の魔手から辛うじて逃れた生き残りの通報で屋敷に捜索が入ったそうだが、死体と悪魔達の依り代である砂しか見つからなかったという話が届いている。

スパーダとタバサが関与したことは一切知られていない。

「でも良かった。シエスタの知り合いだったんだ。あの子のこと、よろしく頼むわね」

もちろん、そのつもりだ。悪魔の血が覚醒してしまった以上、彼女を放置するわけにはいかない。

万が一、何かが起きれば同じ悪魔であるスパーダだけが頼りとなる。

この娘に関しては、覚醒するような心配もないだろう。

スパーダは金貨を数枚取り出し、空となったグラスと共にジェシカに差し出した。

「もう一杯もらう」

「はいはいっ」

満面の笑みを浮かべ、ジェシカはチップと共に受け取った金貨を持って厨房の奥へと消えた。

 

 

 

それからスパーダはストロベリーサンデーだけを追加し、ついでにワインも一杯頂いていた。

ジェシカは自分の作ったデザートをここまで気に入ってくれたスパーダに好感を抱いたのか、ストロベリーサンデーを持ってくる度に話に付き合ってくれた。

もちろん、チップをもらうための仕事でもあるがスパーダもせっかく美味いサンデーを作ってくれた恩義もあるのでちゃんとチップを渡してあげていた。

スカロンは自分の娘が作ったデザートがここまで好評であることにご満悦な様子で、体をくねらせながら「トレビアン」と口にしていた。

 

三杯目のストロベリーサンデーをもうすぐ食べ終わろうとしていた矢先、突如あれだけ賑やかだった店内がシンと静まりかえる。人形の演奏もピタリと止まっていた。

「これはこれはチュレンヌ様……ようこそおいでくださいました」

あれだけ豪快だったスカロンが揉み手をせんばかりの勢いで入ってきた新来の客に歩み寄る。

二、三人前後の軍人のような風体の一群はどうやら下級の貴族であるらしく、腰にはレイピアのような杖を携えていた。

その先頭に立つのは派手な衣装と貴族のマントを身に着けた、肥えに肥え太った体格に道端に生えた雑草のような薄い髪がはりついている中年の男だった。

こいつがチュレンヌとかいう貴族なのだろう。

どいつもこいつも、下衆な笑みを浮かべていて気品がない。まだモット伯の方がマシである。

「……また来た」

スパーダと話し合っていたジェシカも顔を顰めて舌打ち混じりに呟く。

どうやら招かれざる客であるらしい。

「ふむ。おっほん! だいぶ店は繁盛しておるようだな?」

「いえいえ、今日はたまたまでして。日頃はもう、閑古鳥が鳴くような……」

「言い訳は良い! 今日は仕事ではない。客として参ったのだ」

すまなそうに、そして冷や汗を滲ませながらスカロンは言葉を続ける。

「チュレンヌ様。本日はこのように満席でございまして……」

「私にはそのようには見えないがな?」

何を言っているのだ、この豚は。

これだけの人間がいるというのに、そうは見えないだと?

スパーダは完食したストロベリーサンデーのグラスにスプーンを置き、横目で睨んでいた。

うそぶいたチュレンヌが一度、ちらりと店内の客達を一瞥するとしたり顔でパチンと指を鳴らす。

すると、彼の取り巻き達が一斉に杖を抜き、客達を威圧しだしたのだ。

店内の客達は酔いが醒めて一目散に次々と店から逃げていってしまった。

 

「Scum…….(クズめ……)」

ただ一人動かず、席についたままぼそりと呟くスパーダ。

「がっはっはっは! 閑古鳥というのは本当のようだな!」

スパーダ以外の人間がいなくなったことに満足して、チュレンヌは大笑いを上げる。

大方、宮廷の役人か何かなのだろう。その地位を笠に着て魔法が使えない、力のない平民を相手にたかっている、まさに掃き溜めのゴミそのもののような連中だ。

「おい、お前! そこは我々の席だぞ!」

チュレンヌはスパーダが席につくテーブルまでやってくると、先ほどの脅しでも立ち去らなかったことに憤慨していた。

「ん? 見慣れぬ顔だが……どこの貴族だね? まあ、良い。ここはたった今から、我らの貸し切りなのだ。そして、そこは我らの特等席。すぐに退いていただきたい」

スパーダが貴族であると見て多少は敬意を込めて命ずるが、本人は無視して最後のワインを悠々と味わっていた。

「おい! 聞いているのか!」

やかましい金切り声を上げるチュレンヌ。取り巻きの貴族達が一斉に杖を取り出すが、スパーダはまるで動じない。

店の隅ではスカロンや他の給仕の少女達が緊張した様子でこの揉めごとを見つめていた。

「私は宮廷の徴税官であるのだぞ! その勤めを果たし、一時の休息をしようとするのを邪魔する気か!?」

「徴税官か。ご苦労なことだ。一介の役人が酒場を即行で貸し切りにできる権利があるとは驚きだな」

スパーダは半分を飲み干したワイングラスを置き、ちらりとチュレンヌを横目で睨みつけた。

 

「それで、今日はいくらばかり民衆から税を掠め取ったのだ?」

「な……!?」

あまりにも唐突な暴言にチュレンヌ達は驚きのあまり絶句していた。

徴税の任を請け負う者は概してその地位を利用し、立場の弱い者の財産を奪って私腹を肥やそうとするものである。

事実、スパーダも元の人間界では幾度となくそうした悪党を目にしていた。

「き、貴様あ! 我らを侮辱するのか!? 無礼者めえっ!!」

一瞬、呆然としたチュレンヌが瞬く間に顔を怒りで真っ赤に染め、護衛のメイジ達もスパーダへ杖を突きつけていた。

「……っ!!」

同席していたジェシカも慌てて立ち上がりテーブルから離れだす。いつ乱闘になってもおかしくない状況だ。

スカロン達もさらに怯えたように小さな悲鳴を漏らしている。

 

「冗談だ。お前がそのような悪事に手を染めていないのであれば、ムキになることもあるまい。国に仕える公人として義務と責任感があるなら、不正などするはずもないだろう」

「ぐぬ……」

だがスパーダのあまりに落ち着き払った冷厳な態度に逆にチュレンヌの方が怯んでしまう。

「とはいえ、さすがに冗談は過ぎたな。非礼は詫びよう」

言いながらスパーダは軽く頭を下げだす。

あっさりと謝罪をしてきたことにチュレンヌの怒りは空回りし拍子抜けしてしまったのか、顔を顰めつつもそれ以上いきり立つことはなかった。

 

「詫びもかねて一杯奢らせてもらおう。……彼らに上等なワインを用意してやってくれ」

言いながらスパーダはジェシカを手招きすると、金貨を取り出して彼女に手渡す。

完全にスパーダに場を仕切られてしまい、チュレンヌ達は呆気に取られたまま立ち尽くしていた。

「疲れているのだろう? そんな所で呆けてないで席についたらどうだ。相席でも良いならな」

堂々とした態度で促してくるスパーダにチュレンヌは気の抜けた顔で彼と同じテーブルにつく。

いつの間にか完全に主導権を握られ、彼のペースに乗せられてしまっていることに本人達は気付いていない。

「おお! これはゴーニュの古酒ではないか!」

ジェシカが用意してきたワインボトルを前に、戸惑っていたチュレンヌが目の色を変えだす。

それはこの店でも最上級の品とされるワインであった。

 

「まったく、このような高級品のワインを取り扱っているとは、この店も相当に儲かっているようだな! んん?」

すっかり気を良くして最初の気分に立ち戻っていたチュレンヌはスカロンの方へ意地の悪そうな笑みを向けてきた。

逆にいつもの威勢の良さを無くしたスカロンは愛想笑いを浮かべるばかりだ。

「……私が合図するまで相手をしてやってくれ。チップは代わりに渡す」

再びジェシカを手招きしたスパーダは小声で囁きかけた。

その言葉とスパーダの真剣な眼差しにジェシカは一瞬、戸惑いつつもはっきりと頷く。

 

 

閑古鳥となった魅惑の妖精亭はチュレンヌの一団による貸し切りとなった。

スパーダも同席していたが、彼のおごりということもあってチュレンヌも相席を認めているようだ。

「ふぅむ……平民にしては艶やかで魅力のある娘だな。さすがに店の看板娘というだけのことはある」

「……お褒めいただいて光栄ですわ」

ワインを注いでくるジェシカの顎を掴んでニヤニヤと笑みを浮かべるチュレンヌ。

ジェシカは若干、固いながらも愛想の良い笑顔で接客をしていた。

(何考えてるのかしら……)

ちらりと何度もスパーダの方に視線をやっても、彼はずっと黙ったままワインを飲み続けている。

彼自身のワインはチビチビと一口ずつしか啜らないのもあってか、空にはなっていないがもう底に僅かに残るのみだ。

本心としてはチュレンヌの接待などやりたくもないのだが、スパーダが何か目論んでいるようなので、その時を待つしかない。

(あっ……)

その最後のワインを飲み干し、グラスをテーブルに置いたスパーダはジェシカの方へ目配せをしてきた。

僅かに顎を横にしゃくり、「下がっていろ」と意を示していることを察したジェシカはそっとテーブルから後退っていく。

 

「お前は徴税官だと言ったな? 最近の仕事ぶりはどうだ」

「何、近頃の平民どもは税は払いたくないからと小細工ばかりしておってな。平気で脱税をしおる奴らも多い」

取り巻き共々酒が入っているチュレンヌは目の前にいる貴族が先ほど無礼を働いた相手であることも忘れて楽しげに語りだしていた。

どこの誰かは知らないがタダで美味い酒を楽しめるのもあってすっかり上機嫌な様子で、普段は滅多に口にしないようなことも店の外にまで聞こえるほど大きな声でペラペラと喋り始める。

完全にスパーダに対する警戒心は薄れているのは明白だった。

「もっとも、そんな小賢しい手で逃れようとも無駄なことよ。平民どもの考えることなどお見通しだ。今日も脱税していた愚か者を三人も見つけてやったわ」

「ほう。確か、法律では脱税した者にはさらに罰金が科せられるのだったな」

「がははははははっ! その通りよ! ついでにワシの魔法で罰を与えてやったわ! 大人しく税を払っておれば痛い目を見ずに済んだものを……」

耳障りな大笑いと共に饒舌に語られても涼しい顔のスパーダは僅かに目を細めていた。

「税を払わん奴は所詮罪人よ。牢に入れられずに済んだだけありがたいと思って欲しいものだ」

「それはそれは。その分では税金と共にかなりの罰金も取り立てたのだろうな」

「そうだとも! 脱税をした以上、今後はそいつらにより重い税をかけてやろうとも考えておる!」

「それは厳しいな。……それで? 今日はいくらばかり自分の懐に入れたのだ?」

「大したものではない! 少しばかり水増ししてやるだけでほんの120エキューだ! 罰金も含めてな! どうせ平民どもは無学な奴らだからな! どうとでもなるわ!!」

すっかり気が大きくなっていたチュレンヌが発した言葉に周りの空気がたちどころに凍り付いた。

元々冷徹な態度のままでいるスパーダを除いて。

「……か、閣下!!」

僅かな間を置き他の取り巻き達が慌てふためいて我に返り、チュレンヌも大口を開けたまま絶句していた。

自分が何を口にしたのか、酔った頭ではすぐ理解しきることができない。

 

「何だとおっ!!」

「あいつ、俺達の金を巻き上げてやがったのか……!?」

「ひでえっ……!」

外から覗き込んで成り行きを見守っていた野次馬や、追い出されていた客達が次々に店内に押しかけ喚き立ててくる。

それまで酒に酔って朱に染まり火照っていたチュレンヌの顔から瞬く間に血の気が失われていく。

「トリステインの法律では公金や税金の着服、横領は重罪だったな。しかも不当に税を水増しするようでは救いようがない」

淡々と言いながらスパーダはゴーニュの古酒のボトルへと手を伸ばしていた。

「申し開きは法廷で好きなだけ話すのだな」

「……き、貴様ああああっ!!」

上ずった声で絶叫を上げるチュレンヌは自らの杖を手にして立ち上がり、スパーダへと突きつけようとした。

だが呪文を唱えるよりスパーダの方が早かった。閻魔刀の鞘であっさりと打ち払われ、その手から弾き飛ばされてしまう。

「貴様――うわあっ!」

取り巻き達が咄嗟に呪文を唱えようとした途端、テーブルが突然大きくひっくり返った。

スパーダの蹴り上げで勢いよく宙を舞い、彼らにぶつけられて床に倒される。

 

「「「きゃああああ!!」」」

「いやあぁんっ!」

スカロンや給仕の少女達が、一斉に悲鳴を上げた。

父の隣に来たジェシカも緊張した面持ちで目の前の争いを見守っていた。

「……ええい! 貴様! 宮廷の徴税官にこんなことをして、ただで済むとは思っていないだろうな!」

「掃き溜めの豚とゴミなどに尽くす礼はない」

ゴーニュ酒のボトルを片手にスパーダは容赦なく罵倒した。

「貴様、よく見たらメイジではないな! ゲルマニアの平民の成り上がりめが! 真の貴族に楯突きおって!!」

「貴様はただの罪人に過ぎん」

「な……! 言ったな!」

起き上がった取り巻き達が一斉に杖を突きつけ、立ち上がるスパーダ目掛けて魔法を放ってきた。

スパーダがすかさず今まで座っていた椅子を掴んで放り上げると飛んできた魔法の矢がぶつかり、空中で砕け散る。

「どこの成り上がりか知らんがここまでするとはな! 縛り首は免れんぞ!」

「それはお前の方だと思うがな」

どれだけチュレンヌが激高して喚き立てようと、スパーダは顔色一つ変えず冷酷な言葉を平気で返し続けていた。

二人の貴族が対峙し合う場面を店員から野次馬まで、多くの人々が緊張のままに見届けている。

「ええぇいっ……! だ、黙れぇ! こ、こいつをやってしまえ!」

もはや、クズ相手に遠慮はいらない。

チャキン、と閻魔刀の鍔を鳴らしながら指で押し上げ刀身を覗けさせた。

 

 

◆ 

 

 

スパーダは静まり返る店内を見渡し、溜め息をついた。

(やりすぎたか……)

店の真ん中の床ではメイジ達が折り重なり、その一番上にまぬけ面で気絶するチュレンヌが乗っていたため、下にいる者達は苦しそうに呻いていた。

いくらこいつらが原因の元とはいえ、暴れすぎたかと少し反省する。

先ほどまで自分が座っていた椅子とテーブルはバラバラに壊れてしまい、近くのテーブルもいくつかが倒れてしまっていた。

 

「すまんが、誰か衛兵を呼んでくれるか」

スパーダは店の隅で怯えるように震えたままのスカロンや給仕の少女達の方を振り向き、何事もなかったかのように呼びかけていた。

「……あ、あたしが呼んでくるよ!」

スカロンらと違って怯えてはいなかったが、呆然としていたジェシカが我に返って数名の給仕達と共に小走りで店の外へと出ていった。

それからしばらくして、ジェシカが町の警邏をしていた衛兵達を連れて戻ってきていた。

衛兵達は店主であるスカロンから簡潔に事情を聞かされると、チュレンヌの一群を縄で縛り上げ、うなだれたままの彼らをそのまま連行していった。

 

すると、外では「やったあっ!!」と見物人達から次々と歓声が上がっていた。

今まで怯え、呆然としていた魅惑の妖精亭の給仕達も同様に歓喜し、互いに手を取り合う。

「あのチュレンヌの顔ったら無かったわ!」

「胸がすっとしたわね、最高っ!」

給仕の少女達からそんな言葉が聞こえてくる。

やはり、暴虐を尽くしてきたあいつはそれだけ恨まれていたようだ。

「もうっ!あなた素敵よおっ!」

突然、猛烈な勢いで駆けて来たスカロンがスパーダに突進するように抱きつこうとしたが、ヒラリとそれをかわす。

スカロンは勢いあまって壁にぶつかってしまった。

 

「本当、あたしもあいつらがあんな顔する所、初めて見たわ」

ジェシカがスパーダの近くにやってきて、感心した表情を浮かべていた。

「あいつら、ああやって管轄区域のお店にやってきては、あたし達にたかってたの。本当、嫌な奴だったわ。銅貨一枚たりとも払ったことなんてなかったんだから!」

腰に両手を当てて憤慨するジェシカ。

「あいつの機嫌を損ねたりすれば重い税をかけられて店が潰れちゃうから、みんな言うこと聞いていたの。うちの店でもさっきみたいに横暴を振るって、あたしらに触るだけ触ってチップ一枚もよこさなかったのよ!」

「そんな奴がああして捕まって、満足というわけか」

「もちろん! でも、どうしてあいつが悪さしてるって分かったの?」

不思議そうな顔をしながらジェシカはそう尋ねてきた。

「ただのブラフだ。奴が勝手に喋ったに過ぎん」

とはいえ、最初に彼らと相対した問いのやり取りでスパーダはチュレンヌが地位を利用し私腹を肥やす男であると見抜いていた。

本当に冗談を言ってやったつもりなのにあそこまでムキになるのは、自分自身が後ろめたい悪事に手を染めた身に覚えがあるからこそだ。

「しかし、悪かったな。店もこんなにしてしまった」

「良いのよ。お店はちゃんと直せるんだし、あなたは平気で食事も残すあいつらと違ってちゃんと食べてくれたんだし」

すっかり乱雑に散らかってしまった店内を見回すスパーダにジェシカは変わらぬ気さくさで全てを水に流した。

 

 

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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