魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 75 <精霊の記憶> 前編

 

 

ヴェルサルテイル宮殿より東の離れには外国からの賓客を招く迎賓館が建っている。

王宮に比べれば規模は小さいが、その造りは迎賓館と言うにはほど遠い、王城と遜色のないものだった。

ラグドリアン湖より帰還してきたスパーダ達はその一室へと通されていた。

ジョゼフはまだ戻ってきていないそうなので、ここで待つように衛兵に言われたのだ。

 

時刻はとっくに夕食時を過ぎており、トリステイン魔法学院なら就寝間近である。

魔法学院にはガリアに一日滞在する旨を記した手紙を送っておいたので、ルイズ達の留守に関しては問題ない。

とはいえ、無断な一泊には変わりないので、帰ったらエレオノールには叱られるだろうが……。

「ねえ、あんた。一体、何を知ってんの? ちゃんと教えなさいよ」

応接間のソファーに腰を下ろすルイズは目の前のテーブルの上に置くアミュレットのデルフに噛みついていた。

「だーかーらー……俺だって、よく憶えてねえんだってば」

「嘘おっしゃい! じゃあ、あれは何だってのよ」

喚くルイズをよそに、隣に座るスパーダは部屋に置かれたラグドリアン湖より持ち帰った彫像を見据えている。

キュルケとタバサも像のすぐ近くでまじまじと眺めて興味深そうにしていた。

 

デルフが召喚するガンダールヴの魔人・サーシャと呼ばれるエルフ。

それが何故、湖の底に眠っていたのかルイズはおろかスパーダも、はたまたデルフですら激しく気になっていたのである。

「いや、俺だっておでれーたんだって。まさか、サーシャがラグドリアン湖に来てただなんて……」

困惑気味にデルフは呻くしかなかった。

「ねえ。一体何があったの? あなた、知ってるんでしょう?」

デルフの隣に置かれた瓶の中に満たされる液体にルイズは語り掛ける。

 

水の精霊は仄かな光を発しながら透き通った声を発していた。

「我が友が、湖に姿を見せたのは……七万と二千――月が交差した前の晩のことだ」

つまり……六千年以上も前に起きた出来事を、水の精霊ははっきり憶えているのだという。

 

六千年前もの遥か昔、ラグドリアン湖の周辺はまだ未開の地で人間はおろか亜人さえも住み着いてはいない、言わば聖域だったという。

人間達が入植してきたのはもう数百年ほどの年月が経ってからのことらしい。

その入植者こそが、現代のトリステイン人の祖先だったことは疑いようがない。

だが、人間達よりも前に湖に姿を現したのが、一人のエルフの女だった。

 

エルフの手にはアンドバリの指輪があった。しかし、他には何の武器も手にしてはいなかった。

ただ、指輪よりも大事そうに一つの包みを抱えていたという。

「う~ん……抱き枕……ってわけでもなさそうね」

キュルケは彫像が顔を寄せている物を間近で眺めていた。

「彼の者は我にアンドバリの指輪を誰の手にも渡らぬように守って欲しいと願った。そして、自分達を永久に湖の底で誰の目にも触れさせず、眠らせて欲しいと言ってきたのだ」

エルフは強力な先住魔法――精霊の力の使い手だった。

土の精霊の力によって自らの体を石膏に変化させ、水の精霊は湖の底に彫像と化したエルフを運んだのである。

精霊の結界に包まれた彫像は六千年もの間、朽ちることはおろか傷つくことも汚れ一つ付くことすらなく、そのままの姿を保ったまま湖の底に留まり続けていた。

水の精霊は今までずっと、エルフの彫像をアンドバリの指輪と共に守り続けていたのだ。

 

「サーシャよお……一体、何があったってんだい……」

デルフはさめざめと大きな溜め息を漏らしていた。

話を聞く限りではサーシャというエルフは、ラグドリアン湖を訪れた時にはデルフリンガーの魔剣を手放していたのは明らかだった。

デルフ自身は、自分がいつサーシャの手元から離れたのかさっぱり憶えていないという。

気が付けばサーシャの手を離れて、色々な持ち主の手に渡っては捨てられていたのだそうだ。

何しろ悪態ばかりつくインテリジェンスソードなど、余程の物好きでも無ければ手にしたくはないはずである。

デルフはサーシャ以外の持ち主のことなど全く記憶にないらしい。

「そのエルフは、他に何か言っていなかったか」

スパーダは立ち上がり、彫像の傍まで近寄っていく。

「微かだが、こう口にしていたのを憶えている」

精霊は淡々と、サーシャの最期の言葉を呟いた。

 

――もう誰にもあなたは渡さない……。

 

――ずっと一緒にいてあげるから……。

 

そう囁くと、サーシャは己の肉体を彫像に固め、永遠の眠りに就いたという。

(どういう意味なのかしら?)

話を聞いて、ルイズ達はますます首を傾げてしまう。

虚無の使い魔、初代ガンダールヴだったというサーシャの意図はさっぱり分からなかった。

始祖ブリミルの使い魔だったはずなのに、主人を置いて何故そんなことをしなければならなかったのか、まるで理解不能だった。

 

「デルフ。あのエルフを出しなさいよ! 何を知ってるのか、話してもらうんだから」

「いや、無理だって。このサーシャは、口を聞けねえんだよ。ガンダールヴのルーンで操るための、ハリボテみたいなもんだ」

「でも、たまに声を出すじゃない」

「ありゃあ、元々俺の中に残ってた、剣を振る時のあいつの気分とか機嫌とか……そういった感情が出てきてるだけさ」

ルイズ達と共に戦ってきてくれたガンダールヴの魔人もまた、エルフのサーシャだった。

スパーダの施した秘術によって、デルフリンガーから抽出された強い残留思念が形になって現れたのがあのサーシャだ。

確かに武器を振る時に掛け声を出したり、表情が変わったりはする。

しかし、これまでに会話が成立したことは一度としてない。

 

「ねえ、スパーダ。どうにかして魔人と話せないの?」

「さあな。本人が口を聞く気が無いというなら、話さないのだろう」

冷然と返しながらスパーダは彫像の横顔を覗き込んでいた。

タバサと一緒に反対側から眺めていたキュルケはふとスパーダに尋ねかける。

「この像って先住魔法で固まってるだけなんでしょ? スパーダの力で解けたりしないのかしら」

「できなくはない。だが、今すぐやるなら閻魔刀で壊すことになるがな」

「おいおい! サーシャをぶっ壊すんじゃねえ!」

さらりと吐き出された冷酷な発言にデルフは食ってかかる。

 

「私もこのエルフには色々と聞きたいことがある。永い眠りから覚ますのは少し気が引けるがな」

何故、自らを精霊の力によって厳重に封印したのか、それはサーシャ本人にしか分からない。

一つだけ確信しているのは、サーシャは何処からか逃げ延びてきたのだろうということだけだ。

六千年もの間、誰の目にも触れずにいることを望んでいたというのに、こうして外に運び出されたのは不本意だったに違いない。

だがあのまま湖の底に留まったままでいれば、いずれ悪魔達によって壊されていたのは明白である。

 

「一体何があったのかしらね。あんた、本当に憶えてないの?」

「こっちが聞きてえくらいだよ……」

悔し気にデルフはぼやいた。

六千年前の生き証人であるはずなのに、重要なことは何一つ記憶にない。

思い出そうとしても、靄がかかったようになってしまってまるではっきりせず、ただ不快な感情が湧いてくるだけ。

当のデルフ本人でさえ、あまりにもどかしくて腹立たしいと感じるほどだった。

 

 

応接間の入口がノックされたのはちょうどその時だった。

スパーダはサーシャの像に布を被せて隠し、ソファーへと戻っていく。

扉を見つめるタバサは眉間に小さな皺を寄せていた。

「おお! 待たせて悪かったな! 魔剣士スパーダ!」

「……っ」

その声に、ますます不快そうに目を細めるタバサ。

キュルケも同じような面持ちで睨んでいる。

開け放たれた扉の先には、夕刻に面会したばかりのガリア王が姿を見せていた。

「視察が長引いてしまってな! いやいや、実に申し訳ない。すぐに見て戻って来るはずだったのだがな」

とても陽気な態度で、ガリア王ジョゼフは一行の顔を見回していた。

タバサと目が合っても、顔色一つ変えない。

あの時の面会など最初から無かったと言わんばかりに、あまりにも平然とし過ぎている。

 

「……」

反対にタバサは仏頂面を隠そうともせず、ジョゼフを睨み返していた。

正直言って、二度と顔も見たくなかった。存在を近くに感じるだけではらわたが煮えくり返ってしまう。

タバサが心底腹立たしく思ったのは、今までまともに入城などできなかったはずがあっさり入れるようになったことだ。

衛兵は顔を顰めはしつつも何も言及してこなかった。

やはりジョゼフはタバサの入城を許可する布告を出したのである。

かつてのタバサだったら、それは強く求めていたはずのものだった。仇に近づくことができる絶好の機会なのだから。

だが、それをジョゼフ自身があっさり認めたことが許せなかった。

ジョゼフはタバサに対して、何の悪意も敵意も抱いていない。

たとえ自分の命を狙っていることを知っても、何とも思っていない。

だからタバサの自由な入城を認めた。

敵とさえ認めておらず……今までのタバサの苦労が全て無意味だったなど、屈辱でしかなかった。

姪から明確な敵意を向けられてもジョゼフはまるで意に介さないまま、ルイズの向かいのソファーに腰を下ろしていた。

 

「あなたは……」

ルイズはジョゼフに続いて入ってきた二人に目を丸くする。

一人は彼の腹心である黒衣の女、シェフィールド。

そしてもう一人はローブを纏った長身の男で、羽飾りのついたつば広の帽子を被っていた。

その男の姿に、ルイズは見覚えがあった。直接会ったのではないが、スパーダを通して見たことがある。

「ん? ああ、余の部下の一員だ。魔剣士スパーダは、前に少しばかり会ったのだったな」

ルイズの隣に立つスパーダはジョゼフの後ろに控える男を見据える。

男が帽子を外すと、腰まで伸ばした薄い金髪から長く尖った耳が覗けていた。

「ネフテスのビダーシャルだ。高潔なる魔の眷族よ。再び出会えたことに感謝しよう」

以前、リュティスで起こった悪魔の騒動以来だった。

ビダーシャルは毅然とスパーダを見つめ、本人も同じように見返していた。

(本物のエルフ……)

ルイズは思わず息を呑んで少し緊張していた。

ハルケギニアの人間に最も恐れられる砂漠の種族。

ティファニアのようなハーフエルフではない、混じり気なしの純粋のエルフ。

先住魔法をどの亜人よりも使いこなす恐るべき存在。

見れば、タバサとキュルケもルイズと同じように張り詰めた顔でエルフを見ている。

(本当に、ジョゼフの部下なの?)

ハルケギニアの人間達にしてみれば本来は恐怖の存在であり、仇敵のはずである。

そのエルフが、ジョゼフの部下として仕えていることがルイズには何より驚きでならなかった。

 

「他の連中はどうした?」

スパーダはルイズやキュルケ達の緊張をよそに、平然と問いかける。

「本国に帰した。……あとは知らぬ」

何故かビダーシャルは小さな溜め息を零していた。

呆れたようなうんざりしたような……疲れたような感じだった。

 

「感じる……我が守りし秘宝の気配を感じる……」

瓶の中の水の精霊が蓋を開け、その体を細い蛇のように変えて外へと伸ばしだす。

ジョゼフは精霊の姿に、好奇の目で眺めていた。

「ほう……これがラグドリアン湖に住むという精霊か。どうだ? ビダーシャルよ」

「生きた精霊の姿を見るのは初めてだが……間違いはないようだな」

冷めた態度ではあったが、ビダーシャルも精霊に強い興味があるかのようにじっと見つめだす。

「ふむ。ビダーシャルが言うなら間違いないのだろう。ミューズよ、指輪を返してやれ」

控えていたシェフィールドは前に出ると、ローブの中から小さな指輪を取り出していた。

台座には妖しい色をした宝玉が収まり、仄かに煌めいている。

(アンドバリの指輪……水の精霊の体が結晶化したものという訳か)

スパーダは指輪に宿る魔力と精霊自身が発する魔力の性質が同一であることをはっきり感じ取っていた。

 

「間違いない……我が秘宝、アンドバリの指輪……」

精霊はもう我慢できないとばかりに飢えた吐息を漏らしていた。

体の先端は形を変え、蛇の顎が開かれていく。

シェフィールドはちらりとジョゼフの方を見やった。

「本当に渡してしまっても良いのか?」と言わんばかりだが、ジョゼフは小さく顎をしゃくるだけだった。

静かに頷いたシェフィールドは指輪を軽く放り投げた。

宙に投げ出されたアンドバリの指輪を、水の精霊は体を素早く伸ばしてパクリと飲み込む。

「おお……我の秘宝が、今再び我が元に戻った……」

うっとりと精霊は歓喜の声を漏らしていた。

精霊の体内には取り込まれたアンドバリの指輪が浮かび、徐々に瓶の側へと流れていく。

「高潔なる魔の眷族よ。我は貴様に心から感謝するぞ……」

「誰にも盗られたくないなら、肌身離さず持っているのだな」

その言葉に応えるように、精霊は体をするすると瓶の中へと戻していった。

微かな光を放つ液体の中に、精霊の秘宝はプカプカと浮かんでいる。

 

ジョゼフは楽しげに笑いを嚙み殺しながら一部始終を眺めていた。

「確か、ラグドリアン湖の水が増えているのは、水の精霊の仕業という話だったな? では、これでもう水が増えることも無くなる訳か。いやあ、めでたいことだ」

「逸るな。完全に戻すには時間も準備もかかる」

スパーダは冷然に言い返すと、精霊で満たされた瓶を取り上げた。

「精霊よ。お前にはもうしばらく私達と共にいてもらおう。お前も自分の住処を荒らす連中を、自ら屠りたいだろう」

「うむ……口惜しいが、我が力では忌まわしき魔の眷族達を退けることも叶わぬ。彼奴らに穢された水を浄めることもな……」

「ならばその力、私が与えてやろう」

「そんなことができるの?」

隣に腰を下ろしたスパーダが持つ瓶の中をルイズは興味深そうに見つめた。

「多少の準備はいるがな」

ワインを燻らせるようにスパーダはゆっくりと瓶を手の中で揺らしだす。

 

「ほほう。悪魔の儀式か。それは楽しみなことだ。何か必要なものでもあれば、用意してやろうか?」

「別にいらん」

あっさりとスパーダはジョゼフの申し出を跳ね退けた。

精霊に施す術は、時空神像さえあれば早々に準備できる。魔法学院に帰れば良いだけのことだった。

「貴様を信じよう。高潔なる魔の眷族よ。貴様は、我との誓いを果たした……」

瓶の中で、精霊は緩やかに光を明滅させていた。

 

沈黙を続けているビダーシャルは、その光を見つめたまま僅かに目を細めだす。

(精霊が、ここまで心を許すとはな……)

目の前にいるスパーダに対して、内心驚きを隠せなかった。

今まで見てきた悪魔達は、ただそこにいるだけで周りの精霊達を刺激し、怯えさせてしまう。

大して強くない悪魔ですらそうなのに、力のある悪魔となれば余計に恐れさせ、下手をすればビダーシャル達エルフが精霊の力を借りることすら叶わなくなる。

この世界にあってはならない異形の悪魔。その脅威はビダーシャル自身、過去に何度も味わってきた。

(我らが知る忌まわしき悪魔(シャイターン)とは、やはり違う)

だが、このスパーダという悪魔は不思議な存在だった。

周りの精霊達は全く恐怖することもなく、いつも通りの穏やかさを保っている。

姪のルクシャナも目の当たりにしたが、精霊達はこのスパーダにむしろ敬意を示していたのだ。

(よこしま)な悪魔達に威圧されて服従させられるのとはまるで違う。

(僥倖……と言うべきか)

遠路遥々この異国を訪れて、ビダーシャルは初めて好奇心と興味を強く刺激されていた。

 

 

「ジョゼフ王。お前は悪魔と魔界についてどこまで知っている?」

腕と膝を組みながらスパーダは新たに話を切り出していた。

スパーダにとってはここからが、このジョゼフとの真の会見だった。

今までのは、単にスパーダの野暮用に過ぎない。この男が知り得ること、そして目的を出来る限り聞き出さなければならない。

「お前達は、アグニとルドラをアルビオンに連れて来たな。他にも魔具を持っているのか」

ジョゼフは背凭れにふんぞり返ったまま、苦笑していた。

「ん~……ガリアのあちこちにおかしな板が建てられていると報告がよく来ていたからな。暇潰しに様子を見に行っては、色々なマジックアイテムが手元に集まっている」

スパーダは僅かに目を細めた。

新たに使役し、魔法学院に残している二体の悪魔達はガリア国内に誰かが設けた地獄門の前にいつの間にかいたという。

それをジョゼフが見つけ、あの兄弟達はあっさり付いて行ったのだ。

 

「あの喋る剣は実に面白かったな。しかし、まさか戦わずして寝返るとは予想外だった。悪魔にも、色々な奴がいるということがよく分かった」

不敵な笑みを浮かべつつ、じっとスパーダを見つめてくるジョゼフ。

「そう。魔剣士スパーダのような、同胞を裏切るような変わり者もいることもな」

「――っ」

ルイズはカチン、と来て僅かに顔を顰めた。

彼の物言いは、どこかスパーダを嘲っているようにも聞こえたのだ。

スパーダが何のために同胞を裏切ったのか知りもしないのに、そんな言い方はされるのは気分が悪くなる。

ちらりとスパーダを見やっても、全く意に介さず冷徹な表情を崩していない。

「ふふっ。悪魔も決して一枚岩では無いのだな。案外、我ら人間と変わらぬものだよ」

勝手に雑談を始めるジョゼフだが、スパーダは黙って聞き流していた。

「ああ、本当にそっくりだなぁ。色々な派閥に分かれて、同胞同士で殺し合っているのだからな。そのせいでこのリュティスも酷い目にあった」

「やっぱり知ってたの? レコン・キスタの仕業じゃなかったって……」

ガリアは自国が悪魔達によって荒らされたことを口実にしてアルビオンに艦隊を派遣した。

レコン・キスタも裏で大悪魔の勢力が暗躍していたが、それとこのリュティスでの騒動が無関係であることを最初から分かっていたのだ。

 

「ん? ああ、そんな奴らもいたな」

どうでも良さそうな口ぶりでジョゼフはあっさり話を流してしまう。

「だがリュティスでの騒動などより、アーハンブラの方がもっと苛烈だったな。……ビダーシャル、見せてやれ」

ジョゼフの命令に応じて静かにビダーシャルは前に歩み出てきた。

スパーダと同じようにずっとジョゼフの雑談を無表情のまま見届けていたエルフは、懐から小さな包みを取り出していた。

テーブルの上に置いて開かれると、そこには何の変哲もない土くれの山が盛られている。

 

ビダーシャルはその上にそっと手をかざし、ルイズ達は静かに見守っていた。

「土よ。土に宿りし精霊よ。その粒に刻みし記憶を映せ」

高く澄んだ声を響かせてビダーシャルは呟きだす。

すると、土の山は仄かな光に包まれだした。

砂の一粒一粒が輝きを放ち、次々に浮き上がっていく。

光の粒は山の上に集まりだし塊を作ると、やがて光の靄の中でぼんやりと何かが見え始める。

 

ルイズはぐっと顔を寄せ、光の中を覗き込んでいた。

「こ、これって……!」

目を見開いて唖然とする。

風魔法の遠見の呪文や、時空神像が映し出す過去の記憶――それらと同じように別の風景がそこには映り込んでいた。

キュルケ達も遠巻きながら光の中に映る光景に顔を顰めている。

「彼の地の土の精霊が見たものを映し出したものだ」

淡々とビダーシャルは告げる。

 

先住魔法によって映し出された光景の中――砂と岩ばかりな荒涼とした大地の至る所に、異形の悪魔達がひしめいているではないか。

醜悪で威圧感溢れる悪魔の群れは爪牙を振るい、互いに争っては殺し合っている。

この映像には音が無いので悪魔達の叫びを聞くことはできなかったが。

「スパーダ。あの悪魔達は……」

中にはルイズも見覚えのある悪魔達の姿がいくつもあった。

兜や盾を装備したトカゲのような悪魔。

炎に包まれた刃を備えた大鎌を手にする血に塗れた悪魔。

ルイズの記憶が正しければ、あれはブレイドにアビスと呼ばれる種族である。

 

「ムンドゥスとアルゴサクスの小競り合いだな」

ムンドゥスはアビスのような高位の種族以外にも、自らの力でブレイドやダムドチェスメンといった尖兵を創り出し使役することを好んでいる。

対するアルゴサクスも高位の種族を精鋭にするばかりでなく、元から存在する多種多様な悪魔や魔物を主に従えていた。

 

あらゆる無機物から生命に寄生する魔虫インフェスタント。

 

天使像に悪魔の怨念が憑りつき、新たな悪魔と化したデモノコーラス。

 

人面を持ち、刃のように鋭い羽を飛ばし羽ばたく怪鳥ピュイア。

 

並の悪魔でも耐え難い猛毒の鱗粉を撒き散らす妖蛾ノクトプテラン。

 

魔界の錬金術によって様々な生物の骸を合成し生み出された人造悪魔サヴェッジゴーレム。

 

種族全体がアルゴサクスに属し、精鋭として戦う中級悪魔ゴートリング。

 

ざっと思い浮かべただけでも、尖兵の種類の多彩さならムンドゥス以上と言えるだろう。

実際は、今目の当たりにしている景色の中にそれ以上の種類の悪魔達がムンドゥスの尖兵達と争っている。

 

「確か、アーハンブラとか言ったな」

「ああ。ガリアの東の最果てだ。エルフの国と国境を接している」

ジョゼフの言う通り、その地についてはスパーダも書物を読んである程度は知っている。

ガリア王国の最東端は辺境の砂漠で、その一角にオアシスとして交易地が栄えているらしい。

何百年も前にはハルケギニアの連合軍とエルフの軍が領土を奪い合い、熾烈な戦が繰り広げられたという。

ハルケギニア側が最終的に取り戻して以来、双方にとって重要な拠点ではなくなったために今となっては放置されて久しい。

 

映像を眺めていたルイズは怪訝そうに眉を顰めると、ジョゼフの方をじろりと見やった。

見れば映像の中には小高い丘の上に建つ城塞が映っている。

そのバルコニーには数人の人影が……ジョゼフ達の姿があったのだ。

「あなた達、アーハンブラに行ってたの?」

「退屈凌ぎに少しな」

事も無げに答え、ジョゼフは不敵な笑みを浮かべた。

映像の中のジョゼフは傍らにシェフィールドやビダーシャルを付き添わせ、城下で繰り広げられる悪魔達の争いを今と同じような顔で見下ろしている。

「アーハンブラにいた人達はどうしたのよ?」

「さあな。そういえば、東の方から難民が押し寄せてきたと以前に報告が来てたな」

興味が無いと言わんばかりにジョゼフはあっさりと言い捨てた。

仮にも自国民に対してあまりにも無関心すぎる物言いにルイズは思わず顔を顰めてしまう。

(姫様とは大違いね……)

この男は今も昔も、そしてこれからも絶対に民に対して心を向ける気はないのだとルイズには確信できた。

きっと、リュティスで悪魔の騒動が起こっていた時もこんな感じだったに違いない。

たとえ国民の全てが死に絶えたとしても、眉一つ動かさないのではないか……そんな想像すらできてしまう。

 

「あ……!」

映像に再び目を通すと、ジョゼフ達がいるバルコニーに鳥の悪魔(ピュイア)達が集まりだしていた。

首が異様に長く大きく裂けた口に牙を剥き出しにし、両腕の大きな翼を広げて飛びかかっていく。

悪魔達の抗争の真っ只中にか弱い人間がいるのだ。彼らの矛先が向けられてもおかしくない。

「……っ!」

タバサは思わず目を見開きかけた。

憎き仇敵であるジョゼフは今目の前にいる以上、殺されるなどということはあり得ない。

だがその命を誰にも先に取られたくなどなかった。

自分自身の手で討ち取ってこそ、復讐は果たせるのだから。

 

「ちょっと、あれって……」

キュルケは思わず目を丸くしてしまった。

ジョゼフは落ち着いた動作で懐から何かを取り出し、ピュイア達に向けたのだ。

それは二つの銃身が横に並んだ大柄な銃で、ジョゼフが引き金を引くと銃口が激しく火を噴く。

映像には音が無いので、どんな銃声をしているのかはさっぱり分からない。

だが、撃ちだされたであろう弾丸は何体ものピュイア達に無数の弾痕を刻んでいた。

あれは間違いなく、スパーダも使うショットガンの一種に違いなかった。

 

「あれか? 何日も前から城下に変わった行商が居座っていてな。ゲルマニアの名工が作ったとかいう銃を取り扱っていた」

ジョゼフは楽し気に薄い笑みを浮かべると、自らの懐に手を突っ込みだす。

中から引き出されたのは映像と全く同じ形をしたショットガンだ。

「そこらの銃なんぞより遥かに使いやすい。狩りには最適じゃないか」

映像のジョゼフは発砲すると、ショットガンを片手で器用に上下にスイングさせて銃身を折って戻し、弾の排莢を行っている。

そして怯んだピュイア達にさらに発砲を行う。散弾をまともに浴びたピュイア達は無慈悲に撃ち落とされていった。

「悪魔どもを撃ち殺すのにもちょうど良い。なあ?」

言いながらショットガンの銃口をおもむろにスパーダへと向けてくる。

ルイズは慌てて体を横にずらしてソファーの背凭れにもたれかかってしまう。

「ちょ、ちょっと!! こっちに向けないでよ!!」

「おっと、これは失礼。いやあ、すまんすまん」

悪気があるのか無いのか、まるで分からないほどにジョゼフはからからと笑いだす。

どちらにせよ、スパーダは銃口を向けられても眉一つ動かしはしなかった。

 

(こいつがスパルタンを持つとはな)

ジョゼフが持つショットガンは、マキャヴェリから送られていた銃のラインナップの中にあった代物だった。

スパルタンは水平二連式ショットガンの一種だったが、他の同系統のものとは一線を画した設計になっている。

他の水平二連ショットガンは銃身が二つある設計上、弾は二発までしか装填できない。

ところがこのスパルタンは連続射撃を可能にしており、大型化されているレシーバーにはマガジンやボルトの機構などが備わっている。

しかも二つの銃口から同時に弾を発射する機能に切り替えることもできるらしい。

二つの銃口に合わせて作られた並列マガジンには四発の弾が装填でき、最大で六発もの連続射撃も可能だとレゾネにはセールスポイントとして記されていた。

マキャヴェリにとっては自信作の一つでもあったようで、実の所スパーダも購入を検討していたものだ。

もっとも、更なる自信作であるレヴェナントが手に入った以上、無用の長物となってしまったが。

 

「スパーダ、これ……」

ルイズと同じように、スパーダはさらに映像を目にして眉を顰めた。

バルコニーに飛び上がってきたばかりのノーバディがジョゼフの手によって殴り飛ばされ、一撃で大きく吹き飛ばされている。

受け身を取って再び上がってきたノーバディだったが、ジョゼフは落ち着いたままショットガンの散弾を顔面に浴びせていた。

僅かに怯んだノーバディの体を容赦なく蹴り上げ、浮き上がった体にショットガンの散弾を至近距離から叩きこんでいた。

さらに反動で浮いて落ちてくるノーバディの体に、ジョゼフはアッパーを突き上げて天高く吹き飛ばす。

打撃を与える度に閃光を発するジョゼフの両手両足には、光を宿す篭手と具足がいつの間にか装着されていた。

それは明らかに魔具の一つだった。

 

「お前達はこのリュティスで大きな悪魔の目を潰しただろう。奴を叩きのめしたら、あんな姿に変わってしまったよ」

ジョゼフの言葉にスパーダ達は彼に注目した。

間違いなく、ベオウルフに違いなかった。あの魔具はベオウルフの魂が姿形を変えたものなのだ。

(こいつ……ベオウルフを服従させたのか)

だがベオウルフの性格をスパーダはよく知っている。

ケルベロスやアグニ、ルドラ兄弟のように聞き分けが良いはずもない。ましてや人間の力を認めて力を貸すなどあり得ない。

ならばベオウルフの魂はこの男に完全な敗北を認め、魔具にされてしまったのだ。

「ちょっと……あいつを倒したですって?」

キュルケは信じられないと言った顔を浮かべていた。

スパーダと一緒で三人がかりでも倒しきれなかったというのに、それを討ち取ってしまったなどと。

ましてやこの男はまともに魔法が使えないはずなのに。

 

「言ったろう。色々とスパーダの言う魔具とやらが俺の手元にはあるのだよ。試しに使ってみただけだ」

ルイズ達は愕然とした。

悪魔の武具を、この男が手にするだけでなく使いこなせるだなんて信じられなかった。

だが、映像の中のジョゼフは装備したベオウルフの篭手で襲い来る悪魔達を次々と叩きのめしている。

魔法の一つも操れないはずの、〝無能王〟には程遠い威容だった。

 

「俺は奴らの喧嘩にもっと介入してやろうと思っていてな。そのためのオモチャを色々と用意している所なのだ。このエルフの力を借りてな」

肩越しにジョゼフは後ろに控えたまま沈黙を続けるビダーシャルを見やった。

「ちょっと……ムンドゥス達に戦いを挑む気なの!?」

「悪いかな? ルイズ君。ハルケギニアを脅かす悪魔どもが暴れているのなら、討って出ても問題あるまい」

「そ……それは……そうだけど……」

「アンリエッタに知らせたければすれば良い。俺が好きでやっていることだからな。トリステインにもゲルマニアにも関係のないことだよ」

ジョゼフのやろうとしていることは大局的に見れば、ハルケギニアに迫る大いなる危機に対して立ち向かおうとしていると言えなくもない。

だがルイズには……いや、キュルケもタバサもこの男がそのような動機で行動を起そうとしているとは全く感じられない。

ましてやスパーダのような正義感があるとは到底思えなかった。

と、なれば何か別の目的がこの男にはあるのかもしれない、と疑うのは当然だった。

 

「どうだ? 魔剣士スパーダ。お前も来てみるか? アルビオンを裏で操っていたあの大悪魔の時のように、その剣を思う存分振るってみてはどうだ? ひょっとしたら、あの道化師もまた出てくるかもしれんぞ?」

「あのピエロのこと……何か知ってるの?」

「俺は何も知らんな。ミューズを通して奴を見たが、あんな悪魔は初めてだな。ふふふ……気が合いそうな感じがするよ」

期待の笑いをジョゼフは嬉々としながら漏らしていた。

ルイズ達の前に現れた道化師の悪魔・ジェスター。

スパーダはあれがムンドゥスの一派でないことを確信していたが、かと言ってアルゴサクスの手先でもないし、ジョゼフと関係がある訳でもない。

全く別の勢力が陰で暗躍しているのは正直言って不気味以外の何者でもない。

何が目的なのか、まるで見当もつかなかいのだから。

 

「一つ聞かせてもらおうか。ジョゼフよ」

真っ直ぐにスパーダはジョゼフの目を見据えて問うた。

「お前は、魔界の抗争に割り込んで何がしたい?」

ルイズ達と同じくスパーダも、この男が決して人としての良心や義侠心などといった感情や使命感を宿しているとは感じ取れない。

ジョゼフと会話をしていて一つだけ分かったのは、この男の心にある一つの感情だ。

 

〝虚無〟

 

何をやっても満たされない虚しさ。

それまであったであろう生き甲斐を失い、別の何かを求めようにもそれが見いだせない虚しさ。

悪魔達に戦いを挑もうとするのも、何かしらの野心がある訳でもない。

自分達に向けるその無邪気な笑顔の裏に、そういった虚無感が潜んでいるのをスパーダは見抜いていた。

 

ジョゼフはつまらなそうに小さな溜め息を吐き、ただ一言だけ答える。

「退屈なだけだよ」

映像の中のジョゼフは、肩に新たな魔具を装備して悪魔達を迎え撃とうとしていた。

手に入れたオモチャで遊ぶかのように、悪魔達との戦いを楽しんでいるように見えた。

だが、次第にそれすらも飽き始めていることもスパーダには感じられた。




ジョゼフが劇中で使用するショットガン『スパルタン』は、DMC1~3に登場している名前が無かったショットガンという設定です。

ダンテのコヨーテ・Aより若干威力が弱い性能となっています。

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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