魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Secret Mission <宵の密会者-Devil's reception>

 

スパーダは小さく嘆息し、椅子からそっと腰を上げだす。

「開いてる」

唐突に扉の方に向けて声をかけると、キィと静かに音を立ててひとりでに開きだした。

「おっ、おめえは……!」

そこにいる者の姿にデルフは呆気に取られる。

窓から差し込む月の薄明かりに照らされ、一人の男が佇んでいたのだ。

羽飾りのついた大きなつば広の帽子を被るその男こそ、つい先刻に王城の迎賓館で顔を合わせたエルフのビダーシャルだった。

彼はスパーダと同様の涼しい顔を保ったままじっと見つめ返している。

 

「すごい勘ね……さすがは悪魔ってところかしら」

感嘆と唸る女の声が響いた。

ビダーシャルの後ろから彼と同じ金髪をフードから覗かせる女が一人、ひょっこりと顔を出す。

その女もまたスパーダには見覚えのあるエルフだった。ビダーシャルの姪らしいルクシャナという女である。

 

平然と部屋に入って来るルクシャナだが、さらにもう一人が続いてきた。

「おい……! 不用意に入らないでくれ……! 相手は悪魔なんだぞ……!」

同じようにフードを被るその青年は、確かアリィーという名だったとスパーダは記憶している。

ルクシャナの腕を掴んで引き止める彼はきっとスパーダを睨みつけてきた。

他の二人と異なり、明確な敵意の元に威嚇をしてきている。

 

「何だ、何だぁ? エルフが三人も……いってぇどういうこったい?」

「なあに、それ? ひょっとして、インテリジェンスなの?」

テーブルの上に置かれたデルフのアミュレットにルクシャナは好奇の眼差しを送ってきた。

「だから駄目だって……!」

近寄ろうとするルクシャナをさらにアリィーに強く引き止めだす。

ルクシャナはムッとした顔をアリィーに向けて振り返った。

「もう。彼が他の悪魔とは違うのは解ってるでしょ?」

「君は本物の悪魔がどんなものか、まるで分かってない……! 悪魔が大人しいのは、上辺だけなんだぞ……! いつ僕達に牙を剥いてくるか……!」

「でも最初に彼に喧嘩を売ったのはこっちじゃない」

以前、このエルフの仲間達はハーフエルフのティファニアに危害を加えようとした。

どうやらあの時のことはしっかり憶えているらしい。

「いや……でもな……!」

アリィーがここまで警戒するのは、過去にも別の悪魔と対峙して手痛い目に遭ったからであろうことは容易に想像できる。

おまけに、目の前にいるのが実際に自分達が対峙してまるで歯が立たなかった相手なのだから、こんな態度になるのもごく当然でもある。

 

「国に帰したのではなかったのか?」

年若い男女のやり取りを無視してスパーダは冷然とビダーシャルに問いかける。

宿の場所自体はジョゼフと別れる際に告げてはいたので、誰か使者が遣わされて来たとしても驚きはしない。

ただ、ビダーシャルだけでなくその仲間達までも訪れるのは予想していなかった。

「勝手に残っているだけだ」

小さく溜め息を零しながらビダーシャルはそう返す。

その呆れたような態度は迎賓館で会った時にも表していたものだ。

どうやらこの二人が帰国せずガリアに残っているのは不本意なことらしい。

 

「それで何をしに来た。ジョゼフから何か伝言か?」

「いや。ジョゼフは関係ない。我の個人的なことだ」

そう答えながら入ってきたビダーシャルは静かに部屋の中へ視線を巡らせだす。

ルイズは深い眠りに落ちているままで、ルクシャナとアリィーが軽く騒いでいる中でも一向に起きる様子がない。

スパーダにはこの部屋とその周りにかけて精霊の力が働いていることを感じ取ることができた。

ちょうど、四方八方からビダーシャルに向けて細い糸のような無数の光が伸びて繋がっているようにスパーダには見えている。

ビダーシャルが行使したであろう先住魔法がルイズを熟睡させたままでいるのだ。

 

「おじ様。ひょっとして、これのことじゃない? わたしも精霊の力を感じるわ」

ルクシャナは部屋の片隅に置かれたサーシャの像を見つけて目を丸くしだす。

ちょうどビダーシャルもその像に目を留めた所だった。

像の前に歩み寄ると、目を閉じたままなサーシャの顔をじっと凝視しだす。

他の二人も興味深そうに像を眺めていた。

「あの時も、水の精霊の他に強い精霊の力を発する存在を我は感じていたのだが……」

「察しがいいな。ラグドリアン湖の(ぬし)が、アンドバリの指輪と一緒に守っていたものだ」

スパーダはラグドリアンの液体で満たされた瓶を手に一行の傍に歩み寄った。

肩越しに振り返るアリィーは不快の表情を隠そうともしないが、ルクシャナをスパーダから遮るように体を僅かに動かしている。

 

「どうして、エルフが蛮人の国に?」

「知らんな。ラグドリアンの話によればこれは六千年もの間、水の底で沈んでいたらしい」

「……六千年!?」

ルクシャナは大きく目を見開き驚く。

ビダーシャルも僅かに目を細めだす。

「おい、ルクシャナ。悪魔の言うことなんて真に受けるなよ。――うっ……!?」

アリィーが毒づいた途端、彼の眼前に突如透き通った液状の蛇が牙を剥き出しにして迫っていた。

スパーダが手にする瓶からラグドリアンは体を伸ばし、大きく形を変えている。

しかもいつの間にかアリィーの顔の周りをぐるぐると取り囲んでいるのだ。

 

そんなアリィーの姿にルクシャナは大きな溜め息を吐く。

「アリィー。駄目じゃないの。精霊を怒らせたりしちゃ。この精霊、プライドがとっても高いって蛮人の間じゃ有名らしいのよ?」

「ぼ、僕が何をしたって言うんだ!」

「つまり、この悪魔の言ったことは嘘ではないということだ。それを否定されて機嫌を損ねた……そんな所だな」

ビダーシャルまでもが困惑するアリィーを嗜めるように言った。

確かにラグドリアンはとても不機嫌になっているのはスパーダにも伝わってくる。

「もう良いだろう。戻れ」

スパーダがそう命じた途端、ラグドリアンはシュルシュルと瞬く間に縮んで瓶の中に戻っていった。

アリィーは愕然と立ち尽くしたまま、スパーダが手にする瓶の中で揺れている液体に食い入っていた。

 

元々二人が寝泊まりする部屋なので大きなベッドが二つ並んでいたが、スパーダには必要無いので片方は空いてるままだった。

ルクシャナとアリィーはその上に腰掛け、スパーダもルイズのベッドの上に腰を下ろし腕を組んで二人と向かい合う。

「ルクシャナと言ったな。お前にはまず礼を言わせてもらおう」

突然のスパーダからの感謝に二人はきょとんとした顔を浮かべだす。

座らないまま立っているビダーシャルも僅かに驚いたように目を丸くしていた。

「どうしたの? わたし、あなたに何かやったかしら?」

「ティファニアがお前の世話になった。彼女に代わって感謝する」

ルクシャナは「あぁ」と合点がいったように小さく頷いた。

 

「あの子、元気にしているの?」

「トリステインの魔法学院にいる」

「そう。わたしもまさかあの子がハーフだとは思わなかったんだけど……」

苦笑しながらルクシャナは肩を竦めてみせた。

「何にせよ、お前のおかげで彼女は助かった。改めて礼を言う」

「わたしからも仲間の非礼を詫びさせてもらうわ。いきなりあんなことをしちゃったりして……」

「それは本人に対して言うことだな」

ルクシャナは本物の悪魔を前にしてもまるで物怖じせず、平然と会話を続けていた。

むしろ話し相手が悪魔であるという自覚すらないように感じられるほどに落ち着き払っている。

「なあに? アリィー。この悪魔が無害なのはもう精霊達の様子で分かってるでしょ?」

「どうだか……」

それに対してアリィーは腕を組んだままずっと仏頂面のままである。

どうやらルクシャナがスパーダと会話をしているだけでも気に喰わないらしい。

 

悪魔であるスパーダを警戒するその認識自体はルクシャナよりも遥かに正しい。

……が、少々過剰反応が過ぎるともスパーダには感じられた。

こうした拒否反応はこれまでにもこのハルケギニアで何度も経験はある。

シルフィードを始めとする幻獣や動物達は、種として元来有する強い本能が邪悪な気配を敏感に感じ取り、過剰なまでにとても恐れるのだ。

事実、ラグドリアンも初対面の時には悪魔のスパーダを見るなり攻撃を仕掛けてきたものだが、すぐに大人しくなって今では信頼を寄せるようにもなっている。

だがシルフィードの方は今も態度は変わらない。他の動物達も然り。

この差は一体何なのだろうかと、時折スパーダは考えていたものだが……。

 

 

「こいつが邪魔なら席を外させようか」

「……!?」

三人のエルフ達は目を見張って驚きだす。

突然、スパーダの背後から腕が伸びて首に巻きつけられたのだ。

いつの間にか、スパーダの傍らには真紅の髪を伸ばす女が寄り添っていたのである。

音もなく忽然と姿を現した、異様な色の肌をした女にアリィーは驚愕の色を隠さない。

「な、な、何だ! お前は! 何で違う悪魔が……!」

狼狽しつつもアリィーはルクシャナを庇うようにスパーダ達の前に立ちはだかった。

 

スパーダに後ろから抱きついているネヴァンはその肩越しにアリィーを目を細めて見据えている。

「うるさいエルフねぇ。ちょっと睨みをきかせただけでオドオドして……あの竜と同じね」

嘲笑するネヴァンにアリィーは腰に差している小振りの曲刀を手にしだす。

「よせ。アリィーよ」

「で、でも……ビダーシャル様! 精霊達が怯えてます! こ、この悪魔は明らかに……!」

「ジョゼフが言ってた、魔剣士スパーダが従えてる悪魔……って奴ね。女の悪魔は初めて見るわ」

ビダーシャルとルクシャナは少し緊張した様子なものの、落ち着き払った面持ちを崩さない。

「ふふふ。あなたとそっちのエルフは肝が据わっているのね」

ベッドから降りたネヴァンは髪を掻き上げて両者をちらりと一瞥した。

「悪魔はベオウルフのような野蛮な奴ばかりじゃない……私やスパーダのように美男美女だっているのよ」

「寄るな、悪魔! ルクシャナにそれ以上近づくんじゃない!」

アリィーは曲刀の切っ先を真っ直ぐネヴァンに突きつけた。

淫魔の美貌と煽情的な姿は並の人間であれば一目見ただけで心を奪われてしまうだろうが、三人のエルフ達は目も暮れていない。

 

ネヴァンもまた余裕の態度を崩さないままアリィーの方に歩み寄っていく。

「恋人を守る騎士(ナイト)、という訳ね。でも……臆病な精霊の助けなしで守れるのかしら?」

「な……!」

「アリィーはわたしの婚約者よ。どうして分かったの?」

目を丸くするルクシャナに、ネヴァンはくすりと悪戯っぽく微笑んだ。

「さあ? 私は何も知らないわ。あなた達が自分で白状したのよ」

スパーダにしてもこの二人が特別な関係なのだろうということは、アリィーの態度から見ても察することができる。

しかし、このアリィーではネヴァンに対抗するのはまず無理だろう。

そもそも周りの精霊の力はビダーシャルに集中しているし、その力の流れもつい先程までと比べて完全に乱れ切っている。

顕現したネヴァンという上級悪魔の存在に恐怖しているのだ。

 

「少し散歩でもしてこい。お前がいるとそいつが落ち着かん」

「……そうねぇ。こんなお堅いエルフなんてからかってもつまらないし……あの竜の相手でもしてこようかしら」

ネヴァンに限らず、スパーダに憑依している上級悪魔達はそのまま沈黙している訳ではない。

外部で起きていることはしっかり認識しているし、その気になれば自らの気配を発することもできるのだ。

ケルベロスやゲリュオン、ドッペルゲンガーは大人しくしているのだが、ネヴァンだけは時折周囲を威嚇するように殺気を放つことがある。

特にシルフィードなどがいる時は露骨に挑発していた。

動物達はそれを敏感に感じ取ってしまい、結果として共にいるスパーダのことも極端に恐れてしまうのだ。

現に、このアリィーというエルフもまたネヴァンの殺気にこうまで強く反応している。

 

ビダーシャルはすぐ横を通り過ぎていくネヴァンをちらりと横目で一瞥していた。

ルクシャナもビダーシャルも同様にネヴァンの殺気に気を張ってはいるが、その落ち着いた態度は過敏なアリィーとはまるで違う。

アリィーは剣を手にしたまま警戒を解かない中、ネヴァンは入り口でピタリと立ち止まった。

「それにしても残念ね……あなた達のお仲間のエルフが残ってくれていたら、遠慮なく殺してあげたのに……」

肩越しにちらりと振り返ると、薄く冷たい笑みを浮かべだす。

アリィーはごくりと息を呑んでネヴァンを睨み返している。

「マッダーフとイドリスのこと?」

「彼らがお前に何をしたんだ」

ネヴァンはアリィーに答えはせず、かざした指先に小さな雷光を迸らせていた。

威嚇どころか明らかな恫喝だ。

もしこの場に他のエルフ達がいれば、容赦なくこの部屋には雷撃が迸ったことだろう。

「覚えておきなさい。エルフのボウヤ。スパーダに本気で牙を剥いたら、私が代わりに殺してあげるわ。……野獣に相応しい殺し方でね」

宣告を告げ終えると共に瞳が赤く、妖しく煌めきだす。

睨まれたアリィーは歯を食い縛りながら、首筋に冷や汗を滲ませる。

扉は勝手に開き、深淵の魔女はその身を闇に包みながら部屋を後にした。

 

「おじ様。あの悪魔、本気よ」

「悪魔を怒らせれば我らもただではすまぬ。改めて実感できたな」

狼狽するアリィーに対して他の二人は終始、冷静沈着なままだった。

この二人は、文字通りに肝が据わっているのだろうとスパーダは実感した。

悪魔の威圧にプレッシャーを感じていたには違いないだろうが、理性が感情を上回っているおかげでここまで平静でいられるのだ。

反対にシルフィードら数多くの獣達や、元より神経質らしいアリィーも感情と本能が理性で抑え切れないが故に、過敏に反応してしまうのである。

事実、プレッシャーの原因となる者がいなくなったおかげかアリィーの険しかった顔は僅かだが和らいでいた。

 

(婚約者、か)

だが、このアリィーに限ってはそれだけでは無いことがスパーダには理解できた。

この青年にはその身に代えても守りたいと強く願う女がいる。その者がすぐ近くにいるからこそ、脅威となり得る相手を前に余計に過敏に反応してしまうのだ。

「何がおかしいんだ」

思わず微笑を浮かべたスパーダにアリィーが憮然と顔を顰めた。

別に意識して笑ったのではなかった。

このアリィーという青年が、本国にも帰らず遥か遠い異国の地に残る根本的な理由が分かってしまい、自然と綻んでしまったのである。

そういえば、以前に会った時も彼は自分が愛する者を守らんがため、スパーダに牙を剥いてきたのだった。

 

 

一行はまだ営業中の居酒屋へ降りてきていた。

スパーダはティファニアがルクシャナの世話になった礼やついでにアリィーへの詫びも兼ねて、一杯奢ることにしたのだ。

男二人は反応が乏しかったが、ルクシャナは快くもてなしを受け入れていた。

「君はよくそんな物を美味そうに飲めるな」

「そう? わたしはこのカクテルってお酒、好きよ。砂漠(サハラ)じゃまともに飲めないもの」

「僕の口には合わないね。そんな混ぜ物なんて……」

ルクシャナはスパークリングワインにジュースが加えられたカクテルを美味そうに堪能している。

頬杖を突いてアリィーはその様を横目で見ながら、少量の蜂蜜酒をチビチビと飲んでいた。

 

スパーダと三人のエルフ達のテーブルの周りには当然ながら他にも大勢の客達で賑わっている。

本来ならエルフの存在が露わになればこのハルケギニアでは大騒ぎになってしまう。

だが帽子やフードを外していた今の三人は先住魔法によって耳を変化させ、人間と同じ形にしているのでバレる心配など全くなかった。

 

「お前達はビダーシャルの助手という訳ではないようだな」

ウイスキーの注がれたグラスを片手にスパーダは二人の若いエルフに問いかけた。

ビダーシャルは無表情のままアリィーと同じ酒を静かに口にしている。

「そうよ。だって、おじ様だけ残して帰るのも不憫だもの」

「こっちは良い迷惑だ……何で蛮人の国に残らなきゃならないんだ」

「何よ。アリィーは自分で残ったんでしょ?。帰りたいなら、勝手に帰れば良いじゃない」

「君が帰ろうとしないからだ! もう十分蛮人の国は見物しただろう? いい加減、サハラに帰ったらどうだ?」

「嫌よ。まだこのガリアしか見てないのよ。隣の国のトリステインやゲルマニアとかも行ってないし」

「もうたくさんだ! 一体、どこが面白いって言うんだ! 蛮人達の生活なんて見たって、何にも面白くない!」

アリィーはここまで大声を発しているのだが、周りの客は気にも留めていなかった。

ビダーシャルの行使する精霊の力によってこのテーブルでの会話は周りには聞こえないようになっているので、いくら騒ごうともそれは届かないのである。

「そう? アリィーだって何だかんだ言って付いてきてるじゃない」

どうやらこの二人はビダーシャルとは独自に行動をしていたらしい。

しかも事実上、ルクシャナによる観光でアリィーはそのお付きみたいな立場のようである。

「あ~あ……やっぱり来るんじゃなかった……」

額を押さえながらアリィーは盛大に溜め息を漏らす。

 

勝手に言い合いを続けている二人を尻目に、テーブルの真ん中に置かれたデルフは口を開きだす。

「何か込み入ってやがんな。ジョゼフの野郎と何かあったのか?」

「……ジョゼフに一杯食わされた。それだけだよ」

「あのジョゼフって男、噂に聞いてたより全然(したた)かな奴だったわね」

憮然とするアリィーに同調してルクシャナは苦笑した。

二人の若者は酒を呷りながら話を続けていった。

 

語る所によると、ビダーシャルを筆頭にしたエルフ達はガリア王ジョゼフとの交渉を目的に遠路遥々ハルケギニアを訪れたという。

それがほんの数ヵ月前にこの街でスパーダがベオウルフらと戦った日……初めて三人と出会ったあの日なのだ。

本来、交渉に来るのはビダーシャル一人だけのはずだったが姪のルクシャナは無理矢理ついてきて、アリィー達はその護衛だったらしい。

「それで、交渉とやらは上手くいったのか?」

「それが全然。むしろあっちの方がやり手だったわ」

「蛮人なら蛮人らしく、素直にこっちの条件を呑めば良いのに……」

悔し気にアリィーは舌を打った。

交渉の内容自体は話さなかったが、エルフ側はジョゼフに破格とも言えるであろう見返りを用意していたという。

以後、百年間におけるエルフの領内である砂漠での風石の採掘権やエルフの国・ネフテスの高度な技術を提供――

確かにそれは人間にしてみれば、むしろ気前が良すぎると思えるくらい破格の見返りだろう。

交渉相手が凡庸な王であれば、即座に首を縦に振ったに違いない。

しかし、このエルフ達が交渉したのは凡人ではなかった。

 

ジョゼフはさらに要求を付け加えたというのだ。

――それは『エルフの部下』

その条件にビダーシャル達は愕然としたという。

マッダーフというエルフは「誇りあるエルフが蛮人ごときに仕えるなんて馬鹿馬鹿しい」と憤慨までしたらしい。

だが、結局断ることはできなかった。でなければ、交渉は決裂してしまうのだから。

 

「それで、お前が奴の部下になったのか」

「……背に腹は代えられぬのでな。ルクシャナやアリィー達を巻き込む訳にはいかぬ」

顔色一つ変えないまま沈黙を保っていたビダーシャルはようやく口を開き始める。

本人としてもジョゼフに仕えるのは本意でないのは明らかだ。

「奴に仕えてみてどうだ? 奴の身近にいて、どう感じた」

「……底知れぬ男だ。風の噂では、奴は王位を手にするために弟を殺めたほど欲深い男だと聞いていた。だから交渉相手に選んだのだが……」

眉間に皺を寄せてビダーシャルは呻いた。

「我らは見損なっていたのかもしれぬ。奴は噂で聞いていたような、強欲な蛮人とは程遠い。奴には、そんな物は端からないのだ」

「交渉相手を間違えたか?」

「まだ分からぬ……奴が善人でないことだけは確かだが……」

ビダーシャルは力なく目を伏せた。

ジョゼフの身近にいた身である以上、あの男の異常性をはっきり感じ取れたのだろう。

 

「……魔の眷族の剣士よ。あの部屋にあった我が同胞の像のことだが……お前はあの者についてどれ程のことを知り及んでいる?」

ようやくビダーシャルはスパーダの元に訪れた最大の目的について切り出し始めた。

「あれは私よりも、こいつの方が詳しいな」

ちらりとスパーダはデルフのアミュレットへと視線を落とした。

三人のエルフ達は人ではない意思を宿すアミュレットに注目する。

「しかし、僕はまだ信じられないな。何でエルフが何千年もあんな姿で、水の底に沈んでなきゃならないんだ」

「だがアリィーよ。あの像に極めて強い精霊の力が働いていることは君にも分かるだろう」

「ん……まぁ……」

訝しそうに腕を組むアリィーはビダーシャルの言葉に微妙な顔をする。

心情的には納得しかねるが、精霊の力を扱うエルフ達の理屈では受け入れざるを得ない様子だ。

 

「ねえねえ。もしかしてあなたって、あのエルフが意思を宿らせて作ったのかしら」

ルクシャナは好奇の目を輝かせてデルフに詰め寄った。

「……そうだな。確かに、サーシャの奴が作ったのさ。俺ぁ元々剣だったんだけどよ」

僅かな思案があり、デルフは語りだす。

スパーダは僅かに目を細めてデルフを見据えた。

「へぇ。じゃあインテリジェンスソードなのね? どうして今はそんな器に入ってるの?」

「聞かないでくれねえか……それに、こいつはこいつで俺も気に入っちゃいるんだ。サーシャのことを思い出せたんだしな」

「もっと聞きたいわ。あのサーシャってエルフのこと」

知的好奇心に満ち溢れた目でルクシャナはデルフを促した。

「どうって言われてもなぁ。あんまりよく憶えてねえんだよ。何しろ六千年も昔だからなぁ」

そう言いつつもデルフの口からは様々な思い出が次々と溢れ出ていった。

 

サーシャの愛剣として共に戦った日々のことやブリミルのパートナーとして過ごした日々のこと。

自分を魔法の実験台にしたブリミルに鉄拳制裁を加えたこと……。

異世界から侵略してきたヴァリヤーグを追い払おうとブリミルと共に奮戦したこと……。

 

いくつかは、まだスパーダすら知り得ていないものばかりだった。

とはいえ、大抵はありきたりな日常の出来事で大したものでもなかったが。

それでもルクシャナは熱心に、ビダーシャルも無表情ながら真剣にデルフの話に聞き入っていた。

アリィーは退屈そうにそっぽを向いて酒を口にしていたが、いつの間にか眠りこけてしまっている。

「ヴァリヤーグ……」

「おじ様。ブリミルって、大災厄を起したっていう大悪魔(シャイターン)のことでしょう?」

「……ああ」

思い詰めていたビダーシャルは一瞬だが反応が遅れていた。

「ブリミルが悪魔だと?」

エルフ達の発した言葉にスパーダは眉を顰める。

人間とエルフは宗教上でも対立しているらしいことはスパーダも歴史書を読んである程度は知っている。

始祖ブリミルが人間にとっては神にも等しい存在で崇められても、敵対するエルフにしてみれば自分達の脅威である悪魔と同じに過ぎないのだろう。

「そうよ。わたし達砂漠の民の間に伝わる古い伝承と予言があるの。かつて、エルフが滅びかけた大災厄を引き起こした大悪魔のね……」

ルクシャナはほんのりと顔を朱に染めたまま、澄んだ声で唄うように語り始めた。

無論、周りの客には精霊の力で遮られて聞こえはしない。

 

 

六千年もの大昔、悪魔(シャイターン)の門より現れた大悪魔。

大悪魔は大いなる意思の(ことわり)に反した背徳の力を用いて、侵略者(ヴァリヤーグ)を世界に招き入れた。

大悪魔と侵略者の暴虐により引き起こされた〝大災厄〟は、高貴なる種族であるエルフをあわや滅ぼさんとしていた。

その滅びの危機を救ったのが〝聖者〟と呼ばれし偉大なる救世主、アヌビス――

聖者アヌビスは光り輝く左手で聖なる剣を振るい、大悪魔を滅ぼし、侵略者たちも悪魔(シャイターン)の門の先に退けたという……。

その大悪魔こそが、ハルケギニアで始祖ブリミルと呼ばれる者のことらしい。

「わたし達に伝わる予言にはこうあるの。『四の悪魔揃いし時、真の悪魔の力は目覚めん。真の悪魔の力は、再び大災厄をもたらすであろう』……ってね」

(ブリミルが悪魔……四の悪魔か……)

顎に手を当ててスパーダは深く考え込む。

本当にブリミルが悪魔そのものと化したかどうかは分からない。

だが伝承でそこまで呼ばれるということは、ブリミルは余程エルフ達に憎まれるようなことをしでかしたのかもしれない。

多少の誇張は混じっているのかもしれないが。

しかし、今の話に出ていた〝悪魔の門〟は間違いなく、魔界に繋がる出入り口――

以前、デルフも語ったブリミルが虚無の魔法により時空を超えて繋いでしまったであろうものに違いない。

 

「おじ様がこの国に来たのだって、蛮人達が悪魔(シャイターン)の門に近づけないようにするためなんだから」

「……その門というのは、こちらの人間達で言う聖地のことか?」

ちらりとビダーシャルを見やるスパーダ。

腕を組んだまま彼は静かに目を伏せていた。

「蛮人達にとっては聖地でも、我らにとっては忌まわしい悪魔の力に満ちた禁忌の地に過ぎん」

否定も肯定もせず、溜め息だけを零す。

スパーダも歴史書を見てハルケギニアの人間達が過去、幾度となくエルフ達と戦争を繰り広げていたことは知っている。

何故、戦争をするのか。理由は一つ。ブリミル教徒の悲願だという〝聖地〟を取り戻すためだ。

エルフの伝承によれば、大悪魔ことブリミルが開いた悪魔の門とやらを通ってヴァリヤーグという侵略者達はこの世界に現れたという。

そしてデルフの記憶に曰く、ブリミルは虚無の魔法で魔界の道を偶然開いてしまい、悪魔達を招き入れてしまったらしい。

……全ての事柄がぴったりと符号する。

「文字通り、その悪魔の門とやらからは今も悪魔が湧き出しているようだな」

「あなただって悪魔でしょう? あなたの方が詳しいんじゃないの? ずいぶん他人事ね」

「私は強引に人間達に呼び出されたような身なのでな。この世界のことは大して知らん」

自嘲するように言いながらスパーダはウイスキーを一口啜った。

 

「大方、その悪魔の門とやらの周りでは天変地異でも起きているのだろう。違うか?」

ビダーシャルはピクリと反応してちらりとスパーダを見返す。

答えるべきか、やめておくべきか、逡巡しているのが窺えた。

「……この数十年、悪魔の門の活動が活発化しているのは確かだ。その影響で、我らの住まう砂漠の至る所で異変が起きている」

「ほう。具体的には?」

「……そうだな。精霊の加護が効かなくなってまともな生活も儘ならん。それは悪魔の門がある土地に近いほど強い」

「そうよ。わたしのオアシスだって、最近どんどん暑くなってきて、くたびれちゃうんだから。わたしが古い友達の所に遊びに行く時だって、本当に苦労してるのよ? 暑いのに海が凍ってたり……逆に物凄い熱湯になったりするし……」

ルクシャナは溜め息を吐きながらそう語った。

アルビオン大陸もそうだったが、悪魔や魔界の影響を強く受けた土地では人智を超えた思いも寄らぬ異変や災害が発生する。

たった今、彼女が語ったような災害などほんの一部に過ぎないだろう。

エルフ達の住まう土地は間違いなく、魔界化が進行しているのだ。それによって、大勢のエルフ達は苦しんでいるに違いない。

 

「どうだ? デルフ。お前も何か思い出したか」

「……い、いや。その……え~と……」

歯切れが悪く言葉を詰まらせている。

何かを少なくともぼんやりと憶えているようだが、口に出すことを躊躇っている様子だ。

「サーシャは恐らく、エルフ達の聖者と同一人物の可能性が極めて高い」

「どうしてそう言えるんだ? ……って、まさかガンダールヴのことか?」

「そうだ。偶然とも思えん」

ガンダールヴもアヌビスも、どちらも左手で武器を操っていたという。

しかもその左手は双方ともに光り輝いていたのだ。

「ガンダールヴ? あのエルフって、ガンダールヴなの? 蛮人のメイジが使役する使い魔ってやつ?」

目を丸くして驚くルクシャナ。ビダーシャルも僅かに片眉を顰めていた。

「おうよ。文句あるか?」

「別に誰も悪いなんて言ってないわ。……アリィーが起きてたら、きっと色々野次を飛ばしてたでしょうけど」

くすりと笑ったルクシャナは突っ伏したまま眠りこけている婚約者をちらりと見やった。

「えらく人間達の伝説に詳しいな」

「過去の戦争で何度か四つの悪魔の力は揃いそうになったって聞いてるわ。ガンダールヴ、ヴィンダールヴ、ミョズニトニルン……蛮人達が呼ぶ虚無の力についての記録も残っているくらいよ。ガンダールヴっていうのは、武器を自在に操るとか……」

したり顔で語るルクシャナは空になったグラスに添えてあったチェリーを摘まんで口にした。

 

「あのサーシャってエルフが本当にガンダールヴで聖者アヌビスなら、おじ様の学説が真実だって証明できるわ!」

「確かに興味深いことではあるが……」

興奮するルクシャナに反して涼しい顔なビダーシャルはむしろ納得しかねると言いたげだった。

「しかし、腑に落ちんな。仮に本当に聖者アヌビスとガンダールヴが同一なら、何故主であるはずの大悪魔(シャイターン)を滅ぼしたというのか」

「それは当事者に聞くしかあるまい」

三人の視線はテーブルの中心のデルフへと注がれた。

注目を浴びたデルフは戸惑いながらも声を絞り出していた。

「お、俺ぁ……何にも知らねえぞ。いや、ホントに。マジで。忘れちまってるだけかもしんねえけど……」

「どうやら、その小さなる意思の記憶は信頼するに足りるようだな」

「こいつの記憶の奥底には封印がかかっているらしい。誰がかけたかは知らんがな」

デルフを無視してビダーシャルは頷き、スパーダも嘆息した。

ビダーシャルはそっとアミュレットに手をかざし、静かに瞑目する。

十数秒ほど沈黙が続き、そのまま口を開きだす。

「……確かに、この小さなる意思には微かだが精霊の力の干渉が感じられるな」

「な、何だと?」

デルフは困惑の声を上げた。

「お前に外せるか?」

「その必要はない。この者が意識の奥底に潜り込めば、自力で外せるはずだがな」

「え? マジで?」

「お前はそんなことも知らんのか」

「知る訳ねーじゃん。いや、もしかしたら忘れただけかもしんねーけど」

意図的に忘れたか、第三者の手によって忘れさせられたか、スパーダでも判断はしかねる。

だがデルフ自身が自らの封じられた記憶を呼び起こすことができるのであれば、当人に任せるしかない。

 

「サーシャの像の封印を解くには、お前達の精霊の力が必要だ。お前にあれが解けるか?」

「やってみなければ分からぬ。だが、あれ程強固な精霊の封印は、大掛かりな儀式が必要になるだろう」

「人手がいるならこちらからは一人用意できるが」

「それって、あの水の精霊のこと?」

「そうだ。彼女を六千年も守り続けてきたからな。力は保証する」

「おじ様。本当にあのエルフの封印を解く気なの?」

「どの道、儀式のための準備が必要だ。我にはこの国ですべきこともある故、空いた時間を縫うしかあるまい」

期待と好奇に胸を躍らせるようにルクシャナは詰め寄った。

「我としても、同胞をあのままにしておくのは捨て置けん」

「個人的にも興味があるか? 彼女が本当に聖者アヌビスなのか……」

ビダーシャルはそれには答えず、残りの酒を呷った。

そもそも彼がスパーダの元に訪れた一番の理由は、あのサーシャの像が気になったが故だ。

恐らくこの男の本業は学者か何かなのだろう。多少なりとも知的好奇心はあるに違いない。

姪のルクシャナはその気質がとても強い。親類であるからにはルーツは共通しているのだろう。

他のエルフと違って人間に対する敵意が薄いのも同じこと。ある意味、似た者同士なのだ。

 

「魔の眷族スパーダよ。一つ聞かせてもらいたい」

真っ直ぐにスパーダの目を見据えながらビダーシャルは問いかける。

「お前は悪魔(シャイターン)の門を訪れたとして、何をする気だ?」

「この世界と魔界を繋げているなら、それを断ち切るまでだ」

真剣な眼差しを受けながらスパーダは迷うことなく即答した。

ハルケギニアと異世界を繋いでしまった虚無のゲート……ブリミル教徒が目指す聖地……エルフの地を脅かす悪魔の門……。

それらは全て同一で同じ場所にある。

そして、その場所には魔界からの力がかなり集中しているはずだ。ならば、場所を特定するのも難しくはない。

 

「……我は正直、己が信じ難い。まさか悪魔とここまで話ができるなど思いもしなかった」

「わたしも。悪魔って、さっきのみたいにもっと怖そうなのばかりだと思ってたけど……あなたは全然悪魔なんて雰囲気がないわね」

渋面なビダーシャルに同調するルクシャナも不思議そうにスパーダを覗き込む。

「私は例外だと思うことだ。悪魔など簡単に信用せん方が良い。お前の婚約者のようにな」

ぷ、とルクシャナは失笑した。

ネヴァンはともかくとして、スパーダも悪魔であることに変わりない。

ここまですんなりと会話を続けられるのは、二人にとっても意外過ぎたようだ。

あまりにも自然と話し合えるし、エルフにとっても重要な話さえあっさりと口にしてしまう。

酒に酔って口が軽くなっているのとも違った。

そもそも悪魔とエルフが酒を飲み交わす等という状況など、本来ならあり得ないはずであった。

それはお互いに、相手に敵意を抱いていないからこそ成せたことだ。

「どうしてあなたは自分の同胞に牙を剥いてまで蛮人の味方をするの?」

「では聞くが、お前は何故ティファニアを助けた?」

逆に問い返されてルクシャナは面食らった。

「お前は彼女を自分達の同胞と見間違えたようだが、本当にただそれだけでティファニアを助けようとしたのか」

「う~ん……」

困ったようにルクシャナは唸る。どうやら自分でもよく分からないらしい。

「目の前で苦しむ者を救おうとするのに理屈などいらん。衝動とはそういうものだ」

それが、先ほどの彼女からの問いに対する答えだった。

二人のエルフは、呆然と摩訶不思議に感じる悪魔を見返していた。

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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