魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 76 <炎蛇と錬金術-Cat's whisper>

 

この日、ルイズ達のクラスの一時限目はコルベールが担当することになっていた。

ヴェストリ広場の一角に仮設の教卓が置かれ、生徒達は遠巻きに囲んでいる。

その群衆の一番後ろにスパーダは佇んでいた。

「皆さん。〝火〟が燃えるための条件をご存じですかな?」

教卓の前に立ったコルベールはにこやかに生徒達の顔を見回す。

「普通に木をいっぱい燃やせば良いんじゃないですか?」

一人の男子生徒はつまらなそうに答えるが、コルベールは声を立てて苦笑した。

「はははは、確かにそうですな。燃やすものが無ければ火は燃えないのは道理だ。ではその木を火で燃やすには何が必要かな? ……おっと! 魔法のことは一度忘れてくれたまえ」

そこまで問われると答えた生徒も他の者達も一様に首を傾げてしまう。

普段、何気なく火の魔法を使ったりする身ではあっても、その原理にまで考えを巡らせるなどほとんどない。

火の使い手であるキュルケは退屈そうに爪を磨くだけで答えようとする様子はなかった。

 

困惑な空気の中、ルイズは意を決して声を上げた。

「えーと、空気の中にある酸素という物と熱が必要と聞いてます」

満足そうにコルベールは頷いた。他の生徒達は目を丸くしてルイズに注目する。

「その通り。火が燃えるには、実際に燃やす〝可燃物〟、熱を出すための〝着火〟、そして火が燃え続けるため〝酸素〟の三要素が必要なんですな」

と、おもむろにコルベールは教卓の上に置いてある物に視線を向けた。

被せてあった布を外すと、二つの大きなビーカーが姿を現した。

「何だ、あれ?」

片方は何の変哲もない水のようだった。

しかし、もう一つの方に生徒達の視線は集まっていた。

そのビーカーの中には淡い青色の液体がなみなみと注がれているのだ。

しかも水のビーカーと違って、何やら白い煙のようなものが微かに出ているのが一同の興味を刺激する。

 

「これ、何だと思います?」

ニコニコと笑顔で生徒達の顔を見回すコルベール。

だが誰もが再び首を傾げて、謎の青い液体に釘付けになってしまう。

さすがのキュルケもルイズやタバサと一緒に目を丸くして興味津々だった。

「実は……この中にあるのは酸素なんですよ」

生徒達は怪訝そうに青い液体に見入った。

コルベールはビーカーと一緒に置いてあった燭台を手にすると、杖をかざして細長い蝋燭に火を点ける。

その火をもう一つのビーカーの水に少し浸けただけであっという間に火は消える。

「こっちの容器に入っているのは何の変哲もないただの水ですぞ。御覧の通り、火は消えてしまいましたな。ところが、こっちに火を近づけると……」

再度蝋燭に点火したコルベールは、それを青い液体のビーカーの口へと近づけていく。

 

「おおおお!?」

ギーシュを筆頭に生徒達は思わず驚きの声を上げた。

蝋燭に灯されていた小さな火は突然、激しく燃えだしたのである。

膨れ上がった炎の勢いに比例して蝋燭は見る間に溶けて縮んでいく。

「あれ? 消えない!」

さらに生徒達が驚いたのは、液体の中に突っ込まれた炎は消えるどころかさらに激しく燃え上がったからである。

ビーカーの中からは小さいながらも火の柱が昇る程、激しい炎が噴き上がっていた。

「熱ちちっ!!」

やがてコルベールが悲鳴と共に引っ込めた時には蝋燭は半分以上も短くなり、灯された火も元に戻っていた。

生徒達は唖然として蝋燭の火を慌てて吹き消すコルベールを見つめている。

 

「メイジが大気中の水分を魔法に利用するように普段、我々が吸っているこの空気の中には実は目に見えない色々な物が含まれているんですな。今回は、その中から酸素だけを取り出してこうして液体にしてみました」

解説を始めたコルベールに生徒達はますます強い好奇心を抱く。

ルイズ達も同様で、スパーダはじっとコルベールを見守っている。

「空気の中には、酸素がおよそ四~五割ほどが含まれているのです。それぐらいの量で普段、我々人間が扱う火は程よく燃えてくれる訳だが……」

液体の酸素が注がれるビーカーをコルベールは杖で指し示す。

「この中にある液体の酸素はその何倍もの濃度ですから、あんなに燃えるんですぞ。今回は蝋燭で実験しましたが、普段燃えない物も簡単に燃やすこともできるようになります」

「先生。その水って、飲めるんですか?」

「それは無理だよ。触るだけで危険ですからな」

危険な代物――それを聞いた生徒達は一様に顔色が変わる。

コルベールはさらに上部に針と目盛りの付いた棒状の器具を取り出し、液体酸素の中に棒の下の先端を突っ込みだす。

「これは王立アカデミーでも使用している特殊な温度計です。エレオノール先生から借りてきました」

 

液体酸素はブクブクと泡を立て、白い煙をモクモクと吹き出していく。

数十秒間、その様子を生徒達は不思議そうに見つめている。

「あ……どんどん下がってる……」

時計のような盤面の上で温度計の針は物凄い勢いで逆に回って温度が下がっていくのが分かる。

水が氷になる温度を基準に〝0〟としており、それ以下の温度は冷熱と呼ばれる。

その冷熱の温度は、10――20――40――80――とどんどん下がっていく。

ハルケギニアの歴史上、観測されたことがある最低の冷熱温度は真冬のアルビオン大陸の山脈における〝56〟と聞いている。

 

「まだまだ、ぐんぐん下がります! もっともっと下がっていきますぞ!」

温度計の計りの針をコルベールは楽しげに眺めている。

針はついに一周して冷熱は120を超えている。

冷熱100に達したあたりから針の動きは徐々に鈍くなっており、ついには150を超えてくると頻繁に止まっては小さく動き出す……という流れを繰り返していった。

やがて針はピタリと動きを止めてしまい、その温度は……。

「冷熱は183……と~っても冷たいんですな。ですから、この中にこうしてパンを入れてみますと……」

さらにコルベールは教卓の上に置いてあった黒パンのひと塊に棒を突き刺すと同じく液体酸素の中へと浸していた。

想像もできない冷たさを知って生徒達は不思議と背筋が凍りだしてしまう。

もし素手で触れようものなら、一瞬にして凍り付いてしまうだろうと容易に想像できた。

やがてビーカーから取り出されたパンは真っ白に覆われ、冷気を放っていた。

コルベールは教卓を凍り付いたパンでトントンと叩いてみせる。

まるで金槌で叩くような硬質な音は、柔らかい普通のパンではあり得ないものだ。

「見事に凍りつきましたな! ですが、これに火を近づけると……」

そう言いつつ、杖先に火を灯したコルベールはそれを凍ったパンに近づける。

途端にパンは激しく炎を噴き出して燃え上がる。

生徒達が驚く間に、跡形もなく燃え尽きてしまった。

「凍ってるのに燃えるんですか!?」

「何しろ今のパンは酸素がたっぷり染みこんでいましたからな。普通のパンは燃やしても、案外燃えませんぞ」

試しにとばかりに別のパンの一切れにもそのまま火を点けようとする。

先程と打って変わって中々燃え出さないし、火が点いても全然小さく燃え方も緩やかだった。

「酸素に限らず、空気の中に含まれる成分には色々と面白い性質がありますぞ。しかし、酸素にしろ扱いを間違えると極めて危険ですから、気を付けないといけません」

コルベールの講義に生徒達はもちろんのこと、スパーダも感嘆を禁じ得ない程に聞き入っていた。

 

元々、今回の実験はスパーダの写本に記されていた錬金術師の実験が元となっている。

およそ十年ほど前にさる錬金術師は、大気の中に目に見えない多種多様な物質が存在することを突き止めている。

その物質を個々に抽出する術を編み出し、さらにそれらを液体にすることで何百倍にも凝縮できるなど様々な発見をしていた。

気体の成分は液体になると極端に冷たくなる、というのは共通の事項だった。

だがこの実験成果は公には記録されていない。

実験で大量に作られた酸素とは別の液化成分が誤って大量に溢れ出た結果、実験を行っていた錬金術師と弟子達の大半が窒息死するという大事故が起こった。

液化された大気成分は蒸発して気体に戻ると数百倍にも膨張する。

それが本来の大気と混じった結果、蒸発した成分が大量に溢れ出た実験室は酸素の濃度が極端に低下して人間は呼吸もできなくなってしまうのだ。

辛うじて生き残った弟子の一人はこの危険な研究を恐れ、歴史の闇の奥へと葬ってしまったのである。

無論、スパーダはその事故についても写本に記録していた。

 

コルベールはスパーダと共に数日かけて、先人達の記録に沿いながら酸素を液体に変えることに成功したのである。

一応、実験ではその過程で他にも様々な成分の液化に成功している。

液体の酸素よりもさらに冷たい液化成分もサンプルとして研究室には保管されていた。

 

スパーダは正直な所、この研究は歴史の片隅に消えていくのはとても惜しいと感じていた。

人の力でここまで低温の冷熱を生み出すなど、見事と思わざるを得ない。

熱を操る悪魔は大勢いるが高熱はまだしも冷熱となると極めて扱いが難しく、行使できる者は限られてくる。

ケルベロスも絶対零度の冷気の力を操ることこそ可能だが、余程の力を発揮しなければそこまでには至らないのである。

魔界でも過酷な極寒の領域は存在するが、それでも今の実験で使われた液体酸素の冷熱にすら達しない。

(アニエス達でも使えそうだな)

人間が悪魔に対抗する術の一つとして、使わせない手はない。

 

「ところでそこの君達。……君達はミスタ・ギトーのクラスの子達だね?」

ふと、コルベールは群衆の一角にいる数人の男子生徒達を見やった。

彼らは二年生のマントを身に着けているが、ルイズ達とは違うクラスの者達だった。

「ああ、良いんですよ。どうせつまんない授業しかしないんですから」

「コルベール先生の授業を聞いてる方がよっぽど勉強になります」

ぞんざいな態度で彼らは自分達を指導するはずの教師に悪態をつく。

そのギトー自身は、広場の別の場所で実技の授業を行っている真っ最中だった。

コルベールのグループからは遠いので、当然悪口は届かないはずである。

「こらこら。そんなこと言うもんじゃありませんぞ。ギトー先生だって君達に魔法のお手本を見せてくれているじゃないか。彼の技をよく見て、君達も参考にするんですぞ」

注意された生徒達は憮然とギトーが授業を行っている方へと戻っていった。

「嫌われたものね」

「でも、ちょっと不憫かも……」

キュルケもルイズもじっとギトーのグループを見つめて嘆息する。

学院の教師達の大半は、生徒達からの信頼を完全に失っていた。

魔法学院がアルビオンからの賊に襲われたあの一件でギトーを含む教師達はとんだ醜態を晒してしまったのだ。

故に生徒達は真面目に授業を聞かなくなり、今のようにサボるような者まで現れる始末となっている。

嫌われていないのはコルベールやエレオノールといったあの襲撃事件で体を張って敵に立ち向かった者達だけである。

ただ、シュヴルーズだけは一番最初に不意討ちされてしまったということもあってか、例外的に評判は落ちておらずいつも通りであった。

今、この学院で一番人気がある教師はと言うと……同じく生徒達を守ろうとしたカトレアである。

 

 

放課後、幾人かの生徒達は開放された講義室を訪れていた。

図書室で読んでみたスパーダの写本に記されていた錬金術を試してみたいという好奇心から、器具を持ち込んで各自で実験を行っていたのである。

とはいえ、大半の錬金術はまだ知識も浅い書生の身で行うには難しいため、簡単なマジックアイテムや薬を作るといったものばかりだったが。

「えーと、こんなので良いのかしら……」

ルイズもまた、その一人だった。

図書館の書物は無断持ち出し禁止なので、写したメモを見ながら熱心に実験に励む。

秤の皿の上にビーカーから粉末を移していき、その都度秤に目を通して目的の重さになるように調整していた。

横にはスパーダが佇んでおり、黙ってルイズの作業を見守っている。

 

「それじゃあ試してみましょう。まずはこの〝ニグレド〟を飲んでみて」

「よ、よぉし。……おえっ、不味っ」

さらにすぐ後ろではギーシュとモンモランシーも実験を行っている。

モンモランシーから受け取った黒い丸薬を丸飲みしたギーシュは渋い顔を浮かべていた。

と、同時にバタリと力なく机の上に突っ伏してしまう。

ぜえぜえと息を切らすギーシュは見るからに激しく疲労困憊の状態となっているのは一目瞭然だった。

「すごい効き目……」

「モ、モンモランシー……早く、次の薬を……」

「はいはい。口を開けて」

今度は緑色の丸薬を、息も絶え絶えなギーシュの口の中に押し込むように飲ませていった。

僅かの間を置き、ギーシュのやつれた顔色は元通りとなって体を起こしだす。

「う~ん。これが〝レクレアティオ〟の効果か……なるほど、こいつは確かに良い薬みたいだねスパーダ君」

感心したように唸るギーシュ。

たった今まで憔悴しきっていたのが噓のようであった。

モンモランシーも呆然としてスパーダの写本を参考に作った練成薬の効果に目を丸くしてしまう。

 

――バンッ!!

 

不意に響いた鋭い破裂音に生徒達は思わずビクついてしまった。

その音はルイズが発したもので、乗馬の鞭を手にしたまま目を丸くしている。

「軽く叩いただけなのに……」

たった今まで、机の上には実験で作ったばかりの手の平に乗る石ころほどの小塊があった。

スパーダの指導の下にマグネシアという物質の粉末を固めたものだったが、跡形もなくなってしまっている。

マグネシアがあった場所には小さな焦げ跡だけが残されていた。

「感度が強すぎるな。もう少し小さくしろ」

憮然としてルイズはまだビーカーに残っている粉末を別の空のビーカーに移していく。

 

ギーシュとモンモランシーは耳を塞いで顔を顰めている。

マグネシアの破裂音を間近で聞かされる身としてはたまったものではない。

「う~ん……凄い音だねぇ。しかし、こっちの薬もそうだけどアウレオルス=ベリのマジックアイテムは結構過激なんだな」

乾いた笑いを漏らしてギーシュはルイズ達の実験を眺めていた。

「もうちょっと静かにお願いできるかしら。いつもの授業の時じゃあるまいし……」

「なら、〝ウェルティゴ〟を飲んでおくのだな。あれならしばらく何も聞こえん」

「嫌よ。あの薬のせいでこっちは大変な目に遭ったんだから」

モンモランシーは少し前に作ってみた聴力を奪う錬成薬をギーシュと一緒に試しに飲んでみて、効果が切れるまで苦労する破目になったことがあった。

「では我慢するがいい。これはそういう実験だ」

 

ルイズはメモに何度も目を通しつつ、周りの野次など気にかけないほど真剣に実験を続けていく。

今行っている実験もまた錬金術師アウレオルス=ベリが残したものだった。

衝撃と摩擦力に反応して熱と爆発を発生させるマグネシアを作っているのだが、目的はそれではない。

同じくアウレオルス=ベリの研究の一つに〝POWDER〟という題名のものがあり、その中にあった特殊な素材を作るのが目標である。

〝発火布〟というマグネシアと同じ性質を持つ素材があり、それを是が非でも完成させようとしていた。

 

今もキュルケやタバサ達が挑戦するブラッディパレスに自分も挑戦しようにもルイズの虚無の魔法を表立って使う訳にはいかないし、かと言ってデルフのガンダールヴの魔人を呼び出すだけでは何の特訓にもならない。

スパーダに相談してみた所、「特技を活かしてみたらどうか」とアドバイスされたのである。

自分の一番の特技と言えば思い当たるのは乗馬くらいだが、かと言って馬を連れ込む訳にもいかない。

 

――なら、鞭を振り回すのを活かしてみるか?

 

デルフはからかい気味にそう提案してきたのだが、これが今回の実験を行う発端だった。

女の細腕で鞭を振るったって屈強な肉体の悪魔に対しては効果がない。

なら、効き目が出るように鞭の威力を底上げする方法をスパーダは考えてくれた。

そこでルイズでも使いこなせそうな、それでいて悪魔達にも通用する鞭を錬金術で作ってみることにしたのである。

鞭を振るうのも結局は剣のように武器を振り回すのと本質的に変わらないのだ。

そういう訳で、今回の実験――まずは発火布の素材となる高純度のマグネシアを作る所から始まったのだ。

 

実の所、スパーダが作っても良かったのだがルイズは自分の手で作ることに拘った。

自分の使う武器くらい、自分自身の手で作らなければ意味がない。

スパーダとしてはルイズの向上心には素直に感心したので、手伝うことにしたのである。

完成まで最低でも一週間はかかるだろう。

「ねえ、本当に今夜出るの?」

再びアルコールランプで火にかけ皿を熱している最中、ふとルイズは尋ねかけた。

「ああ。準備はできている」

スパーダはガリアから戻ってきてからこの数日間、連れ帰ってきたラグドリアン湖の精霊に錬金術を施していた。

今もラグドリアンは大量のホーリースターを溶かした液体と悪魔祓いの聖水を混ぜた液の中にいる。

ラグドリアン湖は悪魔の瘴気で穢されてしまったため、それを浄化するための力を身に着けている最中なのだ。

さらに悪魔達を自力で追い払えるようにするおまけ付きである。

そのラグドリアンを湖に連れていき、スパーダも湖の周りにレッドオーブで結界を張りに行くのである。

ルイズも行きたかったが、エレオノールに「休んでばかりいるんじゃありません」と叱られたのである。

 

「あの像はどうすんの? エルフが本当に封印を解いてくれるの?」

「知らん」

持ち帰ってきたサーシャの像は見た目が見た目だけに人前に晒せないため、ルイズの自室に今も布を被せて隠してある。

ビダーシャル曰く、封印を解く儀式の準備ができるのは少なくとも何か月も先の話らしい。

向こうはジョゼフの従者としての仕事もあるので、準備ができたら連絡をする手筈になっていた。

今は秋真っ只中のケン(10)の月で、次の新年まで二ヵ月ほどしかない。

この分ではサーシャの封印を解くことができるのは、次の年以降ということになるだろう。

 

「ふふふ。みんな、がんばってるわね」

「フォンティーヌ先生!」

と、講義室に入ってきたカトレアの姿に実験中の生徒達は手を止めた。

今日はアカデミーの仕事でエレオノールがモデウスを連れて留守なので、暇を持て余しているのだ。

「さあ。少し休憩にしてお茶にしましょう。お菓子も用意したわ」

にこやかにカトレアは笑顔を振りまきながらポンポンと手を叩く。

後にはメイドのシエスタや、一年生のケティにティファニアまでもがトレーを抱えて続いてくる。

トレーの皿の上には揚げ菓子のベニエや、イチゴやカスタードクリームのつまったクックベリーパイが盛られている。

ルイズは顔を輝かせた。大好きなカトレアが来てくれただけでなく、クックベリーパイは大好物だった。

「こっちは見てる。行ってこい」

スパーダは淡々とそう促してくる。

ルイズは遠慮することなくスパーダに任せて姉の元へと駆けていった。

「モンモランシー、僕らもティータイムといこうじゃないか。ケティの作るお菓子は絶品と聞いてるよ」

「ギーシュ。もう他の女の子に手を出さないって約束したでしょ! 大体、あの子は……!」

「いやいや、誤解はしないでくれたまえ! 彼女のお菓子の腕前と付き合いは全然別だよ!」

きっと睨まれギーシュは焦りつつも、モンモランシーを連れて席を立つ。

 

「ティファニアさん! 如何ですか? 僕らと一緒にお茶を楽しみましょう!」

「このお菓子はゲルマニア生まれですが中々美味しいんですよ!」

「え、え~と……いただきます」

ティファニアはまたも男子達に傅かれて困惑してしまう。

錬金術の実験場はすっかりティータイムを嗜む生徒達の憩いの場と化した。

「スパーダさんもどうぞ」

シエスタはスパーダの分の茶と菓子を運んできて、席に着く彼の前に皿を置いた。

カトレアもルイズと一緒にやってくると、スパーダの隣に腰を下ろした。

「ふふふ。甘い物が好きってシエスタさんからお聞きしたんです。口に合うかしら」

「君が作ったのか?」

言いつつ、スパーダは紅茶のカップに手を伸ばして一口啜る。

「こっちのお菓子はミス・フォンティーヌがお作りになったんですよ。食べやすいようにって」

ベニエの方を差すシエスタの言葉にスパーダはちらりとカトレアを見やった。

彼女はどこかうっとりとした微笑をたたえたままスパーダを見つめている。

「シエスタさん達も手伝ってくれたおかげよ。今度はストロベリーサンデーっていうのを作ってみようかしら。その時はまたお願いするわね」

「はい! それならわたしの大得意なお菓子ですから!」

トレーを胸に抱えてシエスタは力強く張り切った。

その間にもスパーダは黙々とベニエに手を伸ばして口にする。

中心に穴を開けられて輪状にされた珍しい形である。一口齧った後の形はアルファベットの〝C〟となっていた。

 

「美味しいですか?」

「Yeah.(ああ)」

「ふふ……良かったわ」

カトレアは嬉しそうにその笑みを濃くした。心底喜びに満ちており、頬は緩んだままだ。

スパーダとしても純粋に美味いと思えるし、紅茶とはマッチする。

ストロベリーサンデーとはまた別に自身の好みに合った代物だった。

「このクックベリーパイはルイズも好きなお菓子なんですよ」

「そうか。悪くない味だ」

と、カトレアは机の上に顔を横たえてパイを食しているスパーダを覗き込んできていた。

「でも良かった。家族以外に手作りのお菓子を食べてもらうなんて初めてだったから、ちょっと不安だったんです」

「ルイズに作ってやったのか」

「あたし、そんなの知らないわ」

戸惑いながらルイズはカトレアを見つめた。

「父様がお仕事で忙しかった時に作ってあげたのよ。その頃はまだルイズはとっても小さかったから知るはずもないわ」

くすくすと笑いながら体を起こすカトレア。

「エレオノール姉様やお城の召使い達には止められちゃったから、その時こっきりだけど」

「へぇ……」

意外な姉の過去にルイズは感嘆とした。

ケティのように個人的な趣味でやる貴族もいるだろうが、カトレアは元々病弱だったのだからあまり無理はさせられなかったに違いない。

「あ、だからミス・フォンティーヌはあんなに上手に作れたんですね」

「本当に久しぶりだったから、ちゃんとできるかなって心配だったけど。でも、みんなが手伝ってくれたおかげでスパーダさんにも美味しく食べてもらえたわ」

「いえいえ……」

シエスタは深々と頭を下げながらも嬉しそうに微笑んだ。

 

「そういえばシュヴルーズ先生、スパーダさんの本を読んでとっても感心してましたわ。〝セメント〟って言いましたっけ。あれがスパーダさんのいた国で城を作ったりするのに使われてるんですね」

「最近からだがな。確かハルケギニアの建物は石造だったな」

ハルケギニアでは固い石材を削るなどの加工を施して城の建築材料として用いている。

セメントは水と混ぜることで化学反応を起こし、石のように強固に硬くなる特殊な粉末だ。

古くは四千年以上前の古代エジプトや古代ローマ帝国などで建築物の材料として用いられてきた代物だが人間界ではおよそ一千年もの間、技術もろとも廃れていた。

近年になって錬金術師達の間でも注目されるようになって、また歴史の表に出ようとしている。

 

「私もスパーダさんの本を読んでみたんですよ。ほら、アウレオルス=ベリっていう人の研究が多く載ってましたわよね」

「奴の錬金術の成果だけは捨てがたいからな。奴自身はあまり褒められたものではない」

「スパーダさんは会ったことがあるんですか?」

「一度だけな」

アウレオルス=ベリは、主に生命と不死に関する研究を行う錬金術師だ。

研究の過程で様々な発見や真理を解き明かしたりと一流の錬金術師ではあるものの、それらが表に出ることはない。

俗世間を嫌う質であるため、自らの研究や発見を他者と共有しようなどという気はこれっぽっちも抱いていないので完全に宝の持ち腐れと化しているのだ。

おまけに目的のためなら手段は選ばない冷酷さも秘めており、時には悪魔をも実験台にしようとする始末である。

しかもその悪魔に対抗する術やマジックアイテムまでも同時にいくつも生み出しており、そのしたたかさは下級悪魔さえも鼻白むほどだ。

アラン=ローウェルもそうだったが、錬金術師達は独自に悪魔達への対抗手段を多々編み出している。

そうした研究は大変有用なはずなのだが、そもそも錬金術という存在そのものが大衆の社会にしてみれば得体の知れない異端者にしか見えない。

故に多くの錬金術師達は悪魔と同様の脅威として疎まれ、せっかくの重要な研究はことごとく闇に葬られてきたのである。

錬金術師達の内面はともかく技術には罪は無いので、スパーダはこうして書に記したのだ。

 

「みんなちゃんと勉強をしてくれてるし……これでスパーダさんも立派な学院の先生ですね」

「給料も貰えんタダ働きだがな」

「でもスパーダさんはみんながちゃんと勉強してくれるのが一番嬉しいでしょう?」

「道を踏み外さん限りはな」

人体実験といった危険な研究もあえて反面教師として記してはいる。

警告付きではあるが、変な冒険心や欲求を沸かせないかどうかだけが心配ではあった。

もっとも、そこから先は個人の意思の問題なのでスパーダの配慮にも限界はある。後は読む者次第なのだ。

「それじゃあ、私達でちゃんとみんなに教えてあげましょうね。良いことも、悪いことも……」

真摯な笑顔を零すカトレアはシエスタが淹れた紅茶に手を伸ばし、そっと口をつける。

茶菓子を嗜むスパーダと一緒に優雅にティータイムを嗜んでいた。

 

(ちい姉さま、とっても楽しそう……)

ルイズは呆然とスパーダ達の団欒を横で眺めていた。

元々大人しくておっとりしているカトレアなのだが、あそこまで楽しそうに笑う姿を見るのは初めてな気がする。

動物達やルイズが彼女に甘えて一緒にいたり、話し合うのとはまた別の楽しみを満喫しているような……そんな感じに見えた。

生まれて初めてラ・ヴァリエールの外の世界を自由に歩き回れることに充足を感じているにしても、今のカトレアは今まで見たことのない満ち足りた表情を浮かべていた。

 

――パンッ!!

 

「あらあら、大変!」

破裂音にカトレアはハッとして立ち上がるとティファニア達の方へ小走りに駆け寄った。

実験に使っていたビーカーが破裂して破片が飛び散り、何人か怪我をしている。

後ろで見ていたティファニアも顔を庇った手を少し切って血を流していた。

「諸君、心配はご無用だ! モンモランシーの作った癒しの秘薬があるよ!」

ギーシュが造花を掲げて声高に叫ぶ間に、モンモランシーは早々に薬を取り出しつつ駆けていく。

「フォンティーヌ先生。これを傷口に塗ってください」

「ええ。ありがとう」

ハーブを混ぜて作られた傷薬の軟膏は、傷ついた生徒達のかすり傷を瞬く間に治していく。

メイジの水魔法で治すよりも圧倒的に早く、痛み一つ残さなかった。

 

 

この日の深夜の当直を受け持つのは、〝疾風〟の二つ名を持つギトーである。

魔法学院の当直は正直な話、ほとんどの教師達はサボりがちであり、真面目に行うことは稀だった。

そういった仕事は衛兵がすべきことであり、貴族が行うようなものではないと軽く見ているからである。

それ故に、かつて土くれのフーケに侵入される失態を犯した訳であるが……。

だが新学期に入ってから、特に男性教師達は全員が真面目に勤めを果たさざるを得なくなった。

新任の教師であるエレオノールは規則に対して実に厳しく、サボった一人の教師は徹底的に彼女に責め立てられてすっかり萎縮してしまった。

年長者であろうがお構いなしに食いつくあの苛烈さは、学院の誰もが忌避しようとするほど。ギトーとて例外ではない。

この学院の卒業生で何よりラ・ヴァリエール公爵家の長女に面と向かって意見できる者は、オスマンなど極一部を除いてほとんどいなかった。

 

さて今晩の当直の勤めを果たしているギトーは、いつになく不機嫌であった。

元より不愛想で冷淡なその表情は眉間に皺が寄り、さらに仏頂面が強調されている。

「ドットのくせに、調子に乗りおって……」

一通り学院内を見回り、詰め所に戻ってくるなり彼はぼそりと呟いていた。

カンテラを机に置き、小さな椅子に腰を下ろすが何百匹もの苦虫を口端を震わせたまま嚙み潰している。

「私はスクウェアだぞ……なのに、何でこんな屈辱を……」

現在、ギトーはこの学院内において耐え難い屈辱を味わっていた。

彼を含め、教師達の多くは学院中の生徒達から白い目で見られている。

特にギトーは授業に参加する生徒達から明らかな軽蔑の目で見られるし、一部は授業をサボって別の教師の授業の方を覗く始末。

 

――ギトー先生の授業なんて、何の勉強にもならないですよ。

 

陰でそんなことまで口にする生徒がいることを、ギトーははっきり知り及んでいる。

「何もできないドット風情が……誰が魔法を教えてやってると思ってるんだ……!」

ダンッ、と踵で足元を踏み鳴らして激しく苛立つ。

 

こうなった原因はこの学院がアルビオンからの賊に襲われたあの時のこと。

ギトーも他の教師達も、賊のメイジに対して何の抵抗もできなかった。

いつも授業で自分の操る系統こそ最強であると豪語していただけに、あの醜態は生徒達から大いに失望を買ったのだ。

特に無様に一蹴されて地を這わされたギトーは、完全に立つ瀬を失ってしまった。

 

――どうせ未熟な教え子を相手に自分の魔法を見せびらかすだけだったのだろう?

 

――肩書きだけで良い気になっているスクウェアメイジなど、ドット以下の木偶の坊に過ぎん。

 

うるさい。祖国を裏切ったような恥知らずのメイジに何が分かる。

憎々し気にギトーは歯を剥き出しにするほどに強く食い縛った。

 

――ニャァ。

 

「……ん」

ふと足元を見ると、小さな影があった。

いつの間にか一匹の黒い猫が座っている。

その赤い目は、闇の中でもはっきりと浮かび上がってじっとギトーを見つめてきていた。

「ふん……」

どうせ生徒の誰かの使い魔だろう。

エレオノールの助手であるカトレアが大勢連れてきているペットかもしれない。

どちらにしろギトーには関係のないことだった。

 

「土の系統ごときが偉そうに……」

エレオノールもカトレアのことも、ギトーは内心では嫌っていた。

二人とも高位の土メイジだったが、自らの風の系統こそが最強であることを信じて疑わない彼にしてみれば蔑視の対象でしかない。

あの時も、二人は賊に対してそれぞれ杖を手に立ち向かった。

それが故に生徒達から人望を集め、特にカトレアは平民達にすら好かれている。

気に喰わなかった。

優秀な風のスクウェアである自分をも差し置いて手柄を独り占めにするなど。

温室育ちな苦労知らずであるに過ぎないくせに。

愛想を振りまくだけの八方美人など目障りなだけだ。

「どいつもこいつも……何にもできないくせに……ドットのくせに……平民のくせに……」

それどころかスクウェアより遥かに格下であるドットメイジにも、無力であるはずの平民のメイドにさえ後れを取るなど。

そう。何もできないはずなのに、しゃしゃり出てきては余計なことをする。

そして、優秀であるはずの自分達が貶められるなど耐え難い屈辱の極みだった。

 

メイジの階級は絶対だ。それは貴族の実力の証であり、己の優秀さを示す覆しようのない真理なのだ。

ドットのメイジなど無力で無能に過ぎず、スクウェアこそが最高であることの証である。

下級貴族の出身であるギトーは幼少の頃より親からそう教え込まれていた。

優秀であることを示さねば誰も見向きもしないし、ドットやラインのままでは何もできない。出世もできない。

だからこそ血の滲むような努力を重ねて魔法の腕を磨いてきたし、厳格な家庭教師にも師事して徹底的に叩きこまれてきた。

その成果もあって若くしてスクウェアメイジという、最高位にまで昇り詰めることができたのである。

 

教職に就いたのだって、自身が如何にメイジとして優秀であるかを知らしめんがためだ。

別に生徒達に嫌われようが一向に構わない。

どうせ嫌った所で、無能なドットメイジ達の僻みに過ぎないのだから。

自分はスクウェアで、生徒達はほとんどがドット。トライアングルなどほとんどいない。

優秀なメイジであることは自他共に疑いようのない現実なのだ。

 

その唯一の現実が今、ぶち壊しにされようとしている。

 

――このままではメイジの誇りと名誉は傷つけられるばかりだ。

 

――今に無力な者達が成り上がり、自分達を脅かすに違いない。

 

――誰がそんな連中に力を与えたのだ?

 

――無力であるはずの者達に余計なことをしたのは一体誰なのだ?

 

――そいつさえいなければ、何事もなかったのに。

 

誰ともなくそんな囁きが()ぎったような気がした。

だが心中に燻ぶり続ける(わだかま)りを刺激するには十分過ぎた。

 

「そうだ……そもそもあいつがいけないんだ……」

ギトーはよく知っている。自分達以外に、この学院の生徒達に干渉している男の存在を。

今は留守にしている異国の貴族は、ギトーに限らず学院の教師達の大半にとって目の上のたんこぶだった。

その男はドットメイジ達に魔法以外の知識と力を与え、更には平民にまで余計な力と知識を与えようとしている。

あの男が記した異国の書がこの学院に寄贈されると話が出た時、大勢の教師達は反対した。

だが学院長オスマンはそれらの反論を軽く受け流していた。

 

――ここは魔法を勉強する場じゃよ。異国の魔法を学んではならないという決まりはないからのう。

 

とぼけながらそう嘯いていた。納得できる訳がなかった。

どこの誰とも知らぬ没落貴族の記した書など、信じられるはずもない。

反対者ではなかったコルベールやシュヴルーズは面白そうに読んでいるらしいが、正気を疑う。

たとえどんなに自分達が唸るような秘法が記されていようと、所詮は異国のもの。

自分達メイジの名誉と誇りを傷つけ、貶めるだけでしかない。

それなのに、生徒達はこぞってあの書物に興味を持って自主的に色々な実験を行っている。

許せない。許せるはずもない。

誇りあるメイジの教えを受けず、異邦の教えに憧れるなど。

勝手にこの学院にやってきて、我が物顔で重鎮のように振舞うなど。

 

「あいつのせいだ……私達が……こんな惨めな思いをするのは……あいつがいるから……あいつが来たから……あいつを呼んだから……」

どうにかしていなくなってもらえれば、清々するに越したことはない。

かと言って、自分だけの力でアンリエッタ女王からも信任を得ているあの男をこの学院から排除するのは不可能に等しい。

ギトーにも一応、誇りある貴族や教師として最低限の矜持はある。

目障りではあったがずっと我慢を続けていたものの、もう限界だ。

しかし暗殺だとか奸計だとか、そんな卑劣な真似をして手を汚したくはない。

だが、どうにかしてこの学院から……トリステインから排除しなければ自分達がどんどん危うくなる。

あの男に不満を抱くのは何も自分一人だけではないはずだ。

 

「早く……何とかしなければ……」

居ても立ってもいられずギトーは足早に男子寮へと向かった。

自室に戻ってくると机の引き出しをこじ開け、紙とペンを掴み取る。

机に向かったまま、たどたどしい手つきでペンを走らせていく。

「邪魔だ……邪魔だ……邪魔な奴らめ……今に見ておれよ……」

何度も推敲しては文章が気に入らず、乱雑に紙をぐしゃぐしゃに丸め放り捨てていく。

何かに憑りつかれたかのごとく陰気な眼差しをぎらつかせ、がっつくように手紙をしたためていった。

 

――ニャア。

 

黒猫は、まるで影のようにギトーにずっと付き添っている。

吊り上がり薄く細まる闇に光る目は、まるでほくそ笑むかのようだった。

 




〝ニグレド〟、〝レクレアティオ〟はカプコンの別ゲーム『DEMENTO』に登場するアイテムです。

アウレオルス=ベリの実験の〝POWDER〟は同じく隠しアイテムが元になっています。

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