魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 77 <心荒みし姫-Cat fight> 後編

 

「タバサ!」

床に崩れ落ちたタバサにキュルケは駆け寄り、手を伸ばした。

だが触れることはできずその体をすり抜けてしまう。

「Go.(行け)」

閻魔刀を抜き放ったスパーダは一太刀で空間を切り裂き、大きな裂け目を刻み込んだ。

タバサを倒した侍女は突如目の前に開けられた穴に目を丸くしている。

 

『このぉ!』

亜空間から飛び出たキュルケは出会い頭に侍女へファイヤー・ボールを叩き込んだ。

『ウォーター・シールド』

だが相手は何ら動じることなく片手を横に流すように軽く振る。

目前に迫った火球は瞬く間に出来上がった水の壁にぶち当たり、水蒸気を撒き散らしながら打ち消されてしまう。

『ウィンディ・アイシクル』

侍女はまるで演奏の指揮者のように滑らかな動きで手を振るい返す。

サイレントの魔法の影響で全く音は聞こえないが、一瞬で崩れた水の壁は大量の細い氷の針に変わり、一斉にキュルケ目掛けて射出された。

『ファイヤー・ウォール!』

今度はキュルケの目の前に現れた無数の火炎の帯に凍てつく針は飲み込まれ、一瞬にして蒸発した。

 

『エア・カッター!』

起き上がったタバサはキュルケの横から大きく飛び出し杖を突き出す。

次々に放たれる風の刃を侍女はダンスを踊るようなステップを踏み、難なく避けてしまう。

その動きは並大抵のものではなく、とても普通の侍女とは思えない。

間違いなく手練れの刺客であることを二人は認めざるを得なかった。

しかも杖も無しに系統魔法を使うなど、信じられない光景を見せているのである。

先住魔法かとも思ったが、はっきりとメイジの魔力が感じられるのでそうではないようだ。

 

『……っ!』

無音の空間の中を軽やかに躍り回り魔法をかわす侍女は、不意に椅子を掴むとタバサ目掛けて放り投げてきた。

『う……!?』

キュルケが迎撃しようと杖を向けた途端、ガクンと体がよろめいて床に倒れ伏してしまう。

スライディングで滑り込んできた侍女は卓越した体術でキュルケの足を払ったのだ。

『速い……!』

タバサは自分に飛んできた椅子を横に動いて避けるも、侍女はそれを見越したか一瞬にして脇をすり抜け背後へと回り込んできた。

 

『タバサ……!』

起き上がったキュルケが目にしたのは、侍女に羽交い締めにされたタバサの姿だった。

首筋にナイフの刃が当てられ、杖を持つ手も背中に捻られ押さえ込まれてしまっている。

「まさか伏兵を潜ませていたのは思いもしませんでした。とんだ見込み違いでございますな」

慇懃な態度の声が二人の耳にはっきり届いた。

キュルケが立ち上がると同時に無音のままだった空間に再び音が戻りだしたのだ。

タバサにも、サイレントの魔法が二人とキュルケの間のみ打ち消されたのがはっきり分かる。

たとえ大声を出そうが、部屋の外にこの騒ぎの喧騒は届くことはない。

「タバサを離しなさい!」

「ええ、よろしいですよ。――ウィンド……ブレイク!」

あっさり拘束を解くと共にタバサの体を突き飛ばし……さらに強烈な突風が小さな体を吹き飛ばしてきた。

「ぐっ!」

目を見開いたキュルケが驚く間もなく飛んできたタバサと衝突してしまい、まとめて床に投げ出されてしまう。

 

「痛たた……」

「それではお休みなさいませ――〝人形七号〟殿」

侍女は片手に微かな雷光を迸らせ、二人に歩み寄ってくる。

ライトニング・クラウドの魔法だ。

反撃するべく二人が杖を構えようとしたその時。

 

――バシャンッ!

 

突如、激しい水飛沫が目の前で迸った。

それをまともに浴びた侍女の体は軽く弾かれて床の上に叩きつけられる。

キュルケは咄嗟に起き上がり駆け寄るとその手からナイフを取り上げにかかる。

遅れて立ち上がったタバサの目の前の空間に大きな裂け目が開き、中からスパーダがぬっと姿を現わす。

その手にはレヴェナントのショットガンが握られていた。

 

タバサと共に意識を失う侍女の前に歩み寄り、じっと見下ろす。

「殺したの?」

「水の弾丸だ。死にはしない」

レヴェナントに組み込まれている水の力を宿したアクアハート。

水圧は自在に調整できるので、人間でも死なない程度の威力で水の塊を射出できる。

まともな弾丸だったら今頃ミンチ肉になっていただろうが、気絶させるだけならこれが最適だった。

 

「どう、タバサ。怪我はない?」

侍女からナイフを取り上げていたキュルケは徐に二人の横に佇んでいた。

「平気」

「そう。――良かったわね」

タバサはハッとして振り返り――愕然とした。

自分に杖を向けようとした友人の手を、スパーダが掴み取っていたのだ。

「キュルケ……!?」

「く……!」

呻くキュルケの腕をスパーダはがしりと掴んで離さず、そのまま体を持ち上げ宙に吊り上げてしまう。

身をよじって暴れるキュルケはナイフをスパーダの腕に突き刺そうと振りかざした。

が、振るわれたレヴェナントの銃身がその手からナイフを叩き落とす。

 

「キュルケ!」

ナイフが床に落ちた途端、キュルケはがくんと糸が切れた人形のように項垂れていた。

体を床に降ろして横たえたスパーダは落ちたナイフを拾い上げだす。

「キュルケ?」

「う……あたし……どうしたの……?」

タバサが体を揺すると、キュルケは頭を押さえたまま軽く振っていた。

たった今起きたことを全く認識していないらしい。

 

「は、離せ! 離しやがれ!」

突然の喚き声に二人はハッと見上げだした。

スパーダは拾ったナイフをじっと眺めているのだが、今の声はそれから発せられたものだった。

「て、てめえ人間じゃねえな……! 一体、何(モン)だ!」

「お前こそ何だ」

困惑の声を上げるナイフをスパーダは冷淡に睨みつける。

ナイフを握る手は赤黒いオーラに包まれていた。

「これって……」

「インテリジェンスナイフ」

タバサとキュルケは呆然とその喋るナイフに見入っている。

 

――おお。こいつぁおでれーた。仲間を見るなんて、何千年ぶりじゃねえか。

 

スパーダを通して一部始終を見届けていたデルフは、より一層驚きの声を漏らしていた。

 

 

それは世にも珍しいマジックアイテムだった。

インテリジェンス……すなわち意思を宿す品はデルフリンガーのように人格を持ち、人の言葉も解することができる特殊な生命体だ。

三人の前にあるこのナイフもまた、それと同じ代物である。

そしてどうやら、持ち主の意識を乗っ取って操ることができる能力を有しているようだった。

実際にキュルケがその力を体感したし、ソファーに寝かされている侍女もそれによって操られていたのだ。

 

テーブルの上に置かれたインテリジェンスナイフは三人から冷たい視線を浴びていた。

「あんた、一体何者なの?」

スパーダと共に腕を組むキュルケはムッとしたままだった。

何しろ自分が操られて危うくタバサを傷つけてしまいそうだったのだから。

「まあ、バレちまったらしょうがねえか……。お初にお目にかかるぜ、〝人形七号――雪風〟殿」

「あなたも、北花壇騎士?」

先程もタバサのことを同じ通称で呼んでいた。

それはイザベラが個人的に北花壇騎士の団員達に一人ずつ与えている、秘密の暗号のようなものだ。

これを知るのは同じ北花壇騎士の関係者のみ。つまり、このナイフもまた北花壇騎士に所属する団員でありイザベラが従えている手駒の一つなのである。

団員は横の繋がりが一切なく、他にどんな人物が所属しているかなどタバサもさっぱり分からない。

だがよもやインテリジェンスナイフなどという人外が団員とは想像もしなかった。

 

「そうだ。俺の名は〝地下水〟。あんたと同じで番号も一応あるんだが、こっちの通り名の方が気に入ってるんでね。それで呼んでもらえるとありがたいな」

「地下水……」

「タバサ、知ってるの?」

「確かガリアで有名な暗殺者だそうだな」

ガリアの裏社会で恐れられる傭兵メイジの存在をタバサもスパーダも耳にしたことがある。

その二つ名が〝地下水〟。通り名のごとく誰にも姿を見せないまま不意に現れ、何の痕跡さえも残さず目的を遂行しては何処(いずこ)かへ姿を消してしまうという。

性別も年齢も分からず、そればかりか誰も顔を見たことがないという正体不明の存在だった。

このメイジに狙われたら最後、どんな凄腕のメイジだろうと命は無いという噂である。

 

それは決して誇張ではないことをタバサ達は実感した。

どんな厳重な警備だろうが、誰にも疑われずに紛れ込みすんなりと入り込んでしまったのだから。

おまけに人間ではない以上、その正体を知ることができなかったのも無理はない。

「あのメイド、間違いなく平民よね。魔法を使ったのもあんたの力?」

「そうさ。俺にはメイジの系統魔法そのものが組み込まれていてね。メイジが握りゃあその分、強い魔法を使うことができんのさ。そのメイジの魔力も合わせてな」

「ふぅん。それで……」

今回はメイジではない平民だったが、それでもトライアングルクラスのタバサに匹敵する高位の魔法を使ってきた。

もしキュルケ自身が操られたまま魔法を使っていれば、果たしてどうなっていただろうか。

 

「俺に操られたのが不服か? 姉ちゃんは若いが、相当年季の入ったメイジみたいだな。握られた瞬間に分かったぜ」

「お褒め言葉をありがとう……」

渋い顔でキュルケは片眉をヒクつかせた。

まさか自分がこんなマジックアイテムに乗っ取られるなんて一生の不覚だ。

スパーダが止めてくれなければ、タバサは消し炭になっていたかもしれないと思うと、ゾッとする。

「しかし、まさか悪魔までいたなんてな。さすがの俺も化け物までは操れねえからな……参ったぜ」

人間は操れても、大悪魔であるスパーダまではさすがに支配できない。格の違いは明らかだった。

 

「減らず口はそこまでだ。その器を壊されるか、魂を滅ぼされるか好きな方を選べ」

チャキン、とスパーダは腰の閻魔刀から刃を覗かせだす。

冷酷な視線をぶつけられる地下水は、震え上がったかのように上ずった声を上げた。

「分かった、分かったよ! 全部話すから、勘弁してくれ! ……ったく、本当に恐ろしい野郎だぜ」

地下水は自棄になって洗いざらいのことを話していった。

何の目的でタバサを狙ったのか、雇い主は何者なのか――

とはいえ、このインテリジェンスナイフも北花壇騎士の一員である以上、黒幕の見当はもう三人には付いていたが。

 

「イザベラの自作自演か」

話を聞く中、冷たくスパーダは吐息を零してキュルケも眉間に皺を寄せていた。

イザベラが最近、悪魔達に襲われていたのは事実。それを今回、タバサに押し付けようとしていたのも間違いない。

だが彼女の目論見は外れ、アテが外れてしまったのだ。

「あの王女、化け物どもに襲われるのがやたら激しくなってたからなぁ。影武者のあんたが全然襲われないからか、滅茶苦茶イラついてたぜ?」

だから業を煮やしたイザベラは駒の一つである地下水を刺客として差し向けたのだ。

彼女の目的は要するに、タバサを虐めたいという卑劣な充足感を満たすためでしかない。

 

元より何者かに狙われている、と自覚しているにしては危機感がなさすぎだったのでそんなことだろうとは思っていた。

それが叶わなかったから、気休め程度に自らの手でタバサを窮地に追いやろうとしたのだ。

一番望んでいたのはきっと、悪魔にしろ地下水にしろタバサが任務の中で命を落とすことだったのだろうが。

 

「あの王女はいつも死ぬほど退屈なのさ。……考えてもみろよ? 王女の身でありながら普段何をしているのかを。あんたも散々、あの王女に呼び出されて扱き使われてるんだろう? 王女にとっちゃ周りの連中なんざ退屈凌ぎの玩具にしか思ってないんだよ。侍女もお抱えの騎士も、俺もあんたも――」

地下水はうんざりした様子で溜め息を吐いた。

静かに目を伏せてタバサは僅かに顔を顰める。

自分の命がジョゼフの一派に狙われるのは当然だ。だがそれで関係ない者達まで巻き込もうとするのは許せない。

あの侍女にしろ、危うく王女を狙った暗殺者として謂れのない罪を着せられることになっていたかもしれないのだ。

「これ以上、あの女の児戯に構ってやる必要はあるまい」

「そうね」

髪を掻き上げるキュルケの瞳には、二つ名の〝微熱〟よりも苛烈な怒りの炎が浮かんでいた。

 

 

翌朝、タバサはイザベラの居室に未だ佇んでいた。

先程カステルモールによってフェイスチェンジの魔法は解かれたので元の顔へと戻っている。

イザベラはもうすぐここに戻ってくることが、姿を消しているスパーダ達によって告げられていた。

タバサはソファーで姿勢を正したまま座って部屋の本来の主の到着を待ち続けている。

 

時刻は七時。扉が開き、地味な装いの侍女が姿を現わした。

「おはよう、人形娘。どうだった? 王女の暮らしは楽しかった?」

底意地の悪い笑みを浮かべながらイザベラは嫌味たらしく言い放った。

タバサは顔色一つ変えずイザベラを見向きもしない。

「あ~あ。せっかくのドレスを汚しちゃって」

歩み寄ってきたイザベラはタバサの着ているドレスの所々が傷ついているのを見てほくそ笑んだ。

 

「その様子じゃあ、やっぱり刺客に襲われたみたいだね。これで分かったろう? 王女の暮らしが本当はどれだけ辛い物であるかをさ」

勝ち誇った顔を浮かべつつも、どこか不服そうな感情が入り混じった目で見下ろしている。

どんな感情や視線をぶつけられようが、タバサは眼中にないとばかりに無視し続けていた。

そんな態度が気に入らないのかイザベラの顔にはっきりと苛立ちの色が浮かんで舌打ちまで漏らしだす。

「……ふん。刺客は逃がしたようだけど、まあ良いわ。わたしの身代わりになってくれたんだから、一応褒めてあげる。さっさとそのドレスを脱いでもらうわ。王女の時間は終わりよ」

「どの口が言うのよ。何もかもあんたの差し金じゃない」

突然響いたその声に、イザベラははっきりと狼狽えた。

この部屋にいるのは自分と目の前にいるタバサの二人のみ。

ハッとして振り向くと、そこには二人の男女がいつの間にか佇んでいた。

 

「な、な、な、な、何だい! お前ら!」

混乱と困惑に焦るイザベラ。

誰かが入ってきた気配も音もなかったのに、目の前の二人が忽然と姿を現わしたのがまるで理解できなかった。

 

「あら? この制服に見覚えがあるんじゃなくって?」

キュルケは両手をマントと一緒に広げて全身を見せつける。

目をパチパチとさせるイザベラは怪訝そうに見つめ、ちらりと微動だにしないタバサの方を振り返った。

「トリステイン魔法学院の生徒……? 人形娘、これはどういうこと?」

「タバサは関係ないわ。あたしもスパーダも付き添いで来てただけよ」

ハッとしてイザベラはキュルケの背後に立つ銀髪の男を見やった。

「スパーダ……? 確か、トリステインに滞在してるって言うあの……」

最近、トリステインで名を馳せる異国の貴族にして剣豪の話はイザベラの耳にも届いていた。

しかもほんの少し前、父王であるジョゼフと会談をしたという話も聞き及んでいた。

 

冷徹な目でイザベラを見据えていたスパーダは申し訳程度の目礼を交わしだす。

「お初にお目にかかる。イザベラ王女。勝手ですまないが、タバサの任務に首を突っ込ませてもらった」

「そういうこと。挨拶が遅れたわね。あたしはゲルマニアのキュルケ・フォン・ツェルプストー。タバサの友人として微力ながら力添えをさせてもらったわ」

イザベラが呆気に取られる中、スパーダは懐から取り出した包みを開き、一本の銀のナイフを見せつけた。

それを目にするイザベラはさらに驚愕の表情を浮かべる。

「お、お前……!」

「タバサを襲った刺客だって、この通りよ」

「やあ、イザベラ様。面目ございませんな。まさか七号殿が保険を用意なさっていたとは。この地下水、一生の不覚でした」

悪びれもせず地下水はいけしゃあしゃあと言葉を発した。

 

しばし呆然としていたイザベラだったが、やがてその顔に激しい怒りの色が浮かびだす。

目尻を吊り上げ顔を顰めるとタバサの方を振り返り……。

 

――パシッ!

 

「あんた! タバサに何をするのよ!」

突然、イザベラはタバサの頬を思い切り引っ叩いたのだ。

「しゃしゃり出るんじゃないよ。わたしは主人としてこの人形娘に罰を与えてやってるんだ」

冷酷な視線を強くしてイザベラはタバサを睨みつけた。

さらに手を振り上げたのを、今度はキュルケが掴み取って阻止する。

「タバサが何をしたって言うのかしら? 言ってみなさいよ」

「わたしに隠れて、勝手にお前達みたいな部外者に任務の手伝いをさせてたことだよ。……人形娘、何か言うことはある?」

頬を打たれた当のタバサは微動だにしないまま沈黙を続けていた。

叩かれた部分は赤く腫れているが、そんな痛みなど感じないとばかりに無表情だ。

それが一層、イザベラの負の感情を刺激して苛立たせる。

 

「勘違いしてもらっては困るな。タバサは一度として私やキュルケに任務を手伝ってもらうように頼んだことはない。多少、共闘はしたがな」

「そういうこと。あたしもタバサの任務のことなんて知らなかったわ。たまたま困ってるのを見かけたから、魔法学院の友人として手助けしただけよ。おあいにくさま」

肩を竦めほくそ笑みながら嘯く。

「うるさい! どっちだって同じだよ! わたしの邪魔をしやがって!」

キュルケの手を振り払い、イザベラは二人に荒々しい怒りの感情をぶつけてきた。

 

「あら。何が邪魔なの? タバサが自分の任務を果たして、あんたに何か困ることでもあるのかしら?」

嫌味のようにキュルケは言った。

「黙れ! 部外者の分際で、ガリアの極秘任務に首を突っ込むんじゃないよ!」

キッとイザベラはタバサの胸倉を掴んで無理矢理小さな体を立たせた。

「人形娘、黙ってないで何とか言ったらどうなんだい! こんな邪魔な連中、とっとと追い払うくらいのこともできないの!? よりによって外国人に手伝ってもらうなんて! 自分の立場が分かってんのかい!」

激しい怒声を間近からぶつけられても、なすがままにされるタバサは全く無反応だった。

「助っ人なんて良い身分になったもんじゃないか! ええ!? 今までの任務が楽勝で役不足だと思ったから、自分はもうまともにやる気はないって訳か!」

逆上したイザベラの絶叫は部屋中に轟く。

と、外から無数の駆け音が聞こえてくると、扉が開き何人もの騎士や侍女達が飛び込んできた。

これだけの大声を発していれば外に届くだろう。

 

「イザベラ様……!?」

「シ、シャルロット様……!」

彼らが目にしたのは侍女が王女を――いや、侍女の格好をした王女が、王女の格好をした少女に暴力を振るう異様な光景だった。

いや、むしろ今王女の姿をしている者こそ一行にとっては本物の王女に見えるのだ。

その王女ががさつな女に狼藉を働かれている。そのようにしか見えない。

「人形のくせしていつもいつもいつもいつも! 澄ました顔で! わたしを馬鹿にしてんの!? ちょっと魔法を使えるくらいで良い気になりやがって! このガーゴイルが! お前なんか――」

 

――バシン!

 

またも振り上げられた手はタバサに叩きつけられることはなかった。

だが響き渡った乾いた音は先ほどよりも強烈なものだ。

スパーダの後ろで見守るギャラリーから一斉にどよめきが起こる。

イザベラは床の上に倒れ込み蹲っていた。

キュルケがイザベラの手を阻み、逆に渾身の力で平手打ちを浴びせたのだ。

 

「あんた……いつまでも図に乗るんじゃないわよ。この子を何だと思ってんの?」

二つ名の〝微熱〟よりも激しく燃え上がる怒りの炎を浮かべ、イザベラを睨みつけていた。

「駄目。キュルケ」

タバサは焦りながらキュルケに歩み寄る。

イザベラの恨みと怒りを買えば、部外者と言えどどんな仕打ちをされるか分からない。

だがキュルケは怒りを収めず、それでもタバサの頭を撫でていた。

「タバサはあんたの人形なんかじゃないわ。良いこと? あたしの前で二度とこの子を〝人形〟なんて呼ばせない」

打たれた頬を押さえながらイザベラは歯を剥き出しにしてキュルケを睨み返す。

「お前……! ガリア王女のわたしに手を出してただで済むと……!」

 

――バシン!

 

立ち上がったイザベラにすかさずキュルケはもう一発平手打ちを、今度は手の甲で反対の頬に浴びせた。

「どこに王女がいるのよ。あんたなんて、王女でも何でもないわ。父親のおこぼれで良い気になっているだけの、たたの下劣な人間よ」

その言葉にイザベラの顔色が変わった。

血の気が引き、呆然と放心状態のまま立ち尽くしている。

 

(地雷を踏んだか)

その発言はイザベラにとっては決して踏み入ってはならない禁句であったようだ。

今まで逃避していた現実を指摘されたことで、抱えているコンプレックスを刺激されたのだ。

自分が本当は、王女に相応しい器の人間ではないと。

 

「……王女に……王女のわたしに、よくも……」

乾いた声を絞り出すイザベラにキュルケは容赦なく追撃を仕掛けた。

「あんた、本当に自分が王女だと思ってるの? 笑わせないでちょうだい。ここにいる誰も、あんたのことなんか王女だなんて思ってないわよ」

痛烈な罵りにギャラリーは、特に侍女達は激しく焦りだしていた。

イザベラへの愛想はいつも上辺だけで、心の底では王女だなどと認めていないのは本当のことである。

それをはっきりと暴露されてしまうのはさすがに勘弁願いたかった。

 

だがキュルケはさらに、とどめの一撃を――この場にいる誰もが認めていることを堂々と言い放った。

「あんたなんかより、シャルロットの方が何百倍も王女に相応しいのよ! 身の程を知りなさい!」

 

――バシュッ!

 

罵倒の直後、キュルケの頬が擦り剥けるように切り裂かれた。

「……っ」

血が飛び散り、小さくも鋭い痛みにキュルケは思わず呻く。

「言ったな……お前……」

低い声で呟くイザベラの手には杖が握られている。

トライアングルクラスのタバサに比べれば天と地ほどの差な微々たる威力のドットのつむじ風。

……いや、今のはドットの威力ではない。同じ風の系統であるタバサにははっきり分かった。

「よくも……よくも……それを言ったな……!」

「……!」

憎々しげにキュルケを睨みつけるイザベラの形相にタバサは呻いた。

いつも悪意にまみれた感情をぶつけられたり意地悪をされようとも動じなかったのに、今初めてタバサはイザベラの放つ気迫と殺気に圧されていた。

自分に向けられたものでもないのに、ここまで激しく剥き出しにされた憎悪と殺気はいつもの虚勢でも、威嚇ですらない。

それは荒れ狂う嵐そのもの。先ほどの癇癪とは程遠い、正真正銘の憎悪と怒りが露わになったものだった。

「ぶっ殺してやる! ゲルマニア人め!」

吐き出された絶叫と共に激しい突風が部屋中を吹き荒んだ。

 

 

突風を静かに受けながらスパーダは荒れ狂うイザベラを遠巻きに見つめていた。

タバサをスパーダの方へ突き飛ばしたキュルケをイザベラの風の刃が襲う。

首を横に動かすと横に流れたキュルケの髪が束となっていくつか切り裂かれた。

さらに呪文を唱えようとするイザベラの腕をすかさずキュルケは掴み取っていた。

「上等じゃないの! タバサを散々虐めてきた分、お返ししてあげるわ!」

返答は拳だった。薙ぎ払われた裏拳がキュルケの横顔を直撃し、鈍い音を響かせる。

 

――Foolish girl…….(愚かな娘……)

 

遠くトリステイン魔法学院ではまだルイズが目を覚まさないが、いつの間にかネヴァンがデルフの傍らにいた。

ネヴァンだけは今回は置いてきているのだが、そのためかいつもはスパーダが近くにいると過剰に怯えるはずのシルフィードは打って変わって落ち着いていたのだ。

多少落ち着きがなくそわそわとはしていたが、これまでと比べれば明らかに態度が違っていた。

 

「イザベラ様!」

控えていた騎士達は軍杖に手にかけて、少女達の喧嘩を止めさせるべく踏み出そうとした。

だがスパーダが横に伸ばした手によって遮られる。

「手を出すな」

「何っ……!」

「子供同士の喧嘩ごときに大人が割り込んで良い物ではない」

カステルモールを含む騎士達は困惑した。

傍から見てもその激しさは子供の喧嘩などというレベルではない。女同士の乱闘そのものだ。

だが目の前の光景を、スパーダは取るに足らない物として冷たく吐き捨ててしまった。

 

ちらりとカステルモールは突っ立ったままのタバサを見やった。

タバサも友人の大喧嘩に呆然としていたが、彼の方を一瞥するとこくんと小さく頷くのみだった。

「それより、手が空いているなら少し手伝え。お前達が本当に王女を大事だと思っているならな」

言うや否や、スパーダは踵を返して部屋を出て行ってしまう。

タバサはハッとして愛用の杖を手にすると小走りにその後を追っていく。

 

「これは……」

プチ・トロワの外に出て来たタバサは目を疑った。

広大な前庭の至る所に、いつの間にか何十もの影が蠢いているではないか。

それは今まで何度も相手にしてきたボロ切れを纏う小さな死神、セブンヘルズの大群だった。

 

ヘル=プライド、ヘル=スロース、ヘル=レイス……ざっと百体はいるだろう。

さらには親玉のヘル=バンガードが少なくとも五体は確認できる。

「またあの死神どもが……!」

「しかもこんなに……」

追いついてきたカステルモール達はセブンヘルズ達の大群に愕然としている。

「どうやら向こうも本気らしいな。相当、イザベラの魂が欲しいようだ」

リベリオンとレヴェナントをそれぞれ手にしてスパーダは目前の悪魔達を見据える。

今までもこのカステルモール達が蹴散らしてきたであろう魔界の住人達は、標的にしている人間の魂を狩るために姿を現わしたのだ。

皮肉にも、イザベラは自らの命を狙う本物の刺客達にしっかり襲撃されることになったのである。

 

――スパーダ。

 

――スパーダ。

 

――スパーダ。

 

朝日の中、セブンヘルズ達は憎悪する裏切り者(スパーダ)への怨嗟の声まで響かせながら得物を手にジリジリと迫ってくる。

 

「全員、構えろ!」

カステルモールの号令と共に花壇騎士達は素早く整列すると、杖を掲げだす。

タバサもスパーダの横に来て杖を構えようとしたその時。

「っ!!」

黒い霧と共に二体のヘル=バンガードが一瞬にして目の前に姿を現わし、大鎌を振り下ろそうとしていた。

 

――ドォンッ! ドォンッ!!

 

立て続けに轟いた豪快な銃声と共に、死神の片割れは依り代である砂を撒き散らしながら遠く吹き飛んでいた。

スパーダのレヴェナントの至近弾をまともに浴びたヘル=バンガードは胸に無残な風穴を大きく刻まれている。

「エア・ハンマー!」

もう一体は大鎌を振り下ろした瞬間にタバサの突風の一撃によって同じく弾き飛ばされた。

 

――シャアッ!!

 

――ドォンッ!

 

その身を砂粒へと戻し背後に忍び寄っていたヘル=スロースだったが、スパーダは振り向きもせず脇越しに放ったレヴェナントのスラグを叩き込み粉砕した。

「少々騒がしくなるが、寝覚めにはちょうど良いか」

肉体を半壊させてよろめくヘル=バンガードにスパーダは一気に滑走し、懐に飛び込むとレヴェナントの銃口を突き出した。

ゼロ距離で放たれた散弾は上半身を粉々に粉砕し、大量の砂を撒き散らす。

剣術で得意とする突進突きを応用してみたものだが、ショットガンの特性とは相性が良いのが実感できる。

 

敵陣の中をスパーダは悠然と進みながらまるで雑草を刈るかのごとくリベリオンを振るい、周りのセブンヘルズ達をまとめて斬り伏せていく。

さらには片手間でレヴェナントの散弾を次々と叩き込んでいった。

 

レヴェナントは上下二連式で本来は二発撃てば再装填が必要だ。

魔力を固めて弾丸にするのは原理としては幻影剣と同じで、全く同じ系統の弾丸なら交互に撃てば十分再生成に間に合うので射撃は継続できる。

一発目は散弾で怯ませ、二発目はスラッグ弾で確実に仕留めるといった芸当も可能だ。

二つの銃口を持ち、別々の弾丸を発射できる構造だからこそ成せる技である。

 

「ウィンディ・アイシクル!」

タバサはヘル=レイスを優先的に狙い彼らの持つ爆弾を誘爆させ、次々とその周りの悪魔達を巻き込んでいく。

イザベラが着せた王女のドレスは悪魔達を倒す度に汚れ、傷ついていったが全く意にも介さなかった。

 

花壇騎士達も洗練された連携で悪魔達を難なく迎え撃ち、プチ・トロワへの侵入を許さない。

特にカステルモールは、スパーダと共に敵陣の中で奮戦するタバサを援護するように周りの悪魔達に魔法を放っている。

 

結果、朝っぱらからヴェルサルテイルの庭園は銃声と爆音が轟く大騒動となった。

その間、プチ・トロワの中では女同士の乱闘がいつまでも続いていた。

 

 

結局、キュルケとイザベラの大喧嘩はタバサの手によって強制的に鎮静化された。

互いに杖を放り捨て、素手での取っ組み合いはエスカレートするばかり。

全く収拾がつく気配がない勢いであったためスリープ・クラウドの魔法で強引に眠らせたのだ。

イザベラは花壇騎士達に後始末を任せ、スパーダ達はキュルケを連れて早々にリュティスを後にしたのである。

キュルケは自慢の美貌が変わり果てたほど手酷い傷を負ってしまい、このままでは学院に戻れない程だったが、スパーダのバイタルスターによって治されていた。

髪を引っ張られたせいでボロボロに乱れてしまったのはそのままだったが。

 

トリステイン魔法学院へ戻るその前に、一行はオルレアンの屋敷へと訪れていた。

丸一日も経ったのでタバサの母はもう目を覚ましているはずだと思ったのだが……。

 

クラリスの居室に集まる一行の前には昨日と変わらぬまま寝息を立てている夫人の姿がそこにあった。

「どう? スパーダ?」

キュルケもタバサも、そして執事のペルスランも不安そうにクラリスの首筋に手を触れるスパーダを見守っていた。

「肉体的には何も問題はなさそうだな」

「じゃあ何で起きないの?」

正確には〝一度起きた後〟だった。

先日、スパーダ達がこの屋敷を発った数時間後にクラリスは目を覚ましたとペルスランは告げたのである。

だがそれはほんの一瞬で、すぐにまた意識を失ってしまい、それからはうんともすんとも言わなくなってしまったという。

意識を取り戻したクラリスは一瞬、掠れた声でこう呟いたそうだ。

 

――「ペルスラン」、と。

 

いつもならペルスランのことすら認識できず、タバサの時と同じように錯乱し怯えて拒絶していたはずなのに、確かにそう口にしたのだ。

それはこの三年間、失われ、狂わされたままだった心が元に戻った証だった。

 

タバサはそのことを聞いて思わず涙を滲ませてしまった。

母が次に自分を目にした時、しっかりと「シャルロット」と呼んでもらえる――念願の望みが叶うのだから。

だからこそ、その母が今、眠ったままでいるのが実にもどかしくて堪らない。

 

「どうだ? その女から何かを感じるか」

「感じるかって言われてもな。魔力や精神が空っぽになってるくらいしか……」

クラリスの手に握らされたナイフ――地下水は困惑気味に呻いている。

このインテリジェンスナイフはスパーダが預かることにし、トリステインへ持ち帰ることになった。

回収された当人も北花壇騎士としてイザベラから受ける仕事にはうんざりしていたのもあって、すんなり受け入れたのである。

「悪魔と一緒に過ごすのも退屈しないで済みそうで悪くない」というのが本人の弁だった。

そして、このインテリジェンスナイフの能力の一つである所有者を調べる力で、クラリスの身に起きている異変を突き止めようというのだ。

 

スパーダは顎を擦りながら少し考え込む。

「確か、お前達メイジは精神力が尽きると気を失うのだったな」

「ええ」

「そう」

キュルケとタバサは頷いた。

系統魔法は、その力を維持するためにメイジの精神力を消耗する。

何度も魔法を使って精神力が削られていけば意識が朦朧としてきたり、判断力が低下したりと様々な症状が出てくる。

精神力が足りずに唱えられない魔法を無理矢理行使しようとすれば、その瞬間に意識は強制的に途切れて気絶してしまう。

「もしかしたら、それに近い症状かもしれん」

「それでは奥様は……」

「ずっと心を病んでいたからな。それも影響しているのだろう。少なくとも命の危険はない」

スパーダの推測にタバサは納得するしかなかった。

考えてみればその通りだ。心を病んだ母は三年間、常日頃ずっと精神を擦り減らし続けていたのだ。

本来なら心を落ち着かせるはずの睡眠すら悪夢のせいで全く意味がなく、心労は溜まるばかりだったのである。

心が元に戻っても、それまでに衰弱した精神や心労は何ら変わることはなくそのままなのだ。

 

「母様……」

心身共に衰弱し切っている母をタバサは哀れむように見つめていた。

「タバサ。大丈夫よ……ペルスランのことが分かってたなら、ちゃんと心は戻ってるってことじゃない」

「しばらくは養生が必要だな」

キュルケに肩を抱かれて慰められるタバサは口惜しそうに小さく頷く。

 

母の心は戻った。だが、溜め込まれた心労はそのままで、まだまともに会うことはできない。

それでも狂わされた心が元に戻ったことは喜ばしいことだ。全快ではないが、今はそれで良しとするしかなかった。

焦ることはない。必ず近い将来、間違いなく母と再会できることが確実となったのだから。

実にもどかしいが、一歩一歩その日は近づいている。

「お休みなさい、母様。また会いに来ます……」

別れの挨拶を母の耳元で囁き、タバサは寝所を後にするのだった。

 

 

応接間に向かって廊下を進む中、タバサはペルスランへ静かに語り掛ける。

「ペルスラン。わたしが生まれた日のことを憶えてる?」

唐突に切り出された話題にペルスランだけでなくキュルケまでもが目を丸くしだした。

「ええ。もちろんですとも。あの日のことは忘れもしません」

ペルスランは懐かしむように微笑を浮かべながら頷いた。

 

オルレアン公女シャルロット・エレーヌ・オルレアンは御年十五歳。

その父シャルルと妻クラリスが結婚したのはさらに三年前のこと。

結婚してしばらくは子宝に恵まれなかったがクラリスが懐妊したことが知れた時、この屋敷の誰もが大喜びで祝福をした。

シャルルの父、時の国王ブルームはもちろん、兄のジョゼフも……。

 

ジョゼフの名が出た時、タバサは顔を顰めていた。

あのジョゼフが自分達を祝福してくれたなどと、考えたくもない。

タバサは応接間に入るとソファーに腰掛けながらペルスランの思い出話に耳を傾け続ける。

「ねえねえ。タバサが生まれた時ってどんな感じだったの?」

並んで座るキュルケも興味津々だった。

スパーダは腕を組んで佇んだまま静かに話に聞き入っている。

 

ペルスランはにっこりと笑いながら話を続けた。

「シャルロット様がお生まれになられた時は、それはもう皆大喜びでございました。……おお! 考えてみれば、ちょうど今の時間にお生まれになったのでございます」

三人はちらりと壁にかかる柱時計を見やった。

時刻は朝の九時を過ぎたばかりである。

 

「ですが私も屋敷の者達も正直、冷や汗をかきました。奥様のお命が危うかったのですから」

ピクリとタバサは眉を動かした。

「何かあったの?」

「難産だったのでございます。実は……当時の奥様はお体が弱く、出産は難しいかもしれないと懸念されておりました」

キュルケの問いにペルスランは重い顔でそう告げた。

「シャルル様は付きっ切りで奥様の傍らで見守りになられました。どんなことになっても後悔はしないと……」

タバサは呆然と目を見開いていた。

まさか自分の出産の時にそんなことがあったなど、まるで知らなかった。

「ですが、祈りが通じたのでしょう。奥様は無事にシャルロット様をお産みになられました」

その結果が今という訳だ。クラリスは命を長らえ、シャルロットも生を授かったのである。

 

「その時、産声は一つだけだった?」

ペルスランとキュルケはキョトンと呆気に取られた。

「何言ってんの? タバサ」

「何をおっしゃいますシャルロット様。このシャルル様の子はシャルロット様ただ御一人でございますよ。それはあなた様が一番よく分かっておられるではないですか」

「そう。ならいい」

ホッと小さな溜め息を漏らしてタバサは目を伏せた。

そこへ、今まで沈黙を続けていたスパーダはペルスランに語り掛けた。

「タバサが生まれたのは具体的にはいつだ?」

ペルスランは鮮明に憶えているタバサの誕生日を事細やかに口にした。

 

ティールの(3)月、ヘイムダルの(第2)週、エオーの(第3)曜日……。

 

ペルスランの態度は極自然なものだった。動揺も不自然な様子は見られない。

「学院に帰ったら時空神像で見てみるか?」

「別にいい」

スパーダの言わんとしていることはタバサには分かっていた。

彼にはタバサが最初に今の話題を切り出し始めた時点で意図を察していたはずだ。

だが出生当時の証人であるペルスランの話を聞いてタバサは安堵することができた。

これなら母と再会した時に聞く必要もないだろう。

 

そう。自分に、双子なんているはずがないのだ。

 

 

「オオオオオオッッッ!!」

激しい咆哮と共に紅蓮の炎を纏う拳が突き出される。

猛々しい巨漢の悪魔は己の四肢を駆使し立て続けに乱舞を繰り出していた。

並の悪魔であれば一撃で粉砕し得るであろう技の数々は、水晶のように薄く透き通った球体に叩きつけられる度に大きなヒビを作っていく。

「どうした? 死に損なった羅王の力を取り込んでおいてこの程度か」

球体の内部に佇む人型の光のシルエットは、まるで動じることもなく己より二回りの巨躯を誇る相手を見上げていた。

「――時間切れだ」

すっと手をかざすと同時に球体はガラスのように粉々に砕け散る。

「――ぐぅっ……!」

荒野一帯に轟く地響きのような唸りは魔界の大気を激しく震わせるほど。

放たれた衝撃の奔流は悪魔の巨体を呆気なく吹き飛ばしていた。

受け身を取りつつも膝を突く悪魔に、光の魔人は悠々と歩み寄ってくる。

 

「覇王よ。貴様、奴らをわざとスパーダ達に狩らせたな?」

「何のことだ? 奴らは弱いからスパーダに敗れ、朽ち果てた。貴様や他の者どもは引き際を弁えているから、今存在することを許されている。それだけのことだ」

腕を組む覇王は隠そうともしない冷笑を輪郭の中に浮かべていた。

「我は自ら手駒を減らすような魔帝とは違う。チャンスならいくらでも与えてやるというのにな……」

覇王アルゴサクスの腹心達はこの数ヵ月で三体が失われた。

 

オラングエラ、プルートニアンにタルタルシアンの兄弟、そしてジョガトグゥルム。

(みな)、アルゴサクスの命を受けて精霊界へと降臨し――逆賊スパーダの一派に討ち取られたのだ。

だがアルゴサクスは全く気にも留めない。むしろ腹心の死すら織り込み、その死を待ち望んでいたと言わんばかりである。

死しても遺された魂と力は服従の契約を交わしたアルゴサクスへと捧げられるのだから。

 

残る腹心は四体。その全てがアルゴサクスの勢力の中でも特に強大な力を備える猛者達だ。

今、手合わせをしているのは右腕として仕える腹心中の腹心――そして反抗者だった。

 

「バルログよ。貴様はせいぜい牙を研いでおくがいい。手にしたその力が役に立つその時が来るまでな……」

身に纏う炎を消して立ち上がるバルログはアルゴサクスから背を向けるなり歩き去ろうとする。

「俺は貴様などに使い捨てにはされん。よく憶えておけ……」

肩越しに睨みつけるも、アルゴサクスは既にバルログなど眼中になかった。

かざした手の中から小さな光が浮かぶと、眼前でじっくりと眺め出している。

 

「どうだ? お前の妻は失った心を取り戻したそうだ」

光に向かって語り掛けるが、返答はない。

「お前の娘達は実に健気だ。どれだけ己が傷つこうとも微かな希望に縋りつこうとする……」

先刻、アルゴサクスは侵略を仕掛けている異世界を見物していた。

〝雪風〟と呼ばれる青い髪の少女が、己の夢の一つを果たした有り様を見届け――嘲笑したのである。

「その奮闘を讃えてやろうではないか? お前も、愛する家族達に会いたかろう?」

輪郭しか浮かばない光り輝くアルゴサクスの顔に変化が起きる。

顔だけでなく、頭部全体が形を変えていき、瞬く間に人間のものへと移り変わっていった。

 

髪を生やし、光の中にぼんやりと浮かぶのは青年の面影を残す男のもの。

額から生やす二対の角だけが変化する前と全く変わらない。

〝顔〟を得たその表情は、無機質な本性とは比べ物にならない冷酷な笑みを滲ませていた。

 

「父として――夫として――奴らを盛大に祝福してやるがいい――」

 





本エピソードにて、ガリア王国の闇編は予告通りに終了となります。

次回からは外伝となる「獣の首」のエピソード2を開始させてもらいます。
一番書きたかった章の一つで、1エピソードの内容は濃い予定なので、ペースは遅れると思いますのでご了承ください。


ウラ話:今回のタバサママですが、当初は心が元に戻っても記憶喪失になってしまうという過酷な展開となるプロットだったのですが、盛り込み過ぎ&ややこしくなり過ぎるのと冗長になるのを懸念して辞めにしました。

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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