魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
虚無の曜日の真昼間から、魔法学院の女子寮で喧騒な足音が響く。
「スパーダ君! スパーダ君はいるかい!?」
ルイズの自室の扉がノックもせずにいきなり開け放たれ、ギーシュが飛び込んできた。
――バンッ!!
「ああぁーーーっ!!」
激しく弾ける音と同時にルイズの絶叫が響き渡る。
「あら」
机にかけていたルイズの横で佇んでいたスパーダやタバサ、キュルケはちらりと呆気に取られているギーシュの方を見やった。
立ち上がったルイズはギーシュを鋭く睨みつけると、ズンズンと彼に迫った。
目尻を吊り上げ、歯をむき出しにするその激しい剣幕に圧されてギーシュは顔を引き攣らせる。
「あ、あれ? も、もしかしてお邪魔だった――っっっっ……!?」
言葉が途切れ、苦悶の呻きがギーシュの喉奥から漏れ出た。
ルイズの蹴り上げた右足がギーシュの股間にめり込み、男の急所に痛烈な一撃が叩き込まれている。
「うわ……」
バッタリと倒れたギーシュの後ろにいたマリコルヌ、ギムリ、レイナールの三人は悶絶するその姿に思わず絶句してしまう。
同じ男として、今のだけは絶対に体験したくないと願うのは誰もが思う所である。
そんなギーシュの頭をルイズの足が容赦なく踏みにじった。
「何すんのよ! あんたがいきなり叫ぶから失敗しちゃったじゃない!!」
たった今まで、ルイズは連日続けているマグネシア錬成の実験を執り行っている真っ最中だった。
スパーダの指導の下、不純物を取り除いて高純度のマグネシアを作っている所だったのに、ギーシュの大声で驚いて思わずマグネシアの粉の上にスプーンを落としてしまったのだ。
おかげでせっかく作ったマグネシアの粉は全て火花を散らして無くなってしまった。
「この馬鹿! せっかく良い所までいってたのに!」
「ご、ごめんよ。ルイズ……」
「俺達、ミスタ・スパーダに相談したいことがあってさ……」
「僕らからも謝るよ……」
ギーシュを足蹴にするルイズを他の三人は怖気づきながらも宥めようとする。
「レイナール、あなた面白そうな物を持ってるわね。もしかして、それがスパーダへの用事ってわけ?」
ルイズの後ろから顔を出したキュルケはレイナールが手にするものを指差した。
見れば彼の手には土で汚れた彫像らしき物が抱えられている。
「それがどうしたって言うのよ! ――きゃっ!?」
怒りが治まらないルイズを横に押し退け、スパーダが入れ替わって三人の前に進み出てきた。
「とりあえず入れ」
スパーダに招かれて一行は部屋の中へと入ってくる。
悶絶したまま半ば気絶しているギーシュは扉の外に放置されていた。
「僕達……すごい物を見つけてしまったかもしれないんだ」
「そうそう。こんなマジックアイテム、初めて見るよ」
「ミスタ・スパーダにぜひ鑑定をしてもらいたいんです」
と、レイナールは片手に乗りきらない程の大きさをした彫像をスパーダに差し出す。
それは一言で表すなら獣の置物だ。台座の上に伏せている虎の姿をした実に精巧な造りをしている。
「へぇ、中々よくできてるわね。しかも宝石まで……ひょっとしたら高く売れるんじゃない?」
キュルケの言うように虎の顔には三つの光が煌めいている。
右目に赤、左目に青、そして額には緑の宝石がはめ込まれていた。
さながら三つ目の虎、といった所である。
スパーダは虎の象を手に取ると、僅かに目を細めてじっとそれを見つめだす。
「どこでこれを見つけた? コルベールかエレオノールには知らせたか」
そう問い質すと、三人は何故かバツが悪そうに目を泳がせだしていた。
「い、いやあ……ギーシュの使い魔が土の中から見つけてきたものなんだよ」
「あ、ああ。ほら、あいつのヴェルダンデって宝石が好きだろう。それでよく集めてるらしいけど、その宝石に反応したらしくて……」
「で……先生にはまだ……」
「……あんた達、何を隠してるの?」
明らかに態度がおかしい三人にルイズは顔を顰めだす。
「な、何でもないよ! 本当にギーシュの使い魔がたまたま学院の外で見つけたんだよ!」
「ふーん……。ところであなた達、ずいぶんと泥だらけねぇ」
首を横に振って必死に弁明するマリコルヌだが、キュルケは三人をまじまじと眺めて薄い笑みを浮かべだす。
三人はもちろん、ギーシュの服も所々が土で汚れているのがはっきり分かるのだ。
「四人してヴェルダンデと一緒に穴でも掘ってたのかしら?」
「う……いやあ、その……」
三人は激しく動揺しながら視線を逸らす。冷や汗も首筋に滲み出していた。
ヴェルダンデが地面に穴を掘っていたのは事実だし、その中でこの像を意図せず見つけたのも間違いではない。
ただ、その動機までは絶対に口が裂けても言うことはできない。
全ての発端は数日前のギムリの話が始まりだった。
今、この魔法学院で人気を二分する二人の『
ティファニアはカトレアにとても懐いていて、傍から見ると姉妹か
その二人はいつも真夜中になると一緒に二人きりで湯浴みをしているという噂だ。
そこでギムリはとんでもないことを口にした。
キュルケの野性的な魅力とはまた異なる絶世の美女同士の付き合いを、一目で良いから見てみたい――
ギーシュやレイナールは貴族にあるまじき行為だと最初こそ反対していたのだが……結局は男の欲求と好奇心には勝てなかった。
おまけにマリコルヌが「女同士でイケないことをしてるに違いない」などと悪ノリで妄想を口にしたものだから余計に抑えきれなくなってしまった。
かくして図書室でこの学院の建物の構造を調べたりした末、地面の下から女子風呂の壁越しに覗けることが判明したのである。
その道を作るためにビッグモールであるヴェルダンデが穴を掘っていた最中、一行はこの不思議な彫像を見つけたのだった。
「そ、それよりもその虎の象、すごいんだぜ? その宝石に触ると、頭の中にイメージが出てきてさ!」
「うんうん。僕らが戦艦に乗って、アルビオン軍の戦艦と激しく戦うっていうものでさ。何でそんなのが思い浮かんだのか……」
「でも、何だか気味が悪くて。それで、ミスタ・スパーダに鑑定でもしてもらおうかなって……」
エレオノールやコルベールら学院の教師に話せないのは、つまりそういうことだ。
まだ地中の道は半分ほどしか掘れていないが、事情を話したらその道の詳細や企みがばれてしまうからである。
スパーダはそこまで気にするようなタイプではないと思ったので、相談相手に選んだのだった。
(おい娘っ子。俺ぁ嫌な予感がするぜ……)
沈黙するデルフの呟きにルイズは思わず息を飲んだ。
スパーダは像を真剣な眼差しでじっくり観察している。
何のことはないマジックアイテムだったら即座に突き返すだろうが、この態度は明らかに普通の代物ではないであろうことがルイズにも察せられた。
「ねえ、スパーダ。わたしにもちょっと貸して――」
キュルケも興味が湧いたようで、スパーダの手から彫像を取ろうと手を伸ばし――
「っ!?」
驚いて手を引っ込めた。
信じがたいことに、像は今確かにキュルケに嚙みつこうとしたのである。
それに驚いたのはキュルケだけではない。ルイズもタバサも、果てはマリコルヌら三人に至っては驚いた拍子に尻餅をついてしまった。
――グルルルルルル……。
明らかに猛獣の唸り声を彫像は発していた。
そればかりか、本物の生き物と全く変わらない動作で頭を動かしていたのだ。
その動きは彫像とは思えないほどに滑らかである。
像を手にしたままのスパーダはそれを冷たく見下ろしていた。
「……悪魔……!?」
タバサは咄嗟に杖を構えた。
明らかにこの像はただのマジックアイテムではない。
この禍々しい殺気は紛れもなく魔界の悪魔が発するのと同じものだった。
虎の彫像は赤、青、緑の宝石を光らせながら、まるで一同を威嚇するかのように激しく牙を剥いている。
――ガオオオオォォンッッ……!!
「ここからすぐに出ろ!」
虎の雄叫びと共にスパーダはそう叫んだ。
マリコルヌ達は這う這うの体で部屋から飛び出していく。
キュルケとタバサも後退りながらも続いていったが……。
「スパーダ!?」
部屋の入り口に差し掛かった最後尾のルイズは振り返って目を見開く。
スパーダは虎の像の赤い目の宝石を抜き取っていたが、その足元からはどす黒い影が広がっていくのだ。
影は瞬く間に床から壁、さらには天井にまで広がってルイズの部屋を暗黒の空間に変えていく。
ついにはスパーダまでも足先から飲み込まれていって――
「ルイズ!?」
キュルケが気づいた時にはもうルイズは影に覆い尽くされた部屋の中へと飛び込んでいた。
スパーダに駆け寄ろうとする彼女を引き戻そうと手を掴んだタバサもろとも影に飲み込まれていき――
「……タバサ!」
部屋の中が全て闇で覆い尽くされた瞬間――その闇は忽然と消え去っていた。
しかも、そこにいたはずだった三人の姿は跡形もなくなっている。
「あ、あ……」
「き、消えた……?」
一部始終を見届けたマリコルヌ達は全く理解が追い付かずに狼狽するばかりだった。
キュルケは呆然と無人になった部屋の中に踏み入る。
床の上には、スパーダが手にしていた虎の彫像だけが無造作に転がっていた。
さっきまで自分に噛みつこうとしていたのが噓のように沈黙し、ただの彫像に戻っている。
像を拾い上げるキュルケは、片目と光を失った二つの眼を眼前に見据えていた。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定