魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
「う……」
「よう、娘っ子。やっと起きたか」
デルフの声でルイズは意識を取り戻していた。
ふらつく頭を押さえて隣を見ると、そこにはタバサが横たわっている。
そのタバサもルイズと同じように体を起こして意識をはっきりさせようとしていた。
「どうしたの……あたし達……?」
「いやあ、俺もおったまげたねえ。いきなり娘っ子ごと影に食われちまったかと思ったんだからよ」
と、デルフは溜め息交じりに小さく笑った。
ルイズが最後に記憶しているのは、自室を覆い尽くした影の中に飛び込んだ途端、視界が暗黒に閉ざされてしまったことだ。
それだけではない。突然足場が消えて、どこまでも落下していくような奇妙な感覚に襲われたのである。
あの時、ルイズは暗闇の中でスパーダの名を何度も叫んだ。だが、彼からは何の返事もなかった。
自分の手を掴んでいたタバサの感触だけしかなく、悲鳴を上げようとしても声すら反響しない。
そんな異様な暗闇の中を延々と落ち続けている内に、ついには意識を失ってしまったのである。
「そうだわ……! スパーダはどこ!?」
「安心しな。奴ならそこにいるぜ」
慌てふためくルイズが振り向いた先には、見慣れた大きな背中がはっきりと映った。
スパーダは肩越しにルイズ達の方を振り返ると、静かに歩み寄ってくる。
「起きたな」
「ここ、どこなの……?」
今に至ってルイズは自分達の身に起きている状況を認識することができた。
魔法学院の女子寮にいたはずが、全く見覚えのない風景が周りに広がっている。
昼の日差しの中、どこかの屋上らしき場所にルイズ達は佇んでいたのだ。
「少なくともトリスタニアじゃあるめえな。ガリアでもなし、ゲルマニアでもなし……ロマリア、じゃねえな」
よろよろと立ち上がり、縁に設けられた柵から下を覗き込む。
その下は石畳の大通りが広がり、大勢の人々が行き交っているのが見えた。
立ち並ぶ壮麗な造りの建物も、トリスタニアはおろかガリアの首都リュティスとも雰囲気がまるで異なる。
遠目には尖塔がそびえる大きな聖堂らしき物まで見えていた。
「一体、どこなの? この街……? タバサ、知ってる?」
「分からない」
任務でハルケギニアの様々な国を訪れたことのあるタバサでも、全く未知の街並みだった。
ルイズ達が戸惑う中、後ろに歩み寄ってきたスパーダは小さく溜め息を漏らす。
「どうやら、ここはフォルトゥナらしい」
その呟きに二人は怪訝そうな顔を浮かべた。
「お前さんが大昔に領主を務めてたっていう街かい?」
「ああ。間違いない」
魔剣士スパーダが現在、ハルケギニアで用いている〝フォン・フォルトゥナ〟の家名は偽名に過ぎない。
モデルとして用いたのが、一千年以上もの昔に領主を務めていた地方の都市から取ったものだった。
便宜上、異国の貴族としての立場として振る舞うには、実に好都合な過去である。
魔界の侵攻に脅かされていたフォルトゥナの地を救い、復興と安定が整うまで面倒を見ていたが、充分だと判断して後にしたのである。
「確かに、ここはフォルトゥナだ……」
目を細めてスパーダは再度確認するかのように呟く。
実の所、スパーダも訪れた直後はここがどこなのかまるで分らなかった。
ハルケギニアでないことは感じられる空気で分かったものの、まさか元の人間界――しかもフォルトゥナに来てしまったなど想像だにしなかった。
だがここがフォルトゥナであると認めざるを得ない。
遠目に見える巨大な石板の存在が、フォルトゥナの地である何よりの証拠だった。
「フォルトゥナ……ここが、スパーダが治めていたっていう……!」
ルイズは目を輝かせて街を見回していた。
以前に時空神像の記憶で見た時とは街並みは大きく変わっている。一千年以上も経っているのだから、変化は当たり前である。
それでも初めて目の当たりにする異国の地に心が躍った。
「それじゃあ、ここはハルケギニアじゃないのね!? スパーダがいた別の世界なのね!?」
「そうだ」
ますますルイズは興奮して柵に身を乗り出してしまう。
「おいおい、落ち着けよ娘っ子」
「ここが、スパーダが救った異世界……! すごい……あたし達、本当に異世界に来てるんだわ!」
大はしゃぎするのも無理はないかもしれない。
常々、スパーダがハルケギニアに来る前にいたという異世界がどんな場所なのか……実際に確かめたいと思っていたくらいなのだ。
それが叶った今、もうルイズの興奮と感動は留まることを知らない。
大はしゃぎするルイズに反して冷静なままのタバサはちらりとスパーダを見上げた。
「あの彫像は一体、何?」
自分達を異世界に追いやってしまった虎の像は、紛れもなく悪魔かそれに類する品だ。
一体どんな代物だったのか、タバサは激しく気になっていた。
「あれは獣の首だ」
「獣の首って、違う世界へ行けるっていうマジックアイテムのこと?」
「そうだ。あれも失敗作だがな」
魔帝ムンドゥスが魔力供給機の一つとして、自らの手で創り出した生きた魔具。
文字通りの獣の姿をした彫像は、人間を喰らって魔力に変換してしまう能力が宿っている。
その能力の一部で、対象を別の平行世界へ飛ばしてしまうこともできるのだ。
とはいえ、あの虎の像もまたいくつも作られた失敗作の一つ。
自我は宿しているが猛獣同然でしかなく、所有者であろうが無差別に襲おうとするのが失敗作の理由だ。
故にスパーダもその力に巻き込まれて、別の平行世界に来てしまった訳である。
「そんなのが何で土の中に……」
「さあな。少なくとも誰かが埋めた物ではなさそうだ」
徐にスパーダは懐から赤い宝石を取り出し、頭上にかざした。
日差しを受ける宝石はキラキラと輝いている。
虎の目や額に填まっていた宝石はそれぞれ現在・過去・未来を見通す力を持っている。
それが一つでも欠ければ、あの像は大人しくなり魔力供給機としての役目を果たさなくなる。それもまた失敗作である所以だった。
「でも、ちゃんと帰れるんでしょう? スパーダは前にちゃんと帰ってこられたんだから……」
「それは向こう次第だな。こちらからでは帰れん」
赤目の宝石を懐に収めるスパーダはあっけらかんと答える。
ルイズは一瞬、呆気に取られてしまい、思わず噛みついた。
「ど、どうしてよ!?」
「獣の首の本体は向こうにある」
前に平行世界のハルケギニアへ転移し、戻ってこれたのはスパーダの手元に獣の首そのものがあったからこそだ。
今ここにあるのは魔力のほんの一かけらに過ぎないので、こちらから元の世界に戻ることはできない。
「じゃ、じゃあ……あたし達、帰れないってこと!? 噓でしょ!」
元の世界に帰れない……その事実にタバサの顔にも不安の色が浮かび上がる。
「案ずるな。モデウスなら、こいつの勝手は分かっているはずだ。その内呼び戻されるだろう」
魔力供給機や能力自体が自発的に使えなくなっただけで、第三者が儀式を行えば別世界に飛ばした対象を元に戻すことはできる。
同じ悪魔であるモデウス――ついでに置いてきたネヴァンもだが――はその方法を知っているはずである。
獣の首の一部をこうして持っているのも、向こうが呼び戻しやすいようにしたのである。
「その内っていつになるの?」
「さあな。まあ、一週間はかからんだろう」
あまりに平然としているスパーダにルイズは微妙な顔を浮かべた。
「ま、しばらくは異世界見物でもさせてもらうしかあるめえな。ガイドは任せたぜ、領主様?」
「一千年も前の記憶など役には立たんだろうがな」
からかうデルフにスパーダは軽く自嘲する。
ふと思い起こしてみれば、元々ルイズのサモン・サーヴァントでハルケギニアに召喚される直前にはフォルトゥナを訪れようとしていた所だった。
フォルトゥナは大陸から離れた辺境の孤島で、定期船を待っている時にサモン・サーヴァントのゲートが開かれたのだ。
世界各地を放浪する中、一千年以上も訪問していなかった地にまた訪れようと思い立ったのは単なる気まぐれにすぎない。
風の噂でフォルトゥナの様子自体は耳に届いており、騒乱が起きたという話は全く耳にしていなかった。
大きく予定は変わったが、フォルトゥナへこうして足を踏み入れたのは行幸と言うべきかもしれない。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定