魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 10 <稲妻の盟友>

 

スパーダは迷惑代として20エキューをスカロンに渡し、店を後にしていた。

その際、スカロンが「何か困ったことがあればいつでも頼ってちょうだいね」と持ちかけ、入口の前でスパーダは片手だけを軽く上げて答えていた。

……さて、もうすっかり外は夜。そろそろ学院に戻らねばルイズがうるさく言い出すだろう。

馬を預けてある、町の入口の駅へ一直線に向かおうと歩を進めていく。

 

「やるじゃないか」

途中、後ろから誰かに声をかけられる。

立ち止まり振り向くと、そこには物々しい出で立ちの女が一人立っている。

厳しくも凛々しい顔をしたその金髪の女には、見覚えがあった。

何より右肩に革帯で吊している大柄な銃に目がついた。

(あの時の……)

昼間に武器屋で鉢合わせになった、あの女戦士だった。

やけに感心しきった様子でスパーダを見ている。

「メイジを相手にずいぶんと派手なことをしたものだな? しかし、汚職で捕まるとはあいつもついに年貢の納め時か」

「自業自得だ。何か用か」

「ああ、済まない。アニエスだ、よろしく」

「スパーダだ」

気さくに自己紹介をしつつ手を差し出してくるアニエスという女と軽く握手を交わすスパーダ。

アニエスは先刻までチクトンネ街の小さな場末の酒場で飲んでいたのだが、魅惑の妖精亭でチュレンヌの一派が剣を持った貴族と争っているという話を聞きつけていた。

駆け付けた時にはもうチュレンヌらは片付けられ騒ぎは収まっており、スパーダが昼間に武器屋で見かけた男であると思いだしたのだ。

「貴族が武器を直接見にくるなんておかしいと思っていたがそういうことだったとはな」

「それで? 用事はそれだけか」

「ああ、すまん。実は……人手が足りなくて困っていたんだ。もし良ければで構わないが、仕事を手伝ってはもらえないだろうか?」

「仕事?」

彼女は本来、小隊を率いる軍人らしいのだが平民である彼女は魔法を使うメイジが主体である宮廷では対した期待もされておらず、他の平民出の軍人達と共に邪魔者扱いされているそうだ。

しかし、それでもメイジの軍人達は自分達に回されてきた面倒臭そうな厄介事を時折、彼女達に押し付けてくるという。

そして、今回も宮廷に地方の領主から依頼が来たが彼女達にお鉢が回ってきたのである。

 

その地方に点在する村々で出没するオーク鬼を討伐して欲しいと農民達は領主に助けを求めて来た。

領主は面倒臭いながらも兵を派遣しようとしたが、オーク鬼が突如として現れなくなったために討伐依頼は一度取り下げられたという。

ところが、今度は見たこともない化け物が近隣の村々はおろか領主の屋敷にまで姿を現して襲ってきたため、領主はその化け物達が潜んでいる場所が何十年も前に打ち捨てられた、森の中にある開拓村の寺院の廃墟であることを突き止め、直ちに兵を派遣したが誰一人として戻ってはこなかった。

アニエスら下っ端の平民にその廃墟の調査をする任務が押し付けられてきたが、せめてあと一人はいてくれなければ辛い仕事になるかもしれないという。

そこで下級ながらもメイジを瞬殺したスパーダに声をかけたそうである。純粋に実力を評価し見込んでのことらしい。

(見たこともない化け物、か)

アニエスから話を聞かされ、顔を顰めたスパーダは考え込む。

オーク鬼はハルケギニアでは一般的な怪物と知られる凶暴な亜人。それが出て来ない代わりに現れたという別の怪物のことが気になっていた。

「お前は見た所、手練れのようだ。来てくれるとありがたいんだが。もちろん、報酬は出すし強制もしない」

「いや、付き合わせてもらおう」

真顔で頷き、スパーダはアニエスの申し入れを即座に受け入れていた。

 

 

「きゅい、きゅい! あの悪魔、今度はどこへ行くのね?」

チクトンネ街とブルドンネ街の境にある路地から顔を出す、一人の女がいた。

青い長髪を伸ばしたその女は20歳くらいに見える美しい麗人と呼べるかもしれないが、別の理由でそれは否定される。

まずスタイルの良いその体には服ではなくボロ布だけしか纏っていないし、その口調や性格も20代とは思えぬほどに幼く子供っぽい。

「お姉様、もう帰るのね! 悪魔なんか放っておけばいいの! シルフィ、悪魔とこれ以上関わりたくないのねー!」

女は傍らに控え、大きな杖を抱えながら本を読み続ける同じ青い髪の少女に向かって懇願していた。

 

午後の授業を終えた夕刻、タバサはすぐにシルフィードに乗ってトリスタニアへと訪れ、スパーダの後をつけていた。

町の外でシルフィードを人間の姿へと変身させ、スパーダの後を追っていると彼は魅惑の妖精亭という酒場へ入っていった。

シルフィードは店の中から漂ってくる料理の匂いに我慢ができなかったようで、「シルフィもご飯! お肉食べたい!」とせがんできたが、あいにく金は持ってきていないのでそんなことはできないし、たとえあっても「我慢して」と答えていた。

その後、スパーダが役人とその取り巻き達を軽く伸し、あの女に呼び止められたのだ。

タバサはきっと彼がまた何か悪魔絡みの厄介事に顔を突っ込むかと思ってその後をつけていたのだが、案の定だ。

シルフィードはその間、スパーダに関わるのはもう嫌だなどと、ギャーギャー喚いていたがタバサはそれを無視した。

 

やがて、スパーダが金髪の女と何やら話をした後、共に町の入り口の方へ向かっていった。

スパーダは駅で馬に乗り、戦士の風体をしたその女と共にどこかへと繰り出して行く。

タバサもシルフィードを風竜の姿へと戻させ、空からその後を追っていった。

 

 

 

 

王都から数リーグ離れた地方の森までは、馬で約二時間の距離だった。その森の奥に、化け物とやらが巣窟にしている廃墟があるという。

途中、まだ放棄されていない農村などが点在してはいたものの、田畑はおろか家畜さえも荒らされた形跡があり、ひどい所では既に村そのものが全滅してしまい、死体が野ざらしにされている場所まであった。

どれも確実に人間の手によるものではなく、だからといってオーク鬼のような亜人が襲ってきたわけではない。

転がっていた死体はどれも首や胴体を真っ二つにされていたりと、無残な姿だった。

おまけに異臭が漂う上にハエやウジが集っていて普通の人間ならば即座に吐いていることだろう。

「こいつらもやられたようだな……」

スパーダとアニエスが森の中に入り、しばらく進んでいると人間よりも倍はある醜く太った体に、豚のように突き出た鼻を持った顔が特徴のオーク鬼の群れの死体が転がっていた。

手練れの戦士五人に匹敵する戦闘力があるとされる亜人が、酸で頭を溶かされ、糸で絡め取られて喉を引き裂かれていたりと、農民達の死体同様にえげつない手段で惨殺されている。

「その化け物とやら、こんな連中まで無慈悲に殺すとは。どんな奴だろうな」

スパーダは分かっていながら、あえてそんなことを言い出す。

「オーク鬼や竜ばかりではないからな。この世界にいるのは……」

ゆっくりと馬を歩かせながら、アニエスは呟く。

「ほう。では、他に何が考えられる?」

このアニエスという女、どうやら奴らを目にしたことがあるらしい。

それもただ見るだけではない。己が手にする武器で一戦も交えたことがあるようだ。

「悪魔さ。お前は見たことがないのか」

忌々しげに低い声で答えるアニエス。

その瞳の奥に宿るのは……怒りや憎しみ、そんな負の感情だった。

スパーダは自嘲の笑みを浮かべ、軽く息を吐く。

「散々奴らは飽きるほど目にしてきている」

そして何より、自分自身がその悪魔なのだ。

「奴らはオークだとか、トロールなんかとは訳が違う。油断はするなよ」

「君は奴らを相手にしたことがあるようだな。どうだ? 悪魔を相手にした感想は」

「奴らは冷酷で残忍だ。おまけにオークみたいな連中よりも狡猾だから、まともに相手はし辛いさ」

魔法が使えるメイジならばまだしも、彼女は平民だ。

だが、その悪魔達を相手にして彼女は生き残ってきたのだろう。

さすがに上級の悪魔までは相手にしたことがないのだろうが、それでも悪魔を相手に生き残れるとは、このアニエスという女、かなりの手練れらしい。

 

「ところで、君が持っているそれは一体何だ?」

スパーダはアニエスがずっと右肩に吊るしているあの大口径の銃を顎で指す。昼間、トリスタニアの武器屋で受け取った物だ。

よく磨き上げられたその大砲のように太い銃身は鈍い光沢を帯びている。

「私の仕事道具さ。悪魔が相手となると、これだけでは少々心もとないと思ったのでな」

アニエスは剣と共に腰に携えている短銃を見せていた。

「ゲルマニアの名のある職人に依頼して作ってもらったんだ。できれば、使わないで済めば良いが」

と、言いつつ馬から降りたアニエスは大砲を両手で構えだす。

「あいにく、そうはいかんようだな」

スパーダも馬を降りると、閻魔刀をスラリと優雅な動作で鞘から引き抜き、右手で斜に構える。

森の木々がザワザワと音を立てだし、ギィギィという奇怪な鳴き声が聞こえてきた。

月の光が僅かに差し込む暗闇の中、何かがボトリと木の上から落ちてくる。

「アルケニーか」

仄かな月光に照り返される光沢を帯びた青みの体を持つ、大人ほどの大きさをした蜘蛛の異形。

その上半身は人間の女そのもので、口や腕は鋭い顎や鎌へと変貌している。

かつては人であった女の魂が魔界へと渡り、その瘴気に当てられて変貌した下級悪魔だ。

次々と姿を現すアルケニーが二人を取り囲み、威嚇してくる。

アニエスは手持ちの大砲をいつでも撃てる姿勢を取っていた。スパーダも器用に閻魔刀を片手で交差に振り回す。

「さて、どうする?」

「決まっているだろう。……悪魔は潰す!」

 

叫ぶと同時にアルケニー達が一斉に、攻撃を仕掛けてきた。

その鋭い鎌のような前足を上げながら飛びかかり、口から酸を飛ばし、尻を持ち上げて糸を放ってきたりと己が持つ能力を駆使して二人を仕留めようとしてきた。

アニエスは軽々とした動きで馬を足場に真上へ跳躍し、酸を回避する。

 

かわした酸は二人が乗ってきた馬へと降りかかり、悲鳴を上げながらジュブジュブと音を立ててその身を溶かしていった。

スパーダは酸と糸をかわすと同時に飛び掛ってきたアルケニーに対して閻魔刀を突き出しながら突進し、胴体へと深く突き刺した。

奇声を上げながら呻き声を上げるアルケニーだが、スパーダは突き刺したままの閻魔刀をねじり、刃を上にするとそのまま真上へと斬り上げ、アルケニーの体を斬り裂きながら跳躍した。

 

そこへ木の上からアニエスが大砲を構えて引き金を引くと、バシュッと鈍い音と共に銃口から弾が放たれる。

放たれた小型の砲弾による爆発が集まっていたアルケニー達を吹き飛ばし、肉体が四散する。

斬り上げから降りてきたスパーダが虫の息であるアルケニーに閻魔刀を突き立ててとどめを刺した。

アニエスも自分の剣を抜いて同様のことをしていた。

「なるほど。確かに、悪魔を相手にやり慣れているみたいだな」

まだ火が燻る中、スパーダは閻魔刀を納めてアニエスへと近づくと彼女はさらにスパーダに対して感心していた。

だが、スパーダは訝しそうにアニエスが手にする大砲のような銃を見つめていた。

「それは本当にゲルマニアとやらで作られた物か?」

「そう言っただろう。何せ、あそこはトリステインなどと違って平民のための技術が大きく発展しているんだからな。私も『手持ちができる大砲』をオーダーしてこれを作ってもらったんだ」

アニエスは言いながらその手持ち式の大砲――擲弾銃(グレネードランチャー)の銃身を後部の機関から前に折り、接合部の銃身後部に新たな砲弾を込めていた。

たとえそうだとしても、彼女が持っている銃はハルケギニアの技術の水準を超えているのはスパーダの目に明らかである。

使用されている素材も普通の鉄とはまた異なるようで、しかも高純度な品質であった。

以前、読んだ本でも彼女が言った通り平民でも貴族になれるゲルマニアはメイジでしかほとんど利用できない、魔法に関する技術が盛んな他の国々とは対照的に平民でも扱える技術が年々進歩しているとされている。

だからといって、あんな物まで作れる技術があるというのか。

あれは明らかにこの世界の人間が作った物ではない、規格外な技術のような気がしてならない。

 

 

 

 

悪魔達を退けて森の奥へと進んでいった二人は月の仄かな光が降り注ぐ、肩まで伸びた雑草が生い茂る開けた場所へと出ていた。

「ここがそうらしい」

かつては壮麗を誇っていたのであろう門柱は崩れ、鉄柵は錆びて朽ち果てている。

目の前に建つのは、紛れもなく古ぼけた廃墟と化した寺院だった。

建物は所々が崩れ、明かり窓であるステンドグラスも割れている。

(……何かいるな)

スパーダは寺院の周辺はおろか内部からも無数の悪魔達の気配を感じていたが、その中に中級以上の悪魔の気配も同時に感じていた。

だが、下級の悪魔達の気配と混じってしまって種類までは分からない。

「どうした、そんな難しそうな顔をして。確かに相手は悪魔だが、お前もこれまで多くを狩ってきたのだろう」

「気にするな。行くぞ」

閻魔刀をいつでも抜刀できるように手をかけ、雑草を掻き分けて寺院の扉の前まで向かっていく。

 

 

――キャハハハハ……

 

――キャハハハハ……

 

――キャハハハハ……

 

不意に、どこからともなく不気味な笑い声が響いてきて、アニエスが即座に身構えていた。

スパーダは視線を流すように周囲へと向けている。

「フンッ!」

一際強い気配と殺意を感じると、スパーダは閻魔刀を抜刀して剣閃を庭の一角へ向けて飛ばした。

虚空が歪んだかと思うと、透けるようにして姿を見せたのは巨大な鋏を手にする、仮面を付けた死神のような姿をした悪魔だった。

下級悪魔の一体、シン・シザーズだ。

今の一閃によって依り代である仮面を真っ二つにされ、甲高い悲鳴を上げながら鋏だけを残して消えていく。

「ちぃっ! 何だ、こいつらは!」

アニエスは次々と透けるようにして現れて襲ってくるシン・シザーズの亜種である大鎌を持った女性の仮面のシン・サイズの攻撃を剣で弾いていた。

攻撃を弾いて怯ませ、斬りつけようとするが敵のマントをすりぬけてしまう。

「そいつらは付けている仮面が本体だ。そちらを狙え」

スパーダがシン・サイズの仮面に閻魔刀を突き刺すと、同じく甲高い悲鳴と共に鎌を残して消滅していった。

アニエスはシン・シザーズが突き出してきた鋏を剣で受け止めると、腰に携えていた短銃を手にし、ピタリとスパーダのアドバイス通りに仮面へと狙いを定める。

 

銃声と共に放たれた銃弾は一発でシン・シザーズの仮面を撃ち砕き、鋏だけを残して消滅させた。

「お前、悪魔に詳しいんだな」

「ああいう下級の悪魔は大抵の場合、依り代が本体である場合が多い。今の奴はマント以外は実体化した存在だ。なら、どちらかのみこちらの攻撃が届く」

銃に弾を込め直しているアニエスへ口添えに、閻魔刀を納めながら助言をするスパーダ。

「なるほど。……私より、奴らへの知識は上という訳か」

銃を腰に収めて苦笑すると、地面に刺していた剣を引き抜こうとした。

 

――キャハハハハ……

 

「なっ!」

引き抜いた途端に突如、目の前の地面から透けるようにして現れた新たなシン・サイズが大鎌を振り上げてきたのだ。

即座に反応し、剣で防御するものの、咄嗟のことだったので剣を弾かれてしまう。

後ろへ飛んで距離を取りつつ銃を構えようとした途端、シン・サイズは手にする大鎌を勢いよく回転させると、それをアニエス目がけて投げつけてきた。

スパーダは閻魔刀を抜刀し剣閃を飛ばし、アニエスの目の前まで迫っていた鎌へとぶつける。魔力が弾ける音を響かせながら大鎌の軌道は逸れていた。

 

アニエスが銃を構えて引き金を引こうとした途端、戻ってきた大鎌を掴んだシン・サイズの仮面が突如砕け散り、消滅していった。

「な、なんだ?」

いきなりのことに呆気に取られるアニエス。

(ようやくお出ましか)

閻魔刀を納めるスパーダは自分達が今まで通ってきた森の方へ視線を向けた。

「誰だ!」

アニエスも何者かの気配を感じ、銃をスパーダの視線の先へと向ける。

森の中から、小さな人影がゆっくりと二人の目の前に姿を見せていた。

「……子供? ……メイジ?」

いきなり現れた大きな杖を手にするメイジらしき少女に、アニエスは顔を顰めた。

「また来ていたか」

スパーダは閻魔刀を納めながら現れた青い髪の少女――タバサの前へと歩み寄る。

トリスタニアで魅惑の妖精亭に入った辺りから彼女の魔力を感じていたが、またしても自分の後を付けてきたようだ。

彼女は悪魔絡みの仕事があれば一緒に連れて行って欲しいと言っていたが、何もなくとも自分から付いてきてスパーダが事件に首を突っ込むのを待っていたのだろう。

「知り合いなのか?」

「彼女は魔法学院の生徒だ」

銃を納めたアニエスがタバサを見て、呆気に取られたように彼女を見ていた。

「何? 貴族の子女が、何故ここにいる。ここは子供の来る所ではないぞ」

「そう言うな。彼女はこれでもかなりの手練れだ。私が保証する」

アニエスがきつい物腰でタバサを追い返そうとするが、スパーダが取り成してやった。

「彼女も悪魔を倒しているからな。問題はない」

怪訝そうにタバサを見やるアニエスだったが、したり顔のスパーダはタバサの頭を撫でながら推挙する。

「また手伝う」

「好きにしろ。無理はせんようにな」

 

 

「どうだ?」

割れたステンドグラスの淵へと飛び上がり、中を覗きこむスパーダにアニエスが呼びかける。

寺院の正門を開けようとした所、中からカサカサと微かに奇妙な音が聞こえていたためすぐには突入するのはやめることにした。

狡猾な悪魔が相手ならば、愚直に攻めたりするのは命に関わる。一般の怪物以上に警戒しなければならないのだ。

「お、おい!」

スパーダは無言のままひらりと向こう側へ飛び降り、中へと入っていってしまった。

仕方がなく、自分達も入るべくアニエスは正門の取っ手へと手を伸ばそうとした。

「うわっ!?」

突然、昆虫のような奇怪な鳴き声とぐしゃりという生々しい音と共に扉がひしゃげ、変形していた。

中では次々と奇怪な鳴き声と共に鋭い釘を打つような音や肉を斬り裂く音まで聞こえてきている。

「エア・ハンマー」

杖を構えたタバサが突風の槌を放ち、扉を吹き飛ばした。

吹き飛ばされた扉の破片に混じって、小さな何かがこびり付いている。

「うっ……」

女ながらも屈強な心を持つアニエスですら内部の有様に顔を顰め、口を押さえて吐き気が込み上がっていた。

扉の先は天井が所々崩れている広い廊下だったが、その床に散らばるのは巨大なハエそのものというべき醜悪な悪魔の死体と、人の手ほどの大きさをしたウジの群れだった。

死に損ない、僅かに体を痙攣させて呻いている悪魔もいたが、アニエスは自らの剣を突き刺してとどめを刺す。

床で蠢くウジは踏みたくもないが、踏まずに進むのは不可能であるために仕方がない。

踏む度にグチャグチャと生々しい音を立てているのが実に気持ち悪い。

タバサもはっきり顔には出さないが、嫌悪感を微かに滲ませている。

 

暗くてほとんど見えないが、肉を切り裂く音と昆虫のような呻き声が絶えず聞こえてくる。スパーダは奥の方で悪魔達と戦っているようだ。

すぐに自分達も加勢すべく、二人は暗闇の中へ足を踏み入れようとした。

その途端、羽音を響かせ、暗闇から青いハエのような悪魔が醜悪な鳴き声を上げながら飛来してくる。

「伏せろ!」

アニエスが叫びながら素早くランチャーを構え、引き金を引いた。タバサも咄嗟に屈む。

放たれた砲弾が悪魔の体にめり込んだ途端、内部から弾けるようにして爆発、四散した。

体を焼かれた悪魔の残骸はどさりと地面に落ち、他の悪魔の死体に次々と炎は燃え移っていった。

さらに今度は緑色の体をした同種の悪魔がノミのように跳ねながらこちらへ近づいてきて、飛び掛ってこようとする。

アニエスはランチャーに新たな弾を込めようとするが、これでは間に合わない。

「ウインディ・アイシクル」

タバサが突きつけた杖の先から氷の矢を拡散させて次々と放ち、飛び跳ねる悪魔達を撃ち落していく。

さらに奥から同種同色の少し体が大きい悪魔が数体現れるが、二人にはすぐ襲い掛かってはこなかった。

 

「な、何をやっている?」

燃え上がる炎によって内部が照らされる中、アニエスとタバサは悪魔達が行っている行為に顔を顰める。

「……共食い」

タバサも無表情ながらも嫌悪感を滲ませて呟く。

悪魔達は二人と、そして奥で戦っているであろうスパーダによって倒された悪魔の亡骸に縋ると、その身をむしゃむしゃと喰らい始めたのだ。

仲間を喰らうというあまりにおぞましい光景であったが悪魔達はすぐに亡骸を食い尽くしてしまう。

「くそっ、こいつら……!」

仲間を食い尽くした悪魔達はその前とは比べ物にならないほどの俊敏さで動き回り、二人を翻弄してきたのだ。

アニエスは銃を向けるどころか抜く暇もなく剣を振るうことしかできず、タバサはルーンを唱えようとすると悪魔が飛び掛ってくるために避けるしかなく、魔法を放って攻撃することもできない。

かろうじて使えたのは、エア・シールドによる空気の障壁を張って攻撃を凌ぐことだった。

 

突如、ヴンッという低く空気が唸る音が連続で響くと共に俊敏に動き回る悪魔達の移動先の空間が歪んだ。

その歪みに入った悪魔達は次々と十字に斬り裂かれていく。

「ベルゼバブは見ての通り、ハエを媒介にして存在する下級の悪魔だな」

二人が呆気に取られる中チャキン、と鍔の音が鳴り響く。それと共にスパーダが語りながら奥より姿を現した。

「こいつらは体内に魔力を貯蔵していてな。仲間を喰らうことでその力をより強くする。できれば、死体はこうして燃やしてしまうのが一番良いのだがな」

一部のベルゼバブの死体が炎に包まれているのを見回しながら、スパーダは二人の元へ歩み寄ってきた。

「さすがに二人にはきつかったか」

それはベルゼバブの力ではなく、醜悪なその姿そのものを指しているのだろう。

確かにこんな醜悪な姿、普通の女が見れば吐くだろうし、男でも悪寒を感じることだろう。

実際、スパーダも下級の悪魔の中では違う意味でお目にかかりたくない種族だった。

「誰でもこんな奴らを目にすれば嫌になるさ」

アニエスが嫌悪に顔を歪ませつつ、ベルゼバブの亡骸を剣でつつく。

タバサも同じく、こくりと頷いていた。

 

 

一行はあんなおぞましい場所からさっさと先へと進むと、寺院の講堂へと足を踏み入れていた。

そこは天井の割れた大きなステンドグラスや窓、さらには壁より月の光がいくつも射し込んできている場所だった。

所々に瓦礫や壊れた長椅子が乱立しており、歩くだけでも大変だろう。

「エア・ストーム」

そこにタバサが杖の先から突風の渦巻きを発生させて次々と瓦礫を壁際まで吹き飛ばし、綺麗に掃除してしまった。

(この魔力……)

スパーダは講堂内を見回しながら、感じ取っている魔力に顔を顰めていた。

その魔力は悪魔のものではあるが、だからといって他の悪魔のように殺気などが感じられる訳でもない。

「おい、あれは?」

アニエスが講堂の奥に見える祭壇を指差す。

スパーダは目を凝らして、その崩れた祭壇を見やった。

 

(――あれは……)

かつては壮麗を誇り、何かを崇めていたのであろうその祭壇には一振りの大剣が突き立てられ、外より射し込んでくるいくつもの月光によって淡いながらもはっきりと照らされていた。

鍔には翼を広げ口を大きく開ける竜の意匠が施され、その口の部分から伸びたリベリオンのように太い白銀の刀身はバチバチと細かく青白い雷光を散らせている。

「何だ、あの剣は」

祭壇に近づいた一行は突き立てられた大剣を眺める。

間近で目にしたその大剣に、スパーダは目を見張っていた。

「どうした、そんな顔をして。あれを知っているのか」

アニエスの問いに嘆息しつつ、頷くスパーダ。

「ミス・タバサ。それ以上は近づくな」

大剣に近づこうとしたタバサをスパーダが呼び止めた。

下手に近づくと、普通の人間ならば命を落としかねない。

これはできれば自分が持ち帰りたい所だが……あいにく自分には既に二振りの愛剣がある以上、振るうことはできない。

だからといって、ここに置いておくのも良くはない。

どうやら、これから発せられる魔力がこの寺院を悪魔共の巣窟にしている元凶のようだった。

「アニエス。君は悪魔を何度も相手にしたことがあるのだな」

「もちろんだ」

大剣を眺めながら尋ねるスパーダに、今さら何をと言いたげな顔で答える。

「つまり、半死半生になったこともあるということだな」

「そうだ。……奴らは他の怪物以上に手強い」

「……ならば、痛みにも耐えられるのだな」

「もったいぶらずに言ってくれないか」

スパーダが顎に手を当てたまま結論を言わないためにアニエスも少々、いらついてきている。

 

ちらりとスパーダはアニエスを見つめ、様々なものを観察する。

鎧の上からでも分かる女ながらに鍛えられた肉体、彼女の腰に携えられた相当に使い込まれた剣。

そして何より、彼女自身の研磨によって育まれた力。

……この大剣の主となるには、申し分ない。

「君にこいつを預けよう。私には必要のない物だ」

「こいつがどうかしたのか? 何か掘り出し物だとでも?」

「取ってみれば分かる」

怪訝そうにしつつも、アニエスは祭壇の小さな段を上がって大剣へと近づいていく。

 

「……あれは、何?」

スパーダの傍にやってきたタバサが不思議そうに大剣を見つめながら尋ねてくる。

「見ていれば分かる」

スパーダは懐から先日、時空神像で新しく作った高純度の魔力を宿している大きめのバイタルスターを一つ取り出し、アニエスの背中をじっと見守っていた。

あの大剣を手にするための儀式、そして試練。

これから起きる出来事は、きっと普通の人間である彼女では耐え切れないことだろう。

 

アニエスはスパーダに促されて大剣が刺さっている祭壇へと近づいていたが、どうにもあの大剣が胡散臭く思えて顔を顰めていた。

刀身から絶えず雷光が散っているので単なる剣ではないことは分かっている。

では、魔法で作られたマジックアイテムみたいな物なのか。

彼自身は自分の剣があるのでいらないのだろう。だから、くれるということか。

……最近、自分の使っていた剣はだいぶ刃毀れが酷くなってきたし、先ほどの悪魔達との戦いで余計に劣化が激しくなっているのだ。

そろそろ新しく剣を買うか鍛え直そうと思っていたことだし、お言葉に甘えて使わせてもらうとしよう。

造りも全く悪くないし、一般の武器屋で売っている物よりかなり丈夫そうだ。

 

『我は稲妻の化身なり』

 

祭壇の目の前へと近づいた途端、頭の中でそんな声が響いてきていた。

咄嗟に身構え、周囲を警戒するアニエス。

 

『力無き者よ。己の心臓を贄とし我に永遠の服従を誓え』

 

「……剣が、喋っているのか? インテリジェンスソード?」

アニエスはその声の出所がこの大剣であることを察し、顔を顰めていた。

しかし、その声はアニエスにしか届いていないものだった。

大剣の正体が分かっているスパーダは頷くが、声が聞こえず事情が分からないタバサは不思議そうに見つめるだけだ。

 

「……なっ、何だ!」

カタカタと大剣が音を立てて震えていたかと思ったら、突然刺さっていた祭壇から飛び出てきた。

まるで剣自身が生きているかのような動きに、アニエスは怯んでしまう。

「なっ、うぐっ……!!」

放物線を描き回転しながら、下がっていったアニエスに向かって飛んでくると、その刃が一直線に彼女の胸へと突き刺さったのだ。

しかも大剣は彼女の体を保護する板金もろとも簡単に貫き、おびただしい鮮血まで噴き出していた。

明らかに心臓を貫いてしまっている。

呻き声と共にアニエスは口からもごほっと吐血し、勢いよく突き刺さった反動で仰向けに倒れこみ、大剣によって床に縫いつけられてしまった。

床には彼女の血がじわりじわりと広がっていき、大きくなっていく。

 

(彼女を認めたようだな)

アニエスの体を貫いた大剣に纏っていた雷光が消え、スパーダは頷く。

「あ……ぐ……」

まだ彼女は生きている。だが、このまま放っておけば息絶えてしまう。

それはそうだ。自分と違って彼女は人間。心臓をああも豪快に貫かれれば当然である。

スパーダは急いで彼女に駆け寄ると、胸を貫いていた大剣を引き抜き、床へと突き立てる。

バイタルスターを胸の傷に当てると、彼女の体を緑色の光が包み込んでいった。

「生きているか?」

少しの間、アニエスは気絶していたがスパーダが呼びかける声に反応して力なく体を起こしていた。

胸に手を触れてみると、傷はおろか痛みも跡形もなく消えている。

確か、自分はインテリジェンスソードみたいな物に貫かれたはず……。

「水の秘薬を使っただけだ。心配いらん」

アニエスはあれだけ負っていた致命傷が跡形もなく消え、血もピタリと止まってしまっていることに呆然としていた。

「お前、そんな物を持っていたのか。……最初に言ってくれれば良いものを」

おかげで自分は半死半生の目に遭ったのだ。はっきり言って、自分は死んだのだと思い込んでしまった。

「だが、何なんだこれは。いきなり飛んできて……」

立ち上がったアニエスは傍に突き立ててある、自分を貫いた大剣を恨めしそうに睨んでいた。

 

まあ、それは仕方あるまい。手にしようとしたら、いきなりあのようなことになったのだから。

スパーダは大剣を床から片手で引き抜くと、間近からじっと食い入るように見つめていた。

「アラストル――」

「何? それがその剣の銘か」

稲妻の力を操る魔人にして上級悪魔でもあった魔界の武人。

その悪魔はかつて、スパーダの戦友にして盟友でもあった悪魔の一人でもあった。

かつて魔界で起きた覇権争いでは共に他の軍勢の悪魔達を相手に戦ったものだ。

同じ稲妻を操る上級悪魔は数多く存在するが、このアラストルは中でも天才とも言えるほどの稲妻の使い手だった。

だが、その覇権争いで命を落とす寸前、魂を自ら魔具へと変貌させて己を封印させて生き永らえた……。

一時的にスパーダも振るったこともあったが、現在振るっているリベリオン並に扱いやすく強大な魔力も秘めていた。

たとえ魔具になろうと、アラストルに宿る稲妻の魔力は使い手に力を与えてくれるだけでなく、守ってもくれる。

 

「これには意思が宿っていてな。手にするためにはこの剣に使い手として認められなければならない。そのための儀式と試練が……たった今、君が体験したことだ」

「冗談じゃないぞ……」

アニエスはアラストルを恨めしそうに見つめ、顔を顰めている。

「お前、何もかも知っていたんだな……」

「すまんな。……とにかく、こいつは君を使い手として認めたようだ」

スパーダは再びアラストルを床に突き立てて下がると、顎でアニエスを促す。

アニエスはまだ顔を顰めたままだったが、アラストルを手にして引き抜いてみた。

その途端、アラストルから何かが自分へと流れ込んでくる。

 

(何だ?)

体が、まるで羽が生えたように軽い。飛ぶことさえもできそうに思えるほどに。

重そうな剣だと思ったが、思ったより全然軽いではないか。

驚嘆していたアニエスは強い雷光を纏い始めたアラストルを両手で頭上にゆっくりと掲げる。

その途端、剣先から雷鳴が轟くと共に稲妻が拡散するように放出され、天井の割れたステンドグラスを、周囲に散った瓦礫を、次々と吹き飛ばしていた。

アニエスはその場でアラストルを試しに幾度か振るって形を行い、その度に刀身から稲妻が散っていた。

スパーダとタバサはその様子をじっと傍観している。

気が済んだらしいアニエスは最後に体を捻りつつ、アラストルを大きく薙ぎ払っていた。

 

「どうだ? 握り心地は」

「……あ、ああ。悪くはない」

アニエス自身もアラストルの力に未だ驚嘆しているようだった。

アラストルの魔力もしっかり彼女の体に浸透しているようだ。どうやら彼女との相性は抜群らしい。

(まだ気配が残っているな。ちょうど良い)

アラストルが解放されたことで悪魔達の気配が薄れてきていたが、それでもまだ殺気は残っている。

単に子供のおもちゃのように振り回しただけでは本領は発揮できない。ならば、実戦あるのみだ。

「では、少し試し斬りでもしてみるか」

 

――キャハハハハ……。

 

真顔になったスパーダが言うと同時に、講堂内にあの不気味な笑い声が響いていた。

咄嗟に杖を構えるタバサと、アラストルを構えるアニエス。

 

――キャハハハハ……。

 

教会の鐘を鳴らすような音が同時に響いた途端、祭壇上の空間に黒い霧のようなものが現れて歪みだし、そこから影が飛び出てくる。

外庭で相手にしたものとは違うが大きさは一回り大きく、紫の禍々しいオーラを纏った巨大な鎌を手にする、まさに死神そのものと呼べる悪魔だった。

 

魔界の下級悪魔、特にセブンヘルズ達を管理し統括する役目を担っている中級悪魔にして冥府の番人――ヘル=バンガード。

砂を媒体にして人間界に姿を現すが、部下のセブンヘルズ達とは比較にならないほどの力を持っている。

 

「ちっ……数が多いな」

現れたのはヘル=バンガードだけではない。講堂の至る所から次々と砂が噴き上がり、ボロ布を纏った死神達が姿を現す。

 

ヘル=プライド――ヘル=スロース――ヘル=ラスト――ヘル=グラトニー……。

 

セブンヘルズの代表格とも言える魔界の住人達ばかりだ。

それらを率いるヘル=バンガードは大鎌を手におぞましい声を上げながら三人へゆっくりと迫ってくる。

「そいつは任せよう。他は私がやる」

「分かった……っ!?」

アニエスが答える前にスパーダの姿は残像を残して掻き消えていた。

直後には自分達から後方から呻き声が響き、ちらりと振り向けば既に閻魔刀を振り抜いてヘル=プライドを二体まとめて斬り捨てている。

さらにヘル=スロースが背後に転移してきても見向きもせずに振り下ろされた鎌を片手で掴み取っていた。

「何て奴だ……」

あまりの早業を見せつけたスパーダに、アニエスは顔を顰めた。

元々相当に腕が立つ異国の剣豪だと思って感銘を受け、声をかけたのだが、アニエスには分からないことばかりだ。

悪魔に関する知識に精通しているようで、おまけにこのアラストルというマジックアイテムのことまで熟知している。

それにあの余裕の態度。まるで長年、多くの悪魔達と相対してきたと言わんばかりの冷徹さだ。

 

 

祭壇から飛び降りてきたヘル=バンガードが大鎌を力強く振り下ろしてくる。

「おおおぉっ!」

アニエスは素早くアラストルを頭上で構えて鎌を防御し、押し返してやった。

よろめくヘル=バンガードに、横へ移動したタバサがウィンディ・アイシクルを放つが、ヘル=バンガードは突然煙のように掻き消えてしまい、氷の矢は瓦礫に命中するだけだった。

二人のいる場所から少し離れた、瓦礫と化した長椅子の山にヘル=バンガードは姿を現した。

「逃がすかぁ!」

アニエスがアラストルを構えながら突貫していく。

先ほどまでとは違い、やはり本当に体が羽みたいに軽い。力が湧いてくる。

ヘル=バンガードは大鎌を大きく薙ぎ払ってくるが、アニエスは身を翻しながら跳躍してかわし、背後に着地する。

振り向きながら鎌を振ろうとする前に、その体をアラストルの刃で斬りつけた。

血の代わりに、肉体を構成する依り代の砂だけが飛び散りだす。

悲鳴を上げてよろめくヘル=バンガードだが、またも別の場所へと瞬間移動する。

「スパーダ! 行ったぞ!」

スパーダはセブンヘルズ達の間を駆けながら目にも止まらぬ速さで閻魔刀を振り回していく。

敵を全て始末し終わった直後のスパーダの目の前に現れたが、本人は鎌を振り上げようとするヘル=バンガードを見ようともしない。

 

『スパーダ――』

 

「お前は向こうだ」

怨嗟の声を呟きながら振り下ろしてきた鎌を素早く閻魔刀の鞘で打ち払い、蹴りを繰り出した。

吹き飛ばされたヘル=バンガードに向かってタバサがエア・スピアーによって空気を固めて槍とした杖を弓を引くように後ろへ構える。

スパーダの技のように一気に突進すると、杖を突き出しヘル=バンガードを貫いていた。

「エア・ハンマー」

さらに至近距離から風の槌を食らわせて瓦礫の山へと吹き飛ばす。

「はあっ!」

アニエスも同様にアラストルを突き出しながら突進し、転倒したヘル=バンガードの体を貫こうとしたが、またもヘル=バンガードは鐘の音を響かせながら煙のように掻き消えた。

今度はどこにも姿を現さず、二人は身構えながら警戒する。

すると、タバサの背後の空間が歪みだすのをアニエスは見逃さなかった。

「後ろだ!」

アニエスが呼びかけると、タバサが咄嗟に横へ飛び退く。

空間から飛び出してきたヘル=バンガードは鎌を振り回しながら突進してきた。

「芸が古いぞ!」

アニエスの目前まで迫ってきたヘル=バンガードを、アラストルで真上へと斬り上げながらそのまま跳躍した。

怯んだヘル=バンガードを、アニエスはそのままアラストルを振り下ろして兜割りを繰り出し、肩を一刀の元に断ち割る。

苦悶の悲鳴を上げるヘル=バンガードの背中を、今度はタバサが放ったジャベリンによる氷の槍が貫いていた。

断末魔の悲鳴を上げ、鎌を放り落としたヘル=バンガードは依り代の砂を撒き散らして消滅する。

 

兜割りを繰り出したまま、屈んでいたアニエスは肩で息をしていた。

まだ、興奮が収まらないのだ。

「どうだ。使い心地は」

セブンヘルズ達を壊滅させたスパーダは感心したようにアニエスを見ながら歩み寄る。

アニエスはアラストルをじっと見つめながら、息を飲んでいた。

「……ああ、本当に……悪くない」

「気に入ってくれて何よりだ。そいつはこれから君の物だな。大事に使ってやってくれ」

彼女は手練れの戦士。盟友もこれほどの使い手に使ってもらってさぞ満足だろう。

それにアニエスは苛烈ではあるが、真面目な性格のようだ。決して、悪用することもないはずだ。

 

 

悪魔達の気配が完全に消え去り、一行は寺院を後にしていた。

外に出るとタバサが指笛を吹き、使い魔のシルフィードを呼び寄せる。

「私はこれから依頼主の領主に報告をしてからトリスタニアへ戻る。付き合ってくれるなら謝礼を用意してやれるのだが」

「私達はここの悪魔達を狩りに来ただけだ。褒賞が目的ではない。それより、この討伐は君一人で行ったことにして欲しい」

「何故だ?」

「ただの行きずりだしな。あまり目を付けられたくもない」

もっとも、褒賞代わりとしてこっそりレッドオーブを少ないながらも回収させてもらった。これで充分である。

「……分かった。そういうことにしておこう」

スパーダの言葉に、溜め息をつくアニエスはアラストルを右手で握ったまま、左手をすっと差し出してくる。

「だが、私からはせめて礼を言わせてもらいたい。協力に感謝する、スパーダ」

スパーダはその手をとり、握手を交わした。

アニエスは手を離すと、シルフィードの傍で本を読みだしているタバサへと歩み寄る。

「まだ子供なのに、見事な戦いぶりだったな。さすがにメイジ、というだけはある。……名前は聞いていなかったが、何と言う?」

「タバサ」

僅かに本に通していた視線を上げてアニエスを見ると、一言だけぽつりと答えていた。

「ミス・タバサ。助力をしていただき、心から感謝する」

片手を胸に添えてアニエスは軽く一礼をした。

「また何かあれば、トリステイン魔法学院を訪ねてくれ」

「分かった。その時にまた会おう」

再度、アニエスと固く握手を交わすとスパーダはタバサと共にシルフィードに乗り込んで空へと舞い上がっていった。

アニエスは未だアラストルから手を離さぬまま、飛び去っていくシルフィードを眺め続けていた。

 

 

シルフィードに乗ってスパーダ達は一直線に魔法学院まで飛んでいき、一時間もかけずに戻ってきた。

そこで待っていたのは、二人の生徒だ。

一人は、スパーダに剣の特訓をしてもらうべく夕方からずっと待機していたというギーシュ。

しかし、彼は待ちきれずに門の前で眠ってしまい、モンモランシーに引きずられていった。

そして、パートナーが夜遅くになっても帰ってこないことに憤慨していたルイズだった。

彼女は乗馬鞭を手にして、「こんな遅くまでどこをほっつき歩いていたの!」と、癇癪を上げていた。

さらに何故、タバサと一緒に帰ってきたのかということで怒りを強くしていた。

さすがに悪魔の討伐に行っていたなどと言えるわけはないので、遅くなったのはトリスタニアの町で飲んでいただけであり、タバサとは帰る途中に会ったので送ってもらったのだ、と誤魔化していた。

しかし、当然ながらそんな理由でルイズの癇癪は収まらないようで、ある程度制御ができるようになった爆発の魔法でスパーダをお仕置きすると叫んで次々と放ってきていた。

スパーダは別に抵抗もせずに素直にその爆発を受け、彼女の癇癪に微動だにせずとも最後まで付き合ってやった。

その内、精神力が尽きかけたルイズは庭の真ん中で眠りこけてしまい、スパーダは彼女を部屋へと運んでやった。

 

ルイズをベッドで寝かせた後、廊下へと出てきたスパーダはコルベールらに部屋の横へと運んでもらった時空神像の前へと立った。

この時空神像が運ばれた時、ルイズは一体何なのかを説明するように尋ねてきた。

また、以前宝物庫に入ったことがあるというキュルケやタバサも興味があったようなので詳細を知りたがっていた。

さすがに悪魔の血が結晶化したレッドオーブを見せるわけにもいかないため、スパーダは自分の手を斬り裂いてそこから溢れ出る血をレッドオーブの代用として捧げ、いくつかの道具を錬成で作ってみせた。

扱い方と詳細に関しては「生き血を捧げることで魔法の秘薬を作ってくれるマジックアイテム」という触れ込みで説明をしてやった。

試しにバイタルスターはもちろん、断続的に結界を張り続けるアンタッチャブルや魔力を増幅するデビルスターなども作ってやった。

その様子を見て子供のように目を輝かせたルイズは自分も使いたいと叫んでいたが、血が大量に必要だと告げてやるとすぐに使おうとするのを諦めていた。

やはり、痛い目に遭うのは嫌らしい。

 

そして今、レッドオーブを捧げたスパーダは昼間に武器屋で買った二丁の短銃とデルフの魂が宿っている篭手を取り出す。

「……何だよ。用でもあるのかい、相棒……」

未だ剣から篭手にされてしまったことを根に持ってしょげてしまっているデルフが不機嫌そうに、そして悲しそうに呟いていた。

「……とほほ。俺様、とんだ奴に買われちまったもんだよ。こんな惨めな姿にされちまうなんて……」

「それは気の毒だな」

と、言いつつスパーダはまるで同情する素振りを見せていない。

自分でデルフの魂を別の物へと移し変えておいて、何とも冷たいものである。

 

スパーダは本当に〝悪魔〟だ、と彼の魔力の一部となっている間、デルフはずっと心の中で呟いていた。

実際、彼は人間ではないのだ。どんなことをするのか考えておくべきだったかもしれない。

「売り込む相手を間違えたな。大人しくしていれば、他の手練れにでも買ってもらえたかもしれん」

「俺もそう思うよ……ちくしょう」

「では始めるか」

篭手のデルフを左手の上でポンポンと軽く弾ませながら時空神像を眺めていたスパーダは右手に握っていた二丁の短銃を時空神像が掲げる砂時計に放り込み、さらに連続して篭手のデルフも放り込んでいた。

「ちょっ! 何するんだ――うわああぁぁぁぁ……!」

デルフの悲鳴が砂時計の中から聞こえたが、すぐ吸い込まれるようにして消えていった。

スパーダは砂時計の中で激しく回転する様々な色の光を、表情を変えぬままじっと見つめ続けていた。

 

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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