魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
「わあ……」
歌劇場の建物は間近で見ると、さながら尖った帽子のような印象が感じられた。
二つの池に挟まれ、大きな噴水が中央に設けられた広場で、ルイズはその壮麗な造りをした殿堂を見上げている。
タバサも同じく劇場を眺めていたが、ちらりとスパーダの方を見やった。
スパーダは腕を組んだまま、彼方に見える巨大な石板を眺め続けている。
広場の東側、遠目からでもはっきり見えるそれは劇場からさほど離れてはいない、街のど真ん中に立っているようだ。
「あれは何?」
やけにスパーダが真顔で見続けているので、タバサも気になり始めていた。
「地獄門だ」
「地獄門……」
あっさり答えたスパーダにタバサは思わず目を見張る。
かつてタルブ村近辺の森の中にあった巨大な石板は、人間の世界と魔界とを繋ぐ特別な出入り口だ。
通常は自由に人間の世界に現れることができない上級悪魔も、地獄門を通ることによって難なく降臨することができる。
魔界の悪魔達の手により造られた降臨装置は、タルブだけでなくハルケギニアの各所で確認されている。
事実、モデウスもそれを通ってハルケギニアの地に足を踏み入れたのだ。
「あれが地獄門ですって!?」
ルイズが驚いて大声を張り上げると、道行く人々は思わず足を止めて奇異の視線を向けだす。
「タルブで見たのより、すごい大きいじゃない」
「これがオリジナルだ。あれを建造するのに10年はかかる」
タルブで目にした物はせいぜい、15メイル程度だったが、今見えるのはそれとは比べ物にならないくらいの大きさだ。
100メイルはあろうかという程に巨大な石板の威容にルイズは唖然とした。
もしあれだけ大きな地獄門が開いたとなれば、一体どうなってしまうのか想像するだけでも恐ろしい。
かつて魔帝ムンドゥスが人間界を侵攻していた時代、テメンニグルを初めとしていくつもの魔界と人界を繋ぐ道が築かれていた。
その中でもこのフォルトゥナの地獄門は最も大きい出入口となっていた。
顎に手を当て、スパーダは目を細める。
「確か、あの地下に門を起動する装置があったはずだ」
「……まさか、動いたりしないわよね」
恐る恐るルイズは尋ねた。
ルイズが前に見た地獄門は台座に魔具が置いてあって、その魔力によって装置が動いていたはずだ。
「心配はいらん。閻魔刀を封印の鍵にしておいた」
このフォルトゥナの地は魔力に満ちている土地柄故に、下級悪魔達も自然に出現できる環境になっている。
その魔力を集中させることで悪魔の大群が一斉に人間界になだれ込める程に大きな次元の穴を、あの地獄門は恒久的に作れるようになっていた。
スパーダは儀式によって地獄門に封印の結界を施し、門を閉じると同時に細工を施しておいた。
その封印を解く鍵こそが、愛刀である魔を分かつ力を持つ閻魔刀なのだ。
閻魔刀が無ければ封印は解けないし、地獄門が起動して魔界への出入り口が開かれることもない。
故に、元の世界のフォルトゥナにある地獄門も、あのようにただの無害な石板として存在しているはずである。
「そうなんだ……」
話を聞かされ、ホッとルイズは胸を撫で下ろした。
「だけどよ、どうしてあの板をぶっ壊しちまわなかったんだい? お前さんなら簡単だろうよ」
「その気が起きなかったのでな」
「何それ」
不思議そうにルイズは小首を傾げた。
実際、スパーダは地獄門を封印こそしたが破壊しようという気は起きなかった。
理由など別になかった。破壊しようと思えばできたが、意欲が湧かなかった。ただ、それだけのことである。
封印直後こそ長期に渡って起動していた地獄門が集めていた魔力が不安定なままだったので、あのまま門を破壊すれば大惨事になりかねなかった。
だからこそスパーダは領主としてフォルトゥナの復興に手を貸すと同時に、地獄門が自然と落ち着くのを見守っていたのだ。
フォルトゥナを去る頃にはすっかり安定していたので破壊はできたが、スパーダはそれをしなかった。
別に忘れた訳でも、怠けた訳でも、面倒だった訳でもない。
単純に、何故か意欲が起きなかっただけなのである。
三人は大階段を上がり、歌劇場への入場を進めていった。
入口は正面にもいくつかあるが、空いている脇道の方に回ることにする。
「お、ありゃあ……」
「ちょうど良いな」
突き当たりに見えた黄金の像にスパーダも小さく唸った。
砂時計を掲げるそれは、紛れもない時空神像の一体である。
神像の前に立ったスパーダは軽く触れて目を伏せた。
時の傍観者である時空神像はレッドオーブを捧げることでその力を発揮する。
だがそれ以外に些細な使い道もある。
「何をするの?」
「今日の日付を調べている」
レッドオーブを捧げれば神像が見てきた過去の記憶を見せてくれる。
だが、今現在の時間についてなら代価なしで教えてくれるのだ。
今日が西暦の何年で、何月の何日で何時何分何秒なのか――未来に来た以上は一応知っておかなければならない。
「――2000年、か……」
小さな溜め息と共に嘆息する。
スパーダが元居た時代は、18世紀の半ばをいくらか過ぎた頃。
半世紀ほど前にはエドモンド・ハレーなる天文学者が、星に大彗星が接近することを予言して、数年前に的中したのは記憶に新しい。
時空神像がスパーダに伝えた時間は、その時代より250年以上もの月日が過ぎ去っていた。
21世紀――新たなミレニアムの時代を迎えてまだ間もない世界に、今スパーダ達は迷い込んでいる。
◆
先刻、ルイズとぶつかった青年は人気の無くなった市街地を駆けていた。
目指すは歌劇場。このフォルトゥナでは年に一度の、唯一と言って良い行事の魔剣祭。
歌姫が神を讃える歌を歌い、教皇が信徒達に説法をし、最後に祈りを捧げる――たったそれだけである。
いつも参加はしていなかった彼だが、今年に限りは参加せざるを得ない。
自分にとって一番大切な人が、その聖歌を歌う歌姫として選ばれたのだから。
もう魔剣祭はとっくに始まっている。
演奏やそれに合わせて透き通った歌声が、微かにここまで聞こえていた。
「ったく、手間かけさせやがって……」
青年――ネロは悪態をつきながら無人の路地を全力で駆け抜ける。
ほんのつい先ほどまで、町外れの森で悪魔達の群れを仕留めてきたばかりだった。
郊外で悪魔が〝また〟出現したと聞かされた時には、ほとほとうんざりしたものである。
フォルトゥナは元より悪魔が出没するため、ネロを含めた教団騎士がそれを討伐するのは日常茶飯事と言って良い。
だがこの一か月の間、悪魔達の出現は度を超す程に頻々としていた。
「いい加減にしやがれってんだ……」
路上の真ん中で立ち止まってネロは舌を打った。
目の前には悪魔達――スケアクロウの一群が列を成して道を塞いでいる。
他の教団騎士は魔剣祭の警備の任に就いているから、人手を割くことはできない。
だからいつも汚れ仕事を押し付けられているネロが、人目に触れず連中を討伐しなければならないのだ。
しかも愛用の武器は修理中、音が目立つから銃を使うことも禁じられ、文字通りの丸腰で悪魔達を仕留める破目になったのである。
今日は本当にめでたい日だというのに、こんな時でも自分はいつも貧乏くじを引かされる……。
全く冗談ではなかった。
「どきな!」
飛びかかってくるスケアクロウを逆にドロップキックを浴びせて吹き飛ばす。
左手を使って次々に脆い体を殴り飛ばし、壁に叩きつけては腕や足が外れていった。
その一部である大鎌の刃を掴み取り、ネロはニヤリと笑った。
「Get lost!(失せやがれ!)」
愛用の剣のように力任せに振り回し、次々にズタ袋で出来た体を切り裂いていく。
その度に黒い粒のような霧が吹き出し、羽虫のように宙を舞った。
「そらよ!」
片手一本で豪快に振るわれ、薙ぎ払われる巨大な刃は瞬く間にスケアクロウ達を斬り伏せていく。
一分とかからず悪魔達の群れは塵と消え、全滅していた。
即席の武器である大鎌を放り捨てたネロは、先を急ぐべく踏み出そうとした。
「ん?」
ふと振り返り、建物の屋上を見上げる。
だが、人影は何もない。悪魔すらもだ。
「……気のせいか」
妙な気配を感じたような気がしたが、深く気に掛ける余裕はなかった。
改めて駆け出したネロは、そのまま突き当りの塀の上へ飛び上がった。
もうまともに走っては間に合わない。近道を行くしかない。
そのまま塀伝いに、さらに屋根にも登って歌劇場へ向けて真っ直ぐ進んでいった。
その背中を、ビルの屋上の縁から見送る人影が佇んでいる。
そこはたった今、ネロが気配を微かに感じた場所だった。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定