魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
歌劇場のホールに入った瞬間から、ルイズは圧巻されていた。
トリスタニアのタニアリージュロワイヤル座がみすぼらしく思えてしまう程、壮麗を極める装飾は今まで見たことのない光景だ。
巨大なシャンデリアが吊り下がり、遥か頭上の天窓から差し込む陽光は、天幕のない広大で開放的な舞台を照らしている。
衆人観衆は舞台前に並べられた長椅子や、さらに後ろの高台に設けられた階段の客席から演目を見守っている。
〝魔剣祭〟――フォルトゥナの民が神と崇める魔剣士スパーダを讃えるために催される年に一度の祭事。
最初の演目は歌姫が神に捧げる聖歌だ。
舞台の上では今、白く細いドレスを纏った歌姫が歌っている真っ最中だ。
優雅な演奏に合わせて歌われる透き通った声は清純という言葉がよく似合う。
ルイズ達は舞台前の座席に座って観客達の中に紛れていた。
(綺麗な声ね)
素直にそう思えるほど、歌姫の声は聞いていて心地よく感じられた。
横ではスパーダも腕を組みながら歌声に聞き入っているし、タバサも珍しくじっと舞台に注目していた。
「あの像……スパーダよね……」
「多分そう」
ひそひそとルイズはタバサに囁きかける。
舞台の一番奥には10メイル以上はあろうかという大きな石像が鎮座していた。
剣を突き立てどっしりと構えている、どこか抽象的ながら神々しいその像は頭に大きな角を横に生やしている。
それが魔剣士スパーダをモデルにした物であろうことは容易に想像ができた。
(しかしまあ、露骨なもんだねえ。ブリミルの像と良い勝負だ)
デルフが声に出さずとも失笑していた。
(ちょっと、それどういう意味よ!)
声には出さず、意識の中でルイズはデルフに噛みついた。
(魔剣教もブリミル教も、実際に会ったことも見たこともないはずの神サマとやらを、ああやってやたらと美化させて偶像にしたがりやがる。信仰のシンボルにされる奴の気持ちなんて考えもしねえでな)
確かにあの像は極端にスパーダのイメージを美化していると言えるかもしれない。
始祖ブリミルの像も考えてみれば同じような雰囲気で、あまり人間らしい印象を感じない。
それは始祖の姿を正確に象るのは不敬とされているからだが、実の所は誰も姿を見たことのないブリミルを文字通りに勝手にイメージを思い描いてみた結果なのかもしれない。
(まあ、信徒達がどんなに崇めようが、少なくともスパーダは信徒達のことなんか気にしちゃいまいよ)
(そうみたいね……)
スパーダは自分の偶像などまるで眼中にない様子で、ただ黙って歌姫の聖歌に耳を傾けていた。
ハルケギニアの言語ではないのだが、不思議なことにルイズには聖歌の意味が理解できていた。
スパーダがたまに口にする悪魔の言葉とほとんど同じで、罪深い悪魔の声が聞こえてくることや、気高い天使が闇を払ってくれるといった内容であることが分かる。
その天使というのは、もしかしたら人間の世界を救ったスパーダのことを表しているのかもしれない。
(何だか複雑……)
細く溜め息を吐いてルイズはスパーダと舞台の石像を見比べる。
信徒達がどれだけ熱心に崇拝しようと本人はまるで見向きもしないというのは、少し複雑に感じられる。
信仰をする人々の気持ちは決して本人に届かないというのは、実に虚しい。
(始祖ブリミルもそうなのかしら……)
考えてみればルイズ達もそうだ。
神のように崇める始祖ブリミルにどれだけ祈りを捧げようと、既にこの世にいない本人にとってはどうでも良いことでしかない。
そもそもブリミルがどういう人物で、どんな偉業を成し遂げたのかなど、ハルケギニアの民は誰も知りはしない。
スパーダのように何かしら言い伝えや伝説などが残っていてもおかしくないのに、ルイズの知る限りではそんな物は存在しない。
それを知るのは、生き証人であるデルフだけなのだが、記憶が曖昧なので頼りにはできなかった。
やがて歌姫の聖歌は終わりを告げた。
ホールには観客達の拍手の音が盛大に轟く。
スパーダも控えめながら手を叩いて歌姫に賛辞を送っている。どことなく穏やかな表情は純粋に歌姫を称賛していることが見て取れた。
ルイズもタバサも気持ちは同じだ。割れんばかりの拍手を送る周りと同じように歌姫を祝福する。
(あれ?)
ルイズは目を丸くした。歌姫と真っ直ぐ視線があったのである。
そういえば、彼女は歌の間奏の時にもこちらに視線を向けてきたのだ。
その都度、表情にはどこか不安そうな色が浮かんでいたのだが今は安堵の笑みが浮かんでいる。
(あ……こいつ……)
ハッとしてルイズは歌姫の視線の先に気付いた。
いつの間にかルイズ達のすぐ前の席には一人の観客が腰を下ろしている。
その人物は、先刻街中でルイズとぶつかった銀髪の青年であることが分かった。
どうやら歌姫は彼のいる席を見ているようだ。
それにしても一体、彼は外で何をしてきたのだろう。肩で息をするほどに呼吸を乱している。
(行儀悪いわね)
そんな彼の姿にルイズは憮然と顔を顰めた。
姿勢を正している他の観客と違って彼だけは堂々と背もたれに寄りかかるし、肘まで乗っけている。
一礼をして舞台を去っていく歌姫を祝福さえしていない。
やがて舞台の奥、スパーダの像の手前にある壇に一人の老人が姿を見せる。
聖職者らしい豪華な身なりをしており、一目で魔剣教でも相当高い地位に就いているであろうことが分かる。
もしかしたら、彼が魔剣教団のトップなのかもしれない。
風の噂で聞いていたスパーダは、その人物は〝教皇〟なのだということを話していた。
「……茶番だな」
突然スパーダは溜め息を零しながら腰を上げだす。
「どこに行くの?」
「野暮用だ。うるさい連中を鎮めてくる」
そう言うなり、彼は席を横切って何処かへと立ち去っていく。
彼が言う〝野暮用〟の意味がルイズは一瞬分からなかったものの、すぐにハッとした。
「お前はここにいろ。この上にもいる」
タバサも杖を手に立ち上がろうとしたのをスパーダは制した。
スパーダが去っていく間、いまだ治まっていなかった拍手喝采が教皇の登場と共に徐々に鳴り止んでいく。
やがて、静寂と共に教皇の説法が始まった。
「今より2000年前、伝説の魔剣士スパーダは悪魔でありながら人を愛し、我らのために剣を取って下さった――」
残されたルイズとタバサはじっと聞き入ってる。
「しかし、人々はその事実を、スパーダへの感謝を忘れ去り、今や堕落の極みにあると言って良い。あの忌まわしき時代が再来すれば、封じられた魔界が復活すれば……我らか弱き人間は、神の救いも無く、悪魔達に抗うことも出来はしないだろう――」
教皇の説法が続く中、前の席に歌姫がやってくると銀髪の青年を見つめだす。
彼女は青年を叱るような視線を向けていたが、すぐ嬉しげに微笑を浮かべだす。
すると席に置いてあったらしい細長い小箱を手にし、彼の隣に座った。
(ふうん。付き合ってるんだ)
この二人は恋人なのか、特別な関係であることがルイズには感じられた。
「だからこそ、我らは祈りを捧げるのだ。どんな困難が我らを襲おうとも、我らの神が、再び人間を救って下さると信じて――」
それにしてもこの青年は信徒なのだろうかとルイズは疑ってしまう。
教皇の説法をまともに聞いている様子はないし、雑音が微かに聞こえる耳当てをつけて耳を塞いでいる始末だ。
その雑音に歌姫とは反対側に座っている観客は鬱陶しそうな表情を向けている。
傍から見ても、はっきり言って迷惑であった。
「さあ、祈りを――」
教皇が両手を組んで祈りだすと、衆人観衆も同じように黙祷を始めだす。
ルイズは周りを見回しながら困ったように狼狽する。
「あたし達もお祈りした方が良いのかしら……?」
「信仰はその人の自由。……彼みたいに」
タバサは呆けるように天井を見上げながら言った。
見れば前席の青年は祈っておらず、あろうことか先程のスパーダと同じく途中退場しようと席を立ちだす。
「ネロ、どうしたの……?」
「先に帰るよ」
「でも、お祈りが……」
「眠っちまいそうで、聞いてらんねえよ。外で待ってる」
歌姫まで祈りを捧げていたというのに、このネロとかいう青年は不敬極まりない。
その素行不良ぶりは、ブリミル教だったら即刻罰せられてもおかしくはない。
(信じらんない……)
(不信心な坊主だな)
ルイズははっきり顔を顰めていた。
ホールには警護の騎士らしき一団が何人も控えているのが見える。先程スパーダが席を立った時も一人が反応して一瞥してきたが、今は彼らも同じように祈りを捧げて瞑目しているので、ネロには全く気付いていない。
立ち去ろうとする彼を引き止めようと歌姫は立ち上がりまでもした。
ふと、ネロが立ち止まったその時だった。
――ガシャーーーーーン!!
盛大にガラスが割れる音が、ホールに轟いた。
◆
(な、何あいつ!?)
ルイズとタバサは愕然と舞台に釘付けになった。
祈りを捧げていたはずの教皇の姿は、壇上に現れた赤い影によって遮られている。
その影はたった今、遥か頭上の天窓のステンドグラスを突き破って真っ直ぐに落下してきたのである。
遠目ではっきりしないが、どうやら赤いコートを身に纏った男らしいのは分かる。そして背中に何か大きな物を背負っているようだ。
祈りを捧げていた周りの人間達は異変に気付き、次々にざわめきだす。
男はコートの裏、背中腰に携えていた物を素早く取り出し――
「タバサ!!」
――バコンッ!!
高らかに殴打する音が響き渡った。
男が飛び降りてきた直後、タバサはすかさず跳ねるように前の席を乗り越えて飛び上がっていた。
フライの魔法で一気に舞台へ突っ込んでいき、男の背中目掛けて杖を振り下ろす。
杖は男が屈みこんでいたはずの壇上に叩きつけられ、木片が飛び散った。
赤い男はタバサの一撃が当たる寸前、真上に跳躍していたのだ。
そのまま身を翻し、後ろの舞台上へと着地する。
タバサの目の前では唖然としたまま固まっている教皇の姿があったが、即座に横から壇の下に降りて男の方へ振り返る。
(この男……)
赤いコートを纏った男もまた、銀髪だった。
口元には無精髭を薄っすらと生やし、逞しい精悍な肉体は歴戦の強者らしい風格が漂う。
タバサを見つめる男は意外そうに目を丸くしながら指先で銀に彩られた一丁の拳銃を回していた。
ホールが騒然としたのはその時だった。
「教皇様!!」
観客達の悲鳴と共に、呆然自失していた騎士達の一人が声を張り上げる。
次々と腰に携えていた剣を抜き放ち、舞台へと駆け上がる。
恐怖の悲鳴を上げながら観客達は我先にホールから逃げ出そうと出入口へ殺到していく。
「痛っ!」
その群衆の波の中にいたルイズは押し退けられた拍子に床に倒れてしまった。
「大丈夫!?」
そこへ歌姫が駆け寄ってきて、ルイズの肩を抱いて立たせていた。
「あ、ありがと……」
歌姫はルイズを立たせると不安そうに舞台の方を眺めていた。
「教皇様をお守りしろ!!」
舞台の上では騎士達が剣を手に赤い男を取り囲む。
多くは白い礼服に――一部は赤い帯模様や袖をした――フードを被っている。
一人だけ他の騎士達とは身なりが少し違う騎士は――先程退場するスパーダを見ていた男だ――フードを被っておらず、講壇からよろよろと後退ろうとする教皇を庇うように剣を構えていた。
赤い男は周りの敵を一瞥することもなく、杖を手に身構えているタバサ一人を見据えていた。
「うおおおおっ!」
赤い男を囲む騎士の一人が死角の背中から斬りかかろうと剣を振り上げる。
――ダゥンッ!!
鋭い銃声が、ホールに響き渡った。
騎士の身体が大きく吹き飛び、舞台の外に弾き出される。
赤い男は手にする銃を振り向かないままに背後へ向けて発砲したのだ。
「貴様!」
――ダゥンッ!! ダゥンッ!! ダゥンッ!! ダゥンッ!!
今度は左右から二人の騎士が斬りかかろうとするが、銃声の連打と共に彼らの足は止められ、身体は何度も激しく跳ねるように揺らいだ。
赤い男はもう片方の手に黒い拳銃を握っており、白銀の銃と共に左右に銃口を向けていた。
両手を交差させながら左右に放たれた銃撃は、数人の騎士達を瞬く間に撃ち倒してしまう。
タバサはその隙を逃がさない。
一気に突っ込むと赤い男の懐に飛び込み、杖を叩き込もうとした。
「!!」
男は突き出された杖を難なく蹴り払い、タバサは勢いのまま横合いにバランスを崩し転倒してしまう。
その間にも周りの騎士達は四方八方から男に斬りかかっていった。
観客達が逃げ惑う中、取り残されていたルイズは呆然と立ち尽くしていた。
歌姫は自分を庇いながら、さらに傍らにいるネロという青年に守られたまま逃げようともしない。
(な、な、な、な、何なの……!? あいつ……!)
舞台上では騎士達と赤い男の激しい剣戟が繰り広げられていた。
いや、というより一方的な戦いだった。
男は背負っていた大剣を抜き放ち、十人を超える敵に囲まれても難なくあしらうように次々と叩き伏せていく。
騎士達の剣は男に触れることさえ叶わず弾かれ、逆に男の鋭い蹴りが叩き込まれて仲間もろとも吹き飛ばされる。
赤い男はまるで容赦なく、自分が倒した騎士の一人に剣を突き立ててトドメを刺していった。
(娘っ子。野郎の剣を見てみろ!)
デルフに指摘されてルイズは男が手にする剣を凝視した。
振りが鋭く激しいので捉えるのが大変だ。時折周りの騎士達が手を止めて機を窺っている時でないとまともに観察できない。
(あれって……!?)
男の大剣にははっきりと見覚えがあった。
まるで金属から直接削りだしたような重厚さ。鍔の部分に施された大きな髑髏の意匠。
目を擦ってみてもう一度じっと確かめる。
……間違いなかった。錯覚でもなんでもない。
悪魔達を蹴散らすべく外に出ていった自分のパートナー・魔剣士スパーダの愛剣――リベリオンそのものだった。
作品の良かったところはどこですか?
-
登場人物
-
世界観
-
読みやすさ
-
話の展開
-
戦闘シーン
-
主人公の描写・設定
-
悪魔の描写
-
脚色したオリジナル描写・設定