魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Another Mission <取り調べ-Devil hunter "D"> 9章

クレドが増援の騎士を連れて戻ってきたのはすぐのことだった。

ホールに踏み込んできた騎士達は騒乱の舞台となった現場の検証を行うことになり、ネロはクレドに残るように言われたので、そのまま留まっていた。

部外者であるスパーダ達は事が済むまで控室の方で待つように言われ、騎士達の案内で通されている。

待つこと数分――三人は備えられているソファーに並んで腰かけていた。

「……エ、エア・カッター」

声と一緒に軽く掲げる杖を握る手を震わせたままルイズは呪文を唱えていた。

横ではスパーダがデルフのアミュレットを顔先に掲げて垂らしている。

「おっと……!」

巻き起こる小さなつむじ風は、ルイズの杖先から間違いなく放たれた。

その風はデルフの力によって掻き消され、アミュレットの中に吸い込まれていく。

ルイズとは反対側にいるタバサはじっと事の成り行きを見守っていた。

先程、自分達の周りにサイレントの魔法をかけておいたので、ルイズがどれだけ叫ぼうとも声は外には聞こえない。

「風の魔法。間違いない」

今のタバサは杖を手放して隣に立てかけている。

故に風の系統魔法は何があっても行使はできないはずだった。

「あたし、ちゃんと魔法を使えてる……? 本当に、あたしの魔法……!?」

「ああ。確かに、今のはお前自身の魔法だな」

愕然とするルイズの首にアミュレットをかけ、スパーダははっきり肯定する。

 

ルイズの身に起きたことはスパーダもデルフを通して知り及んでいたが、実際にそれを見せてもらうことにしたのだ。

ルイズの系統は四大系統魔法のいずれにも属さない、伝説の〝虚無〟である。

これまで何度もその力に助けられ、いつものように使おうとしたのに使えなかった。

「本当におでれーたな。一体全体、どういうこった?」

「あ、あたしに聞かないでよ!」

戸惑いながら叫ぶルイズの声は妙に震えていた。

虚無が使えないだけならまだしも驚いたのは、それまで使えなかったはずの系統魔法が使えるようになっていたことだ。

かつてのように失敗……炸裂(バースト)と名付けた爆発の現象を起こさずに風の魔法は発動したのである。

「祈祷書だって読めないし……失敗の爆発だって起きないし……虚無だって……」

取り出した祈祷書のページを開いてみるが、やはり白紙のままだった。

先程は試しに虚無の初歩中の初歩である〝爆発(エクスプロージョン)〟の呪文を暗記している最初の部分だけ唱えてみたものの、うんともすんとも言わなかったのである。

 

「う~ん。それなんだよなあ。何で虚無が使えなくて、普通の系統魔法は使えんのかねえ?」

「わたしの見立てでは、あなたの風はトライアングルのクラスに入る」

「ト、トライアングルですって!?」

風使いのエキスパートであるタバサからのお墨付きをもらい、余計にルイズは困惑してしまう。

今までドットクラスのメイジである同級生達にさえ〝ゼロ〟と呼ばれて蔑まれ、無能の烙印を押されていたはずの自分がいきなりトライアングルクラスだなどと、信じられるはずもなかった。

今までの苦労と屈辱は一体何だったのか……全く訳が分からなくなってしまう。

「どうして? あたし……どうしていきなり、トライアングルのメイジに? 虚無の魔法はどこに行ったの!?」

「俺にもさっぱり分かんねえよ。こんな頓珍漢なことは初めてだぜ」

6000年前の始祖ブリミルの時代の生き証人であるデルフリンガーでさえ、首を傾げる始末である。

虚無の系統がいきなり消滅し、普通の系統が使えるようになるなど前代未聞のようだ。

 

「……祈祷書には、相変わらず何の力も感じられんな。お前から感じられる魔力の性質も普段とは全く違っている」

「え?」

じっと祈祷書のページを見据えていたスパーダにルイズは目を丸くした。

「お前は魔法を唱える時とそうでない時とで、魔力の性質はずいぶん違っていた。たった今使った時は後者の方だったな」

それは例えるなら香水だった。

香水には色々な種類の匂いや刺激がある。メイジ達は魔法を発動していない時でもその匂いを常時纏っているが、魔法を発動すると匂いは一気に濃くなる。

タバサ達の四大系統魔法はどちらでも刺激がほとんど無い匂いだが、ルイズの虚無の魔法は発動するとかなりの刺激臭を放つようになる。

だが発動していない時のルイズの匂いは実を言うと、四大系統魔法の匂いそのもので刺激は全くない。

ついでに言えば、匂いの種類は風系統のタバサとほとんど同じだ。

虚無の魔法を発動したその瞬間だけ、ルイズを纏う匂いそのものが別の匂いで掻き消されてしまっているような印象だった。

そして、先程風の魔法を使った時にはいつもの匂いのまま、別の匂いが被さることもなかった。

 

ルイズは自分の両手を呆然と見つめて顔を顰めだす。

「……一体、どうなってんの? あたしは、一体……」

「少なくとも、虚無の力はこの世界で使うことはできん。それだけは確実だ」

「じゃあ、元の世界に戻ったらまた虚無が使えるようになんのかねえ?」

「恐らくな」

そもそも虚無の魔法そのものはスパーダにとっても得体の知れない存在で、解明はできていない。

虚無の呪文が載っているらしい始祖の祈祷書からは元の世界でも魔力は何も感じられない所からして、単なるマジックアイテムなどではないことは確信している。

四大系統魔法は世界が異なっても問題なく使えることから、これは間違いなくその人間自身が持つ力そのものであることは明らかだ。

だからこそ、タバサはいつものように風の力を操れたのである。

 

「向こうに戻ったら、虚無について詳しく調べてみる必要がありそうだ。差し当たり、気に病むことはない」

「でも……」

「まあ良いじゃねーか。ある意味、念願の〝ゼロ〟のルイズを卒業ってことじゃねえか。この世界にいる間、思いっきり汚名を返上してやろうぜ」

「う、うん……そうね」

微妙な苦笑を浮かべつつルイズは祈祷書を閉じた。

とにかく、この世界で虚無の魔法を使うことはできない。その現実だけは受け止めなければならない。

今、この世界で自分が何をすることができるのか……それは自覚するべきなのだ。

 

 

「時間を取らせて申し訳ない」

やがて、控室の扉が開いて一人の騎士が入ってくる。

騎士団長のクレドだった。彼はフードを被る他の騎士と異なり着ている制服にはフードそのものが付いておらず顔を露にしている。

「教皇様のお命が危うい所、助力に感謝する。申し遅れたが、私は魔剣教団の騎士団長クレドだ」

改めて自己紹介をするその態度や表情も厳かだが、同時に礼儀正しいものだった。

ルイズにしてみれば魔法衛士隊の騎士達に似た印象を感じており、騎士団長らしい毅然とした態度に悪い気はしない。

「礼は彼女達に言うのだな。私は何もしていない」

と、スパーダは左右の少女達をそれぞれ一瞥した。

クレドは両手を背中に組んだままスパーダ達の顔を見回してくる。

「見た所、お前達は観光客のようだが……」

「〝(ディー)〟だ。大陸の方でデビルハンターをさせてもらっている」

「タバサ。そっちはルイズ。デビルハンター、〝(ディー)〟の仕事仲間」

「ちょっと……」

タバサが纏めて自己紹介をしてしまったので、ルイズは少しムッとする。

(自分達の神様って知ったらどうなるのかしら……)

(言われてみりゃあ、興味はあるな)

魔剣教団が崇拝する神は今まさに目の前にいる。

スパーダが本当の名を名乗った所で本物の神であるか信じてくれるかは正直、微妙な所だがもし信じてくれたとしたらどうなってしまうのか。

ルイズには想像もつかない。

 

「デビルハンターだと……?」

クレドは僅かに目を細めて元々厳めしい表情をさらに深めだす。

(ディー)〟の偽名がおかしいと感じているのではなく、デビルハンターがいること自体に疑念を抱いているらしい。

「ところで、お前達の教皇はどうした?」

スパーダは先刻、市街地の悪魔達を殲滅して劇場に戻ってきた際、教皇の顔を見ていた。

閻魔刀で切り開いた亜空間の道を通って直行してきたので向こうはスパーダのことなど見えてはいないが。

劇場のホールで戦闘が行われている中、エントランスは混乱に陥った群衆達で満杯になっていた。

だが教皇は落ち着き払った態度で群衆達を一声で鎮めていたのである。

そして、彼は再び説法を始めたのだ。

 

――恐れることはない。たとえ如何なる危機が我らを襲おうとも、神の御加護がある限り、我らを守ってくださる。

 

――事実、こうして我が命は救われた。我らを脅かす者には、たとえ人であろうと、必ずや裁きが下るであろう。

 

――神は決して、我らを見捨ててはおらぬのだ。我らの祈りは必ず届く。そして、我らを救ってくださる。

 

――さあ、今一度祈ろうではないか。我らが偉大なる〝神〟に。

 

それが教皇の言い分だった。

だがフォルトゥナの民達は得心したようで、結果的に混乱は収拾されたのである。

スパーダにしてみれば、とんだ茶番にしか見えなかったが。

 

「教団の本部へお送りした。……何故、デビルハンターがこの地に?」

クレドはスパーダからの指摘に答えつつも尋ね返す。

「この二人に、少しばかり休暇旅行に付き合ってもらっているだけだ。それ以上も以下もない」

そうとしか答えようがないスパーダだが、クレドの厳めしい表情は納得しかねるといった様子だった。

「……観光は結構だが、明日にでもここを去った方が良い。次の定期船は明朝八時に港に到着するはずだ」

クレド自身はフォルトゥナの住民特有の排他的な感情は見られない。

事務的にではあるが部外者に対して気配りをしているようだった。

「北の商業区に、観光客向けの宿がある。今日はそこで休むと良いだろう」

「そうさせてもらおう」

「念のために忠告するが、街でトラブルを起こすことだけは避けてもらいたい。このフォルトゥナの治安は我ら教団騎士が守っている。それだけは留意してもらおう」

秩序を乱す者は決して許さない――強い責任感や信念といった真摯さが感じられる態度にスパーダは微かに唸る。

 

「承知した。……だが、あの不届き者のことは良いのか?」

スパーダは暗に「お前達だけで赤い男を仕留められるのか」と言外に含めているのだが、クレドがそれを察しているのかは表情からは窺い知れない。

「奴は必ず我らが捕える。それが教団騎士の務めだ。既に討伐隊を派遣した」

(何よ……せっかく手伝ってあげようって言ってるのに……)

暗にクレドは「これ以上の手出しは無用。余計なことはするな」と言っているようにルイズには感じられた。

(騎士団の沽券にかかわるだろうしなあ)

本来、治安を守るはずである騎士団ではなく部外者であるスパーダ達に介入されるのを好く思っていないのかもしれない。

だが騎士団が束になっても軽くあしらわれてしまった相手に、どんな勝算があるというのだろう。

 

「ところで、一つ聞いておきたいのだが」

スパーダはそう切り出し始めながら懐から取り出した物をクレドに差し出して見せた。

ルイズとタバサは横から覗きこんでくる。

「これはまだここで使えるのか?」

手の平の上には緑に赤、色とりどりな硬貨が数枚あった。

それを目にしたクレドは眉間の皺をさらに深めて覗き込んでいた。

島国であるフォルトゥナでは独自の貨幣が流通しており、基本的にこれでなければ取引は成立しない。

元の世界線でのスパーダは元々、フォルトゥナに来訪しようとしていたので、この地に隣接する沿岸諸国でフォルトゥナの貨幣に両替をしていたのだ。

異世界へと旅立ってしまったので、無駄になったかと思ったが、まさか役に立つ日が来るとは思ってもみなかったが。

「……骨董屋が町外れにある。そこに持っていくと良い」

軽く溜め息を漏らしてクレドはそう告げた。

「そうか」

自嘲気味に鼻を鳴らし、スパーダは懐に路銀を戻す。

250年も前の貨幣など、古すぎて使い物にならないようだった。

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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