魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
倒れたままのルイズとタバサが後ろを振り向けば、いつの間にかフロストの姿がそこにあった。
先程崖下に落とした一体が、霧に紛れて這い上がってきたのかもしれない。
だが苦しそうにもがくばかりか、その体からは白い煙が立ち昇っている。
氷塊に覆われた片腕は瞬く間にボロボロと崩れていった。
(何……?)
(いや、俺にもよく見えねえぜ)
フロストは後ろを振り返って残った片腕の爪をかざして身構えだす。
どうやら別の何者かがいるようだが、ルイズ達にはフロストに遮られて見ることができない。
「Stay down!(しゃがんでろ!)」
起き上がろうとした途端にスパーダの声が響き、二人はそのままの姿勢で正面を見据えた。
重々しい銃声が立て続けに二度、鳴り響く。これはレヴェナントの銃声だ。
霧の中から飛んできた赤々と光る二発の
体内にめり込み煌めく光が漏れ出る中、悲鳴を上げるフロストはさらに苦しそうに激しく全身を揺さぶって悶絶しだす。
フロストの全身はシャーベットのようにドロドロに溶けて崩れ去り、ただの水へと還っていた。
水溜まりの中では割れたガラスの破片と共に、レヴェナントから放たれた二発の弾丸が浮かんでいる。
それはジュブジュブと音を立てて周りの水を次々と蒸発させていた。
フレイムハートの魔力によって生み出された高熱はマグマをも上回り、この程度の冷気で冷ますには足りないのだ。
「げ……何よ、あの女……」
改めて起き上がるルイズは後ろを振り向いて唖然とした。
「怪我はないようね。お二人さん」
そこには一人の女が立っており、ゆったりとした歩調でルイズ達に歩み寄ってくる。
(すげえ格好してんな)
だがルイズはもちろん、デルフでさえ呆気に取られたのは女の姿だ。
キュルケのように浅黒い肌に短く切り揃えられた雪のように白い髪。
特に目を引くのはその格好だ。青い羽根飾りが並ぶ肩当てが付いた白いドレスやとても長いブーツを身に着けているが、豊満な胸元だけでなく太腿や体の所々を露出させていて実に煽情的であり、女の妖艶さを強調させすぎている。
(は、破廉恥だわ……)
エキゾチック……と言うより、はっきり言って下品である。キュルケでさえこんな珍妙な格好はしない。
ギーシュなどが見たら、どんな反応をするだろうか。
「連れが世話になったな」
「スパ……〝
レヴェナントのショットガンを片手に歩み寄ってきたスパーダに、ルイズは立ち上がって顔を輝かせた。
スパーダはちらりと二人を助けた女を見据える。
戦いの最中、ルイズ達を襲おうとしたフロストに投げつけられたのは悪魔祓いの聖水の瓶のようだった。
無表情だった女だが、スパーダの顔を見ると怪訝そうに目を細めだす。
「Vergil……?(バージル……?)」
微かな呟きには驚きと狼狽の響きがあるのが分かる。
「人違いだな。そんな奴の名は知らん」
レヴェナントを懐に収めながらスパーダははっきりと否定した。
女は僅かな間を置いて小さく吐息を零し、元の表情へと戻る。
「……失礼。昔の知り合いに似ていたものだから……」
女は落ち着き払った態度でルイズ達の方へ向き直り、長身の体を前に屈めて覗き込んでいた。
「それより……あなた達が噂の観光客ね?」
「あたし達のこと知ってるの?」
「ええ。教皇様が危ない所を助けてくれたんですってね? まだ小さいのに、ずいぶんと腕が立つのね」
どうやら女は魔剣教団の関係者らしかった。
真面目そうな他の騎士達とは身なりや雰囲気がまるで違うが、一体どんな立場の人間なのか見当もつかない。
「私はグロリア。よろしくね、お嬢ちゃん」
小さく笑いながら名乗ったグロリアはタバサの頭を撫でてくる。
当のタバサ自身は無表情のまま彼女を見つめ返し、なすがままになっていた。
「……でも、この島は今は危ないの。特にこんな夜はね……。街に引っ込んでた方が良いわよ?」
「余計なお世話よ。あたし達はあの城に用があるんだから」
ムッとするルイズにグロリアは肩を竦めだす。
「確かにあそこは観光の名所だけど……やめておいた方が良いわよ? さっきみたいに怖い悪魔がいっぱいいるからね」
「うるさいわね! あんたも教団の人なんでしょ? 赤い男を追ってるんじゃないの!?」
何だかキュルケと言い合いでもしているようにルイズには感じられて、妙にイラついてしまう。
「一応ね……全然見つからないけど」
食ってかかるルイズにグロリアは平然とお手上げだと言わんばかりに片手を軽く掲げてみせる。
クレドや他の騎士達と違ってその余裕に満ちた態度は、とても真面目そうには感じられなかった。
ふとグロリアは腕を組んだままでいるスパーダの方へ視線を移していた。
スパーダ自身はじっとグロリアの顔を冷然と見据えたままである。
(この女……)
彼女の視線はスパーダの顔だけでなく、全身を嘗め回すように見つめてきていた。
「あなた、この子達の保護者なんでしょう? 観光もほどほどにしておくことをお勧めするわ」
「忠告はありがたく受け取っておこう。お前もこんな所で油を売ってる暇があるのか?」
スパーダの指摘にグロリアは軽く唸って首を傾げてみせる。
「そうね。長話をしてる暇もないし……私は行かせてもらうわ。お嬢ちゃん達、くれぐれも怪我をしないようにね」
一応気遣うような言葉をかけてくるが、その表情はまるで人形のように変化に乏しい。
去り際にグロリアは三人に大仰な仕草で両手を横に広げ、深く一礼をしていた。
「貴方達に、神の御加護がありますように……」
「間に合ってる」
冷たく突き放すスパーダを意に介さず踵を返したグロリアは、ルイズ達が通ってきた山道を下っていった。
「何か変な女ね……」
「放っておけ。今の所害はない」
グロリアを見送った一行は改めてフォルトゥナ城への進行を再開した。
霧は徐々に晴れてきており、荘厳な城の佇まいが月明かりに照らされて見え始めている。
「あとちょっとね!」
「もう一踏ん張りだぜ」
ルイズやデルフが張り切る中、スパーダは来た道へ肩越しに視線を流していた。
タバサもつられて一緒に振り返りだす。
「彼女は敵になる?」
「さあな」
そう答えるスパーダだが、あのグロリアという女と相対して一つだけ確信していた。
彼女は人間ではないということを。
(ムンドゥスの申し子か……)
先程現れたフロストに限らずブレイド、ブリッツ、アサルトと魔帝ムンドゥスの創造物はそれぞれ特徴や個性こそ違えど、存在を構成する魔力には共通した特有の性質と反応がある。それを感じ取るだけでもムンドゥスの創造物であるか否かが判別できる。
あのグロリアという女は人の姿をしているが、感じ取れる魔力には明らかにそれに該当していたのだ。
人に擬態しただけでなく、その正体はムンドゥスが生み出した偽りの生命体であることは疑いようがなかった。
(それにしては邪気が感じられんな)
だが同時にあのグロリアがムンドゥスの創造物にしては異端な存在であることも感じ取れていた。
フロストがこの地に現れる以上、フォルトゥナの異変にはこの世界線のムンドゥスが裏で糸を引いているのかとも考えていた。
だが、あの女は同じ創造物で兄弟にもあたるフロストを躊躇なく攻撃し、人間のルイズ達を助けたのである。
普通の悪魔以上に心無い、人形同然であるはずのムンドゥスの創造物では決してあり得ない行動にスパーダは甚だ不思議としか思えなかった。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定