魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
分厚いガラス壁は豪快に突き破られ、破片が激しく飛び散った。
「うおおっ!?」
「おらあっ!!」
よろめいたアグナスの顔面にネロの両足がめり込んでいた。
飛び込んできたネロは一気に踏み込み、全力のドロップキックを見舞ったのである。
「ぬおぁっ……!?」
(おお、良い蹴りっぷりだね。娘っ子と良い勝負だ)
(どういう意味よ!)
タバサと一緒にレビテーションで這い上がってきたルイズはムッとしながらも吹っ飛んでいるアグナスを眺めていた。
窓を越えたすぐ向こう側は踊り場になっており、アグナスは手すりに背中からぶつかって寄りかかる。
「チェックメイトだ。クソ野郎」
ネロは間髪入れずにアグナスの眼前にブルーローズの銃口を突きつけた。
アグナスはわなわなと顔を顰めだし、ヒビの入ったモノクル越しにネロを睨んでいる。
「わ、わ、私の……め、め、め、眼鏡が……! き、貴様……特注品なんだぞ!」
「知るかよ。んなもん、買い替えりゃ良いだろうが」
冷淡にネロは鼻を鳴らして吐き捨てた。
(何考えてんのかしら……)
ネロの後ろでルイズは嘆息を漏らして呆れた。
仮にも銃を向けられているというのに、自分の立場が理解できていないのか、アグナスはそんな物などまるで意識していない様子だった。
「あんた達、ここで一体何やってんの? 何でここに閻魔刀があんのよ!」
ビシッとルイズは部屋の中央に浮かぶ折れた剣を指差す。
部屋はルイズが見たことも無いような器具や装置でいっぱいだが、研究室なのだろうということが辛うじて分かる。
「そうだな。俺も聞きたいね。何で技術局が悪魔なんか作ってやがる。まさか、あんな悪趣味な武器を、教団騎士に配備するとでも言うんじゃねえだろうな?」
「お前ごときはみ出し者が、我らの崇高な理想を知る必要は、な、な、ないな……」
「……んだと!?」
不遜な態度をするアグナスにネロは声を荒げた。
ブルーローズを大きな顎に当て、さらにグッと力を込めて押しやる。
「さっさと答えなさい! さもないと、タダじゃ置かないわよ!」
ルイズも鋭く叫び、乗馬の鞭を取り出して睨みつける。
タバサは無表情のまま、アグナスではなく研究室の中をちらちらと見回していた。
何か部屋に仕掛けがないか……伏兵が潜んではいないか……念入りに確かめていく。
見るからに自分達が圧倒的に有利だ。だが、そこにこそ致命的な隙が生まれてしまう。
勝利が確定しようと最後まで油断してはならない。
「まったく……これだから、ガキどもは、き、き、嫌いだ……余計なことに首を突っ込むからな……」
どもるのは相変わらずだがアグナスはまるで平静な態度を崩そうとせず、そればかりか堂々と愚痴る始末だった。
そんな態度がネロ達の不快感を刺激する。
「質問に答えやがれ! てめえが勝手にこんな薄汚ねえ場所で怪しい実験でもしてるんなら、クレドに報告させてもらうからな!」
撃鉄を指で起こしてさらにネロは威圧をかける。
だがアグナスは全く怯みもせず、不快に眉を顰めると共に嘲笑を浮かべるだけだった。
「別に構わんさ。クレドの奴は既に知っていることだからな。知らんのは、お前みたいな、し、し、し、下っ端だけだ」
「何だと?」
その言葉に一瞬、ネロは困惑した。――まさにその時だった。
「避けて!」
タバサがハッとして叫びだす。
左右に金色に光る魔法陣が浮かび上がり、その中から大きな影が飛び出てきたのだ。
(危ねえっ!)
ルイズに突っ込んできた影は、寸前でデルフの結界によって阻まれていた。
見ればそれは全身を純白の鎧に身を包む騎士だった。
左半身を覆い尽くす程に大きな盾を備え、右手には長大な
「がはっ……!!」
「ネロ!!?」
ルイズがハッと振り向くと、ネロの胸を反対側の鎧騎士の槍が貫いていたのだ。
血が噴き出し、激痛に顔を歪めるネロはブルーローズを落としてしまう。
「て、てめえ……! こいつも……か」
無機質な鎧騎士の姿にネロはアグナスの方を睨みつける。
体を起こしたアグナスは得意げな顔を浮かべながら、ネロを貫く鎧騎士の隣まで歩み寄る。
「ビアンコ・アンジェロ……私の自慢の一作だ。どうだ? まさに天使と呼ぶに相応しい神々しさだろう?」
「知るか、よ……!」
アグナスの自慢話などネロにはどうでも良かった。問題なのは、この鎧騎士達もグラディウスやカットラスのように彼が作った人工の悪魔だという事実である。
鎧騎士自体はこれが初見ではない。ルイズ達と合流する前、城内を探索している最中に数々の悪魔と遭遇していたネロは、蔵書庫でこの騎士の一体に出くわしていた。
鎧に刻まれた教団の紋章から、新たに派遣された教団騎士の一人かと思ったがそうではなかった。騎士は問答無用でネロに襲い掛かってきたのである。
返り討ちにはしてやったのだが、鎧の中身は空洞であり、誰も入ってはいなかったのだ。
悪魔が鎧に憑依したものだとネロは推察していたのだが、まさかこのマッドサイエンティストが生み出した物だとは思いもしなかった。
「馬鹿、馬鹿! 何をすんのよ! 早く放しなさいよ!」
タバサがビアンコ・アンジェロの槍を杖で捌く中、ルイズはアグナスを睨みつけていた。
アグナスはニヤリと嫌味たらしい笑みを浮かべてルイズとネロを一瞥しだす。
「恨むのなら、クレドを恨むがいい。お前にダンテの追跡を命じなければ、こんな目には遭わなかったのだからな……」
「ダ……ダンテ……? 教皇を……襲った奴のことか……?」
何とか槍を体から引き抜くべく後退ろうとするネロは困惑に眉を顰めた。
「あんた達、何であいつの名前なんて知ってんのよ!」
「お前達がそれを知る必要は、な、な、ないな」
「く……クソ、野郎……ぐあっ!!」
辛うじて槍から解放されたネロは口から血を吐きだし、その場に倒れ込んだ。
心臓を貫いたのだろう。胸を穿いた大きな傷口からは夥しい量の血が流れだす。完全に致命傷だ。
「ネロ!」
ルイズはバイタルスターを取り出し、傷を癒すべく駆け寄ろうとした。
「に、逃げろ……!」
「あんた、こっち来るんじゃないわよ! このでかアゴ! 変態眼鏡!! ××××××!!!」
メモを手に近づいてくるアグナスにルイズは杖を突きつけていた。
最後の方は、もうルイズ自身でさえ何と言ってるのか判らないほど、聞くに堪えない罵詈雑言だった。
だがアグナスはそんなルイズの罵声を無視してずんずん迫り、
「……っ!」
グローブに包まれた大きな手がルイズの口元を塞いでいた。
「Shut up, little Bitch.(やかましい。この小娘め)」
冷酷な表情を浮かべ、そのままルイズの体を宙に持ち上げてしまう。
「……っ! ……っ!」
ムグムグと唸りながらルイズはジタバタと暴れていた。
その拍子にバイタルスターが手から離れ、ネロの傍らに転がった。
「――汚ねえ手で触るんじゃねえ!!」
「うおっ!?」
アグナスの巨体は怒号と共に、バキリと鈍い音を立てて吹き飛んだ。
ルイズの体が床に落ち、ペタンとその場にへたり込んでしまう。
同じく床に倒れ込んだアグナスは体を起こし、目を見張る。
「な、な、な、何だ? それは……!?」
ルイズが身に着けるアミュレットは輝きを放ち、その背後にはガンダールヴの魔人が丸腰のままに浮かび上がっていた。
「それ以上近づいてみな。てめえのその自慢のデカ顎を削ぎ落とすぞ!」
デルフの威嚇と共に魔人の左手には大剣が握られ、アグナスを睨みつける。
呆然としていたアグナスだったが、起き上がると好奇と驚愕に満ちた瞳を輝かせてそろそろと歩み寄ってくる。
「そ、そ、そ、それも……魔具なのか? いや、悪魔が、の、の、の、乗り移ってるのか……!?」
「へっ! 残念だが娘っ子達にゃあ、これ以上触れさせやしねえぞ」
これまではややこしくなるだろうことを見越して、ずっと正体を隠して力も控えていたデルフだったが、もう遠慮する必要もなかった。
「魔法の……ペンダント……ってか……」
呻くネロは癒したばかりの胸の傷を押さえる。
ルイズが作ったバイタルスターはそんなに効果が高くはなかったので、致命傷こそ辛うじて癒せたが、全治はしなかった。
痛みはそのままであり、体を動かすことも辛い。
「バジリスク!」
アグナスの掛け声と共に新たな魔法陣が背後に現れ、中から小さな影が無数に飛び出てきた。
バジリスク――それは見た所、犬のようであったが、グラディウスやカットラスのように生物とは思えない金属質な体で、尻尾の先端には炎が灯っている。
突然、同じように燃え盛っていた頭部が次々に弾け、炎の礫となってルイズ目掛けて飛んでくる。
「おっと! んなもんが効くかよ!」
魔人がルイズとネロの前で立ちはだかり、剣を軽く薙ぎ払うと飛んできた礫を掻き消していた。
頭部を失ったはずのバジリスク達だが、すぐに新たな頭が生えだし、唸り声を上げだす。
「なるほど……そのペンダントは、魔力を吸収するのか……! 実に興味深い……!」
悪魔の猟犬と鎧の騎士を従え、アグナスは感嘆の溜め息と共に笑みを深めてさらに興奮しだす。
「こ、こ、こ、これは……何としてでも……け、け、研究してやるぞ! マキャヴェリの魔銃も、い、い、い、一緒にな!」
「面白え! やってみな!」
興奮が収まらないアグナスはパチン、と指を打ち鳴らした。
すると、部屋の至る所に魔法陣が浮かび上がり、次々とビアンコ・アンジェロ達が姿を現わした。
しかもそれらは背中に翼のような物を身に着け、宙を浮かんでいるのだ。
見た所、それは左肩に備えている盾が変形したもののようだった。
数はおよそ十体。槍を構え、無機質に三人を威嚇している。
(スパーダ! 早く来てよ! もう限界よ!)
無数の敵に囲まれる中、ルイズは心の中で思わず叫んでしまう。
彼はもうとっくにブリッツ達を全滅させ、地獄門も破壊した様子でこちらに向かっている。
ちょうど城の二階の秘密の入り口を通り、階段を降りてきている所らしい。入口からこの場所までは目と鼻の先だ。
「硬い……」
最初の一体と交戦を続けるタバサの顔には微かに焦りが浮かんでいた。
翼にもなる盾の防御力は強固だが、鎧そのものも負けず劣らずである。タバサの風の魔法とは相性が悪すぎる。
しかもこいつらは言ってみればガーゴイルのようなものなのだ。
生身の人間と違ってただ命令を実行するだけの存在なので、痛みなど感じはしない。
故にちょっとやそっとの攻撃など物ともしないのである。
「ち、チキショウ……!」
力を振り絞って何とか立ち上がろうとするネロだが、ガクンと片膝を折ってしまう。
普通なら即死してもおかしくないはずの致命傷を負ったのだ。苦しまない方がおかしいというものである。
だがここで挫ける訳にはいかなかった。
今、自分の目の前では行きずりとはいえ、共に戦う仲間がいるのだ。
突き立てたレッドクイーンを杖にして、ネロは何とか立ち上がる。
(ジョシュ……)
脳裏に浮かんだのは、教団騎士に所属する仲間の一人だった。
同期で入団した騎士の一人だったが、特段友人という訳ではない。どちらかと言えば仲は悪いと言えた。
それでもフォルトゥナ民を守るという共通の目的を持った仲間であることに変わりない。
その仲間は一ヵ月前、命を落とした。
ネロを含め、同期の若い教団騎士が数人がかりでやっと仕留めた悪魔との戦いで。
あの時と同じように、また目の前で共に戦う仲間が失われるかもしれない。
(頼む……! 動いてくれ……俺の体……!)
仲間を失った原因がネロにはよく判っていた。
自分にもっと力があれば。もっと強ければ、傷ついた仲間を守ることができたのだ。
余計なことをするなとどれだけ逆恨みを買おうが、命が失われるより遥かにマシだった。
強くなければ仲間はもちろん、大切な人さえ守れない。
あの時、一緒にいたキリエがあわや犠牲になりかけ、ジョシュが身代わりになったようなものだった。
また同じことが繰り返される……それだけは、もう決してあってはならないことだった。
(――俺に、もっと、力をくれ!)
不甲斐ない己の体に鞭打ち、心の底から溢れんばかりの渇望の叫びを上げた。
右腕の激しい疼きも忘れて、がむしゃらに伸ばす。
右手の中に収まったものを、ネロは無意識に掴み取っていた。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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話の展開
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戦闘シーン
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悪魔の描写
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